FC2ブログ

国会包囲8・30大行動!――主権者の声を聞け

戦争法案を葬り去ろう
 ―――雨模様の中 12万人が結集!


憲法違反の安倍内閣は即時退陣せよ!
DSC_3587.jpg

  ※ 「あの人にレッドカードを」――これはある市民グループが配布していたチラシの言葉です。今回の行動で一番印象に残っているのは安倍政権への退陣要求でした。それは、〈憲法違反〉の戦争法案そして欺瞞的で反民主主義(ファシスト)的な政権運営を主な理由としていますが、同様なことは、沖縄、原発、TPP、オリンピック、社会保障、教育そして「アホノミクス」等々についても言えることで、「アベ政治」に日本の未来はない、それが多くの人々の共通認識であったと思います。それにしても、「アベ(政治)」という語感が持つ「軽蔑(!)」度は、最早、集会参加者にとっては耐え難い水準に達していたようでした。


国会周辺を埋め尽くす「行く人・来る人」
DSC_3594.jpg

  ※ 本当にすごい参加者数と熱気! 2時からの集会では、政治家や文化人など様々な人々から挨拶がありましたが、私が感じたのは、最早、政党や知識人などによる「引き回し主義」的な運動の時代は終わったということ、彼ら自身が、〈平和を案じ〉そして〈民主主義を諦めない〉膨大な「一般ピープル」に支えられ、引き出され、そして、その波に飲み込まれているという印象でした。確かに、政党や専門家・知識人の存在の重要性は否定すべくもありませんが、この膨大な「一般ピープル」の〈自立的〉で〈横につながった〉在り方こそがこの場を作り出しているのであり、そのことこそが日本の未来を指し示しているように感じられたのです。まさしく、「普通の人々」一人一人が〈主権者〉として登場しているのです。「勝手に決めるな!」と!


若者の姿も多かった!
DSC_3595.jpg
 
  ※ 確かに、大きな集会ごとに、若者たちの姿が目立つようになりました。そして、昨日、そうした有様を見て、私は「ああ、もう大丈夫だ。そろそろ、ロートルとして何ができるかを考える頃だな」などと思ったのです。確かに、今の日本社会の〈劣化〉は想像以上であり、人々の心の荒みも大変心配されます。とりわけ、若者たちの多くは、新自由主義的なアメリカン・グローバリズムによって孤立化され、序列化され、〈本源的〉な〈自信〉と〈希望〉を持ち難い状態に貶められているように思われるのです。こうした中で私たちが獲得しなければならないのは、序列的・差別的ではない、〈一般ピープル〉としての「矜持」でしょう。そして、私は、集会で見かけた多くの若者たちにそれを感じることができたのです。

〈普通の人々〉の「怒り」が伝わって来る
DSC_3599.jpg
 
   ※ 先日、自民党の谷垣幹事長が戦争法案に反対する私たちの行動を「ポピュリズム」呼ばわりしたとの新聞記事を見た。自分たちのことを「エリート」だと思い上がっているようだが、君たちの「エリーティズム」など、”ノブレスオブリージュ”の片鱗もない、欲に目が眩んだ〈イスタブリッシュメント〉とそのおこぼれに与ろうとする太鼓持ちたち(=「似非エリート」)の戯言にすぎないのだ。それも、大多数の専門家・憲法学者が「違憲」とする「集団的自衛権」の行使をごり押ししようとし、おまけに、その理由付けとして、「スガ君」だの「アソウ君」だのといった馬鹿げた「たとえ話」を、君たちが頼りにする、「一般ピープル」に向かって発しながらだ。繰り返しになるが、冷戦時代の「抑止論」など欠陥だらけの代物で一般ピープルにとっては危険なだけといってよい。君らのたとえ話に倣って言えば、強盗に入られないよう「抑止」するには各家庭に銃を常備するのが最も安心で、そうすれば、アメリカのように1年間でたった1万人しか銃によって殺されることのないような安心の国になる、といった類のものなのだ。
   だいたい「国民を守るため」とか宣っているが、君たちの「仲間」が国民のためなどとはチャンチャラおかしいのだ。それは、自衛戦争・解放戦争をかたった戦前の侵略戦争にしても、戦後の日米安保条約や日米地位協定にまつわる「密約」外交(たとえば、末浪泰司『対米従属の正体』参照)にしても、そして、最近の「アーミテージ・ナイ報告書」にしても、要するに、君たち「似非エリート」は、日本の一般ピープルの命と生活を犠牲にして、自分たちの利益を追求しようとしているにすぎないのだ。
   また、今日、菅官房長官は、9月3日に北京で行われる「抗日戦争勝利70年」の式典に潘基文(パンギムン)国連事務総長が出席することについて、「国連は中立であるべきだ。」と不快感を表明したと報道されているが、この文脈での「中立」とは何を意味するのだ? 大日本帝國と中国の抗日戦争との間で中立的立場に立てというのか?大日本帝國を批判することは戦後の日本国を批判することになるのか?語るに落ちたとはこのことだ。君らは、あの無謀な侵略戦争によって無数の一般ピープルが犠牲になったことを、少しも反省していないのだ。
  

桜田門駅付近から国会方面を見る
DSC_3610.jpg
 
  ※ それにしても、この国会を包囲する市民の行動が今後の政治過程にどのような影響を与えるのだろうか。しかし、もし国民の圧倒的多数の、まさしく理に合った声が無視されるとすれば、それは自民党と公明党の「国民政党」としての死を意味することになるだろう。そして、そのことは次の参院選そして衆院選で結果として現れ、自民党政治の本当の終焉となるに違いない。今、アベ政権の高い支持率を支えてきた「アベノミクス」の欺瞞性・幻想性もいよいよ明らかになってきている。戦争法案を強行採決するのか?廃案にするのか?自公政権は覚悟したほうがいい。

スポンサーサイト



八月納涼歌舞伎・第二部を観て―――『逆櫓』と『京人形』

中村勘九郎・七之助兄弟に期待する!
 ――― それにしても、坂東彌十郎が渋い!



24772813_0.jpeg



   ※ 今年は「夏バテ」の度合いがいつもより強いようです。睡眠不足が原因だとは思いますが、それは、畑仕事のせいか、加齢のせいか? でも、そんな中、歌舞伎鑑賞から帰ってきた時には、思いの外、シャッキリとした気分になっていました。それは、今回の演目が非常にを分かりやすく、娯楽性に富み、楽しかったからでしょう。
   それではまず、いつものように、『歌舞伎美人(かぶきびと)』から公演の概要を転載しておきましょう。

 八月納涼歌舞伎 第二部  8月13日(木) 歌舞伎座

一、ひらかな盛衰記(ひらかなせいすいき) 逆櫓(さかろ)
    船頭松右衛門実は樋口次郎兼光  橋之助  
    畠山重忠  勘九郎      女房およし  児太郎
    船頭日吉丸又六  国生    同 明神丸富蔵  宜生
    同 灘芳九郎作  鶴松    漁師権四郎  彌十郎
    お筆  扇雀

   【見どころ】 ◆船頭に姿を変えた武将の秘めたる決意
 摂津国に住む船頭の松右衛門は、婿を亡くした漁師権四郎の娘およしに入り婿して、逆櫓という権四郎の家に代々伝わる船の操作術を習得し、源義経の乗る船の船頭を命じられることになりました。およしには亡夫との間に息子がいましたが、巡礼の途中で取り違え、替りに連れ帰った子を預かっています。松右衛門は、お筆と名のる女の話からその子が木曽義仲の遺児駒若丸であるとわかると、意を決して自らの素性を明かします。実は松右衛門は、義経に討たれた義仲の遺臣樋口次郎兼光で、亡君の仇を討とうと機会をうかがっていたのです。この計略を見抜かれた樋口は大勢の船頭に取り囲まれますが、駒若丸は義経方の武将畠山重忠に助けられます。その心に打たれた樋口は…。  豪快な立廻りなど、スケールの大きい舞台にご期待ください


 銘作左小刀
二、京人形(きょうにんぎょう)
    左甚五郎  勘九郎        女房おとく  新悟
    娘おみつ実は井筒姫  鶴松
    奴照平  隼人         京人形の精  七之助

   【見どころ】 ◆名匠と人形の精とのつかの間の逢瀬
 彫刻の名工、左甚五郎は、廓で見初めた美しい太夫が忘れられず、太夫に生き写しの人形を彫り上げ、その人形を相手に酒を飲み始めます。すると、不思議なことに人形が動き出しますが、甚五郎の魂がこもっているため、男のように動く始末。困った甚五郎が廓で拾った太夫の鏡を人形の懐に入れると、たちまち女らしくなり、喜んだ甚五郎は人形を相手に踊り始めますが…。 日光東照宮の眠り猫で有名な左甚五郎を主人公にした舞踊劇です。  


   さて、今回の公演に対する私の個人的関心は、『ひらかな盛衰記  逆櫓』の中で、木曽源氏がどのように描かれているのかというものでした。ところで、『平家物語』第十一巻の「逆櫓」は、後の頼朝による義経追討にもつながる、義経と梶原景時との対立を描いた部分です。これに対して、、歌舞伎の「逆櫓」は、おそらく、「清水冠者」(同、第七卷)や「木曽の最後」(同、第九卷)などをも踏まえて、頼朝の命により義仲を討った義経を敵(かたき)と狙う義仲の家臣が、義仲の遺児で「我が子」としても共に暮らした駒若丸を救うため、武士(もののふ)としての最期の誉れ(「討ち死」あるいは「自刃」)をあきらめ、捕縛され・打ち首となることを選択した心情――また、そうした「人情」(あるいは「忠義(義理)」)に基づく選択を勧め、許した漁師権四郎や畠山重忠の心情――を描いた創作(フィクション)ということができるでしょう。そして、そのような展開の中に感じられるのは、歌舞伎(浄瑠璃)の世界では義仲は少なくとも否定的な存在としては捉えられておらず、彼の〈最期〉に見られるようなその〈人間臭さ〉(=「人情」の機微に溢れる:強さ・弱さ・愚かさ・巴との愛情や今井四郎との友情、等々)への強い共感ということになります。
   演技については、「とんぼ」などを含む、橋之助を中心とした豪快な〈立ち回り〉が印象に残っています。ただ、言葉の難しさもあるのでしょうが、橋之助の声がはっきり聞き取ることができないところが多く、残念に思いました。それにしても、彌十郎の演技は大変素晴らしく、もう一度見てみたいと強く感じたものです。

   また、『京人形』では、歌舞伎という様式の表現力と娯楽性の豊かさに改めて驚かされ、大いに楽しませてもらいました。『京人形』を見るのは初めてでしたが、勘九郎と七之助兄弟の「舞踏」は、やはり、相当な修練を積まなければあの「味」と安定した動きは不可能と思われ、感心させられました。とりわけ、七之助の動きは、初めて京人形を演じるということでしたが、実に見事だったと思います。
   最近、市川染五郎のラスベガス公演『鯉つかみ Fight with a carp』が話題になっており、私もYouTubeで観てみましたが、そこで感じたのは、確かに、江戸時代の歌舞伎にもそうした人々を驚かせる趣向があったわけで、決してああした試みも否定されるべきではないとは思うものの、やはり、あのCGアートと照明、巨大過ぎる「舞台装置」と演出は、たとえラスベガスの聴衆にウケなければならないという条件を考えたにしても、歌舞伎が持つ〈魅力〉を半減させるものではなかったのかと感じるのです――とりわけ、プールの中を走り回るのだけはやめてほしかった。
   これに対して、今回観た『京人形』は、あの限られた舞台条件の中で、私たちの〈想像力〉を限りなく引き出す魅力的な〈所作〉にあふれたものになっていました。それは、外から「威圧的に」与えられる色や音や感覚ではなく、私たちの主体的な〈反応〉に語りかけてくるが如き〈質〉を持ったものと感じられたのです。そうした印象を与えてくれた勘九郎と七之助兄弟の今後に、私は大いに期待したいと思っています。

安倍の好きな靖国神社に行ってみた――大江戸散歩・番外編

兵隊さんありがとう!お国のために死にましょう!
 ――死者の「純粋な心」を利用した戦争指導者の自己正当化


   ※ 私は、今年の春から、長い間近くに住んでいたにもかかわらずほとんど訪れることもなかった〈江戸の面影〉を見て回ることにしていた。この「大江戸散歩」については、年末にでもまとめておきたいと考えているが、今回はその中で立ち寄ることになった「靖国神社」と「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」について書いておきたいと思う。


   7月下旬のある日、私は「江戸城本丸跡」を訪れた後、千鳥ヶ淵から靖国神社に向かった。理由は、安倍首相をはじめとする「歴史修正主義」的政治家たちが繰り返し実行する靖国神社への「公式参拝」の現場をこの目で見てみたいと思ったからだ。ところで、靖国神社は単なる戦争被害者の「慰霊」の場ではないらしいのだ。そのことは、靖国の前に訪れた千鳥ヶ淵戦没者墓苑での印象(【追記】を参照)との違いにも感じられたし、また、全国戦没者追悼式で「ここに過去を顧み、さきの大戦に対する深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表し、世界の平和とわが国の一層の発展を祈ります」という明仁天皇の言葉と無理やり〈国務大臣〉という肩書で署名しつつ(つまり、国家・国民の代表を装って)靖国神社に参拝し「国のために尊い命を捧げられたご英霊に感謝の誠を捧げた」とか「公務死された方々をどのようにして慰霊をし、お祭りするかというのは、それぞれの国の問題だ」とか言った高市早苗や山谷えり子の発言とのニュアンスの違いにも明瞭に表れていると思う。さて、靖国神社とはどんな場所なのだろうか。


軍犬慰霊像―サロさんを戦争で死なせはしない!
DSC_3480.jpg

 ※ まず確認しておかなければならないのは靖国神社に祀られているのは、戦争で犠牲になった、一人一人の国民ではないということだ。それは「(天皇制)国家」に殉じて死亡した軍人・軍属を「英霊」・「軍神」として合祀する機関なのだ。そして、そのことは犬や馬についても同じであって、慰霊されているのは「軍犬」であり、「軍馬」だ。慰霊像の犬種はジャーマン・シェパードのようだが、兵士の防寒具になるために徴用された柴犬が「軍犬」の範疇に入るかどうかは疑わしいといわなければならない。そして、靖国神社は、その犠牲者たちの無念で悲惨な死を「お国のため」というイデオロギーによって美化し、正当化する、戦争〈推進〉のための宗教的装置と言っていいのだ。そのことは、エリート職業軍人の養成学校たる「兵学校」生徒や特攻隊に志願させられた陸海軍航空隊隊員によって愛唱されたという、あの『同期の桜』の歌詞―――「4番 貴様と俺とは同期の桜 離れ離れに散ろうとも 花の都の靖国神社 春の梢に咲いて会おう」―――を見ても明らかなことだろう。そして、そこには、大きな〈しかけ〉が透けて見えるのだ。


遊就館・入口――「〈大東亜戦争〉 終戦七十年」
DSC_3482.jpg

   ※ 靖国神社の性格を最もよく表しているのが「(靖国神社)遊就館」である。この施設は、「英霊の『みこころ』や『ご事蹟』を知る」、まさしく「〈戦争〉博物館」といってよい施設であり、そこには、日本国憲法とは相容れない、戦前の〈歴史観・国家観〉が、それも歪んだ形で、維持されているように思われる。このことは「〈大東亜戦争〉終戦七十年」というそこかしこに貼られている看板に典型的に表れている。戦前の戦争の名称については「大東亜戦争」とか「太平洋戦争」とか「15年戦争」とか「「アジア・太平洋戦争」とかの諸説が存在するが、肝要なのは、東条内閣によって採用された「支那事変(日中戦争)」をも含む〈公称〉「大東亜戦争」をどのようにとらえるのかということなのだ。そして、靖国神社=遊就館は、先の侵略戦争を、天皇を中心とする「大東亜共栄圏」実現のための正義の「聖戦」として捉えているのであり、そのことは、1978年、東条英機をはじめとするA級戦犯14名を〈英霊〉として合祀し、讃えていることにも明白に表れているわけだ。勿論、その背後には、何だかんだと言いながら結局アメリカに尻尾を振る一方で、多大な犠牲を強いたアジアや日本の一般ピープルに対しては「居直り」を続ける、「大東亜戦争」の指導者たちとその末裔がいるのだ。

   遊就館に入ると、零戦だの、「先の大戦では、中国大陸や南方戦線で活躍した(!)」重砲兵のカノン砲だの、私にとっては〈痛々しい〉兵器の数々が並んいる。また、館内の売店はさながら「ミリタリーショップ」で、軍事オタクには喜ばれそうなプラモデルや旗、ウエアや小物、そして、「闘魂」・「必勝」・「日本」・「一番」といった鉢巻などが売られている。そして、壁には、「英霊にこたえる会」会長の「八紘一宇」―――大東亜戦争のスローガン:「天皇を中心に世界を一つの家のようにする」といった意味で、それを武力で実現しようという手前勝手なもの――という「書」が鎮座ましましている。


特攻勇士乃像
DSC_3493.jpg

DSC_3492.jpg


  ※ この「特攻勇士を讃える」石碑を見ると、「・・・は敢然として敵艦等に突入散華され今日の平和と繁栄の我が日本の礎となられた。その至純崇高な殉国の精神は、国民等しく敬仰追悼し、永遠に語り継ぐべきものである。」と絶賛し、その継承を呼びかけている。つまり、特攻勇士は、その至純崇高な精神からお国のために死んだのだから、一旦緩急あれば、あなたもお国のために死にましょう、という呼びかけになっているのだ。さて、戦前の戦争の歴史を知っている者なら、これからも同じような状況に直面させられた時、同様の「特攻攻撃」を〈心から〉あるいは〈命令だから〉と受け入れ、また、その要員として死んでいくのであろうか?あの無謀で卑劣な戦争を指導し、若者たちを死地に追いやりながら、その反省もないままに、生を貪っている者たちの戦後の有様を見ても、そう思うのだろうか。

   それでは、死地に向かった兵士たちの「至純崇高な殉国の精神」ー「みこころ」とはなんだったのか。それは、「ひとえに愛する家族や後に生きる私たち子孫のために奮い起こした・・・」、「ひたすら祖国を護るという一念」、「皇国の御為、死力を尽くす覚悟」といった表現に代表されるものだ。しかし、それらは、ある意味で極めて類型化された紋切り型の表現だとの印象も拭えない。もっとも、当時の子供達に対する皇民化(「少国民」)教育の有様、隣組をはじめとする社会的圧力、厳重な報道統制、特高や憲兵などによる物理的強制、そして、親書にすら行われていた検閲などを考えると、これ以外のどのような表現が可能だったのかは想像に難くないところなのだ。勿論、単純に、神(天皇)の意志に従い、栄光の軍神となり、みんなに褒められて・・・と素直に信じることのできる人もいたではあろう。しかし、『きけわだつみのこえ』などの遺稿集、また、生き残った(特攻隊)兵士らの証言などを聞けば、そうした言葉の背後にある〈疑問〉、〈悔しさ〉、〈憤り〉にこそ私たちは耳を傾けなければならないのだろうと思う。

   死者たちの〈家族〉や〈友〉・〈恋人〉、〈故郷〉や〈祖国(クニ)〉に対する想いは疑いのないものだったろう。しかし、注意しなければならないのは、こうした想いを「至純崇高な〈殉国〉の精神」に転換するメカニズムなのである。それは、一人一人のそうした想いを無謀で無責任な指導者たちが牛耳る「天皇制国家」への服従(国や軍、天皇)に転換し、その命令を絶対的なものとして、疑問や批判を封殺するものなのだ。なぜなら、「天皇制国家」の下では、国民の前で「天皇陛下万歳」の音頭をとる戦争指導者たちは、「天皇の神聖不可侵」の鎧をまとい、その政策の是非について問うことに蓋をし、批判を封殺することが可能だったからだ。例えば、戦争指導者に従い「神風」を待って〈持久戦〉を戦うことが本当に〈家族〉や〈故郷〉や〈祖国〉を守ることになるのか、逆に、その危険を増大させその崩壊を招かないのかという当然の疑問は、一度「天皇制国家」のイデオロギーに包摂されると、政府・上官の命令は(批判を許さない)天皇の絶対的な命令となって、封殺されてしまうことになるのだ。こうして兵士たちは戦争指導者たちに都合のよい絶対服従の〈駒〉となった。〔「同胞意識」と「家族国家観」に基づく「政治的〈愛国心〉」との相違については、ブログ・カテゴリ「愛国心」考の「私にとって『愛国心』とは何か(1)〜(5)」をご参照ください。〕

   さらに、こうした〈転換〉のメカニズムは、戦争被害者の「無念の思い」を隠し、打ち消して、彼らをただひたすら当時の戦争指導者たちの国策を信じ、それに殉じた者として「固定化」する。そして、戦争指導者たちは、戦争被害者を駒として消耗品として利用し尽くした挙句、それ自体先に述べたような様々な仕方で操作・強制された「至純崇高な〈殉国〉の精神」(=「みこころ」)によって、今度は、その戦争政策やそれを作成・遂行した自分たち自身を正当化するのだ。また、その「固定化」は、生き残った者たちに対しても、「自分もやらなければならなかったこと」をやって先に死んでいった者への「感謝の気持ち」とか「俺も同じように死ぬつもりだったのだ」といった形で、彼らの思考をそうした戦争政策を自明の前提とする枠組みの中に封じ込めるのだ。しかし、死者の「本心」に報いることこそが本当の慰霊でなければならないはずだ。人は家族や同胞のために止む無く闘わなければならないこともあり得るが、国家神道の宗教的外皮をまとったこうした靖国の〈転換〉メカニズムは、戦争指導者が一般ピープルの「生」と「死」を二重の意味で利用する狡猾なものと感じられるのだ。

   1985年、初めて靖国神社を〈公式参拝〉した中曽根康弘首相は、「国の為に死んだ人を尊崇しないで、誰が国の為に死ぬのか」と述べたが、そこには、上に述べたような靖国神社の機制(メカニズム)を利用し、国民を戦場に送り出そうとする者たちの思惑が見事に表現されていると言えるだろう。


靖国神社のおみくじ
DSC_3479.jpg

   ※ 初詣や七五三には行く私ではあるが、やはり、靖国神社には参拝することができなかった。なぜなら、靖国神社に参拝することは、一人一人の戦争犠牲者を慰霊することではなく、狂信的な神道思想によって「軍神」に祭り上げられた「英霊」を尊崇すること、すなわち、戦前の政治と戦争の正当化を許すことになると思うからだ。しかし、私は、いつものように「おみくじ」だけは引いてみた。結果はいつものように「小吉」だった(苦笑)。しかし、どうやら、私の「政府の行為によって再び戦争の惨禍が繰り返されることのないように」という願いは、必ずかない、思いは達せられるらしいのだ。問題は、どのくらいの時間がかかるかだ。そして、それは、私自身の努力次第だということになる。


戦争犠牲者を再び英霊として靖国神社に合祀させてはならない!

まずは、『戦争法案廃案!安倍政権退陣!8・30国会10万人・全国100万人大行動』に参加しよう



【追記】



千鳥ヶ淵戦没者墓苑
DSC_3466.jpg


  ※静かな墓苑で参拝する親子。私も菊の花を一本捧げてきた。千鳥ヶ淵戦没者墓苑は、昭和12年以降、海外で亡くなられた軍人・軍属・一般邦人、総数は240万人の実際のお骨が収められている「無名戦没者の墓」である。それは、国家ー戦争指導者たちが、その「戦争」政策を正当化するために、〈勝手に〉戦死者などの名前を〈喜んでお国のために死んでいった〉「軍神」・「英霊」として「名簿」に記載し、国民に崇めさせようとする靖国神社とは全く異なった印象を与える施設だ。胸に浮かんできたのは、広島の「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」に近い感情だった。それは、生きている者の、悲惨な戦争によって亡くなられた方々に対する責務のようにも感じられた。
 

続きを読む

2015夏の旅行記(2)―――羽黒山・山寺

全山に満ちる〈宗教的情熱〉
   ――――いったいこれは何なんだ?!



山でも感じたよ!〈サロ心〉
DSC_1242.jpg

 ※ 今回もサロさんは「兄貴1」と留守番だ。私が出かけると、ずっと玄関で待っているのだそうで、「兄貴1」が長〜い動画を撮っておいてくれた。う〜む、責任を感じてしまいますなあ。


   さて、今年の夏の家族旅行の本番は、芭蕉の俳句でも有名な、山形県の羽黒山と立石寺(山寺)とした。両者とも長い石段を登る信仰の霊山だ。それにしても、全山にみなぎるあの宗教的情熱は一体何なのだろう。大自然・大宇宙との一体感の中に感じる自己〈存在〉の神秘性に対する驚愕と感動・・・それを私は、「(日本的)霊性」(鈴木大拙)とまでは言わないが、レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」にも通じる、人類〈普遍〉の感覚ではないかとは思うのだ。そして、あの時代の修験道者たちは、「未知との遭遇」を求める現代の冒険家たちと同型の人々だったかもしれないとも思うのだ。

【旅程】
 8月9日(日)
   ー〈東北道・山形道・〉ー庄内あさひIC――羽黒山
    (三社合祭殿ー羽黒山参道・杉並木ー羽黒山五重塔)――宿泊
 8月10日(月)
   ー〈山形道〉―山形北IC――山寺(立石寺・根本中堂ー弥陀洞
   ー奥の院・大仏殿ー五大堂・開山堂ー蝉塚)――山形北IC
   ―〈山形道・東北道〉―



第1日目 羽黒山


DSC_1248.jpg


三社合祭殿
DSC_1261.jpg

 ※ 三社とは、月山・羽黒山・湯殿山の三神を合祭した社殿で、その茅葺の屋根の迫力は圧巻。その厚さはなんと2.1mにも達するのだそうだ。時間の関係上、「出羽三山歴史博物館」を見ることができなかったのは残念だったが、それは次の機会の楽しみに残しておきたいと思う。次は、湯殿山ですからね!


五重塔
DSC_1276.jpg

 ※ 山頂から石段の参道を下り、芭蕉の「三日月塚」――「涼しさやほの三日月の羽黒山」(『奥の細道』)――を経由して、「国宝羽黒山五重塔」に至る。その古びた、木肌を晒した五重塔の味わいは予想を超えるものだった。これを月明かりの下で見た芭蕉はどのような感慨に浸ったことだろうか。宿に〈ライトアップされた五重塔〉と一緒に写っている吉永小百合のポスターがあったが、これは必見かも知れない。


この五重塔を創建したのは?
DSC_1282.jpg

 ※ 答えは、平将門だ。真偽は定かではなく、現存するものも約600年前に再建されたものだというが、なぜこの出羽の地に将門なのかは興味あるところだ。大岡昇平の『将門記』によれば、出羽国では将門の乱に先立って俘囚(蝦夷)の乱が度々起こっており、将門と出羽国そして羽黒山との関係も興味深々というところだ。また、この五重塔には出雲系の大国主命が祭られ、あの江戸の「神田明神」には「新皇」平将門が祀られていたりする。歴史とは単線的ではないとつくづく感じさせられる。


杉並木と石段
DSC_1286.jpg

 ※ 振り返ると杉並木の石段を二人が登ってくる。何を話しているのかな。この杉並木は特別天然記念物で、樹齢300年から500年の巨木が600本ほど立ち並んでいる。また、参道には2446段の石段が設けられているが、本当によく敷き詰めたものだ。そして、その石段を登り降りした多くの人々がいた。


二の坂茶屋からの庄内平野と日本海を望む
DSC_1289.jpg

 ※ 参詣道の中で唯一残っている茶屋が「二の坂茶屋」だ。そこで私たちは、かき氷を食べながら、眼下に広がる庄内平野と日本海を眺めることができた。この季節、海が見えるのは珍しいと店の人が言っていた。


今日の旅程をを終え、三社合祭殿を背に
DSC_1292 (1)

 ※ 千数百年にも渡って築き上げられてきた羽黒山。そこには、権力者の強大な力とともに、一般ピープルの情熱と力の積み重ねが、参道のそこかしこに感じられた。しかし、神仏混合だったこの霊山にあった数多くの仏教系の文化遺産が、明治維新後の廃仏毀釈運動で破壊されてしまったこともけっして忘れてはならない。






第2日目 山寺(立石寺)へ

残雪の月山を望む
DSC_1326 (1)


 ※ 青森ではねぶたが、仙台では七夕が、山形では花笠踊りが終わるともう夏は終わりだという。そして、8月の山形にはススキの姿が目立った。羽黒山ではススキの向こうに月山を見たが、山寺へ向かうこの日は、痩せた残雪の月山をみた。3年前の月山への”ツーリング登山”ではあの雪渓を渡ったが、さあ、今年はどこへ出かけることになるのだろうか。


map.jpg


立石寺・根本中堂
DSC_1330.jpg

 ※ 山寺の歴史はすごい。山寺観光協会のHPによると、「山寺は、正しくは宝珠山立石寺といい、貞観2年(860)清和天皇の勅願によって慈覚大師が開いた、天台宗のお山。正面の大きな建物は、国指定重要文化財の根本中堂である。延文元年(1356)初代山形城主・斯波兼頼が再建した、入母屋造・5間4面の建物で、ブナ材の建築物では日本最古といわれ、天台宗仏教道場の形式がよく保存されている。堂内には、慈覚大師作と伝えられる木造薬師如来坐像が安置され、伝教大師が比叡山に灯した灯を立石寺に分けたものを、織田信長の焼打で延暦寺を再建したときには逆に立石寺から分けたという、不滅の法灯を拝することができる。」とのことだ。


ありがたや!”ころり往生”阿弥陀如来
DSC_1335 (1)

 ※ こんなありがたい仏様がいらっしゃったとは!心を込めて、お賽銭を差し上げ、お数珠を回し、お祈りを捧げ、おみくじを引いてきました。おみくじは「中吉」でした。ありがたいことです。


弥陀洞(みだほら)であなたは?
DSC_1337.jpg

 ※ 我が家族集団は、登り下りとも、5分間以上その前で悩んでしまった。なぜなら、「ながい歳月の雨風が直立した岩をけずり、阿弥陀如来の姿をつくり出した。1丈6尺(約4.8メートル)の姿から丈六の阿弥陀ともいい、仏のお姿を見ることができる人には、幸福がおとずれるという」からだ。結果?「続きを読む」をご覧ください。


奥の院・大仏殿
DSC_1343.jpg

 ※ ここが山寺で最も高いところだ。右側の建物が「奥の院」=如法院で、左側が大仏殿だ。山寺の階段は約800段というが、老若男女の本当に数多くの人々が訪れる観光スポットになっている。ただ、周りを見回せば、天台密教の修行の場があちこちに見られ、確かに、往時の宗教的情熱のな残りを感じることができるようだ。


灯籠〈おたく〉はここで・・・
DSC_1348.jpg

 ※ 人にはなかなか理解できない特徴があるものだが、「姉貴」の趣味の一つに「灯籠」がある。今回の旅行でも、あちこちで、喜々として灯籠の写真を撮っていた。言われてみれば、確かに一様ではなく、地域によってもいろいろな違いがあるようだ。ただ、この後、「姉貴」は愛用のi-padを下に落として液晶を傷つけてしまったのだ。お気の毒に。



山寺の核心:納経堂・開山堂・五大堂
DSC_1341.jpg

 ※ 岩の上の小さな建物が写経を納める納経堂で、山内で最も古い県指定文化財の建物だ。その真下には、貞観6年(864)歿の慈覚大師が眠る入定窟があるという。その右が開山堂で、右上の建物が五大堂である。


五大堂
DSC_1359 (1)

 ※ 山寺で4人みんなが一番良かったと思ったのが、ここ「五大堂」だ。その古さと「寛容さ」、そして、その素晴らしい展望には、俗化を超える魅力があったように思われる。慈覚大師の名は私も知っていたが、彼がこの場所を修行の場に選んだ理由がわかったような気がした。


五大堂からの風景
DSC_1363.jpg

 ※ この岩山に、あの岩壁によじ登り、お堂を建てて、修行をした僧侶たち。そして、この山寺を訪れ、仏に手を合わせた人々の気持ち。「わからないではないなあ」と、不遜にも思ったりしたものだ。


蝉塚
DSC_1370.jpg

 ※ 立石寺は芭蕉の句「閑さや岩にしみ入る蝉の声」が歌われた地として有名だが、この季節のこの時間帯ではとても「殊に清閑の地なり」とはいかないのでしょう。しかし、その様子を想像することはできる「旅」であったと思う。

 
 ※ 家に帰ると、サロさんが、耳を横に倒し、くるくる回り、そして、廊下をダッシュして迎えてくれた。〈サロ心〉を再認識するのも「旅」の意味の一つのようです。それにしても、夏バテが・・・

続きを読む

2015夏の旅行記(1)―――信州・黒斑山

浅間・外輪山ー黒斑(くろふ)山に登る
 ―――正直言って、この位が丁度いいみたいです!



それにしても、この僕を置いていくのか
DSC_1243.jpg


   ※今年の夏の家族旅行・第一弾は、巨大噴火が起こる前にということで(?)、浅間山の外輪山−黒斑山となった。私もまだ登っていなかったが、ウィークデイでサロさんのことも気になるので、高速道路を使った日帰り登山となった。

【旅程】7月27日(月)
  車坂峠―〈表コース〉―トーミの頭――黒斑山――トーミの頭
  ―〈中コース〉―車坂峠←→高峰温泉


登山口・車坂峠で
DSC_1164.jpg
〜後ろには遥かに富士が望まれる。



アプローチからの浅間山
DSC_1185.jpg
〜左はトーミの頭への道。ルンルン気分だね。



トーミの頭にて
DSC_1197.jpg
〜天候にも恵まれ、とにかく、眺望抜群だ!



トーミの頭から黒斑山(2404m)を望む
DSC_1220.jpg
〜浅間山は入山禁止なので、代わりによく登られているとのことだ。



黒斑山山頂からの浅間山(2568m)
DSC_1208 (1)
〜山頂にはトンボが舞い、浅間山の噴煙も見えた!



さあ、下山だ
DSC_1211.jpg
〜ちょっと心残りな「姉貴」。



巨大な外輪山
DSC_1209.jpg
〜天明の飢饉を引き起こした噴火の規模がしのばれる。



裾野の緑の樹林帯
DSC_1221.jpg
〜浅間の茶色い山肌とのコントラストで、一層美しい!



下山路
DSC_1227.jpg
〜あっ!「奥さん」は懐かしいジャージ姿だね(笑)。



標高2000M ランプの宿 高峰温泉
DSC_1240.jpg
〜泉質も素晴らしく、石鹸も使わないのだ。


  ※「奥さん」は久しぶりの山登りとなったが、天候にも恵まれ、大満足だったらしい。足も「ザックモック、ザックモック」と往年の速さを見せていた。「姉貴」は、日頃いろいろ忙しい上、往路の運転も引き受けていたので疲れたと思うが、今年も付き合ってくれた。私は、浅間山が予想以上に美しかった上、余裕を持って登山ができたので、「登山はこれ位がちょうどいいなあ!」と感じた。下山後のこだわりの温泉も素晴らしかった。ただ今回は、信州の青リンゴが手に入らなかったのが何しろ悔やまれるのだ!

「抑止力」批判―――「権力政治」の粗野な復権


誠実さのひとかけらもない子供騙しのプロパガンダ
   ―――「集団的自衛権」は国民を不幸にする


  ※8月11日、安倍政権は、国民多数の反対にもかかわらず、「世界で最も厳しい」などというそれ自体根拠の不確かな「綺麗事」を相変わらず鉄面皮に口にしつつ、川内原発一号機を再稼働させた。それも、福島原発事故の収束も真っ当な検証もないままに、この火山・地震大国日本で、核のゴミの最終処分問題をも放置したまま、そして、住民の避難計画も定かでないままに、だ。さらに卑劣なのは、原発推進を「国策」として掲げているにもかかわらず、その〈当然〉想定される事故に対する責任から逃れようと、「規制委の新規制基準に適合すると認められた場合は・・・」とか「実際に再稼働するのは事業者だ・・・」とか言う〈汚さ〉なのだ。一事が万事!要するに、仲間内の金儲けによって生まれる「負の遺産」は、自らはその責任から逃れつつ、全て一般ピープルに転嫁しようという魂胆なのだ。アベノミクスやTPPそして新国立競技場などの「トリック」も基本的に同じ構造といってよい。そして、そうした手口が次第に明らかになりつつある現在、さらなる反発を招かないようできるだけ「静か」にしていようという魂胆が見え見えなのだ。ああ、なんという政府を持ってしまったことなのか。

   さて、本題の「戦争法案」についてであるが、その違憲性と内容の杜撰さは参院での審議においても明らかにされつつある。ただ、政府の答弁は、参院での採決すらしない「60日ルール」によるより「静か」な成立を目論んでか、相変わらずの時間稼ぎといった雰囲気が濃厚だ。しかし、集団的自衛権に対する「政府解釈の変更」とそれに基づく「戦争法案」の違憲性が一層明白になってきたためであろうが、このところ、アベッチたちは論点をより〈改憲論議〉に近いところに移しているようにも思われる。つまり、(限定的ならざる)集団的自衛権の必要性やそれを支える「抑止力」についてのご高説だ。その典型がアベッチの『安倍さんがわかりやすくお答えします!平和安全法制のナゼ?ナニ?ドウシテ?』と佐藤正久国防部会長の『教えて!ヒゲの隊長』だ。これらについては、すでに、話題の『【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた』やその他多くの批判的論評も出ているのでご存知の方も多いと思う。そして、とりわけ突出して馬鹿馬鹿しいのが安倍内閣総理大臣の国家間関係やテロリズムの問題を家庭の戸締りや町内会の地域協力そして友人関係にたとえた「抑止力」論なのだ。それでは、以下、これらの点に関連してこれまで私が考えてきたことを書き記しておきたい。

   まず、最初に確認しておかねければならないのは、「集団的自衛権」とは『国連憲章』第7章第51条の「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。」との規定に見られるものである。ただ、ここで注意しておかなければならないのは、この国連憲章で初めて登場した新しい概念は、これまでの「(軍事)同盟」方式に代わって構想された「集団安全保障」体制の中に、一定の制約の下にではあるが、当時のラテンアメリカ諸国との関係からアメリカによって導入(「密輸入」)された、古い「軍事同盟」の方式(地域的取極または地域的機関)のことに他ならないということなのである。そして、この「軍事同盟」(→集団的自衛権)の考え方こそが、近・現代の国際社会=国家間関係を支配した「権力政治(パワー・ポリティクス)」、別名「現実主義(リアリズム)」とも呼ばれる政治観を基底に、軍備(=武力)と「軍事同盟」こそが敵国の攻撃に対する「抑止力」となり、自国の安全を保障しうるというものだったのである。

   もちろん、近・現代のこうした「権力政治」のなかで数多くの悲惨な戦争が引き起こされ、膨大な数の人々が犠牲となりまた自然が破壊されることになった。それ故に、こうした戦争の歴史を乗り越え恒久の平和を実現するためには、こうした考え方への反省と対決が不可欠だったわけである。そして、こうした方向性の中で生み出されてきたのが、「戦争の違法化」と「集団安全保障」方式――「対立している国家をも含め、世界的あるいは地域的に、すべての関係諸国が互いに武力行使をしないことを約束し、約束に反して平和を破壊しようとしたり、破壊した国家があった場合には、他のすべての国の協力によってその破壊を防止または抑圧しようとする安全保障の方式」―――であり、さらに、こうした方向性の中で、一国の「常備軍の廃止」・「交戦権の否認」にまで突き進んだ最先端の政治的表現が日本国憲法(前文と9条)に他ならなかったのである。それ故にこそ、日本は、憲法第9条を根拠に、1951年の日米安保条約締結後も「集団的自衛権」の行使を否認し(=「専守防衛」)、また、1956年の国連加盟に際しても「集団安全保障」体制下でのいわゆる「国連軍」への参加もできないものとしてきたのであった。

   ところで、私自身も、これまで、E・H・カーの『危機の二十年』やモーゲンソーの『国際政治』そして坂本義和の『核時代の国際政治』やガルトゥングの『平和への新思考』などを読み考えてきたが、このブログにおいても、「『風の谷のナウシカ』によせて(6)――戦争論と非暴力直接行動」の中で、「権力政治」観や「勢力均衡論(バランス・オブ・パワー)」について次のように書いたことがあった。

  「前者は、国際政治とは「国益(ナショナル・インタレスト)」をめぐる国家間の権力関係であって、その実現の為には、最終的には「戦争」という手段に訴えることも許される、あるいは、それは権利でさえあるという考え方でした。また、後者は、このような権力政治の中にあっては、「国益」追求と自国の安全保障にとって最終的に頼れるのは軍事力なのであり、「(仮想)敵国」の侵略を阻止し、「平和」を維持するためには、軍事的な「報復力」-「抑止力」に基づく「力の均衡」―――「殴ったら殴り返される」という『恐怖の均衡』―――が不可欠であるとするものでした。両者は、しばしば、ウイルソン的な理想主義に対して、冷厳な国際政治の現実を表すものとして喧伝されていたのです。勿論、それらが際限ない軍備拡張競争を引き起こしたこと、また、勢力均衡の崩壊による世界大戦の勃発など必ずしも戦争の抑止に成功しなかったこと、さらに、世界の「相互依存関係」の深化・発展という現状の中で、国際社会が狭隘な権力政治的関係だけに閉じ込められていたわけではなかったことなど、これらに対する批判的見解も少なくなかったのですが。」)

   こうした脈絡で安倍政権の「集団的自衛権」の容認ー「抑止」論の強調を見れば、彼らが「権力政治」における「軍事同盟」を、それも最も粗野な形で、復活させようと目論んでいることが明白となるわけだ。とりわけ「犯罪的」なのは、〈国家〉間の〈戦争〉を〈日常生活〉の延長のごとくに説明して、国民を〈海外での武力行使〉に動員しようとしていることだ。アベッチの「スガ君」だの「アソウ君」だの「町内会」だの「消防士」だのといった「たとえ話」は、実際に戦争を経験したものでなくても、少しでも真っ当に戦争の問題を自分の頭で考えようとした者にとっては噴飯物といっていい!それにしても、あのような馬鹿馬鹿しい「たとえ話」をすんなりと受容できる人々とはどのような人たちなのだろうか?!石橋湛山や宇都宮徳馬をはじめとする護憲派保守の人々ならどう思ったことだろうか!

   現在私たちが必要としているのは、国際的な紛争や敵対関係をどのように平和的に解決・克服していくかであって、帝国主義時代や冷戦時代華やかなりし頃の「軍事同盟」や「抑止力」の考え方に立ち返ることではないであろう。確かに、近・現代の〈国家〉間関係において、いわゆる「権力政治」的ー「勢力均衡」論的な〈動き〉が支配的であったことはある程度事実であるが、そのことは各国家で支配的地位にある「国家エリート」・「権力エリート」の行動特性からくるものであって、それと各国そして世界の「一般ピープル」の〈安全と平和〉とは必ずしも一致するものではなく、それどころか、しばしば相反するものとしてあったのだ。つまり、こうした〈動き〉の中における「軍事同盟」や「抑止力」の効果は明らかに「限界」を有していただけではなく、戦争の危険性や被害を増大させさえしたのだ。そして、このような「軍事同盟」や「抑止力」についての厳密な歴史的・現実的な検討もないまま、ああした馬鹿げた「たとえ話」を国民にしたり顔でタレるとは、―――もし彼がその「たとえ話」を本気で信じているとすれば彼の思考のレベルの低さそのものをあらわしているといってよいけれど、よもやそのようなことはなかろうから(?)―――それは、誠実さのひとかけらもない、国民を舐めた、子供騙しの、「下品」なプロパガンダ以外の何物でもないということなのだ。

   確かに、日常生活の中でも殺人や火事は起こるが、それと公権力が強制的に諸個人を国家間の「殺しー殺される」関係に引きづり込む戦争のなかでおこる「殺人」や「戦災」とは、その性質を全く異にするのだ。多くの戦争体験者が証言する日常生活と戦争状態の質的な相違に対して、日常生活と戦争状態を融和的なものにしようとするが如き言葉のレトリックは許されないことだ。そもそも、戦争の「抑止力」の主体とされる〈軍隊〉は、実際の戦争の過程では国民を守らないと言われている。逆に、「国家エリート」の指導する戦争の過程では、その「国家エリート」が支配する「国家体制」のために国民の犠牲が求められ、それが前提とされさえするのだ。先日、たまたま、ISに対するアメリカなどの空爆で500名もの一般市民が誤爆によって死亡しているという報道に接したが、この「殺人」は一体どのような考え方によって許され、正当化されるというのだろうか。かけがえのない命を奪われた一般市民とその家族・友人にとって、国家の「対テロ戦争」とはどのような意味を持つというのだろうか。要するに、一般ピープルにとって、それ自体として受容できる「正義の戦争」など存在しないのだ。

   また、「抑止力」と言っても、「厳罰も必ずしも犯罪の抑止力とはならない」と言われるように、アメリカを中心とする欧米諸国の中東政策によって生み出された「テロリズム」は、「集団的自衛権」に基づく武力による威嚇や行使によっては、もう抑えることのできない状態に達しているのは明らかだ。また、広島・長崎を経験した被爆国日本の一般ピープルにとって、まさしく全人類の課題でもある「核兵器廃絶」を妨げてきたのが「核〈抑止〉」論であったことも忘れてはならないことだ。そして、戦後、米・露・中を中心とする核保有国間の直接的な戦争が回避されていることも事実だが、その強大な軍事力によっても数多くの国際紛争や戦争を「抑止」し得ていないことも事実なのである。ところで、「抑止」論には敵国あるいは仮想敵国の存在が不可欠だが、安倍政権はあの冷戦時代のソ連の「脅威」にも増して中国・北朝鮮の「脅威」を強調しているが、その具体的状況の現実性についての論評は避けるとしても、海外における米国との集団的自衛権の行使は、双方の「権力政治」的な軍事力の強大化を生んで軍事関連産業の利益を増進することはあっても、いわゆる個別的自衛権を超えて日本の安全に資することはないと考えられる。そもそも、「自衛」を名目としたものであったとしても、双務的な「軍事同盟」(=集団的自衛権)は、その中に必然的に「先制攻撃」の契機を含むのであって、純粋に「防衛」的であることは困難なのだ。まして、海外で行動することになれば、「自衛」ー「抑止」のレベルを超えることは必然とならざるを得ない。それ故に、現在の自衛隊はあくまでも「専守防衛」であるべきなのだ。

   上記の文を書いていた昨日(8月14日)、安倍の戦後70年談話が発表された。あの長広舌を聞いて感じたのは、自らが欲する政治的・経済的「果実」を手に入れるためならば、黒を白と言いくるめることも全く意に介さない、シニシズムだ。『ことば』の真実性に対するこうした鉄面皮な冒涜は、日本と日本人に対する信頼を大きく損なうことになるだろう。
   ところで、この長大な談話のなかで私が感じたのは二つの「密輸入」である。一つは、非戦・不戦の日本国憲法の下で〈戦争諸法案〉や〈武器輸出〉を可能にするために、「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。」と一見憲法との連続性を装いつつも、「集団的〈自衛権〉」の名の下に、海外における「武力の威嚇や行使」を可能にしようとする「積極的平和主義」の仕掛けである。
二つ目は、形の上では村山談話や小泉談話を継承すると言いつつ、自らの「歴史修正主義」的な歴史観を様々な表現によって隠微に挿入していることである。しかし、それは東アジアの安定を望むアメリカや中国・韓国の要請に対する配慮という側面もあるが、日頃の言動や「憲法改正草案」に表れたその「本心」にもかかわらず、そして、形式的で欺瞞的なものに過ぎないとしても、こうした表現を取らざるを得なかったのは、日本国民の圧倒的多数が日本国憲法の歴史観と平和主義を支持している故でもあろう。
   「政治とは可能性の技術」だといった言もあるが、政治家たちのそうした「ゲーム」意識のなかでわれわれ一般ピープルの「命と安全と幸福」が弄ばれることを許してはならない。われわれ一般ピープルは、彼らの「掛け金」が何であるかをしっかりと見抜かなければならないのだ。
   「60日ルール」を手にした「アベノクーデタ」の前途は楽観できないが、アベの正体をはっきりと見た私たちは、アベの政治を決して許さず、次の参院選・衆院選でアベ勢力を打ち倒し、今回強行されるかもしれない「違憲立法」とアベの最終目標である「憲法の改悪」を葬り去らなければならない。(2015年8月15日、記)



解釈改憲ーーー不誠実な感じの悪さ!

 
 「ぼくはね、丸子の好きなようにすればいいと思ってる。
  丸子の好きな男を選べばいいと思ってる。
  でも、ルールは守って欲しかった。
  ぼくと別れてから、家に入れるべきだよ。」

 (石坂啓、「さよなら憲ちゃん」、
   『ビッグコミックオリジナル』戦後70周年増刊号)より



  ※ 暑い!暑すぎる!今日は家の粗大ゴミを整理してクリーンセンターに持って行ったが、汗ダクになって、正直気持ちが悪るかった。熱中症かもしれない? それにしても、7月には、オマー・シャリフや鶴見俊輔が亡くなってしまった。オマー・シャリフは私が若い頃一番好きだった映画『ドクトル・ジバゴ』―――パステルナークの原作(原子林二郎訳)よりもずっと印象深い作品になっていた―――の主演男優で、私が最も好きな俳優の一人だった。そして、鶴見俊輔は、〈資質〉という点ではかなり「遠い」存在と感じられていたが、彼の思想と行動は、実に興味深いものだった。そんな彼が安倍の「解釈改憲」策動をどのような気持ちで見ていたのかを考えると、察するに余りあるところだ。しかし、彼が市民とりわけ若者たちの間に今広がるつつある自発的で民衆的な「9条守れ!」の高まりを感じることができていたとすれば、きっと、未来に大きな希望を見いだしていたに違いないと思う。まだまだ、どっこい、これからなのだ。

   ところで、参議院で「戦争法案」の審議が始まっている。私も時々国会中継を見たりするが、本当にひどいものだ。要するに、彼らは、主権者たる国民に対し、〈嘘〉をついたり、〈ごまかし〉たり、〈ハッタリ〉をかましたりすることに〈羞恥心〉すら持たない品性の持ち主ということなのだ。よほど「日本国民」のことを舐めているのでしょう。今回の政府の〈解釈変更〉による「集団的自衛権」の行使容認は、普通の頭で考えれば、憲法学者や元法制局長官諸氏等の言を待つまでもなく、「戦争放棄・戦力不保持・交戦権の否認」を定めた日本国憲法9条に違反していることなど明白で、民主国家ではあってはならない「違憲」行為に間違いないのだ。それは、戦後の政治過程の中で、少なくとも、日本が海外において「殺しー殺される」関係に入ること(=戦争)を防いできた『専守防衛』の歯止めを取り外し、海外における武力の行使を容認しようとするものに他ならない―――さらに言えば、なにしろ自衛隊を米軍との共同行動の「場」に連れて行き、一たび事が起これば「撃て」と命令することを可能にしようとするものなのであって、辻褄合わせの「武力行使新三要件」など、一発の銃声によって、お得意の恣意的解釈でどうにでもなるといった代物なのだ。

   しかし、〈口先だけ〉の偽りの「論理」など、真っ当な多くの国民に通用するものではない。そして、そんな化けの皮が次々に剥がれてきたことに焦って飛び出してきたのが、安倍政権の「本音」を曝す、磯崎陽輔首相補佐官の「法的安定性など関係ない」といった〈立憲主義〉を真正面から否定する政府による〈解釈改憲〉の正当化であったり、また、公務員としての憲法擁護義務にもかかわらず日頃から日本国憲法の三大原理を攻撃していた「安倍チルドレン」武藤貴也衆院議員の「戦争行きたくないは利己的」といった発言だったのだ。結構!結構! かって、自民党副総理の麻生太郎は「だから、静かにやろうやと。ワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。誰も気がつかない間に変わった。あの手口を学んだらどうか。」とその手の内を明らかにしていたが、彼らが日本国憲法を〈こっそり〉とどんな憲法に変えたがっているのかは、その「日本国憲法改正草案」(jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf)を見れば一目瞭然なのだ。すなわち、政府の解釈の変更によって日本国憲法を〈こっそり〉と〈実質〉的に変えてしまい、その「既成事実」をもとにしてさらに「改憲」を実現し、国民を縛り、何を押し付けたいのか、それはこれを見ればよ〜くわかるのだ。日本の一般ピープルは、今こそ、日本国憲法のよって立つ歴史認識と三大原理(国民主権・基本的人権の尊重・平和主義)の破壊を目論む「自民党憲法草案」を、現行憲法と対照させつつ、よ〜く読んであげなければならない―――意図的にその本質を隠蔽しようとする「省略」版もあるので要注意だが!

   例えば、今回の「戦争法案」の焦点たる「集団的自衛権」の行使容認に関連して言えば、ナチス・ドイツと同じ「国防軍」という名称を有する軍隊と「審判所」と呼ばれる軍法会議すら規定しているその憲法において、〈その行使が妨げられるものではない〉と明示された「自衛権」の中に安倍のいうフルスペックの「〈集団的〉自衛権」が含まれることは、「国防軍は、・・・国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。」という規定から明らかなことだろう。すなわち、国際貢献とか国際的義務とか言った言葉で飾られた米軍を中心とする多国籍軍への参加であり、また、海外展開した日本企業や邦人保護を名目とした国防軍の海外への派遣だ。こうしたことは、安倍のブレーンで、知人に言わせれば「従米・売国の太鼓持ち」たる、岡崎久彦(「自衛隊は戦争をする軍隊になりますよ」huffingtonpost.jp/tomoko-nagano/okazaki-hisahiko_b_5349355.html)や岡本行夫などの言説を見れば明らかなことだ。また、今回の法案では言ってないとか現行憲法下では明らかに違憲だとか「口先」では言ってはいるが、「徴兵制」にしても、「自民党憲法草案」では、その前文において「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り・・・」とし、また、ご丁寧にも、「国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。」と規定しており、改憲さえ実現できれば、憲法上、「国(政府)を守る義務」が「兵役の義務」(=徴兵制)を排除するものではないとすることなど、まさしく想定の範囲内ということになるのだ。

   とにかく、「ネオコン」と「ヤスクニズム」の混合体たる安倍政権の「本音」が「行け行け!どんどん!」であることは明白だ。そして、それは「核兵器」についても然りなわけで、安倍の「上から目線」の粗雑な「抑止」論からすれば、米国の核の傘に寄りかかることはもちろん、「自衛」のためには「核武装」も当然「検討」されるべきだということになるのだ。昨日(8月6日)は「広島被曝70年」で私にとっても涙を禁じ得ない一日であったが、安倍の白々しい言葉と姿には心底嫌悪感を感じずにはいられなかった。君たちは何しろ日本の若者たちに戦争で血を流してもらわなければならないと思っているようだが、それは君たち〈権力者〉の利益(しばしば「国益」と呼ばれる)のためではあっても、大多数の〈一般ピープル〉の「平和と安全と幸福」のためではないのだ。

   そもそも、米軍との共同行動が想定される中東において、「平和国家」日本の国民を危険にさらすことになった現在の混沌とした情勢はなぜもたらされたのか。アメリカの不当で不法な中東政策それ自体の結果ではないか。そうした中で生み出されたテロリズムが日本を標的にすることになった時、アメリカに助けてもらうだけで日本は何のリスクも負わなかったって?!冗談はよせ!こうした事態にアメリカが自らの責任で対処することは当然のことではないか。さらに、そうした中、アメリカと一緒に紛争地域に出かけ、たとえ「自衛」のためであろうと武力行使をすることになった場合、どのようなことが惹起されるというのか。泥沼の暴力の連鎖ではないか。
   こうした事態に岡本行夫は、「同盟国」アメリカの〈派兵要求〉に対して、集団的自衛権を認めない現行憲法に縛られず、軍医だけでも出していたら、自衛隊を出していたら、あんな大金を出さなくて済んだなどということを言うのだ(「報道ステーション」7月31日)。岡本の議論は、なんと、国民に対して、日本の若者の命を危険に晒すことによって金を節約しようという呼びかけになっていたわけだ―――もちろん、私は自衛隊の多国籍軍参加はさらに膨大な国民の金銭的負担に基づく軍需関連産業の利益増進のためだと考えているが。私は現在ある読書会のために中勘助の『銀の匙』を読んでいるが、この岡本の言を聞いて、その「後編 十」の次のような記述を思い出した。「修身」という学課は「・・・載せてある話といえばどれもこれも孝行息子が殿様から褒美をもらったの、正直者が金持ちになったのという筋の、しかも味もそっけもないものであった。おまけに先生ときたらただもう最も下等な意味での功利的な説明を加えるよりほか脳がなかったのでせっかくの修身は啻(ただ)に私を善良にしなかったのみならずかえって全く反対の結果さえひき起こした。」 戦前の戦争指導者についてもそうだが、武藤だの岡本だの議論の基底にある「最も下等な意味での功利的な」性格を一般ピープルは見抜かなければならない。
  ましてや、こうした中で、邦人企業や「居留民」保護を名目にした軍隊の派兵が簡単に受け入れられるとでも思っているのか。その場所がアメリカや韓国だったらありえないことだろう。おまけに、そうしたことを声高に叫んでいる連中は、〈治外法権〉的状況の中で被害を受け続けている眼前の日本国民については知らんぷりを決め込み、都合が悪くなると自己責任論に逃げこみ、さらには、「国」のため「公」のために犠牲を甘受せよと迫るのだ。米軍と自衛隊の夜間騒音に苦しむ厚木基地周辺の住民の存在にもかかわらず、中谷防衛相は自衛隊機の「差し止め維持」を認めた控訴審判決に対して「遺憾だ」と言ったのだ!

   何しろ、やり方が汚い。こんな汚いやり方をする政治家はそもそも信用できないのだ。私たち国民は、まず、安倍政治の本質を見抜き、その「巧言」に惑わされることなく、安倍政権から自らを守らねばならない。

     
   もう十分長くなってしまったので今日はこの辺で止めますが、次回は、「抑止力」に関連するヒゲの隊長やアベッチの〈幼稚〉な「たとえ」話について一言いっておきたいと考えています。



プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ワン・クリック・エリア
おもしろかったらクリックしてね!
にほんブログ村 犬ブログ 柴犬へ
にほんブログ村 にほんブログ村 格闘技ブログ 剣道へ
にほんブログ村 にほんブログ村 政治ブログ 平和へ
にほんブログ村
リンク
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる