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剣道・全日本選手権 あの突き、あの面は一本なのか?

  わが<しもべ>たる飼い主は、三人の子供が剣道をやっていて、ビデオ片手に熱心に子供たちの試合を観戦していたらしい。親馬鹿だったんでしょうね。ヘムヘム。

  剣道を、剣の(精神的・身体的)理法を追及する「道」として捉え、また、現代においてその『技』の到達度を競い合うことを是とするならば、勝敗を決する『試合』での審判は極めて重大な意味を持つことになるでしょう。そして、剣道である限り、その勝敗は、『気剣体』の一致した、心身ともに美しい、見るものをも感動させる、完全な『一本』によることが求められるし、また、そうあらねばならないと思います。
  ところが、私自身が見聞きした限りにおいてですが、この剣道の審判には大いなる「難しさ」が付きまとっているのです。たとえば、剣道大会の最高峰たる昨年の第58回全日本選手権・決勝での高鍋選手の面は『一本』なのか、さらに今年の第59回大会・決勝のこれまた高鍋選手の突きは『一本』なのか、これらについて、私自身、疑問がないわけではないのです。私は、高鍋選手の信じられないようなスピードと反射神経、正々堂々・真っ向勝負の攻め、そして、勝ち負けや恐怖心を超越したような捨てた打ち、これらを剣道の理想型に近い「美しいもの」と感じ、彼を日本一とすることに全く異存はありません。しかし、あの面と突き自体が『一本』だったのかというと話は別なのです。つまり、私には、昨年のあのあまりにも早かった高鍋選手の面は本当に打突部位を確実にとらえていたのかというと、それはとどいていなかったように見えました。また、今年のあの絶妙なタイミングの突きも本当に打突部位を正確にとらえていたのかというと、これまた、それは突き垂れを外し、急所をも外していたように見えたのです。そして、このことは、スロービデオで再確認しても間違いないことのように思われました。実は、こうした思いは、約十年前の、第47回大会・決勝の宮崎正裕選手と栄花直輝選手の試合でも感じたことです。あの時の右面は、こめかみの上ではなく、耳の上だった。そして、NHKは、後日、なぜあれが『一本』なのかという番組を放送していたと記憶しています。しかし、今回は、あの時のような議論さえも起きていないようです。私の動体視力はスローモーションさえ正確に見ることができないほど衰えているのでしょうか。あるいは、そもそも私の審判規則(「有効」打突部位)に対する理解自体が誤っているのでしょうか。だれか指摘してくれないでしょうか。
  もちろん、人間が判断するものである以上、間違いもあれば、審判による見解の相違も十分考えうることです。たとえば、野球でのストライクとボール、美しさを競う競技での採点など、人間の判断が介在するものは全てそうだといってもいいかもしれません。しかし、剣道の<微妙な>判定は、とりわけ野球やサッカーなどと同じく「スポーツ」として剣道を始め、勝つために試合に臨んでいる子供たちにとっては、極めて深刻なものとなるでしょう。そして、剣道に青春をかけ、それにもかかわらず、審判の判定に首をかしげながら剣道から去っていった若者も少なくないのではないかと私は思っているのです。こうした点について、ある保護者は、「審判自体を味方につけるような剣道をしなければいけないんじゃないの」と、実に<見事な>意見をきかせてくれました。しかし、私は、剣道が持つ楽しさ、おもしろさ、そして、美しさを愛するがゆえに、より完全で美しく、皆が納得できる『一本』によって勝敗が決せられるよう、判定方法自体が改善されていくことを強く望みたい思っています。そして、そのことは、剣の道を追及している選手自身が最も強く望んでいることなのではないでしょうか。さらに、このことは、現代剣道のこれからの発展にとって、欠くことのできない、極めて重要なことだと思われてならないのです。

ある試合会場で・・・

 「(外して)ウッ! 申し訳ない!」
 「(ん!?)旗あがってますよ。一本です。ドンマイ!!」
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SAMURAI SPIRIT・宮本武蔵・剣の理法の探求(3)

  ところで、武蔵の「求道」的姿勢は認めるにしても、彼の「(軍事的)勝利至上主義」といっていい兵法の具体的あり様は、あまり<美しい>ものではなかったかもしれません。たとえば、小説や映画に描かれる吉岡一門との戦いなどはその一例でしょう。ただ、事実がどうだったとしても、武蔵が強調した「勝つ」事へのこだわりは、彼が生きた「戦国時代」という時代状況、そして、彼が属した階層の性格を考えれば、十分理解しうる範囲内にあるといえるでしょう。彼らは、「社会病質者」や「粗野な乱暴者」たちを含む武装した「敵」と白兵戦を闘ったのであり、そして、そもそも、「人殺し」をともなう戦争や闘いが美しいことなどあろうはずはないからです。
  
   しかし、今回、私は、『五輪書』や島田美術館所蔵の『宮本武蔵像』(自画像?)などを見直していくことで、やはり、その中に、武蔵の追求した<合理性の美しさ>や「求道」の到達点を見出すことが出来たと感じているのです。たとえば、『五輪書』・「水乃巻」で武蔵が描いて見せた、生死を決する<一撃>の有様を想像してみると、それは、まさしく「気剣体」の一致した<美しい>一撃に他ならないように思われるのです。勿論、荒ぶる行為・実践の中から、<美しいもの>が生まれ出るとすれば、それは、いわゆる「求道的な精神」を媒介にしてしか可能ではないと私は思います。それは、ただ自分だけが勝てばいいというのではなく、他者をも感動させるような、精神的・身体的に<完成>された、<天晴れな>一撃(「一本」)であり、それへ向かっての努力です。それらこそ『五輪書』が示してくれているものでしょう。そして、それは、「剣道」という特定の領域の中で追求されながらも、さらにそれを通して<普遍>へと到る、極めて大切なものを私たちに示してくれているに違いありません。
  ところで、武蔵が現代に生き、その「求道精神」を現代剣道に適用した場合、それはどのようなものになったのでしょうか。勿論、現代における「剣道」は実際の争いの中で相手を殺傷することを目的とするものではありません(そのような目的を設定すること自体現実的な「合理性」を持たないでしょう)。しかし、武蔵のそれは、あくまでも、「剣の理法」の徹底的に合理的な追求になったであろうと考えられます。そして、そうした道の追求からこそ、逞しく美しい技、志を同じくする者同士の相互的な尊重、そして、共に生きる-「平和」の境地が示されることになったのではないでしょうか。
  新渡戸稲造は、日本においては、「武士道」が、キリスト教のような宗教に代って、<倫理的・道徳的>なものを提供することが出来たと述べていますが、「武士道」が様々な宗教や思想の影響の下に形成されたのは事実だとしても、それは、あくまでも、日本武道の「求道精神」こそが、<主体的に>そうした<倫理的・道徳的>なものを掴み得たということだと思うのです。そして、それは、ギリシャにおける(平和の祭典たる)オリンピック精神や西欧で発達した「スポーツ」のフェアプレーの精神(それとキリスト教との関係はわかりませんが)と共通するものを持つのだとも考えられましょう。

  それでは、最後に、宮本武蔵と「平和」との関係を検討しておきます。ところで、NHK-BSの「SAMURAI SPIRIT」は、「平和」を求める沖縄空手の精神の中に、いわゆる「武士道」精神があったのではないかと示唆していますが、この指摘は、歴史的に考えるならば、大いに疑問だといわざるをえないでしょう。そうではなく、問題のポイントは、沖縄空手も剣道も、共に、同じ「武道」としてのあり方の中から、その究極的な目標としての「平和」を掴み得たのではないかということなのです。甲野善紀氏は、無住心剣術に関連させて、次のような見解を明らかにしています。
  「・・・日本の武士は『人を殺す』という極悪行為に対するひけ目や怯みを払う独特の思想を形成させていったが、やはり人間である以上そのことに対して本能の奥底に強い抵抗があったことは当然であろう。そうした武士たちの心の奥底の思い―――武を肯定しつつも、人を殺さずに済ませることを願う―――に具体的な形で答えたものが、無住心剣術の特色として日本剣術史上著名な「相ヌケ」であろう。」(『剣の精神誌』)
  ここは、無住心剣術について論じる場ではありませんが、私は、剣の達人たちの著作の中に、同様な心のメカニズムを感じることができるのです。つまり、「剣の理法」追求の<直接的な>到達点は剣によって人を殺して勝利を得ることですが、日本の「武道」家たちは、さらに、こうした「武道」の否定的側面を止揚して、「人を殺さずに済ませる」―「共に生きる」というところまで進もうとしたということなのです。先に、人殺し・戦争・闘いが美しいはずはないと書きましたが、もしそれらが正当化されるとすれば、それは、殺人をも正当化する、家族や同胞そして共同体や国家の為に払われる献身や自己犠牲であったことでしょう(ただ、これらの側面を政治的に利用し、自らは安全な場所にいながら、そうした側面を一般的・抽象的に声高に強調し、人を死地に追いやることほど<醜い>ことはないのですが)。実際、ごく普通の人々にとって、武を志す理由のほとんどは、自分や仲間・家族を守る為であったと思われます。しかし、そうした防衛的行為とそれへの献身は、必ずしも、「殺人」を必要とするわけではないのです。これまで論じてきた、柳生宗矩の「無刀」や勝海舟の「手捕り」はこうした志向性を表すものと私は考えます。また、(一刀正伝)無刀流の山岡鉄舟は、「然れども余、未だ嘗(か)って殺生を試みたる事なきのみならず、一点他人に加害したる事も亦あらざるなり。」(『修心要領』)と述べています。剣の道に真正面から取り組んだ先人の心とはかくのごときものであったのです。

  それでは、宮本武蔵はどうだったのでしょうか。彼は、晩年、「人は人に切られるものではない」と言っていたと勝海舟は述べていますが、その意味はどのようなものだったのでしょうか。それに対する私の考えは、武蔵も晩年柳生宗矩の「無刀」のごとき境地に到達していただろう、というものです。こうした判断の理由のひとつは、先に言及した晩年の『宮本武蔵像』です。以前、我師匠は、それについて、「あれが自然体ですね」といったことがありました。そして、現在、私も、晩年の武蔵の「間」と「拍子」にとってあれが攻守自由自在な自然体なのだ、と理解できるような気がしています。それには一部のスキもないのですが、同時に、又、決して攻撃的なものでもなく、相手の攻撃を抑止する気迫にあふれているものといってよいでしょう。
  また、彼は、『五輪書』のなかで、「求道」の到達点としての『空』の境地について次のように述べています。
 「武士は兵法の道を慥(たしか)に覚へ、其外(そのほか)武芸を能くつとめ、武士のおこなう道、少しもくらからず、心のまよふ所なく、朝々時々におこたらず、心意二つの心をみがき、観見二つの眼をとぎ、少しもくもりなく、まよいの雲の晴れたる所こそ、実の空としるべき也」(『五輪書』空乃巻)
  私は、この「空」の境地とあの晩年の『武蔵像』は明らかに重なっているものと考えます。 人は切られるのではないかという恐怖心ゆえにこちらからも人を切ろうとする。そして、このことは相手側にもいえる。武蔵は、こうした恐怖心を必勝不敗の(『空』の)境地への到達によって乗り越えていたのではないでしょうか。さすれば、自分を守るために先を取って人を切る必要もないのだから、(極一部の社会病質者や素人はべつとして)、相手もリスクを犯してまで切りかかってくることもないであろう。あの居合道の達人の姿を思い浮かべていただきたい。晩年の『武蔵像』は二刀を帯びていると言う意味で、「勢力均衡論」(反撃される恐怖によって先制攻撃を抑止する)に近いものを感じますが、これは、自らの先制攻撃を否定し、いわゆる専守防衛に徹することによって争いを抑止しようとする、「平和」を求める新しい水準を示していたといってよいでしょう。そして、海舟の言う最後には刀を持つこともなかったという武蔵晩年の境地は、柳生宗徳の「無刀」の境地に限りなく近いものだったと考えてよいのではないでしょうか。
 しかし、それが、確かに、海舟、そして、ガンディー、キング牧師らの水準に到るには、もう一歩の思想的あるいは宗教的飛躍が必要であるかも知れませんが。

  「サロさん。師匠にお世話になった感謝の気持ちも込めて、剣道についてこれまでに考えてきたことを書いてきたけれど、こんなものでいいんだろうかね。どう思う。」
  「どうかな。もっと一生懸命「剣の道」と向かい合って、痛い思いをしたほうがよく判るんだと思うけどね。でも、僕と一緒に散歩してた方が無難だと思うよ。」

僕の冬・室内編

 
家の中は暖かいよ


「そして、やりたい放題だい!」



でも寒い部屋もある


「机の下で少し居眠り ネムネム」



こっちはもっと?


「姉貴のコートを借りちゃった」



でも外もいいな!


「散歩に行こうよ



え?


「人間には寒いわけ?


SAMURAI SPIRIT・宮本武蔵・剣の理法の探求(2)

  さて、私が感じた『五輪書』の魅力とは、「剣の理法」の徹底的に「合理」的な追求、そして、そのいわゆる「求道」的追求ということでした。つまり、武蔵にとって、戦いに「勝つ」ためには、千変万化の状況に対して柔軟・適切に対応できなければならないのであって、そのためには、その精神的・身体的諸条件が徹底的に合理的に理論化される必要があったのだと思います。『五輪書』の中に見られる、この<実戦>に即した理論的追求の<迫力>は、ここに詳述する必要もないでしょう。こうしたなかでは、禅の思想にも通ずるといわれる「平常心」も、何か倫理的、人間形成的な意味においてとらえられているわけではなく、まさに、「勝つ」ためには絶対に必要な、「兵法の心持」に他ならないのです。この他、「身なり」、「目付け」等々、さまざまな武器とわが身を自由自在に使いこなすための実践的追求は、実に見事なものと感じざるをえないでしょう。
  それでは、何が、彼をして、そうした「剣の理法」の徹底的に合理的な追求に向かわせたのでしょうか。それは、日本封建制国家の家臣団(官僚・軍人)の「心構え」としての『武士道』だったのでしょうか。私の受けた印象は、それとは全く異なるものです。すなわち、武蔵のそうした追求が可能だったのは、まさしく、彼が「封建的な道徳」の言説から距離を置き、時代と国を超えたより普遍的な『「武」道』精神に則ったからに他ならないと思うのです。彼が「兵法の道」を「大工」に喩えて論じていることの意味は決して軽くはありません。すなわち、彼の「兵法の道」は、狭い封建時代の武士身分のそれを超え、全ての時代と全ての職業(あるいは全ての人々の生き方)にも通じる普遍性―――それを「求道精神」と呼んでいいと思いますが―――を有していたということです。こうしたことから、『五輪書』は、武道たる剣道を学ぶ現代の私たちにも極めて実践的な示唆を与えてくれると同時に、世阿弥の『花伝書』やシュリーマンの『古代への情熱』と同じような感動を与えてくれるのでしょう
  これに対して、剣道を学ぶことが「剣の理法」を学ぶことに違いはないとしても、その「剣の理法」を学ぶことが、その奥にある、(封建的官僚・軍人たる)「武士の精神」、たとえば、「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」て、「忠君愛国」のために命をささげることを学ぶというようなことであるならば、それは、もう、時代と国を超える、普遍性をもちえないでしょう。そうではなく、現代に生きるわれわれにとって大切なのは、剣道がもつ歴史的特殊性を忘れてはならないのは勿論のことですが、剣道そしていわゆる「武士道」がいかに時代と文化を超えた普遍性を持ちえていたかを探ることだと思われます。こうした意味においては、外国人が剣道に寄せる興味や関心は、大変示唆的であると思います。例えば、『SAMURAI SPIRIT <剣道編>』において、Alexander Bennett氏は、剣道にとって非常に大切な精神面での成長を『四戒(驚・懼・疑・惑)』の克服ととらえていましたが、これなどは、明らかに、世界の武道にとって普遍的な意味を持ちうることだろうからです。また、<捨てる>「勇気と胆力」も、武道にとって普遍的意味を持つでしょう。恐怖に身をすくめていては、勝機はないからです。勝海舟は、冷静に、ある<人間精神上の作用>について、次のように述べています。
(俺は)「危機に際会して逃れられぬ場合と見たら、まず身命を捨ててかかった。」
「俺はこの人間精神上の作用を悟了して、いつもまず勝敗の念を度外に置き、虚心坦懐、事変に処した。」(『氷川清話』)
  しかし、この「命を捨ててかかること」は、『葉隠』的な意味でとらえてはいけないのです。命を賭けることは、蛮勇でも、すてばちでも、そして、義のためでなく「私」のためでも可能なことなのですから。海舟は次のようにも言っています。 
「死を恐れる人間はもちろん談すに足らないけれども、死を急ぐ人も、また決して褒められないョ。日本人は一体に神経過敏だから、必ず死を急ぐか、または、死を懼れるものばかりだ。こんな人間は、ともに天下の大事を語るに足らない。
元亀・天正の間は、実に日本武士の花だった。しかし当時は、ただ死を軽んずるばかりを、武士の本領とするような一種の教育が行われて、ついには一般の風が,事に臨んで死を急ぎ、とにかくに一身を潔うするのをもって、人間の能事が終わったとするようになったのは、実に惜しいものだ。」(『氷川清話』)
  
  長くなりました。ところで、現在の私は、剣の理法を追求していく「求道精神」のなかにこそ、人間の本質的自由と主体性、そして、武道が生み出す美しい「華」(美しい技、人間間の相互的尊重、そして、平和 )を見ることができるだろうと感じているのですが、次回は、武蔵の『五輪書』とそれらとの関係を考えてみたいと思います。

  サーバントさん!昨日はいろいろおいしかったよ。ありがとね
  サロさん、最近太ってるよ。
  
  

SARO-MURIKI 「つぶやき」選集(1)

9/11
○ 今日はスパゲッチーがうまかった。人生はおいしいほうがいい。そして、 明日は涼しいほうがいい。

9/13
○ なでしこの 色は今では 真っ茶っちゃ―――まあ、いいんじゃねーの

9/14
○ time passes by dictionary――― people belonging to another generation speak strange language

9/17
○ saromuriki 漫画家に喩えると【さいとうたかお】ではないわな(汗)

○ 病気って 案外賢い 言い逃れ ―――八方まるく収めましょう!

○ My future's to eat at six.

○ 無意識と空の彼方に住むものは? 鬼か仏か 悪魔か神か?

9/23
○ 愛犬の 心のままに 立ち止まる 濡れし衣に 彼岸雨かな
  ―――完成度低い! トホホ

○ 立ち止まる 彼岸の雨に打たれける 腕の先には わがままな犬 


10/9
○ 嫌がる馬に水はだめ、嫌がる子供に勉強も

○ 二人乗り 注意に行ったら ぶつけられ―――おいおい勘弁してよ(汗)

○ 今朝は1時間20分散歩した。日本には『お犬様』という伝統があるので
本当に暮らしやすいですよ。引っ張り甲斐あるし(ククク・・・)

10/14
○ 今日も酷かった!! でも、そう簡単に経験できないことなのだから、楽 しまなければね、とか。―――そりゃ、無理でござんしょう。

○ 無神論者のつぶやき--- 私はその時きっと微笑む そして その一瞬に連なる今を生きる

10/15
○ 「インターネットって ホントに便利だわ こりゃラジオやテレビの比じゃないわ」 ―――(比較の対象が年齢を感じさせる飼い主でした。)

10/16
○ この世をば わが世とぞ思う VIP犬 かなわぬ事も 無しと思えば


10/31
○ 思うこと 人にとっての 幸せを
  ――― いろいろとメンドイ種族ですね。でもそこが面白いとこか
 
○ ふるさとの あることうれし くになまり んだちゃ そうだばい 
 なーんもね  ―――放浪犬 

11/3
○ 剣道は いっそう難しくなった 去年の面と今年の突き
―――スロービデオと猟犬の目

○ 文化の日 文化にふれるは難しい ペットと雑用 衣替え 

11/13
○ 忍び寄るは乱 忘れじは民の心 剣なきとて 勇なきにあらず

○ 故郷を汚したるもの 厚顔にまたも予算をせがむなり  同伴者、批判のそぶりを見せつつも 「でも・・・」とわれらを目くらまし
  ―――なめんなよ   

○ 戦争、格差、実体経済の破壊 金融危機、環境破壊・・・・・・世界を攪乱したグローバリズムと同根のTPPが どのような根拠と正統性をもって私たちに「未来」を示しうるのだろうか。 
  ―――問題点を明らかにしたら そりゃ 簡単にはいかないですよねえ。

11/17
○ 秋の日の VIDのため息の 底が見えて うらがなし お代わり頂戴

11/21
○ 「こんなに喜ばれて良いんだろうか!そんな価値が私にあるのだろうか?  これは夢なんではないだろうか? 錯覚なのだろうか? 否、現実らしい  が・・・・」――― 帰宅して、狂喜乱舞の 君を見る      

11/28
○ 難波って 危ないとこやね 有権者 ノックの次は 「独裁者」(?)    ―――ところで、大阪には「原発」ありましたっけ?


11/29
○ 融けていく 明日はなにがおきるやら 目覚めるじぶんが 恐ろしきかな

○ 「気の毒に(汗)」 慈悲の心で 許しましょう ほかに心の鎮まるは無し


11/30
○ 此処にもホット・スポットがある 除染も必要  此処を汚したのはだれだ 

12/2
○ 企業さん 安い労働力を求めて 今度はミャンマーにビジネス・チャンだと ―――「これってやっぱりおかしくね」と思う感覚がないと やっぱだめじゃねの!

○ 大学三年生が就職活動開始だと 学生さんいつ勉強するんかな?  
  就活セミナーも大流行との事ですが あれって他の国でもやってるん?

12/5
○ 快晴に 雪を冠した 富士の山 初めて近く アラ還の旅  
 ―――飼い主 つつましい生活してたんだね

○ 友が皆 マジに豊かに見えし時 さて我「宝」はと 改めて索す     
 ―――目の前にいるじゃない。そりゃ 僕でしょう!

12/7
○ 暴走バイク 羽音がブンブンと軽い ありゃ原チャだ             
 ―――こんなとこにも若者の貧困化が見えている 

12/13
○ 結構脂肪に守られているはずなのに、今日は、なぜか身にしむ寒さです。  
 ―――幼子の 帽子につけし ウサギの毛 育て 作りし 北国の母

12/16
○ 日本の教育はどこかで間違った そして、日本の社会は何かを失った

12/17
○ いやそんな 気高く優しい 地上の星よ

12/18
○ 滲みた涙が育てし幹よ 吸って骨太 天を突け

○ うそ・言い掛り・言い訳  それを学び 武器とする人々の群れ・・
 ―――それを規制できない集団・社会は衰退するほかないだろうな

12/20
○ 僕がAKB48の歌を知らなくても生きていけるように、分数や日本地理を知らなくても生きていける人はいる。 これは、知っておくべき、極当たり前 の真理だ。

○ 自己主張の国アメリカでは、金を払ってカウンセラーに話を聞いてもらう。人の話に耳を澄ますことを伝統とする日本では、話を聞きすぎることによって 人をスポイル(駄目に)する。是も真実なのでは。

SAMURAI SPIRIT・宮本武蔵・剣の理法の探求(1)

 我<しもべ>たる飼い主は、今結構仕事が大変らしけれど、素振りなんかしている時はとても楽しそうなんだ。あと、散歩の時なんかも、大またで踏み出したり、急に左右前後に動いたりするけれど、あれは足さばきの練習なんだって。何が面白いんだろうね。

 さて、私が剣道を始めた頃まず感じたのは、「おお、うまくなっていく!」という技術習得の面白さと、「おお、(この齢で)体が喜んでいる!」という身体的快感でした。実に、楽しく、さわやかで、次の稽古日が待ち遠しくてならないくらいでした。そして、そうしたなか、私が初めて読んだ剣道関連の本が、宮本武蔵の『五輪書』だったのです。

  読後、武蔵という人物は、頑固で気難しく付き合いにくい人物だったんだろうなと思う一方、それは、学生時代に読んだ『葉隠』とは印象を全く異にする、いわば「近代」的な、さらに言えば、普遍的-歴史貫通的な人間の「主体性」を感じさせてくれる、大変魅力的なものでした。学生時代の私にとって、『葉隠』的<武士道>は、「武士道といふは、死ぬ事と見附けたり」 という言葉に象徴されるように、極めて短絡的・観念的な印象を与えるばかりではなく(こうした短絡的把握への批判は、武蔵の『五輪書・地の巻』はもとより、沢庵『玲瓏集』、勝海舟『氷川清話』そして、山岡鉄舟『修養論』などにもはっきり見られます)、それは、「小姓の武士道」あるいは平和な時代の「主人もちの思想」、殿様の命令で「小姓」役すら喜々として勤め、上役の命令に唯々諾々と服従して死地に赴く「(小)役人」、すなわち、封建的な「支配―<隷属>」関係・「命令-<服従>」関係をさらに「人格的依存」の水準で受容した、『役人』・『兵士』の、(「仁義礼智信」というよりは)「忠君愛国」といった徳目でかざられた、従者の「覚悟」としか感じられませんでした。

  これに対して、武蔵の「兵法」(武士)の道は、もっと<主体>的で、近代的な「自己実現」のそれに近い、「剣」一筋で身を立て、一国一城の主たらんとする意志さえ感じられるものでした。武蔵は、他の諸芸・諸能の道(仏・儒・医・和歌などの道、そして、農・工・商の道)との対比において、まさしく「兵法」の道を<理論>として確立し、その道を極めようとしました(「求道」精神。この対比において、各々の道は「対等」なものと把握されるばかりではなく、かえって、兵法はその追及の深さにおいて他の諸道に遅れをとっているとさえ認識されていたのです。)そして、兵法について、次のように述べられます。
 「大形の武士の思う心をはかるに、武士は只死ぬるという道を嗜む事と覚ゆるほどの儀也。死する道におゐては、武士斗(ばかり)にかぎらず、出家にても、女にても、百姓己下(いか)に至る迄、義理をしり、恥をおもひ、死する所を思ひきる事は、其差別なきもの也。武士の兵法をおこなふ道は、何事におゐても人にすぐるゝ所を本とし、或は一身に切合にかち、或は数人の戦に勝ち、主君の為、我身のため、名を上げ身をたてんと思ふ。是、兵法の徳をもってなり。」

  武蔵は「剣術実(まこと)のみちになって、敵とたたかひ勝つ事、_此(この)法聊(いささ)か替わる事あるべからず。」(火乃巻)とも述べていますが、彼にとって、兵法が兵法であるとは―――宗教家が人を救い、医者が病を治し、歌道者が和歌の道を教えるように―――、いわば<武>の専門家として、狭義においては、まず個別的な戦闘において勝つことこそが重要なのです。彼は、さらに、広義の兵法(=「政治」)についても次のように言っています。少し長くなるが引用しておきましょう。
 「此法を学び得ては、一身にして二十三十の敵にもまくべき道にあらず。先ず気に兵法をたえさず、直なる道を勤めては、手にて打ち勝ち、目に見える事も人にかち、又鍛錬をもって惣躰自由(やわらか)になれば、身にても人にかち、又此道に馴れたるこころなれば、心をもって人に勝ち、此所に至りては、いかにとして人にまくる道あらんや。又大きなる兵法にしては,善人(よきひと)を持つ事にかち,人数をつかふ事にかち、身をたゞしくおこなふ道にかち、国を治むる事にかち、民をやしなふ事にかち、世の例法をおこないかち、いづれの道におゐても、人にまけざる所をしりて、身をたすけ、名をたすくる所、是兵法の道也。」(地乃巻)

  このように、武蔵にとって、兵法の根本とは、たたかいに「勝つ」ことに他なりません。ここには、何か一般的・抽象的な道徳的目標のために兵法があるという道学者的な理由付けはありません。それは、医、和歌、大工などの専門家としての道が、たとえば、「忠君愛国」の為にあるのではないのと同じでしょう―――もちろん、それらの道が、さまざまな時代や地域において、より広い<共同体>や<国家>或は<神>に関係づけられることはよく見られることでしょうが。これに対して、武蔵の場合、もしなんらかの目標があるとすれば、それは、並列におかれた主君と我身の「立身」・「功名」ということになるでしょうか。そして、こうしたスタンスのもとで、必勝不敗の身体的・精神的諸条件の徹底的に合理的な探求が行われたわけです。そして、これこそが『五輪書』の持つ最も大きな特徴であり、魅力ということができましょう。

  もちろん、こうした勝利に徹底的にこだわる姿勢は、明らかに、『平家物語』の「武士道」(それは<武>に携わる同業者間のシンパシーに基づくものだ)とも、柳生宗矩の「武士道」(活人剣)とも異なっているといえるでしょう。そして、それは、「兵法勝負の道におゐては、何事も先手々々と心懸くる事也。」(風乃巻)という表現に見られるように、「平和」の追求どころか、専守防衛ならぬ「先手必勝」の先制攻撃論を、手段を選ばない奇襲をはじめとするとするさまざまな謀略-「はかりごと」を当然視させるに至るものかもしれません。そして、現実の歴史においても、『五輪書』の記述は、美しく飾られた目的に正当化されつつ、確かにそうした読み方もなされてきたはずです。

  しかし、それでいいのか。現代において、私たちは、『五輪書』をどのように読むことが出来るのか、その魅力はどこにあるのか。次回は、それを再度考えてみたいと思います。    サロさん。君、本当に元気だねえ。

剣道・達人の教え(2)――― 一刀流免許皆伝「切落」

  昨年の秋、私は師匠に、以前から気になっていた柳生新陰流の「打ち落とし」という技について質問してみた。すると、師匠自身は小野派一刀流の流れを汲むのだそうで、その「一刀流」には「切落(きりおとし)」という技があり、それを見せてくれるということになった。幸運とはこうゆう事を言うのだと思うが、いやはや、素晴らしく鮮やかな技を体験する(打たれてみる)ということは、まさしく、いわゆる「理念型」・「理想型」を我手中にすることであって、何事にもかえがたい価値を持つものなのだと実感した。
  この技を言葉で表現することは極めて難しいのだが、それは、相中段から面を打っていって、まさに「打ったなと思った瞬間に打たれている」という、なんとも不可思議で、納得がいかない(「なんだいまのは?!」という)技なのである。誤解を恐れずにもう少し詳しく分析してみると、それは、面すり上げ面でも、面返し面でもなく、おそらく、打っていった私の竹刀を<しのぎ>の幅ほどで一瞬のうちに上から跳ね飛ばして打つ(火打石を金属片でこするように(?)「切り落とす」)という感じだろうか。その時、師匠が強調したのが「石火の位」―――火打ち石が発する光に喩えたものだそうだ―――ということであったが、今年に入って、山岡鉄舟の「一刀流兵法箇条目録」(『剣禅話』所収)を読んで、師匠の言っていたのはこれかと改めてあの感覚(「これでは、いくら打とうと思っても、打てないだろうな、やれやれ、困ったものだ。」)を思い出した。その日は、私も何度か稽古させてもらったが、後日、どうして師匠のような打ちが可能になるのかと私なりに考えてみると、それは、相手の動きにスムーズに応じられる熟達したあるいは恐らく先天的な「反応速度」、そして、一瞬のうちにパワーを集中させることが出来る「手の内の柔らかさ」ということになるのではないだろうか。
  とにかく、あのような技を体験すれば、もうちっぽけな自己満足や世間知らずの独りよがりなどありえようはずもなく、ただひたすら精進あるのみという心持にならざるをえないのだ。ただ、高齢者たる私にはもう師匠が強調するような「面数(めんかず)」は望めないので、暇を見つけては素振りでもして、少しでも師匠の技に近づきたいと思う今日この頃ではあるのです。

 おや?我<しもべ>たる飼い主が、珍しく素直になってるぞ。でも、散歩忘れないでよ。最近45分切ってるよ。剣道よりも散歩だよ~ん。
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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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