FC2ブログ

『シン・ゴジラ』を観て―――2016年夏

「世渡り上手」な”ネオン・ジェネシス”・ゴジラ
  ―――福島原発事故以後の「核と戦争」に対する”エリート”の想い


   ※台風とこの蒸し暑さのために畑仕事の時間を縮小し、宇沢弘文と佐久間象山、『仮名手本忠臣蔵』そして”DECLARATIONS OF INDEPENDENCE(Zinn)"を読んでいました。そんな中、今週の火曜日、「奥さん」と「姉貴」が今話題の『シン・ゴジラ』を見に行くというので私もついて行くことにしました。見終わった後の三人の感想は、三人一致して「面白かった!」です。とはいっても、それは三者三様のかなり屈折した意味合いにおいてのものだったようで、たとえば、結構映画好きな「奥さん」は「このご時世に、かなり危ない話よね」とか、限りなくオタクに近い「姉貴」は「好きなように作ってかつシリーズに沿ってよくまとめたね」とか、また、愚直な田舎者である私は「否定の否定は肯定ですかねえ」とかいったふうでした。さらに、昨夜は、『ガンダム』ファンらしい「1st兄貴」の〈映像技術〉の重要性に関する「ご高説」も伺ったのですが、とりあえず今日は、私が感じたことの幾つかを書き記しておきたいと思います(ネタバレ注意)。

   
   
   さて、「1st兄貴」には批判されるのですが、私のこの作品に関する主要な興味と関心は、もちろん、脚本・総監督の庵野秀明氏の「社会思想」にあります(野暮ったいですねえ!)。それにしても、脚本と演出が同じ人間だと、台詞から映像表現まで、よくここまで『新世紀エヴァンゲリオン』に似るものです!まさしく、これは、庵野秀明氏の”ネオン・ジェネシス(「新・創世記」)・ゴジラ”と言って良いでしょう。もちろん、それはけっして悪いという意味なのではなく、かえってこの『ゴジラ』を面白くさせているのだとは思います。

   ところで、私は、2年前の夏、このブログで「『ゴジラ』を観る(1)〜(3)」をアップしました。私の基本的な『ゴジラ』観は1954年版と1984年版にあるのですが、そうした観点から今回の『シン・ゴジラ』を見ますと、「核」(原発ー放射能)と「戦争」(核兵器使用も含めた集団的自衛権行使)の問題に対してこの作品が放つ社会的メッセージを安易に受容できるとは思わないにせよ、それは、2011年の福島原発事故と昨年の戦争法成立という日本の現状を踏まえた、日本人の手による立派な『ゴジラ』になっていると言って良いと思うのです。それは、あのアメリカ版『GODZILLAゴジラ』(2014年)とは全く〈質〉(時代との格闘)を異にするものといってよいでしょう。

   まず、ここに登場した〈新しい〉ゴジラが〈福島原発事故〉によって放出された放射性物質の「比喩」であろうことは明らかだと思います。それは、現実に首都圏に流れ込んだ放射性物質であり、また、例えば浜岡原発で大事故が発生した際流れ込むであろう放射性物質による深刻な汚染とそれによる被害です。このことは、ゴジラをあの「在来線爆弾」とともに一応「抑え込んだ」ことになっている、福島でよく目にした大型の「放水クレーン」や凍土壁に注入される「冷凍液」を思わせる設定にも表れているといってよいでしょう。そして、膨大な電力を消費しつつ、原発事故を遠くの出来事のように錯覚している東京こそが、放射能汚染と核戦争の「現場」として突きつけられるのです。

   ところで、五感によっては捉えることのできない放射能の危険性と熱核兵器の爆発に対して、対抗しうる手段はあるのでしょうか。もちろん、それは基本的にあり得ないのです。それは、これまでも日本の『ゴジラ』によって表現されてきたように、自衛隊の最新兵器によってであろうが、米軍の無人機やステルス爆撃機によってであろうが、不可能なのです。せいぜい、まずは遠くに逃げるか、短期間核シェルターに閉じ籠るかぐらいでしょう。そうであるにもかかわらず、アメリカと「国連」安保理は、それに対して熱核兵器で対抗しようとするのです。しかし、そもそも、原発に核兵器をぶち込むことなどあってはならないでしょうし、また、核兵器に対してではあれ、膨大な都民の犠牲を前提とする核兵器による無差別攻撃を容認するとすれば、一体、日本政府は何を何から守ろうというのでしょうか。もちろん、『シン・ゴジラ』の主人公たちは、そうした手段を極力避けようと努力し、そして、それに成功することにはなるのです。これまでの日本の『ゴジラ』のように。―――しかし、アベ政権はオバマの核兵器〈先制不使用〉の宣言に反対したのだそうです。日本の現状は、あのバカバカしい『GODZILLAゴジラ』の世界にすら接近しているようです。

   ところで、私は、米軍の地中貫通爆弾によって攻撃され苦しむゴジラの様子を見て、「かんばれゴジラ!」と応援したい気持ちになりました。あのゴジラの動きは狂言師・野村萬斎氏のものが使われているそうですが、このように、ゴジラの中に同じ生物としての命を感じさせたり、あるいは、同じ人間の手によって生み出された核技術による「犠牲者」の姿を感じさせるのも、日本の『ゴジラ』の特徴と言えるでしょう。ゴジラは怒っているのです!そして、どうすればゴジラは元の平和な生活に戻れるのでしょうか?!

   この点とも関連し是非付け加えておかなければならないのは、牧博士のことです(写真には庵野が私淑した『日本で一番長い日』の岡本喜八監督のものが使われています)。彼は『ゴジラ』の芹沢博士のように海に沈んだ(自殺した)のですが、その時の遺品が、宮沢賢治の『春と修羅』と「折り鶴」の形にすると意味を放つ「曼荼羅」(ゴジラの「体組成ー遺伝子」情報)でした。「折り鶴」といえば〈平和への祈り〉、そして、「曼荼羅」で私が思い起こすのは南方熊楠の曼荼羅(宇宙と世界の構成原理ー「生態系」)です。そして、被爆者の妻を持ち、(放射性物質を食べて変性した)ゴジラの存在を発見した牧博士とゴジラ自身との関係(「遺伝子操作」?)は不明ですが、ゴジラの存在が、人間によってつくり出された恐怖(核戦争と原発事故)の「ブロウバック(逆流・しっぺがえし)」であり、現代文明への抗議・警告の意味を持つだろうことは容易に想像しうるところです。また、彼が残した「私は好きにした。君らも好きにしろ。」という言葉は、人間が引き起こした核戦争や原発事故を前にして、君たちはどのような選択をするのか(核兵器と原発の廃絶か存続かという自由意志による選択)という呼びかけになっているのだろうと思われます。そして、もちろん、彼の曼荼羅は、米国を中心とする多国籍軍(国連)による核攻撃とは違った〈道〉を指し示すものだったわけです。

   さらに、『シン・ゴジラ』を非常に興味深いものにしているもう一つの特徴は、日本の政治体制(政治的・軍事的意思決定過程を構成する法的諸制度や人的要素)に対してかなり辛辣な「批判」的論評を与えていることです。たとえば、世襲と保身と無責任に特徴付けられる政治家たち、ただ只管権力の位階制を這い上がろうとする立身出世主義の官僚たち、空虚なエセ科学主義を振り回す御用学者たち、等々です。そして、とりわけ強調されているのが、戦後の日本をアメリカの「属国」だとはっきり「規定」していることです。このことは、日米安保体制や原子力行政をはじめとして、最近の米国側からの情報公開によってますます明らかになっている事実に他なりません。しかし、この映画の主人公は、こうした政治体制の内部にありながらも、「国民の幸福」に責任を持とうとする、若き〈エリート官僚〉たちと設定されているのです。もちろん私は、こうした「エリーティズム」を簡単に信用するものではありませんし、さらに、彼らの活躍を可能にした政官の「イスタブリッシュメント」たちを結局みんな日本を真剣に心配した「いい人」たちでしたとするが如きの「結末」には、現在のアベ政治の現状を考える時、全く「おめでたい」話だと思わざるを得ないのです。
   
    とりわけ、私が不安に感じたのは、彼ら若きエリート官僚たちが、有事における権限の集中(ー国民の人権の制限)を求めているらしいこと、また、一定の「抵抗」を示しつつも、最終的には、東京におけるゴジラへの核攻撃という国連安保理の決定や多国籍軍による集団的自衛権の行使を「受容」していること、さらに、「ゴジラ」(原発・放射性物質そして核兵器)との安易な「共生」すら呼びかけているように思われることです。もちろん、こうしたメッセージは、「緊急事態法」や「集団的自衛権の容認」そして「原発の再稼動」などといった昨今のアベ政権の政策と〈親和性〉を持つのであり、〈現政権〉を支える「権力エリート」たる人々には「当然」のことと言えるのでしょうが、私のような「一般ピープル」にとっては、〈とんでもない〉方向性を意味するのです。大体、一部の「権力エリート」の判断が決して信用できるものではないことは歴史的にも自明のことですし(たとえば、破局を招来した大日本帝國憲法体制を想起せよ)、また、我々の生活を最後に守るのは決して軍隊(自衛隊)なのでもありません(「一般ピープル」の〈自発〉的「抵抗」に決まっています)。また、「ゴジラ」との「共生」がもし原発の再稼働などを意味するのだとすれば、そんなものは欺瞞以外の何物でもないでしょう。「世渡り上手」な先生方からは、廃炉をも可能にする原子力技術の維持・発展のためには原発の再稼働が必要だなどという議論を聞くこともありますが、現実の原発再稼動がそうした目的のために行われるなどとは笑止千万なことです。すなわち、現在推し進められている原発再稼動はあくまでも「原子力村」のセコイ利益実現のための商業的稼動に他ならないのであって、廃炉などのために必要な原子力技術の研究・開発は、各電力会社の責任も明らかにしつつ、公共的に組織された機関で行えば良いのです。

   それにしても、スリーマイル島(1979年)〜チェルノブイリ(1986年)〜福島(2011年)と、私の人生の半分にも満たない30年ほどの間に繰り返されてきた原発事故がこの地震列島において再び繰り返されることはないなどという如何なる(科学的)根拠が存在するというのでしょうか。何しろ、ゴジラは怒っているのです!早くこの地上から姿を消し、ゆっくりと休みたいと思っているはずなのです。

  
スポンサーサイト

『ゴジラ』を観る(3)―――科学者の社会的責任

 湯川秀樹さんの思索とも重ねて
       ―――戦後日本民衆の『核と戦争』への想い



   さて、1954年版の『ゴジラ』を味わい深いものにしている大きな理由の一つは、「破壊の限りを尽くすゴジラを倒すには封印していたオキシジェン・デストロイヤーしかないと判断した」芹沢博士の〈苦悩と決断〉です。すなわち、博士は、生命の根幹を支える水中の酸素を瞬時に破壊する「オキシジェン・デストロイヤー」を開発したのですが、核技術が権力者たちによって兵器として利用され,多くの人々が犠牲となり、人類絶滅の危機にまで立ち至ったことから、その技術を自分の頭の中だけに封印しようとしていたのです。しかし、眼前に展開するゴジラによる破壊と殺戮を前に、ついに、その使用を決断するに至ります。しかし、それはあくまでも一度だけであり、ゴジラを倒した後、「オキシジェン・デストロイヤー」の設計図を頭に入れたまま、彼は自らの命を絶つことになるのです。

   さて、こうした芹沢博士の〈苦悩と決断〉をどう捉えたら良いのでしょうか。より徹底した「非暴力主義」の観点からすれば、それは、人々を救うためとはいえ、「水爆」(ゴジラ)にも劣らない「新兵器」の使用に踏み切ったわけですから、結局、「〈戦争〉の論理」に飲み込まれてしまったということになるかもしれません。しかし、私は,必ずしも、そうとは考えないのです。と言いますのは、まず第一に、単純な同一視は危険とはいえ、同様な状況は個人の水準でも類似したかたちで起こりうるわけで,その時の「選択」には,ガンジーすら認めていたように、〈武力行使〉を含む様々な抵抗のかたちがあり得るだろうからです。さらに,この点こそ〈鍵〉と考えられますが、問題の焦点は、あくまでも科学者としての彼の社会的責任意識の問題であって、この点において彼は、「国家権力」による科学技術の悪用に対する〈拒否〉を徹底して貫き通しているのです。そのことのためには自らの命を絶つほか道はなかったのかという問題はあるにせよ―――それほど「国家」の圧力は凄まじいものなのでしょう―――、彼は、まさしく、〈国家〉の「戦争の論理」を拒否しつつ、あくまでも、〈個〉として、同胞のために闘ったということになるのです。

   こうした芹沢博士の〈苦悩と決断〉に接する時、思い浮かべるのは、ヒロシマ・ナガサキ,そして,ビキニの水爆実験を前にした科学者たちの姿です。例えば、ナチス・ドイツに対抗するために原爆開発を急ぐようルーズベルトに提言したアインシュタイン,そして,実際に原爆開発に携わったオッペンハイマーらの「苦悩」は知る人ぞ知るということでしょう。私も、アインシュタインの『晩年に想う』(講談社文庫)を愛読書(複数回読んだという意味で)の一つとしていましたが、核抑止力の一定程度の受容に問題を感じつつも、戦後から冷戦に至る過程において「世界政府」による核の〈国際管理〉を主張したことは、後の『ラッセル・アインシュタイン宣言』(1955年)と共に,世界の「反戦・反核」運動の大きな支えの一つになっていたと思います。また、「われは死となれり,世界の破壊者となれり」とつぶやいたオッペンハイマーの〈悲劇〉的な映像やその後の水爆開発への抵抗などは、彼が国家の「戦争の論理」(ナショナリズムや核抑止論)からけっして自由ではなかったこと(『原子力は誰のものか』中公文庫)を踏まえながらも,一定の時代的雰囲気をつくっていたと考えることができるのです。こうした流れについては、オリバー・ストーンとピーター・カズニック『オリバー・ストーンが語るもう一つのアメリカ史』の第4〜6章を参照されたく思います。そこには、「アメリカン・リベラル」たるヘンリー・ウォレス(商務長官)の核と戦争に対する興味深い言動も記述されています。

   さて、広島と長崎を経験した被爆国日本にとって、ヒロシマ型原爆の1000倍の破壊力を持ったビキニの水爆実験と第五福竜丸の被爆は、まさしく,他人事ではない、大きな衝撃だったに違いありません。このことは、1949年、中間子理論でノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士にとっても同様であり、その時の様子は、『湯川秀樹著作集 5 平和への希求』(岩波書店)で知ることが出来ます。

   「原子力の脅威から人類が自己を守るという目的は,他のどの目的よりも上位におかれるべきではなかろうか。・・・私は科学者であるがゆえに,原子力対人類という問題を,より真剣に考えるべき責任を感じる。」(「原子力と人類の転機」、1954年3月)
   「科学の応用が人類に感謝される成果を生み出すのか,あるいは反対に人類の恐怖の対象となるのか,科学の本街道からの分かれ道が天国への道になるか地獄への道になるか,科学者として人間として,私は何度も反省をくりかえしているのである。」(「原子力問題と科学の本質」、1954年)
   「科学が現代社会において,一部の人々のための力ではなくして,万人のための力となり,さらに,力であるよりも前に、万人を幸福にする知恵の一環となるように努力することを,我々は断念してはならない。」(「科学は力か知恵か」,1954年)

   湯川博士は、その後、1955年の『ラッセル・アインシュタイン宣言』に名前を連ね,さらに、バグウオッシュ会議や科学者京都会議(第1回〜第5回)の活動を通して、日本国憲法の平和主義に基づきながら、「反戦・反核」の思想と理論を一層深化させていったと言えるでしょう。こうした成果を,私たちは、『核時代を超える――平和の創造を目指した――』(湯川秀樹・朝永振一郎・坂田昌一編著、岩波新書)で読むことが出来ますが、とりわけ、そこで展開された「核抑止論」ー「権力政治」批判は、現在もその意義を失っていないと私は考えています。この点については,後日、〈一般ピープル〉の言葉で論じたいと思います。

   最後に、1954年版の『ゴジラ』の芹沢博士の決断は,一人の〈一般ピープル〉の立場からも、非常に貴いもののように私は感じます。なぜなら、それは、「生き残る(つもりの)者たちの論理」ではなく、ヒロシマで,ナガサキで、ビキニで被爆した「普通の人々」あるいはこれから被爆するであろう「普通の人々」の立場に立ってこそなし得るものと感じるからです。そして、それこそ、〈科学者〉としての〈人間〉としての、彼の責任の果たし方でもあったのです。それは,国家の「正義の自衛戦争」といった単純なイデオロギーを許さないものであり、ビキニの水爆実験の全的否定、全ての核兵器廃絶へのメッセージであったと考えられるのです。

    

   
9.23 さようなら原発 全国大集会(亀戸中央公園)
 
DSC_0844923集会



   ※ 昨年娘と登った御嶽山が噴火しました。テレビで、立ち上がる噴煙と降り注ぐ火山灰を見て、ビキニ水爆実験での「死の灰」を思い出しました。その時,第五福竜丸だけではなく、近辺にいた沢山の漁船が被爆したのですが、「国家」はそのことを隠蔽したのです。放射能と国家、その本質を私たちは忘れてはなりません。

『ゴジラ』を観る(2)―『GODZILLA ゴジラ』批判

 ”ゴジラ”とは何なのか?
       ―――戦後日本民衆の『核と戦争』への想い



   ※前回、今年7月に封切られた『GODZILLA ゴジラ』について触れてしまいましたので、ブログの続きはこれを観てからの方が良いと思っていました。そして、先日、やっとそれを観ることが出来ました。感想は、特撮の迫力などでは十分楽しめたとは思いますが、〈予告編〉で感じた通り、「おいおい!それってアリかよ?!」とか 「謙さん,出演するのには相当勇気がいたでしょうねえ?!」とかいったものでした。勿論、娯楽映画としての〈面白さ〉を考える時、過度にそのメッセージ性に拘泥することは不適切であろうと思います。実際,我家にも『ウルトラマン』のファンが沢山いて、ウルトラ・ヒーローのビデオや主題歌のカセット、そして、数十体のフィギアであふれかえっていたのを思い出します。また、私自身も,今、テレビで観るものといえば、『必殺仕事人』や『大江戸捜査網』、『長七郎江戸日記』などといったものですから、五十歩百歩という他ありません。しかし、1954年版の『ゴジラ』に感動した〈日本〉の一般ピープルの一人として,是非、言っておかなければならないことがあるのです。(以下、若干、「ネタバレ」注意。)

   結論から言いますと、この映画は、アメリカ映画によくあるいわゆる〈パニック〉映画としては良くできている方だとは思いますが、物語がどのように構成され、どのように展開し,そして,そのことが意味する社会的「メッセージ」とは何かという観点からすると、1954年版『ゴジラ』が示した「反戦」・「反核」といったメッセージとはほぼ正反対の性格を持っているといってよいと思われるのです。それは、2000年代の日本のゴジラ・シリーズよりは「罪」が軽いといえるでしょうが、「リスペクト・ジャパン」(日本おける興行的宣伝文句でしょう)どころか、明らかに,〈本来〉の1954年版『ゴジラ』を〈コケ〉にしていると言わなければならないのです。

   まず第一に、日本のゴジラは、「水爆大怪獣」すなわち(第5福竜丸事件を想起させる)アメリカの水爆実験によって〈叩き起こされ〉、〈変異〉した古生代の恐竜であって、この人間の手によってつくり出された〈生命〉を持つ「小型核戦力」が東京を襲うのです。その恐怖は、日本の一般ピープルにとって、戦時中の〈ほとんど為す術もない〉都市への大空襲、そして、広島・長崎への核攻撃を想起させるものであったに違いありません。それは,まさしく,日本に対する「第4の核攻撃」であったと言いうるでしょう。
   これに対して、アメリカ版の『GODZILLA』では、あのビキニでの「水爆実験」は、甦った古生代の「原子怪獣」であるゴジラから人類を守るために行われた核攻撃だったということになっているのです。すなわち、核実験に触発されたものであれ、「原子怪獣」は〈自然〉に存在したものなのであり、また、アメリカの水爆実験あるいは核攻撃は、人間を守るためだったと正当化されているのです。

   さらに、原子炉を持ち放射能熱線を操る「原子怪獣」(「核兵器」)たるゴジラは、アメリカ版においては、いわば、人類あるいは正義の味方であって、悪役の「原子怪獣」ムートーを滅ぼす「救世主」とされているのです。ゴジラが「都市」を破壊するのはムートーとの戦いにおいてだけであり、「破壊神」はムートーであって、ゴジラではありません。そこには極めて単純な二分法がみられますが、これに対して、日本のゴジラにはもっと複雑な要素を見いだすことが出来ます。すなわち、都市を破壊し尽くすゴジラですが,それは,ある意味で人間の行為による犠牲者に他ならないゴジラの「逆襲」、あるいは、人間によってつくり出された恐怖の「ブロウバック(逆流・しっぺがえし)」であって、そこには、現代文明への警告・警鐘をも読み取ることが出来るのです。しかし,アメリカ版にはこうしたニュアンスはほとんど感じられません。また、日本のゴジラにも、なんらかの恐怖に起因するだろう、巨大な力への憧れや破壊衝動を満足させるものがあったことも事実でしょうが、しかし、そこには、後のシリーズでより明確に見られる、「命」あるゴジラの生物としての(優しさ)という「救い」も感取することが出来たのです。しかし、アメリカ版には、こうした「命」への重層的な把握を感じることは出来ません。

   また、「核」・「放射性物質」に対する描写についても、日米の両者では大きな相違があるように思われます。すなわち、アメリカ版の冒頭、日本にある原子力発電所で大きな〈爆発〉「事故」が起こるのですが、アメリカの会社が管理していたためでしょうか、なんとそこでは、放射能が原発内に封じ込められたということになっているのです。また、物語の最終場面において、メガトン級の核爆弾がサンフランシスコ湾からさほど離れていない洋上で爆発するのですが、地上にはほとんど影響が無いように描かれているのです。実は,日本の2000年代バージョンでも、ゴジラの放射能が突然魔法のように消えると言う設定があり失笑せざるを得なかったのですが、アメリカ版もほとんどこの線上にあるのです。こうした描写と核爆発及び放射能の影響に対して厳しい認識を示した1954年版とではどちらが真実に近いのでしょうか。答は明らかです。要するに、アメリカ版は、通常の事故と原発事故、通常兵器と核兵器との違いを質的なものではなく量的なものと印象づける効果を持つと考えられるのです。
   さらに、日本の場合には、ゴジラという「脅威」に対してもあくまで核攻撃を行わないというスタンスが存在していました。こうした点については、1984年版における小林桂樹演ずるところの首相がゴジラへの核攻撃という米ソの要求に対して「非核原則」を貫こうとした姿勢に明確に示されていると言えるでしょう。これに対し,アメリカ版『GODZILLA』では、父親がヒロシマの犠牲者である芹沢博士に核兵器の使用を〈控えめに〉反対させはしますが、市民を守るためという理由で核攻撃に突き進むのです。さらに言えば、芹沢博士のいわば「天敵同士を闘わせる」という一見〈没価値〉的な「均衡(バランス)理論」も、実際には、「原子怪獣」同士を闘わせるということであって、結果として、ムートーが滅びゴジラが生き残るということは、あたかも核戦争に勝者が存在するとでもイメージさせたいのかと勘ぐってしまうのです。

   最後に、ゴジラに対する「武力攻撃」についてですが、日本版では、政府が災害対策本部を設置し撃退作戦を開始しますが、(創設された)自衛隊のどのような攻撃もゴジラには通用しません。このことは、1984年版でも同様であって、要するに、自衛隊はゴジラに対して全く役立たなかったわけです。ここには,〈武力〉のむなしさや戦争を忌避するとりわけ一般民衆の気持ちが表されていたと考えても良いのではないでしょうか。こうしたことに対して日本の2000年代バージョンは〈不満〉を述べており、自衛隊を活躍させたり,若者に「自衛隊に入ってゴジラと闘いたい」と言わせたりしているのです。しかし、ゴジラとはいわば核兵器なのであって、これに戦いを挑ませることは、自国の兵士たちを核実験の爆心地付近に配置したり、突入させたりした、米・中・ソの権力保持者どもと同じことになるのです。そして、アメリカ版は、家族愛を根拠として、そうした行動を賛美しようとしているわけなのです。

   このように、アメリカ版の『GODZILLA ゴジラ』は、「核兵器も放射能も、〈特別に〉怖いものでないよ!」とか、「戦争や武力行使は家族を守るための〈英雄〉的行為にほかならない!」とか、そう言ったメッセージを振りまいているのです。つまり、この作品は、スリーマイル島原発事故にもかかわらず原発を稼働し続け,新設すらしようとしているアメリカ、また、原爆投下による広島・長崎での無差別殺戮にもかかわらず、相変わらず世界中に核兵器の〈実戦配備〉を続け、又,湾岸地域で実際に劣化ウラン弾を使用しているアメリカ、そんなアメリカの体制に順応する作品に仕上がっていると言わなければならないのです。

   時間がなくなりました。次回は、1954年版『ゴジラ』において、ゴジラを倒すには封印していたオキシジェン・デストロイヤーしかないと判断する芹沢博士の苦悩について考えてみたいと思います。   

『ゴジラ』を観る(1)―――2014年・夏

 戦後日本民衆の『核と戦争』への想い
    ―――『ゴジラ』を生み出した時代を振り返る



   ※今年の夏に何をしたのかなと振り返ってみますと、「ああ、『ゴジラ』を観たな!」と思い当たりました。ただし、今年7月に封切られたアメリカ映画『GODZILLAゴジラ』ではありません。NHK・BSプレミアム『ゴジラ』特集で放映された全9作です。それまでの私にとって『ゴジラ』といえば、あのザ・ピーナッツの歌と結びついた『モスラ対ゴジラ』(1964年)だったわけですが、今回改めて1954年制作の『ゴジラ』を観て、何か戦後日本民衆の『核と戦争』への想いを再確認できたように感じ、感慨に浸ってしまいました。勿論、2000年代に制作された、旧敵国に媚び・諂い復権を果たした〈改憲〉派や彼らと結びつき甘い汁を吸った「原子力村」のプロパガンダ映画の如き、〈恥ずかしい〉作品群もあるのですが、1984年制作の『ゴジラ』や1995年制作の『ゴジラvsデストロイア』も含めて、このシリーズから実に興味深い内容を感じとることが出来ました。あと、米国製の『GODZILLAゴジラ』はまだ観ていませんが,予告編を観た限り、『ゴジラ』第1作とはかなり異なった印象を受けます。すなわち、「あの水爆実験は〈ゴジラを・・・?〉」とか、「自然〈=ゴジラ〉には勝てない」とか、なにかゴジラの性格規定のすりかえのようなものを感じます。近いうちに確かめてみたいと思っています。

   それでは、まず、NHK「BSプレミアム『ゴジラ』特集」のページから、とりわけ興味深かった2つの作品についての概略を転記しておきます。
 
■ゴジラ 60周年記念 デジタルリマスター版(1954年/日本)
  南洋の水爆実験により突如現れた体長50メートルに及ぶ怪獣“ゴジラ”。終戦からようやく復興した東京を襲い、人々はパニックに。政府は災害対策本部を設置し撃退作戦を開始するが、どんな武器も通用せずゴジラは破壊の限りを尽くす。ゴジラを倒すには封印していたオキシジェン・デストロイヤーしかないと判断した芹沢博士は、最後の決断をくだす。初公開から60年、最新デジタル技術によって映像・音声が修復された。
 【出演】志村喬、河内桃子、宝田明、平田昭彦、菅井きん ほか

■ゴジラ(1984年/日本)
  火山の噴火により再び目覚めたゴジラは、ソ連の原子力潜水艦を沈め、日本の原子力発電所を襲う。さらに東京の銀座、有楽町を壊滅状態にして新宿高層ビル群に向かう。逃げ惑う人々をしり目に都市を破壊していくゴジラ。そんな中、ソ連の宇宙衛星から核ミサイルが誤射されてしまい、東京がゴジラと核の二重の恐怖につつまれる。本作は、第1作の原点に戻りゴジラの性格がより凶暴、より強大に復活している。
 【出演】小林桂樹、田中健、沢口靖子、宅麻伸、夏木陽介、小沢栄太郎 ほか


   1954年制作の第一作について、『東京新聞』(7月28日朝刊)は、プロデューサー・田中友幸、監督・本多猪四郎、特撮監督・円谷英二,音楽・伊福部昭という「輝く才能が奇跡のように集った」作品と表現しています。ところで、この作品の脚本は村田武雄が本多と話し合いながら書いたとのことですが、そのいわゆる「反戦」・「反核」のメッセージについて、私は、ほぼ次のように考えることが出来ると思っています。

   まず、はじめに、作品が生み出された時代的背景に注目する必要があります。第一作が生み出されたのは、1945年のあの敗戦から9年後のことでした。この間、世界では、冷戦が激化し、米ソの原水爆実験が繰り返されていました。また、日本では、1950年の朝鮮戦争からアメリカの「指令」による再軍備化が進行し、「逆コース」と呼ばれる状況が生まれていました。そして、こうした流れがとりわけ顕著となったのが1954年であり、この年には,日本のマグロ漁船第五福竜丸がビキニ環礁におけるアメリカの水爆実験によって「死の灰」を浴び,広島・長崎に次いで、三度目の「被爆」犠牲者となったのでした。これに対して,東京杉並区の主婦の呼びかけによって始まった原水爆禁止署名運動が高まり(日本で2000万,全世界で6億7000万)、第1回原水爆禁止世界大会が広島で開催されるに至るのです。また、この年には,日米相互防衛援助(MSA)協定が調印され、この協定にもとづいて、戦前の常備軍兵力に匹敵する陸海空三軍からなる自衛隊が創設され、54年の映画にも登場することになるのです。

   ついで、1984年版の歴史的背景について言えば、世界的には、1979年のソ連のアフガニスタン侵攻そして1980年のレーガン政権の誕生を機に,いわゆる「デタント(緊張緩和)から新冷戦へ」という流れが生じ、ヨーロッパではパーシングⅡやSS-20による中距離核ミサイルの配備が進んで、地域的な限定核戦争の脅威が深刻化していました。こうしたなか、欧米を中心に反戦・反核運動が高まり―――1981年のローマ法王ヨハネ=パウロ二世の広島での平和アッピールも印象的です―――、1982年の日本を含む世界的規模での高揚期を迎えます。又,国内的には、いわゆるハト派の鈴木善幸からタカ派の中曽根康弘への,すなわち、日本国憲法をもってアメリカとも一線を画そうとするの自民党「護憲派」と日米軍事同盟強化(「ロン・ヤス」・「浮沈空母」)を目指す「改憲派」(「戦後政治の総決算」)への政権の移行が行われます。こうした中で、日本の「非核三原則」(核兵器はつくらず,持たず,持ち込ませず)を否定するアメリカのライシャワー駐日大使の発言があり、「核持ち込み疑惑」が一層深刻なものになっていったのです。

   このように見てくると、この2つの作品は、共に、米ソ冷戦の激化と(さまざまな矛盾を孕みながらも)それに対する世界の一般ピープルによる「反戦・反核」運動の高揚を歴史的背景として作られているといってよいでしょう。そして、物語の構成の中にも,それらと〈共鳴〉しあう様々な要素を発見できるように思われます。また、私は、これらの作品の「メッセージ」の中に、1949年にノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士らの思索との重なりを感取しえるように思うのです。

   そもそも「ゴジラ」とは何なのか?そして、あの凶暴な「ゴジラ」の行動をどのように受け止めれば良いのか? 話は長くなりそうなので、今日は,この辺で筆を置くことにします。


   ※ 新聞報道によれば,アベッチは、広島における土砂災害に際し,ゴルフ場から一時戻って、「自衛隊の派遣」を指示しましたとか自慢げに宣伝したあげく,又,ゴルフ場に戻ってしまったのだそうだ。え!戻っちゃたの!! なるほど,この人は、集団的自衛権の行使に際しても、自衛隊員を危険に曝しながら,世界の安全と平和を守るために「自衛隊の派遣」を命令したとか宣った挙げ句、自分はまたゴルフ場に行っちゃうのでしょうねえ。間違いないでしょう!!!
   

プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ワン・クリック・エリア
おもしろかったらクリックしてね!
にほんブログ村 犬ブログ 柴犬へ
にほんブログ村 にほんブログ村 格闘技ブログ 剣道へ
にほんブログ村 にほんブログ村 政治ブログ 平和へ
にほんブログ村
リンク
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる