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中村哲さんの死を悼む

 戦争を生み出す貧困と憎悪を乗り越える道を示した
         憲法9条の平和主義を体現する人―――


   ペシャワール会の中村哲さんが、昨日、アフガニスタン東部で銃撃され、死亡した。灌漑作業の現場に向かう途上のことで、車に同乗していた他の5人も死亡したと伝えられている。以前にも犠牲者が出ていたが、今回のテレビの報道に接した時、なんともいえない「喪失感」に襲われた。しかし、中村さん自身は、彼が”彼の生”を生き抜けたことに満足していたのではないかとも感じられた。

   私は20年ほど前から『ペシャワール会報』の読者で、また、一昨年には、浦和で行われた講演会を聞くこともできた。これらのことはこのブログでも何回か触れているが、私にとっての中村さんは、日本国憲法9条の精神を体現している人物ということになるだろう。また、彼の生き方は、家族のことを第一に考えながら「日常生活」を生きてきた「一般ピープル」の私からすれば、ある意味で羨ましく思われるものでもあった。私自身は集中力も持続力もない本当にいい加減な性格だが、そんな私が、視野をあのアフガンの世界にまで広げ、また、身近なところで何かできることはないのかと考えたりできたのは、彼の存在のおかげであったと言って間違いないと思う。

   それにしても、彼の死を報じていたNHKの「ニュース7」が、アベのコメントを長々と流していたのには本当に唖然とした。それは中村さんの死を冒涜するものとすら感じられた。中村さんが求めたものの真逆を推し進めたのが、アベに他ならなかったと思われたからだ。一昨日も、休日の潜水艦を”おもちゃ”にした副総理・財務大臣のことが報道されていたが、私利私欲のために人類の敵である核兵器や様々な殺人兵器を弄ぶトランプをはじめとする世界の権力主義者と連みながら、日本国憲法の平和主義を破壊してきたアベが、まさしく、戦争被害者に文字通り寄り添い、戦争原因の根本的解決に向けて努力して来た中村さんの死を、したり顔で、欺瞞的に論評したのだ。彼らは、これからも、中村さんの死すら利用して、彼の本物の「積極的平和主義」を攻撃することだろう。「諸国民の公正と信義」は信頼できないと。

   今回の悲劇は、私の第一感では、ペシャワール会が関わって来た現地の人々への生活支援を継続するのに必要だった様々な「妥協」を理解できなかった、あるいは、その活動の根本的な意義すら理解できなかった勢力(おそらく、国外の原理主義勢力)によって引き起こされたもののように思われる。もちろん、中村さんはその危険性を十分すぎるほど知っていたに違いない。そして、本当にしっかり見据えねばならないのは、中村さんらのこれまでの行動を不可避なものにし、また、それをより困難なものにしてきた背景に他ならないはずだ。

  中村さんはもっと長くその活動を続けたかったことだろう。しかし、2年前、「あと10年も経てば、私は呆けているか、死んでいるだろう」と言っていた中村さんの「志」を受け継ぐことは、まさしく、彼が体現していた日本国憲法の平和主義の精神を心に留め続けることのように思われる。戦争を生み出す貧困と憎悪を乗り越える希望はそこにしかないだろうからだ。
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サロさん、満13歳!――ふたりでもう少し頑張ろう!

「花は桜木、犬はサロ」なんちゃって
   ―――もう、ほとんど「わがままな人間のお爺さん」みたいだW
 

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今年の11・29は「鶏の手羽元」だったよ


   昨日は、サロさんの満13歳の誕生日だった。足が悪かったり、尿管結石が心配だったりしたが、夏の頃より随分元気になってきたようだ。散歩もゆっくりだけれども1時間近く歩くようになって、近所の顔なじみの人から、「ずい分歩けるようになりましたね!」とよく言われる。何しろ、あちこちの匂いを嗅いで歩くのが大好きなので、私は「サーヴァント」として付き合っているという風だ。もう亡くなってしまったお友達の飼い主さんたちも、サロさんの毛を撫でに来たり、車を止めて様子を聞いてくれたりする。食欲はバッチリだから、もう少し元気でいてくれると思う。家の中では、自分の欲求を、目線や足や独特な鳴き声で、実に図々しく表現するw 全くわがままな人間のお爺さんみたいだ。そして、「散歩行く?」と聞くと、何故かほとんど「クシュン!」とくしゃみで答える。不思議なものだ。

   ・・・夜の散歩から帰って来た。今日はついでに最近のことを少し書いておきたい。「桜を見る会」のアベやアキエやその取り巻き連中の話は、あまりにもバカバカしくて、わざわざ書く気もしない。ただ、このどうしようもない事態を知ってか知らずか、あまり怒っているという様子もない日本国民「多数派」はどうなっているのだろうか。アベと同じ穴の狢なのか、それとも諦めているのか?その様子を見てまたまた諦めては同類項になるので諦めたくないが、昨日サロさんのために肉を買いに行ったら、去年「手羽先」を買った肉の専門店が潰れて失くなっていて、コラーゲンいっぱいの「手羽先」を買える店が近くになくなってしまった。日本は大丈夫なのかと、本当に心配になる。

   また、昨日は、ジュリアン・シュナーベル監督作品『永遠の門―――ゴッホの見た未来』という映画を見て来た。ゴッホの狂気が何故か身近に感じられて恐ろしくなった。見てよかったとは思ったが、カメラアングルとバックグラウンドのピアノ音楽が少しうるさく感じた。映画といえば、先月は、『記憶にございません』と『Thunderbolt Fantasy 西幽玹歌』と『蜜蜂と遠雷』を見た。『記憶にございません』はそうしてアベを許していくのかとか感じ、『蜜蜂と遠雷』はつまらん才能賛美の作品で、バカバカしく感じた。楽しめたのは『Thunderbolt Fantasy 西幽玹歌』だけだった。困ったことだ。

   11月ももう終わりだ。私も明日からは、心を改め、残りの余生を「隠者」(?)として、真っ当に生きて行こうと思っている。サロさん!もう少しよろしくね!

消費税導入と株価の動向―――一般ピープルの肌感覚

サロさん!もう、PHコントロールは無理だよ(涙)
 それにしても、吐き気を催すほど醜悪なアベ政権に誑かされ、
  口先だけの「ナショナリズム」に煽られているのは間抜けでしょ!


   ※世の中、本当に馬鹿馬鹿しく感じられることが多い。そして、自分の心が荒廃していくことが恐ろしくも感じる。老人性の鬱かとも考えたが、それだけでないことは明らかだ。もちろん、嫌なことばかりではない。例えば、先週も、歌舞伎座で『吉例 顔見世大歌舞伎』(菊畑、連獅子、市松小僧の女)を観たり、日本語を勉強している外国人女性二人と言葉を交わしたり、家族と平将門由来の国王神社を訪れ、また、筑波山ケーブルカーで秋の大展望を楽しんだりしている。しかし、私の心は、現在と未来に明るい像が結べないのだ。理由は、日本と世界において、見え透いた嘘や言い逃れが「公共」の場において横行、跋扈する世の中となっているからなのだと思う。

   10月1日から消費税が10%に上った。私は、うっかり、封書の切手を82円のまま出して送り返されたりもしているのだがw、何しろ、生活防衛=買い物を差し控えることに心を決めている。しかし、過日、血尿が出たサロさんのために購入していたPHコントロールというドックフードを買おうとしたら、8Kg9000円台だったものがなんと21000円にもなっていた。「リニューアル」と称しているが「便乗値上げ」も大いに疑われるところだ。こんな値段ではサロさんと心中しなければならない。仕方がないので、より安価なpHケアや普通のドッグフードに変えている。先ほどサロさんと散歩して来たら、坂本九の明るい「明日があるさ」が聞こえて来た。しかし、サロさんの尿路結石の「明日」はどうなるのか、大変不安だ。

   それにしても、テレビをみていると、我々一般ピープルの”生活実感”とは全く異なる、景気の良さそうなことばかりが放送されている。株価が上っているとか、ボーナスが過去最高だとか・・・ 株価など、ジャブジャブにしたマネーを使った国際的金融資本による投機的売買や国民の負担に基づく政府ー日銀の株価買い支えの結果によるに決まっているのだ。過去最高のボーナスにしても、大企業82社の第1回集計にしか過ぎない。新自由主義の本元、アメリカでもそうだが、不公平な格差拡大の一側面でしかあるまい。

   つくづく感じるのは、政官財の”アベ友”勢力と御用マスコミによる「印象操作」(世論操作)に他ならない。モリ・カケ問題の追求に対してアベは当時はあまり聞くことのなかった「印象操作」という言葉を乱発していたが、実は、アベとそのブレーンたちこそが、マスコミや教育、そして、皇室や芸能界やスポーツ界を利用した、「事実」に反する「印象操作」に戦略的に取り組んでいたのだ。そのためにこそ、総力を挙げた「事実」の〈隠蔽〉・〈改竄〉・〈捏造〉が必要だったのだ。そして、この下品で見え透いた詐術の行き着く先は、歪んだ表情を伴った馬鹿馬鹿しい「居直り」でしかない。二階や下関市長は言ってましたよね、「何が悪いんだ!」とw。さらに、アベ友政治の”共犯者”たちは、これらの〈隠蔽〉・〈改竄〉・〈捏造〉=ウソを合理化するために、こうも言うことだろう。「自己責任だ。騙され、操られるバカなお前らが悪いのだ。」と。一事が万事、日本社会は、こんなサギ師社会になってしまったのだ。

   今日、アベ政権が憲政史上最長になるのだそうだ。まさしく、日本社会の劣化・凋落の”象徴”とも言うべき事態と言って良い。今日は、これから、蕨に出かける。しかし、その前に、一言言って置きたい。恥を知れと!

気候変動と「国土強靭化」〜明日は我が身と心得よ!

台風19号とそれに続く大雨被害は天災か?
 ―――地球温暖化の影響はずっと前からわかっていたのだ!!
 

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(群馬〜埼玉)神流(かんな)川の流木の有様


   ※朝夕の寒さが身に浸む季節となっている。被災された方々は心細い思いをされているのではないだろうか。ところで、先日、Mさんに群馬県の藤岡市周辺を案内してもらった。この旅については又後日報告したいと思うが、今日は、その中でもとりわけ印象深かった神流川の状況から、自然災害対策について一言述べておきたいと思う。

   神流川は、これまでも何回か訪れたことのあった。渓流とか清流とかの表現がピッタリ当てはまる本当に美しい川だった。その川が、台風19号とそのあとの豪雨によって、何キロにもわたって茶色く濁り、倒木に覆われる状態になっていた。本当に驚いた。地元の人の話によると、この膨大な量の倒木は人力によってしか処理できないのだそうだ。いやはや、自然の力の強大さには改めて驚かされる。

   埼玉に住む私自身、台風15号や19号の時には、できる限りの準備を整え、台風情報を見続けていた。私の住む地域はほとんどこれといった被害はなかったが、千葉や福島をはじめ、その被害は甚大で、「本当に気の毒だ」と思うと同時に「明日は我が身だ」と思わざるを得なかった。身近な人たちの中にも、生まれて初めて避難所に避難した人もいたし、1947年のキャサリン台風による利根川や荒川の氾濫の話を教えてくれた人もいた。問題は単純かつ深刻なものだ。

   まず、このブログでも何度か言及しているが、地球温暖化による気候変動は以前から指摘されていた事態で、とりわけ、巨大台風や海面水位の上昇による土石流や河川の氾濫などは完全に”想定内”のことと言って良いのだ。これに対して、グレダさんではないが、我々大人、とりわけ、巨大な権力と影響力を持つ各界の「エリート」は地球温暖化対策にどれほど真剣に取り組んできたと言えるのか。しかも、これまで歴史的にも台風や津波、火山噴火や地震などで繰り返し大きな被害を受けてきた「災害大国」日本の政・財・官の「(似非)エリート」たちは、当然想定される巨大台風や豪雨そして巨大地震に対する備えにどれだけ真剣に取り組んできた言えるのか。

   先日、先に言った旅行の帰り道、リュックサックのチャックが開いて旅行用の小物入れを落してしまった。まあ、戻ってくることはないだろうと思いながらも一応警察に届けて見たのであるが、なんと、それを届けてくれる人がいたのである。テレビで磯田道史さんは日本は落し物が帰ってくる国だと言っていたが、日本の「一般ピープル」(?)は本当にすごいと改めて感じた。これに対して、最近の日本の「(似非)エリート」どもは、本当に仕方のない奴らばかりではないか。これまで見てきた様々なシーンにも明らかなように、彼らは、一言で言えば、クソなのだ!何もしてこなかった上に危機を前にトンズラした森田健作千葉県知事のアホ面など思い出したくもないし、「桜を見る会」の国会での追求に醜く歪んだ表情を浮かべながら恥知らずな答弁を繰り返すアベやその仲間連中、そして、菅原だの、河井夫婦だの、萩生田だの、島村だの、甘利だの、麻生だの、片山だの、要するに、「地盤・看板・鞄」にすがって「権力」にしがみつき、国民の血税を食い物にして肥え太ることしか考えていない、「今だけ、金だけ、自分だけ」を体現するような輩ばかりではないか。キャ奴らが、普通の国民の生活を考えて政治を行なっているなどとは当然思えないのだ。

   そのことは様々な面に現れている。「英語の民間試験」の導入などもそうだし、オリンピックも、年金も、雇用制度も、医療制度も、外国人労働者の安易な受け入れも、そして、自然災害対策もそうだ。今回も含めて、自然災害によって多くの人命が失われ、生活の根幹が脅かされている。これに対して、口先だけではなく、「公」に対策を講じるのが各界「エリート」の責任と言うものだろう。しかし、アベ友政権は、アベ友には利益をもたらすが、国民の安全(緒方さんの「人間の安全保障」も思い出す)には全く役に立たちそうもない無駄な防衛費ばかり増大させている。三木義一さんによれば、「年度別防災関係予算の推移を見ると、災害予防のための国土保全費がピーク時(平成十年度)の、なんと三十分の一ほどに激減している」(『東京新聞』10月17日)というではないか。「国土強靭化」が聞いてあきれると言うことだ。

   繰り返しになるが、アベ友政権の周りに巣食う輩には、「公共性」を体現するような、すなわち、国民みんなの生活の安全や向上を目指すと言う「公人」としての当たり前の理念が感じられる人物が極端に少なく感じられるのだ。もちろん、予算には限りがあるから優先順位はでてくるだろう。しかし、それは、あくまでも、国民の「人間らしく生きる権利」が”公平”に守られるようにつけられるべきものであって―――それを監視し、実現させるのが議員の責任だろう―――、その何倍をも期待する政治資金への見返りとしてや、選挙がらみで「共犯」関係を形成する「身内」の利益のためになされるべきものではあるまい。アベ!野次る前に、モリ・カケ関連の黒塗りの「公文書」を公開してみろよ。そうしたら信用してやるわw

   「無策」によって被害を受けた人々がでないよう極力努力することが必要だ。巨大地震や巨大台風そして豪雨、それらに対する具体的な行政的施策が積極的に取られていると感じることができないのは私だけだろうか。個人的に備える当然だ。しかし、個人的に対応しきれない事態があるからこその「政治」だろう。はっきり言えば、オリンピックやなんだかパレードなどはどうでも良いから、本来ならば、こうした方面にこそ力を入れるべきなのだと思う。

   これから、ちょっと、東京まで、出かけてきます。

「嫌韓」報道の”浅ましさ”について

より正確な情報を得るには努力が必要となった!
 ―――御用コメンテーターの与太話に取り込まれないために!


   ※今、友人が書いた本を読んでいる。10年間の研究の末に著した本だという。書名や内容については伏せておくが、古文書研究の中で出会った禅宗僧侶の思想と生き方、そして、それらと彼自身の「苦悩」(?)との「対話」が興味深い。まだ精読はできていないので何とも言えないが、私自身に引きつけて考えれば、この「人の世」に生きている自分自身の心のうちに分け入り、そこにいる「自分」を「許し」、「認める」ことは容易なことではない。そうした上で、禅宗の「悟り」がどのような意味を持ちうるのか。それは、我々一般ピープルの「運命」論や「ケセラセラ」などの「諦め」の、洗練されたあるいは衒学的な一変種でしかないのではないか。もちろん、人々が苦痛から逃れ、「楽」になるためには、「アヘン」さえも必要な時がある。ただ、それが、苦悩を生み出す様々な原因に肉薄し、人間の「解放」へと一歩でも近づく知恵と勇気を与えることができるのかどうかは別の問題だろう。しかし、「禅」は魅力的な思想だ。そして、彼は悩み、考えている。これからじっくり読んでみたいと思う。

   さて、このところ、日本のマスコミによる「嫌韓」報道の”浅ましさ”には、ほとほとウンザリしている。どうしてここまで日本の「良識」のレベルが下がってしまったのか。アメリカやイギリスにおいても同様の現象が見られないこともないが、国内の”対抗勢力”の力強さという点では雲泥の差と言えるだろう。理由を色々考えてみたが、まあ、日本人が宗教的・思想的に「堕落しやすい」とかいった話は別として、近頃の日本の(似非)エリートと一般ピープルの多くが”地位”とか”金”とか”脅し”とかに極めて弱くなっているのは事実なのではないか。つまり、日本人の多くが、専門家としての、職業人としての、生活者としての「矜持」を失いつつあるのかもしれない。そして、その背景には、アベ友集団による虚飾の新自由主義路線の中で進展しつつある「日本」の「凋落」―――このことは様々な国際的指標にもはっきりと表れている―――がありそうだ。つまり、”追い越され”つつある者の”不安”と”恐れ”が生んだ、歪んだ感情の一つの表れということだ。そうでなければ、韓国のホワイト国からの除外や国際的な個人請求権の問題に関わる客観的事実に対する、あのような一方的で低レベルな〈言い訳〉や〈居直り〉がまかり通るはずはなかろう。本当に、見苦しいという他ない。要するに、虚飾の「豊かさ」と「貧しさ」の中で、極めて単純なルサンチマンに支配されているだけなのではないか。

   グローバル経済の環境の中での相対的な地位の低下といっても、本来ならば、より”人間的”な生活・産業・文化等の「質」を目指して努力すべきであるのにも関わらず、日本の現状は、育児環境にしても、教育環境にしても、雇用・労働環境にしても、産業構造にしても、都市環境にしても、災害対策にしても、医療・介護・年金問題にしても、OECDの「先進」諸国との比較において、到底満足のいくものではない。それどころか、アベ友政権は、より成熟した社会の形成に後ろ向きですらあると言って良いだろう。報道の領域においても、国境なき記者団による今年度の「報道の自由度ランキング」では、日本はG7では最下位、さらに、41位の台湾や42位の韓国にも届かない67位だという。そのうち、「逃亡犯条例」を撤回した香港(73位)にも抜かれるかも知れない。私の印象でも、もうとても民法のニュースショウなどは見ていられないレベルとなっている。落ち目(?)の「タレント」と芸能人もどきの(似非!)専門家が、金とポストのためだろうが、アベとアベ友に媚を売っているが如きの有様なのだ。「マスゴミ」という言葉があったが、それが、事実を本質的に論じるのではなく、まさしく、ゴミのような与太話を垂れ流す謂であることが良く理解できたと言って良い。あのウソつきの「歴史修正主義者」アベの「圧力」が余程浸透しているのだろう。ただ、私たちは、これら「マスゴミ」とは一線を画す、室井佑月や青木理、金子勝や森永卓郎、内田樹や山本太郎、また、志位和夫や小池晃などの話をまだ聞くことができる。私たちは、こうした「自由」を今こそフル活用して、アホらしい情報操作に惑わされないようにしなくてはならない。より正確な情報へのアクセスには努力が必要となったのだ。
プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2019年11月現在満13歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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