FC2ブログ

一般ピープルは「暴力の連鎖」を拒否する―――Isisによる邦人殺害について思う


私は安倍ではない
 ―――戦後日本の「平和主義」の破壊を許すな!




   ※ 「慌ただしく」生活している中、地球の裏側では、イスラム過激派による悲惨なテロ事件が相次いで起きていました。フランスにおける『シャルリエブド』関連の銃撃テロ事件と「イスラム国(Isis)」による日本人拘束・殺害事件です。ただ、これらの事件に対して、私は〈日常〉生活者としての一定の「距離」感を感じていたことも事実でした。しかし、湯川さんと後藤さん殺害の報に接し、身体が鉛のように重くなっていくのを感じたのです。それにしても、湯川さんと後藤さんはなぜあそこで死ななければならなかったのでしょうか。また、戦後の「平和国家」日本がなぜイスラム過激派のテロの標的になってしまったのでしょうか。これらの疑問については、より厳密な歴史的・社会的関連での考察が必要とされるのでしょうが、今日は、一人の〈一般ピープル〉として、私がこの問題について感じたこと、考えたことを書き記しておきたいと思います。

   まず、お二人の死については、本当に〈無念〉としか言いようのない想いです。彼らは、欧米列強によってこれまでの歴史の中で形成されてきた複雑怪奇な中東情勢、そして、とりわけ湾岸戦争以降の日本の「平和主義」の変質あるいは破壊の動きによって生み出された犠牲者なのだと改めて感じるのです。湯川さんにしても、自衛隊員としてではありませんが、田母神元航空幕僚長とのツーショットにも見られるように、あの緊迫した情勢の中、武器を携える民間軍事会社の経営者として、まさしく〈励まされながら〉シリアに向かったのだろうと思います。また、後藤さんは、湯川さんの拘束を知っていながらほとんど何も「できなかった」あるいは「しなかった」日本政府を横目にしながら、湯浅さんとは価値観を大きく異にしただろうにもかかわらず、日本人の同胞たる湯川さんの救出のために、まさしく〈実存〉をかけて、シリアに向かったのに違いないのです。「国家は国民を守るのか?」という問を改めて突きつけられる思いがします。

   それにしても、二人の日本人が拘束されている危機の中、パレスチナの人々に対する「国家テロ」の猛者ネタニヤフと「蜜月」の会談を行い、また、エジプトで「イスラム国と戦っている国々に・・・」と得意満面で演説したアベッチの責任はきちんと追求されなければならないと思います。そもそも、言葉というものは〈対他的関係性〉の中で意味を表すものですが、まして緊迫した〈外交〉の場においてをやです。こうしたことは大人社会の常識に属することですが、あの様な「稚拙な」首相を持った現在の日本国民はつくづく不幸であると思わざるを得ません。また、二人が拘束されている映像が公開されて以後、『陣頭(!)指揮』のために急遽帰国し、首相官邸から空疎な『指示』を連発した安倍首相の姿、さらに、こうした惨事にすら便乗し、彼らが目指してきた「戦争のできる国家」(ー米国を中心とする〈軍事〉クラブへの参加)への動きを推し進めようとする姿には、ただただ、不快感を覚える他ありませんでした。
   
   ところで、この間、マスコミの報道をフォローしてみて、事件発覚の当初からこの事態について最も〈率直〉な見解を述べていたのは、「報道ステーション」における古賀茂明氏だったように思われます。発言内容については、「No Nukes 原発ゼロ」(http://no-nukes.blog.jp/archives/8031068.html)の「文字起こし」、また、この発言のその後については「日刊ゲンダイ」(http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/156835/1〜7)の記事を参照頂ければと思います―――発言の基礎には、彼の著書『国家の暴走―――安倍政権の世論操作術』(角川ONEテーマ21)があります。また、その後も、『東京新聞』の「こちら特報部」や「核心」などのコラム記事やテレビにおける岸井成格氏の最近のマージナルな発言など注目される記事や主張もありました。しかし、NHKニュースの酷さはもう論評する価値もないほどで、安倍政権のプロパガンダ機関と化したその愚劣さは、もう独立したメディアとしての役割を放棄した代物と感じました。

   さらに、こうした報道に接する中で心底うんざりしたのは、自らの責任についてはまったく言及することもなく、ただ只管、アメリカを中心とする有志連合の「対テロ戦争」に国民を駆り立て、「暴力の連鎖」ー「憎悪の連鎖」ー「報復の連鎖」を煽るアベッチらの反応に他なりませんでした。「絶対許さない」とか「罪を償わせる」とか「人間じゃない」とか、自らは安全な場所に居ながら、一体日本の若者たちに何をさせるつもりなのでしょうか。そして、彼が言ったことといえば、自己弁護の意味合いもあるのでしょうが、テロに屈せず、「人道支援」をこれからも行っていくとか、「邦人救出」ためにも自衛隊の海外派兵をより積極的に行おうといったものだったのです。

   しかし、アベッチが言う「人道支援」は、これまで中東地域で日本が信頼を勝ち得てきた〈人道支援〉とは性格を異にする疑念があるのです。すなわち、安倍政権が〈武器輸出〉を解禁したことは周知のことですが、最近従来の「ODA大綱」に代わって了承された「開発協力大綱」は、非軍事的分野に限定するとはなっていますが、〈他国軍への援助〉が可能となっており、実質的な軍事的用途への転換やその供与によって浮いた資金で武器を購入するといった可能性も否定し得ないものと言われているのです。また、今回のアベッチの中東訪問に随行した多数の日本企業の関係者の有様を見ると、かって「紐付き援助」と呼ばれた特定の日本企業への資金の還流も考えられ、本当に純粋な意味での〈人道支援〉となりうるのかという疑念も生じるのです。本当に〈人道支援〉に徹するのなら、「独裁国家」とも言われる諸国にではなく、赤十字や国連の諸機関などを通した援助とすべきだともいえるのです。

   また、今まさに必要なのは、イラク戦争における自衛隊派兵の検証もないまま、有志連合の〈戦闘行動〉の「後方支援」にあたることに〈理〉はあるのかを改めて問い直すことです。イラク戦争は、大量破壊兵器の存在を理由とした「自衛」のための先制攻撃だったわけですが、大量破壊兵器の所有が誤りだった以上、まさしく国連憲章違反の行為だったのであり、さらに、この戦争に加わった航空自衛隊に対する名古屋高裁の違憲判決が示すように、海外における自衛隊による〈戦闘行動〉の「後方支援」それ自体の問題性が再検証されなければならないはずなのです。

   さらに明らかにしておかねばならないことは、そもそもあの憎むべき「イスラム国(Isis)」のテロリズムを生み出したものが何だったのかです。テロリズムを克服するためには、私たちは、古今東西を問わずこれまで様々な残虐事件を引き起こしてきた―――「鬼」だ「悪魔」だ「人間じゃない」と言われた―――人々が、私たちと同じ「人間」であっただろうことにこそ注目しなければならないのです。そして、こうした「テロリスト」あるいは「ジハード(聖戦)主義者」たちを生み出した〈巨悪〉が、「欧米列強」による歴史的な「植民地」支配そして戦後の「新植民地主義」的支配であり、また、その中で形成・展開されてきた様々な〈レベル〉での権謀術数(〈分断支配〉・〈二重基準〉等々)と暴力だったことは明らかなことだと言えます。とりわけ、現在の「有志連合」の中核をなす、英・仏・米の歴史的なそれは有名ですが、短期的に見ても、第二次世界大戦後のアメリカの責任は重大だと言わなければなりません。ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』やローレンス・ライトの『倒壊する巨塔』でも明らかにされているように、アメリカ政府は、軍産複合体の利益のために、激しい「国家テロ」を行う独裁国家を支援し、また、自らもCIAによる暗殺や軍機関による拷問や悲惨な軍事的弾圧を行ってきたのです。つまり、アルカイダや「イスラム国」など、イスラム原理主義のテロリズムの背後には、米多国籍軍による無慈悲な空爆や地上戦(ファルージャ)があり、また、アブグレイブ刑務所やグアンタナモ基地などがあるということなのです。私たちは、「弱者」のテロリズムを批判するだけではなく「強者」のテロリズムもしっかり批判しなければなりません。大体、アメリカはパキスタンでビン・ラディンを殺害し、死体をどこかに処分したようですが、あの行為は一体なんなのでしょう。戦闘行為なのでしょうか、暗殺なのでしょうか、テロなのでしょうか?米軍の若い兵士にPTSDが多数発症しているのは、自分たちが殺されるという恐怖心からだけではないと考えられるのです。アメリカのダブル・スタンダードを見ていると、私はいつもスピルバーグ監督の『アミスタッド』の一場面を思い出します。それは、船倉に黒人奴隷を満載した奴隷貿易船の艦上で、「お上品」に室内楽の演奏を楽しんでいる白人富裕層の姿です。

   私は、日本の取るべき道は、テロリストの側につくのかアメリカ側(「有志連合」)につくのか、といった偽りの二者択一を拒否するところにあると思います。「死の商人」のように「暴力の連鎖」によって利益を得ている層が確実に存在している一方、後藤さんがその眼差しを注いできた子供たちをはじめとする世界の一般ピープルにとっては、〈貧困〉や〈差別〉や〈暴力の連鎖〉の根絶こそが必要なのです。そして、これこそが日本国憲法の「平和主義」の道であり、紛争の「平和的」解決を模索する「和解への道」のはずです。

   実際、木村太郎氏は「『イスラム国』は中東周辺国の権謀術数の産物だったわけであり、その怪物を退治するには成り立ちに関わった関係国に責任があるのではなかろうか。」(『東京新聞」2月1日)と述べていますが、確かに、日本には、これまで評価されてきた人道支援以上の何が求められると言うのでしょうか。それにもかかわらず、安倍首相は日本の自衛隊員を死を覚悟した「ジハーディスト」との戦いに動員し、さらに、これまで人道支援で活躍してきたNGOの人々らをも危険に晒そうとしているのです。一体、安倍は、日本の「平和主義」を破壊し、日本の若者を海外に送り〈犠牲〉を強いることによって何を得ようとしているのでしょうか。いうまでもなく、それは安倍の〈お友達〉グループの利益を実現するためだとしか言いようがありません。それは彼の祖父である岸信介たちが膨大な日本の一般ピープルの犠牲によって実現しようとしたことと同じことであり、またしてもその犠牲に対しては「責任はなかった」ということになるでしょう。勿論、犠牲者が出れば、あらん限りの「賛辞」と敵への「呪い」を口にしつつも、職業として給料をもらっている以上火事場に向かう消防士のリスクと同様であって、彼らが海外に派兵され、指揮官の命令に従って突撃し、命を落とすリスクを負うのは当然だということになるのです。そして、それが、どんなに愚かしい、あるいは国際法違反の、憲法違反の命令であっても、それに従わないものは、石破の言うように最高「死刑」だということになっていくのです。

   冗談じゃない!我々世界の一般ピープルは、「石油」のためや各国の〈軍産複合体〉の利益のために、私たちの同胞が戦争に動員され、命と身体を危険に晒されることなど真っ平御免なのだ。そのためにも、私たちは、まずアベッチたちが駆使する、相も変わらぬ「ナショナリズム」の幻想に惑わされない知性をもつ必要があるのです。

  
  ※私は、これまでも、中東情勢については折に触れ書いてきていますので、もし時間があれば、以下の記事なども参照頂ければと思います。現時点においても、ほとんど修正する必要はないと考えています。
 『アルカイダの来た道―――アメリカはなぜ憎まれるのか』を観て
   http://saromuriki.blog.fc2.com/blog-entry-75.html
 ダイヤモンド安保構想―日本の暗雲・安倍〈デジャアベ〉政権(3)
   http://saromuriki.blog.fc2.com/blog-entry-88.html
 アルカイダとグローバリズム
   http://saromuriki.blog.fc2.com/blog-entry-89.html
 「他の道」とはなにか―――「市場原理主義」との決別
   http://saromuriki.blog.fc2.com/blog-entry-90.html                                                  
スポンサーサイト



プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ワン・クリック・エリア
おもしろかったらクリックしてね!
にほんブログ村 犬ブログ 柴犬へ
にほんブログ村 にほんブログ村 格闘技ブログ 剣道へ
にほんブログ村 にほんブログ村 政治ブログ 平和へ
にほんブログ村
リンク
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる