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「厭離穢土欣求浄土」―――おじさん旅行2016春

 駿府城・三保の松原・御前崎・浜岡原発・浜岡砂丘・登呂遺跡
     ―――家康が愛した美しい駿河湾に何が起こるのか?




   ※5月26〜27日に開催されたG7「伊勢志摩サミット」直前の5月24〜25日、私たち「おじさん旅行」のメンバーは静岡県を訪れました。当日は、「先進国クラブ」首脳会議開催のための警備を横目に、「ありゃ、参勤交代の大名行列みたいなもんか?全く、迷惑な話だ・・・」などとブツブツ言いながら、それでも恒例の旅行を楽しんできたのでした。


「平和を愛した」(?)家康の居城 … 駿府城
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   静岡市に到着し最初に立ち寄ったのは、静岡県庁 別館21階 展望ロビー(無料)でした。地方都市のこじんまりとした景観、そして、肉眼で本当に微かですが富士山を望むことができました。その後、写真の駿府城公園に向かい、紅葉山庭園を散策しました。城の印象は、戦闘のためというよりも、家康が晩年を過ごした「住まい」としての性格が強く感じられ、「厭離穢土欣求浄土」を旗印とした家康の求めたものが感じられたようにも思われました。近年、家康(そして江戸時代)の「平和志向」が再評価される傾向にありますが、日本一の富士と穏やかな海そして美しい砂浜を持つ駿河湾の結合は、そうした家康の好みに合っていたのかもしれません。それにしても、ノーベル平和賞を受賞した「核なき世界」のオバマもそうですが、戦国時代の覇者・家康の「厭離穢土欣求浄土(えんりえどごんぐじょうど)」(ー「平和主義」)とは一体何だったのでしょうか。
   さて、「厭離穢土欣求浄土」とは、源信の『往生要集』に出てくる有名な言葉で、不浄・苦・無常が支配する「この世」(娑婆世界)を厭い離れ、極楽浄土に生まれるのを願い求めることを意味します。現在、源信が見て来たかのように描いた「地獄」や「極楽浄土」を信じる人は少ないでしょう。しかし、「地獄」に落ちざるを得ないような「娑婆世界」の有様とそれをなんとかしたいという人々の願いについては理解できるようにも思うのです。ところで、鴨長明の『発心集』第七の一「恵心僧都、空也上人に謁する事」には、源信の「極楽を願ふ心深く侍り。往生は遂げ侍りなむや。」との質問に対して、空也が「我は無智の者なり。いかで、さやうの事をことわり侍らん。但し、智者の申し侍りし事を聞きて、これを案ずるに、などかは生ぜざらん。其の故は、人、六行観を修して上界の定を得んと思ふ時、『下地は麁なり、苦なり、障なり。上地は静なり、妙なり、離なり』と云ふ事を信じて、下地のいやしきさまを厭い、上地の妙なる事を願えば、其の観念の力にて、次第にすすみて、非想非々想まで至るべしと云へり。しかれば、西方の行人も又、同じ事なり。知恵・行徳なくとも、穢土をいとひ、浄土を願う志深くは、などか往生を遂げざらん」と答え、感激した源信が『往生要集』の一と二においてそれを主題として取り上げたとの記述があります。つまり、この世(凡夫が生死流転する「三界」)においても、「下地」(淫・食の二欲をもつ欲界)のいやしきさまを厭い、「上地」(二欲から離れた色界や無色界、その最高世界が「非想非々想」=有頂天)を喜び求めれば、その〈観念の力〉によって、遂にはそれを実現できるというのだから、極楽浄土への往生も可能だろうというわけです。私は、「あの世」(極楽や天国)を信ずる事はできませんが、人類が生み出してきた「ユートピア」(「理想郷」)の〈観念〉が、全く非・〈現実〉的なものだとも思わないのです。それには、様々な困難や障害を抱えながらも、普通の人々が願う日常的な「幸福」の継続や実現への願いが「投影」されていると思うからです。そして、「天下布武」と「「厭離穢土欣求浄土」(乱れた戦国の世を平定し、人々が安心して暮らせる太平の世を実現する)のどちらがマシかといえば後者かもしれませんし、ルーズベルトとヒトラーのどちらがマシかといえば前者だと言えると思います。もちろん、そのことをもって、家康やルーズベルトの所業を全てを受け入れたり、正当化したりする事はナイーヴ過ぎると言えるでしょう。そして、(「火の七日間戦争」によって生み出された)「腐海」を焼き払うことによって「王道楽土」を建設しようと呼びかけたクシャナに従うのではなく、あくまでも、ナウシカの為した選択(本ブログ、『風の谷のナウシカ』によせて(6)を参照ください)こそが「正解」と言って良いのではないでしょうか。それにしても、無辜の民(こども)をたくさん殺しておいて、「格調」高すぎるのではないですか!オバマさん!
      


「世界遺産でなくても」…羽衣伝説・三保の松原
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   静岡から三保の松原に向かいました。この日の駿河湾は大変穏やかで、天女が舞い降りたという伝説にふさわしい景観だと思いました。そして、この「日本の観光地」そのものといった雰囲気は、なぜか私たちの気持ちをウキウキさせるのです。また、富士山は見えませんでしたが、白い馬に乗った松平健が富士を背にこの砂浜を走れば、まさしく、絵になることでしょう。それにしても、2009年の駿河湾沖地震(震度6弱)は記憶に新しいところですが、目の前に広がっていたのは、予想される南海トラフ北端部ー「東海地震」(?)の震源地なのです。日本が地震列島であることを改めて噛みしめざるを得ない思いでした。この後、私たちは、美しい駿河湾を眺望できる断崖の上にある、焼津黒潮温泉に宿泊しました。




「喜びも悲しみも」、この高低差も津波は… 御前埼灯台
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   翌朝、御前埼灯台に向かいました。この灯台は、高峰秀子と佐田啓二が主演した『喜びも悲しみも幾年月』の撮影が行われたところで、私も若山彰が歌った主題歌をよく覚えていました。また、この灯台は、その歴史的背景も大変興味深いものでしたが、地震と津波との関連においても強い印象を与えました。というのは、この灯台の灯火標高は54mなのですが、海岸から灯台に登る急な坂道には、海抜20m、30mといった標識があり、東日本大震災時の津波の有様を「あの海面がここまで来るんだ!」と実感させるものだったからです。まさしく、その美しい景観は危険と背中合わせだったのです。




「原発のリスクは喫煙より低い」なんちゃって… 浜岡原子力館
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   今回の旅行の中心の一つは御前崎市でしたが、御前崎市には浜岡原発があります。御前埼灯台を出て浜岡原子力館に向かう途中、再稼働に向けて新たに作られた、海面から22mの高さの防潮堤が見えました。ただ、東日本大震災時の津波の高さと破壊力を考えれば―――例えば、富岡町の21.1m、遡上高は女川(笠貝島)の43.3m―――、22mあるので大丈夫だとはとても言えないだろうと思いました。福一も「想定外」(?)でしたが、浜岡自体、何度も高さを積み上げてきているからです。原子力館では、楽しみにしていた、遠州灘が一望できるというスカイラウンジ(地上62m)はなぜか閉じられていました。そこで、館内を一通り見学したのですが、この施設の巨大さには驚かされました。それは中部電力が原発の意義や安全性をアッピールするための施設なのですが、これも利用者が負担する電気料金で運営されているはずです。しかし、当日、気が付いた限りにおいて、見学者(無料)は我々だけでした。さらに、展示の説得力はほとんどなかったと言って良いと思います。まず、最初に見たのは、どこかの「学者」らしき人物が、〈福島の現実を前に〉、「原発のリスクは喫煙のリスクよりも低い」としたり顔で話している動画でした。喫煙とは、喫煙者自身にとってのもののようでしたが、この比喩の「レベル」でいうと、人間の死ぬリスクは100%なのだから、どんな死に方をしても大したことはない、文句など言うなと言われそうな雰囲気でした。また、〈福島の現実を前に〉、上の写真のような掲示がどの面下げてできるのでしょうか。例えば、原子炉はメルトダウンし、原子炉建屋は水素爆発で吹き飛び、格納容器は壊れて、冷却水は漏れ出しているのです。また、デブリを処理して廃炉する見通しも立っておらず、チェルノブイリのように廃炉できないままになる可能性もあるのです。大体、放射性廃棄物の処理を曖昧したままで再稼働しようなどとは、本当にふざけた話です。東京新聞(5月11日)によると、中部電力は浜岡原発の建設に際して〈地元の住民組織〉に30億円余りを渡していたということですが、〈周辺〉の自治体や首都圏の我々にとって、勝手に原発のリスクを背負わされ、被害を受けることなどとても容認できるものではありません。浜岡原発が停止されてから5年になりますが、当然、全機を廃炉にすべきなのです。



「おお、修学旅行以来!」… 登呂遺跡(登呂博物館)
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   私は、50年前の高校の修学旅行で、登呂遺跡を訪れています。当時は、周りにビルなどはなく、小さな竪穴式住居と水田跡の前で、笠をかぶり木製の鍬を持って記念撮影したのを記憶しています。私は原始や古代の遺跡を見ると、本当に私たちと同じ人間が、私たちと同じような「喜怒哀楽」の感情をもって暮らしていたのだなあと感じるのです。これは、高等ほ乳類であるサロさんに感じる感覚にも似ています。ところで、今回の訪問で初めて知ったのは、弥生時代のこの遺跡で、〈武器〉が発見されていないということでした。その理由は、登呂では、水田だけではなく陸稲なども栽培されており、安定した食糧事情の下、争いを必要としない生活が可能であったらしいのです。近現代まで存続してきた原始的共同体の生活には様々な様式があるわけですが、多くの近代人がそこに「パラダイス」を発見したように、人類は争う必要がなければ「平和」に生きてきたようなのです。〈平和〉を求める私たちも、登呂に学ぶ必要があるのかもしれません。



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活断層の上に生きている――明日は我が身の大地震

  しかし、惨事に便乗し、惨事を招き寄せる
          アベ政治は〈人災〉である!



   ※先ほど、「記事の管理」で〈下書き〉を検索したら、書きかけのものが5つありました。2014年に2つ、15年に1つ、そして、今年が2つでした。いわゆる「宿題」が溜まっているわけです。どれも「将来」のために書き留ておきたいと思ったものですから、できれば、(日本の未来を左右する)参院選前までには片付けておきたいものです。


   4月14日の震度7の〈余震〉からはじまった「熊本地震」から、もう1ヶ月以上が過ぎました。直後のテレビ映像からはあまりピンとこなかったのですが、迫力ある新聞の〈報道写真〉を見て、その被害の大きさがひしひしと感じられたのを記憶しています。深刻な崩壊と倒壊を引き起こした2度にわたる震度7の巨大地震そして1500回を超える「余震」の下で生活している人々のことを考えると、本当に気の毒だと思わざるを得ません。しかし、私自身も活断層の真上で生活しているのです。生きている間に遭遇するかどうかはわかりませんが、決して他人事ではないのです。明日は我が身です。

   先日(5月16日)、関東地方でも震度5弱の地震が起きました。我が家では震度4、かなり強い〈縦揺れ〉を感じました。それにしても、福島の現状を思い起こすまでもなく、被災者の方々が本当に人間として大切にされてるのかを考えると、今回の熊本・大分地震の場合においても、決して不安や不信を抱かなくて済むという状況ではないのです。とりわけ、「震災関連死」という言葉がありますが、「救わなければならない」人々、そして、本当は「助かるはず」の人々が、軍事費などに巨額の税金を投入している政府が、本来やらねばならないこと、出来ることをサボるがために亡くなっているという疑念を打ち消すことができないのです。そして、この感覚は、介護であれ、福祉であれ、労働環境であれ、同様に感じてきたことです。もちろん、物事には「限度」というものがあるでしょう。しかし、戦争法で国民を守ると大口を叩いている輩が、目の前の被災者たちを「真っ当に」救えていないのは事実という他ありません。困難な状況をボランティアや地方自治体の責任に転嫁するのではなく、巨大な権限と予算を持つ政府こそ、国民が負担している税金を、それを必要とすることになった国民のために適正に使用すること、そのことこそが問われねばならないはずなのです。

   また、今回の「熊本地震」に際しても、真っ先に自衛隊の所に飛んで行ったアベですが、私に言わせれば、自衛隊についても、その能力を国民のために十分に活用しているとはいえないのではないかと感じています。なぜなら、自衛隊は、米軍の「露払い」として海外に派遣されることよりも、もっともっと、国内外の〈災害救助〉や〈復興支援〉のプロとしての役割や訓練が重視されて良いと思うからです。実際、これからの日本には、南海トラフや首都直下型をはじめ、さらなる巨大地震の発生が目前に想定されているのです。そうしたことへの準備と対策は、自滅を意味する北朝鮮のミサイル攻撃に備えたり、(竹島や北方四島の韓国やロシアによる実効支配が既成事実化している現実を前に)中国の脅威をことさら声高に叫んで、尖閣の無人島を守ることよりも、はるかに国民の命と生活にとって意味があるでしょう。それにもかかわらず、アベ政権は、今回の惨事を前にしても、米軍オスプレイの利用を始め、自衛隊の海外派兵に向けたプロパガンダにのみ熱心なのです。また、今回の元海兵隊員である米軍軍属による日本人女性の殺害事件に関しても、アベ政権は、なぜ日本国民を守るために、あの世界的にみても屈辱的で不平等な「日米地位協定」の改正を強く主張しないのでしょうか。沖縄に行った折、あのYナンバーの車が我々のまん前を3車線に渡って横切っていく傍若無人ぶりを見せつけられましたが、あの時もきっと「公務中」だったのでしょう!地位協定の改正をしないのなら、米軍は日本から出て行ってもらえば良いのです。大体、地位協定の改正に何の不都合があるというのでしょうか!それとも、アベたちはアメリカに何か弱みでも握られているのでしょうか?!

   話が横道に逸れてしまったようですが、今回の「熊本地震」によって、地震学の〈現状〉もよく理解できたように思います。要するに、巨大地震の構造解明やその予知に真摯に取り組む研究者が存在する一方で、地震の因果関係や連鎖の可能性が明確に解明されているわけではないにもかかわらず、それを「科学」の名によって、権威的に「断定」してみせたりするような科学者もいるということなのです。どちらにしても、素人には難しいことなのですが、歴史や直近の経験から、私たちが彼らと「同程度」の判断を為しうる余地は十分ありそうに思われるのです。福一原発事故や再稼働の動きの中でも明らかになったように、科学者にも「エスタブリッシュメント」の一味が存在することを私たちはしっかりと心に留めておかねばなりません。

   さあ、地震に備えて、屋根裏の荷物を整理しよう! 


そして、我が野菜はTPPにも負けない!
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国芳・国貞展と都庁からの展望――大江戸散歩2016

 髑髏彫物伊達男(スカル&タトゥー・クールガイ)
    ―――「骸骨(スカル)」は真田の「六文銭」?


俺は〈国芳タイプ〉じゃねえが、国芳>国貞とは思う!
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   ※このところ、「農作業」と「身辺整理」を一日の日課と定め、時に本を読んだりしておりました。ところが、昨日、このところ更新できていなかったブログが急に書きたくなりました。ということで、今回は、5月の「大江戸散歩」について紹介しておきます。

   5月12日、友人に大相撲5月場所のチケットを取ってもらい、上野で待ち合わせました。しかし、JRには遅れが出ていました。人身事故をも含め、最近の鉄道は本当に〈事故〉が多いと思います。やはり、現在の社会的風潮が生み出すプレッシャーやストレスが原因になっているのでしょうか。皆さんはどうお考えでしょう。ところで、本来ならば、相撲見物の前に「船遊び」もと考えていたのですが、なんと船も運休ということで、その代わりに、前から気になっていた、「ボストン美術館蔵 俺たちの国芳・わたしの国貞」展を見に行くことにしました。

   展覧会場は、平日にもかかわらず、たくさんの人で賑わっていました。展示は、ボストン美術館との関係も考慮したのでしょうか、相当「気合の入った」構成が感じられました。そして、劣化をほとんど感じさせない鮮やかな色彩で〈当時〉の最高水準の浮世絵版画を堪能させてくれました。さらに、『図録』が素晴らしい出来栄えで、「印刷でここまで?!」と思わせる素晴らしい色彩で出品全作品を掲載し、また、「コラム」や「解説」などが心憎いばかりの充実ぶりでした。『図録』を入手して、これほど満足したことはありません。

   ところで、私の問題関心と重ね合わせてこの展覧会を振り返れば、やはり、ポスターにも採用されている国芳の「国芳もやう正札附現金男野晒悟助(しょうふだつきげんきんおとこ のざらしごすけ)」が最も興味深いものだったといえます。すなわち、鳴かず飛ばずだった国芳が人気を博することになった契機は、当時の江戸における『水滸伝』ブームを背景にした「通俗水滸伝豪傑百八人之一人」シリーズであったということなのですが、「一幕目の一 髑髏彫物伊達男」のコーナーには、こんなことが書いてありました。

 「江戸の人々が血眼になって読んだ小説に登場する、強きをくじき弱気を助ける好漢(男のなかの男)に、江戸の人々は熱狂した。命を捨てても信義を重んじる男たちと、自分を重ねて悦にいるのだ。美男子揃いの任侠の徒は、髑髏模様の着物を羽織り、二の腕から倶利伽羅紋紋を妖しくのぞかせる。そんな背徳(パンク)の風体こそが、伊達男の証であった。」

   私自身は、野暮な田舎者で、江戸の〈伊達男〉とは異質な存在と自認してはいるのですが、それにしても、この人物像には興味深いものがあります。とりわけ、「強きをくじき弱気を助ける」といった価値意識です。幕末の江戸の雰囲気がどのようなものであったのかは想像する他ありませんが、あの『水滸伝』(梁山泊の百八人の豪傑)に江戸の一般ピープルが熱狂したとすると、当時の政治家さんやお役人そして御用商人たちの有様もおおよそ想像できるというものです。そして、江戸の一般ピープルの間では、『水滸伝』の盧智深や李逵など、「荒事」派(?)の人物に人気が集中していた可能性が高いのではないかと想像したりするのです。もちろん、日本には、『将門記』や『平家物語』や『曽我物語』が存在し、「ばさら」とか「かぶき者」の伝統もあり、また、最近の流行りで言えば、「六文銭」(三途の川の渡し賃)を旗印にした「赤備え」の真田武士との類似性も考えられるでしょう。しかし、『水滸伝』ブームを媒介としたこの「スカル&タトゥー」の伊達男たちは、〈時代の転換点〉に登場した、新しいタイプの人物像といえるのかもしれません。こうした江戸の一般ピープルの価値意識と「ポピュリズム」や「エリーティズム」との関連については、私自身、考えることもあるのですが、その点については、また、回を改めたいと思います。

   それにしても、評価は様々としても、あの高度な「美術品」が〈蕎麦〉二〜三杯分の値段で買えたと言うのですから、江戸の庶民文化のレベルがいかに高かったのかが窺われるというものです。



都庁・展望室より。富士山は見えませんでした
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   ※展覧会場を出て、近くの蕎麦屋で友人オススメの一枚290円の盛りそばを2枚食べた後、これまた、友人オススメの〈東京都庁・展望室〉に向かいました。この展望室は、庁舎45階、地上202mのところにあり、まさしく、東京を一望できる場所なのです。富士山が見えなかったことと海から遠いことが欠点といえば欠点ですが、何しろ、無料でこの眺望を楽しめるのですから、大変ありがたいことです。外国人観光客の間では有名なようで、エレベーターでは、私たち以外は全て外国人という状態でした。

   ところで、地下鉄の改札を出て、私の若い頃には絶対になかった長大な〈地下通路〉(ちょっと金のかけすぎじゃない!)を通って、あの〈機械〉の如き威圧的な都庁舎の前に出ると、コスプレをしたマック赤坂氏らしき人物が舛添知事を批判していました。それにしても、この間の、舛添の行状(「公私混同」ー「政治資金の私的流用」などとその後の対応)はコメントする気も起きないくらいの〈低劣さ〉です。また、舛添だけではなく、国政の連中の中にも、2020年東京オリンピック招致に関連する「ワイロ疑惑」など、国民の税金を「違法行為」に投じた同じ穴の狢がゴロゴロしているようです。私は、しばしば、日本の国政も〈悪質〉な町内会みたいなもので、「顔役」と自認しているゲスどもが、「町内会費」を仲良しのお友達の仕事に回して儲けさせたり、仲間内で私的に飲み食いしたりしているようなものだと感じてきたのですが、東京オリンピック招致の件もこの例に漏れないようなのです。「ワイロを渡さないとオリンピックを招致できないのだから仕方ない」などという意見も存在しているようですが、そんなオリンピックなどはやらない方がスポーツのためなのです。東京都民の皆さんは、どう考えるのでしょうか。

   とにかく、今回行った都庁の「主」=舛添は、『水滸伝』に喩えれば、悪役〈高俅〉みたいな存在でしょう。アベも同様ですが、民衆の苦しみをよそに、民衆から金をしぼりとり、自分あるいは仲間内を富ますことしか考えていないのです。いい加減にしてほしいものです。 



五月場所は〈熱戦〉が多かったと思う!
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   ※最後は、両国国技館でした。今場所は、稀勢の里の健闘もありましたが、実力通り、白鵬の全勝優勝に終わりました。ただ、全体的に、今場所は熱戦の好取組が多かったように感じます。5日目も、結びの一番で、勢が鶴竜を投げ飛ばした時には、館内は異常な雰囲気に包まれていました。ナマで見ていて良かった!そんな一瞬でした。ただ、照乃富士が心配です。休場して十分に膝を直し、再起を期すべきと思います。それでなければ、大器を育て損なうのではないでしょうか。

   

全国憲法研究会・憲法記念講演会に行ってきました

  参院選での野党統一候補の勝利で、憲法9条を守ろう!

   
   ※一昨日は憲法記念日でした。有明の「憲法集会」に参加しようとも考えていましたが、日差しがきついということもあって、青山学院大学・940番教室で行われた「全国憲法研究会・憲法記念講演会」に行ってきました。会場は超満員の盛況で、若者の参加も多く、熱心に講演に聞き入っていました。「全国憲法研究会」の代表は、衆議院・憲法審査会の〈自民党推薦〉の参考人で、集団的自衛権容認を柱とする安保関連法案を〈違憲〉と断じた、長谷部恭男教授です。彼による開会の挨拶の後、以下の二つの講演が行われました。

 ○石田勇治「ヒトラーと現代ドイツ」
 ○木村草太「集団的自衛権の三国志演義―――赤壁の戦いから2015年安保法制へ」


  まず、石田勇治さんの講演は、麻生の「ナチスに学べ」発言やその後の「アベノクーデタ」を再考していく上で非常に参考となる内容でした。もともと、ヒトラーの政権掌握や授権法成立(「憲法改正」)に関する麻生の発言自体が〈まやかし〉であることは当時から指摘されていたことでしたが、今回の石田さんの講演は、史実に即しつつ、そのことを極めて明確に明らかにしてくれるものでした。まず、麻生は「ドイツはヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラーは出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください。」などと言っていましたが、ヒトラーは選挙で首相になったわけではなく、ヒンデンブルグの〈大統領大権〉によって、国会で多数を持たない少数派政権として成立したのでした(「大統領内閣」)。この時の、財界や保守派のヒトラーに対する〈甘い〉考えは有名ですよね!また、授権法の成立について麻生は、「わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。」と言っていますが、これなどは全くの噴飯もので、授権法は、「大統領緊急令」による〈民主主義とは無縁な〉言論統制や共産党・左派指導者への弾圧そして〈突撃隊・親衛隊の暴力〉の下で成立したのでした。ですから、結局、麻生が言いたかったのは、あくまでも、「合法性」の仮面の下で、反対派を強権的に「封じ込めた(静かにさせた)」ナチスのやり方に学ぼうということを意味する以外にありえなかったわけなのです。

   
   次に、木村草太さんの講演ですが、彼は一見超真面目そうな新進気鋭の学者さんなのですが、今回の講演においては、集団的自衛権に関する「小難しい」憲法論を、彼の趣味であるらしい『三国志演義』を比喩として用いながら、しばしば聴衆の笑いをとりつつ、説明してくれました。話の詳しい中身は省略しますが、要するに、(「統治行為論」的な)前提問題をも含めて、〈集団的自衛権は憲法9条に違反する〉という解釈以外は、論理自体に無理や矛盾のある〈無理筋〉の議論だということです。そして、9条解釈には、魏(集団的自衛権は合憲)・呉(個別的自衛権も違憲)・蜀(個別的自衛権は合憲)という「三國」があることになるわけですが、どう考えても無理筋な「魏」に対して、「呉」と「蜀」は連合して「赤壁の戦い」で勝利しなければならない、というのが木村さんの「志」のようでした(木村さん自身は、小林節さんと同様、「蜀」に属するらしい〈?〉)。ところで、一昨日の「報道ステーション」では、憲法9条の発案者が日本の幣原喜重郎であったとの説が詳しく報じられていましたが、この番組を通しても、もともと9条は「呉」の立場に立つものであったと、私には思われました。ただ、「憲法13条」の規定や(将来に向けた)「国際紛争を解決する手段としては」という一文の挿入などに基づき、ぎりぎり、個別的自衛権という「例外」が認められるかどうかが、許される解釈の範囲ということなのでしょう。そして、言うまでもなく、海外での武力行使を許す集団的自衛権の容認など、あまりにも無理筋な、恣意的な解釈という他ないのです。こうした「立憲主義」に反するアベ政権を許すことは、国民に、「(政府の行為によって)再び戦争の惨禍」をもたらすことにならざるをえないでしょう。それ故にこそ、主権者たる国民と野党は、統一候補を擁して参院選を戦い、安倍政権の野望を打ち砕かねばならないのです。

  今回の講演会は、黒も白と言いくるめ、主権者たる国民の憲法制定権力を詐取ないしは乗っ取ろうとする、醜〜い詐欺師のような麻生や高村たちの「手口」を歴史的・論理的に明らかにするとともに、参院選に向けた〈野党共闘〉の重要性をも指し示す、大変有意義な講演会であったと感じました。

久しぶりの鯉のぼり
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元気に頑張りましょう!
プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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