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僕の夏

  
食欲がいまいちでね―――散歩のあとでいいでしょ?







夏草や兵どもがみちくさ場
―――今日は、フリスビーが得意なフライングわんわんのぐら君と仲良しになったんだよ







朝顔があった―――夏らしいよね!







里山公園の木陰で―――風が涼しいよ!





 


熱中症予防は大切―――僕は水道はすぐわかるんだよ

 







でも 帰り道でヘタってしまった―――犬生で二度目かな








日差しを避けて しばらく「車輪の下」を決め込むぞ!









 その後は 我小屋で―――グリーンカーテンで少しはましかな







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空手に先手なし―――沖縄で見つけた石碑

 
空手に先手なし 






 ※ 以前、当ブログの「剣道・NHK/BS ”SAMURAI SPIRIT(剣道編)” について」の中で、「空手に先手なし」という沖縄空手の精神についてふれたことがありましたが、本年7月2日、私が沖縄を訪れていた際、上のような石碑に出会いました。沖縄の人たちが如何にこの精神を大切に思っているか、改めて知らされたように思います。


こうの史代 『この世界の片隅に』他 を読む

  17日の夜、私のブログ(『8・9《原爆の図》丸木美術館・・・』)を見たからだと思いますが、娘が「暇があったら読んでみたら?」と本を持ってきてくれました。こうの史代さんの『ぼおるぺん古事記』、『夕凪の街・桜の国』そして『この世界の片隅に(前・後編)』の4冊です。

  その時、政治学関連の本に悪戦苦闘していた私が、気晴らしもかねてと最初に手にしたのは『ぼおるぺん古事記』でした。私は今春次田真幸訳注の『古事記』(上・中・下)を読んでいましたが、こうのさんの資料の扱いはまさしく「ただ者ではない!」と強く感じさせるものでした。そこで、すぐさま、2冊目の『夕凪の街・桜の国』に進みました。広島の原爆に関わる作品でした。正直、(はずかしながら)大きく心を動かされました。そして、つい先ほど、残りの2冊『この世界の片隅に』前・後編を読み終えたところです。戦時下・軍都呉の「日常生活」を描いた作品でした。今の私にこれらをうまく論評する力はありませんが、何しろ、これらの作品にまだ触れていられない方々には、是非御一読をお勧めしたいと思います。と言いましても、『夕凪の街・桜の国』はすでに映画化されていたようですし、また、『この世界の片隅に』も、すでにアニメ化が予定されているといいますから、知らなかったのは私だけかもしれません。しかし、こうの史代さんが、戦争という極限状況の中で描き出している、人間のいのちのありようと生きかたは、その愛らしい絵とともに、私に大きな感動を与えてくれました。

  アニメ作品で言いますと、『はだしのゲン』や『火垂るの墓』も優れたものだと思いますが、原作のレベルから言うと、実際の体験者でないにもかかわらず―――緻密で誠実な資料の読み込みと豊かで深い人間理解のためでしょうか―――、このこうの史代さんのものが一番優れているように私には感じられました。これらの本を読むことが出来たことは、私の今年の夏の最も大きな成果の一つです。

8・9 原爆の図丸木美術館から鹿教湯温泉

   私と娘が富士山頂でご来光を仰いだ8月6日は、1945年、広島の人々が人工の「太陽」を見、焼かれた日でもありました。この8月6日は、また、私の妻の誕生日でもありましたから、毎年その日に提供される原爆関連の情報を通して、私の核兵器と被爆に対する関心は相対的に強くなったと言えるかもしれません。しかし、埼玉県に住んでいたにもかかわらず、私はこれまで丸木位里さん俊さん共同制作の《原爆の図》を直接見たことがありませんでした。そこで、今年は、長崎原爆の日である8月9日、妻と娘の三人で、東松山にある丸木美術館に行くことにしました。
  
   丸木美術館を訪れて特に印象に残ったことは二つあります。一つ目は、全15部にわたる《原爆の図》が私に与えた印象の変化についてです。私にとって、初期の作品は、細部は「あいまい」であり、また、全体が与える印象も妙に「現実」感がないものに感じられました。これに対して、後期のものは、一人一人の「いのち」の輝き、それが失われる悲惨さ、それらが強烈なリアリティをもって描かれているように感じられたのです。しかし、これは逆なのではないか。これはどうしてこうかんじるのか・・・・その時、私が思い出したのは、戦争を体験している私の母の言葉―――「本当に悲しいとき、本当に恐ろしいときは、涙も出ないんだよ。」でした。きっと、あのように<生き生き>とした人物を描くことが出来る二人でさえ、被爆直後の広島の惨状を前にしたとき、どのように世界が見えたのだろう、茫然自失という言葉が適当かどうかは解りませんが、あの「あいまいさ」と「現実感のなさ」こそ、被爆直後の本当の恐ろしさを表しているのではないか、そんな気がしたのです。
  
  もう一つは、当日そこで見ることができた『さがしています』(アーサー・ビナード/岡倉 禎志 童心社)と言う写真絵本のパネル展示から受けた印象です。それは、爆心地に残され遺物から、その持ち主であったろう人々の〈いのち〉と生活の様子を想像させるものでしたが、こうした視点こそ、大量破壊兵器・無差別殺戮の[悪]と[不条理]を明らかにしていくものなのだろうなということでした。私は、偶然に生まれ、死んでいく多くの〈いのち〉のことを考えると、〈いのち〉に特別な「意味」(目的や価値)があるとは考えられないように思います。「意味」があるとすれば、それは〈いのち〉という存在の観念が付け加えたものなのでしょう。そして、それ故にこそ、全ての存在とりわけ〈いのち〉は絶対的なものだと思うのです。その絶対的な一つ一つの〈いのち〉を思うとき、その固有性を否定し、それを道具視し、数に還元したりすることは、存在の絶対性故に<望み>・<幸福>を求める<いのち>という存在の観念にとって、自己否定のように思われるのです。そして、これらの絶対的な存在の間にあるつながりと共感を探ること、そうしたなかにこそ私たちの前にある否定的な状況を超える契機があるように感じたのです。


  サーバントさんたちはこの日帰ってこなかったよ。丸木美術館のあと、長野県の鹿教湯(かけゆ)温泉の国民宿舎に泊まって、翌日、上田城を見学してきたんだって。サーバントさんは、国民宿舎の温泉と家庭料理のような食事がかなり気に入ったみたいで、これなら1週間湯治してもいいなって言ってました(僕はどうなるんだ!)サーバントさんの奥さんは、朝の散歩で行った天竜寺の薬師堂と文殊堂がよかったといってるよ。姉貴は、上田城跡公園で立ち寄った山本鼎美術館が良かったみたいだね。でも、六文銭の真田雪村がらみでお土産もいっぱい買ってきてたよ。サーバントさんは、木彫りの柴犬のストラップかなんか買って来て僕に見せてましたが、なんなんだろうね

 
奥に天竜寺・薬師堂






 
天竜寺・文殊堂




 
上田城址公園を歩く


8・6 富士

  
2012年8月6日



富士のご来光




※ 我<しもべ>たる飼い主は、8月5~6日、我ライバルの姉貴と一緒に富士山に登ってきたんだよ。途中の山小屋に僕とそっくりな柴犬がいたとか言ってましたが、今度は是非僕も連れて行ってほしいもんだね。


  富士山!我々の多くは、言葉で表現することが難かしいあの単純で明快な姿に感動し、一度はあの頂に立ってみたいと思ったことがあるのではないだろうか。私も、40年ほど前に、周囲の山々から仰ぎ見、憧れた富士山に妻と一緒に登っている。その時は、夜の9時ごろ5合目を出発し、高山病に悩まされながらも、4時ごろに登頂を果たして、朝日を見ている。今回は、娘と一緒だ。同じく5合目を13時30分に出発し19時過ぎに8合目の山小屋に到着した。4時間ほどの仮眠のあと、0時40分山小屋を出発し、4時前に山頂に達した。そして、4時51分、山頂から撮影したのが上の写真である。

  当日は、見事な雲海やその切れ目から姿を見せる湖や樹海などの美しい眺望、そして、太平洋沿岸に連なる東京ー横浜の明かりなどの夜景、どれも実に素晴らしいものだった。

  しかし、登山道は、ツアー客を中心とする膨大な数の人々で、まさしく、交通渋滞と言っていい観を呈していた。外国人もたくさんおり、下山後、徹夜で富士山に登ってきたというアメリカ人の観光客(中学生くらいの男の子と母親の二人)にどうして富士山に登ったのかと聞いたら、形が美しい、日本で一番高い、そして、夜景を楽しめる山、と言うのが答えだった。しかし、日本人にとって富士登山とはなんなのかと考えてみると、それは、結局、初詣と同じような一種の「民族宗教」みたいなものなのではないかと、つくづく考えさせられた。何しろ、ご来光ですからね・・・・、修験道なのかな?
  

(8月10日追記)

ゲンチャで「奥の細道」―――月山への948km

 
アラ環「大冒険」――(ハイブリッドなんて目じゃない)燃費60km/ℓの旅



志津野営場から姥ヶ岳





※ なんといっても、バイクの気持ちよさは格別だ!
 雨に降られたり、トンネル内はかなりきつかったりしたけれど。
 ガラ空きのキャンプ場は安眠に最適!



月山頂上から日本海(?)





※ 登頂した自分へのご褒美はいつもりんごとフルーツ缶詰だ。
 ここで日本海へ向かう事を決意する。
 下山途中の雪渓遊びも最高だった。               




振り返り見る月山





※サロさん。明日、朝散歩してから出かけるんで、ちょっと待っててね。
 この教訓に溢れた旅の話も、帰ってきてからだね。(8月4日、記)


 ※ 7月30日(月)~8月2日(水)、私は、ホンダCD50ベンリー号にテントを積み込み、一人東北の道をひた走って、憧れの月山に登ってきました。月山は、40年ほど前写真で見た残雪のイメージがなんとも優しく心を捉えた山で、今回やっと登頂を実現することが出来ました。
  また、今回の旅行のもう一つのポイントは、50ccの原動機付自転車を利用したことです。そのきっかけは、ある日の散歩の折、サロさんの大の仲良しである黒ラブ君のご主人からシェルパ斉藤さんという方の話を聞いたことにはじまります。そして、彼のHPを覗いてみたところ、彼はスーパーカブで全国をまわっていたというではありませんか。高速も使わず、時速30キロで走っていく、それは一体どんなことになるのか。興味津々でした。ところで、私は以前オフロードの自動二輪車に乗っていましたが、もう15年以上も前にそれは手放していました。そして、家にあったのは、息子が通学に使っていた、カブと同じエンジンを積んでいるという、CD50ベンリー号だったのです。そして、この日本製のオートバイが如何に優れているかは、私のこの小さな旅によっても完璧に証明されたと思います。
 
  それでは、今回の旅行の概要を記しておきましょう。

〇全行程 948km (ODDメーター)自宅発 17893km
                    自宅着 18842km 

〇燃費 60.4km/ℓ    使用燃料 15.7 ℓ 

〇経路
 7/30  国道122号線―(日光)120号線―(今市)121号線
       ―――(南会津)うさぎの森キャンプ場・泊

 7/31 121号線―(田島)49号線―(会津若松)121号線
       ―(喜多方)287号線―(米沢・寒河江)112号線
       ―――(月山)志津野営場・泊

 8/1 月山(1984m)登頂  112号線―(鶴岡)7号線
        ―(おけさおばこライン・新潟)8号線

 8/2 ―(長岡)17号線―(三国峠・高崎・熊谷)125号線
        ―122号線

    徒歩や自転車に比べればなんということもありませんが、埼玉―栃木―福島―山形―新潟―群馬―埼玉と6県を巡る、私の「アラ還・大冒険」でした。

  さて、今回の最大の反省点は、8月1日13時30分に月山姥沢を出発して8月2日7時40分に自宅に到着するまで、なんと18時間の間、途中で休憩をとりながらとはいえ、「完徹(完全徹夜)」で走り切ってしまった事です。途中一泊の予定だったのですが、タイミングがうまくあわず、また、道の駅で仮眠しようとしたら、わざわざ購入した虫除けスプレーを忘れてきた為、蚊に邪魔されて眠ることが出来なかったりしたのです。深夜周りに車がいなかったのでかえって良かったのかもしれませんが、全く無謀なことをしてしまいました。以後、謹慎して、ゲンチャリでのツーリングは自粛したいと考えたりしています。
  しかし、それにしても、本当に楽しい旅でした(8月7日、追記)

7・29 反原発・国会大包囲―――

 
老若男女のデモの列





  

国会を包囲する人びと








熱い熱気の国会正門前







  ※ 明日から出かけますので、コメントは後日追加と言うことで、写真だけ掲載しておきます。(7/4、記)


  ※ 原発に依存せしめんとするつくられた既成事実、それに執着・拝跪する素朴なエゴイズム(「原発ないと困るもん」・「後はどうなろうと関係ねえ」)に対して、今回のデモには、<現在・過去・未来>――世代を超えた人々の共同的な意識の発露が感じられます。先行の世代から受け継いだこの歴史的自然を持続可能なものとして次の世代に引き継がないでよいものか。「原子力村」の既得権益がべたっと張り付いている原発には、同時代を生きる原発労働者やそれへの依存を強制されている過疎化した地方の犠牲を前提とする構造的な差別や不平等が存在している、そんな現実をこのままにしていいのか。また、明らかに制御不可能な放射性廃棄物を未来の人々に押し付けることにどのような倫理的言い訳が可能なのか。プレートテクトニクスについて一度でも考えたことがある人であれば、活断層の上に位置する原発をどうして安全と信じうるのか、等々。
   私たちは、真理を探究し、人々の幸せに奉仕しようとした専門家たちから大きな恩恵を受け、また、彼らに励まされもしてきた。しかし、今目の前にいるのは、専門性という隠れ蓑をまといながら、人々に真実を隠し、結局自らの冥利栄達ばかりを追い求めているに過ぎない、膨大な数の<似非>専門家たちではないのか。(「嘘つくんじゃない!」)
    私たちの命と生活に関わる重大な意思決定から私たちを排除してきた(封建的「身分」支配ならぬ)「専門家」支配に対して、今、私たちは求めざるをえない。「徹底した情報開示」、「意思表明の権利」、そして、「決定への参加」を。 これは、私たち自身が私たち自身の人生の主人公たりうるための、根源的な民主主義の問題にほかならない。 これから、また飽きもせず、「ポピュリズム」批判だの、「エリーティズム」の称揚だの、さまざまな動きがでてくるだろう。しかし、もう「化けの皮」は剥がれているのだ。恥を知れ!<似非>専門家たちよ!そして、出でよ!一般民衆とともに歩む、より多くの、真の専門家たちよ!(8/8、追記)


SARO-MURIKU 「つぶやき」選集(8)

 
7月は忙しかったんだ



〇「人災」で済ましちゃ、「居直り」許すだけ―――一見批判的ですが、実は、既存の基本的システムの存続を許すような風潮は遺憾なことです。まあ、色々言われてきたことを公的に表現したことは良いことですが。(7/7)

〇(リツイート)立てばギクシャク 座ればドタン 歩くすがたはムリスンナ(7/9)―――共感するなあ

〇ゆけ「夢追い人」よ! たとえその夢が実現しなくとも。 観念にこそ人の本質があるのだから。(7/9)

〇代々木公園に妻といってきました。全体を把握できない程のスゴイ数でした。一番元気のよさそうな隊列に入って明治公園まで歩いてきましたが、本当に、野田はもうNOだと思いました。野田出てこい!でも、あの手の人間は選挙で確実に落としてやらなければだめなんでしょうね。(7/16)

〇野田がオスプレイの「安全性の確認」だって?あの状態で大飯原発の再稼動をやった奴だよ。結果わかってるじゃない!口先だけ、口先だけ。 ―――安全を「確認」したふりして飛ばすのよ(7/26)

〇7・29日比谷公園から国会大包囲 ―――自律的に考え、行動したいと考える老若男女の大結集の感あり。その人間像は、日本の「政官財の三角同盟」が<依拠>しようとした「国民」とはちがう。そして、今の日本には、「国民」であることの幻想を許すような現実すら消えていると言っていいのだ。(8/2)

〇7・30~8・2 ゲンチャで「奥の細道」―アラ還大冒険900km。それにしても、日本製・ホンダCD50は完璧に良く走った!!!(8/2)




プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2019年11月現在満13歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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