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非正規雇用と「負の連鎖」

 
 非正規雇用の若者が陥る「落とし穴」

   ―――労働力商品の売り手か社会的労働の担い手か



   昨日、車を満タンにしたところ、以前は5000円札一枚で済んだのに、6380円という結果だった。アベのインフレ政策と消費税増税によって、私たちの生活は確実に破壊されつつあると実感した。ところが、国民の「多数派」は、平和主義や原発政策は別であるが、アベノミクスと称される安倍内閣の経済政策を「支持」しているらしいのだ。勿論、国民の「多数派」にとって、それは〈実感〉によるというよりも、淡い「期待」に基づくといった方が正解なのだろう。しかし、なぜこんな現実と乖離した捉え方がまかり通ってしまうのだろう。私は、私たちの日常生活の隅々にまでこうした一種の〈転倒〉、一般ピープルにとってマイナスなるものがプラスに表象されてしまうことに対して愕然とすることがある。今回は、それらのうち、「若者と非正規雇用」に関連する事例に簡単に触れてみたいと思う。

   ところで、最近の若者の雇用情勢(非正規雇用の増加、等)や労働環境(ブラック企業、等)については、新聞やネット上で多くの情報を得ることができる。総務省ー統計局や厚生労働省の労働力調査、(独立行政法人)労働政策研究・研修機構の統計資料等はその最も基礎的なデータを提供するものなのだ。しかし、これらをもとに、どのように現状を評価し、対策を考えて行くかはもう一つの問題といってよい。ただ、日本における非正規雇用の増大(2014年3月でも役員を除く雇用者の37.8%が非正規となっている)、とりわけ、若年層における非正規雇用の増大(15歳から24歳では50.9%)及びそのことが生み出す様々な社会問題の深刻さは、余程目先の狭い利益によらない限り、無視することはできないであろう。例えば、少子高齢化の進展によってもたらされる諸問題が指摘されて久しいが、増大する非正規雇用の男性の〈非婚率〉が正規雇用者の2倍にもなっているのは、日本の雇用制度・人事制度の質そのものの変化に起因していることは明白なことだろう。実際、私自身もその具体例を身近に知ることができる一人なのだが、彼らが良き配偶者と巡り会い、長期的な・安定した人生設計を描くことは非常に困難であろうと感じられる。さらに、こうしたことは、恋人と過ごす時間すら持てないような過密な長時間労働を強いられる若い正社員たちにもいえることであり、さらに、家庭を持ったとしても、一緒に夕食もとれない状況が蔓延している日本社会に、そもそも、「よりよき未来」があろうはずはないとさえ考えられるのだ。こうして、彼ら若者が老年に達したときの社会の在り方を想像してみると(「騎馬戦型」から「肩車型」へ)、我々の世代が目前に進行している事態に有効に対処しえないことは、放射性廃棄物の問題と同様、後続の世代に対するの重大な背信行為といってよいのかもしれないのである。

   それでは、どうして若者たちの生活を不安定化させるこうした歪みが生まれたのであろうか。それは、様々な水準の構造的そして制度的諸問題が複合的に作用した結果なのだろうが、中期的な観点からいえば、戦後日本経済の国際競争力を支えたいわゆる「日本的経営」を「新時代」に「適応」させようとした、財界ー政府の人事政策の転換にあったことはいうまでもないだろう。つまり、彼らは、「バブル経済崩壊」の責任を問われても当然といえる立場にあったのだが、そのことにはほおかむりしつつ、企業の利潤回復・利潤追求を、最もお手軽な〈総賃金抑制〉という労働者層に負担を押し付けるやり方で実現しようとしたのだ。具体的には、終身雇用制・年功序列型賃金に対する、雇用の柔軟化と能力(成果)主義型賃金制度の導入である。後者の問題については稿を改めて論じたいと思うが、今回は、極めて鮮烈に記憶している話と最近の見聞を中心に、前者について書き記しておきたい。

   さて、日経連は、1995年、『新時代の「日本的経営」――挑戦すべき方向とその具体策』という報告書で、雇用形態を、(1)長期蓄積能力活用型・(2)高度専門能力開発型・(3)雇用柔軟型の3つに分類した。いうまでもなく、(1)とは、将来の役員層を担うようなエリート層を終身雇用型で雇用するものであり、(2)は、日進月歩の研究・技術者の層をその育成や雇用をアウト・ソーシングする、派遣型を含む〈有期〉雇用の形態であり―――例えば、小保方氏もこれに該当するだろう―――、(3)は、1年契約など、短期で雇用調整が容易ないわゆるアルバイトやパート労働の形態というわけだ。ところで、私の記憶に強烈に残っているのは、この方針が出されたあと、ある政府系の研究員から聞いた話である。その話とは、要するに、求職者や被雇用者側がいくら頑張って良き働き手となったとしても、一定の割合は必ず非正規雇用にならざるをえないということなのだ。なぜなら、雇用者側ー企業側が、被雇用者の一定割合(1/4〜1/3ほど)を非正規社員とすることに決定したからだ。こうして、生涯賃金がすでに正規雇用者の1/4といわれた、一定割合の非正規雇用の存在が、若者たちの努力や客観的能力とは別次元で、構造化されたのであった。勿論、その目標が「労働力の効率的な活用」こと「総人件費抑制」(→利潤増大)にあったことは言うまでもないことなのだ。そして、当時の「口入れ屋」や「太鼓持ち」たちは、こうした方向性を、正規雇用の『社畜』に対する〈自由〉な労働者=フリーターの増大と美化したり、「従業員のニーズに即して多様な選択肢を用意」するとか「従業員の個性と創造的能力を引き出す」ためとか説明して、大宣伝に努めたのであった。

    あれから、20年の年月が流れた。そして、日本の雇用情勢は先に触れたようにその「非正規化」の流れを一層強めている。ところで、「労働時間の短縮」を推進しなければならないと考えている私自身は、パートタイム労働や短時間勤務それ自体を否定しているのでは全くない。逆に、そうした働き方が、労働者の諸権利が守られた上で、保証されるべきだと考える立場に私は立っている。つまり、問題なのは、現在の派遣・アルバイト・パート・臨時的任用等の実際の働き方自体の問題性であり、とりわけ、以前であれば当然正規採用とされていい、正規採用を望む約25%の非正規雇労働者をどうするのかということなのだ。彼らを〈処遇〉や〈権利〉における〈格差〉や〈差別〉の構造のなかに放置しておくことは「社会正義」に反することであり、日本社会の未来を危うくすることだと認識するのかどうかという問題なのだ。しかるに、こうした現状に対する当事者自身の認識や姿勢は、必ずしも「明確」なものとはいえないのである。


    過日、私は、アルバイト等、非正規労働に従事する若者たちに、日本の雇用制度について質問してみた。すなわち、いわゆる年功序列型賃金に基づく「正社員」を中心とした〈安定〉した「終身雇用制」的な制度が望ましいのか、あるいは、能力に基づく成果主義的賃金制度やパートタイマーや派遣等多様な労働力を積極的に活用する制度が望ましいのか、である。そして、若者たちの反応は、おおまか、後者への「支持」が優勢という結果となった。この結果はある程度想定内のものともいえた。というのは、経団連主導の大企業にとって、いわゆる「日本的経営」などはすでに過去のものであり、若者たちが「適応」すべき〈現実〉とは明らかに後者となっているからである。また、20年前の成果主義賃金導入の際にも見られた、相対的に〈劣位〉な者の相対的に〈優位〉な者に対する「批判的」な感覚(反感?)―――〈資本〉の利益を極大化するための「規制緩和」を、いわゆる「既得権益」層批判を通じて実現しようとした際に依拠しようした感覚―――のさらなる拡大も考えられたためだ。しかし、かれらの意見をじっくり聞いてみると、彼らの置かれている本当に厳しい現実が見えて来たといっていい。

   そのなかには「君は経営者なの?」と聞いてみたくなるような意見もあったが、その多くは、「能力」の高い限られた「正社員」だけにではなく、様々な「事情」を抱える〈多様な〉「能力」の人々に雇用の門戸を広げてほしいという切なる願いだったのだ。つまり、失業を含めた厳しい雇用情勢(就職難)を前に、〈働きたい〉と思っている人々が多数いるのだから、例え正社員でなくても、労働条件が悪くても、失業するよりもましなのだから、〈パートであろうとアルバイトであろうと派遣であろうと積極的に雇ってほしい〉、ということだったのである。つまり、その多くは、「従業員のニーズに即して多様な選択肢を用意」し、「従業員の個性と創造的能力を引き出す」とかいった、非正規労働を推進した雇用者側の「論理」に包み込まれてしまっているものだったといってよかったのである。そして、雇用者側によって作り出された〈格差〉や〈差別〉の構造に対するこうした〈直接的〉な反応が、「既得権益層」としての正社員の数をさらに減少させ、また、彼ら自身の労働条件をもさらに悪化させていくという悲劇的な「負の連鎖」を生み出してきたと考えざるを得なかったのである。

   ところで、私には、こうした彼らの反応や意見の基底に、直接的には「正社員」になることすら諦めてしまっているような感覚、より根底的には、自らの〈社会的労働〉に対する〈自信〉の欠如のようなものが感じられたといってよい。そして、こうした「負の連鎖」を打ち破り、日本国憲法第27条の「勤労の権利及び義務」を現実のものにしていくためには、〈働く〉ということが私たち一般ピープルにとって何を意味するのかを、〈私たち自身の言葉で〉再認識していく必要があるのではないか感じられたのである。そのことは、また、労働力の商品化や新自由主義的な粗野な「競争原理」や「能力主義」を、事実に即していかに批判していくのかという作業と重なるだろう。これらのことについて、次回以降、もう少し突っ込んで考えていきたいと思う。


   安倍内閣は、またしても、「 国家戦略特区」や「残業代ゼロ」(労働時間規制適用免除)などといった政策を画策している。しかし、アベノミクスの第3の矢(成長戦略)など、結局、巨大な多国籍資本=大企業のボッタクリ的利潤追求のための「規制緩和」路線の繰り返しに過ぎないのだ。竹中などは、相変わらず、「既得権益層」の抵抗などと吹聴しまくっているが、彼らが追求しているのは、所詮、原発再稼働(!)や武器輸出推進(!)と同様、まさしく、巨大な「既得権益層」(=イスタブリッシュメント)の利益そのものに他ならないのだ。「規制緩和」自体は、一つ一つ事実に即して判断していかなければならないが、その多くは一般ピープル多数派の利益に反するものなのである。一般ピープル多数派は、もうそろそろ、こうした仕懸けに気付かなければならない。

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プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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