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戦争法案は憲法違反!――アベのクーデタは許さない

あれが「強行採決」じゃなかったって!
 ―――君らは嘘つきなんだよ。主権者をなめてはいけない!



暗雲漂う国会―――9月17日午後8時頃
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   ※あの強行採決から一週間が経った。真っ当な論拠を示しつつ議論することすらできなかった自公政権は、まさしく「民主主義」的手続きすら無視した〈下品〉なやり方で、《憲法違反》の戦争法案を強行採決したのだった。19日未明という設定も、土日における国民の抗議行動を避けようとの意図だったのだろうが、あそこまで恥知らずな〈振る舞い〉に出るとは、私自身も本当に〈甘い〉なと思わざるを得ないほどだった。多くの専門家・知識人も声をあげていたが、あの法案は日本人の〈知性〉と〈論理〉能力への挑戦でもあったのだ。アベたちは、あのような無法な行為に及びながらも、相変わらず「丁寧に説明していく」などとほざいているが、強行採決後の世論調査にも表れているように、国民の多数はあの程度の《嘘》に騙されるほどマヌケではないのだ。ただ、アベの「丁寧な説明」とは、自分たちの階層的利害を一般ピープルの犠牲の上に嘘をついてでも冷徹に貫徹しようとしている〈イスタブリッシュメント〉とは別の、〈一般ピープル〉の「黄門様おねげえしやすだ」(権力迎合)層に向けてのものであり、その点は明確に認識しておくべきことだ。
   
   今日もイヌHKニュースでは、アベが「今回の平和安全法制を戦争法案という人がいるが、戦争法案ならあんなに外国が評価するはずがない(もっと批判するはずだ)」などと図々しく述べている様子が報道されていた。しかし、今回の法案が、日本国憲法が禁ずる海外での武力行使(戦争)を可能するもの=戦争法案であることは明々白々ではないか。米英などが評価するのは、これらの国が行っている《戦争》に日本が協力することになったからに他ならない。そして、多くの一般ピープルの犠牲者を生み出しているこの戦争を「自衛のため」、「平和のため」などというのは、ナチスすら言っていた、嘘言のプロパガンダに過ぎないのだ。そのことは、今日の混迷を生み出した湾岸・イラク戦争を考えてみれば明らかなことだといえる。

   そもそも、アベの「丁寧な説明」とは大きく三つに、すなわち、今回の「平和安全法制」は、(1)「国民の命とわが国の平和を守るために必要な法律を整備するもの」、(2)「日本を取り巻く安全保障上の環境が大きく変化したので、抑止力を高めて、戦争を未然に防ぐ」もの、そして、(3)その実際の運用は「(専門家である内閣が)総合的に判断して行う」といったものだ。しかし、それらは、現実的根拠などほとんど示さず、同じ言葉を100回繰り返せば、「黄門様おねげえしやすだ」(権力迎合)層は信じるだろうとの低級な思惑が透けて見える体のものなのだ。
   まず(1)に関して言えば、今回の法案が軍需関連産業の武器輸出を推進し、国民から抽出した税金を「軍産官学共同体」に大量に投入するためのものであることは、矢継ぎ早に出されている最近の諸政策を見ても明らかなことだと断言して良い。そして、この法案による集団的自衛権の行使は、国民の命と日本の安全を守るどころか、自衛隊員や海外で活躍しているNGOをはじめとする幅広い国民を危険にさらし、日本の平和を危うくするものであることは近い将来証明されることになるだろう(このままでは、確実に〈戦死者〉が出る)。
   また、(2)について言えば、今回の法制があたかも中国や北朝鮮の脅威から日本を守るためのものであるかのように宣伝しているが、今回の法案の眼目は、そうした「個別的自衛権」に関わるものではなく、アメリカの要請に従って、自衛隊を西アジアやアフリカに派兵すること、あるいは、アジアにおけるアメリカの負担軽減と日本の軍産複合体の利益ために、フィリピンやオーストラリアなどとの軍事的結びつきを強化することにあるのは間違いないことだ。そもそも、現在の中国の世界経済との結びつきを考えても、また、現在の米中間の軍事的力関係を冷戦期の米ソと比較しても、両者の軍事的衝突の危険性が高まったとかいうことは客観的にできまい。また、米朝の軍事的力関係も北朝鮮の核武装によって変化したけれど、そのことによって両者の軍事的衝突の危険性が増大したとは言えないだろう。そうした中、尖閣問題の先鋭化から〈軍事的〉抑止力の強化へと向かう日本の動きはかえって東アジアの緊張を増大させることになるだろう。実際、今回の集団的自衛権の行使容認による日本の〈軍事的〉抑止力の強化に対して、中国は〈軍拡〉で応えるとしているのだ。まさしく、両国の一般ピープルの利益に反する、両国の国家権力主義者同士の”Win-Win”関係へと繋がっていくのだ。両国の一般ピープルにとっては、そうした緊張がなぜ起きたのかを考え、また、その対立を如何に平和的に解決していくのかの方策が模索されなければならないのだ。
   また、(3)について言えば、まず第一に、膨大な犠牲者を生み出した戦前の権力者の「総合的判断」を是としているような、アベの「総合的判断」など信用できるものではないのは明らかなことだ。また、「えせ専門家」の中には、恥ずかしげもなく、〈世界最強のアメリカ〉に付き従っていくことが一番安心だとか、また、世界で一番正確な情報を持つアメリカと情報を共有できることが日本の安全につながるとか言うや輩がいるが、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争などを経験した我々にどの面下げてそう言えるのか。例えば、彼らの発想からすれば、米韓関係のようなフルスペックの集団的自衛権の行使が最高の抑止力を生むことになるだろうが、朝鮮戦争時に憲法9条がなければ日本の「平和」はどうなっていたというのだ。また、「軍産官学共同体」の利益のために、世界最強のアメリカとその同盟国において、どれだけ多くの若者が犠牲を強いられたことか。また、アメリカの情報がどれだけ公平・正確で、アメリカを誤った戦争から守り、アメリカを安全・平和にし得たのか。君たちの「総合的判断」など、一般ピープルの安全と平和にとって、全くの眉唾と言って良いのだ。
   さらに、アメリカの武力に心酔している日本の従米主義者たちの中には、日本国憲法の「平和主義」を揶揄するつもりなのであろうが、「座して死を待つ」ことはしないなどと威勢の良さそうなことを言う輩もいる。しかし、日本国憲法も、ガンジーの非暴力主義も、けっして「座して死を待つ」ものではなく、侵略や圧政に対して粘り強く抵抗していくものなのだ(例えば、石田雄『平和の政治学』、ガルトゥング『平和を創る発想術―紛争から和解へ』、シャープ『独裁体制から民主主義へ』などを参照)。それに対して、「座して死を待つ」ことはしないなどと言う輩ほど、対米戦争を煽っておきながら、自らが生き延びるために武器を捨て「無条件降伏」することによって、国民を可能性として「座して死を待つ」状態に放置したのではなかったのか。さらに、兵士や国民には投降を禁じ、玉砕や自決すら強制しておきながら、アメリカに擦り寄り、圧倒的武力の前で「命どぅ宝」と生きる可能性を追求せんとする〈一般ピープル〉を揶揄するが如き言辞を弄しつつ、沖縄に再び〈軍事的〉基地負担を押し付けるなどとは、全く恥知らずの振る舞いというべきなのだ。

私たちは、民主主義を踏みにじり、日本と世界の一般ピープルの命と平和を脅かす、憲法違反の戦争法を一刻も早く葬り去らなければならない。

   
強行採決後の夜の国会前で――民主主義がここに(9月19日午後7時)
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   ※詳述はしませんが、この日、自発的に集まってきた個人・夫婦・友人たちの間に聞かれた声(コール)と意思表示には、「民主主義」の原初的姿を感じさせるものがありました。実に素晴らしい光景でした。それでは最後に、この場で聞いた『安倍じゃダメでしょ』(加本和美・詩、『ビビデ・バビデ・ブー』のメロディーで)の歌詞を載せておきます。

さあさみんな 大声で
「安倍じゃダメでしょ」 
辺野古も川内でも
「安倍じゃダメでしょ」

9条も秘密法も
「安倍じゃダメでしょ」
最高責任者は
「安倍じゃダメでしょ」

安倍がいいのは アメリカや
財界・軍事産業・原子力村
 
暴走が止まらない
「安倍じゃダメでしょ」
安倍じゃ安倍じゃダメでしょ
「安倍じゃダメでしょ」
「安倍じゃダメよ」「安倍じゃダメよ」
《安倍じゃダメでしょ》
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沖縄を沖縄に返せ!―――9・12国会包囲に参加して

沖縄の未来に〈軍事〉基地はいらない!
 ―――沖縄を〈東アジア〉と〈世界〉の〈平和〉基地に!!




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沖縄を返せ・沖縄に返せ



   イヌHKニュースは、参院特別委員会における戦争法案の強行採決を「最大の山場」としてさかんに報道している(何を「公平中立」面をしているのだ!)。私は、今週はこれまで、夜に用事があったので国会周辺には行けなかった(その代わり、昼間、秋野菜の植え付けと種まきを終えることができた)。もちろん、日本の民主主義を「護り」・「実現」しようと行動している皆さんには心から敬意を表し、連帯したいと思っている。今日は、私も、雨が降ろうが槍が降ろうが、国会に行くつもりだ。しかし、私は、今日が「最大の山場」だなどとは思っていない。「最大の山場」は、このような、憲法違反の、主権者たる国民多数の世論を無視した醜悪極まりない戦争法案を強行採決しようと目論む自公政権を葬り去る時だ。「一般ピープル」の犠牲の下、あのアメリカに従属することによって、自分たちの狭い利益を貪ろうとする「エセ・エリート」どもに日本の舵取りを委ねることはできないのだ。

   ところで、先週の12日(土)、私は「止めよう!辺野古埋め立て」をスローガンとする国会包囲行動に参加してきました。沖縄の民意を無視し、美しい辺野古の海を埋め立て、軍事基地の新設を強行しようとするアベ政権への抗議行動です。当日は、主催者発表で2万2000人が参加し、沖縄からの訴えに耳を傾け、抗議のシュプレヒコールを上げました。ところで、この行動に参加して最も印象的だったのは、あのジュゴンが住む美しい珊瑚礁の海を、なんと、10トントラックで525万台分(2100万立方メートル)の土砂で埋め立てようとしていることへの沖縄の怒り、そして、沖縄三線の伴奏で歌った『沖縄を返せ』の大合唱でした。『沖縄を返せ』の歌詞は以下のようなものです。

   『沖縄を返せ』

  固き土を破りて
  民族の怒りに燃える島
  沖縄よ
  我等と我等の祖先が
  血と汗をもて
  守り育てた
  沖縄よ
  我等は叫ぶ沖縄よ
  我等のものだ沖縄は
  沖縄を返せ
  沖縄に返せ

   この歌は、沖縄の祖国復帰運動のとき歌われたものですが、今は、最後の歌詞が「沖縄を返せ」から「沖縄に返せ」に変えられています。戦後、銃剣とブルトーザーで土地を奪われ、沖縄返還後も過重の基地負担を押し付けられてきた沖縄の人々が、又しても、内地のアベ政権に美しい郷土を理不尽にも奪われようとしているのです。その思いは察するに余りあると言えます。

   沖縄の多くの人々が主張しているように、沖縄の明るい未来は、米軍基地に歪んだ形で依存するところには決してなく、基地をなくし、豊かで平和的な地域として再建していく中にしかないのでしょう。すなわち、日米両政府の国家主義的な〈権力政治〉に利用されるのではなく、その固有の歴史的・地理的条件をもとに、軍事基地をなくし、東アジアにおける地域的安全保障(「東アジア共同体」)の中心地として、さらには、国連本部の誘致などを行って、東アジアにおける軍縮と平和さらには世界的な安全保障体制のなかで貴重な役割を果たしていくことです。沖縄には、羨ましいような、大きな可能性があるといえます。

   それにしても、アメリカの「ポチ」たるアベ政権には、つくづく嫌気がさします。あの〈戦争国家〉アメリカに、沖縄をそして自衛隊を差し出して、いったい何を守りたいというのでしょうか。世界中で無数の「一般ピープル」を殺害してきた、海外でのアメリカの戦争に日本を巻き込み、日本国民にどのような犠牲を強いようというのでしょうか。集団的自衛権の行使を禁じる〈憲法9条〉を目の敵にする、アーミテージなど「ジャパン・ハンドラー」にすり寄り、「よし、よし」と褒められ喜んでいるがごときアベ政権に日本の未来を任せておくことはできません。とりわけ、今回の戦争法案と辺野古新基地の建設によって、沖縄の人々はさらに大きな危険と負担を押し付けられることになるでしょう。そして、そうした沖縄の民意を無視したアベ政権の暴挙を許すことは、本土の我々にとっても、「明日は我が身」に他ならないのです。




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沖縄と連帯する人々

株価大変動―――マスコミ雑感(3)

多国籍「ハゲタカ」資本は狙っている―――
  我々の〈公的資金〉はどうなるのか?!


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年金大丈夫?・・・僕も心配だよ



   最近の株価の大変動に対するマスコミの報道について、つくづく感じたことがあります。それは、「公共放送」のアナウンサーが、株価が上がれば「うれしそう」に、そして、株価が下がれば「しんぱいそう」に語って見せることでした。それは、明らかに、我々「一般ピープル」の感覚・心理を「株式市場」にシンクロさせようとするものと感じられたのです。確かに、株の〈投機〉をやっているような人々にとっては、そうした表情の変化に共鳴するところもあるのでしょう。しかし、私のように株に「無縁」な人間にとっては、そうした株価の短期的な変動に一喜一憂するシステムに〈つき合わさせられること〉自体が不快に感じられるのです。また、それだけではなく、私たち〈実体経済〉を支える「一般ピープル」にとっては、国際的な金融緩和によって肥大化された通貨を操り不当な利益を得ようとする国際金融資本の支配下での株価変動など、私たち「一般ピープル」の「富」をかすめ取る、偽装されたゲームとさえ言って良いと思うのです。実際、それは、より適正な生産・交換・分配・消費を実現しうる可能性をもつ様々なレベルでの〈実体経済〉を撹乱し、機能不全に陥れ、破壊すると共に、国際的・国内的な〈格差〉を拡大させ耐え難いものにすることによって現在の世界的な紛争の主要な原因・基盤を生み出しているグローバリズム経済の指標に他ならないのです。

   さて、日本における、こうしたシステム内で利益を確保せんとする輸出関連多国籍企業を中心とする勢力(経団連)の「太鼓持ち」が〈「アメポチ」安倍政権〉と〈黒田・日銀〉と言って良いでしょう。そして、その政策の鍵となっているのが、異次元の「金融緩和」と株式市場への「公的資金」の投入、すなわち「官制相場」に他なりません。そして、そのことの持つ意味は、私たち「一般ピープル」にとって極めて深刻なものになると思われます。なぜなら、グローバルな金融市場のなかで外国の「ハゲタカ」資本が〈日本企業〉や日本国民の〈個人資産1600兆円〉を食い物にしようと狙っていることはしばしば報道されているところですが、しかし、安倍政権の異次元の「金融緩和」や株式市場への「公的資金」の投入といった政策も、まさしく、一時的な株高や自らが多国籍企業のグローバルな展開のなかで利益を貪ろうとしている勢力のために、日本の「一般ピープル」の個人資産や公的資金を、あるいは「担保」(将来の増税やインフレ政策)として、あるいは、直接的な「掛け金」として利用し、利益を得ようとするものに他ならないだろうからです。勿論、そうした政策が日本の〈実体経済〉の成長を促し、「一般ピープル」の生活の向上に資するのであれば、ある程度許容しうる余地もあると言えましょう。しかし、現在の世界経済の状況や日本における経過そのものが表しているように、そのリスクはあまりにも大き過ぎると言えます。そうしたなかで、「アベノミクスは買いだ!」などと叫ぶことは、まさしく、これまでの日本国民の汗の結晶たる日本の企業を外国の「ハゲタカ」資本に売り渡してしまうことになるのであり(「日本売り」)、また、その原因はなんであれ、株価の大暴落によって、我々の年金基金をはじめとする公的資金や個人資産を雲散霧消させる可能性があるのです。

   確かに、「企業」活動にとって「資金」の調達が重要なことは言うまでもありません。例えば、戦後日本においては、「一般ピープル」の高い貯蓄率に支えられた潤沢な資金が、政府や金融機関(郵貯・銀行)を仲立ちとして実体経済を担う「企業」に融資され、高度経済成長を支えたと言われています。そして、現行の市場経済のシステムの下では、利子・配当を前提とした、株式による「資金」の調達も当然あり得るでしょうし、また、企業の株式市場での資金の運用による利益の獲得も、投機的リスクが大きすぎない程度において、許されるというべきかもしれません。そして、これまでも、より多くの資金を株式市場に集め株価を上昇させることを狙って、学校教育への働きかけや「株主優待制度」の宣伝等々、「個人株主」を増やすための取り組みが様々になされてきたのです。また、公営ギャンブルの推進者たちでもあるらしい(笑)現政権による「貯蓄から投資へ」というキャンペーンも顕著で、約880兆円と言われる銀行預金・タンス貯金をいかに〈株式市場〉へ誘導するかも図られているのです(麻生財務大臣)。勿論、「安定株主」ならともかく、より投機(ギャンブル)性の強い投資に誘導された場合、私の近辺でもあったらしい退職金の25%を失ってしまうという事例も起こり得るわけです。しかし、こうした個人による株の購入などは、少なくともある程度、《自己責任》の世界です。しかし、黒田・日銀による「公的資金」の株式市場への投入はけっしてそうではありません!それは、まさしく、景気対策などを名目とした、日本の「〈似非〉エリート」による一般ピープルの「資産」のかすめとりと〈格差の拡大〉に結果することはほとんど疑う余地のないことのように思われるのです。私たち「一般ピープル」は、私たちの意識をそうした「株式市場」にシンクロさせようとする情報操作によって、そうしたシステム自体への批判的意識を失わされてはならないのです。
   
   さて、今回の世界的な金融市場の混乱の震源地は「中国」と言われていますが、次回は、マスコミの中国に対する報道姿勢について感じたことを述べてみたいと思います。




ギリシャ財政破綻の危機―――マスコミ雑感(2)

財政破綻の原因と緊縮財政の是非
 ―――結局、ツケは「一般ピープル」へか?!



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よ〜く見なければいけないんだよね
(僕は爪を一度も切ったことがないんだよ。散歩で減っちゃうから。)


   あの《恥ずかしい》「〈似非〉エリート」たちは、自分たちの《恥ずかしい》行状を棚に上げて、盛んに「一般ピープル」の直接的な政治参加に〈ケチ〉をつけたがります。とりわけ、集会やデモ、そして、住民投票や国民投票についてそうです(もちろん、橋下の大阪都構想の時のように、自分にとって都合が良さそうな時にはそれを利用することもあるのですが)。
   ところで、こうした点に関連して、私が最近非常に興味深く感じたのは、デフォルト(財政破綻)に陥りそうになったギリシャがその財政支援の条件としてEUから求められた「緊縮財政」の是非を問う国民投票に対するマスコミの報道姿勢でした。すなわち、その主要なトーンは、国家の社会保障費削減に反対する「一般ピープル」に対して、〈国民〉は多額の年金を受け取っているとか、ギリシャ人は働かないとか、公務員が3割もいるとかといった、いわば、「借金を抱えているくせに、盗人猛々しい」とかいった論調だったのです。さらに、それは、「緊縮財政」に反対する「一般ピープル」の判断とその「国民投票」による表現を「ポピュリズム」(〈愚かな〉大衆に迎合する政治)として批判するものだったともいえます。しかし、私が認識していた限り、ギリシャの財政危機の主な原因は、アテネオリンピックを機にした(ギリシャ国内の「〈似非〉エリート」たちと連携した)国際金融資本の〈過剰融資〉だったのです(ドキュメンタリーWAVE『嘆きのギリシャ』などを参照)。さらに、その危機の原因は、なんと〈歳出の4分の1〉(総額で世界第4位)を、主に独・仏・米からの〈武器購入〉に充てていた(充てさせられていた)という事実にもあったのです(『週刊金曜日』1052号、32頁)。いうまでもなく、ギリシャのGDPは埼玉県よりも、フォルクスワーゲン社の売上げ額よりも少ないのです。そうした中での〈歳出の4分の1;単純に日本に当てはめれば約25兆円〉の持つ意味がどれほど大きいかは容易に想像しうるところでしょう。つまり、そうした事実の根本的な検証を抜きにして、マスコミ主流の報道は垂れ流されていたのです。すなわち、問題のポイントは、「財政破綻」の危機を、債権者や投機筋、そして、いざとなったら資産を持って国外に逃亡しようとする「〈似非〉エリート」の側から見るのか、世界で最も働き者(労働時間・世界第2位)でもあるギリシャの「一般ピープル」の立場に立って観るのか、ということなのです。

   ところで、現在の日本においても、その巨額な財政赤字の累積にもかかわらず、「2020年東京オリンピック」に向けて巨額な公共投資が目論まれています。そして、その内実がどのようなものであるのかは、今回の新国立競技場問題でその一端が明らかとなったと言えましょう。また、安倍政権はその発足時から軍事費を増大させてきましたが、来年度も約5兆円の防衛予算を要求し、さらに、文科省の「安全保障」関連費などを含む、多額の軍事費の支出を企んでいるのです。そして、このことは、社会保障費の切り捨て=「一般ピープル」の生活の劣化(:「緊縮財政」)と深く関わっているのです。例えば、もし、問題のオスプレイ12機ー1321億円分だけでも社会保障費や教育関連費に回すことができれば、どれほど多くの問題が解決できることでしょう!(→「1500億円で出来ること」)

   すなわち、ギリシャの「一般ピープル」について言えることは、ダントツの世界一の借金大国(!)日本の「一般ピープル」についても言えることなのです。確かに、「一般ピープル」の側にも解決すべき課題はたくさんあり、努力すべきこともたくさんあるでしょう。しかし、ギリシャでも日本でも、「似非エリート」とその「太鼓持ち」たちがつくり出した「負の遺産」の「一般ピープル」への転嫁に対しては特別の注意が必要なのです。世界の「一般ピープル」は、世界の「〈似非〉エリート」による手前勝手な世論操作に注意しなければなりません。

   
             【追記】 

   今、NHK/BS1 ドキュメンタリーWAVE『混迷 ギリシャ危機』を見終わりました。「緊縮財政」と国民投票、チプラス政権とEUとの交渉、その結果としての「緊縮財政」の中身、「犠牲」を強いられる市民、そして、それに抗して立ち上がる自主管理工場ビメオの労働者と彼らを支援する市民たち、見ごたえのある番組でした。(9月7日午後6時、記)

   

マスコミ雑感(1)――橋下徹の騙しのテクニック

《似非》エリート支配の仕掛け
 ――悪質な「詐欺師」に騙されないようにしましょう!

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僕は柴だけれど血統書なんていらないよ!
でも、人間にはマイナンバーがつくんだってね!HaHaHa


 ※ 今日の農作業はナス8本を収穫しただけで楽チンでした。ということで、今日もブログを書いてみようと思います。

   それにしても、今の世の中、本物の「エリート」とは全く似て非なる「《似非》エリート」が跳梁跋扈しています。しかし、彼らは、実社会に根を下ろし社会を実体的に支えている我々「一般ピープル」の一人一人が、国家の先行きを最終的に決定する権力を有する〈主権者〉として登場することを極端に嫌い、恐れてもいるようです。新聞を読んでいると、「国会包囲8•30大行動」の人数が多いとか少ないとか(主催者発表12万人、警察発表3万人超)、それに影響されてはならないとか、まあ戦々恐々たる反応が見られます。特に気の毒なのは『週刊新潮』で、その新聞広告には「本当は3万3000人!張りぼてのデモ」とあります。よほど「3万3000人」以上いたことが読者に知られると困るのでしょうね。しかし、当日は、国会正門前だけではなく、国会に向かう日比谷・霞ヶ関などの周辺には人が溢れていたのです。また、滑稽ではありますが、とりわけ悪質と思われるのが橋下徹大阪市長で、「人数たったあれだけ」(『東京新聞』9月1日)という支離滅裂なコメントをだしています。ちょっと、彼のツィッターを覗いてみましょう。相変わらず、こんな調子です。

   「デモは否定しない。国民の政治活動として尊重されるのは当然。政治家も国民の政治的意思として十分耳を傾けなければならない。ただし、デモで国家の意思が決定されるのは絶対にダメだ。」「しかも今回の国会前の安保反対のデモ。たったあれだけの人数で国家の意思が決まるなんて民主主義の否定だ。」「日本の有権者数は1億人。国会前のデモはそのうちの何パーセントなんだ?ほぼ数字にならないくらいだろう。こんな人数のデモで国家の意思が決定されるなら、サザンのコンサートで意思決定する方がよほど民主主義だ。」

   このツィートを読んでどう思いましたか。この手の話に「?」っと思わない人は「詐欺」に引っかかる可能性が大ですから注意しなければなりません(笑)。つまり、まず、「デモは否定しない。国民の政治活動として尊重されるのは当然。政治家も国民の政治的意思として十分耳を傾けなければならない。」とまずは常識的なことを言って信用させようとします。ところが、次に、「ただし、〈デモで国家の意思が決定される〉のは絶対にダメだ。」ときます。えっ?〈デモで国家の意思が決定される〉って何のことだ。誰がそんなこと言ってたのかな。制度的にもありえないですよね。要するに、これは橋下自身がデッチ上げた話なのです。そして、こうした事実に基づかないデマゴギーを前提にその後の話を組み立て、そして、憲法にも保障された国民の政治的意思を表現する「今回の国会前の安保反対のデモ」を、民主主義を否定するものとまで誹謗することになるのです。悪どい手口ですねえ(笑)。

   そして、これも失笑ものなのですが、まず、小学生向けのように、〈国会前の安保反対のデモ〉の数と〈日本の有権者数は1億人〉との単純な数的比較を提示します。そうして、次に、〈国会前の安保反対のデモ〉の数は「サザンのコンサート」の聴衆の数より少ないのだから、それよりも少ない「戦争法案反対」の声で〈国家の意思が決定される〉ということは、(多数意見の反映という意味で)より「民主主義」的ではない、という詭弁を弄するのです(笑)。今回の「国会包囲大行動」の参加者がサザンのコンサート1回分の聴衆より少ないのかどうかは判りませんが、言うまでもなく、ここでのポイントは、あの偉大な『ピースとハイライト』を唄ったサザンの〈ファン〉がコンサート一回分の聴衆よりも多いだろうように、「戦争法案反対」の国民・有権者の数は、「人数たったあれだけ」とか宣う橋下のツゥイートに”いいね”とポチっている数千人よりもはるかに多いのはもちろん、全有権者の圧倒的多数ですらあるだろうということなのです。そのことは、「御用マスコミ」をも含む各種の世論調査ではっきり示されていることですよね。要するに、橋下は、〈デモで国家の意思が決定される〉とかいう虚偽の前提と単純な数的比較の〈仕掛け〉によって、「戦争法案反対」の国民の声を〈国会前の安保反対のデモ〉の数に封じ込め少なく錯覚させようとするとともに、再度、圧倒的多数の国民の政治的意思の表現でもある〈国会前の安保反対のデモ〉をあたかも民主主義を否定するものかのように印象付けようとしたのでした。

   もちろん、こうした詭弁の背後には、国家の意思を決定するのは、主権者たる〈一般ピープル〉ではなく、〈エリート〉たる政治家だ、より限定的には、橋下とお友達の安倍政権そしてそれを取り巻く現在の国会議員たちだという思いがあったのでしょう。しかし、焦点の集団的自衛権を公約の一番最後の方にそっと忍び込ませ、アベノミクスでカモフラージュされた低投票率かつ違憲あるいは違憲状態の選挙でまさしく「詐欺」のように構成された現在の国会において、主権者たる国民を軽んじ、立憲主義を踏みにじり、憲法違反の戦争法案を強行採決し、日本の若者をアメリカ軍の「下請け」として海外の戦場に送って戦死させようする策動があるが故にこそ、国民の圧倒的多数の懸念と反対の声を背にして、「国会包囲8・30大行動!」は行われたのです。つまり、〈詐欺〉のようなシステムによって生み出された国会・政府=少数の《似非》エリートによって、圧倒的多数の主権者たる国民の生き方を大きく変える憲法の実質的改変が行われようとしていることに対して、多数の国民が「勝手に決めるな!」と立ち上がったのです。

   もし、《似非(えせ)》でないというのなら、心にやましいところがないというのなら、解散総選挙で真正面から民意を問うてみよ!それが嫌なら、廃案にすべきなのだ!

  ところで、橋下は維新を離党し、維新を割るつもりのようです。今回も、前言を翻しては、大阪市民・大阪府民の「負けず嫌い」の感情を利用し、自己の「政治生命(影響力)」の維持を図るつもりようです――もちろん、前回の住民投票でも示されたように、大阪市民(大阪府民)はそのような子供騙しに簡単に乗るとは到底思われませんが。ところが、「〈御用〉マスコミ」の報道は、こうした橋下の言行には極めて寛容なように思われるのです。さらに、ある評論家によると、そもそも政治家に「言うことが変わらないことなどを求めてはだめ」なのだそうです。その理由は定かではありませんが―――笑ってごまかしていましたが―――、要するに、この評論家によれば、政治家に〈説明責任〉や〈結果責任〉を問うてはいけないということになるのでしょう。なるほど、これまでの自公を中心とする政治家さんたちはウソばっかりついて、全然責任取ろうとしませんでしたからね。お前たち「愚民」は「深慮遠謀」の政治家たちを信用して、ついて行けとでも言いたいのでしょう(爆笑)。とにかく、政治屋さんたちのやりたい放題はもう止めさせなければなりません。

   特定検診に行ってきます。次回のブログは、ギリシャ、株価そして中国などを予定しています。  

 
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バカバカしくてあくびが出ちゃう

この恥ずかしさは何だ!――2020東京オリンピック

  安倍の” under control "から始まった「嘘つき」五輪
   
君達は一体何をやっているんだ?!DSC_3551.jpg


   佐野研二郎様デザインの《五輪エンブレム》問題―――これは現在の日本社会の風潮をそのまま表しているのでしょう。それにしても、次から次へと明らかになる、《時流》に乗った「(似非)エリート」さんたちの「非道」は 本当に酷すぎませんか。とりわけ、「日の丸」を背負って世界中に「恥」を晒すとなると、「国民」としても、穏やかな気持ちではいられません。本当に恥ずかしい限りです。時代劇風に言えば、「成敗」とか声がかかってもやむを得ない状況でしょう。しかし、こうした新国立競技場から五輪エンブレム問題へという流れの根っ子には、福島原発事故の復興支援を脇に置いて、「お友達」の利益実現にのみ突っ走った政治家たちの存在があることも忘れてはならないのです。すなわち、オリンピック誘致の最終プレゼンで「アンダー・コントロール」と宣った〈嘘つき〉アベッチたちの存在です。私は、2年前に書いた「SARO-MURIKI「つぶやき」選集(21)―――福島とオリンピックと」(http://saromuriki.blog.fc2.com/blog-entry-144.html)を思い出してしまいました。そこには、こんなことが書いてありました。

○ 猪瀬、首都高速は渋滞しているだろが! アベ、汚染水は港湾外に流れ出ているだろうが!オリンピックは、子供たちに嘘を言って良いと教えるのか?! 
○ 鉄人が(トライアスロン) 防御服着て泳ぐ 東京湾(お台場)
○ アベッチに ノーベルウソコキ賞を、ノーベルアメポチ賞も。
【追記】 9月7日早朝、いつもより早く目が覚めてしまった私は、2020年オリンピック開催地決定の様子をライブ放送で観ることになりました。そして、猪瀬都知事や安倍首相のプレゼンを聴いてつぶやいたのが最初のツイートです。それにしても,この二人,真っ当な時代であったなら決してあり得ないような低級な俗物が高位について〈ハイ〉となり、彼らの浮ついた支持者やそのアホぶりから利益を得ようとする狡猾な外国人には〈受ける〉のだろう〈軽薄〉な「美辞麗句」を口からでまかせに並べ立てるという、どうしようもなく恥ずかしいパフォーマンスを演じることになったのです。

   いやはや、当時の東京都知事・猪瀬直樹も、徳洲会からの「借入金」問題で、嘘をつきまくった挙句、辞めてしまいましたねえ。それにしても、童話に『裸の王様』というのがありましたが、現在の賢い日本の「ネット市民」や「一般ピープル」の目をごまかすことなどはできないのです! そして、こうなってしまった以上、「王様」とその〈お友達〉そしてその〈お仲間〉になりたがっている連中の「裸の姿」を隠すには、もう《秘密保護法》におすがりするしかないということでしょう。もちろん、こんな愚劣な〈お友達〉連中の内々の「密談」を許してはならないのですが。ただ、”ノブレスオブリージュ”の片鱗もない、欲に目が眩んだ〈イスタブリッシュメント〉とそのおこぼれに与ろうとする太鼓持ち(=「似非エリート」)たちは、決して〈公然とした悪あがき〉も止めないのです。その中心が「〈御用〉マスコミ」による世論操作です。この件については、次回のブログで、最近感じた印象的ないくつかの事例を取り上げて考えてみたいと思います。


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I'm Saro in disguise. Ha Ha HA
       ―――バレバレだよ〜ん
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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2019年11月現在満13歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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