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『百日紅(さるすべり)〜Miss HOKUSAI〜』を観て

〈江戸の庶民〉の何が魅力的なのか?
 ――「屈折」する心の豊かさ



   ※先週の月曜日、病院帰りに映画を見てきました。原恵一監督作品『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』です。きっかけは、『東京新聞』の夕刊で、「庶民息づく江戸鮮やかに・・・浮世絵師、葛飾北斎の三女で優れた絵師だったお栄を軸に、町人たちが息づいた江戸の町と暮らし、粋な風俗を味わわせてくれる」という記事を目にしたことでした。映画を見終わって帰宅すると、一足先に映画を見てきた「姉貴」が、「原作も読んでみる?」といって、杉浦日向子『百日紅(上・下)』(ちくま文庫)を貸してくれました。「変な人だよ」と言いながら渡された本を読んでみると、『コメディーお江戸でござる』で時代考証の解説をしていた杉浦さんとはかなり違った印象がありました。また、原作では其の二十八「野分」でちょっと顔を出すだけの北斎の末娘猶(なお)が、映画では、彼女とお栄そして北斎との関係が物語を貫く一つの重要な軸として設定されいて、原作とは一味違った印象を与えていると感じました―――もちろん、これは、大衆受けを狙ったというだけではなく、〈北斎の死生観や生活意識〉を〈当時の世相〉との関連で浮かび上がらせる、脚本家丸尾みほ氏の読みと手腕の冴えとも言えるでしょうけれど。

   ところで、先月、両国橋を背に隅田川沿いを歩いたことをブログに書きましたが、この映画は、まさしく、その隅田川にかかる江戸時代の両国橋のシーンから始まります。それは浮世絵にも描かれた大きな立派な橋で、その上を渡る江戸の人々の姿が生き生きと大変印象的に表現されていました。また、全編を通して見られる巧みな光と影(闇)のコントラストは、私の生活体験からも理解できそうな〈懐かしい時代〉を感じさせてくれます。このように、こうした映像表現についての興味も尽きないのですが、今回は、映画に登場する〈江戸庶民〉に対する感想を述べてみたいと思います。

   まず、主人公お栄と北斎の印象から述べておきましょう。はじめに、お栄ですが、彼女は絵を描くことが根っから好きな天性の「絵描き人」なのですが、特に功名を求めるでもなく、父北斎の「ゴーストライター」として「淡々」とした生活を送っています。また、彼女は、”大江戸版tomboy”ともいうべき「侠気心」に富んだ女性で、女ではありますが、「めんどくせえ」・「まあいいか」とかいった言葉に象徴される「江戸っ子」の理念型のごとき性格をもつ人物として描かれています。これに対して、「こちとら葛飾の百姓よ そんなに江戸っ子がえれえんなら・・・」と言う北斎は、〈世事や人情〉にも通じた〈職人気質〉をも持つ天才絵師で、娘お栄にとってもただならぬ存在なのですが、一方、〈命〉に対する過剰なほどの敏感さや執着心、〈病〉や〈死〉に対する嫌悪感、すなわち、ある意味での〈あきらめの悪さ〉を持つ人物として描かれていると言って良いと思います。そして、こうした二人と関わる北斎の弟子たちや江戸の庶民たちの〈風俗〉、そして、時代を感じさせる「怪奇譚」などにあらわれる彼らの「心象風景」を通して、江戸庶民の〈生活意識〉や〈人生観〉が表出されていくというわけです。

   ところで、杉浦さんは、彼女が「江戸人」と呼ぶ江戸市民の精神を、「明るい絶望感」、「絶望に近いほど明るい、そういった湿り気のなさ」と表現し、それに強い共感を示しています。また、杉浦さんは、この精神を「日本人の精神的なニュートラル・ポイント」―――おそらく、〈政治〉に距離を置き「極端」に走らず、思想的にはどっちもどっちという「相対主義」をとる、そんな「普通」の人々の立ち位置―――として極めて積極的に評価しています(『江戸へようこそ』)。そして、こうした精神の「前衛」的担い手が、趣味に生きるディレッタントたる「通人」であり、彼女が生まれ変わるならこれと決めている「若旦那」(「大平の逸民」たる道楽息子)なのです。そして、杉浦さんは、こうした〈精神〉の文学的・思想的バックグラウンドを山東京伝や平賀源内などの「戯作」に求めたというわけです。
   このように、杉浦さんの「江戸人」とは、当時世界一の大都市だった、爛熟した〈文化文政〉期の江戸市民(とりわけ、商人や職人)なわけですが、そうはいっても、職業や階層、地域や性別など様々ですから、それらの人々の生き方・考え方をひとまとめに語ることは難しいことでしょう。そこで登場してくるのが、「江戸人」を「粋(いき)」という視角で種別化した「通人」・「半可通」・「野暮」といった区分です。これらについては前掲『江戸へようこそ』をフォローしていただければと思いますが、ただ、私が興味・関心を有するところの、社会を実体的に支えている生活者・生産者たる「一般ピープル」は、この「野暮」に分類されるのです。しかし、杉浦さんによれば、この「野暮」も、「通人」に憧れ、それを受容し、支える「通人・予備軍」と把握される存在であって、こうして、我が「一般ピープル」も「粋の構造」に包摂されることになるのです。杉浦さんは、こうした「江戸人」を次のような調子で説明しています。

 ◯江戸では、頑張るは我を張る、無理を通すという否定的な意味合いで、粋じゃなかった。持って生まれた資質を見極め、浮き沈みしながらも、日々を積み重ねていくことが人生と思っていたようです。
 ◯「江戸人は、この無名の人々の群れです。このような人生を語らず、自我を求めず、出世を望まない暮らしぶり、いま、生きているから、とりあえず死ぬまで生きるのだ、という心意気に強く共鳴します。」 
 ◯「自分が没落しようと、乞食になろうが、それを自分で請け負って楽しむぐらいの気概がないと。『社会が悪いから失業した』じゃ、江戸はやれないですよ。」
 ◯「貧乏というと悲惨で暗いイメージしかありませんが、江戸人の貧乏は自分で選択した貧乏なんですよ。私たちが考えているような貧乏とは質が違うんですよね。」 
 ◯「仕事に追われるということがないので、その分楽しみがたくさんあったんでしょうね。・・・粘り強くなく、飽きぽい性格で、仕事が嫌いな人ばかり。」
 ◯「出世すると責任もついてきて面倒くさいですよね、いろいろ。九尺二間(四畳半一間)の長屋でゴロゴロして毎日なんとかごはんだけは食べて、あとは遊んでいる方がいいやと思っていたんでしょうね。」
         ―――以上は、『粋に暮らす言葉』(イースト・プレス)より引用

   ここで語られている「江戸人」は、大店の主人や若旦那ではなく、江戸市民の多数派たる「下層」の人々のようですが、それらの表現から、「江戸人」と現代の「フリーター」や「非正規雇用者」との共通性を連想する人もいるかもしれません。さらに、その存在が昨今の新自由主義的な「自己責任」論に似た形で理解されていると感じる人もいることでしょう。江戸庶民をこのように把握すること自体が正しいのかどうかは留保せざるを得ないところですが、そこで描き出された人々が私にとっても非常に興味深い存在であることは確かです。
   ところで、私にとって、『百日紅』に登場する江戸の「庶民」は、必ずしも明るい存在というわけではありません。彼らは、どちらかというと、どこか心の奥底に「闇」を抱えているような存在と感じられるのです。しかし、私にとっては、それがかえって大きな魅力の一つであって、彼らがそうした「闇」(絶望感)を感ぜざるを得なかった〈生活の有り様〉とはどのようなものだったのかとか、また、それらに対して彼らがどのように反応し、あるいは、自己をどう意識したのかなどは、私にも無関係のこととは到底思えないのです。もちろん、私のような〈無粋〉な〈田舎者〉にとっては、杉浦さんが『江戸へようこそ』や『大江戸観光』などで抽出した「江戸人」の〈精神〉には「違和感」すら感じさせるものも少なくありません。例えば、その「刹那的で」かつ「諦めの早い」(気ままで、がんばらない)、そして、ちょいと「プチブル」的な生活感覚は、否定的に感じられないでもありません―――「金にものを言わせながら、花魁にモテようと、〈粋〉に遊んで悦に入っている、『欲望自然主義』のエロオヤジに興味はない。」という、今は亡き京都出身のH君の言葉を思い出したりもします。それでは、私が江戸の民衆(「一般ピープル」)に感じた魅力とは何だったのでしょうか。それを説明すると以下のようになると思います―――もちろん、それは、杉浦さんにとっては非常に〈陳腐〉で、つまらないものであるのでしょうけれど。

   すなわち、私が彼らに感じた魅力とは、貧しく、単調で、先の見えない「闇」を抱えながらも、その中で精一杯〈自由〉や〈独立〉や〈平和〉を求めながら暮らしている姿、言い換えれば、支配者や権力者によっては「包摂」しきれない「生活」や「思想」における〈自立性〉を保持しつつ生きているその在り方そのものにあると思われるのです。「てやんでえ」〜「べらぼうめ」といった言葉に表される、さっぱりとした嫌みのない、弱きを助け強きを挫く、イキでイナセな「江戸っ子」の心意気とは、そうした在り方の一面を表すものといえると思います。そして、こうした在り方を支えているのは、やはり、〈自由〉や〈独立〉や〈平和〉を当然のものとして希求し続ける、「諦めない」・「諦めきれない」、彼らの「抵抗」や「反抗」や「反骨」の〈精神〉だったと思うのです。つまり、心が押しつぶされる様な・生きている方が辛い様な・ただ祈るしかない様な、恐怖や憎悪や自己嫌悪などの心の「闇」に直面しつつ、いかに権力や権威に盲従することなく、それらを処理し、生き続けていくことを選択していくのか、それが根っこにある志向性だったと思うのです。こうした観点によってこそ、歌舞伎や浄瑠璃で演じられた支配的・体制的「建前」への「前衛」的な〈反逆〉と、それに涙し、喝采を送った庶民の心情も理解できるのだと思います。また、「本気にならない」・シャレた遊びの精神などの色街の「論理と倫理」も、抜け出したくとも抜け出せない「身の上」を前提としつつ、「通常」の恋愛感情とは異なる金銭を媒介とした性的関係を如何に精神的に合理化し、「耐えることのできる」つまり「自尊心」を維持しえる程度のものヘとディフォルメするかという心の働きが生み出したものかも知れません。そこには、遊女の人間としての「抵抗」・「反骨」の精神が表れているとも言えるのではないでしょうか(もちろん、たくさんの男からチヤホヤされたい〈遊び好き〉の女性が考えたものかもしれませんが)。さらに、こうした関連において、江戸庶民の心をとらえた「怪談」や「奇譚」などは、彼らの満たされぬ、抑圧された〈欲求〉や〈良心〉、〈不満〉や〈恐怖〉の〈想像力〉溢れる表現だったとも考えられるでしょう。
   私のこうした捉え方に対して、杉浦さんは、「江戸人」の〈絶望〉と〈明るさ〉を媒介するものとしての「諦め」(「思うことかなわねばこそ浮世」)と「無用の贅」(本質的でないところに価値を見出す)を強調しています。それはパリの庶民の”C'est la vie!(これが人生さ)”という感覚と共通性を持つようにも思われますが、そもそも当時の江戸は「将軍のお膝元」として、白いご飯や蕎麦を食べ酒を酌み交わして、芝居や落語を楽しむといった経済的・文化的な豊かさを享受していたわけで、本心では満足できないものの、そこそこの現状で良しとして(あきらめて)、《屈折》した形をとりつつも、結果的には〈現状〉を肯定し、〈体制〉に順応していくというのも理解できないわけではありません。ただ、問題なのは、こうした様々な《屈折》そのものへの自己評価、より直裁にいえば、「野暮」で「堅気」であること――「本質」的なものを本気で求めること―――の「価値」に対する認識あるいは評価であったのではないでしょうか。このことは、なぜ「野暮」が色街でモテたのかとか、なぜ任侠道は堅気の衆に迷惑をかけてはいけないのかとか、なぜ『七人の侍』は村人を体を張って助けたのかとか、そういった問題にも連なるのです。そして、こうした民衆の「野暮」・「堅気」に対する肯定的な把握と評価なくしては、封建的な経済外的強制と身分制的イデオロギー(例えば、「分」を守りなさい)という権力の「野暮」に対抗する民衆の《屈折》も、結局、権力と同質の論理に落ち込んでさらに暴力的で悪質なものになったり、それを〈能天気〉に支えるものになってしまうしかないのだろうと思うのです。

   私は、「一般ピープル」の生活にとって、政治的・宗教的イデオロギーよりも「分業」・「協業」・「相互扶助」といった関係における「信頼」・「信用」の方がはるかに大切で、この点において信頼できるならば、政党支持や宗教そして国籍などは関係ないと思っています。もちろん、だからと言って、「一般ピープル」が全ていいなどということではありません。その侵す過ちや間違いは数限りなく、深刻でもありうるからです。しかし、結局のところ、こうした「野暮」で「堅気」の「一般ピープル」が、自らを解放していくことがなければ、基本的な問題や課題は解決されないだろうと思うのです。「一般ピープル」が、その基本的な必要を満たし、「個」として、その在り方に胸を張り、自由に平等に人間らしく生きていくことができる関係を実現していくこと、そうしたことを〈諦めずに〉追求していくこと、そういった志向性が根底において見失われてはならないと思うのです。

   「江戸っ子」といえば一般的には一心太助や銭形平次などを思い浮かべるでしょうが、私個人としては、「蒲田のおばさん」を思い出します。この人は私が最初に「東京(江戸)の人だなあ」と感じた人で、下町言葉ではありませんでしたが、何しろ早口の、フレーズの短い「東京言葉(江戸弁?)」を話しました。物事にあまり拘泥しないカラッとした性格で、また、結構様子を見ているくせに突き放したような無関心さを装うといった面もありました。生活は至って簡素で、余計なものは意識的に持たない、下着の数も必要最小限度といった感じの人でした。和服姿も渋く「粋」でしたが、彼女が私の「江戸(東京)女」の理念型と言って良いだろうと思います。

神田明神下の銭形平次とか
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   ※サロさん!映画の中で、国直が橋の上で踏んづけたのは、サロさんのような赤犬のフンだったのかねえ? 
   ―――今は「フンはお持ち帰りにしてね」だけど、江戸時代じゃ、あちこちにあったんだろうね。今じゃ、ニャンコの天下だけどね。Hahahaのha
  
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古典芸能に触れ、感じたこと―――歌舞伎・狂言・能

日本人の〈心情〉に迫る迫真の演技
        ―――個性的であることの「普遍性」



  ※5月8日(金)の夜、妻に勧められて、歌舞伎『絵本太功記 尼崎閑居の場』(NHK「日本の芸能」)を観ました。副音声で高木英樹氏の解説を聞きながらの視聴でしたが、吉右衛門の武智光秀や又五郎の佐藤清正の豪快な演技をはじめ、大変見応えのある番組でした。とりわけ興味深くを感じたのは、『絵本太功記』の中でも最も人気があったというこの場面で感じられた、武智光秀に対する浄瑠璃作者や観衆の「評価」についてでした。つまり、彼らは、決っして織田信長や羽柴秀吉の「ファン」なのではなく、母と息子を死なせ「堪えかねたる」と大泣きしつつも、「大義なき戦」にではなく(!)、あくまでも「義」に立って、散っていった剛毅な光秀に魅せられていたのではないか、ということなのです。それ故にこそ、あの場面で彼を死なせることはできなかったのではないか。芭蕉や近松があの木曽義仲のファンであったことはどこかで読んだ記憶があるが、こうした江戸時代の一般ピープルの価値意識とは、単なる「判官贔屓」ということではなく、まさしく、頼朝や信長や秀吉や綱吉など、〈支配者〉・〈権力者〉に対する批判的意識であったのではないかと改めて感じたのです。

   さて、私は、今年に入ってから、家族の勧めもあって、日本の古典芸能のいくつかを見ております。今日のブログは、それについて簡単に書き記しておきたいと思います。


 ◯狂言『咲嘩』(野村万作ほか)
    『悪太郎』(野村萬斎ほか)――1月24日、埼玉会館


  ※狂言は以前にも見たことはありましたが、今回は、映画『のぼうの城』―――この城(忍城)は「ここら辺りの」城でござる―――で好演を見せた野村萬斎の演技を観に行きました。ここでも、一般ピープルにとって「悪」とは何かが興味をそそりました。

 ◯歌舞伎『一谷嫩軍記 陣門・組打』(中村吉右衛門ほか)、
     『神田祭』(尾上菊五郎ほか)  
     『水天宮利生深川』(松本幸四郎ほか)
                 ――2月14日、歌舞伎座


  ※それにしても、歌舞伎の舞台で見る「馬」というのは実に愛らしいものです。あれ以上、どう表現すれば良いのでしょうか。また、『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』では、熊谷次郎直実が我が子小次郎を敦盛の身代わりにしたという設定になっているのですが、こうした『平家物語』のディフォルメがどのような効果と(批判的)意味を持つのかを、「熊谷陣屋」の場をも踏まえて、もう一度熟考してみたいと感じました。『神田祭』の舞踏もいいですねえ!今年は、神田明神に行きたいと思っています。最後に、『水天宮利生深川(すいてんぐうめぐみのふかがわ)』ですが、今の格差社会の一面をも抉るような幸四郎の熱演は、妻が「あそこまでやらなくてもいいんじゃないかしら。鬱になりそう!」と言った程だったのですが、私は「松たか子の親父!よくやった‼︎」と掛け声をかけたくなりました。誇張はされていますが、私には、主人公の絶望感がなにかよくわかるような気がしたのです。

 ◯文楽『花競四季寿 万才/海女/関寺小町/鷺娘』、
    『天網島時雨炬燵 紙屋内の段』
                 ――2月27日、東京国立劇場


  ※文楽(人形浄瑠璃)を実際に見るのは今回が初めてだったのですが、私はその素晴らしさに感動し、後日、わざわざ、企画展示「文楽入門」(国立劇場伝統芸能情報館)を見に行ったくらいでした。まず、義太夫節と三味線が素晴らしい!その〈個性〉的な日本音楽が与える効果は絶大で、音楽の持つ力を改めて実感させられました。もちろん、人形たちの表情や巧みな人形操作よるその表現はまさしく最高水準のものと感じられました。内容的には、『花競四季寿 万才/海女/関寺小町/鷺娘』で表出された、微妙な変化の中に美しさや意味を感じ取る〈感性の細やかさ〉に、「ああ、これが〈日本〉的な感性なのではないか」と強く感じたところです。また、『天網島時雨炬燵(てんのあみじましぐれのこたつ)』は、近松の名作『心中天網島』の改作版なのですが、ここでも「人情」に厚い妻おさんと小春との「〈義理〉」の立て合いの〈悲劇〉が話の中心であろうと思われました。そこには封建的道徳を突き抜けた〈かっこよさ〉が感じ取れるのです。文楽は、是非、もう一度見に行きたいと思います。

 ◯狂言『昆布売』(万作、裕基)、
    『宗論』(萬斎、石田幸雄)
     素囃子『黄鐘早舞』
    『祐善』(萬斎ほか)――3月29日、国立能楽堂


  ※能楽堂の舞台を間近に見ると、確かに、大ホールでの舞台とは一味違った印象が感じられます。『昆布売』は人間国宝・万作と孫の裕基との共演で、裕基は上手いとは言えないでしょうが、その初々しさと勢いは「昆布売」に適役だったのではないでしょうか。また、浄土宗と法華宗の僧侶同士の対立を面白おかしく表現し、最終的には、いかなる愚かな人間にも仏性が宿っているという人間賛歌で終わる『宗論』は、昨今の世界的な宗教的対立の状況を考えた時、その意義はなかなかなものと思われました。さらに、素囃子『黄鐘早舞(おうしきはやまい)』は、笛・小鼓・大鼓という日本楽器の素晴らしい音色と表現力を聞かせてくれ、大いに楽しませてもらいました。最後の『祐善』は、自身の傘が日本一の下手と評され、無用に扱われて狂い死にし地獄に落ちたものの、僧の回向で成仏できた傘張職人の話なのですが、これなども、何か、現在の日本人にも通じるものを感じさせられました。

 ◯狂言『物見左衛門 花見』(万作)、
    能『嵐山』(観世芳伸)、
    間狂言『猿聟(三宅右矩)――4月22日、国立能楽堂


   
   ※季節が春だったこともあって、娘と一緒に、桜に関する狂言と能そして間狂言を楽しんできました。私は、なぜか、山部赤人の「ももしきの大宮人はいとまあれや桜かざして今日も暮しつ」(『新古今和歌集』)という句を覚えているのですが、それにしても、日本人は昔から桜が好きだったようです。能『嵐山』の内容については、the能ドットコム(http://www.the-noh.com/jp/plays/data/program_068.html)などを参照願えればと思いますが、今回、特に強く印象に残っているのは、吉野の木守(こもり)の神と勝手(かつて)の神の踊りです。ゆっくりとしたテンポにもかかわらず、その姿に私はすっかり魅せられてしまいました。それは、ラベルの『ボレロ』をはるかに凌ぐものと感じました。また、囃子方の演奏は能の大きな構成要素であり、私にとって大変魅力的なものに思われました。私は、日頃、世阿弥の「秘すれば花」ならぬ、「秘するは恥ばかり」などと戯言を口にしているのですが、余裕があれば、是非、また、能を観に行きたいと思っています。


   ということで、「日本の古典芸能」に関する私の印象は極めて肯定的なものなのですが、ただ、わたしは狭隘な「日本主義者」になるつもりは全くありません。私は、個や特殊と離れたところに類や普遍は存在せず、また、多様な特殊的なるものを媒介せずしては普遍的なものには到達しえず、また、普遍的なるものは必ず個別的・特殊的なるものの中にも存在するだろうと考えているからです。それ故、私が「日本の古典芸能」を楽しむことができるのならば、きっと、「世界の古典芸能」をも楽しむことができるに違いないと思うからです。



春の能楽堂
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5・3憲法集会に参加して―平和といのちと人権を!

それにしても、やり方が汚いんだよ‼️
 ――日本国憲法・「平和主義」の権力による恣意的な破壊を前にして



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海外で〈戦死者〉を出す国への道を拒否する


   ※ 3月後半、25㎡ほどの「リクリエーション農園」を借りました。それ以後、土作りから、種まき、苗の植え付け、草むしりや水やりなど、1日のかなりの時間をいわゆる「農作業」(の準備と実行)に費やしてきました。30年ほど前、同僚のTさんに軽い気持ちで「退職したら田舎に行って農業でもやってみたい」と話したことがありましたが、「農業はそんなに簡単なものではないですよ」と親許が農家の彼にたしなめられたことを思い出します。確かに、あの狭い「リクリエーション農園」で鍬を振るっただけで腰を痛めてしまうのですから、これからの毎日が思いやられます。ただ、土と野菜達とのふれあいは、「おお、農耕民族の血がさわぐ!」などと戯言の一つも言いたくなる程の〈楽しさ〉なのです。しかし、こうしたのどかな私的日常と比較して、世の中の情勢は、本当に何ということなのでしょうか?!  
 
   そんな思いを抱きながら、5月3日憲法記念日、私は横浜のみなとみらいで開かれた「5・3憲法集会」に参加してきました。参加者は広い臨港パークに主催者発表で3万人。このような大規模な集会に参加するのは最後になるかもしれないと繰り返し述べていた大江健三郎氏をはじめ、数多くの人々からの呼びかけや挨拶を聞きながら、今回も色々なことを考えました。今回のブログはそれらを書き記しておきたいと思います。

   それにしても、単なる一時期の政権が、主権者たる国民の意思を問うこともなく、その判断を経ることもなく、「解釈」の変更だけで、憲法を実質的に破壊してしまう・・・こんな見え透いた茶番劇が何故今日の日本において可能なのでしょうか。いうまでもなく、今回の動きは、少なくとも個別的自衛権の範囲内(=「専守防衛」)にあった日本の安全保障政策を大きく変更し、日本を「海外で戦争の出来る国家」へと転換するものに他なりません。そして、こうした流れの行き着く先には、確実に「戦死者」があるのです。現在行われている日米共同演習でも、イラクなどの海外における「殺しー殺される」〈関係〉を前提とした訓練が、〈先行〉的に開始されているとのことです(成澤宗男『日米共同演習に見る「戦争の先取り」』、『週刊金曜日』1038号)。戦後の再軍備化そして日米軍事同盟強化のながれを見れば、米軍ー米政府の〈主導〉と日本政府の〈追従〉という構造は明らかですが、 今回の『日米ガイドライン』改定の動きもまさしくこうした「構造」の中で推し進められているのです。そして、それは、国民の血税と若者の命そして民主政治を犠牲にする道なのです。

   しかるに、アベなどは、口から出まかせに、「集団的自衛権」の行使と日本国憲法の「平和主義」との連続性や整合性すら語るのです―――本当にそうなら『改憲』など不要でしょう。「改憲」を策する彼らの眼を見ると、本当に図々しい、〈ウソつき〉のそれに他なりません。元プロレスラーの高田延彦さんが「ツイッター」で、「集団的自衛権行使容認、姑息でインチキなやり口ですね」、「時の政権が勝手に解釈変更など憲法の冒涜です」と書いているという記事(『東京新聞』5月4日)を読みましたが、こうした手法は、「愚かな一般ピープル」を煙に巻きながら既成事実を積み上げてしまおうという、主権者たる国民を舐めた、セコイ、汚いやり方に他なりません。

   ところで、彼らの〈恣意的〉な「解釈変更」によって「戦死者」が出た時、彼らは自らの責任をどの程度意識するのでしょうか。しかし、「お前ら!本当に〈責任〉とれよな!」と言っても、彼らはそんな責任のことなどほとんど気にも留めないでしょう。何故なら、我が国においては、支配層を構成する「エリート」達の〈個別・具体的な〉判断によって膨大な数の一般ピープルの生活が破壊され、命が奪われても、彼ら「エリート」たちの行為は、彼ら自身がお手盛りで形成・維持してきた「法」的・「道徳」的イデオロギーによって「免罪」され、「下っ端」や「下足番」を除けば、その個人的「責任」が問われることはほとんどなかったと言って良いからです。それ故、ナチスの真似はしてもヒトラー程の主体的「覚悟」は持たない現在の権力者たちも、上位の権威や権力(天皇→アメリカ)の方ばかりを伺い、その人権と幸福が保障されるべき国民に対する責任など眼中にないと判断せざるを得ないのです。もし私が外国人であるなら、国民を舐めた、「本音」を「建前」で粉飾(虚言)するばかりの日本の権力者を―――まあ利用できるなら利用しようぐらいは思いながらも―――〈恥ずべき嘘つき〉と軽蔑することでしょう。そして、こうした状況を変えていくには、結局、主権者たる日本国民自らが彼らに〈責任〉を取らせていく他はないといえるのです。今回の集会では、あの温和で誠実そうに見える大江健三郎さんが安倍晋三を「アベ」と呼び捨てにしていましたが、「誠(まこと)」の一点からも、こうした怒りを大切にしていきたいと思うのです。

   それにしても、何故こんなことが?! この点については、日本国憲法と日米安保体制の矛盾、2度にわたる「解釈改憲」の差異と共通点、そして、何よりもそれらに対する国民の「スタンス」等々から明らかにされるべきだと考えられます。しかし、これらについては、また、稿を改めたいと思います。

 
   最後に、『大会アピール』を載せておきます。

私たちは、
「平和」と「いのちの尊厳」を基本に、日本国憲法を守り、生かします
集団的自衛権の行使に反対し、戦争のためのすべての制度に反対します
脱原発社会を求めます
平等な社会を希求し、貧困・格差の是正を求めます
人権をまもり、差別を許さず、多文化共生の社会を求めます

私たちは、これらの実現に向けて、全力でとりくみます
いま、憲法は戦後最大の危機の中にあります
全国に、そしてすべての国々に、連帯の輪を広げて、ともに頑張りましょう




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戦争法案と辺野古新基地建設に反対しょう!



プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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