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「他の道」とはなにか―――「市場原理主義」との決別

   「居留民保護」のための海外出兵だって?!    


     昨日、NHKニュース9を観ていると、今回のアルジェリアの事件に関する報道の最後に、元イラク駐在の外交官だったという「識者」が登場し、ほぼ次のようなことを言っていました。すなわち、現在の経済のグローバル化の進展の中で日本企業の海外進出は不可避であること、しかし、中東・北アフリカさらにアジアにおいてもイスラム武装勢力の勢いはますます広がりを見せるだろうこと、それ故、アルジェリアなどのように強い軍事力を持つ国は「いいのだが」、こうした勢力に有効に対応できない弱小国家に日本の企業だけが進出しているような場合には、(「自衛隊」が)そこにいる日本人を救出できるような法的整備が必要だ、といった趣旨のことでした。この話を聞いて、私は、この悲惨な犠牲者の帰国を前にして、この識者は、結局、これまでも日本のイスタブリッシュメント〈クラブ〉の中で話されてきただろう「方針」・「方向性」をただ主張・推進しようとするだけなのだなあ、と強く感じざるを得なかったのです。

    すなわち、それは、日本企業の「市場原理主義」に基づく海外進出を促進させ、また、それを軍事的にも支援する―――安倍流に表現するならば「世界で戦っている『企業戦士』」を『軍事戦士』によって守る―――ということに他なりません。それは、アメリカを中心とする「国際社会」が組織する「多国籍軍」〈クラブ〉に参加するというかたちを基本とするのでしょうが、さらに、それを日本国軍の単独行動をも視野に入れたものにしようということなのです。しかし、ここで展開されている議論は、私に言わせれば、まさしく、〈déjà-vu 「デジャヴ」〉そのものです。つまり、「通常」の主権国家にあっては、その国で何らかの事件があったとしても、外国の軍隊を直接介入させるなどということはありえないでしょう。(例えば、日本で中国人100名を巻き込んだ事件が発生したからといって中国人民解放軍の直接派兵を許すことはありえないでしょう。)しかし、国内に深刻な対立を抱え、内乱状態にある発展途上国に「進出」していた日本企業に「危険」が迫り、政府軍が反政府武装勢力を有効に押さえ込めないといった場合には、日本国軍が、当該政府の要請を受けたり、あるいは、その政府が有効にそれを鎮圧できないからという理由で、直接出兵-攻撃できるようにする必要がある、ということでしょう。これは、戦前の中国大陸などで行われた「居留民」や「在留邦人」保護のための出兵と同じ論理であり、しばしば、帝国主義的侵略の正当化に利用されたものにほかなりません。(かの「識者」は戦前の日本の侵略戦争をどう捉えているのでしょう?当然、アベッチのお友達でしょうけれど。)事態はここまで来たのか。NHKはそこまで言わせるのか?!

    さて、一般ピープルたる私にとって、こうした議論は、その枠組み自体が、ある種の人々にとっては勿論利益となるのでしょうが、一般ピープルにとっては負担と犠牲だけを生み出すものとしか思えないのです。

    まず、日本企業は、いくらそこに「ビジネスチャンス」があるからといって、従業員の安全を考えれば、「危険な地域」への「進出」は控えたり、撤退したりすべきだと私は考えます。少なくとも、もし私の息子がそうした企業に勤めているとするならば、私は、そんな所に行く位なら、国内の耕作放棄地で食料自給率を高めるために農業でもやった方がいいのではないか、などというのではないでしょうか。

    ただ、私は、危険な地域には絶対行くななどと言いたいわけではないのです。逆に、私は、この十数年間、あのアフガニスタンで活動してきた中村哲さんらペシャワール会の活動に大いに注目し、評価したいと考えてきました。しかし、彼らの活動は、あくまでも、「中立」に徹した、一般ピープルの生活支援ための活動であって、それが故に、アフガニスタンの多くの人々から感謝され、信頼もされてきたのだろうと思うのです。(そして、もし日本政府がアフガニスタンに直接軍事介入するようなことにでもなれば、ペシャワール会の活動も不可能なものになってしまうでしょう。)

   また、日本企業は、戦後、中東諸国と良好な関係を形成し、信頼されてきたとも言われてきましたが、それは、日本が(戦前、中東地域を植民地化し、戦後も、この地域を「支配」した多国籍企業の本国たる)欧米諸国とは一線を画し、軍事的支配とは無縁な平和憲法を持ち、これらの国々の工業化のために技術的な支援も積極的に行う、同じアジアの、「公正」・「中立」な交易相手国と認識されていたからなのではないでしょうか。そして、現在の混沌とした状況の中からの脱出も、「先進国」軍事クラブへの参加やそれらの国々への軍事的コミットメントの中にあるのではなく、戦後日本のように、これらの地域との公正・対等・互恵的な通商に徹する所にあると言ってよいのではないかと私は思うのです。

    さらに、これまでも、資源・エネルギーという観点から中東地域の重要性が盛んに主張されてきましたが、それが、結局、「石油のための戦争」を正当化するだけなのであれば、一般ピープルとしては、それから距離を置くだけのことではないでしょうか。つまり、戦争に訴えなければならないというくらいならば、すなわち、そのことによって多くの若者たちの生命を犠牲にするくらいならば、我々の生活自体を公正な貿易という範疇に収まる程度に縮小すればいいのです。

    さらに、最近の報道によれば、日本は自然エネルギーの宝庫と言っていいらしいではないですか。風力、潮力、地熱、そして、バイオ(藻類)などなど。日本の技術と資本をこれらに集中して、再生可能なエネルギーを自給し、さらに、全人類に供給できるようになれば、これほど誇らしいことはないでしょう。

    原発もそうですが、「石油」関連の既得権益に群がる一部の人々の利益ために、一度しかない若者の一生を犠牲にしたり、この大地を汚染したりする必要などはさらさらないというべきなのです。


  ※ またまた、長くなりました。次回は、教育問題か福祉問題について書く事ができればと考えています。
    サロさん!オヤ?もう寝てますね。最近、寝るのが早いですねえ。




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アルカイダとグローバリズム

        「市場原理主義」への批判的視点を忘れてはいけない


    我〈しもべ〉たる飼い主は、日曜日の午後、なんと僕を置き去りにして、ジョギングに出かけてしまいました。なにやら、心身を鍛えておかなければならないんだそうで、強風の中、片道6キロ―往復12キロ走ってきたんだって。何があったんだろうね


    アルジェリアにおけるいわゆる「人質事件」がテレビや新聞で報道されています。こうした微妙な国際事件があったときには、私は、出来るだけ、外国の新聞にも目を通すようにしてきました。とりわけ、私が信頼しているのは、WEB上の『Guardian Unlimited』(イギリス)です。非常にサックリとしたその報道姿勢と、日本の報道機関では得られなかった情報や日本の報道機関が意図的に触れないようなことも書かれていることが多いからです。たとえば、今回の事件でいえば、北米訛りのあるテロリストによる日本人殺害の様子や、また、日本のテレビや新聞では今回ほとんどふれられていない、麻生大臣の高齢者医療に対する発言(このことについては、後日、取り上げたいと思っています)なども大々的に報道されているのです。

    ところで、多くの犠牲者を出した今回の悲惨な事件に対して私が考えたことは、おそらく、皆さんもそうだろうと思いますが、「なぜこのような事件が起きたのか」、そして、「どうしたらこのような事件が再び起きないようにすることが出来るのか」、ということでした。そして、それらに対する日本のマスコミの報道はどのようなものであったのでしょうか。また、今回の事件に対する政府のこれまでの対応とこれからの対策はどのようなものだったのでしょうか。満足のいく答えは提供されたのでしょうか?私にはそうは思えないのです。

    私の受けた印象から言えば、マスコミの基本的論調は(勿論、全てと言うわけではありません!が)「卑劣な人質事件」ということであり、政府の対策は、結局、海外での自衛隊による武器使用の拡大ということだったと思われます。これで、こうした「テロ事件」を防ぎ、根絶できるのでしょうか?

    つまり、私は、やはり、考えてしまうのです。彼ら「テロリスト」あるいは「ジハード(聖戦)主義者」は、9・11や「自爆」攻撃に端的に見られるように、自らの生命をかけて戦っているのです。なぜそんなことが出来るのでしょうか。彼らは、社会的病質者なのでしょうか、狂人なのでしょうか。その答えは、神風特攻隊の青年たちがそうであったように(アルカイダのゲリラ戦学校は「カミカゼ・キャンプ」と呼ばれていたらしい。ライト『倒壊する巨塔』参照)、おそらく、ノーです。彼らは、真面目な、信心深い青年たちであった可能性が高いのではないでしょうか。そんな彼らが、あのような、一種捨て身の命を賭けた戦いを行う理由はなんなのでしょうか。そして、愚直な私の脳で考えるに、その理由は、強制された場合を除いて、2,3しかないのではないでしょうか。すなわち、(1)想像を絶するような屈辱感、(2)家族や友人・知人を守るため、あるいは、彼らの恨みを晴らすため、です。そして、そうしたことが彼らに起こったとすれば、それが何によってもたらされたかはほぼ想像がつくのです。すなわち、「新帝国主義」とも呼ばれているらしい、「市場原理主義」(グローバリズム)によって正当化された、中東・北アフリカ地域に対する経済的「進出」とそれによってもたらされた生活破壊や貧困、その権益擁護のための、無差別の空爆や地上戦を含む軍事的介入、そして、それに抵抗する勢力に対する徹底した弾圧や拷問(ユーイン・キャメロンの拷問方法などについてはN・クライン『ショック・ドクトリン』を参照)などです。 つまり、そうした経験の中で、死んでもいい、武器を取っても晴らしたいと思う恨みがつくられてきたとしか考えられないのではないでしょうか。そして、こうした認識が正しいのなら、その原因を除去するには、たとえば国際貿易の構造についていうならば、中東・北アフリカ諸国の(一部権力者だけではなく)一般の人々が納得し受け入れることができるような適正な関係を形成する以外に根本的な解決方法はないだろうと思うのです。

   しかし、現在、これらの地域には、私には想像もつかないような、複雑で危険な武力的な対立関係があるようです。例えば、現在のアルジェリア政府は、選挙で選ばれた政権をクーデターで倒し、その後、過酷な弾圧を繰り返してきた政権らしい。そして、今回の事件では、この独裁政権に守られて仕事をしてきた日本人が、テロリスト掃討を第一義と考えるそのアルジェリア政府軍自体の攻撃によって殺害された可能性も高いということなのです。そして、フランス政府も、こうした地域における自国の権益をイスラム過激派から守るために、そうしたアルジェリア軍の行動を支持さえしているようです。(「テロリストとは交渉も、取引もしない」とするアメリカのクリントンなども、基本的に同じ考えだろう。)すなわち、(平和憲法を持った)日本人のこれらの地域での経済活動に対する評価は高かったといわれていましたが、その貯金もあの湾岸・イラク戦争ですでに使い果たし、そこで働く日本人は、イスラム過激派からはアルジェリア政府に協力する敵として攻撃され、さらに、そのアルジェリア政府によっても、フランスその他の政府によっても、自国の利害のために、保護されることはなかったということなのです。

   こうして、一般ピープルたる私は自問することになります。たとえば、息子が会社からアルジェリアでアルジェリア軍によって守られながらする仕事に行けといわれたら、彼はどうすればいいのだろうと。また、息子がそうした企業で働く人々を守るため、〈武器を携え〉、命がけの「ジハード主義者」と戦うためにアルジェリアへ行けと言われたらどうすればいいのだろうと。

   おそらく、私なら言うのではないでしょうか。他の道があるだろうと。



    

ダイヤモンド安保構想―日本の暗雲・安倍〈デジャアベ〉政権(3)

 冷戦あるいは帝国主義時代を彷彿とさせる
         
              「ダイヤモンド安保構想」


   一昨日の『東京新聞』(1/16朝刊)で、『首相のダイヤモンド安保』という記事が出ていたのを皆さんはご存知でしょうか。実は、その前日、私はツイッターでその存在を知り、『プロジェクト・シンジケート』というウエブサイトにアクセスして、Asian's Democratic Security Diamond なる 論文に目を通していたのです。私は外交の専門家では勿論ありませんが、一般ピープルの一人として、ぜひ感想を書いておきたいと思います。

   まず、私の個人的な第一印象は、「なんじゃこれは!恥ずかしい!」というものでした。なぜかというと、私が読んだ限りにおいて、それは第一次大戦頃の帝国主義列強のパワーゲームを〈 déjà-vu 「デジャヴ」〉という感じだったからです。内容的には、中国の脅威を強調し、中国となんらかの対立関係を有する(と思われる)国々と軍事同盟関係を結び、軍事的に中国を封じ込めようというわけです。さらに、その同盟関係に、冷戦時代やネオ・コンを髣髴とさせる「民主主義、法の支配、人権尊重」といった〈価値観〉の共有という装い凝らそうとしているわけですから、まさしく、〈 déjà-vu 「デジャヴ」〉なのです。さらに「滑稽」だったのは、アジアにおけるイギリスやフランスの(軍事的)プレゼンスまで求めていることで(ドイツやオランダはどうした?)、これではまるで『北京の55日』だなどと思ったほどでした。

   ただ、冷静に考えてみても、この構想には、色々な問題点があるように思われました。その一番大きなものは、この構想が現在の複雑な国家間関係(米中は勿論,中印、豪中など)を正確に把握した上でのものなのだろうかということです。つまり、各国は、中国との間に歴史的な紛争や現実的対立はあるものの、貿易関係を中心に、これからの未来志向的な関係を構想しているはずであって、ただひたすら軍事的な緊張関係を高めるが如き安倍構想を本気で受け入れるだろうかは、大いに疑問と思われるからです。『東京新聞』がいうように、インドにしても、オーストラリアにしても、(そして、東南アジア諸国にしても)、こうした意味での「対決姿勢」に距離を置くことは間違いないように思われるのです。とりわけ、それが、安倍氏の「主導権」の下で実現するなどということは、幻想以外の何ものでもないでしょう。

   ただ、確かに、『東京新聞』がいうように、アメリカがアジアにおける自国の軍事負担の軽減という意味合いにおいて、それに一定程度の評価を与える可能性はあると思います。しかし、それは、それ以上でもそれ以下でもないでしょう。そのことによって、尖閣問題に対する現在のアメリカのスタンスが大きく変わることはないはずです。さらに、ウエブサイトのコメント欄でも触れられているように、アメリカは日本のために戦争する気はない、それゆえに、日本は日本独自の(自衛隊ではない)軍隊をもつこと、そして、核武装さえも必要だなどと日本が考えているとなれば、アメリカはそれを絶対に許さないことでしょう(安倍政権は、将来の核武装のために「核燃料サイクル」の継続・維持に執着しているようですが。この点については、市民意見広告運動編『核の力で平和はつくれない』(合同出版)を参照)。

   さらに、アベッチやその応援団の議論における「価値観の共有」とやらは、中国を、「文明の衝突」ばりに、すなわち、漢民族やその文化すらも揶揄するが如き表現になっているのですが、これに対しても「恥ずかしさ」を感ぜざるを得ませんでした。こういった思い上がった『品格』のない議論は、どこかのオピニオン誌では別でしょうが、いたずらに感情的な対立を煽るだけで、広範な国際的信頼を得ることはけっしてないでしょう。

   この安倍構想が、尖閣における「紛争」激化に対する一つの「意欲的」な対応であることは間違いないでしょう。しかし、この問題がこのように険悪化したきっかけは、その領有権の主張とは別に、石原都知事に煽られた野田政権が尖閣を国有化したことに始まるということは再度確認しておくべきことです。さらに、この構想が醸し出している雰囲気―――彼は、石原暴走老人と同様に、本当に中国人が嫌いで、出来るなら軍事的に制圧したいくらい考えているのではないでしょうか―――は、ブッシュ・ジュニアには似ているかもしれませんが、到底真っ当な「大人」の感覚とは思えないものです。すなわち、彼が志向している状況の先には、日本と中国との本格的な敵対が待ち受け、それは、両国間の経済関係を本格的に毀損し、また、「子ども」の火遊びではないのですから、実際に、両国の若者たちの血が流される事態さえ想定されるといっていいかもしれません。しかし、そんなことを望む「大人」はいないし、国家もないのではないでしょうか。すると、「大人」の諸外国とは別に、日本だけが困難な状況に陥るということになる。またしても、彼のおじいさんがやったように、です。心底から、もう〈déjà-vu 「デジャヴ」〉は願い下げにしてもらいたいと思うのです。


   今日も寒いねえ!それもあってか、サーバントさんは、今日も「寒中稽古」に行きませんでした。まあ、僕と1時間散歩するんですね。クックック


日本に大雪?―――安倍〈デジャアベ〉政権(2)

    「侵略戦争」への反省無き、
            
             「ジコチュウ」・お坊ちゃま外交  
    


    さて、教育問題や改憲問題そして原発の問題などについては、また、後日意見を述べたいと考えていますが、現在、とりわけ安倍政権に感じているのは、国際関係での〈危うさ〉です。アメリカとの関係、中国・韓国そして北朝鮮との関係、そして、他のアジア諸国やヨーロッパ諸国との関係はどうなるのでしょう。

    ところで、人間関係が単純な利害関係から成り立っているなどという俗論が誤りなのは、哲学者や道徳家の立場に立たなくても、一般ピープルの感覚からも言えることです。例えば、(一定の選択の余地さえあれば)恥多き私ですら、「安い電力を!」と声高に原発推進を叫ぶT社の製品は、いくら値段が安いからといって、買わないでしょう。また、このことは国際関係においても然りで、実際、政府・マスコミも、「国民レベル」での印象を(「中国人」は、「朝鮮人」はという形で)さかんに刷り込み、国民の反応や行動を現実の利害関係とは別の水準で「操作」しようとしているのは明らかではありませんか。
    また、もう一つ大切なことは、個人間あるいは国家間の両方において、その現実的な相互依存関係に照応する「共同的・普遍的」な意識が、―――その「矛盾・対立」の意識と同様に―――、必然的に成立しなければならないということです。そして、この相互的依存関係を、主人と奴隷との関係のようなものではなく、より積極的な「共存・共栄」の関係へと向かわせようとするならば、それに照応するより「高次」な「共同的・普遍的」な意識を相互的に尊重していくことが必要不可欠となるでしょう(たとえ、それがたまたま「幻想的なもの」に終わったとしても)。そして、私たちは、そうした方向性で自らを律しようとしている姿にこそ「品格」を感じるのであり、信頼感を持つことになるといっていいでしょう。
    ところが、わが〈デジャアベ〉政権に感じられるのは、こうした「品格」とはもうほとんど正反対のものなのです。とりわけ、私が心配しているのは、「従軍慰安婦」問題などで、その恥知らずな醜さを世界に曝し、軽蔑されていくことです。

    さて、領土(尖閣・竹島・北方領土)問題において顕在化した中国や韓国などとの対立を如何に解決していくかは、国家としての日本にとって、非常に重要な問題であることは間違いないでしょう。ただ、その時、極めて重要となるのが、問題解決に取り組む基本的なスタンスです。そして、この間、アジア諸国との間における問題の「現実的な」解決にとっていつも障害となってきたのが、いわゆる「歴史認識」問題や「従軍慰安婦」問題でした。そして、今後、これらの問題に対する明確な「清算」が行われなければ、すなわち、日本が真に平和国家としての信頼と尊敬を勝ち得ることが出来なければ、問題の未来志向的な解決は不可能と言っていいでしょう。もちろん、こうした方向での努力の現われが「村山談話」であり、「河野談話」であったのです。

    ところが、こうした方向性に対する「障害」が再び頭をもたげています。すなわち、〈戦前の「政治」と「戦争」は正しかったんだ〉と、なんとしてでも主張したがる勢力すなわちアベッチたちの勢力です(二度と見たくなかったが、déjà-vu 「デジャヴ」)。いうまでもなく、アベッチのおじいさんは、「互恵」的どころか、超・利己的「国益」追求によってアジア諸国を侵略し、その挙句米英などと衝突するに至るや、「鬼畜米英」を叫びながら、「戦陣訓」の下で多くの日本人を死地に追いやった戦争指導者の一人でした。しかし、敗戦後、彼らは、まさしく米ソ冷戦のおかげといっていいでしょうが、「アメリカ追従」に〈変節〉することによって、「復権」を許されたのでした。そして、こうした流れのなかで、彼らは、この戦争で犠牲となった全ての一般ピープルに対する責任を、少なくともアメリカによっては、免除されるが如き形になった(と、少なくとも思いたい)のです。しかし、アジアの諸国にとって、そして、冷戦後のアメリカにとっても、そうは行かないのです。
    
   ところで、私からすれば、戦前の戦争を正当化する必要性などどこにあるのでしょうか。否、全くないといっていいと思われます。アベッチのおじいさんたちよって指導された戦争の有様は、多くの歴史学の成果はもちろんのこと、とりわけこの十数年の間に、沈黙を破った多くの戦争経験者によって証言され、戦争を経験していない世代にも明確になりつつあります。実際、私たち一般ピープルは、ヒトラーやムッソリーニのお友達であった、これらの戦争指導者たちをなぜ擁護しなければならないというのでしょうか。逆に、ドイツやイタリアの一般ピープルのようにそれをしっかり反省し、未来に向けて、信頼を獲得していくということのほうがはるかに重要なのではないでしょうか。それでこそ、胸を張って、主張すべきことを主張できるというものです。要するに、戦前の戦争の正当化などは、結局、彼ら戦争指導者たちとその末裔たちの自己正当化のためなのだといって過言ではないのです。

   さらに、恥ずべきなのは、そうした、戦争の正当化の一環でしょうが、「従軍慰安婦」問題に関してわざわざ「強制は無かった」などという閣議決定をする姑息な対応です。そもそも、アベッチやそのお友達の橋下がいうように、「従軍慰安婦」問題を「強制があったかなかったか」(つまり、道を歩いていて突然拉致されて、云々)といったような議論にすりかえるのは、結局、その前提としてある植民地的収奪や、世界的にも類例を見ないと評される軍管理下での「あのおぞましい」慰安所の存在を正当化することになるだけなのです。それは、あの世界恐慌下、わが同胞たる農村から身売りされた娘たちに対して、かわいそうだけれど『同意』のもとだったからなどといってそれを正当化する、悪徳高利貸やデバガメたちの論理と同質なのであり、そうしたシステムに対して激しい怒りを燃やした青年将校たちの水準にもはるかに及ばない恥ずべき言い逃れといわなければならないでしょう。こうして、アベッチや橋下の主張によって、「日本人」の心性が、江戸時代の「女衒(ぜげん)・口入(くちいれ)屋のたぐい」と揶揄されたようなものと受け取られるとすれば、日本国民末代までの恥と言うべきです。―――さらに、もう一つ言っておけば、こうした批判に対して、「みんなやってることなのに、どうして日本だけ責められなければならないんだ。それが悔しい」などという手合いも一部自称「エリート」の中に存在するようですが、それこそ、そうした下劣な行為それ自体をも正当化する、恥の上塗り的言説といわなければなりません。 こうした言説の下で、如何に多くの「一般ピープル」が泣かされてきたことか。(『必殺仕事人』の世界でしょう。)
    冷戦後のアメリカ、とりわけ、オバマ政権は、こうした主張をする国を、「恥ずべきやつら」とは思っても、決して、「尊重すべき」同盟国とは考えないでしょう。―――沖縄の同胞の苦難に対しても、意を決して問題の解決に取り組むといったことの無いこれまでの対応を考えると、「結局奴らは同胞沖縄を見殺しにするのさ」ぐらいに思われているのではないでしょうか。

    さらに、付け加えれば、中国との関係において「戦略的互恵」関係という言葉が使われていますが、この言葉に対する捉えかたのニュアンスにも、「恥ずかしさ」を感じることがあります。この言葉の意味は、おそらく、両国の未来に向けた「共存・共栄」のために、これまでの歴史的経緯はひとまず脇においておこうということだと思われますが、アベッチのニュアンスは、この「戦略的」という言葉を、まさしく、極めて狭く短期的な経済的利害の追求といったニュアンスで用いているように感じられるのです。つまり、俺たちが付き合っているのは「お互いに儲けるためなんだよ。俺と喧嘩しないようにしないと、お前も損するよ」というわけだ。こういった言説は、知人に言わせれば、「真っ当な商人のプライド」さえ理解できないような愚かしい対応といえるのです。まして、中国は、儒教―『三国志』の国です。すべてが小平のようであるわけでもなく、孫文の国でもあるのです。もちろん、日本も、すべてがアベッチのようではないことを理解してもらわねばならないのですが。
  
    時間が無いので、暫定的結論: アベッチの外交は、その「品位」の無さ故に、諸外国の信頼を獲得して真の友好関係を築くことは出来そうにありません。さらに、挙句の果ては、その結果生み出される孤立化を取り繕おうと、徹底的に「追従的」あるいは「屈辱的」な対応をとらざるをえなくなるのではないでしょうか。そして、それは、広範な国民に膨大な負担・犠牲-「負の遺産」を残すことになるでしょう。大言壮語していた、尖閣・竹島(「「ノーだ」政権時代とどう違うのだ)。そして、任期中に解決すると豪語する拉致問題、そして、沖縄。彼が示す、その真の「国益」とは到底思えない、幼い「自己中心的」なスタンスが、国際社会で通用することはないでしょう。また、病気になるしかないかもしれません。

  

日本の暗雲―――安倍〈デジャアベ〉政権

     二度目の茶番で済むのか? 
   
アベッチの〈デジャアベ〉政権 (1)


 ※ ある病気で服薬している私の知人が、「アベッチは、薬の副作用でハイになっているんではないか」と言っていた。確かに、顔の表情ばかりではなく、国内政治、国際政治共に、明らかに深刻な負の「遺産」を残している政策を、現在の具体的状況をも顧みず、無理やりドーピングして繰り返そうとしている、そうとしか考えられないのではないか( デジャヴ déjà-vu―――うんざりだ!)。そして、その結果は、参院選での結果も影響するだろうが、単なる「二度目の茶番」では済みそうにないように思われるのだ。「アベノミクス」(「アホノミクス」)にしても、原発政策にしても、TPPにしても、外交問題にしても、「危機をチャンス」にどころか、「国民」の一層の分断化、そして「国家」間関係における一層の孤立化を招くことになるだろう。あまりにも心配なので、書き留めておくことにしたい。

    まず、くり返しになるが、安倍の経済政策は、税金の先取りたる国債と消費税によって増額された国民の税金を、「身内」・「お友達」(=「政・官・財」の支配層)にばらまく「自民党」的公共投資と、弱いものいじめの(「自助努力」などと奇麗事を並べながら、その実、「セレブ政治家」と深く結びつきながら私腹を肥やすだけの)利己的な手合いを「非常識な水準」にまで富裕化させる「新自由主義」を融合させた政策なのであって、一言でいえば、これほど「一般ピープル」の利害に反するものはないといっていいだろう。参院選までは、お手盛りで、株式市場をはじめ、景気が良くなった良くなったと騒ぐであろうが、しかし、一般ピープルにはさっぱり実感がわかず、そして、数年後には、またしても、その膨大なツケを払わせられることになる。つまり、目くらまし的な政策(高額所得者への増税や相続税の見直しなども、その内実はすぐ暴露されるだろう)も打ち出しながら、結局は、期待させた「おこぼれ」まで吸い上げるのが「アベノミクス」ということになるだろう。

    古きそして「悪しき」町内会の特徴の一つに、町会費などを地域の「有力者」たちが「仲間」内で自由にして云々、というのがあるけれど、まず、自民党政治の基本的構造もそれとあまり変わらないということだ。公平・平等にばら撒くのはまだましで、どうやら自民党詣に見られるように、「身内」だけを優遇する政策が目の前に復活・展開しつつあるようだ。。復興予算の編成や執行の有様、そして、業者によるピンハネの実態(および、その放置)などを見ると、その感を強くせざるを得ない。
 (つづく)

  ※ サロさん!ちょっと心身ともに疲れたので、散歩にでも行きますか?!
   ―――僕は、待ちくたびれてたよ~ん。


   

NHK[空白の初期被ばく」を観て

  算数が分からない―――浪江町 ヨウ素131による甲状腺被ばく量

   昨日、NHKの『空白の初期被ばく』を見ましたが、私の頭の中で、一年前に見たデータと昨日新聞にも載っていたデータとの間で整合性がつきません。「斜め観」をしていたせいなのか、そろそろ呆けて来たかな?ちょっと、確かめてみましょう。

   約一年ほど前の報道によると、

「床次さんらは昨年4月11~16日、原発のある福島県浜通り地区から福島市に避難してきた48人と、原発から30キロ圏周辺の浪江町津島地区に残っていた住民17人を対象に、甲状腺内の放射性ヨウ素の濃度を調べた。この結果、8割近い50人からヨウ素が検出された。

この実測値から、甲状腺の内部被曝線量を計算した。事故直後の3月12日にヨウ素を吸い込み、被曝したという条件で計算すると、34人は20ミリシーベルト以下で、5人が、健康影響の予防策をとる国際的な目安の50ミリシーベルトを超えていた。

 最高は87ミリシーベルトで、事故後、浪江町に残っていた成人だった。2番目に高かったのは77ミリシーベルトの成人で、福島市への避難前に同町津島地区に2週間以上滞在していた。子どもの最高は47ミリシーベルト。詳しい行動は不明だ。

国が昨年3月下旬、いわき市、川俣町、飯舘村の子ども1080人に行った測定では、35ミリシーベルトが最高値と公表されていた。」(jishin.b5note.com/xn-cesq99l/2452/、あるいは、『朝日新聞』デジタル、2012.3.9 を参照)

   これに対して、昨日の報道は、

 「弘前大被ばく医療総合研究所の床次(とこなみ)真司教授のグループは11日、福島県浪江町の住民の福島第1原発事故で放出された放射性ヨウ素131による被ばく線量が、0.2~4.6ミリシーベルトと推定されると発表した。

 国際原子力機関が甲状腺がんを防ぐため安定ヨウ素剤を飲む目安とした50ミリシーベルトを大きく下回り、床次教授は「被ばく線量が増えればリスクは増えるが、健康的な影響は極めて小さいのではないか」と話した。
 調査対象は2011年7月11日~8月31日、日本原子力研究開発機構(JAEA)や放射線医学総合研究所(放医研)のホールボディーカウンター(WBC)で測定した0歳~60代の2393人。
 ヨウ素131は半減期が短く、事故後すぐに測定しないと被ばく線量が分からない。浪江町民の被ばく線量もほとんど不明だったため、昨年11月、2393人のうちセシウムが検出された399人について分析した。
 床次教授らは11年4月12~16日、浪江町と南相馬市の計62人の被ばく線量も測定。うちヨウ素とセシウムを検出した5人のデータから、セシウムに対するヨウ素の比率を求め、浪江町民の被ばく線量を計算した。
  62人のうちヨウ素が検出された46人の被ばく線量の中央値は4ミリシーベルト(最大33ミリシーベルト)で、床次教授は「推定値と大きな差はなく、信頼できる結果になった」と説明する。
 弘前大は来月以降、被ばくによる染色体の異常の検査を希望者に実施するという。」(『河北新報』)

    さらに、『日本経済新聞』によると、

 「東京電力福島第1原発事故後、福島県浪江町の一部町民が受けた放射性ヨウ素131による甲状腺の内部被曝(ひばく)量は、推定で最大4.6ミリシーベルトだったことが11日、弘前大被ばく医療総合研究所(青森県弘前市)の床次真司教授のグループの研究で分かった。

  国際原子力機関が甲状腺被曝を防ぐため安定ヨウ素剤を飲む目安としているのは50ミリシーベルトで、床次教授は「大幅に低い数字」と話している。

  放射性ヨウ素131は半減期が約8日と短く、事故後すぐに測定しないと被曝量が分からない。浪江町では2011年7~8月、国が住民2393人の放射性セシウムの被曝量を測定、うち1994人は検出限界値以下だった。ヨウ素による被曝量は不明だったため、町が教授にデータの分析を依頼していた。

  床次教授らは事故の約1カ月後に、浪江町や南相馬市の62人のヨウ素被曝量も測定していた。このデータを基に、摂取ヨウ素とセシウムの比率を導きだし、浪江町民2393人のヨウ素被曝量を推定した。〔共同〕」

   報道の趣旨は、結局、福島県浪江町の住民の福島第1原発事故で放出された放射性ヨウ素131による被ばく線量は、0.2~4.6ミリシーベルトと推定され、これは、国際原子力機関が甲状腺被曝を防ぐため安定ヨウ素剤を飲む目安としている50ミリシーベルトより「大幅に低い数字」で、健康に直接影響はない数字である、と言うことでしょう。要するに、この記事それ自体、あるいは、報道それ自体から判断する限り、福島第1原発の事故はたいしたことはなかったということだ。
 
   さて、そこで問題点なのですが、まず第一は、この調査の対象についてです。どうやら、この調査は、浪江町の「一部町民(2393人)」に対して実施されたもののようだが、その一部とはどういう意味なのか。非常に分かりにくい。まず、この「一部住民」は浪江町という地域に住む一部の人々だとするならば、なぜ、2011年に調査した人々の結果を除外して、被ばく線量の最大値を4.6ミリシーベルトだなどというのでしょう。あくまでも、今回調査した2399人についてだと言うのなら、そのことを明確にしておかなければ、大いなる誤解を与えると言わなければならないのではないでしょうか。
   また、「福島第1原発の事故」によって放出されたと言うことが強調されているようですが、その推定を2011年の調査結果当てはめると、87-4.6=83.4ミリシーベルトはどこから来たのか。今回の報告によれば、福島第一原発の事故から放出されヨウ素131はごく微量であったと言う印象を与えるのですが、それでは、この83.4ミリシーベルトは、自然に存在する放射能がこの人だけに集中したのでしょうか、それとも、福島第1原発の通常の運転によって放出されていたものを吸収したというのでしょうか。前回の調査自体が誤っていたということはなさそうです。すなわち、その時の調査におけるヨウ素とセシウムの比率をもとに今回推論したと言うのですから。
   そうなると、〈最低〉こういう結論になります。つまり、「浪江町」とされるこの調査結果からは、2011年に調査された人々の結果が除外されていると言うことです。それでは、どういう理由でそうした〈操作〉がなされたのでしょうか。
 
  私は、考えてしまいます。原発密集県の一つである青森の弘前大学で研究してきた床次教授という方はどんな人なのでしょう。いままで、東北電力や東京電力とどんな関係を結んできたのでしょう。原発推進の安倍内閣の成立を目の前にして、素人ながら、考え込んでしまうのです。

私の音楽の故郷(4)―――演歌の心とは?

 
寂しさ・悲しさを超える〈強さ〉?


    今、カラオケで何か歌おうとすると、やはり、演歌系のものが多くなりそうです。しかし、若い頃は、あの何とも湿っぽい歌詞と曲調はなにしろ苦手でした。そして、当時口ずさんだ曲といえば、結局、当時流行していた明るい青春歌謡だったと思います。舟木一夫の『ああ青春の胸の血は』とか、橋幸夫の『いつでも夢を』とか、西郷輝彦の『君だけを』などは、今でも歌えそうな気がします。また、私たちの世代にはファンが多かった吉永小百合の『寒い朝』とか、三田明の『美しい十代』なんかも歌えるでしょう。しかし、それらを今歌えといわれるとやはり無理と言うか、ひいてしまいますよね。
   
    ところで、私が演歌というのは本当にいいもんだなあと思うようになったのは、やはり、三十歳を越えてからのことだと思います。あの深い情念を感じさせる八代亜紀の『舟歌』、なんともいえない郷愁を漂わせる北島三郎の『帰ろかな』、素朴な率直さを表出する千昌夫の『北国の春』、小憎らしいほど人の心をくすぐる吉幾三の『津軽平野』、そして、森新一の『おふくろさん』など、自分ではとても歌えないけれど、本当にうまいもんだと聞き入ってしまうようなものが多いです。そして、私がそれらに惹かれるのは、私自身が田舎者で、失った故郷を想う望郷の念の故のことのように考えられるのですが、その根っ子のところには、三橋美智也の『古城』があるのではないかと考えられます。三橋美智也は北海道出身だったと思いますが、北海道のラジオ局から流れてくる『古城』に、若き日の私は同じような気持ちで聞き入っていたのです。あっ、忘れてました。もちろん、布施明の『霧の摩周湖』なんかもよかったですよねえ。また、寮生活をしていた大学生時代、帰省のために乗った夜汽車の結露した窓に頭を押し付けながら心で歌った、小林明の『北帰行』もそれらと同じような位置を占めるものでしょう。

    さて、こうした演歌の魅力とは一体なんなのでしょう。演歌の表出する情緒は、もちろん、いわゆる「日本の歌」の「叙情性」とは性格を異にするように思われます。誤解かもしれませんが、一般的に、演歌は、なにものかを失った「喪失感」から来る寂しさや悲しみを歌っているものが多いように私には感じられます。しかし、また、その歌の多くは、その寂しさや悲しさに泣き崩れてしまうだけではないなにか、すなわち、その寂しさや悲しさと正面から向き合い、それを乗り越えていこうとする『意地』のようなものを感じさせるといってよいと思うのです。交響曲6番『悲愴』を書いたチャイコフスキーは自殺してしまいましたが、日本の演歌には、なにか、明日に続く「強さ」を感じさせるものがあるのです。「これが人生さ。明日も生きていこう。」―――演歌は、日本の「シャンソン」といっていいのかもしれません。


  ※ サロさん。私は、サロさんの兄貴や姉貴と違って「ミーハー」だったんですよ。次回は、アメリカのオールディーズや日本のフォークソング、そして、南沙織やアグネスチャンあたりにも触れようと思うんだ。

―――サーバントさん。どうも、あなたは僕に色々隠してましたね。


私の音楽の故郷(3)―――若き日の歌

 
 学校時代の思い出の曲 


    思い出の曲を選んでいったとき、ああ、この曲は学校で聞いたあの曲だなと思うものがいくつかありました。今日は、それについて書いてみたいと思います。

    小学校とりわけ小3以降、私は、テレビの歌番組から流れてくるアメリカン・ポップスの日本人によるカバー―――弘田三枝子とか克美しげるとかスリー・ファンキーズとかでした―――を良く聴いていました。ただ、中学生になると、英語を勉強しだしますから、原曲に触れる機会も多くなり、それらの印象はかなり薄くなっていったと思います。また、中2の頃だったと思いますが、ビートルズの『プリーズ・プリーズ・ミー』がラジオから流れてきたのを新鮮な驚きと共によく憶えています。最初さかんに批判していた前田武彦がだんだんビートルズを評価するようになっていったのもおもしろく記憶しています。
    ところで、私がカラオケ用に選んだ曲の中には、(柄にもなく)石原裕次郎の『赤いハンカチ』があるのですが、本当は、『錆びたナイフ』を入れるべきだったのです。といいますのは、私が歌えそうな裕次郎の歌は、『嵐を呼ぶ男』と『錆びたナイフ』と『赤いハンカチ』なのですが、とりわけ思い出深いのが『錆びたナイフ』だからです。私が小6の頃、比較的仲の良かったクラスだったこともあって、私たち〈児童〉は教室でお別れ会をやろうと計画しました。駅前のあの店からはケーキ、あの店からはジュースをと、自分たちで買って来ては用意し、ゲームをしたり、音楽を聴いたりして楽しんだわけです―――当時の小学生はかなり自主的だったんですねえ。そして、その時、家が裕福だったN君が持ってきたプレーヤーで聴いた曲の一つが『錆びたナイフ』だったのです。高価なプレーヤーを持って来るということでちょっと問題もあったのですが、やはり、そのおかげで、とても思い出深い会になったと思います。裕次郎の声はカッコよかったですね。

    自主的といえば、中学2年のとき、私達のクラスは、ちょっと離れた街の湖沼沿いにある公園へ、大きなテントを持ってキャンプに行きました。クラスのかなりの数が参加していましたが、真っ暗な中で「肝試し」をしたり―――もちろん私は、単独行動のオバケ役でした―――、みんなで当時流行していたツイストを踊ったりしたものです。その時かけた『ゴーカート(サンライト)ツイスト』は、まさしく、青春そのものという曲でした。

    さて、高校に入ってからの、最初の思い出の曲は、初めての音楽の時間に歌った『花の街』です。北海道の4月初めは、まだ道端に雪が残っており、その中から〈ふきのとう〉が顔を見せているといった感じでした。そして、そうした季節の中でみんなで合唱した「七色の谷を越えて・・・・・」は、明るい窓の外のイメージと共に深く心に残っています。また、わが校は、当時小学区制の共学校だったのですが、そこには、体育でダンスを専門とする女性の先生がいました。そのため、私たちは、1年に1ヶ月くらい、体育の時間に、その先生が創作したフォークダンスを踊ることになっていたのです。そして、その時使われていた曲が、舟木一夫の『高校三年生』や『花咲く乙女たち』でした。濃い緑色のジャージに白いトレパン姿の私たちは、「花咲く乙女たち」に胸をときめかせながらフォークダンスを踊ったのでした。また、放課後には、生徒会主催のフォークダンス会も開かれ、当時は体育館を埋める長い列ができたものです。私も、B君に無理やり誘われて(?)よく参加したものでした。そして、高校時代最後の思い出の曲は、確か2年生の時の『卒業生を送る会』(?)で4人の先輩方が歌った、ダーク・ダックス版の『銀色の道』です。音楽部だったのでしょうが、実に上手な歌で、私もいつかあんな風に歌うことが出来ればなあ、と一種憧れ的なものさえ感じたものでした。もちろん、それは、未だに実現できていませんが。

    こんなこと書きながら、実は、さっきまで、『津軽海峡冬景色』や『霧の摩周湖』や『湖愁』を聴いていました。この年になると、やっぱり、そんな感じになるんですねえ・・・・


日本の歌って悲しいのが多いのかな? 
    



―――サロさん。人間てのは、悲しいときにはうんと悲しい曲を聴いて、他の人もそうなんだなあなんて思って、また元気になったりもするんだよ。そういう意味じゃあ、日本人は悲しみに強いのかもしれないね。 次回は、いよいよ、演歌系ですか。また、ご迷惑かけます。

謹賀新年 2013年

  2013年 1月2日 ―――今年もよろしくね 


  
書初め―――「食欲・散歩」 わかってるねえ





   

隣町の神社に初詣





※ 正月の2日、神社には僕たちだけだったよ!日本の正月も変わったのかな。



我が家はあの空の下だ―――遠くへ来ちゃったね





※ 僕は、一日必ず一里以上歩いたり、走ったりしています。でも、半径2キロの[縄張り]も、全く意味がないのが寂しいところだね。サーバントさん、何とかならないの?――なりませんねえ。



僕は荒野を目指すんだ





※ 今年は、ぜひ、遠くの山に連れて行ってもらいたいもんだ。家に帰ってから、車に乗せてもらいたくて、ドアを前足でコツコツやって催促したけれど、駄目だってさ。 



なんだ[emoji:d-32]あれは?





※ 今日は、近くの公園で、ちびっ子たちが、凧揚げや、ラジコン・カー遊びをしていたよ。でも、仲良しの友達とはぜんぜん会いませんでした。みんな,帰省してるのかな。


    
やっぱり、寝正月にしよう

  

  


※ この間、サーバントは、昨日に引き続き、駅伝や、BS世界のドキュメンタリー、マイケル・サンデルの『5000人の白熱教室』などを観ていました。サンデル先生のものは、そのテーマどこかの本で読んだような気がする(おそらく、『日本で「正義」の話をしよう』だったと思う)けれど、なにしろ、「市場経済」と「市場社会」を区別するその視点に少なくとも「『良識』というものを感じるのです。また、BS世界のドキュメンタリーは、どれもこれも面白かったですけれど、特に、『パーク・アベニュー 格差社会アメリカ』なんかは最高でした。日本にもこの番組に登場するお金持たちと同じような事を言っている学者さんや、評論家や、タレントさんや、政治家さんたちがたくさんいますけれど、みんなこんなセレブさんたちのまねをしていたわけですねえ。そして、アメリカには、この番組を創り出すことができるような、そして、最低、オバマが勝つような、『良識』が存在していたということです。「知らぬが地獄」―――私たちも賢くならなければなりません。


プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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