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反原発集会と美術展・演奏会(3)

  7月22日(日)ヴォーチェ・ローザ 演奏会 vol.21
                  (銀座)ヤマハホール

 

  私は今回はじめて知人から声楽のコンサートに招待され、期待に胸を膨らませながら銀座のヤマハホールに向かいました。ところで、「ヴォーチェ・ローザ(バラの声)」とは、声楽家田中英明氏が主宰する声楽グループで、40名ほどの会員からなり、積極的に演奏活動などを展開しているとのことです。私は、声楽を大ホールでは聞いたことがありましたが、こうした小ホールでの演奏は初めてだったので、大変興味深く聴かせてもらいました。とりわけ、わたしを招待してくださった方の演奏は、専門はピアノということでしたが、さすがに、安定した音程、曲想にあった十分な声量、そして、表現も豊かな音楽性に溢れ、本当に素晴らしいと感じさせられました。声はメゾ・ソプラノでしたが、、私はどちらかというとソプラノが苦手なほうなので、大変心地よく聴かせていただきました。
  
  アリストテレスに言われるまでもなく、音楽は人間にとって最も快いものでのひとつであるにちがいありません(それゆえに、最も善きもの?)。そして、人間の声は最も素晴らしい楽器といえるかもしれません。その声で美しい音楽を奏でる。いやはや最高ですね! ここでも、私は、音楽で表現された、「人間のいのちの輝き」に接したように感じ、幸福感に浸ることができたのです。
  
  あともう一つうれしかったことは、この演奏会を聴きに来ていた方が、やはり、反原発の考えをもっており、金曜日の夜、首相官邸に出かけていたことを知ったことです。やはり、人間のいのちの輝きを愛する人と原発の存在は相容れないに違いありません。私は、またまた、元気になってしまったのでした。
  
  あ~あ、私もすっかり歌いたくなったぞ。 サロさん。散歩しながら、私の歌でも聴くかい? おいおい、そんないやな顔するなよ。           
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反原発集会と美術展・演奏会(2)

 本当に暑いねえ。僕らは全身毛だらけなので、夏は本当に苦手だよ。その代わり、夜の散歩は気持ちいいね。きのう、サーバントさんは、歩きながら、「ねえ、サロさん。首相官邸前は、この暑いのにもかかわらず、たくさんの人が集まってたよ。あの熱気、そして、あの『落ち着き』を見ると、もうこの動きに後戻りはないね。この動きは、もう首相官邸前だけのことではなくて、日本のあらゆるところに根付き、社会を変えていくんじゃないかな。』って言ってました。再生可能エネルギーで、この暑さも何とかしてくんない。

7月17日(火) 2012 埼玉モダンアート展 
                埼玉県立近代美術館



  このところ、私は一年に1,2回美術展に足を運ぶようになっています。その主な理由は、モダンアート展の会員の方が私を招待してくれるためです。私はあまり絵心があるほうではなく―――どうも幼い頃から絵がうまく描けませんでした―――、どちらかと言うと絵に特別な興味を感じることはなかったと思います。ただ、25年ほど前に、おそらくカレンダーか何かに印刷されていたクレーの絵(「黄色い鳥のいる風景」でした)に興味を持って、壁に貼って時々見たり、本を買ってクレーのほかの絵も見るようになりました。そのあとは、ジェリコーの絵に衝撃を受けたり、時々美術展へ行って、雪舟の絵などに感心したりするようになったのです。ただ、肉筆の絵をじっくり間近で観るようになったのはモダンアート展に出かけるようになってからのことでした。
  そうした中で、私が新たに感じるようになったのは、その作品に取り組んでいる画家の「様子」です。やっつけ仕事や単なる模倣ではけっして感じられない、本物の作品に示されている膨大な時間と集中力、それは、「本当に好きなんだね」と思わず微笑まざるをえない、人間のいのちの発露のようなものを感じさせるのです。さらに、もう一つ強く感じるようになったのは、細部への徹底したこだわりにもかかわらず、全体の構想・イメージが極めて明確なこと、すなわち、細部と全体との関連が極めてクリアーに思われることです。これは本当にすごいことだと思いました。これに対して、私が絵を描くと両者の関連がモワーとなってしまうわけです(失笑)。

  ところで、先日、NHK/BSで、『美の饗宴――藤田嗣治:玉砕の戦争画の真実』と言う番組を見ました。詳しくは述べませんが、私が考えたのは、あのどこかで見たことのあるような裸婦像を描き「人気」を得ていたらしい藤田が戦時にはドラクロワばりの歴史画を描くことになったのですが、そこに私は本物の「命の発露」のごときものを感じることができるだろうか、ということです。これについて今暫定的な結論を下すとすれば、それは次のようなものになると思います。藤田の戦争画は、結局、戦争賛美の為のプロパガンダの絵でしかなく、描かれた絵自体も、アッツ島の突撃を叫ぶ将校の表情など私が小さい頃愛読していた『ジュニア版太平洋戦史』の挿絵と大差なく、また、蔵屋美樹さんが考証しているように、西欧の歴史画を巧みに「剽窃」した代物といってよいのではないか。つまり、私にとって、藤田は、小器用ではあるが、大家気取りの、(権力と権威をかさに切る)茶坊主的存在に過ぎなかったように思われるのです。敗戦後、藤田は、戦争画の日本語のサインをローマ字に書き換えるなど色々手を加えたほか、絵描きは絵だけ描きましょうとかのたまった挙句、パリにトンヅラを決め込みそこで亡くなるわけですが、要するに藤田は、「冥利栄達」の為に時の権力と手を結び人々を死地に赴かせながら、都合が悪くなるとほとんど反省もないまま空ろな「専門性」に逃げるという典型的な「俗物」に感じられるのです。

  ロンドン・オリンピックが開幕しました。スポーツにも「フェアプレイ精神」、「アスリート魂」があることでしょう。美術にも、「美を追求する心」があるはずです。私も、美術展に行ってそんな人の心の輝きを楽しめるようになってきたな、と思っています。
  ところで、サロさん!私は、君が「美しさ」を理解できるとマジで感じているんだけれど、他の人は信じるかな。どうだろうね。
  

  

反原発集会と美術展・演奏会(1)

 先週の7月16日(月)からの一週間、私は、色々な場所と意味合いにおいて、人間の「命の輝き」にふれたように感じています。私は決して自己肯定感が強いタイプの人間ではないのですが、やはり、他の人々の前向きで、生き生きとした姿に接したり、想像したりすることは、とてもうれしく感じるのです。今日は、先週私が行った、三つの催しについて書いていきたいと思います。

 7月16日(月)

     「さようなら原発10万人集会」 東京・代々木公園

 
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  「脱原発と持続可能な平和な社会を目指す」大規模な集会が、主催者発表で17万人を集めて行われました。私も、昨年9月の集会に続いて、妻と二人で出かけてきました。妻は福島出身で、故郷が汚染されたことに強い怒りを感じているようです。昨年の明治公園も会場を埋め尽くすすさまじい数でしたが、今回は、少し遅れて行ったこともあるのですが、メイン会場からあふれ、歩道や空きスペースをも埋める、私個人では到底全体を把握できないほど多くの人びとが参加していました。私と同じように感じている人がこんなにもいるのかと、私自身、大いに励まされたものです。確かに、以前より若者や家族連れなどの姿が多く、参加した知り合いの方も言っていましたが、確かな新しい流れを感じることができたように思います。

  それにしても、この流れの意味するところは何なのでしょうか。それは、私自身そうなのですが、自分たちの意思がほとんど無視されたまま勝手に進んでいく状況を前にして、もう自らの行動をもって「否(NON)!」と言わざるをえないと多くの人々が感じているということに他ならないだろうと思います。実際、この間の政府・マスコミの対応を見ていると、私たち一般民衆の生活に大きな影響を与える問題であるにも関わらず、「ど素人さん」には、重大な情報は知らせず、嘘でも何でもついて、自分たちに都合がいい既成事実を作りさえすれば後はなんとでもなるだろうと考えていたと思わざるを得ません。しかし、事態があまりにも深刻で一般民衆を簡単に信用させることが難しいとなると、今度は、問題の本質をゆがめ・捻じ曲げ、ちょっと話を聞くふりをして時間を稼いでさえいれば、結局、一般民衆は現状を追認していくことになるだろうとたかをくくっているのだと思うのです。だから、問題は、今回の私たちの行動が、原発を維持・推進しようとしている人たちを本当に追い詰めることが出来るようになるかどうかです。そうなるためには、私たちの動きが、彼らがそうなるように望んでいる一時的なガス抜きや時代・風俗的な動きに留まることなく、彼らの政治的・経済的な権力基盤に直接影響を与えるような行動になっていくこと、たとえば、彼らの権力の座を脅かす「投票行動」にどう結びつくのか、また、彼らを脅かす日常生活のレベルにおける「直接行動」(不買など)をどう創り出していくのかといったことです。私も、権力者たちの「目くらまし」に抗して、真剣にその方法を考えていかなければならないと思っています。私の命と生活は私自身のものだ。しかし、私自身が操作され、支配されている限り、私自身自らの主人となることは出来ず、私の命はけっして輝くことはないだろうと思います。

  ところで、この一週間、私は、原発関連で2冊の本を読みました。『知っておきたい放射線のこと』(著作・編集/放射線等に関する副読本作成委員会、発行/文部科学省)と『「子どもから大人まで、原発と放射能を考える」副読本 原発に反対しながら研究をつづける 小出裕章さんのおはなし』(小出裕章/監修、野村保子/著)です。そして、読後、私は両者の違いに本当に考えさせられてしまいました。前者は、福島の原発事故後の深刻な現実を前にして、無味乾燥というか、知りたいことが何も書かれていないというか、ただただ、子どもたちに、科学者の「仮面」をかぶりながら、原子力技術も放射線も「こわくない、こわくない」といいくるめることに終始した代物に過ぎませんでした(あんなものに税金使うな!)。これに対して、後者は、実に良く出来た本で、皆さんにも是非一読を勧めたい本です。以前、『ノンちゃんの 原発のほんとうの話』(監修/高木仁三郎 編集/反核・反原発副読本編集委員会〕という本も読んだことがありましたが、そこに書かれていたことを真剣に捉え、勇気を持って適切に対処していたならば、今回の福島原発事故は回避できただろうとつくづく思います。同様に、この『小出裕章さんのおはなし』は、3・11以後の私たちがどう生きていくのかを考える上で非常に参考になる多くの内容を含んでいます。本の表紙で、小出さんはこうも述べています。「科学者としてみなさんに伝えたいことをこの本にこめました。本当に大切なものはなんなのか?自分で考え、自分で決める「ひと」になってください。わたしもまた、自分で考えながら歩きます。」と。この2冊を比較して読んでもらえれば、素人の私たちでも、どちらが科学者として信頼しうるかが明らかになると思います。

 さて、私、これから霞ヶ関に行ってきます。書き始めに予定していた、美術展・演奏会については、後日追加したいと思います。

 サロさん。今日は暑いねえ。ということで、今日は、涼しくなった、10時ごろ散歩だね。待っててね。
  

サーバントの沖縄旅行 2012

  我〈しもべ〉たる飼い主は、なんと、6月の30日から7月の2日まで、僕をほったらかしにして、沖縄に行って来たんだよ。僕には、なにやら、シーサーとかいうお守りの人形をお土産に持ってきたんだけれど、僕は僕自身が『守護神』のつもりなんで、ライバルがいるみたいで変な気分だよ。



沖縄は悲しくも、素晴らしかった

  
  私の沖縄への強い思いは、1968年4月28日、私が初めてデモに参加した『4・28沖縄デー』に始まるのかもしれません。そして、今回、40年の年月を経て、あの時以来私の心の中にずっとあった「沖縄の心」に、はじめて直接ふれることが出来たのでした。そして、この旅は、沖縄を深く愛する友人5人が沖縄が初めての私のためその豊かな経験と英知を詰め込んだ、目いっぱい充実した2泊3日の旅になったのです。まずはこの旅を企画し、又、旅の先々で実に適切なアドヴァイスをしてくれた5人の友に感謝したいと思います。
  もう一つ、是非、はじめに書いておきたいことがあります。それは、二日目の夕食を公設市場2階の食堂〈道頓堀〉で楽しんだあと、私が1階の市場で『石垣島ラー油』を買った時のことでした。市場のおばさんが、私にラー油を渡しながら、突然、あの沖縄のアクセントそのままに、「オスプレイ 反対してよ!」と声をかけてくれたのです。沖縄戦そして戦後の苦難の日々を経験してきたであろうそのおばあさんに対して、私はある戸惑いと気恥ずかしさを感じながらも、「勿論、反対するよ!」と答えたのでした。美しい沖縄を真に平和なところにしなければならない。私たちの沖縄旅行は、単なる「観光」ではありえなかったのです。





佐喜眞美術館屋上よりの普天間基地





 ※基地の「中」を道がはしっている。「Yナンバー」(米軍車両)の車がわれわれのレンタカーの前を2車線に渡って横切っていく。そして、有刺鉄線は基地の外側に向ってせり上がっていた。沖縄の基地の有様に心を打たれながら、われわれが最初に訪れたのは、丸木夫妻の『沖縄戦の図』がある佐喜眞美術館だった。その屋上から普天間基地を見下ろしたのが上の写真である。この緑多き広大な土地を前に、「これが、普天間か・・・」、言葉がよどんでいく。                                   
 佐喜眞美術館を出て、道の駅〈かでな〉から嘉手納基地を遠望したあと、私の沖縄にとって最も強い印象を残していたチビチリガマに向かう。しかし、この日は、傍まで行き、地もとの少年に聞いてみたにもかかわらず、チビチリガマにたどり着くことは出来なかった。この日の夕食は、宿泊したホテルの傍にあったゴルフ場のレストラン。これも「大当たり」だ。また、ホテルの部屋に落ち着いて、みんなで飲んだ泡盛「久米仙」は、これまでのアルコールのイメージを激変させるほどのさわやかさだった(飲んだ後の悪酔いがほとんどない)。 
                                   

              

チビチリガマ訪問







※2日目、残波岬の朝の散歩は、さんご礁の砂浜を巡って、爽快そのもの。そして、初日には見つけられなかったチビチリガマを、ホテルで新たな情報を得て訪れる。チビチリガマは、若い日の私が「戦争」とはなにか、「軍隊」とはなにか、「天皇制」とはなにか、と言ったことを考え始めるきっかけとなった重要な場所だ。ガマと海岸は予想以上に近い。読谷の海岸を埋め尽くした米軍の艦船、それを目の当たりにした人々の気持ちは筆舌に尽くしがたいものであったろう。1945年4月3日、ここで「集団自決」を強いられ、犠牲となった83名の人びとに深い哀悼の祈りをささげます。                                           



奇跡の万座毛






※こんなに美しい海は初めてだ!さらに、これまで何度もこの地を訪れたことのある友人にいわせても、この日の万座毛は、とりわけ美しかったという。私の心はまるで子供のように踊っていた。うれしくって、思わず、家族とサロさんにシーサーのお土産を買ってしまった。今度、沖縄を訪れるときは、この沖縄の自然ともっともっと親しくなりたいものだ。                              
                        


世界遺産・中城(なかぐすく)城址






※この遺跡は、現存する城(ぐすく)の中で石積みの遺構が最もよく残っているものと言われている。さらに私たちにとって幸運だったのは、この遺跡に到着したとき、まさに帰宅せんとしていた現地のボランティアの方がわれわれに気づいて声をかけてくれたことだ。それから1時間、その方は私たちに、石積みの説明は勿論のこと、琉球の歴史や、沖縄の宗教的伝統、そして、沖縄における女性の地位など、実に興味深い話を聞かせてくれたのです。こうして、美しい眺望に恵まれた丘陵の上に立ち、時代によって明らかに異なる3種類の石垣をたどっていく時、私たちは、琉球王朝時代の歴史的ロマンに浸らずにはいられなかったのです。                                     


ひめゆりの塔






※昼食に、今まで食べたことのなかった〈沖縄そば〉を食した。その時は、ある意味で「不思議な味だな」と思ったのだが、今は、是非もう一度食べてみたいと感じている。そのあと、この写真の小さな「ひめゆりの塔」を経由して、ひめゆり平和祈念資料館に入った。入ってすぐに、元ひめゆり部隊の方が沖縄戦全体について説明してくれているところに出会った。私は、自決した陸軍の牛島司令官らの話を聞きながら、ああ、戦後62年を経過してもなお、この多大な犠牲者の死をめぐって「せめぎあい」が存在するのだと強く感じた。すなわち、この戦争を国体護持のための聖戦として美化しようとするものとこの戦争の本当の意味を明らかにしようとするものとの「せめぎあい」である。そして、ひめゆり学徒とその教師227名の遺影が置かれている第4展示室に入った瞬間、私は言葉では表現できない戦慄を覚え、227人全ての人々と一人一人対面してきたのだった。この写真に残されている一人一人は、まさしく、数字には還元できない、「私」であり、「妻」であり、「父」であり、「母」であり「息子」であり、「娘」であり、「友」なのだ。資料館を出て、友に勧められるままに、あのとてつもなく冷たく美味しいサトウキビジュースを飲んだが、ひめゆりの人びとはどれほど冷たい飲み物がほしかったことだろう。                                         

                    
平和の礎






※二日目の最後は、平和記念公園と摩文仁の丘を訪れた。広大な平和祈念公園には、有名な「平和の礎」がある。そこに刻まれた膨大な戦死者のことを思うと、言葉が出ない。しかし、上の写真に見られるように、ここには名を刻むことを拒否した人々も存在したのだ。そこから、疲れた足で摩文仁の丘に足を伸ばすと、一番高いところに、牛島司令官と司令部の碑が立っていた。「せめぎあい」―――これからの日本は、この沖縄戦からなにを学び、どう生きていくことになるのだろうか。そして、二日目の夕食は、前述したように、国際通りから公設市場に行き、沖縄料理を満喫するが、そこで、あの「オスプレイ 反対してよ!」という言葉に出会うのである。                                  
       

首里城守礼門前にて






※三日目は、ホテルから〈ゆいレール〉に乗って首里城へ。梅雨明け直後の沖縄の天候は素晴らしく、又、修学旅行の時期とずれていることもあってか、人影もまばらだ。本当にゆっくり、首里城を見学することが出来た。さらに、私たちは、地元の小学生たちが遠足で上ってくる「石畳」の道にも足を伸ばした。私は、この石畳道から少し外れたところにある「赤木」―――年に一つだけ願いをかなえてくれると言う古老の言い伝えがあるそうだ―――に、ある願い事をして帰ってきた。私にそんなことをさせる沖縄だった。                                          
予定をずい分過ぎてしまった。どちらにしても、私がこの沖縄旅行を本当に我がものにするにはもう少し時間が必要なのだろう。今日はこの辺で筆をおくことにしたい。
ただ、最後にもう 一言。                


私はオスプレイの配備を認めないぞ!



SARO-MURIKU 「つぶやき」選集(7)

              「主権者」は「一般民衆」だ!

  民主主義とは何か? 最近の社会の様子を見ていると本当にいらだたしく感じることが多い。政治家、財界人、そして、さまざまな分野のテクノクラート(専門家)諸氏―――あなたたちは、結局、黙々と働き、社会を支え、次の世代を育てている「一般民衆」のいのちや生活のことを真剣に考え、その声に耳を傾けるつもりはないようですね。こうなれば、化けの皮がはがれた「エリート」への幻想から解き放たれ、自立した「主権者」たる私たち「一般民衆」が、自らその意思を明らかにしていくだけだ。もちろん、全ての「持続可能な」未来は、われわれ「一般民衆」のいのちと生活の中にこそある。


〇同じ村の「どじょう」 大飯原発ー再稼動? (6月1日)

〇この夏は 原発なしで 過したい スリッパ履いて クールビズ (6/1)

〇不自然に小沢一郎をハブるので 『日本改造計画』を読んでみました。なる ほど、伝統的な権力エスタブリッシュメントの琴線に触れそうなことが書いてあります。でも、それは常識的な議論の範囲内でしょう。小沢をスケープゴートにして消費税なんて、やっぱり、おかしいですよね。 (6/1)

〇(リツイート)夢見る時間は たっぷりあるが 夢を叶える 時間無し (6/2)―――私も時間を大切にしたいのですが(汗)

〇関西広域連合―――なにが『負けました』だよ。もともとメッキだってわかってました。まあ、『勉強不足でした』とほぼ同水準でしょう。でも、これから首相になられたんじゃあ、日本も本当に終わりですよ。(6/3)

〇原発も消費税も 国民の信を問えよ!現時点において、私は、「官僚」も「政治家」も信用することは出来ません。(6/8)

〇野田首相よ!あなたの原発擁護のための「良く聴きなれた」お言葉を信じ、支持することはできません。そんなことなら、自民党にだってできたでしょう。自民党よりもましだとか、そんな理由で支持され続けるなどと思わないほうがいいですよ。まあ、国民よりも財界とアメリカでしょうけれど。(6/8)

〇誰の、生活と安全を守るというのだ。まあ、もともと、国民の支持(率)のことなど気にしていないだろうけれど、あんな白々しい嘘っぱちを偉そうにのたまうとは恥知らずもいいところだ。私が知りうる限り、戦後政治で最低の首相だろうな。(6/10)

〇今日は、M・サンデルの『日本で「正義」の話をしよう』とA・ギデンズの『日本の新たな第三の道』を読み終えた。前者では、日本の聴衆の中に如何に新自由主義的イデオロギーが浸透しているかということに、改めて、衝撃を受けた。コミュニタリアニストのサンデル先生、どう思っているのでしょうね。(6/11)

〇後者では、中道左派路線が、主観的意図は別にしても、結果として、新自由主義的イデオロギーの浸透に大きく貢献していたのではないかと考えざるを得なかった。社会民主主義の自己革新としてそれは成功したといっていいのでしょうかね。(6/11)

〇音楽よ。君を知らなかったら、私の人生はどう違っていたのだろうね。ははは ・・・・(6/11)

〇いやはや、消費税「大連立」ですか。これから、この動きを正当化する国民
への報道が強まるでしょうが、国民の消費税への選択の機会が奪われたということは事実です。NHKなど、国内・国際共に、盛んに『ポピュリズム』批判を展開していますが、笑っちゃいますよ。そこがわれてますから。(6/15)―――大越なんて、小沢への反感を示すと言う形じゃなくて、ちゃんと、再稼動賛成とか、消費税賛成とか、いやあいいんだ。これまで受信料払ってきたけれど、まじで、受信料払いたくなくなってきた・・・。

〇日本政治の劣化は、もう目に余る状態だ。それは、人々の政治『エリート』への信頼感の喪失・政治そのものに対する『距離』感の増大と重なっているが、それには、今度の政権交代の結果に対する人々の失望にも起因するところ大だろう。旗振る者の無原則的な『腰砕け』は、最も恥ずべきものだからだ。(6/16)

〇ハンサムな向日葵をもらった。 黄色の明るい雰囲気が私を微笑ませる。 「ようし、今日から、私は明るい太陽のほうを向いて生きていくぞ!」とか。(6/17 恥ずかしながら父の日)

〇今日は、昼に超おいしいピザを食べて、夕食には、食前に巨砲のワインを飲んで、食後にはハーゲン・ダーツを2個も食べてしまった。私はとても幸福だった。やっぱり、私の幸せの基は、食べることみたいですね。(6/17)

〇細野よ!いくら真面目顔で、確信ぶって話しても、(日本語もちゃんと話せない〕あなたを、やっぱり、賢い(?)キャスターは笑ってしまうのですよ。言い訳が稚拙ですからね。(6/18)

〇 (リツイート)「言えばやる言わねばやらぬ何事も」―――(うけて)「言わぬが人のやらぬなりけり」(6/20)―――「有言実行」ならぬ「不言不実行」。これ今の世の我らが姿かも・・・・反省しないとね。 

〇(リツイート)塔として軸がぶれている (6/21)―――こういう表現が私には出てこないですよね。〇〇党よ。ピサの斜塔のようにはいかないぞ。

〇なにを考えているのか。原発、消費税・・・国民生活に重要な影響を与える政策を、国民を蚊帳の外に置いて、国会議員だけの野合で決めてしまうというのか。 いやはや、小沢が立派に見えてきたぞ!これまでの「反小沢」のお祭り騒ぎも、こうした流れに小沢が邪魔だったというわけか? (6/21)―――私は、小沢を信用しているというわけではないのだけれど、現状における権力保持者は、競争相手として真に怖いのは小沢ぐらいと思っているのでしょうね。民衆はなめられているのだ。

〇癒される 悟りと無縁な 君を見て (6/27)―――われわれは我慢を強いられてますからね。

〇「どじょうに変身していたおれの本当の姿を見せてやる!」  「そんなの見なくたってわかってますよ。国民の血税を吸う蛭でしょう。ばかばかしい!!」(6/27)

〇白々と 真っ赤な嘘を 言うドジョウ (6/29)


 ※ 暗い話が多かったですが、明日は、「明るい空と海」―「サーバントの沖縄旅行 2012」をアップする予定です。

僕は 徒然なるままに・・・ 




「春うらら あの仔はどこにいるのやら






「読書。 最近、ちょっと視力が落ちちゃってね






ボケー 僕はこんなの好きですよ







でも、食事の前だけは精悍なのだ





プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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