FC2ブログ

『 ロッキード事件』と『とと姉ちゃん』について

ロッキード事件は未解決である!
  「日米の巨大な闇」そりゃ、あの「ライン」でしょう?!

 

   ※我が「農園」の夏野菜もほぼ終わりに近づきました。それにしても、今年の春から借りることになった土地に深く根を張るあの凄まじい葦たちには、敢え無く「降伏」する他ないようです。通りがかりの方々からも「絶対勝てませんよ!」と忠告されていたのですが、私一人で「かれら」を制圧するには年を取り過ぎているようです。無念です(`o´)!
   無念といえば、最近の尋常とは思われない国内外の社会状況を見ると、同様の想いがひしひしと胸に迫ってきます。とりわけ、参院選後のアベ政権による沖縄〈いじめ〉とそれを許している本土の人間たちの「心の〈闇〉」を考えると、心底、嫌気がさしてきます。もちろん、「安心して年をとることもできない」私たち高齢者の現状も、「安心して働き、結婚し、子供を育て、生活することもできない」若者たちの現状も、根を同じゅうすることは明らかなことです。それにしても、こうした状況を許している、人間を人間たらしめるはずの〈感性〉の「劣化」は どのように生み出されてきたのでしょうか。


   ところで、先週、NHKスペシャ『未解決事件「File.5 ロッキード事件」』(第1〜3部)を観ました。この番組は、元首相が逮捕され有罪判決を受けるという戦後最大の疑獄事件=「ロッキード事件」の「全貌」を探ろうとする意欲作でした。とりわけ興味深かったのは第3部でしたが、まずは、見逃した方々のために、【番組内容】をHPから転載しておきましょう。

 「今からちょうど40年前の1976年7月。首相経験者が逮捕されるという前代未聞の展開となった「ロッキード事件」。事件には今なお、多くの謎が残されている。
  ロッキード事件とは、米・ロッキード社製の旅客機トライスターの売り込みをめぐり、日本の政財界に巨額の賄賂がばらまかれたとされる事件。ロッキード社の代理店・丸紅を通じ田中角栄前首相に5億円が渡ったとされ、田中前首相は逮捕。裁判の一審二審で有罪判決を受けた。しかし、捜査にあたった東京地検特捜部が「重視」していた、“戦後最大のフィクサー”、児玉誉士夫のルートは解明されなかった。児玉が知っているとみられた21億円もの巨額のカネの行方は、闇に葬られたのである。
  事件から40年。事件の実相を知るための第一級の資料が次々に発掘されている。NHKは、特捜部の極秘ファイルや関係者たちの証言をもとに、数奇な展開をたどった事件の詳細な舞台裏を映像化。捜査の指揮を執った故・吉永祐介主任検事らの姿などを、実録ドラマでよみがえらせていく。
さらに、アメリカ側から発掘された内部資料や、元米政府中枢への取材から、冷戦時、アメリカの世界戦略の中において、ロッキード事件が果たした知られざる役割、歴史的スクープをドキュメンタリーで浮かび上がらせる。」

   もう皆さんもお気付きのことと思いますが、ここで語られている「ロッキード事件」の〈全貌〉とは、通常、私たちがこれまで抱いてきた事件のイメージとはかなり違ったものです。すなわち、「ロッキード事件」とは全日空の旅客機導入に関わる田中角榮による5億円の収賄事件だと受け取られてきたのですが、今回明らかにされた東京地検特捜部の極秘ファイルや日米の関係者たちの証言から想定される事件の「真相」とは、主に、アメリカからのP3C対潜哨戒機導入に絡まるものなのであり、そして、そうした意味において、21億円という巨額の金が動いた「児玉ルート」の解明こそが問題の核心(闇)だったということなのです。

   実は、これまで私が見聞した限りにおいても、いわゆる「ロッキード事件」とは、あくまでもアメリカからの情報提供によって引き起こされた事件なのであり、そうした意味で、アメリカ政府による全世界的な同盟国諸政府に対する「クリーン・ナップ作戦」の一環であったとか、あるいは、日中国交回復などアメリカとの関係に一定の距離を置こうとした田中角榮に対する懲罰的なものだったとか、様々な説があったのです。ドラマの中でも、東京地検特捜部主任検事の吉永祐介が、アメリカからの情報を前に、「試されているのか、誘導されているのか?」と述べている場面がありましたが、彼の言葉はそうした可能性を示唆するものと考えることもできるでしょう。さらに、そうした田中角栄に対する動きが事実であったとすれば、日本国内にも、田中角栄と「競争」関係にあった、アメリカ政府(−CIA)と緊密に結びついた政治家たちの存在が十分考えられるのです。そして、そうした彼らは、 CIA のエージェント(工作員)であったという児玉誉士夫と非常に仲の良〜い「お友達」(同じCIA のエージェント?!)であったことは間違いないでしょう。

   ところで、児玉誉士夫は、当時日本国内で持ち上がっていた対潜哨戒機の国産化という計画に対抗し、アメリカのロッキードP3Cの導入を推進するアメリカのエージェントでした―――そうした意味で、小型飛行機による児玉邸への自爆攻撃はそうした児玉の「国賊」的動きへの批判であったのかも知れません。そして、その工作の詳細はわからないにせよ、兎にも角にも、中曽根康弘らによって提唱されていた国産化計画は消え失せ、P3Cの導入が決定して行ったのです。もちろん、そうした流れの中で児玉の21億円が大きな働きを為したことは想像に難くありません。そして、その金を受け取ったのは、丸紅ルートと同じように、田中角栄(グループ)だったのでしょうか、それとも・・・それが問題なのです。

   いうまでもなく、〈外交〉政策は、主権者たる国民からもっとも遠くのところで、一部の「権力者」たちによって、秘密裏に決定され実行されていく傾向を強く持ちます。しかし、最近のアメリカの公文書公開などによって、その有様が次第に私たち日本国民にも知られるようになってきています。沖縄の人々を苦しめている(アベの祖父である岸信介らによって締結された)「日米地位協定」やその背後にある隠された「密約」、そして、沖縄返還協定時の(造船疑獄では法務大臣の指揮権発動によって救われた、アベの大叔父である佐藤栄作による)「密約」などです。そして、いうまでもなく、こうした現在にも繋がる「安保村」の主要な潮流こそ、これまでもCIA との緊密な関係が様々に報道されてきた(時間があれば、ちょっと検索して調べてみてください)、岸信介のグループに他ならないのです。そして、その岸と児玉との深〜い関係を否定する人はいないはずです。というわけで、私はこの番組を見ながら、戦後の政治過程の真っ黒けな有様を改めて想像したり、また、なるほどアベはそうした〈対米従属〉の流れをさらに加速させようとしているのだなあと、これまた、暗〜い気持ちになったのです。―――それにしても、甘利問題をはじめ、最近の検察・特捜部の有様は「ロッキード事件」を担った先輩検事たちからも批判される程のひどさです。困ったものです。

   
   ところで、毎日ではありませんが、私は朝の連続テレビ小説『とと姉ちゃん』も観ています。そして、貧しくはありましたが、ある意味で、夢と人間らしさに溢れた戦後の時代を懐かしく思い出したりもしているのです。実際、我が家では『暮しの手帖』を定期購読しており、私も毎回楽しみに読んでいました。私のお気に入りは(確か滝平二郎の?)「影絵」の物語や清水一の家の設計図でした。他にも、家電などの商品テスト、そして、暮らしのアイディアなどを興味深く見ていました。最近の番組の例でいうと、母は(普段着ではありましたが)直線縫いのような服を着ていましたし、また、余った布切れやボタンなどを大切に保存もしていました。また、私も、りんご箱やみかん箱に綺麗な包装紙を貼って机や本箱として使った覚えもあります―――でも、木箱には隙間があって貼った紙がそこだけ破れてしまうのですよねえ。家はまさしく物置のようでしたが、何か暖かいものがあったように記憶しています。しかし、昔を懐かしむようじゃあ、もう、先が見えていますよねえ(笑)。

スポンサーサイト



武田アナの狼狽ぶりにNHKの現状を見た

天皇の「生前退位」と「皇室典範」の改定
 ―――アベ政権の「言論統制」と「明治憲法」体制への執着!


   ※読まなければならない本もあるので、当分、時事問題へのコメントは差し控えようと考えていました。しかし、一昨日の「ニュース7」における武田アナのあまりの狼狽ぶりを見て、これはそんなことは言っていられないとキーボードを叩くことにしました。

   事情はこうです。つまり、明仁天皇の「生前退位」に関する「ニュース7」のスクープ報道の中で、「皇室典範」の改正に関連する部分について、これまでの訂正とは全く異なった大慌ての様子で(!)、「皇室典範の改正〈などで〉」云々と、おそらく、官邸から連絡が入り、その意向をそのまま伝えるといった様子で、訂正を行ったのでした。それを見て私は、すぐに、女性天皇制に対するアベたちの否定的反応を思い浮かべました。そして、昨日、朝刊を見ると、やはり政府はこの問題を「皇室典範」の改正によってではなく、なんらかの「特別法」の制定によって切り抜けたいと考えているらしいのです。

   武田アナの尋常ではない狼狽ぶりを見て、私が感じたのは以下の2点です。一つ目は、アベ政権のマスコミに対する「言論統制」がいかに苛烈を極めているかです。池上彰氏は「最近までは権力を持つ側は『メディアに圧力をかけてはいけない』というのが共通認識でした。(略)ところが、安倍政権になってからは、自民党はおもなニュース番組をすべて録画して、細かい部分まで毎日のように抗議し、訂正を求め、注文をつけてくる。すると、テレビ局は『面倒くさい』となる。対応が大変で、次第に『文句を言われない表現にしようか』となってしまうのです」 (『LITERA』(7月6日)、「 池上彰が政権のテレビへの圧力を明言」:http://lite-ra.com/2016/07/post-2389.html )と述べていますが、そうした現実を目の当たりにしたわけです。これは、自由民主主義的価値観とはまさしく正反対の、アベ政権の〈ファッショ〉的性格を露わにするものです。現場の報道関係者の〈覚悟〉のほどが試されているといえましょう。

   二つ目は、アベ政権の「大日本帝國憲法」体制への執着ぶりです。すなわち、アベ政権は、「大日本帝國憲法」第2条に規定された天皇の「皇男子孫」による継承を何としても維持しようと狙っているのです。つまり、「大日本帝國憲法」と同時に制定された旧「皇室典範」(第1条)では「大日本國皇位ハ祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ繼承ス」と規定され、また、戦後の現「皇室典範」第1条においても「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」と、いわゆる「男性天皇」制を規定しているのですが、ポイントなのは、「日本国憲法」(第2条)では「皇位は、世襲のものであつて、國會の議決した皇室典範の定めるところにより、これを繼承する。」とあるだけで、「女性天皇」も「生前退位」も、「憲法」を改定しなくても、「皇室典範」の改正によって可能だということなのです。しかし、アベたちにとって、「皇室典範」の改正論議に必然的に出てくる、「大日本帝國憲法」体制を否定する「女性天皇制」の問題は、疎ましくて仕方がないのでしょう。

   ところで、明仁天皇と美智子妃の、アベたちとは対照的な、「日本国憲法」(象徴天皇制=国民主権、基本的人権の尊重、平和主義)への「思い」についてはこれまでも度々報道されてきたところです。そして、「女性天皇」を認めない「男系天皇」主義が、推古・持統天皇をはじめとする女性天皇の存在という歴史的事実とはもちろんのこと、男女の本質的平等を規定する「日本国憲法」の精神とも相入れないことは自明のことといえましょう。また、同じ人間でありながら、職業選択の自由をはじめとする基本的人権が保障されていない現在の天皇家の人々の在り方は、あまりにも理不尽と言えると思います。当然、「生前退位」は認められなければならないはずです。また、戦争と平和に対する天皇家の人々の〈思い〉についても想像するに難くありません。すなわち、天皇を自らの政治的目的のために利用しつつ、日本国民を無謀な侵略戦争へと導き、膨大な犠牲と破滅的危機を招いた東条たちへの批判的眼差しです。そもそも、東条一派やその後継者たちの天皇に対する意識は、天皇家の人々に対する「思い」―――ある意味で、本当に気の毒ではありませんか!―――なのではなく、天皇の権威を政治的に利用しつつ、国民を権威主義的に統制・支配することにあるといってよいのです。まさしく、天皇の権威を政治的に利用して国民をひれ伏させ、それを後ろ盾に自らへの批判を封殺しつつ、「天皇陛下、万歳!」と音頭をとる戦前の指導者たちの姿です。

   このように考えるならば、あくまでも推測の域を出ないとはいえ、明仁天皇の真意は、「日本国憲法」を維持し、さらには、「皇室典範」をより「日本国憲法」の精神に適合したかたちで改正してほしいということなのではないでしょうか。こうした観点については、『LITERA』7月14日、『天皇の「生前退位」は安倍改憲への抵抗―――明仁天皇の『生前退位の意志表明』は安倍政権と日本会議の改憲=戦前回帰に対する最後の抵抗だった!』(http://lite-ra.com/2016/07/post-2416.html)も、是非ご参照ください。

   


都知事選・〈野党統一〉候補、頑張れ!

〈市民・野党〉の総結集で鳥越候補の勝利を! 
 ――宇都宮氏・古賀氏・石田氏の思いも大切に生かして



   ※「奥さん」によると、今日も東京に向かうJRは大幅な遅延だそうだ。また、「線路内に人が入った」(人身事故)のだろうか?豊かさが溢れるように見える東京も、その実、アベや竹中のような輩が牛耳る「ストレス」溢れるところに変わってしまっているようだ。そして、石原、猪瀬、舛添と続いてきた東京都知事の有様を思い出すと、彼らにはイギリスのキャメロンほどの「品格」も感じることができず、興ざめの思いがするばかりだ。しかし、勿論、オリンピックを控えた、首都東京の知事を選ぶ大切な選挙だ。今度こそ、真っ当な人物の当選を期待したい。

   ところで、私は、個人的には、宇都宮健児氏に期待していた。しかし、4野党共闘による「勝てる候補」という観点からは、鳥越俊太郎氏という選択が一定の妥当性を持つと言えるのだろう。勿論、「がん検診100%」には少し驚いたが、それは突然の決意という事情を正直に表したものと考えていいのだろうと思う。それよりも、私は、芸能人としてのリスクにもかかわらず戦争法案に反対して行動してきた石田純一氏に敬意を感じたし、また、”I am not ABE"の古賀茂明氏の勇気と経験にも期待したいと思った。そして、なにより、これまで地道に都民のために考え、行動してきた宇都宮氏に今も大きな期待を抱いている。鳥越氏と4野党は、こうした人々の思いもしっかりとその政策に組み入れ、市民と4野党の総力を結集して、選挙戦を勝ち抜いてほしいと思う。子育て・学校教育の無料化・労働環境の改善・老後保障そしてオリンピックの適正な実施等々、課題は山積みといってよい。都議会与党に批判的な姿勢を鮮明にした小池氏や小賢しさでは侮れない増田氏など、これからの選挙戦は予断を許さないのだろう。しかし、"under control"のアベやアスリートに国歌を大声で歌わせようとする「神の国」のモリへの反撃のためにも、全力で頑張ってほしいものだ。隣の県より、応援しています。

      

2016年参院選の結果を受けて―――覚悟は決まった!

「真実」を見すえた人々の〈知性と勇気〉に期待しつつ
     ――♪泣いてたまるか、笑っちゃおう!闘いはこれからだ!




   ※一昨日は、投票を済ませ、猛暑の中、畑仕事をしました。トウモロコシが立派に育っていました。夜は開票速報で、「チャンネルサーフィン」。主に5チャンネル・6チャンネル・7チャンネルを渡り歩きました。結果は、ご存知の通り、「改憲勢力 3分の2」です。しかし、一昨日の段階においても、何故か、ショックというよりも、我がゆかりの諸県における野党統一候補の勝利に〈歓声〉をあげたり、自公の候補者や支持者たちの有様を見て〈苦笑〉したりといったことの方が多かったように思います。事前の世論調査の様子を知っていたことや2013年の結果と比較することができたこともあったのでしょう(本ブログ「servant-murikiの〈参院選2013〉総括――一般ピープルの政治を」2013年7月22日もご参照ください)。そして、今日、改めて選挙結果を振り返りみて、絶望よりも希望を持つに至ったのです。自公は「後退」しているのです!


   私が今回の選挙にかけた期待は、日本の〈平和〉を破壊する「戦争法」(→「改憲」)と〈国民生活〉を破壊する「アベノミクス」に対抗する〈野党共闘〉にでした。確かに、結果は、「改憲勢力」(自・公・お維)を3分の2以内に抑えこむという目標は達成できませんでした。しかし、私が求めた〈野党共闘〉は、大きな成果を上げたとも言えるのです。すなわち、この選挙を通して、「改憲」勢力は、国民世論を前に、その「改憲」の意図を露わにすることができず、また、2013年の参院選との比較において、得票率も議席も大幅に減らしているからです。得票率(比例)では、2013年の自民34.7、公明14.2、維新11.9、みんな8.9の約70.%から、今回の自民35.9、公明13.5、おおさか維新9.2の約60%へ。議席数(改選121議席)では、2013年の自民65、公明11、維新8、みんな8の92から、2016年の自民55、公明14、おおさか維新7の76(+1)へです。そして、とりわけ重要なのは、青森・岩手・山形・新潟・宮城・福島・長野・山梨・三重・大分・沖縄における〈野党統一候補〉の勝利です。いうまでもなく、これらの地域は、基地問題、原発、災害復興そしてTPPなど、アベ政権の政策の「本質」と「現実」をはっきりと見据えることができた地域と言えます。私は、選挙戦における、共産党や生活の党と山本太郎となかまたち、そして、民進党や社民党の候補者たちに対して、久々に「納得」の思いを抱くことができました。しかし、最も強く印象付けられたのは、こうした野党共闘を作り上げ、支えた人々の「品格」ある〈知性と勇気〉に対してでした。それは、アメリカのサンダース陣営やヨーロッパの新しい民衆の動きにも感じられるもので、まさしく、本当の〈民主〉政治への胎動なのだと感じられたのです。

   一般的に、「普通」の日常生活を送っている〈一般ピープル〉は、たとえそれが自分たちの生活を歪め、破壊しつつあるものであっても、生活がなんとか成り立っている間は、あえて危険を冒してまで、現状を統制・支配している「権力者」たちに歯向うことは少ないと言われています。せいぜい、よくある時代劇のように、支配者や権力者に「善政」(「庶民の味方」)を求めるといったところに留まるわけです。しかし、歴史が明らかにしているように、民衆も堪忍袋の緒が切れるのです。いくら支配者たちが「俺たちの代わりはいない」と叫んでも、体制の変革や政権の交代は数限りなく起こっているのです。そして、これからの日本においても、〈アベノミクスの実相〉と〈戦争国家化への脅威〉がより明らかになっていくにつれ、より多くの人々が〈事実〉と向き合い、沖縄のように、福島のように、「野党共闘」に結集していくことになるでしょう。もちろん、その時の「野党」は、もうズッコケ「第2自民」でも、目クラマシの「自民別働隊」でもあり得ず、自立的な〈一般ピープル〉としっかりと結びつき、「戦争国家化」と「アベノミクス」とに真っ向から対決する、鍛え上げられた存在でなければならないことでしょう。頑張れよ!野党4党!!

   もちろん、楽観は許されません。これから以降、外国の脅威がことさら強く煽り立てられ、「日本会議」のような超国家主義的な勢力がより前面に出てくる可能性も高いのです―――その時、公明党・創価学会は一体どうするつもりなのでしょうか。ただ、現在のアベ政権が創価学会票によって支えられている以上、表立った9条改変が難しいという事情もあるかもしれません。そして、その時、再び出てくるのが、「憲法の条文はそのままでも、産軍複合体の利益さえ実現できればいいじゃないか」という、究極の「静かにやろうや」路線です。なぜなら、憲法違反(!)の「解釈変更」だけでここまでやれたのだから、後は、これから確実に引き起こされる〈戦時〉に向けて、「緊急事態法」などで「フリーハンド」を手に入れさえすれば十分だ、というわけです。なにしろ、〈政治的〉支配者としての彼らの最終目標は、戦争やボッタクリ経済などによってどんなに大きな〈犠牲〉や〈負担〉を強いられようと、黙って、羊のように従う従順な「国民」をいかに作り出すかなのですから。もちろん、そうした目的のための最終的な法的整備が「新憲法」ということであり、アベは自分の任期中にその実現を最大限画策することでしょう。また、戦争や国際紛争に関してだけではなく、想定される大不況や格差の拡大、自然災害や原発事故に対しても、「惨事便乗型」の「改革(改悪)」や「権力の集中」が目論まれるかもしれません。一層の警戒が必要です。


   しかし、永六輔さんのように「大往生」するためには、アベら如きの者達に好き勝手されているわけにはいかないのです。参院選直後の今、私の耳の奥には、渥美清の「泣いてたまるかよ〜」や清志郎の「笑っちゃお!」などの歌が響いています。さあ、自家製のトウキビでも食べながら、来る衆院選に備えることにしましょうか!


サロさん!今年のトウモロコシは出来がいいよ!
DSC_4476.jpg



えっ?僕に軍用犬は無理だよ
DSC_4478.jpg
ウ〜ム、一体君はどんな夢を見ていたのかね


「安全保障」という名の戦争準備と「新憲法」

  この不気味な静けさの次にくるもの
     ―――次世代への責任を果たす覚悟が必要だ




DSC_4469.jpg
兄貴や姉貴たちも大変だねえ



   ※ アベの最大かつ最終的な目標は「戦後レジームからの脱却」、すなわち、「日本国憲法」体制を破壊し、戦前の「大日本帝國憲法」にできるだけ近い「新憲法」体制を作ることだ。そのことは、「日本国憲法」がとる立憲主義やその三大原理(基本的人権の保障・国民主権・平和主義)に対する自民党「憲法改正草案」の《内容》を検討すればすぐに気がつくことだ。しかし、アベは、「日本国憲法」を支持する国民世論の故に、その目論見をできるだけ隠し、隠微な形で憲法を掘り崩そうと画策してきたのである。秘密保護法・武器輸出解禁そして集団的自衛権の容認ー戦争法、等々である。
   そして、今回の参院選においても、相変わらず真の「争点」(意図)を隠しながら、憲法改定の発議に必要な改憲勢力「2/3」の議席獲得を目論んでいるのだ。繰り返しになるが、彼の最終目標は「アベノ憲法」を作り出し、歴史に名を刻むことだろう。しかし、それが国民にとって意味することは、「日本国憲法」体制下でかろうじて享受してきた戦後の「平和」と「民主主義」の喪失に他ならない。その行き着く先は、戦前と同様の〈悲惨な戦争〉と〈国家主義的な政治〉である。
   『東京新聞』(7月6日)の世論調査によれば、現在も、アベ政権下の改憲には「反対」40.5%、「賛成」28.9%、また、憲法9条についても、「改正しない方が良い」が46.3%で、「する方が良い」22.5%の倍以上となっている。しかし、この民意が選挙の結果(国会の議席数)に反映されない限り、またもや、アベの暴走を許すことになりかねないのだ。選挙の結果はどうあれ、これからの世代に対する責任を果たすためにも、投票前に、アベの「安全保障」について再確認しておきたい。


   自民党「改正草案」の第二章は、日本国憲法の「戦争の放棄」にかわって、「安全保障」となっている。まさしく、「戦争の復権」だ。 そして、その眼目は、〈海外〉で〈戦争〉のできる「国防軍」の創設に他ならない。すなわち、専守防衛=「個別的自衛権」を超える、海外における軍事同盟行動への参加=「集団的自衛権」の行使だ。そして、その正当化のために主張されているのが、日本の「安全保障」(平和)のためには、「抑止力」としての軍事力(軍隊)とアメリカを中心とする諸外国との「軍事同盟」が必要だということだ。しかし、いうまでもなく、日本国憲法の平和主義=「戦争の放棄」とは、そうした「軍事力」と「軍事同盟」の限界及びそれがもたらした悲惨な経験をもとに形成されたものなのだ。

   しかし、アベたちは、俗耳に入りやすい、反撃できる武力を持っている方が、あるいは、強い友達や仲間がいる方が攻撃されにくいだろうとかいった子供のような論法で、「戦争の放棄」から「戦争のできる国家」への転換を正当化しようとしている。もちろん、報復(反撃)できる武力が「抑止力」になるというのは、ある一定の関係や人々に対しては成り立ちうる場合がある。しかし、そのことは、それでは武蔵と小次郎はなぜ巌流島で決闘したのかとか、あなたが幼い子供や力の弱い女性や老人に暴力を振るわないのは彼らの反撃を恐れているからなのかとか、すぐに疑うことのできる程度のことにすぎない。現実においても、武力や軍事力がテロや戦争を「抑止」し得ず、かえってそれを誘発・激化させるといったことは、最近の北アフリカや中東、アメリカ(!)やアジアにおける事態が明らかにしているところだ。問題は、〈殺し・殺される〉関係に入ることの方が精神的に「楽」であるような「トラウマ」をどうするかなのだ。また、〈軍隊が一人一人の国民を守らない〉という「事実」は、歴史的にはもちろんのこと、自衛隊制服組のトップであった来栖弘臣元統幕議長や田母神俊雄元航空自衛隊幕僚長さえ認めていることだ。実際、武力と安全との関係は一人一人の〈普通の人間〉にとっては極めて「変化」に富むものであって、たとえば、海外旅行で危険な場所に行く折には武器を携帯することはかえって危ないとか、強盗にあったら抵抗せずにすぐ金品を渡せとかのアドヴァイスがあるくらいだ。こうしたことは、戦闘地域における「普通の人々」の現実はもちろん、日常生活においても同様と言えるのだ。私は、個人としての正当防衛権や抵抗権や革命権などを認めないのではないし、また、警察力の延長としての統制された武力を侵略に対して用いることを認めないのでもない。しかし、国家による「戦争の放棄」・「戦力の不保持」・「交戦権の否認」は、一人一人の国民の生命や安全を守る上で、歴史的そして現実的な根拠があると考えられる。

   また、「軍事同盟」についてはさらに多くの問題がある。同盟国・アメリカが本当に日本を守るのかという議論は脇に置くとしても(例えば、榛名幹男『仮面の日米同盟』など)、最大の問題は、アメリカのこれまでの行動それ自体にある。チョムスキーをはじめ信頼すべき多くのアメリカ人が主張しているように「戦争国家」ーアメリカが世界の国々に対して行った「侵略」とその結果引き起こされた混乱と悲惨な現状は目を覆うばかりだ。先日、イギリスにおいて、ブッシュのイラク戦争へのイギリスの参加が検証されたが、そのような事例は数かぎりないのだ。ISはなぜ生まれたのか。中村哲さんが活動しているアフガニスタンの惨状はなぜ引き起こされたのか。米軍がビン・ラディンを暗殺したのは「同盟国」パキスタンにおいてではないか!そして、9条の存在にもかかわらず、アメリカの誤った戦争に〈協力〉し、日本を「有志連合」の一員として泥沼の「敵・味方」関係に引き入れてしまった日本政府の責任は非常に重いと言わねばならない。日本国民は、平和(中立)的国家の一員というこれまでの国際的評価を失ってしまったのだ。限りなく悲しくそして危険なことだ。もちろん、私は、素晴らしい人々がたくさんいるアメリカとの友好関係を推進すべきと思う。しかし、それは、隣国・中国や北朝鮮に対しても同様だ。日本政府と御用マスコミは、日本の戦争国家化を正当化するためにだろう、中国や北朝鮮の危険性や両国との緊張関係の激化をことさら強調するが、その「ダブルスタンダード(二重基準)」は、立場を変えて歴史や現実を見れば明らかなことだ。ハイテク装備によって軍事的包囲網を形成し、激しい軍事演習を繰り返し、緊張を激化させてきたのは事実だからだ。もちろん、私は、「戦争国家」ー中国や北朝鮮を支持はしないが、両国との軍事的対立を強化するよりも、様々な平和的手段を用いた緊張緩和への努力こそが必要だと考える。日本における原発の存在など、現状においてさえ十分に危険なのだから。

   さらに、日米軍事同盟を重視するアベ政権ではあるが、その負担を沖縄県民に過重に押し付け、今回の事件に対しても、軍属の範囲を見直すという全く本質的でない目くらまし的な対処でお茶を濁そうとしている姿勢には憤りを感じざるを得ない。何が「国民を守る」だ。口先だけの「愛国」的言辞にはもううんざりだ。

   先日、YouTubeで、三宅洋平の選挙運動の様子を見た。創価学会青年部の若者たちが三色旗を掲げながら演壇で戦争法を批判していた。若い頃、私は創価大学の学長だった大隈信行の『国家悪』という本を読んだことがあったが、彼らが言うことはもっともなことだと思った。平和を求めるすべての人々が協力して、アベ政権による改憲、日本の戦争国家化を阻止しなければならない。

   大したことはできないが、まず、投票に行ってこよう!(2016年7月10日、9時40分)

『ハトは泣いている―――時代の肖像』を観る―――「九条俳句」提訴1周年集会で

アベ政権への「忖度」と対決する「人民の元気」
  ―――「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」のなにが問題なのだ!





   ※少し前になりますが、6月25日(土)、「九条俳句」提訴1周年集会で、『ハトは泣いている―――時代(とき)の肖像』(監督・松本武顕)という映画を見ました。「都美術館事件」(=同館の彫刻作家展で中垣克久氏の立体作品に添えられた現政権への批判的文書に対し右翼から抗議、脅しを受け、館側が作品の撤去を要求)と「九条俳句事件」(=さいたま市の三橋公民館が「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」の句を公平中立の場である「公民館の意見と誤解される」と月報への掲載を拒否)という公的2施設による「表現の自由」の侵害を追ったドキュメンタリー映画です。両事件の詳細については、「可視化された表現の自由の範疇 〜美術館に作品の撤去を求められた芸術家・中垣克久氏インタビュー 」(http://iwj.co.jp/wj/open/archives/129037)や「九条俳句」市民応援団のHP(http://9jo-haiku.com/)などをご覧いただければと思います。また、このブログでも、『さいたま市公民館の「俳句掲載拒否」問題を考える』(2014/11/04)というコメントを掲載しています。

   さて、この映画は、「両事件の引き金は、改憲に向かう政権の意向に気遣う行政に蔓延する忖度(そんたく)」であるとし、また、その時行政によってとられた「公平中立」論の誤りを明らかにしようとするものでした。130分の長編でしたが、飽きることなく興味深く見ることができました。内容についての紹介は省略しますが、以下の2点についての感想を記しておきます。

   まず、「行政の中立性」についてですが、今回、この概念は、行政による市民の「表現の自由」を〈侵害〉する根拠として用いられました。しかし、私が「表現の自由」という言葉ですぐ思い浮かべるのは、ヴォルテールの「私はあなたの意見には反対だ。しかし、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る。」という言葉に他なりません。すなわち、行政は、主権者たる国民の〈多様な〉見解の公表を擁護こそすれ、妨げてはならないはずなのです。そして、公共世界(社会)に関するほとんどの言説はなんらかの政治的意味合いを含まざるを得ないと考えられますが、今回の事件は、この「九条俳句」(が示唆するだろうと行政が勝手に解釈した内容)に対するアベ政権の意向を忖度し、深く考えることもなく、まさしく、憲法第21条第2項が禁止する〈検閲〉を行ってしまったということなのだと思います。もちろん、「九条俳句」には人権侵害などなんら問題となる表現は含まれておらず、行政による〈掲載拒否〉は明らかに違憲であると考えられます。当然、掲載されなければならないはずです。

   2つ目は、「忖度」という言葉についてです。辞書を引けば、「忖度」とは「他人の心中をおしはかること」を意味します。しかし、日本社会におけるこの言葉の持つ意味合いには、かなり「深刻」なものがあると思われます。すなわち、それは、単に他者の気持ち推察したり、思いやったりすることなのではなく、どちらかというと、「空気を読む」とか「顔色を伺う」とか「長い物には巻かれろ」などといった、強者や多数派に対する「自発」的な〈同調〉や〈服従〉といった含意があるように思われるからです。それは、権力者による〈同調圧力〉への一つの反応様式であり、日本的な「ヘゲモニー支配」を支える重要な心理的機制の一つといってよいでしょう。そして、勿論、その背後には、そうした「忖度」を「強制」する、様々な「権力関係」と具体的「圧力」があるのです。こうした観点から、「ノンポリ」の俳句サークルで選ばれたこの句に対する行政の過剰反応は、そうした「忖度」をせざるを得ない圧力が近年強まっているだろうことを想像させるのです。とりわけ、アベ政権の成立以降、保守派の地方議員や職制上の上司からそうした「忖度」を半ば強制するような圧力が日常的に加えられていたのではないでしょうか。地方議会における「教育」に関する自民党議員の発言などを見ると、そうした可能性は非常に高いと考えられます。社会教育の場だけではなく、学校教育の現場などではどうなっているのでしょうか。

   私たちが最も心配しなければならないのは、私たち自身がこうした「忖度」のメカニズムの中に取り込まれてしまうことです。しかし、今回、この映画の中で紹介されている中垣克久氏や「九条俳句」応援団の皆さんたちの姿を見て、私たちがそうあらねばならない主体的な主権者としてのあり方を知ることができたように思います。そして、私は、彼らの姿を見て、中江兆民の「人民の元気」という言葉を思い出したのです。 


等身大の生活実感を大切に!―――アベ政治を許さない

 「人の生き血をすすり 不埒な悪行三昧・・・」
      私たちの一票で、醜い浮世の鬼退治!  
 
  

   前回は、GDP成長率というかなり抽象度の高い数字を見てみましたが、アベノミクスが景気を回復させていないことは私たちの生活実感からも当然のこととして感じられます。実際、『報道ステーション』の世論調査(2016年7月)では、景気回復を「感じている」は15%、「感じていない」は78%にも達します。それにもかかわらず、アベノミクスを「支持する」のは40%(不支持は46%)、そして、内閣および自民党の支持率は42.2%にも達するのです。これは一体何んなんでしょうか。

   共産党の法定ビラ第1号には、「いつまでたっても『道なかば』(首相) 『アベノミクス』は格差と貧困を広げただけです。」とありますが、実際、私たちの目の前にあるのは、〈アベノミクスによって私たちの生活が破壊されつつある〉という現実に他ならないのです。すなわち、アベノミクスの「道」とは、「デフレからの脱却(なるほど、インフレかい!)」ということなのですが、実は、〈一般ピープル〉の生活の破壊の上に、一部の富裕層が暴利を貪ろうということでしかないのです(ねえ、竹中さん!)。そのことは、アベが都合のいい数字を並べ立てて隠そうとしていることそのものに表れているのです。

   G7中〈最低〉(!)のGDP成長率を実現した、アベノミクスの「経済の好循環」は、以下9つの数字によって表されています。簡単なコメントも付しておきます。

①国民所得36兆円増加――GDP隠し、物価上昇と円安効果
②就業者数110万人増加――正規が減って非正規が増えただけ
③有効求人倍率24年ぶりの高水準――求職者減少、正規は0.85
④若者の就職率過去最高――団塊世代の退職、人口減
⑤給与3年連続で2%水準の賃上げ――誰の?実質賃金5年連続減少
⑥企業収益過去最高70.8兆円――0.05%の大企業が内部留保で株主
⑦税収21兆円増加――実は、消費税分
⑧企業の倒産件数25年ぶりの低水準――“隠れ倒産”2万6699件
⑨外国人旅行者数過去最高約2000万人――日本人旅行者激減

   これらの数字については、すでに、様々な批判を読むことができます。例えば、『しんぶん赤旗』(6月11日:http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-06-11/2016061103_01_1.html)や『日刊ゲンダイDIGITALl』(6月22日http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184098/6)、最近では『週刊金曜日』(7月1日号)などがその代表的なものです。まだの方は是非ご一読を。それらを詳細に紹介することはしませんが、事実は私たちの〈実感〉どおりで、膨大な借金(税金の先取り)を積み重ね、国民の資産を勝手に使いながら実体のない金融操作にのめり込み、真の復興や成長とは無縁なところに血税をつぎ込み、労働のブラック化(非正規・低賃金・長時間労働)を推し進めて、「お友達」の懐を肥やしたというわけなのです。もし、今後もアベの「空ぶかし」の暴走を許すならば、国民生活の破壊と人間関係の崩壊は一層深刻さを増すことになるでしょう。若者たちはどんな世の中を生きることになるのでしょうか。

  それにしても、こうした自公の政治支配を支えている「意識」・「心理」とはなんなのでしょうか。もう少し限定して言うならば、景気回復を「感じている」15%はまあいいとして(よくはないですが)、なぜ「感じていない」78%のうちの約30%もの人がアベノミクスを支持し続けるのでしょうか。少なくとも、彼らの多くは、自らの〈実感〉にもかかわらず、「この道しかない」と思わされているようです。アベの詐欺まがいのウソを許している、こうした思考の回路を解明していく中にこそ、この梅雨空のようなジメジメした日本の状況を変えていく契機があるはずです。昔ながらの「人間関係」(地域ボスの支配)の中で思考を停止しているのでしょうか。宗教的支配の中でアベ政権を支持しないと「地獄へ落ちる」とでも信じさせられているのでしょうか。「強者」たるアベたち自身が作り出した格差への不満や生活への不安を、外国や他の社会階層・弱者に投射するよう仕向けられてのでしょうか。それとも、実は自分たちの真っ当な労働や努力によってかろうじて支えられている現状を、なんと、それを破壊しつつあるアベたちによる「恩恵」ー「善政」の結果とでも錯覚しているのでしょうか。どちらにしても、社会を支えている「一般ピープル」が、従属的ではない主体的な、〈知性と勇気〉を獲得しない限り、この「アホらしい」現状は克服できないのでしょう。


いくらなんでも、あれはウソだよね
DSC_4468.jpg
よほど人間を舐めてるんだろうね






英EU離脱と参院選―――晴耕雨ブログ2016年7月

グローバリズムとアベノミクス
   〈一般ピープル〉は自らの真の利害を認識しなければならない



   ※6月も終わりましたが、梅雨空の下、雨の恵みによって我が家の野菜たちは元気いっぱいです。昨日は、太ったキュウリを生味噌で頬ばり、新鮮なナスの浅漬けの美味しさに感嘆の声をあげ、今年は豊作の枝豆をツマミに、去年仕込んだ梅酒を賞味しました。美味い!ただし、国内外の政治的・経済的状況は、梅雨明け前の、極めてドンヨリとしたものになっています。今日は小雨。畑仕事は避けて、PCに向かいます。


   このドンヨリ感の原因を考えると、すぐ頭に浮かぶのは、イギリスのEU離脱騒動における「ポピュリズム」と「エリーティズム」の噴出、そして、参院選における「(改憲派で)3分の2をうかがう」といった〈アホらしい〉「世相」です。
   最初に、英国のEU離脱についてですが、その「予期せぬ」(?)結果は世界の〈投機家〉共を震撼させ、欲に目が眩んだ彼らの動揺ぶりが世界経済を一層混沌としたものにしています。つい最近まで、世界経済に対する最大のリスクは中国だと盛んに宣伝されてきたわけですが、実際は、「資本主義の母国」そして〈グローバリズム〉経済の一大拠点であるイギリスが震源地となったのです。私自身は、戦後ヨーロッパ諸国のこれまでの壮大な実験を国際金融資本や多国籍企業が支配する〈グローバリズム〉とは一応切り離して理解してきたこともあって、私がもしイギリス国民だったとしたら「残留」に投票していただろうとも考えています。ただ、現在のEUは、国境を越える〈人々〉の和解・協調・共生・平和といった理念の進展よりも、〈グローバリズム〉による矛盾の方がはるかに激化していると言って良いのです。例えば、移民(「人の移動」)の問題にしても、新自由主義的な政治秩序の下、安価な移民労働力がある国・ある地域の経済成長を支え、企業に巨大な利潤をもたらすとともに、ある国・ある地域における〈一般ピープル〉の労働条件や社会保障の劣化をもたらしていることも事実なのです。そうした国あるいは地域で「日常生活」を送る〈一般ピープル〉にとって、「緊縮財政」を求められたギリシャ国民の場合にも見られたように、EUに残留する「メリット」はほとんど感じられなかったのだろうと思われます。それだけ、社会の経済的〈格差〉ー〈ボッタクリ〉の構造が固定化されているのでしょう。こうした状態に対して、「自立」的な基底的価値意識を有するイギリスの「一般ピープル」は、まさしく、〈等身大の生活意識〉から、EU離脱に向けて、その国民投票権を行使したのでした。

   これに対して、グローバリズムから利益を得ている「支配層(勝ち組)」は、現在、猛烈な〈グローバリズム〉擁護のキャンペーンを展開しています。あたかも、〈グローバリズム〉こそ、人類全ての経済的福利を実現する、不可避の、「文明」的進歩でもあるかのように。しかし、今回の「離脱」騒動の背後には、(イギリス)保守党の分裂、すなわち、フランスやドイツなどEU11カ国による「金融取引税」導入への反発があるとも言われているのです(→離脱派)。パナマ文書でもその動向が垣間見られる「富裕層」(国際金融資本・多国籍企業など)にとって、こうした「規制」は我慢できないものなのでしょう。他方、〈一般ピープル〉にとっても、スコットランドの若者たちが主張するように、「自由」な労働市場をはじめとする〈統一市場〉のメリットは存在するのです。すなわち、問題なのは〈一般ピープル〉にとってのEUの二面性を正確に把握することだと思います。現在直面している問題とは、〈新自由主義〉+〈新保守主義〉的秩序の下で起こっている事態であって、批判の対象は、(経済的福利増大の源でもある)移民労働者に対してではなく、〈ボッタクリ〉のグローバリズムを推進する国際金融資本・多国籍企業にこそ向かわなければならず、それに対する〈一般ピープル〉の立場からする「規制」が必要だと考えられるのです。こうした〈新自由主義〉+〈新保守主義〉に対する批判的視点を明確にし得ないかぎり、排外主義的な扇動政治家ども(「ポピュリズム」)につけ入る余地を与えることになるのです。

   最近は、姜尚中をはじめ、国民投票や住民投票などの直接民主制的制度への警戒感も出ているようです。ならば、政治エリートに任せていれば大丈夫なのかといえば、戦前のドイツにしても、日本にしても、最近の「アベノクーデタ」にしても、そんなことはないのです。一番重要なのは、政治エリートがなんらかの形で動員しようとする〈一般ピープル〉自身が、自分たちの真の利益を認識することであって、そこから発する等身大の生活意識に根ざした自己決定権の相互的承認(→自治・連合)によってこそ未来が開けるように思われます。まずは、分離からの「再出発」でしょう。
  
   
   ところで、昨日、自民党の政権放送を見ました。相変わらずアベが「アベって」(ごまかす、開き直る、はぐらかす)いました(笑)。また、人気があるのでしょうねえ、イケメンの小泉進次郎がアベの隣でヌエ的表情で原稿を読んでいました。話の内容は、先日(近隣の地主さんなんでしょうかねえ)優しそうなご老人が「読んでみて」と渡してくれた自民党の選挙ビラ①号とほぼ同じでした。選挙ビラの裏面トップには「『経済の好循環』を、さらに加速」とあり、私のような〈一般ピープル〉の《実感》とは全くかけ離れた数字が羅列してありました。典型的なハッタリによる印象操作と言って良いでしょう。この点については次回に少し詳しく点検してみたいと思います。

  ただ、今回は、世界的に見て「アベノミクス」とやらが数値的にどう評価されるかだけは指摘しておきたいと思います。あんなに成功だったと大声でまくし立てているわけですから、きっと世界に冠たる成果をあげていることでしょう。

  事実は、こうです。GDP成長率に関するいくつかの数値を挙げてみましょう。例えば、日本は、2014年名目成長率(国連)で−0.09%(世界162位)、2015年実質成長率(IMF)で0.47%(世界162位)、G7中、最低なのです。もう少し詳しく見てみると、(対前期比%)

  年 月    日本   米国   ユーロ圏   英国
2016.3      1.9     1.1     2.4      1.6
2015.12     -1.8   1.4     1.6       2.8
2015.9       1.7     2.0    1.2     1.6
2015.6      -1.7     3.9    1.6     1.6
2015.3      5.2     0.6      2.4     1.2
2014.12      2.1    2.1    1.6      3.2
2014.9      -2.7     4.3    1.2     3.2
2014.6(消費増税)-7.9    4.6      0.4     3.6
2014.3      5.3    -0.9     0.8     3.2
2013.12      -0.3     3.8    0.8     3.2
2013.9       1.9     3.0    1.2     3.2
2013.6       2.7     1.1    1.6     2.0
 
   こうした数字は私たちの生活実感に近いものでしょう。「正しい」経済政策が取られ、「経済の好循環」が実現されるとこうなるというわけです。さらに、IMFなどによる今年(2016)度や2050年に向けた将来予測においても、日本の人口の減少は止まらず(結婚して子供を育てられる?)、G7中最低水準の数字となるのです。「アベノミクスのエンジンを最大限にふかす」って?よくもまあヌケヌケと言ってくれるものです。冗談じゃない!それは、年金基金や預貯金をはじめとする国民の資産を「盗用」・「浪費」し、また、次世代の「一般ピープル」にツケを回しながら、一部の「お友達」の短期的利益のために、役に立ちそうにもない防潮堤を作ったり、新たな価値も生み出さず競争力も無さそうな軍需産業を育成したり、将来性の全く感じられない原発の再稼動のために使われたりすることになるのです。それは、まさしく、「一般ピープル」の資産と労働力を浪費する、「空ぶかし」に他ならないのです。


イヤな世相だねえ
DSC_2090.jpg
どちらにしても、そう長くは続きませんよ


プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ワン・クリック・エリア
おもしろかったらクリックしてね!
にほんブログ村 犬ブログ 柴犬へ
にほんブログ村 にほんブログ村 格闘技ブログ 剣道へ
にほんブログ村 にほんブログ村 政治ブログ 平和へ
にほんブログ村
リンク
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる