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『南京の真実』――従軍慰安婦に関する三冊の本(3)

 
侵略戦争への動員の果てに

 ―――日本の女と男を再びあの「汚辱」の中に引き込むのか?!


   私たち戦後世代にとって、戦前の侵略戦争についての認識に大きな影響を与えたのは、やはり、本多勝一『中国の旅』だったのではないでしょうか。それ故でしょう、戦前の侵略戦争を肯定しようとする勢力のこの本に対する反応はまさしく尋常とはいえないものです。ネット上でのワンパターンな記事を読むにつけ、彼らが大切にしたいと考えている自国中心的価値観や私には非常に稚拙に思われる(論理とは言えないような)「論理」はある意味で興味深くはあるものの、それらは、結局、あの無謀で悲惨な侵略戦争、そして、その結果としての〈敗戦〉をもたらした「暴支膺懲」・「支那膺懲」論をさらに戯画化したものに過ぎないであって、その思想と論理には全く『未来』はないと言ってよいと思うのです。確かに、安倍〈デジャヴ〉政権の成立やその延命など、国内政治的にはまだ決着はついていませんが、その帰趨はこの数年の間にはきっとはっきりすることでしょう。

   ところで、戦前の日本国家の侵略性を最も象徴的に示すのが、1937年からの日中戦争(支那事変)における、上海から南京に至る日本軍の行動です。それは、いわゆる「南京大虐殺」とか「南京事件」とも言われるもので、大東亜共栄圏の理想を振りかざした「聖戦」の侵略性を、「731部隊」とともに、最も象徴的に示すものとされてきました。他国の地に大軍を送り込み、想像を超える頑強な抵抗に遭遇する中で、農村から物資を現地調達し、都市を破壊しつくすことになったこの戦闘の中で、「皇軍」兵士は中国人に何をしたのか、何をさせられたのか。私は、すでに幼い頃から、その意味することを理解できないまま、第二次上海事変に加わった親戚の話として、その有様を聞き知っていたのでしたが。

   この「南京大虐殺」については、侵略を受けた中国側の民衆や元日本軍兵士たちの証言を含む多くの資料がある一方で、「南京大虐殺」自体が捏造だとする主張もあります。ネットで検索すると、よほど力を入れているのでしょう、歴史学の成果や家永教科書裁判そして百人切り裁判などの判決があるにもかかわらず、後者の見解でほぼ埋め尽くされています(汗)。しかし、それらは、私が読んだ限りにおいては、「三十万」という数がおかしいとか、虐殺の証言には証拠がないとか、あるいは、嘘があるとか、逆の証言が元日本兵からあるとか、が主な論拠のようです。その主張自体が支離滅裂な場合も多いのですが、要は、論点を個別的、あるいは客観的に確定し難いところに呼び込み、その「不確実性」を強調することによって、それを全体に及ぼし、だから、そもそも「虐殺」はなかったんだ、それゆえ(?)に、日本軍の中国への「進出」は「侵略」ではなく特別非難されることではないんだ、というわけのようです。ただ、情報の受け手としての私の印象からいえば、それらは、最近の〈世知辛くなった〉ご時世でしばしばお目にかかる、虚実織り交ぜた、論点のはぐらかし、言い逃れと同質のものだとしか感じられませんでした。それにしても、証拠が隠滅され証言によってそれを解明してゆくしかなかった「731部隊」にたいする態度、そして、死ぬまで抵抗して殺されなければ強制ではなく合意だと主張するがごとき「従軍慰安婦」問題おける「強制性」の否認―――勿論、「狭義」の強制もあったのですが―――まで、つくづく呆れるしかありません。
     
    しかし、問題は、実際に、その「場」でどのようなことが起きたかです。一般ピープルたる私自身 には、笠原十九司『南京事件』(岩波新書、1997年)が一番手頃かつ信頼できるものと思われるのですが、今の「錯綜」した状況においては(?)、「公平な第三者の目」が説得力を持つかもしれません。その意味で、是非一読をお勧めしたいのが、次の一冊です。
 
 ジョン・ラーベ『南京の真実』(平野卿子訳、横山宏章解説、講談社、1997年)

    この本は、当時の日本の同盟国(日独防共協定)ドイツの、それもナチ党員であった、ジョン・ラーベの日記です。彼は、日本軍占領下の南京における「国際安全区」委員会の代表として非戦闘員救済に奔放した「中国のシンドラー」とも呼ばれる人物で、その日記は、当時の「国際安全区」を含む南京市内の様子を〈具体的にイメージする〉うえで欠くことのできない貴重な資料と言えるでしょう。このブログの構想のはじめの頃には、この本についてもう少し詳く紹介しようと思っていたのですが、もうかなり長くなってしまっていますので、結論だけを記します。それは、「南京大虐殺」―――つまり、武器を捨てた敗残兵や捕虜そして一般市民への、非人道的で国際法違反の大規模な殺害(彼らは、その数を、南京城内だけで、ほぼ5、6万人と捉えていたようですが)そして略奪・暴行・強姦―――は間違いなくあったということです。彼の日記は、その様子をなまなましくと伝えています。あとは、単純な国語読解力の問題です、

   さて、本題に入りますと、このラーベの日記には、日本兵による中国人女性に対する目を覆いたくなるような強姦・暴行の有様(「安全区は日本兵用の売春宿になった」)とともに、日本軍(ー日本当局)による、まさしく、「兵隊用の大がかりな売春宿」をつくる動きが記録されています。そして、言うまでも、この南京事件が起こったときの首相は、あの近衛文麿だったのです。近衛は、この時の対応を良く憶えていたに違いありません。

   私は、前回のブログで、いわゆる「従軍慰安婦」問題の原点は(第一次上海事変ではなく)「南京事件」にあったのではないかと書きましたが、それは、戦地や占領地において、多数の他国あるいは他民族の女性たちが、日本軍ー日本政府の管理下で奴隷的拘束状態におかれ、日本人将兵の性欲解消の「道具」として「使役」されたという、現在、国際的な問題となっているこの問題がもつ民族的(すなわち侵略的)側面の際立った性格がそこに見られると考えたからです。すなわち、この水準においては、その理由が日本兵による強姦の防止であろうが日本兵の性病予防であろうが、民間の業者によって媒介されていようといまいと、その女性がたまたま他国の職業的売春婦であったかどうかなどは、関係ないのです。
   石坂啓さんは「突撃一番」の中で、「稼ぐだけでなく こんな 自分の身体が 少しでも 国のためになるのならと 思っていたことも事実です」という主人公が「そんなあたしが アイちゃんの怒りを ほんとうに理解するということは 無理だったのかもしれません」と語らせていますが、まさしく、アイちゃんの、アイちゃんの家族の、同胞たる朝鮮人男性の、朝鮮民族全体の怒りは、この水準にあるのだろうと思います。それ故、「南京事件」における日本軍の行為が、多くの中国人の「抗日」の意識をより高めただろうことは、立場を変えて考えてみれば、容易に理解することが出来るのです。もしそんなことはないというならば、その人の「民族意識」など偽物に決まっています。こうして、「南京事件」におけるこうした日本軍の行為を正当化するなどは、最も反民族的なことであり、かつ、日本の利益を害することになるのです。

   私は、石坂啓さんも「突撃一番」のなかで見事に描き出していると思う、「従軍慰安婦」問題が内に孕む重層的な「差別」構造―――民族差別、性差別、階層差別―――をしっかり把握し、その内的矛盾や相互関係を理解しなければならないと考えている者です。そのことによってこそ、そこに生まれる様々な共感や反感・蔑視などの根を捉え、論点のすり替えを許さないとともに、問題解決への道筋も発見できると考えるからです。

   さて、「従軍慰安婦」問題には、明らかに、人口の半数を占める女性への差別を見ることが出来ます。その差別とは、この場合は、男性が女性の性を、その人格と切り離して、自らの性的欲求を満たすための道具として見、扱うことにあります。多くの女性たちが、それを受容あるいは正当化する議論に強い不快感を感じたに違いありません。性差を差別に転化する「ジェンダー」の役割分担論の一変種と思われるこうしたイデオロギーは、「男ってそういうもので、しかたがない」といったかたちで、戦前の日本女性にも、その受容が策されていたものといってよいでしょう。
   勿論、両性の性的関係は、両性の〈自由な〉合意によってのみ許されるのであって、そうした人格的条件を欠く場合には、明白な人権侵害、犯罪となるのです。ですから、そうした人格的条件を欠く場合には、〈自然〉と表現される性的欲求であろうと、自らコントロールすることが両性の人間的尊厳の維持のためには不可欠なこととなるのです。(例えば、男の場合、宮台真司流に表現すれば、自分で通してしまえばいいのであり、また、そうすべきなだけなのです。)
   ところで、勿論、全ての兵士や軍隊がそうであったわけではない(!)のですが、しかし、戦前の日本軍の少なからぬ兵士たちが、どうして強姦という犯罪行為を犯し、そして、差別的で暴力的なあの軍の慰安所に列をなすことになったのか、その原因ははっきりと解明する必要があるでしょう。私はそれを、女性に対する差別的な意識の摺り込みとともに、そうした〈おぞましい〉行為を強いる「力」に対する〈恐怖〉ではなかったのかと考えています。男たちは、それを〈おぞましく〉感じる感性を持ちながら、そうした犯罪的で非人間的な行為を煽る「力」に抵抗する〈強さ〉に欠けていたのではないかと考えるのです。

    最後は、階層的差別あるいは階級的差別です。あの〈おぞましい〉「従軍慰安婦」制度を支えたイデオロギーの一つは、同胞たる、〈貧者〉あるいは〈社会的弱者〉に属する婦女子を、自分たちの秩序や利益を守るための「防波堤」として利用して恥じない考え方です。性的差別(男性による女性の支配)を前提とする「公娼制度」には様々な理由が付けられていましたが、そうしたものの中で最も記憶に残っているものは、「それは、良家の子女を守るためのものだ」というものです。政略結婚や男の性的放蕩に苦悩してきた彼女らがそれらと一対をなすこうした議論に素直に同じたかどうかは私には分かりませんが、それが強姦防止という理由付けとともに、かなり広汎に流布していた可能性も大きいと思うのです。橋下らが最後にしがみつこうとしているのもこうした側面にほかならないでしょう。だからといって、公的で高い位置にある者の子女がその「誰でも理解できる」「大切な仕事」に就くことはないのです。私たち一般ピープルは、こうした階層差別的あるいは階級差別的な言辞を決して許してはならないと思います。実は、この「慰安婦」問題に限らず、現在目前に展開している様々な問題の背後には、犠牲を〈一般ピープル〉とりわけ〈貧者〉あるいは〈社会的弱者〉に押し付けて平然としている、権力者=イスタブリッシュメントの心性が見えるのです。

   最後に、現在外国人の「従軍慰安婦」問題として国際的に議論となっているこの問題を、日本人が日本人自らの問題として考え、反省することこそが、日本の女と男を再びあの「汚辱」の中に引き込ませないことの条件でもあると私は確信します。補償問題と絡めながら、民族間の分断を図ろうとするがごとき姑息な動きに乗せられてはいけません。差別心からの解放、自らの弱さの克服、それらが私たち〈一般ピープル〉の『未来』を切り開く鍵となるでしょう。

 ―――サロさん!しばらくかまってあげられなくて悪かったね。でも、君は、最近、随分、わがままだよ。誰かさんたちのようなわがままは許しませんよ。

―――大丈夫だモーん!ほかのワンワンに迷惑かけてないもーん
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『冬の蕾 』―――従軍慰安婦に関する三冊の本(2)

  近衛文磨の「特殊慰安婦施設」から考える
       ―――政府と民間業者との連携


     前回のブログでは、石坂さんの「突撃一番」を読むことから、日本人慰安婦と朝鮮人・韓国人慰安婦の有り様の一端を考えてみましたが、そのおおまかな構図は、数多くの女性たちが、経済的困窮や借金のカタなどによる「身売り」や皇国臣民の〈義務〉としての「女子挺身隊」といった名目で、脅かされたりすかされたりだまされたり泣き落としにあったりと、様々な形で戦地の慰安所に送り込まれたということです。例えば、記憶にも新しい『11PM』の「日帝36年」に登場したおばあちゃんの場合は、借金によって無理矢理にというものでした。
     そして、そうしたことが、たとえ直接的には民間業者によっておこなわれたものだとしても、それを当時の「合法性」の下に肯定あるいは支持するとすれば、それは、まさしく、当時の「女衒・口入れ屋」のたぐいの行為を正当化し、その立場に立つことに他ならないのです。そうした見解を今世界に発信するなど、真っ当な感覚ではあり得ないことです。(現在の肯定論者は、恐らく、もしその時代に生きていたとしたら、喜々としてその流れに乗ったのでしょう!)

     もう一つ、大事な点は、こうした「従軍慰安婦」制度における〈官民連携〉にたいする視点です。すなわち、例えば、アイちゃんの場合は巡査が介在していましたが、さらに、軍上層部そして政府上層部との関連はどうだったのでしょう。今日紹介したいのは、この点に関わるものです。


樹村みのり著、船橋邦子解説『冬の蕾 ベアテ・シロタと女性の権利』(労働大学出版センター、2005年)

     昨年なくなられた、ベアテ・シロタ・ゴードンさんは、戦後、GHQの憲法草案制定会議のメンバーの一人で、日本国憲法24条((家族生活における個人の尊厳と両性の平等)の草案を執筆した人物として知られています。上記の本は、その意義を解説した本ですが、その一部に、次のような部分があります。    

A「聞いた?ベアテ 今ね どこの師団に一番性病が多いか 医務局の話題ですって。へんなところへ通うから自業自得よね。」
A「それがね 信じられない話だけれど 日本政府はアメリカ軍が要求もしないのに アメリカ兵のために―――と 早々と コール・ガールのサロンを用意したのよ。
C「なんて言ったかしら 日本語で」
ベアテ「特殊慰安婦施設」
D「警視総監が陣頭指揮を取って 業者に委託して 政府がそのサロンに融資しているのよ。」
E「食べるのも大変なときですもの 中には慰安婦がコール・ガールのことと知らずに応募してきた女性も多いらしいわ。」
ベアテ「この話を推進したコノエという男は 何度も日本の首相を経験した公爵だというからおどろくわね。日本人って なんて クレージーなのかしら。」

     ベアテさんは、GHQの民政局に属していましたから、上記の会話は、民政局の女性職員の間でかわされたものです。国家総動員法の近衛文麿が、米軍による占領直後の状況の中で、政府が資金を出資し、民間業者と連携をとりながら、「特殊慰安婦」施設をつくり、米兵に日本女性を提供する仕組みの形成を推進したということなのです。これを、アメリカの女性たちは「クレージー」と表現していますが、こうした対応を日本の男と女はどう捉えるのでしょう。

     勿論、これに対して、橋下大阪市長なら、それは誰でも理解できることだ、と答えることでしょう。戦争に負けた「敵」兵に、日本の「女性」を、いろいろな理由を付けて、差し出すことに。〈提供〉された女性たちは、内心どう思ったことでしょう。そして、その家族や隣人たちは。

     それにしても、近衛らは、どうしてこのように迅速にことを進めることができたのでしょうか。いうまでもなく、それは、こうした日本「国家」のやり方には「先例」があったからなのです。そして、その原点は、恐らく、「南京」にあるのです。

(続く)

石坂啓『安穏族3 突撃一番』―――「従軍慰安婦」に関連する三冊の本(1)

 日本国家そして「日本人」は「悪いこと」をしなかったのですか?
    そして、これから,どうしたいというのでしょうか? 


      
     前回の『つぶやき選集(17)』で、従軍慰安婦問題に対する橋下の議論を,おおまか、次のようなものだとまとめておきました。

     従軍慰安婦とは、「強制的」にではなく「合法」的にかき集められた兵士向けの「売春婦」で、こうした制度は、兵士の欲求不満を解消し秩序を維持するためには必要不可欠だとだれでも理解できる制度であり、確かに「軍」の関与もあっただろうが、「国を挙げて」やったわけでもなく、他の国の軍隊にもあったのだから、日本だけが批判されるのはおかしい、というものだ。長くなるので後日に譲るが、こんなもの、全て容易に否定しうるものだ。そして、ああだ,こうだと言い逃れをしようとしているが、結局、橋下は、従軍慰安婦制度の「強制性」(性奴隷制)を否認し、荒ぶる兵士に女性を「充てがって」鎮静化させるための制度の存在を是認しようとしたわけなのだ。「私は」それに賛成だとは言わなかったって? じゃあ、皆で,それを批判的に反省して、そうした仕組みを無くそうとしたとでも言うのかな? 在沖米軍に,(アメリカ人のでは恐らくなく)日本人の「風俗」嬢の利用を〈したり顔〉で勧めておきながら。本当になんてやつだ。戦後の日本政府の〈クレージー〉な対応についても後日、と。

     さて、こうした橋下や安倍や石原や平沼などといった輩の、いわば、児戯にも等しい言い訳や様々なレベルでの論点のすり替えそして詭弁は、本来ならば相手にする価値すらないものであるが、しかし、彼らとて「歴史的事実」に対して真摯に向き合おうとしているわけではサラサラなく、ただ只管、自らの政治的目的のために、「無知」な第三者に対する謀略・工作としてやっているつもりなのであろうから、それに対しては、きちんと反論しておいてやらねばならないだろう。ただ、私自身は、これらの問題に対する研究者でもないので、これらについては、たとえば、吉見義明氏の『橋下徹市長への公開質問状 』(http://www.ajwrc.org/doc/yoshimi-situmonjoh.pdf)やアジア女性資料センターの『日本軍「慰安婦」問題に関するアピール:政治家による「強制」否定と「河野談話」見直しの主張に対して』(http://ajwrc.org/jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=754)等を是非参照していただければと思います。現在、この吉見氏の公開質問状に対して橋下はダンマリを決め込んでいるようだが、ツイッターで自身の支持者に〈目くらまし〉的言辞を弄しているだけではなく、日本語が理解できる我々に対して、まさしく、理解できる日本語で是非回答してもらいたいものだ。(所詮、無理だろうけれど!)

     というわけで、今回のブログでは、私自身が、一人の『一般ピープル』として、この問題をどのように考えてきたのかを、三冊の著作の紹介を通して、述べておきたいと思います。 
     
     さて、思い起こせば、私の「従軍慰安婦」問題への関心は、千田夏光の『従軍慰安婦 正編』(三一新書、1978年)、日本テレビ『11PM』の「日帝 36 年」(「シリーズ・アジアと共に生きる」1982年)、石川逸子『「従軍慰安婦」にされた少女達』(岩波ジュニア新書、1993年)、吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書、1995年)などに触発されたものでした。さらに、今日、とりわけ紹介したいと考えているものが、次の一冊です。


 石坂啓「突撃一番」(『安穏族』3、集英社1984年)
    

     私の世代にとっては、手塚治虫の弟子として有名で、また、現在は『週刊金曜日』の編集委員としても活躍している石坂啓さんは、30年前のこの作品のなかで、従軍慰安婦問題に肉薄しています。作品は次のような言葉で始まり、そして、次のような言葉で締めくられています。

 冒頭部  軍人だったら 国が恩給をくれる 死ねば 遺族年金だっ
     てくれる
     でも あたしやアイちゃんのことを知っている人なんて 
     いったい どれだけいることかしらね
     毎日 毎日 二十人 三十人もの男と 戦ってた あたし達
     のこと―――

 終結部  その数 数万とも十数万とも 言われた 慰安婦たちの視
     点から男たちの戦争が語られることは ほとんどありません
     でした
     運よく 抗日軍の手に保護された 朝鮮の娘たちも
     ぼろぼろにされた 身体では
     自分の村へ 帰るに帰れなかった ということです

     この作品の主人公は、内地の娼家で働いていた日本人の慰安婦で、1944年から敗戦にかけ、中国戦線の慰安所で働いていたという設定になっています。まず、最も重要な点は、この作品が、〈日本人〉慰安婦の視点から「従軍慰安婦」制度とあの戦争を捉えるものとなっていることです。最近、YouTube上で、美輪明宏 『祖国と女達(従軍慰安婦の唄)』へのアクセスが急増しているとのことですが、実は、こうした視角こそ、我々にとって忘れてはならないはずのものなのです。そのことによって、「反日」だの、「美しい日本」だのと言っている輩が、なぜあのように「醜く」感じるのかも理解できるのです。
     さて、作品では、「従軍慰安婦」制度は、つぎのように説明されています。

     日本が 中国への侵略を深めるうちに 起こってきた 様々
     な問題―――
     中国人婦女子への強姦 虐殺・・・・・ 
     性病の広がりによる 戦力の低下・・・・

     あたしたちは その防波堤の役割を 課せられ 
     軍需物資として 戦地へ 送られてきたのです

     日本からは 娼家の女たちが
     そして 日本の植民地だった 朝鮮からは
     処女が 狩り出されて・・・・


     こうして、国家の意思によって作られていった「従軍慰安婦」制度は、この作品では、日本人と朝鮮人の慰安婦と言う、二系列の視角で把握されます。ところで、先にでてきたアイちゃんは、女子挺身隊員(本来、軍需工場などへ動員されや女性)として朝鮮から動員された15、6歳の少女でした。アイちゃんは、「ここへ つれてこられる時も 飯炊きの仕事だといわれていた」、「お父さん いやだ と言ったら 巡査にひどくなぐられた」、「わたしたち 日本の人に いつも だまされてきた」と言っています。歴史的現実の中では、本当に多様な事例が存在するのですが、当時、皇国臣民として動員された朝鮮半島の少女たちにこうした事例が多かったろうことはこれまた多くの証言で明らかのことと言わなければなりません。そして、彼女たちは、戦地における奴隷的拘束状態の中で、強姦され、暴行され続けなければならなかったのです。また、こうした、慰安所の設置と婦女子の「かり集め」の様相も国や担い手等々によって多様であり得たわけですが、とりあえず、南京については、次回で紹介予定のジョン・ラーベ『南京の真実』(平野卿子訳、講談社、1997年)、そして、インドネシアについては、鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二の対談集『戦争が遺したもの―――鶴見俊輔に戦後世代が聞く』における鶴見氏自身の「証言」を参照されたく思います。

     それでは、「大和撫子」たる日本人の慰安婦たちはどうだったのでしょうか。この作品では、次のように描かれています。自殺を図ったアイちゃんに、「がまんをおし 多かれ 少なかれ ここにいるのは 事情のあるものばかりさ・・・」と言う主人公は、また、(故郷の家族や妹たちのために)「稼ぐだけでなく こんな 自分の身体が 少しでも 国のためになるのならと 思っていたことも事実です」とも言うのです。―――「兵隊さんはお国のためにがんばってくださっているんだ あたしたちはその兵隊さんのためになろうってのよ (ありがたいと思わないのかい?)」、「今に きっと 日本が戦いに勝ってくれるんだから 亜細亜のみんなが幸せになるんだから それまでのシンボウよ がんばって稼いで 家族にみんなに 楽させてあげようよ ね」と。しかし、これらは、あまりにも有名な、戦前の愛国心教育の成果そのものであり、また、侵略戦争を正当化した大東亜共栄圏のイデオロギーでもあったのです。
     ところが、敗戦間近になると、自分たちを守ると信じていた軍隊は、あっさりと彼女たちを見捨て、置き去りにしてしまうのです。言うまでもなく、こうしたことは、敗戦前後に数多く見られた現象でした(棄民)。軍隊そして国家は、女をそして国民を守らなかったのです。

     そして、最後の場面は、戦地で(インフレ!)軍票を渡され、帰還船の中で、今まさしく空手形となったその軍票を握りしめ、「この重さはね あたしの 血の重さなんだ」と叫ぶ主人公の姿でした。今、従軍慰安婦は月収800円の高給取りだったと叫んでいる輩がいますが、この姿を見て、皆さんはどうを思うでしょうか。私は思います。「だまされた」のはアイちゃんたちだけではないのです。それは、日本人の従軍慰安婦であり、日本の「一般ピ-プル」も同様なのです。確かに、日本の加害責任を忘れることは出来ません。しかし、そのことをしっかり自覚するためにも、まず、一般ピープル自身があの戦争を指導した連中との「共同幻想」から解放される必要があるのです。

     彼らと彼らの末裔は、「従軍慰安婦」は、自ら金を稼ぐために、自由意志で、身体を売ったのだと言う。さらに、貧しい家庭の娘にとってそれは割のいい仕事であったとさえ言います。また、戦前は公娼制度が存在し、「合法」だったのだから、それを組織し、経営することにはなんら問題はなかったという認識も示します。しかし、そういいながら、彼らは、彼女らを「軽蔑」の念をこめて「売春婦」だと罵るのです。

     はっきり言おう。外国人の従軍慰安婦に関して(狭義・広義ともに)「強制」性がなかったなどという戯言は、国際社会では、一切通用するものではないことを。もし、ないと確信するのなら、国連で、中国で、韓国でそういってみるがいい。さらに、「日本人」にとって、さらに重大なことがある。それは、彼らが、戦地で働いていた、我同胞たる日本人の「従軍慰安婦」に悪罵を投げかけていることだ。このことは、あの時点で、そして、今の時点において、どういう立場から言い、何を意味するのか、はっきりさせておかねばならないことだ。

     私は売春が人類史の中で古い歴史を持っていることも知っているし、また、日本史における、中世の「遊女」たちのことも知っている。しかし、柳田国男が指摘しているように、そうした「遊女」たちのあり方と近世以降の「遊里組織」でのあり方とは根本的に異なっているのだ。それは、女を奉公人としてその自由を奪い、女衒(ぜげん)という職業が盛んに活躍を始め、娘を売るという家々の悲劇を引き起こしたからだ。柳田国男の著作から、その一部を引用しておこう。

     ・・・・ところが、普通の家に育った女たちの、泣いて親同胞と別れていく者になると、いつでもただ世の常のよすがを、考えずには居られなかったのである。芝居によくある貧ゆえの身売り、または欺かれてこの苦界に堕ちたと思う者は、もうその時から半分は世をすてていた。それがわずかに残った夢を押し潰されて、ふたたび家庭の人に戻ることができぬと決すると、すなわちいとも容易に絶望してしまったのである。実際またありふれた外の生活とくらべて、くらべようもないほどの残虐な任務でもあった。(「明治大正史 世相編」、『日本の名著・柳田国男』より)

    自由廃業の制度があろうとなかろうと、暴力によって担保された資本の足かせがどのように機能したかは、容易に想像しうるところだ。つまり、それが「合法」であろうとなかろうと、明治維新以降も、多くの女性たちが人権を蹂躙され、苦界で呻吟していただろうことは容易に想像できるのだ。それ故にこそ、そうした公娼制度は廃止されることになったのだ。しかし、そうした状況に対して、彼らは、身体は売らねばならなくなったが心は売ることはなかった女性たちと多く接し、彼女らを恨んだせいかどうかは知らないが、彼女らの苦しみに柳田のような「同情」を寄せることすらなく、まさしく、そうした制度の上に乗っかり、「従軍慰安婦」制度を推進すらしたのだ。その心性は、一言で言えば、同胞に対する醜悪なる差別心だ。それが、どのようなものだったのかは次回論じたいと思うが、ここで、確認したいのは、アジア解放の聖戦を主張していた彼らが言うところの「愛国心」や「民族共同体」などは、全くの虚偽に他ならなかったということだ。なぜなら、彼らには、目の前に存在する同胞の〈苦難〉に対する「同情の念」・「憐憫の情」すらなかったからだ。なんと「武士道」から遠いことよ!  
     
     長くなってしまいました。今日の結論をコミックの領域で表現しておくならば、私は、『ベルサイユのバラ』のオスカルのように、差別的で腐朽した既得権益層の側にではなく、フランス革命におけるバスティーユ行進の先頭に立った「一般ピープル」たる〈売春婦〉の側に立つということだ。 
 
(続く)

 
プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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