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10月は終わりますが、『アベ政治を許さない』!

主権者として「自省」し、
 「日本国憲法」の民主主義と平和主義を取り戻そう!



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私は、故あって、丸刈りとしました。



   アベとその取り巻きに、「至誠に悖(もと)る なかりしか?」とか「言行に恥づる なかりしか?」とか問うたら、彼らはなんと答えるでしょうか。政治を「私(わたくし)」し、虚言を弄しまっくっている彼らが真っ当に答えるはずはありませんが、そうした彼らを許してしまっている私たち主権者こそは、大いに反省しなければなりません。『アベ政治を許さない』―――決意を新たにします。

 ⭕️辺野古の海を、沖縄の人々の心を・・・・このやり口こそアベ政治の典型だ!

   アベ自公政権は、又しても、多数の沖縄県民の意思を無視し、〈汚い手口〉を弄して、基地負担を沖縄に押し付けようとしている。名護市を通さず「久辺(辺野古)3区」に直接カネをばらまいたり、翁長知事の埋め立て承認取り消しに対して沖縄防衛局ー国土交通省のお手盛り審査(「効力の一時停止」そして代執行だって!)をやったり、さらには、今後、(自民党長期政権下で育成した)司法の場での勝利も確実なのだそうだ。
   そもそも、辺野古の埋め立てを、圧倒的多数の民意と公約に反して、任期終了直前のドサクサに紛れて承認してしまおうと図ったアベ政権の〈手先〉―――図々しいこと限りないが、最近の写真の歪んだ表情を見ると、その末路もお気の毒さまと思わざるを得ないものといってよい―――の行いこそが『信義則』に反していたのだ。そして、こうした姑息な法的権限を盾とする民意への裏切りは、直後の選挙によって明確に審判されているのだ。
   アベ政権のやり口というのは、それ自体、民主主義の原理や倫理に則ったものなのではさらさらなく、結局、〈一般ピープル〉の「長い物には巻かれろ」意識や「諦め」意識にすがるしかない代物なのだ。「結局、弱いものは強いものに勝つ見込みはないのだから、目の前の利益を手にするしかない」=結局「金目でしょ」と。もちろん、基地関連事業に依存して利益を得たり、生活している人々もいる。しかし、元宜野湾市議らの一部が「辺野古埋め立て承認取り消しで(普天間)飛行場が固定化し住民の生存権が脅かされる」として、米軍基地を辺野古に押し付けようとするのは「義」に反している。そして、普通に生活する人々が〈真の生活意識〉に立ち得た場合には、アベらの言う沖縄・辺野古への「正当化」論など全て吹っ飛んでしまうのだ。それは、戦前・戦後を通した沖縄の民衆であろうと、本土の民衆であろうと、シリアの民衆であろうと同じことだ。要するに、お前たちの利益のために、勝手に決めるんじゃないよ!ということに他ならない。



   実は、この後、「新三本の矢」、TPP、臨時国会ー外遊、野党共闘などについて書き始めているのですが、今日も芋掘りなどをやっているうちに時間がなくなってしまいました。それらについては、明日以降にしたいと思います。


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しばらく自給できるね!うまかった

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中秋の妙義・白雲山―――ツーリング登山2015

紅葉には早いけれど、晴天に誘われて
   ―――クロスカブ君は 早い!安い!でも、疲れるよね



   ※10月に入ってさすがに秋晴れの日が続いています。農作業のほうでは、ジャガイモ、ニンニク、玉ねぎ、キャベツ、白菜、ブロッコリー、大根そして人参は、順調に育っているようです。ただ、ほうれん草に元気がない。また、小松菜とチンゲン菜は、間引く前に黒い虫にゴッソリ食べられてしまい、今後復活するのかが心配です。
   心配といえば、TPPについて「奥さん」が「安倍は本当に日本を壊すつもりよね。」と言っていました。確かに!! しかし、時代劇のように「仕置」・「成敗」等々というわけにはいきませんから、次回の参議院選挙そして衆議院選挙に向けて、まさに〈沖縄〉の人々が成し遂げたように、国民の意思を国政に反映させることのできる具体的方法を創り上げていかなければならないと思います。私もできるだけの努力はしたいものです。


   さて、群馬県の妙義山は、上信越自動車道を走る時、突然目の前に「人を小馬鹿にしたように」現れる〈焦げ茶色の岩の塊〉です。若い頃から紅葉の名所だとは知ってはいましたが、ここも、これまで訪れたことはありませんでした。しかし、ここ数年妙義山を見る機会が増えたこともあって、機会があれば登ってみたいと、地図や情報は入手してあったのです。
   そして、10月7日(水曜日)、前日までは迷っていたのですが、天気予報が確実に晴れるということで、明け方サロさんと散歩し、朝食を済ませた後、7時10分、ついに出発したのでした。紅葉には少し早いけれど、爽やかな早朝の青空に促されたというところでしょうか。


コースは「妙義神社から白雲山」
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   ※アプローチは、原付2種のクロスカブで、一般道国道17号から18号を経由し、途中のコンビニで昼食や水などを購入したのも含めて、3時間を要しました。コースは、写真のまっぷの右側、以下のようなものでした。妙義神社出発は10時10分でした。

  妙義神社―――大の字―――白雲山―――タルワキ沢のコル
  ―――中間道―――妙義神社


大の字で一休み
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   ※大の字に出て視界が開けると、天気が良いこともあって、遠望が効きました。同時に気付いたことは、〈里が近い〉ということです。まさしく、東京タワーに登って下を見ているような感覚なのです。これは、道路から妙義山の稜線を見ても同じなのでしょうから、今度は車から稜線の登山者を見つけてみたいと思いました。
   それにしても、登山ではルートファインディングが命です。恥ずかしながら、私は大の字を出た後、辻で奥の院への標識を見落とし、第一見晴の方へ10分ほど下ってしまったのです。そして、その結果、数年前滑落事故があったらしい岩場を鎖でトラバースすることになったのです。


  
奥の院
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   ※見晴に向かう途上、ハシゴを登った洞窟の中に奥の院があります。昔の修験者は、こうした洞窟で幾日も過ごしたのでしょう。世を捨て、仏道に身を捧げることにした理由はどのようなところにあったのでしょうか。我が身を振り返りながら、考え込んでしまいそうでした。滑落死亡事故のあった奥の院からの30mの鎖場は、特に「危険」という感覚はありませんでした。

   

白雲山稜線より裏妙義・浅間山
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   ※稜線上の見晴にでると、裏妙義・浅間山方面の視界が開けます。7月には浅間の外輪山・黒斑山に登っていますので、見入ってしまいました。その時、数人の若者たちが引き返してきました。撤退する勇気は必要ですよね。



白雲山稜線より安中・榛名方面
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   ※友人の家が安中にあり、そこから妙義山が見えますから、この写真のどこかに友人の家が写っているのかもしれません。赤城山にはテントを張って登ったことがありますが、榛名山はまだですので、来年あたりには行ってみたいと考えています。



大のぞきから天狗岩  
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   ※稜線上で奥秩父方面を見ながら昼食をとり、一息ついた後、大のぞきに向かいました。大のぞきでは、天狗岩の威容と浅間方面の展望が良く、稜線歩きの気持ち良さを満喫することができました。



30mの鎖場の一部
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   ※大のぞきを出ると、すべり台状の30mの鎖場で、キレットを下ることになります。鎖があるということは無い所より安心なわけで、足場をしっかりと見つけ、いざという時のために鎖をしっかり握っていること、それに注意を集中することです。金洞山の方にはもっともっと多くの危険な鎖場があるようですが、私が怖いと思っているのは、鎖の無い危険箇所、それも下りです。くわばら、くわばら。



今日の〈りんご〉は中間道・第二見晴で
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   ※タルワキ沢のコルからタルワキ沢を下りましたが、途中に遭難碑が幾つかありました。天狗岳から落ちたのでしょうか。しかし、山に命をかけるのも一つの生き方だと思います。ただ、いつも自分へのご褒美にリンゴを一個持っていく、私のような観光登山家には、山に命をかけることは出来無いようです。そして、中間道(関東ふれあいの道―さくらの里と石門の道)・第二見晴で金鶏山を見ながら食べたリンゴは、今回も最高に美味しいと感じました。


カブ君―――往復210㎞・6時間ご苦労様!

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   ※中間道から妙義神社に着いたのが3時30分。その後、おみくじを引いて(末吉)、近くの旅館で一風呂浴び、家路に着いたのが4時30分。帰り道も幹線の一般道ですから、ただひたすら帰りを急ぎました。なぜなら、当日「1st兄貴」が仕事で、私がサロさんと散歩しなければならなかったからです。そして、家に辿り着いたのが7時30分。夕食後すぐにサロさんと散歩。しかし、当日は、ショートカットー30分で勘弁してもらいました。きっと,「我が〈しもべ〉たる飼い主は,今日は疲れているらしいな」などと思っていたことでしょう。それにしても、クロスカブ君は偉い。ガソリン代360円ですからね。



中秋のスーパームーン・ 埼玉(9月28日)
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川越・関宿・佐野・館林――秋の関東平野2015

〈江戸の面影〉を追う小旅行
 ―――江戸時代の支配層は恥知らずだったのだろうか?

  
   ※みなさんも同じだと思いますが、アベの外国でのスピーチには身の毛もよだつような恥ずかしさを覚えます。なにしろ、シリア難民問題で「金は出す」(湾岸はどうしたい?!)が「人口問題」だなどと言ってみたり、「アメポチ」の安保法制をもって常任理事国入りを求めたり、さらには、アメリカの投資家に「日本売り」を勧めながら ”economics、economics、and economics(金・金・金?)”ですからねえ。日テレやフジといった「御用マスコミ」はアベを盛んに持ち上げようとしていますが、日本の政治家の質もここまで劣化したのかとつくづく悲嘆にくれざるをえません。佐倉惣五郎や田中正造のようになれとは言いませんが、少なくとも、世界に恥をさらすことだけはやめてほしいものです。そんな思いに心を悩ませながら、「逝きし世」の江戸の面影を求めて、クロスカブで小旅行に行ってきました。しかし、その後に合意がなったというTPPにしても(!)、アベの〈日本壊し〉は進展する一方のようなのです。




 ☆9月29日(火) 川越・「小江戸」の旅
         喜多院ー川越城本丸御前ー蔵造り資料館ー時の鐘


   
喜多院・移築された「客殿」と庭
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   ※私は、埼玉に40年以上住んでいましたが、川越に行った記憶はありませんでした。精神的に貧しい生活をしていたわけです。まず最初に訪れたのは喜多院でした。多宝塔なども大変立派でしたが、最も興味を持ったのは、三代将軍家光の生誕の間や乳母の春日局の化粧の間などがある、江戸城紅葉山別殿が移築されて在ったことです。こういうところに住んでいたのですねえ。なるほど、なるほど。



喜多院・五百羅漢
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   ※喜多院には、五百羅漢の像があります。羅漢とは仏教の修行を積んだ聖者のことですが、ここにある538体の仏像の表情は実に多様で面白いと思いました。特に気に入ったのは、なぜか顔を覆っているこの2体の聖者です。あなた達も、恥ずかしがっているのですか?!悲しんでいるのですか?!



川越城本丸御殿
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   ※喜多院から、住宅街を歩いて、川越城本丸御殿遺構を見学しました。本丸御殿は、鷹狩りなどで度々あった将軍の「御成御殿」だったと考えられているそうです。また、蔵造りの町並みに向かう途中で、中ノ門堀跡を見ることができました。こうした大規模な土木工事に動員された「一般ピープル」は大変だったでしょうねえ。



時の鐘
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   ※川越を象徴するのがこの「時の鐘」で、写真は「蔵造り資料館」(旧小山家住宅)の庭から撮ったものです。川越は何回も大火に見舞われたということで、蔵の中にあった時代物の消防用具などの展示は非常に印象的でした。耐火構造の「蔵造り」の建物もそれに対応するものだったのです。



耐火構造の蔵屋敷
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   ※これは観光客で賑わう「一番街通り」にあった蔵屋敷です。菓子屋横丁で買った団子を頬張りながら、寛政4(1792)年建築の大沢家住宅を見た後、ふらっと入った「小江戸ラーメン」で昼食をとりました。大変懐かしい醤油味の「支那そば」で、ラーメン好きの「2nd兄貴」だったらなんと言うだろうと思いました。お土産は、「姉貴」に頼まれた豆菓子で、〈試食品〉を食べまくったあげく、5種類も買ってしまいました。満足、満足!



 
   

 ☆9月30日(水) 関宿ー境・江戸川と利根川の分流点
         関宿城博物館ー道の駅さかい


利根川方面の堤防を背に 富士山とクロスカブ
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   ※関宿は関東平野のほぼ中心に位置する要衝の地で、利根川と江戸川が分かれる川の港町としても栄えたところです。利根川沿いの土手に登ると、関東平野とそれを取り巻く周辺の山々が一望できます。丹沢、富士、秩父、浅間、上州、日光、そして、筑波。関東平野の構造が、荒川ー隅田川、江戸川、利根川といった大きな川とそれを取り巻く山々との関係で、何か初めて感覚的に把握できたように感じられました。なるほど、今、私がいるのは関東平野なのだと。



千葉県立関宿城博物館
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   ※博物館で最も印象に残ったのは、周辺の洪水の歴史や治水工事に関わる展示でした。つい最近、近くの鬼怒川沿いの常総市でも大規模な水害が発生していますが、関宿近辺も近世より多くの水害に悩まされてきたのです。それは、江戸の水害防止や水上輸送の便などを目的とした「利根川東遷事業」(徳川家康の命令によって始められた利根川の流路を東京湾から銚子に変える大土木事業。1594〜1654年の60年間にわたって伊奈備前守忠次らによって行われた。)によるもののようで、そうした中で、新たに開削した江戸川の水量を調節するための、「関宿棒だし」や「関宿水閘門」などの洪水対策工事も行われてきたのです。縄文時代、東京湾は岩槻あたりまで入っていたということでもありますが、江戸時代の「新田」開発や水害にまつわる話もこの辺に起因していたというわけです。


江戸川方面を見る
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   ※流山や野田橋近辺の江戸川の堤防や河川敷にはこれまで数回行ったことがありましたが、関宿近辺は初めてでした。関宿城博物館の見学後、なぜか気分が乗らなかったので周辺(中の島公園など)の散策はやめ、境側に渡って、道の駅で地粉を使った手打ち蕎麦を食べ、高瀬舟の乗り場を見た後、国道354号から帰路につきました。次回は、この354号を東に向かい、佐原から鹿島にまで足を伸ばしてみたいと思っています。





 ☆10月3日(土) 佐野・館林
         佐野厄除け大師ー雲龍寺(田中正造の墓)
         ー館林(田中正造記念館)


佐野厄除け大師ーーーすごく「厄除け」的なお寺さん
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   ※私は「一般ピープル」を自認していますが、この「厄除け大師」様にはちょっと・・・写真に写っている「さのまる」君(2013年度ゆるキャラグランプリを受賞)は可愛いのですが、お寺全体がなぜか〈お賽銭〉という感じで、どうしても引いてしまう感じがしたのです。でも、お土産は、やはり「さのまる」君に負けて、向かいの観光物産館で「佐野らーめん」を買ってきました。



佐野の見世蔵造りの商家
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   ※佐野市街は、江戸時代、例幣使街道の宿場・天明宿として栄えた所といいます。写真のまんじゅう屋さんは明治初期の建築のようですが、さすがに歴史を感じさせる建物です。私はあまり「歴史」の重みということについては意識してきませんでした―――つまり、歴史に縛られているという感じはありませんでした―――が、こうした歴史的建物や文化の近くで育った人には何か特別な思いもあるのかもしれません。どうなんでしょうか。



田中正造の墓および求現堂
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   ※田中正造に興味を持ったのは、若い頃、林竹二『田中正造―――生と戦いの「根本義」』と言う本を読んでからでした。数年前にも、『田中正造文集(一)・(ニ)』を読み、ちょっと近寄りがたいが、立派な人だとつくづく感じていました。そんなわけで、今回の小旅行は、田中正造ゆかりの場所を選んでみることにしました。まず、最初は、(4カ所に分骨されている墓の一つである)雲龍寺です。墓の右側には、正造が死の13日前に「現在を救いたまえ」と祈ったことに由来する「求現堂」があり、さらに、その横の歌碑には、「毒流すわるさ やめずバ 我止まず 渡らせ利根ニ 血を流すとも」という正造の歌が刻まれていました。なるほど・・・


足尾鉱毒事件被告乃碑
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   ※雲龍寺は、日本における公害反対闘争の原点と言われる足尾鉱毒事件の闘争本部となった場所でもあります。鉱毒被害民は被害地のほぼ中央にあるこの寺の鐘を合図に集結し、東京への大押出しに繰り出したとのことです。写真は「足尾鉱毒事件被告乃碑」の裏側に刻まれた名簿で、闘いに立ち上がった被告たちの名前が一人一人刻まれています。



渡良瀬川とクロスカブ
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   ※雲龍寺を出て、寺の前を流れる渡良瀬川の土手にカブを停め、草原に座って一人昼食をとりました。そして、人影の全く見えない河川敷で遠くの山々を眺めていると、自分がこの世に〈個〉として存在している「絶対性」のようなものを強く感じました。しかし、またすぐに我にかえり、サロさんや家族や友人たちのことを思い出したのです。




NPO法人による「田中正造記念館」
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   ※館林は予想を超える大きな城下町で、様々な文化施設が存在していました。その中の武家屋敷の一角に「NPO法人足尾鉱毒事件田中正造記念館」があります。民家をそのまま記念館にした内部には、主催者の志が隅々に表れた手作りの展示物がならび、その思いが伝わってくるようでした。また、当日は、「田中正造 カツ夫妻 54通の手紙から」という、2015年度・企画展が行われており、夫婦にはこんな結びつきもあるのだなと感心したりもしました。

   それにしても、福島の現状、そして、原発再稼働―――「現在を救いたまえ」!



サーヴァントさんがいなかったので僕はフテ寝だよ〜ん
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大相撲・秋場所を見た!―――12日目・両国国技館

 生まれて初めて大相撲を見てしまった
 ―――結構楽しくて また来ようと・・・





各部屋のノボリがいい雰囲気だ!
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   ※北海道に住んでいた時、小学校の校庭に大相撲の巡業が来たことがありました。ただ、相撲取りの姿を見た記憶はありますが、実際の土俵は見ることができなかったようです(記憶にありません)。当時の北海道は、道出身の力士が多かったせいもあってか―――たとえば、千代の山、吉葉山、大鵬、北の富士、北の湖、千代の富士など―――、相撲人気は大変なものでした。特に印象に残っているのは、入院患者たちが1日一番の勝敗予想の星取表をつけていたことや、夕闇迫る中、テレビがある飲食店の前にたくさんの人々が群がって相撲中継を見ていた光景です。そして、2015年9月24日、私は人生で初めてやっと大相撲を生で見ることができました。


この身体は凶器だよね。横幅が違うよ!
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  ※今回大相撲を見ることができたのは、写真の友人がチケットを取ってくれたからです。彼は東京人ではありましたが、やはり、相撲を見たことはなかったそうです。彼の話によると、現在の相撲人気は非常に高く―――ちょっと前は、八百長がらみで、席がガラガラだったのが嘘のようです―――、なかなか席が取れないのだそうで、たまたま残っていたのが、2階のC席、国技館の最後尾の前の席だったというわけです。


2階のC席でも十分楽しめた!
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   ※しかし、土俵上の力士は十分に見えましたし、行司や力士の声、そして、館内の観衆の反応が直に伝わってくる、テレビでは感じることのできない臨場感に大満足しました。同じ東京人の「おじさん旅行」の仲間の先輩は、高校時代から学校帰りに蔵前国技館に通っていたということですから、やはり相撲には魅力があったのでしょう。来年は彼を解説者に、是非また、相撲観戦を楽しみたいものです。

照ノ富士が初黒星で・・・
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   ※今場所は、日馬富士と白鵬の2横綱が休場で非常に残念だったのですが、そうした中、最も注目されていたのが青年大関・照ノ富士でした。私も、「愛嬌」があって荒削りですが気迫のこもった相撲を取る照ノ富士に期待していました。ところが、この日、それまで全勝だった照ノ富士が対栃煌山戦で負けてしまったのです―――座布団が飛んでましたよねえ。おまけに、照ノ富士は、翌日の対稀勢の里戦では膝を痛めてしまい、千秋楽の本割では横綱・鶴竜に勝ったものの、優勝決定戦では負け、優勝を逃してしまったのです。早く怪我を治して、来場所以降の活躍に期待したいものです。しかし、この日には、「狂い咲き」の好漢嘉風、「胸反らし」ベテラン琴奨菊、若手のホープ逸ノ城、そして、人気の遠藤など、館内を沸かせる好取り組みがあり、大いに楽しませてもらいました。

   実は、私、少年時代、相撲が「得意」だったのです。学校の休み時間には、体育館のバスケットボール用のサークルでよく相撲をとったものです。さらに、私の小学校には土を盛り上げた本物(?)の土俵があって、所属50人ほどの相撲クラブもあったのです。そこで、私は、6年生の時の放課後、「土俵破り」(?)に出かけて行ったことさえありました―――結果はご想像にお任せしますが(笑)。
   これまでの人生の中でやりたくて出来なかったことはたくさんありますが、今回の大相撲観戦もその一つでした。そして、感じたのは、「これは面白い!また来よう」と言うものでした。アホなアベ政権を見てばかりいるとこちらの方が腐ってしまいますから、気分転換のためにも色々楽しまなければならないと思うのです。さて、次は・・・


 ―――「姉貴」は幼稚園の時〈女横綱〉だったんだって。いやはや、勝てないはずだよ

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対中国・ネガティヴキャンペーン―マスコミ雑感(4)

「反中・嫌韓」でアベ支援
  ――結局、「権力政治」家間の”Win-Win”関係に!



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僕は「アメリカのポチ」じゃないよ!


   ※ 「線状降水帯」とやらに覆われた関東・東北地方の豪雨被害、また、東京湾を震源とする震度5弱の地震、そして、阿蘇山の噴火。なにやら日本列島に大きな災害の波が迫ってきているのをひしひしと感じます。それにしても、これから頻繁に起こると警告されている巨大災害に対する対策は十分為されているのでしょうか。相も変わらぬ「外敵」の脅威を理由とした自衛隊の〈海外〉派兵が目論まれる一方、まさしく、目の前の国民の命と安全を守る〈災害救助〉の体制のより強固な確立と訓練は十分に行われていると言えるのでしょうか。今回の災害の報道を見ても、また、東日本大震災や福島原発事の被災者の〈現在の姿〉を見ても、本当に国民が大切にされているのだろうかと暗澹たる気持ちになることがあります。さらに、こうした感覚は、労働者派遣法、軽減税率、原発再稼働、沖縄の辺野古新基地問題等々についても言え、やはりアベ政権はアベの「お友達」のための政治であり、日本社会を実体的に担う「一般ピープル」のためのものではないとつくづく思うのです。

   ところで、かなり前からになりますが、「御用マスコミ」のニュースを見ていて、そのあまりにも見え透いた「反中」報道に苦笑せざるを得ないことが多々ありました。それは、必ずしも軍事的、外交的問題とは限らない、中国の経済・文化・社会総体に対するネガティヴキャンペーンと言って良いもので、その多くは、アベ政権が苦境に立ち入らざるを得ない事実報道の後にほとんど「唐突に」繰り出される、アベ政権への援護射撃といった類のものなのです。「来るぞ来るぞ」とワクワクして見ているとほとんど間違いなく来ます。それは、中国に対する「大衆」の《イメージ》をネガティヴ(否定的)なものとして形成・固定化し、そうして作られた「敵(中国)」に〈対抗〉する(「悪く言う」)日本のアベ政権を「肯定的」なものと印象付けようとする典型的なイメージ戦略に他ならないと考えられます。そして、言うまでもなく、こうした「御用マスコミ」の大元には、憲法違反の集団的自衛権の容認を下品にも強行した〈アベ自公政権〉と、よくもあのように邪悪で醜悪な表情ができるものだと感心する櫻井何某とかいう〈エセ文化人〉たちがいるわけなのです。

   もちろん、中国には、様々な問題があり、批判すべきことも沢山あります。とりわけ、「人権問題」や「一党独裁」といった政治的領域での問題、また、激しい格差や強圧的な開発、環境破壊といった経済的領域での問題、そして、アメリカに対抗する軍拡=「大国」路線や周辺の「小国」に対する威圧的行動などの軍事的領域における問題です。しかし、現在の中国に見られる問題は、アメリカであろうと日本であろうと、歴史的にも現在的にも、多かれ少なかれ抱えている、あるいは、抱えていた問題であって、それらを自国に無関係なものとして語ることなどはできないのです。勿論、そのことは、どっちもどっちなのだから口をつぐんでしまう方がいいとかいうことではありません。そうではなく、人権と平和を希求する世界の〈一般ピープル〉は、双方の問題点を「公平」に認識・批判することが必要だということなのです。そして、とりわけ注意しなければならないのは、それらの問題を、例えばアメリカ対中国といったような単純な二項対立的枠組み(「敵ー味方」)の中で把握し、その敵対関係を増幅させるプロパガンダにのみ利用しようとしたり、さらに、そうした問題を、両国民間の非和解的な文化的・民族的・人種的な「差別」意識や「嫌悪」感にまで導こうとする動きです。こうした動きは、国内における矛盾・対立が激化した場合や戦時体制の中で色濃く見られるものですが、それは両国間の互恵的な協調関係を否定し、武力衝突=戦争へと国民を動員する心理的準備として意図的に作り出されるものと言えましょう。ですから、現在にあっても、一度戦火を交えた国家間にはそうしたイデオロギー的な痕跡や残滓が多く見られるのです。世界の〈一般ピープル〉は、こうした単純な二分法的対立関係の構図の中に包摂される危険性を十分に意識しておかなければなりません―――その最も日常的な例は、日本のアベ政権にも問題はあるけれども、日中間の敵対的関係を前提とすれば、日本の方が中国よりもマシなのだから、日本の現状を〈免罪〉してしまってもいい、という最初に述べたような弁護論として機能するのです。

   ところで、日中間の「国民意識」の現状は決して楽観を許すものではありません。しかし、それは、両国の密接な歴史的・文化的関係と同様で、決して一様なものではなかったと言えます。私の短い人生の中でも、戦後の蒋介石や中国共産党の「寛容さ」、中国残留孤児に対するの中国人の親たちの対応、そして、日中国交回復期のパンダブームなど、両国間の「確執」を乗り越える動きも多々あったように記憶しています。ただ、私の周りで聞かれる中国人学生の優秀さという評判の一方で、彼らと直接接した経験を持つ多くの人々の中国人に対するの否定的評価には楽観を許さないものもあります。すなわち、過度の利己的傾向や競争意識、責任感や公共心の稀薄さ、などです。しかし、私が接した限りでの中国人はほとんどがいい人でしたし、また、日本人にもアベのようなそうした意味でどうしようもない人々もたくさんいるわけですから、とりわけ「国民性」としてとやかく言うほどのレベルではないとも言えるでしょう。さらに、私は海外ニュースを見ることが好きなのですが、そこで感じる、「ところ変われば品変わる」とでも言いましょうか、いわゆる〈文化〉的多元性についても十分注意する必要があると言えます。そもそも、他国の「文化」に接する時には、好奇心とともに違和感も感じてしまうのが普通のことといえるのです。しかし、そうした「多元性」こそが、同じ〈人間〉が形成する〈社会〉の現実に他ならないのです。それ故にこそ、私たちは、そうした「多元性」を前提とした相互的理解ー相互承認から出発しなければならないのであり、それを非和解的ー敵対的なものとして捉えてしまう誤りを犯してはならないのです。それこそが人類の共存そして存続の基本的条件なのですから。

   また、経済的な相互依存関係という観点からも、現在の日中両国にとって双方の存在の重要性は明らかなことです。たとえば、日本にとって中国は、輸出入ともに世界第一の貿易相手国です。そのことは日常的な中国人観光客の多さを見ても明らかなことでしょう(2015年度〜8月まで、訪日外国人観光客数の1位)。もし、両国の関係悪化が経済領域まで及んだ場合、どのような結果が生じるかは容易に想像できることです。さらに、同様のことは、中国と世界経済との関係についてもいえ、今回の中国に端を発する世界同時株安に対する世界の反応を見ても、その存在感の大きさが窺われるところです。すなわち、中国経済の「質」的な問題―――それが中国の労働力と資源への新自由主義的支配力(ルール)に関連するところ大なのは容易に理解できることなのですが―――については様々に論じられていますが、米中関係をはじめ、様々な対立を孕みながらも、貿易や金融関係において極めて強い相互依存関係(輸出入や国債保有、等)を形成しているのです。冷戦末期の米ソ関係もそうでしたが、現在の米中関係はそれをはるかに超える規模となっているのです。すなわち、こうした相互依存関係は、対立を孕みながらも、相互の軍事的な衝突の大きな「抑止力」になっているのです。

   ところで、アメリカとの対等な「大国」間関係を目指している中国の軍事力強化はどう把握されるべきなのでしょうか。私はあの「前時代」的な軍事パレードを見ただけでもとてつもない嫌悪感を感じるのですが、そうしたことは、背広を着ながら(多くの民間人が犠牲になっているにもかかわらず)「無人機に殺されたいのか」と軽口を叩いたり、軍服に身を固め最新鋭兵器と笑顔のツーショットを撮ってみせたりする「権力政治」家たちに対しても同様なのです。要するに、「権力政治」を信奉する人々にとっては、「敵ー味方」によってその評価の方向は逆になっても、結局、「武力」・「軍事力」への依存と「信仰」は同質のものなのです。さらに、東シナ海や南シナ海といった地域的な緊張関係増大の原因を見定めるならば、要するに、核武装した大国同士の直接的衝突を回避しながら、「権力政治」的軍備拡張という「ゲーム」をなかだちとして、敵対する両陣営の「権力政治」家たちの国内的な”Win-Win”関係へと導かれている様がはっきりと見えてくるのです。緊迫の度を増す東シナ海における日中関係の場合も―――もともと「棚上げ」という「現状」を変更した石原元都知事に煽られた野田元首相の〈尖閣国有化〉に端を発したものですが―――、全く楽観できるといったものではないとはいえ、やはり、一定の限度内において、両国の政治指導者ー軍産官学複合体の国内政治における”Win-Win”関係へと導かれて行くものといって過言ではないでしょう。割りを食わされるのは、これまた、両国の、とりわけ沖縄県の「一般ピープル」ということになるのです。

   最後に、現在の日中両国民間の相互的な反感に影響を与えていると思われるいわゆる「歴史認識」問題についてですが、これに関しても、両国の「権力政治」家たちと「一般ピープル」とをはっきりと区別して論じる必要があると思います。すなわち、両国の「権力政治」家たちにとっては、自らの国内的権力基盤を強化するために、外国の脅威やナショナリズムに訴えるという常套手段が用いられる―――実際に、現在の両国指導者たちはそれを行っている―――わけですが、しかし、この日中間の「歴史認識」問題については、日本の「一般ピープル」として、明確に認識しておかなければならないことがあるのです。それは、日本の〈侵略〉という否定することができない歴史的な《事実》とそれに対する戦後日本における(「靖国的歴史観」に固執する)保守ー「改憲派」の態度です。もちろん、現在の自らの権力的地位が戦前と戦後における祖父のそれに依存している三世議員にとっては、戦前の歴史をなんとかして正当化したいと思う気持ちもわからないではありません。しかし、そうした正当化が外国の「権力政治」家たちのプロパガンダに絶好の口実を与えていること、さらに、そうした歴史観は、膨大な犠牲者を生み出した戦前の政治と戦争の〈反省〉の上に立つ日本国憲法の歴史観と根本的に対立し、また、日本の〈一般ピープル〉の「主体的な反省」を妨げようと画策されていることについても、しっかり認識しておかなければならないのです。おまけに、それが、恥ずべき「従米主義」に歪められつつも、戦前の大日本帝国のごとき「大国」志向のパラノイア的自己顕示欲と結びついている様を見るとき、我々〈一般ピープル〉は、そんなものに付き合わされるのは真っ平御免だと思わずにはいられないのです。

   二週間ほど前、『ガルトゥングの平和理論―――グローバル化と平和創造』という本を読み終わリました。それは、「平和的手段による平和」の実現、すなわち、紛争の非暴力かつ創造的な解決のために、現状を分析ー「診断」し、紛争のこれからの経過ー「予後」を見通し、具体的な対応策ー「治療」を提供しようとするもので、まさしく、日本国憲法の「平和主義」を実現しようとする私たちにとっては極めて示唆的な内容を持つと感じられました。とにかく、国際関係における《敵対》か《協調》かという基本的な外交姿勢の選択は、今後の世界情勢(紛争か平和か)を決定していく上で、限りない重要性を持つだろうと思われるのです。
   私の知り合いは、「北朝鮮はアベ政権が危機に瀕するたびに事を起こして、アベ政権を助けているよね。何かあるんじゃないの。」などと言いますが、確かに、将軍様にとって、「敵」はアベ政権のような性格のものの方が都合が良いのかもしれません。そして、アベ政権にとってもそのことは同様でしょう。しかし、そういった関係性の中では、両国の「一般ピープル」が抱える問題の解決は難しいと思わざるを得ないのです。

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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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