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消費税導入と株価の動向―――一般ピープルの肌感覚

サロさん!もう、PHコントロールは無理だよ(涙)
 それにしても、吐き気を催すほど醜悪なアベ政権に誑かされ、
  口先だけの「ナショナリズム」に煽られているのは間抜けでしょ!


   ※世の中、本当に馬鹿馬鹿しく感じられることが多い。そして、自分の心が荒廃していくことが恐ろしくも感じる。老人性の鬱かとも考えたが、それだけでないことは明らかだ。もちろん、嫌なことばかりではない。例えば、先週も、歌舞伎座で『吉例 顔見世大歌舞伎』(菊畑、連獅子、市松小僧の女)を観たり、日本語を勉強している外国人女性二人と言葉を交わしたり、家族と平将門由来の国王神社を訪れ、また、筑波山ケーブルカーで秋の大展望を楽しんだりしている。しかし、私の心は、現在と未来に明るい像が結べないのだ。理由は、日本と世界において、見え透いた嘘や言い逃れが「公共」の場において横行、跋扈する世の中となっているからなのだと思う。

   10月1日から消費税が10%に上った。私は、うっかり、封書の切手を82円のまま出して送り返されたりもしているのだがw、何しろ、生活防衛=買い物を差し控えることに心を決めている。しかし、過日、血尿が出たサロさんのために購入していたPHコントロールというドックフードを買おうとしたら、8Kg9000円台だったものがなんと21000円にもなっていた。「リニューアル」と称しているが「便乗値上げ」も大いに疑われるところだ。こんな値段ではサロさんと心中しなければならない。仕方がないので、より安価なpHケアや普通のドッグフードに変えている。先ほどサロさんと散歩して来たら、坂本九の明るい「明日があるさ」が聞こえて来た。しかし、サロさんの尿路結石の「明日」はどうなるのか、大変不安だ。

   それにしても、テレビをみていると、我々一般ピープルの”生活実感”とは全く異なる、景気の良さそうなことばかりが放送されている。株価が上っているとか、ボーナスが過去最高だとか・・・ 株価など、ジャブジャブにしたマネーを使った国際的金融資本による投機的売買や国民の負担に基づく政府ー日銀の株価買い支えの結果によるに決まっているのだ。過去最高のボーナスにしても、大企業82社の第1回集計にしか過ぎない。新自由主義の本元、アメリカでもそうだが、不公平な格差拡大の一側面でしかあるまい。

   つくづく感じるのは、政官財の”アベ友”勢力と御用マスコミによる「印象操作」(世論操作)に他ならない。モリ・カケ問題の追求に対してアベは当時はあまり聞くことのなかった「印象操作」という言葉を乱発していたが、実は、アベとそのブレーンたちこそが、マスコミや教育、そして、皇室や芸能界やスポーツ界を利用した、「事実」に反する「印象操作」に戦略的に取り組んでいたのだ。そのためにこそ、総力を挙げた「事実」の〈隠蔽〉・〈改竄〉・〈捏造〉が必要だったのだ。そして、この下品で見え透いた詐術の行き着く先は、歪んだ表情を伴った馬鹿馬鹿しい「居直り」でしかない。二階や下関市長は言ってましたよね、「何が悪いんだ!」とw。さらに、アベ友政治の”共犯者”たちは、これらの〈隠蔽〉・〈改竄〉・〈捏造〉=ウソを合理化するために、こうも言うことだろう。「自己責任だ。騙され、操られるバカなお前らが悪いのだ。」と。一事が万事、日本社会は、こんなサギ師社会になってしまったのだ。

   今日、アベ政権が憲政史上最長になるのだそうだ。まさしく、日本社会の劣化・凋落の”象徴”とも言うべき事態と言って良い。今日は、これから、蕨に出かける。しかし、その前に、一言言って置きたい。恥を知れと!
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気候変動と「国土強靭化」〜明日は我が身と心得よ!

台風19号とそれに続く大雨被害は天災か?
 ―――地球温暖化の影響はずっと前からわかっていたのだ!!
 

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(群馬〜埼玉)神流(かんな)川の流木の有様


   ※朝夕の寒さが身に浸む季節となっている。被災された方々は心細い思いをされているのではないだろうか。ところで、先日、Mさんに群馬県の藤岡市周辺を案内してもらった。この旅については又後日報告したいと思うが、今日は、その中でもとりわけ印象深かった神流川の状況から、自然災害対策について一言述べておきたいと思う。

   神流川は、これまでも何回か訪れたことのあった。渓流とか清流とかの表現がピッタリ当てはまる本当に美しい川だった。その川が、台風19号とそのあとの豪雨によって、何キロにもわたって茶色く濁り、倒木に覆われる状態になっていた。本当に驚いた。地元の人の話によると、この膨大な量の倒木は人力によってしか処理できないのだそうだ。いやはや、自然の力の強大さには改めて驚かされる。

   埼玉に住む私自身、台風15号や19号の時には、できる限りの準備を整え、台風情報を見続けていた。私の住む地域はほとんどこれといった被害はなかったが、千葉や福島をはじめ、その被害は甚大で、「本当に気の毒だ」と思うと同時に「明日は我が身だ」と思わざるを得なかった。身近な人たちの中にも、生まれて初めて避難所に避難した人もいたし、1947年のキャサリン台風による利根川や荒川の氾濫の話を教えてくれた人もいた。問題は単純かつ深刻なものだ。

   まず、このブログでも何度か言及しているが、地球温暖化による気候変動は以前から指摘されていた事態で、とりわけ、巨大台風や海面水位の上昇による土石流や河川の氾濫などは完全に”想定内”のことと言って良いのだ。これに対して、グレダさんではないが、我々大人、とりわけ、巨大な権力と影響力を持つ各界の「エリート」は地球温暖化対策にどれほど真剣に取り組んできたと言えるのか。しかも、これまで歴史的にも台風や津波、火山噴火や地震などで繰り返し大きな被害を受けてきた「災害大国」日本の政・財・官の「(似非)エリート」たちは、当然想定される巨大台風や豪雨そして巨大地震に対する備えにどれだけ真剣に取り組んできた言えるのか。

   先日、先に言った旅行の帰り道、リュックサックのチャックが開いて旅行用の小物入れを落してしまった。まあ、戻ってくることはないだろうと思いながらも一応警察に届けて見たのであるが、なんと、それを届けてくれる人がいたのである。テレビで磯田道史さんは日本は落し物が帰ってくる国だと言っていたが、日本の「一般ピープル」(?)は本当にすごいと改めて感じた。これに対して、最近の日本の「(似非)エリート」どもは、本当に仕方のない奴らばかりではないか。これまで見てきた様々なシーンにも明らかなように、彼らは、一言で言えば、クソなのだ!何もしてこなかった上に危機を前にトンズラした森田健作千葉県知事のアホ面など思い出したくもないし、「桜を見る会」の国会での追求に醜く歪んだ表情を浮かべながら恥知らずな答弁を繰り返すアベやその仲間連中、そして、菅原だの、河井夫婦だの、萩生田だの、島村だの、甘利だの、麻生だの、片山だの、要するに、「地盤・看板・鞄」にすがって「権力」にしがみつき、国民の血税を食い物にして肥え太ることしか考えていない、「今だけ、金だけ、自分だけ」を体現するような輩ばかりではないか。キャ奴らが、普通の国民の生活を考えて政治を行なっているなどとは当然思えないのだ。

   そのことは様々な面に現れている。「英語の民間試験」の導入などもそうだし、オリンピックも、年金も、雇用制度も、医療制度も、外国人労働者の安易な受け入れも、そして、自然災害対策もそうだ。今回も含めて、自然災害によって多くの人命が失われ、生活の根幹が脅かされている。これに対して、口先だけではなく、「公」に対策を講じるのが各界「エリート」の責任と言うものだろう。しかし、アベ友政権は、アベ友には利益をもたらすが、国民の安全(緒方さんの「人間の安全保障」も思い出す)には全く役に立たちそうもない無駄な防衛費ばかり増大させている。三木義一さんによれば、「年度別防災関係予算の推移を見ると、災害予防のための国土保全費がピーク時(平成十年度)の、なんと三十分の一ほどに激減している」(『東京新聞』10月17日)というではないか。「国土強靭化」が聞いてあきれると言うことだ。

   繰り返しになるが、アベ友政権の周りに巣食う輩には、「公共性」を体現するような、すなわち、国民みんなの生活の安全や向上を目指すと言う「公人」としての当たり前の理念が感じられる人物が極端に少なく感じられるのだ。もちろん、予算には限りがあるから優先順位はでてくるだろう。しかし、それは、あくまでも、国民の「人間らしく生きる権利」が”公平”に守られるようにつけられるべきものであって―――それを監視し、実現させるのが議員の責任だろう―――、その何倍をも期待する政治資金への見返りとしてや、選挙がらみで「共犯」関係を形成する「身内」の利益のためになされるべきものではあるまい。アベ!野次る前に、モリ・カケ関連の黒塗りの「公文書」を公開してみろよ。そうしたら信用してやるわw

   「無策」によって被害を受けた人々がでないよう極力努力することが必要だ。巨大地震や巨大台風そして豪雨、それらに対する具体的な行政的施策が積極的に取られていると感じることができないのは私だけだろうか。個人的に備える当然だ。しかし、個人的に対応しきれない事態があるからこその「政治」だろう。はっきり言えば、オリンピックやなんだかパレードなどはどうでも良いから、本来ならば、こうした方面にこそ力を入れるべきなのだと思う。

   これから、ちょっと、東京まで、出かけてきます。

歯を半分抜く!―――”転医”の重要性

サロさん!獣医も選ぼうな!
  ―――経験と技術と進取の精神を持った「仁術」の医師を



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   ※ 今日も大雨だが、この一ヶ月、世の中で起こった様々な出来事を考えるにつけ、正直、〈虚しさ〉に打ちひしがれる思いだった。しかし、『ザ・ベストテレビ2019』(一部・二部)を見て、久しぶりにブログを書く気持ちになった。一人一人の「人生」を記録した優れたドキュメンタリーに接することで、とりあえず、私の「人生」も記録し、ブログを読んでくださっている皆さんに〈伝え〉ておくことも意味があるだろうと思い至ったわけだ。ということで、今日は、先日行った歯科医院のことについて書いてみたいと思う。

   優れたドキュメンタリー作品があるように、優れた歯科医もいる。ただ、私立の医学部や歯学部を卒業するには数千万円が必要だというから、中には「仁術」どころか、〈詐術〉に近いことを言ったりやったりしながら、投下された「資本」を、できれば何倍にもして、「回収」しようという「算術」師も出てくるのだろう。長く生きていると、頭が下がるような立派な医者もいたが、とんでもないヤブ医者や性格破綻者も確実にいた。風邪だとして腎臓病を悪化させた医者、失明の危機を前に救急車すら呼ばなかった医者、私自身も、信じられないような単純な誤診を最低3回は経験している。そして、そんな中、私は、「セカンドオピニオン」のつもりで〈転医〉してみることの重要性を実感しているのだ。

   10年ほど前になるが、ある歯科医院で、”抜かない”とどうだこうだと散々に脅かされた挙句、”インプラント”を強く勧められたことがあった。しかし、どうしても納得できないので別の歯医者で診てもらったところ、”通常の治療”の後、現在でもその歯は全く問題なく残っている!今回も、20年程前に他の歯科医院で治療してもらった詰め物が外れてしまったので、ある歯科医院に行ったところ、二つの歯根のうち一つが割れていたのだが、これまた、抜歯には危険が伴うのだとか散々に脅かされた挙句、「抜くのか抜かないのか?!」と強く迫られてしまった。こりゃおかしいと、次の予約もせずに帰ってきたが、その後1週間経っても痛みもグラつきもなかったので、これはと思い、妻が通っていた歯科医院に行ってみることにした。

   結果、その先生は、これまでの経過も全く話さなかったのだが、レントゲンを見たあとすぐに、割れた方の歯根を取り除き、残った方の歯(根)(と隣のもう一つの歯)を利用して対処しましょうと言ったのだ。そして、今週の火曜日、出血も痛みもほとんどないまま、ことの半分は無事終了したのだった。おそらく50代であろう実直で職人肌のこの先生は、インプラントもやるが、患者からの申し出がない限り保険診療を原則とし、また、できるだけ歯を残すことが口内環境にとって大切だという方針から、その技術習得のために数十回の研修を受け、また、毎年の研修も欠かさないのだそうだ。いやはや、いい歯科医に巡り会えたものだ。もちろん、これからどうなるかは定かではないが、疑念の余地のない信頼感を持って治療を受けられると喜んでいるところだ。

   医者によって、対応はこんなにも違うものなのだ。少なくとも私にとって、この二人の違いはとてつもなく大きく感じられる。もちろん、分かりやすい説明と複数の選択肢を提示できる”有能”な医者が最も望ましいのだろうし、反対に、真っ当な説明もできず、患者を脅しながら、自分の判断を押し付けようとする医者など論外というべきだろう。疑念が起こり、選択の余地があれば、すぐに医者を変える方が良い。なにしろ、医者と患者との関係にとって、〈信頼感〉こそ最も重要なものと言って良いはずなのだ。患者側が希望する治療方針が必ずしも正しいものとは限らないが、他方、どんな名医でも誤診もあれば、手術の失敗もあるはずだ。それ故にこそ、患者側の治療への同意と医者への信頼が大切なのだ。そのためにも、専門家を疑うことは不幸なことだが、昨今の「算術」師たる医者が跋扈する世の中では、少しでも疑念が生じたなら、勇気を持って、〈転医〉すべきなのだと思う。それが患者の心と身体を守ることになるだろう。あの時、インプラントにしていたら、先日、歯を一本抜いていたら、いやはや大きな違いではないかw。ただ、母の事例を考えても、普通の一般ピープルにとって、〈転医〉はかなり難しい状況にある。本来なら、医師の養成システムや医師の労働条件や医療環境の改善など、「算術」師たる医師が生まれない社会の実現が根本になければならないはずなのだが・・・

2019年・旅の思い出ーー(6)榛名湖・浅間縄文ミュージアム他

「縄文」の世で、人々はどのように生きていたのだろう?
  「文明」によるストレスのない、原初的人間の世の中とは?


   ※Mさんご夫妻には、公私ともにお世話になった。そして、現在もお世話になっている(追記の「梅狩り」も参照)。今回も、私が長野県御代田町の「浅間縄文ミュージアム」に行きたいと宿泊をお願いすると快く応じていただいた。さらに、私の縄文探訪に付き合ってくれただけではなく、榛名湖畔の散策や温泉、そして、浅間高原から浅間大滝まで案内してくれた。ありがたいことだ。

 8月26日 高崎駅〜榛名湖畔〜千年の森〜温泉〜Mさん宅(泊)
 8月27日 Mさん宅〜二度上峠〜浅間大滝〜浅間縄文ミュージアム
      〜松井田駅 


 
湖岸でお昼〜子供のように嬉しい!
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 ※好天の中、高崎から榛名湖までのドライブは快適だった。榛名山への登山は以前バイクで来たことがあったが、湖畔で遊ぶ余裕はなかった。今回は、途中での昼食を含めて、ほぼ一周近く歩くことができた。遠足気分で、子供のようなウキウキした気分になった。途中で、オー・ソレ・ミオまで歌ってしまった。ソフトクリームも美味かった。



Mさんは相変わらず元気だった!
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 ※Mさんの奥さんは、「姉貴」もお世話になった英語の達人で、何事にも非常に積極的で、活力溢れる人だ。そして、今は、庭造りに夢中だ。どうやら1日のほとんどの時間をそれに捧げているようだ。広大な土地を、ほぼ一人で、美しい庭に仕上げ、維持するのは大変なことだろう。しかし、他の人にはできない素晴らしい体験をしているのだと思う。今回の訪問でも、手作りの野菜や料理を味わいながら、興味深い苦労話をたくさん聞かせてもらった。これからも、健康に十分注意しつつ、理想の庭を創り上げて行ってほしいと思う。


二人は自分の足であの榛名山に登ったことがあるw
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 ※コスモスの咲く初秋の榛名山は、今日も綺麗だった。登った山を振り返り見るのには特別な感慨があるものだが、それぞれ別の機会にではあるが、2人は榛名山に”自分の足で”w登っているのだ。あの日が思い出される。


2日目:二度上峠からの展望
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 ※2日目は、深く豊かな森の中を通る県道54号線を走って、標高1390mの二度上峠を越える。峠のすぐ左手には鼻曲山への登山口、また、道路の反対側には、駒髪山や浅間隠山への登山口があった。展望は十分ではなかったが、その広大さはよくわかった。浅間隠山は登れそうな気配なので、膝を直して、いつかは行って見たいと思う。


静かな浅間大滝
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 ※その後、北軽井沢最大の滝、浅間大滝に立ち寄る。人がほとんどいなかったこともあるが、これがなかなかの雰囲気で、大変気に入った。滝への入口近くの岩の空洞には仏像が安置されており、Mさんがお賽銭を入れ、手を合わせていた。お孫さんのことでもお祈りしたのだろうか。またその近くには、風化しつつある5体の石仏があり、足を止めずにはいられないほど、趣があった。


魚止ノ滝も良い
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 ※大滝から下へ5分ほど下ったところにあるのがこの「魚止ノ滝」だ。確かに、これでは、魚もこれ以上登っていけないかもしれない。この後、国道146号から18号を経て、いよいよ、御代田町の「浅間縄文ミュージアム」に向かう。



今回はこれが見たくて来た〜小さくて、リアル!
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 ※御代田町の「浅間縄文ミュージアム」は、5000年前の「川原田遺跡」から出土した「焼町土器」などを主に展示している博物館だ。しかし、今回は各地から実物も含めて、魅力ある土偶や土器などが集められ、素晴らしい「縄文ワールド」を見せてくれていた。この小さな土偶は、弘前大学所有のものだが、「私は誰だかわからない・・・」というキャッチフレーズで、私をここに惹きつけた「張本人」だ。こんなに小さいとは思わなかったが、写真とは違って、横から見た時のその立体感が作り手の気持ちをリアルに表現しているように感じられ、大満足だった!



遮光器土偶〜私も着けてみたがw
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 ※この遮光器土偶も面白かった。目の部分が、イヌイットが使っていた「雪メガネ」(写真の左下)をかけているのに似ているからそう呼ばれているらしい。もちろん、真偽は定かでない。この他にも、しゃがんだり、ネックレスやパンツを身につけた人、縄文のビーナスや顔面装飾付釣手土器など、作り手の対象への興味や創作への遊び心が伝わってくる面白さがあった。


斜め上から見たサロさんとそっくりだぞ!
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 ※この像などどうだろう!今朝の散歩でもそう思ったが、少し痩せているが、斜め上から見たサロさんとそっくりではないか!サロさんのルーツに間違いない。この他にも、「ドラ◯もん」や「キテ◯ちゃん」に似た猫の像などもあった。この頃から人間は犬や猫と共同生活をしていたのだろう。当時のワンちゃんも、歳をとると、サロさんのように老練になったのだろうかw。


あなたの混合率はどうですか?
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 ※ご愛嬌ではあるが、結果はどうだったろうか。どちらにしても、「日本人」なるものが、様々な人種や民族の「ハイブリッド」(?)であった事実は、確認しておくべきことだ。それが、「個」から「類」への思考上での跳躍を容易にすることにもなるだろう。私たちは、「種差」にこだわりつつも、同じ「ホモ・サピエンス」なのだから。



隣の「縄文」おじさんが良い!
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 ※「令和」おじさんは好きにはなれないが、この「縄文」おじさんは悪くないw。そして、私も「縄文人間」(JOMON PEOPLE)となったが、我々「ホモ・サピエンス」は、その知性と共同性を土台に、この時代、日本列島の自然の中で、新しい”文化”を作り出し、それを共有し、伝え合い、楽しんだのだ。私たちが「縄文人」の子孫であることは、「れいわ」の時代の中で私たちがまだ実現し得ていない何かを教えてくれていると考えて良いのではないだろうか。


【追記】
 7月5日 梅狩りの日に
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 ※このところ毎年、Mさんのところで「梅狩り」をさせてもらっている。採ってきた完熟梅は、私が、梅ジュースにしたり、梅のコンポートにしたり、梅干しにしたりする。失敗もあるが、なかなかの出来栄えの時もあるw。

2019年・旅の思い出ー(5)大江戸散歩:浅草・両国

日本人の観光客はどこに行った?
 浅草見物や観音様へのお参りの「余裕」すら失ったのか?


   ※今年の「旅の思い出」シリーズもあと2回で「現在」に追いつく。それにしても、もう「秋のお彼岸」だ。一昨日は墓参りをし、昨日は御萩を食べた。故人の好物は何だったっけ?などと思い出したりもした。それにしても、日本の劣化は止まらない。この拙劣な現状の中で、相変わらずマスコミは、アベだのコイズミだのの、ただお茶を濁すだけに過ぎない訪米を大げさに報じている。もう怒りを通り越して、呆れるばかりだ。そんな昨今、何故か心和む「江戸文化」に触れようとする大江戸散歩ではあったのだが・・・

 【8月12日】 浅草浅草寺
 
雷門前は人でいっぱい
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 ※この日は、浅草駅前で北海道の中・高時代からの友人3人と夕食を共にすることになっていた。そこで、時間もあるので、その前に浅草寺にも寄ってこようと思いたった。私にとって浅草寺は三度目だったと思う。1回目は、今は函館に帰っている、当時は浅草近辺で働いていた友人に案内してもらった。2回目は、職場の同僚と上野・浅草を「見学」した後、まことに美味なる鰻重を食べた。ところが、今回はこれらの時と全く印象が異なっていた。まず、人が多かった!

仲見世:そのほとんどが、外国人!
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 ※次に、外国人ばかりだということだ。雷門から仲見世に入ると、もう周りは、あらゆる人種と民族の外国人で埋め尽くされていた。日本文化の魅力とアベノミクスの円安が外国人観光客を惹きつけているというわけなのだろう。そんな中、私が非常に興味深く感じたのは、私がお土産を買うため(当たり前であるが)流暢な日本語で人形焼を注文すると、店の人が妙に懐かしそうな表情で微笑んだことだ。久しぶりの日本人客だと言った風に。

宝蔵門:日本人らしき人がほとんどいない(汗)
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 ※この写真でも、同様だ。それにしても、この中に仏教徒は何人いるのだろう。これらの外国人の多くは、”異文化”としての日本の寺院を見に来ている人々なのであろう。これに対して、私は仏教徒ではないし家に仏壇もないが、昨日も今日も、親の遺影に花と供物を供え、線香を焚いている。私の子供達は仏教系の幼稚園まで出ている。そして、私たちにとって、「浅草の観音様」はその宗派に関係なくお参りする対象であったはずなのだ。そうした「日本人」は、一体、どこに行ってしまったのだろう。実は、他の観光地でも感じることなのだが、日本人は、そもそも、旅や観光に出る「余裕」すらも失っているのではないか。

本堂:外国人の子供がおみくじを何枚も持って行ったw
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 ※外国の人々が来ることが悪いわけではない。ただ、それが、全き、”消費活動”としての「観光」としてのみ見られて良いとは思えない。オリンピックもそうだけれど、外国人観光客を「金を落とす」だけの存在として、経済効果の観点からだけ見るようになっては、宗教としても、スポーツとしても、もう衰退の第一歩だろう。要するに、観光客は多くなればなるほど良いというものではないということだ。

弁天堂の「時の鐘」
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 ※これは、「花の雲 鐘は上野か 浅草か」(芭蕉)という句で有名な「時の鐘」だ。大晦日にテレビで聞いたことがあるあの鐘だ。浅草寺には、この他にも、平和地蔵尊を始め、慈悲深い眼差しを持つたくさんの仏像や歴史を感じさせる記念碑がある。それらは、私たち「共有」の財産と言って良いはずだ。ところで、私を除いた3人は、今も北海道に住んでいたり親や兄弟がいたりするので、北海道の事情に詳しい。そんな彼らの話によると、先ごろ北海道知事となった元夕張市長は、北海道の土地を外国人に売りまくっていたのだそうだ。自然も文化と同様だ!それらを単なる経済効果や市場原理にまかせてしまって良いはずはない。日本の自然や文化にも、「ナショナルトラスト」的問題意識の必要性が差し迫っているのだと私には思われるのだ。



【8月29日】 両国周辺:回向院〜吉良邸跡〜勝海舟生誕の地
   〜すみだ北斎美術館〜ちゃんこ料理屋〜江戸東京博物館


回向院・鼠小僧の墓の前で
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 ※茨城県に住んでいる友人が本を出版したので持って来てくれた。ついでに、前回は、日比谷公園と日比谷図書館、そして、銀座で映画を見たので、今回は両国周辺の博物館巡りをやろうということになった。ということで、最初に行ったのがこの回向院だ。小塚原の回向院の鼠小僧の墓と比べて首を傾げたくなるようなところもあるが、これも同じ鼠小僧の墓だ。江戸庶民は、墓石を削ってお守りにしたのだそうだ。鼠の墓の横には「猫塚」があったw。

江戸は「動物愛護」の先進都市だった?!
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 ※回向院には、動物の墓や慰霊碑がたくさんある。これもその一つで「犬猫供養」とある。仏教そして将軍綱吉の影響も考えられるが、少なくとも、一神教の文化の中では、考えにくいことだろう。浅草寺にも針などモノに対する供養塔も見られたが、これこそ我が「アニミズム」的精神の表れなのではないだろうか。もったいない、もったいない!

吉良邸跡〜ここに討ち入ったのか
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 ※当時の敷地は、この86倍の広さだったという。吉良上野介を殺害して、ここから泉岳寺まで歩いたわけだ。箱根駅伝や東京マラソンを考えれば大したことはないけれど。ところで、パンフレットにもあるように、上野介は『忠臣蔵』では悪役に仕立てられているが、実際は善政の名君だったという話もある。この手の話は明智光秀を始め広く見られるが、江戸庶民が九郎判官や赤穂浪士に喝采を送り、あるいは、芭蕉が義仲ファンであったことなども、現在では「ポピュリズム」呼ばわりさえされかねないと思われる。しかし、私には、江戸庶民の義経や赤穂浪士、そして、さらには、鼠小僧や石川五右衛門たちに対する感情すらもがよ〜くわかるような気がするのだ。

北斎は殺された吉良家の家臣の子孫だった
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 ※「すみだ北斎美術館」はKさんのリクエストで行くことになった。大変モダンな建物で、展示されている絵は全てレプリカということだったが、ゆっくり絵を楽しめるように工夫されていた。あと、印象的だったのは、先の吉良邸跡にあった「吉良家 家臣二十士碑」の中にもあった小林平八郎が、北斎の曽祖父だったということだ。この事実がどのような心理的・思想的影響を北斎に与えたのか興味深い。付属の図書館で資料を見た後で、昼食をとり、その後、江戸東京博物館で「企画展 いきものがたり 江戸東京のくらしと動物」を見た。江戸時代の人々がいかに動物を愛し、大切にしていたかが窺われる企画であった。
 
今相撲を取ったら?御嶽海、優勝おめでとう!
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 ※昼食は、Kさんが「ちゃんこ料理」を食べたことがないというので、以前にも複数回入ったことがある店に行った。ところが、構造と内装がすっかり変わっていた。正直、残念だった。ただ、室内に、おそらく実物大の土俵が描かれていたのは興味深かった。(写真はガラケーのカメラで写りが悪いがちょうど良いだろう。)

  さて、両国国技館で行われた大相撲秋場所では、関脇御嶽海が優勝した。嘉風が引退してしまった今、私は御嶽海を応援していたので、大変気分が良かった。もちろん、遠藤対隠岐の海戦の誤審など、全くバカバカしいこともあるが、力士たちの勝負には嘘がなかっただろうと思う。ところで、上記の話とも関連するが、御嶽海の母はフィリピン人で、いわゆる「ハーフ」だ。高安もそうだが、他のスポーツと同様、「ハーフ」の日本人の活躍が大相撲でも見られるようになっているわけだ。実は、この一週間、私は外国人や「ハーフ」について大変興味深いドキュメンタリーを2本見ている。それは、NHK/プロフェッショナル 仕事の流儀『贈れば、希望が見えてくる 外国人労働者支援・鳥井一平』とNHK/ひとモノガタリ『曖昧な境界を生きて~“ハーフ”から見た日本のカタチ~』だ。現在の日本における「外国人労働者」(とりわけ、技能実習生や不法残留者)と「ハーフ」の有り様がシビアに描かれている。しかし、今回は詳しくは論じないが、我々が大切に思う自然や文化や帰属集団を愛し、支え、守り育てていく〈仲間〉という意味においては、外人顔だとか、「ハーフ」顔だとか、国籍が日本であろうと他国であろうと、関係ないということだ。私たちは、そうした”仲間”を仲間外れにするのではなく、逆に、国籍が日本であろうと(なかろうと)、日本人顔であろうと(なかろうと)、我々の大切な自然や文化や帰属集団を、私利私欲のために、汚染し、投機の対象として売り買いし、人々を分断しようとする輩をこそ、断固として”批判”し、規制”しなければならないのではないか、ということなのだ。 

   (「ハーフ」の)草刈正雄は、『あおぞら』で良い仕事をした!
   そして、御嶽海! 大関目指して頑張れ!
プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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