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福島県・郡山市で思う―――2013・3・23

 
故郷を汚され、失うということ



    妻の両親の墓参りのため、23・24日の両日、福島県郡山市に行ってきました。私にとっては、4年ぶりの墓参になったようです。埼玉を出発した時に17度だった気温は、東北道を北上するうちにドンドン下がり、郡山に到着した時には5度になっていました。ただ、周囲の山々は美しく、本格的な春を待つ東北の独特な雰囲気も感じられたのです。


    ところで、今回、郡山を訪れて強く感じたことは、あの地震と津波と原発事故の残した「傷跡」の大きさでした。まず、地震の大きさは想像以上で、例えば、寺院の墓所においても、かなりの数の墓石が倒壊し、更地に変わっているところも目立ちました。街中も、被害を受け修理したあとの残る家屋、そして、建て替えたり、更地となっている土地もかなり見受けられました。地震の激しさは、大きな縦揺れに数回襲われ、「本当に、もう終わりかと思った」という言葉に実感がこもっていました。津波についても、ある女性の方から、太平洋沿岸部にあった実家が流されてしまったこと、そして、津波の直前にあった同窓会の出席者のうち、約半数の8人が犠牲になってしまったという話を聞き、私は言葉を発することも出来ませんでした。原発事故についても、ほとんど何も知らされないうちに被爆していたであろうこと、また、郡山での汚染は相当深刻のようで、現在除洗作業が進められているところですが、8μSv/h(マイクロシーベルト/時)、4μSv/hといったホット・スポットが現在もかなり幅広く点在しているとのことでした。―――ちなみに、埼玉県の我家の雨どい付近の放射線量は、0.09μSv/hです。彼らの気持ちは察するに余りあります。

    こうした話を伺いながら、私が特に心打たれたのは、彼らが、歴史ある故郷・郡山に生まれ育ち、心からその故郷を思い、そこで生きて行こうと決意していた人々だったということです。それは、いわゆる流れ者(故郷喪失者)の私とは全く違った感覚だろうと思います。つまり、彼らは、「理不尽な」福島原発事故によって、彼らの愛する故郷を汚されてしまったことに対し、私には想像もつかないような、深い「喪失感」を抱いていることが感じられたのです。そして、郡山には、さらに、故郷を「本当に」奪われてしまった人々の施設が数多く存在しているのです。彼らの気持ちはいかばかりのことなのか、思いをめぐらすだけで気が重くなってしまうのです。

    この原発事故の責任者はどこにいるのだ!その責任を自覚し、被害者とこの大地を救おうと立ち上がる真っ当な科学者や企業家はいないのか!この期に及んで、原発の安全性や再稼動の必要性を主張する人々よ。もし原発が本当に危険でないと言うのなら、原発を東京ほか首都圏に持ってきてみろ!福島原発の事故がたいしたことがないというなら、自分自身は勿論のこと、自分の子どもたちや孫たちをそこに住まわせてみるがいい!

    「沖縄と福島は同じだ」という言葉が、今も胸につかえています。

    
 ※ 近いうちに私自身の「3・11」を書いてみたいと思っています。   
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今年の春は 2013

    2013年 3月 ―――腹空いた 弥生の空の 散歩かな 


  
後に見えるのは満開の―――梅林 だよ





   

卯月(うづき)待つ草花たち






※道路の間にある帯状の公園には、色々な花が植えられて、4月を待っているみたいだね。 



桜の木下で―――





※今年の桜は、いつもよりも早いみたいだね。今日は、サーバントさん、自転車です。




この黄色い花は―――レンギョウだね





※この公園では、朝早くから、色々な人達がスポーツを楽しんでいるよ。僕はのんびり見物。



いつもの桜並木の帰り道で





※今日は気温は低いけど、天気はいいね。近くの桜の名所に行くと友達がいるんだけどねえ。 



こっちの黄色い花は―――ミモザ・アカシアだよ

  

 

 ※ 散歩から帰ってきたよ。さて、今日はお仕事で、門番です。さて、やりますか・・・
 


と、言いながら、眠くなったよ

  

 



※ 後の白いのは雪柳だね。その左は山吹なんだけれど、まだまだ、これからだね~

 

『火垂るの墓』―――「埴生の宿」に想う

 
節ちゃんの回想シーンと「埴生の宿」


  ※我〈しもべ〉たる飼い主が一番大泣きする映画は、ジブリの『火垂るの墓』なんだよ。何でだろうねえ。






     『火垂るの墓』の原作は、言うまでもなく、野坂昭如氏の直木賞を受賞した「短編」小説です。野坂氏は、『国家非武装されど我、愛するもののために戦わん』なども書いた、懐に〈何か〉を隠し持った少し危ない作家でした。そして、この彼の小説も十分に重いのですけれど、私にとっては、アニメ版のインパクトの方がさらに大きかったということができます。その理由は、私の娘が丁度3~4歳ごろにこの作品を観たせいもあって、あの節ちゃんと娘の姿がダブって、湧き上がる感情を抑えることが出来なくなったからです。

    それにしても、脚本・監督の高畑勲氏の手腕には、脱帽と言うしかありません。その細部へのこだわりは尋常なものではありませんし、とりわけ、この作品の最も重要な場面の一つである、(節ちゃんの回想シーン)で流れるあの「埴生の宿」には、本当に〈やられて〉しまいました。

    ところで、この曲が流れる背景には、敗戦後すぐ、着飾って疎開先から神戸の自宅に戻り、久しぶりに蓄音機でこの曲を聴いて喜ぶ「良家」の娘たちの姿がありました。ご存知の通り、「埴生の宿」の原曲は、イングランド民謡の”Home,sweet home"です。この娘たちは、一般には敵性言語と言われていた英語でこの曲を聴き楽しんでいたということになるのでしょう。そんな戦争の中で、まさしく、清太と共に「土作り」の防空壕(埴生の宿)を「愛しの我家」として死んでいった節子、そして、戦前・戦中・戦後を通してほとんど変わることのない生活を享受したであろう、この戦争を指導した最上層家庭の子女たち。 高畑勲氏は、『火垂るの墓』を「反戦アニメ」ではないと強調したとされますが、それは『チャタレー夫人の恋人』が「反戦小説」ではないのと同じことであり、私にとっては、この戦争の下で生きそして死んでいった人々にとって、あの戦争とは一体なんであったのかという問を突きつけられたように感じたのです。

    今日は春分の日、お彼岸の中日ですが、我亡き母が話してくれたことがあります。戦時中、「良家」のお嬢さんたちは、勤労動員といっても一日ぐらい工場に出て、すぐ田舎に疎開してしまったということ。また、終戦直前の東京では、「省線電車」に乗っていて、突然空からの機銃掃射でそばの乗客が撃たれたりしたことがあったとか。また、空高くB-29が一機飛んでいて、それに日本の戦闘機が垂直に昇っていって体当たりした、すると、日本の戦闘機は火を噴きながら本当に木の葉のように落ちてくるのだけれど、B-29の方は煙を吐きながらゆっくり海の方へ飛んでいってしまったとか。(おそらく、このB-29の搭乗員は日本近海(東京湾にすら)に待機していたアメリカの潜水艦によって救助された可能性が高いのでしょう。)

    戦争の勝敗は明らかだった。とりわけ、サイパン島が陥落し、本土空襲が本格化した以降は。それでは、なぜ東京で、沖縄で、神戸で、広島で、長崎で、そして、全ての戦場で多くの人々が死ななければならなかったのでしょうか。節子ちゃんと清太君は、終戦直後に死んだのですが、それは避けることが出来なかったのでしょうか。戦争はなぜ起こり、なぜ一刻も早く終わらせることが出来なかったのか。ただ、節ちゃんや清太君は死に、この戦争を指導し、「国体護持」をかかげて戦争を引き伸ばした数百家族は、生き残り、そして、「従米派」に転じ、相も変わらず支配的地位につきつづけた、それだけは本当のようです。

    再び、節ちゃんや清太君のような悲劇を繰り返さないためには、あの戦争のあり方を正確に認識し、その責任の所在を改めて問い、そして、それをこれからの日本の将来に生かしていくことが是非必要だと思わずにはいられません。あの不幸な歴史は繰り返してはならないのです。


―――サロさん!野坂さんじゃないけれど、私も、君や姉貴のために頑張らなくちゃあねえ。さあ、散歩にでも行きますか。

【追記1】
※ 歌を聴き、「あれは英語ではない、ドイツ語だよな」と思い、はじめは,マレーネ・ディートリッヒかなもと思いましたが、先ほどネットで調べると、アメリーダ・ガル=クリチという人らしいことが分かりました。ただ、同時に歌詞も調べましたが、あれはやはり英語ではなく、ドイツ語ですよね。ということで、一応、記事は削除せず残すことにしました。もしあれが英語だったら、私は・・・・・  

【追記2】先ほど、ネットで調べると、歌手はイタリア人ということが分かりました。ということは、イタリアなまりの英語だった可能性が高く、記事自体を訂正いたしました。悪しからず(涙)。私の英語力はこんなものです(大汗)。第二外国語はフランス語でした。

【追記3】しかし、未だに、英語に聞こえない。私はもう駄目なのかも。

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『3・15を忘れるな!』―――日本で最も「うそ」にまみれた日

 アメリカン・グローバリズムの中に取り込まれ、
       国内は日本を含む世界の多国籍企業の草刈場となり、
              その中で必然化する国民間の分裂を『ナショナリズム』によって
                      取繕おうとする動きが加速化することになるだろう



○ NHKが安倍の「TPP参加表明」を報道している。約束、約束、約束を守る、と連呼している。嘘つくな。これだけコケにされ、TPPに反対しながら自民党に投票した人達はどう感じているのでしょう。これからも、自民党におすがりして、どうにかなると思っているのでしょうか。安倍の「国益」とは多国籍企業の利益なのだ。

―――野田・民主党は日本の多国籍企業の利益に沿った「TPP」参加を促進しようとしていたが、それに対して、自民党は政権奪取のために「TPP参加」反対の旗を掲げて (いわゆる「TPP 交渉参加の判断基準」 http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/recapture/pdf/055.pdf 等を参照) 衆院選で地方票を詐取し、「圧勝」した。しかし、TPPへの評価はひとまず置くとしても、我々「主権者」がこうした嘘で塗り固められた政治の「やり口」自体を許していては、(一部の支配層によって仕切られている)「政府の行為」によって、我々「一般ピープル」が再び奈落の底に突き落とされる日が訪れるだろうことは避けられないに違いない。


○『3月15日を忘れるな!』これが5年、10年後の日本の良識ある人々の合言葉となるだろう。 「市場」、国際金融資本、多国籍企業、アメリカに「日本」を売って、つまり、日本の『一般ピープル』の犠牲の上に、甘い汁を吸おうというのだ。安倍よ、事実は確実に現れてくるのだよ。竹中が何を言っても、この現実が目の前にあるように。

―――結局、経団連に媚びる民主党にしてやられてしまったが、日本「国民」は、一度は、「イスタブリッシュメント」の政治的支配にNOを突きつけたのだ。それは、古い自民党政治と小泉・竹中一派の新自由主義路線に対してだった。しかし、その二つを足し合わせ、装いも新たに再登場したのが安倍晋三だったが、さすがに、国民の「真意」が自分たちの「本音」と違っていることに恐れをなし、選挙では「うそ」をつかざるを得なかったのだ(TPPや福島自民党の「脱原発」を見よ。http://jimin-fukushima.jp/_userdata/46thseisaku.pdf も参照)。
    それにしても、「一般ピープル」の労働の成果や「一般ピープル」が負担した税金によって支えられてきたにもかかわらず、「資本に不都合なことがあれば、資本は国外に逃げますよ」などとほざく連中に、もう「国民経済」を語る資格など無いというべきだ。また、少し前のBS-TBSのニュース番組で、わけも分からない解説者風の男が、盛んにTPPの宣伝をした挙句、最後に「攻めの農政」を持ち上げていた。「攻めの農政」? これからの日本農業は、外国に輸出するため、「外国の金持ち」に高く買ってもらうためにやるわけなのか?身近な人々に、安全で美味しい食料を安定的に供給するためにではないのか。先進国版「モノカルチャー経済」下の農業、みたいなものか。(主食を犠牲にし、植民地本国への輸出を目的とするコーヒーなどのように)
    

○交渉参加を既成事実化し、これからは、『国益』をどう実現するかが問題だと言った論点のすり替えによって、またもや、安倍への期待・依存を捏造して人々をたぶらかそうとする「イスタブリッシュメント」。日本社会の総体的アメリカ化、医療も介護も労働もアメリカの様な格差構造になっていいのか。

―――「国益」など、一種幻想的な言葉でしかないかもしれないが、「国民経済」を前提とするかぎり、「食料の自給」は「自動車の輸出」よりも「国益」(共同の利益)に近いと私は考える。しかし、昨今の経済のグローバル化によって、資本は国境を越えて利潤を追求することになったため、資本にとっては、「国民経済」の枠組み自体が意味の薄いものになっているのだろう。先程ふれた自民党の「TPP 交渉参加の判断基準」を見ても、彼らが「国民経済」に与えるTPPの問題点に気づいていることは間違いない。しかし、それにもかかわらず、あくまでそれをやろうということは、結局、「国民経済」ならぬ、多国籍企業の「利益」の中に「国民」を包摂しようとしているということだ。そして、それが意味することは、そのシステムの中で生きる「一般ピープル」が、本来の生活を破壊され、基地の沖縄、原発立地県の住民のあり方に近いものを強いられると言うことだろう。「イスタブリッシュメント」の統制が利かない基地や原発がそうであったように、今度は、「イスタブリッシュメント」の統制が利かない国際的な多国籍資本(金融資本・アグリビジネスら)を相手にすることになるからだ。そして、自立して働き、プライドを持って生きていく自分たちの生活は奪われ、対米追従の国家そして自民党に依存し、従属する生活に貶められていくというわけだ。

○「主権」だの、愛国だの、国益だの、美しい日本だの、安倍の薄っぺらな言葉が選挙向けの美辞麗句(「象徴」の操作)にすぎないことは明白なことだ。アメリカ追従が自らの利益につながると妄信している日本の多国籍企業は、米国資本が日本の一般ピープルの資産を吸い取る際に自分たちも分け前をと考えているかもしれないが、もっとも肝要なことは「日本」自体がやせてしまうことなのだ。

―――私は「差額ベッド」の導入で泣かされた一人だ。母、子供そして私自身。今は違うかもしれないが、当時は、大部屋が満室なら、「差額ベッド」でいいですかと聴かれ、一日5000円とか10000円とかを払わざるをえなかったのだ。当然、民間の医療保険を考えざるを得なかった。私は、現在の歯科治療のインプラントに象徴されるように、こうした「差額医療」体制がさらに拡大されかねないことに大きな懸念を感じている。国際的な金融資本は、日本の郵貯をはじめとする「一般ピープル」の資産を狙っている。このままでは、日本は日本を含む世界の多国籍金融資本の草刈場となってしまうことだろう。問題は公的な皆保健体制以前の問題、すなわち、社会の新自由主義(市場原理主義)化の問題なのだ。

    「国民経済」の水準でこうしたアメリカン・グローバリズムを阻止し得ないのならば、私たちは、幻想を持たずに、「食」の自立にせよ、「医療」にせよ、「介護」にせよ、多国籍企業や独占や営利企業から独立した(協同組合やフェアトレードなどの)システムをつくっていかなければ救われなくなってしまうのではないかと思う。ただ、現段階では、北欧型の社会福祉体制―――地方自治体レベルでの福祉体制―――を選択するのが最も現実的だと考えられるのだが、今の日本は、(オバマが公的医療制度を推進しようとしている)アメリカとさえ異なり、現存の公的社会福祉体制すら後退させられようとしているのだ。


○NHKのTPP関連のニュースのあとは、ほとんど、領土問題など「ナショナリズム」を煽る報道だ。今日のBSなど、ロシアの爆撃機が日本列島を一周したと大々的に報道している。領空を侵犯したわけでもないのに!要は、安倍政権の反「国民」的な政策を中和しようと画策しているわけだ。小賢しく、いやらしい奴等だ。

―――アメリカン・グローバリズムの中での「イスタブリッシュメント」の利害を増進するため、「国民」多数の利害を売り渡すような人間が、「愛国」とは片腹痛いわ!

東京大空襲を思う―――『写真版 東京大空襲の記録』を読む

        東京大空襲と戦後日本権力者の「対米追従」


    これまでの歴史のなかで、どれだけ多くの「一般民衆」が「支配階層」の愚劣な政策の犠牲となってきたことか。単純な敵・味方の二分法には注意が必要だが、〈やつら〉のやり口は本当に変わってはいないのではないか。そして、もし一般ピープルたる我々がそうした「一般民衆を犠牲にする構造」をはっきりと自覚し、自らの生活と命の真の主人公たることが出来ないのなら、またもや、歴史は繰り返されてしまうことになるのではないでしょうか。

    68年前の1945年3月10日、東京の下町一帯は、一夜のうちに焼け野原に変えられ、10万人にのぼる死者で街や河は埋め尽くされた。東京大空襲です。ところで、私たちの世代にとって、この悲惨極まりない東京大空襲を知る上で非常に大きな役割を果たしたのが、早乙女勝元氏の諸著作と「NHK特集 東京大空襲」でした。そして、(翌日に、東日本大震災と福島第一原発事故から満2年となる)2013年3月10日、私は、その早乙女勝元氏編著の『写真版 東京大空襲の記録』を再読することになりました。  

    本書に掲載されている、石川光陽氏が撮影し、私たちに残してくれた写真を見るたびに、私は、人間にこんなことが出来るのか、人間がこんなことになりうるのか、人間はこのようなことに耐え得るのかと、深く考え込まずにはいられません。そして、それは、『はだしのゲン』のお母さんが発する「何でいまさら終戦ねん」と言う言葉や『火垂るの墓』の中で流れる「埴生の宿」のメロディーなどとともに(これらについては、また後日)、私がその戦争がいかなるものであったのかを考える重要な契機の一つとなっています。

    東京大空襲を思うとき、私は必ず次の3つのことが脳裏に浮かびます。まず第一は、あの焦熱地獄を作り出したアメリカ国家、そして、何よりも、カーチス・E・ルメーについてです。彼の作戦は、ほとんどが非戦闘員である人口密集地への無差別爆撃であり、まさしく、「もっぱら庶民層への大量殺傷」を目的としたものといってよいものでした。我家でも愛読していた『暮らしの手帖』には次のような記述があります。

      まず まわりを焼いて
      脱出口を全部ふさいで
      それから その中を
      碁盤目に 一つずつ
      焼いていった
      一平方メートル当たり
      すくなくとも三発以上と言う焼夷弾
      みなごろしの爆撃             (早乙女勝元『東京が燃えた日』より

    日本軍の中国・重慶への爆撃もそうですが、こうした非戦闘員への無差別爆撃は「戦争犯罪」そのものであり、「鬼畜ルメー」と呼ぶにふさわしい行為といってよい。そして、原爆投下も同じことですが、こうした行為への批判的観点の確立なくしては、「一般ピープル」は、国を越えて存在する戦争屋たちの「殺す側の論理」に包摂されてしまうと言ってよいのです。「やむをえなかった」、「戦争なのだからし方がない」、「より多くの命を救うため」―――戦争屋たち、それも、負けた戦争屋たちほどそう叫ぶのです。
    
    第二は、空襲警報発令の遅れに関してです。つまり、B29による第一弾投下が午前零時八分であるにもかかわらず、空襲警報の発令は零時十五分だったのです。しかし、それよりも重要なのは、防衛当局が、それよりも早い段階で、B29の大編隊が東京に接近していることを掴んでいたという事実です。では、なぜ空襲警報が発令されなかったのでしょうか。以下は、当時、東部軍司令部民防空担当将校、藤井恒男陸軍中尉の証言です。

    「そのうちに、情報盤の赤い豆ランプはあちこちで点滅をはじめだし、次第に状況判断が不可能になり始めた。私は参謀に空襲警報を発令すべきだと進言したが、参謀は許可しなかった。参謀としては、状況がはっきりしないうちに、しかも深夜、空襲警報を発令すれば、天皇は地下の防空壕に避難しなければならないことになるし、社会の機能はその間麻痺することになるという配慮があったのだろうと思う。」 (『東京大空襲・戦災誌』)

    この意味不明な理由付け―――天皇がベッドの中で安眠していれば社会の機能は維持されるのかとか、あるいは、天皇の安全を第一に考えるのならばまず避難させるでしょうとか―――を考えるにつけ、結局、その真意は「天皇の安眠をさまたげてはならじ」というところにあったことは明白なことといわなければなりません。実際、早乙女氏によれば、後に、藤井中尉はこの参謀が確かにそう発言したと語っているのです。つまり、都民の生命や安全よりも天皇の安眠の方が優先されたと言うことです。
    ところで、ここで、私たちが注意しなければならないのは、この一戸(いちのへ)参謀のような感覚は、当時は不思議でもなんでもなかったかもしれないということです。都民の生命と安全を無視した首都防空の観念(バケツリレーの強制から勝手に逃げては処罰するまで)とか、都内で真っ先に火を消し止めたのは宮城の主馬寮(天皇の馬に関する小屋)だったとか、今考えると唖然とするようなことなのですが、天皇主権の明治憲法下の政治そして教育勅語下の国民生活の中では、国民は、結局、天皇の家来(=臣民)なのであり、殿様を守り、殿様のために死ぬと言うことは当たり前のこととして通用していたのではないでしょうか。そして、言うまでもなく、安倍thin三のおじいさんである岸信介は、まさしく、こうした「庶民を犠牲にする」政治体制の下でのお大臣であったわけです。最近、こうしたお孫さんたちが盛んに憲法「改正」を画策していますが、その方向性が彼のおじいさんの時代の憲法であろうことは日頃の言動から疑う余地はないでしょう。そのことを忘れてはいけません。

    そして、三つ目は、こうした戦前の権力者たちが、敗戦後、米ソ冷戦のなかでアメリカにしがみ付き、「鬼畜米英」から「従米派」へと華麗な変身を遂げて生き延びた挙句、こともあろうに、あの「鬼畜ルメー」に日本で最高位の勲章である勲一等旭日大綬章を「差し上げた」ということに他なりません。誰があげたかって?それは、安倍thin三のおじいさんの弟である(アメリカとの核兵器持込の密約で国民を欺きながら、「非核三原則」でノーベル平和賞を頂いた)「栄ちゃん」こと佐藤栄作、そして、現在マスコミで将来の首相候補と盛んに持ち上げられている「政界のプリンス」小泉進次郎のおじいさん、小泉純也というわけなのです。進治郎さんのお父さんはブッシュJr.の前でプレスリーの真似をしていましたよね。
    いやはや、このスパイラルはどこまで落ちるのやら。そのうち、こうしたお孫さんたちの手の下、福島第一原発事故の実質的責任者たちはその責任を免れ、さらに、勲章さえ手に入れる日が来るかもしれません。しかし、私たち「一般ピープル」は、この日本と世界の大地を汚し、無数の「命」と「生活」を傷つけた「権力者たち」の行為を忘れないし、そんな未来を許してはならないと思うのです。



   ―――サロさん。孟子が今の政治家たちを見たらなんというのでしょうねえ。え?
   ―――「呆れて、モー知らない」ってさ

『ガンディー 魂の言葉』を読んで

  
基底的価値意識を考える



  ―――「パロディ」という言葉が思い出せなかったが、やっと息子に教えてもらった。そうすると、マッカーサーの” I shall return."、そして、マックにも媚びる、安倍thin三の” I'm back."を思い出した。それは、外人記者の失笑を誘う、パロディにもならない、恥ずかしき「従米主義者」たちの「デジャヴ(déjà-vu)」だった。また、2020年オリンピックの東京招致にしても、安倍首相は、東京オリンピックは祖父の岸信介がやったのだから私もとか言ったらしい。なぜこんな人物が日本の政治的指導者のトップに座っていられるのだろう。

    それにしても、今のこの世を覆う「閉塞感」はなんなのでしょうか。確かに、私自身も、福島原発事故に象徴される「近代文明」に未来はないだろうと強く感じています。同時に、困難ではあっても、日本人そして人類はこの現状を克服していく「力」を客観的に持っているだろうと も思うのです。しかし、そうした「可能性」や「潜在力」にもかかわらず、目前に展開している安倍政権によるズブズブの「デジャヴ」は、何の故のことなのでしょうか。これに対して、私は、その「デジャヴ」を支えているのは、結局、私たちの心の奥底に沈殿している、あるいは、沈殿させられている、「利に敏く」、「小賢しく」、「暴力的」な「基底的価値意識」の故であろうと思うのです。現在のマスコミなどを中心とする〈世論操作〉の最も肝要な点も―――勿論、数値自体の操作や科学的装いを凝らした「目くらまし」もあるでしょうが―――、ほとんど、この水準に働きかけることにあるといってよいと思うのです。

    ところで、私の読書経験からすれば、現代のこうした「利に敏く」、「小賢しく」、「暴力的」な「基底的価値意識」を根底的に批判する思想もまた確実に存在してきたと考えられるのです。例えば、四大文明に即して考えても、キリスト教、孔孟・老荘思想、仏教、イスラム教などの中に、明らかにそうした性格のものを見出すことが出来るはずです。

    勿論、そうした宗教や思想を、時代遅れの、非科学的で、空想的な考え方だと一蹴することもできるかもしれません。しかし、そうした宗教や思想が、宗教的な意識(神や仏の存在)を媒介にしつつ、世界(「自然」や「社会」)の「本質」(「在り方」)を「総体的」に把握することに成功していたり、あるいは、少なくとも、それへの接近に成功している可能性も十分考えられるのではないでしょうか。私自身は「神」や「仏」の存在を信じることの出来るタイプではありませんが、そうした宗教や思想の中に、そうした可能性を看取できると考える一人です。そして、そうした私にとって、最も魅力溢れるものの一つと感じられるのが、ヒンデゥー教徒たる、ガンディーの思想なのです。

    さて、『ガンディー 魂の言葉』(監修・浅井幹雄)のブック・カバーに印刷されたキャッチフレーズには、次のようなことが書かれています。

  「 人間性のない科学、利益優先のビジネス、地方を食い物にする都市生活。欲が生む世界は、
   いつか必ず破綻する―――。
   インド独立の父・ガンディーが予見した悪夢は、3・11以降の日本で現実のものとなった。      この悪夢とどう向き合い、どう生きるべきか、いまこそ、魂の言葉に耳を澄まそう。」
    
    このように、本書は「近代文明のラディカルな批判者」としてのガンディーの「珠玉の名言」集として位置づけられるものです。ということで、この本は、現代世界に対して何らかの違和感を感じている方々にとっては、短時間に読了できる(2時間もあれば十分でしょう)格好の入門書といえるでしょうし、また、私のようなガンディー・ファンにとっても、身近においてことある毎に目を通して楽しむことのできる、格好の本と言えると思います。

    それでは、最後に、本ブログのテーマの一つとも関連して、次の一文を引用しておきましょう。

     (勇者だけが剣を捨てる)

    非暴力は臆病を隠すベールではない。
    それは、勇者の最高の美徳である。
    非暴力を行使するには、剣をふるう以上の勇気が必要なのだ。
    だから、武術家が非暴力の担い手になるのは、理にかなったこと。
    非暴力とは、
    暴力に対して十分に反撃できる力を持つことでもあるのだから。(036)  



3・9つながろうフクシマ!さようなら原発大行動 
                   
                       ―――東京・明治公園




        ―――「原発推進」政策を支える「基底的価値意識」を問い直そう!    

剣道・達人の教え(6)―――丹田について

 >>>>>>>>>>>>>>>>>>>「丹田」あるいは重心のこと<<<<<<<<<<<<<<<<<


    我<しもべ>たる飼い主は,一昨日、7ヶ月ぶりに防具を付けて剣道をしたんだって。防具をつける順番を間違えたり、からだ全体のバランスが崩れたりして、なにしろ不安定だったって言ってました。この頃は、僕と一緒に走ることもあるんだけれど、やっぱり、剣道と走るのとは違うんだねえ。
 
    20年程前、少年剣道クラブに顔を出していた頃、本当に「うまいなあ!」と心から感心する子どもたちがいたものです。「気・剣・体」一致という言葉がありますが、少なくとも「剣」と「体」が調和したあるいは一体化した、実に素晴らしい打突でした。

    これに対して、師匠は、「年をとってから剣道を始めた人はどうしても腕力に頼りがちになってしまう」とよく言っていました。勿論、私のことです。そして、こうした私の欠点を矯正するために師匠が与えてくれたアドバイスは、「腰で攻める」とか、「臍(へそ)で押しながら」とか、「ハラ(丹田)に気を集中させて」といった表現で示されるものだったのです。

    ところで、私が「丹田」と言う言葉を初めて知ったのは、歌の発声練習に関連してでした。腹式呼吸にともなって、まさしく、「丹田」に力を入れ「全身」で発声すると、喉だけで声を出すのとは全く異なった効果が生まれるのです。すなわち、音の深みや透明感、ビブラートの安定感などがそれです。それでは、我師匠が、剣道の領域において、「ハラ」とか「へそ」とか「丹田」とかいった言葉で伝えようとしたのはなんだったのでしょうか。それを、私は、現在、ほぼ次のようなことだろうと捉えています。

    まず、振り出される剣先あるいは剣の打突部位の「支点」(中心)はどこにあるのかといえば、「手」や「腕」にではなく、私の体の中心=重心になければならないのです。そして、例えば、面打ちの場合、師匠が言うように「面は線で打つ」のであれば、体の体幹そして重心の移動が安定かつスムーズに行われることが必須のことになるのです。それ故に、足も弱り、つい手打ちになってしまう高齢者の私に、我敬愛する師匠は、先のような言葉を用いながら、全身をバランスよく使うための体捌(さばき)の基本を、そして、それによって、より速く、鋭いうちが可能となるようなヒントを与えてくれていたのだろう、というわけなのです。

    師匠は、稽古の終わりには、5本でも10本でも「打ち込み」(稽古)をお願いするといいよと言っていました。まさしく、丹田に気を集中させ、安定した体捌(さばき)によって、手と足のバランスの取れた打突を意識的に身につけること、そのことが、子どもの時から剣道を身につけていたわけではない、高齢者の私にとっては非常に重要な課題であったわけなのです。

  
 ―――サロさん。「打ち込み」がある程度しっかり安定して打てるようになると、本当に、身体も楽になったように思うんだ。ところで、君が喜んで我家の廊下をダッシュする時の「体幹」は抜群に安定してるよね。うらやましいよ、全く。
   

SAROーMURIKI「つぶやき」選集(13)

  2013年1~2月

全くの想定内なのですが、それにしても・・・ 



    このふた月ほど、「アホノミクス」にしても、TPPにしても、原発政策にしても、私が想定した成り行きとあまりにも近似していたので、呆れて「つぶやく」気にもならない有様でした。でも、ほんの少しはつぶやいていましたので、一応、その「ぼやき」を再掲しておきたいと思います。


○ 安倍〈THIN〉三首相の「薄っぺら」な話を聞いていると、本当に情けなくなってくる。TPPに関するあの見え透いたトリック(田舎芝居)に日本国民はどう反応するんでしょうか。

―――丸山真男や遠山茂樹らが分析した日本の権力者たちが戦中から戦後にかけて示した無責任極まりない反「人民」的な「処世術」(そう、処世術のレベルでしかない!)をさらに見え透いたものにした安倍のやり口。TPPに賛成する輩からすれば、「馬鹿な国民」を言いくるめる〈戦術〉として高く評価されるのかもしれないが、「TPP交渉参加への6つの判断基準」にせよ、福島自民党の「脱原発」にせよ、前言を翻して全く恥じることのないその姿勢に対して、日本の〈主権者〉はどう反応するのか。ここまで舐められて恥じないとすれば、安倍政権の下で繰り返されるかもしれない、これからの戦争も、原発事故も、国民生活の破壊も、本当に他人事ではなくなるということだ。

○ 安倍〈thin〉三め(怒り)―――昨日ガソリンを入れたらリッター153円になっていた。5000円で満タンにならなかった。何がインフレターゲット2%だ。わしらが負担する税金でもうけるのは、株屋とピンハネ屋ばかりだ。

―――細かく例示するまでもないことだ。身近に展開しているのは、マスコミで垂れ流されているアドバルーン程でしかない「収入増」と眼前に展開する事実としての物価上昇だけだ。そんなわけで、最近は、マスコミですら、「アベノミクスが効果を発揮するまでには2、3年はかかる、それまで国民は待てるでしょうか」などといった見え透いたレトリックで「安倍政権への支持継続」を誘導しなければならなくなっているのだ。もう一度いいます。金融緩和と自民党的な公共事業によるインフレ政策は、(公債増発や預貯金の実質的目減りなど)一般国民の犠牲の上に、安倍のお友達たち(財界・資産家の一部)を富ませることにしかならないだろうことを。今は、戦後の先進工業諸国に見られた国際的な高度成長期とは違うのだ。パイの拡大によるおこぼれの増大など幻想であって、想定されるのは、相も変わらない、新自由主義的な格差の拡大ばかりだ。

―――それにしても、ガソリン価格の変動は興味深い。つまり、一日も間をおかず、為替相場でのちょっとした円高が、即、ガソリン小売価格の下落へと連動するのだ。当然生じるはずの元売価格と小売価格とのタイムラグすらない。ということは、ガソリン価格は、為替相場の動きにあわせて実質的に「操作」されているということだ。以前の石油価格カルテルを思い出させるではないか。

○ NHKニュースをはじめとするマスコミのバイアスのかかった報道姿勢には驚きを禁じえない。いやはや、「矛盾の深まり」、「悲劇への降下」を隠蔽せんとする映像や登場人物の選択、そして、評価を抑揚で表現するコメント!これは茶番で済みそうもありませんね。

―――私は、日本のマスコミを全般的に否定するわけではないが、それにしても安倍政権成立の前後のマスコミ報道を見てみると実に興味深い事実に気がつきます。すなわち、日本のマスコミ(の主流派)は確実に「イスタブリッシュメント」の一部、「体制」主流派の一部だということです。逆に言えば、現在のシステム(の主流派)は、その生き残りのための選択肢の幅を、さらに狭めているということに他なりません。これからのマスコミは、経済システム(産業構造)や国家システム(蓄積および正統化機能)の柔軟な構造的改革なしには、おそらく、さらに狭隘化する「イスタブリッシュメント」の利害の見え透いた宣伝装置となるほかないでしょう。

○ アメリカで岸信介を真似てオバマにゴルフクラブを贈る安倍三にしても、韓国で吉田茂を真似てグロテスクな黒色ハットをかぶる麻生太郎にしても、とてつもなく恥ずかしい姿です。でも仕方ないか。爺さんがいなきゃ、あの場所には絶対居ない<たま>なんだから。(真偽の程は分かりませんが)爺さんに似せて整形したのではないかと噂される将軍様と同類項です。

―――私は、日本の一般ピープルが対決しなければならないのは、単純に言えば、帝国主義的な「社会進化思想」と封建的な「身分意識」だと思っているのですが、二世・三世が幅を利かす日本の政界や業界には本当に嫌気がさしてくるのです。彼らがぶら下がっているらしい「儒教的倫理」からを判断しても、彼らに残っているのは、最も低レベルな世襲制だけで、とても「君子」とか「矜持」とかの言葉が似合うものですらありません。(まあ、次回は、お大臣・麻生太郎様の高齢者に関する発言について論じるつもりですが。)

○PM2.5の大騒ぎは確かにおかしい!まず、これから発作を起こすかもしれな我家の喘息持ちたちが苦しむことになった根本原因は、122号線からのPM2.5のせいではないか。二つ目は、勿論、放射能汚染から注意をそらさせること。文科省の放射線モニタリング情報も安倍政権成立から消えてしまっている。

―――福島原発事故から2年が経とうとしているが、放射能汚染の被害はなくなるどころか、確実に残り、さらに続いているということだ。これは、福島で一番深刻なのですが、関東地方も勿論無縁ではないのです。3月9日と10日には大規模な反原発集会が東京で予定されています。気候も和らいでききました。私も参加したいと思っています。

○ 私は、SONYファンでしたが、矢沢栄吉がCMに出るようになってから、買うのをやめています。VAIOがすぐ壊れたこともありますが、経営陣の姿勢や「もの造り」への変化も感じたからです。

―――矢沢栄吉のファンの皆さんごめんなさい!ただ、SONYのブランドイメージは矢沢さんでよかったのでしょうか?私は何か違うと思うのですが・・・・


※サーバントさんによれば、SONYのイメージは「僕」が世界へ羽ばたくイメージなんだってさ


プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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