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恥ずかしながら宮本選手の突きについて

剣道の判定(審判)は本当に難しい
  ――剣道全日本選手権・準決勝(宮本×勝見)を見て思ったこと



   11月3日の剣道全日本選手権から2週間が経ちました。決勝戦での勝見選手の目にも留まらぬ鮮やかな小手打ちが記憶に蘇ってきます。その一方で、準決勝の一戦については、あの宮本選手の突きに関していろいろな議論もあるようです。私自身は、今回の判定について特段異論があるというわけではなく、あれだけ間髪を入れずに3本の旗が一斉に上がると、「そうゆうものなのだろうな」と思う他はないと感じています。大体において、自分自身が審判をした時のことを考えても、また、実際の試合や一本集の映像などを見た時のことを考えても、とても自信をもって判定を語ることなど私には出来ません。勿論、素人目からしても明らかにおかしいと思う事例もあります。しかし、微妙な判定については、実際に「見えている」というよりは、自分自身の(打ったり打たれたりした)経験から「感じ取る」といったほうが真実に近いとも思われます。ですから、私自身が「体感」していない高度な駆け引きや技についての判断はそもそも難しいのです。というわけで、今回も録画を繰り返し見てみましたが、宮本選手の突きか勝見選手の面かについて、私自身が「判定」を下すのは難しいと感じました。

  ただ、その難しさとは、要するに、「先行」した宮本選手の突きは一本ではないのか、ということに他なりません。この点について、テレビの解説者栄花直輝八段は「残心が取れなかった」という表現をしていました。ただ、勝見選手の面は宮本選手の残心の動作よりも早いタイミングのものでしたから、例えば、相面で、先んじた面が不十分で「後発」の面がより集中力の込もった素晴しいものであった場合と同様の判断であったのかも知れません。こうした意味合いにおいて、宮本選手の突きは「流れていた」と言う見方もあるようです。しかし、突いた時あれだけ竹刀が曲がっているのですから、若干の「流れ」があったとしても、「不十分」というほどではなかったとも考えられます。例えば、防具無しで真剣だったと想定すると、宮本選手の突きの後、勝見選手の〈後発〉の面があのような素晴らしいものであり得たかは疑問と言えましょう。しかし、同様に、なんらかの防具(喉輪や鎖垂など)を身につけていたと想定すると、確かに、宮本選手の突きは不十分なものとなり、兜をも割る勢いの勝見選手の面に利があると判断できるのかも知れません。あるいは、そもそも、たとえ打突部位を「的確」に捉えているように見えても、相手がそれによって真っ直ぐ後方へ仰け反り反撃できないようでなければ一本にはならないのかも知れません(そうであるなら、危険ですが、突きへの対処方法も考えられる?)。いろいろ考えてはみましたが、結局、私には判断できないということでした。

   剣道の判定(審判)は本当に難しいものです。ただ、私の個人的な希望を言わせてもらえるなら、「あれはどうなんだ」と注目を集める判定については、事後でも良いので、審判長や剣道連盟から〈公式〉な「説明」が為されも良いのではないかと思うのです。もちろん、フィギュアスケートや体操などの得点結果について審判がいちいち説明することはありませんから、必要ないといえばそう言えなくもありません。しかし、大相撲やプロ野球などにおいては、微妙な判定については、審判から観衆に説明が為されています。競技の性格によって一概に言えませんが、熱戦の結果としての〈勝敗〉について、観衆が〈納得〉するということは大切なことだと思うのです。そして、そのことが、競技としての信頼性をより高め、より幅広い観衆や競技人口の増加にもつながると思うのです。つまり、私のように、漠然と「そうゆうものなのだろうな」と思っている状態というのは必ずしも「健全」であるとは言えないと思うのです。言語化することの是非はあるのでしょうが、集中力溢れる素晴らしい一本に感動する為にも、観衆の「何故?」に応えてもらうことはできないのでしょうか。是非お願いしたいものです。

   現在素振りをやっている程度のわが身ゆえ、この件についてブログに書くことをためらっっていましたが、観衆の一人としての感想を記しておきたいと思います。


【追記】試合経験のある程度多い人が、ああしたタイミングでの、瞬時ではあるが時間差のある打ち合いの場合、〈後〉の方に旗が上がることが多いと話していました。強いて言うなれば、「肉を切らせて骨を断った」ということなのかもしれません。それにしても、今回の「突き→面」の時間差は微妙だと感じます。11月21日記

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「コバケンのチャイ5」を聴いてきました

個性的な演奏だが、私には合わなかった
   ―――11/4大宮ソニックシティ大ホール


   ※日本フィルハーモニー交響楽団 第98回さいたま定期演奏会を聴いてきました。曲目は以下の通りです。
  
  グリーグ ピアノ協奏曲 作品16
   指揮:小林研一郎 ピアノ:仲道郁代
  チャイコフスキー 交響曲第5番 ホ短調 作品64
   指揮:小林研一郎
  アンコール:ブラームス ハンガリー舞曲第1番
   
   1年4ヶ月ぶりに生演奏を聴きました。私はチャイコフスキーの交響曲5番が好きで、いろいろな思い出があります。30年程前にワルシャワに旅行した折、ガイドさんから教会のそばで聞こえてきた曲の名前を聞かれ、「あれはチャイコフスキーの交響曲5番の第○楽章です」と答えたことを覚えています。レコードで一番多く聞いたのはやはりムラビンスキー=レニングラード・フィルの演奏でしょうか。生演奏では渋谷の文化村で聞いた気がするのですが、記憶が定かではありません。ところで、この曲を「チャイ5」と呼ぶのですね。これに「コバケン」がついて「コバケンのチャイ5」です。なかなかいいキャチコピーだとは思います。それでは、この日の演奏会の感想を述べてみたいと思います。

  まず、グリーグのピアノ協奏曲です。この曲は各楽章に非常に親しみやすい旋律を含む名曲ですが、その北欧的な「抒情性」の表出に失敗すると、かえって凡庸な印象を与える場合があるように思われます。そして、今回の演奏は、残念ながら、その抒情性の表出に成功していたとは感じられませんでした。仲道さんのピアノは打鍵も力強く、音量も十分で、技巧的にも不満はなかったといってよいのですが、この曲が醸し出す北欧的な雰囲気の表出には失敗していたと言わざるを得ないように思います。このことは小林研一郎=日本フィルについても感じられ、さらに、ピアノとオーケストラとの関係も、「一期一会」の失敗例のようにさえ感じられました。もちろん、以上は私の個人的な感想で、違った印象を持たれた方もたくさんいたこととは思います。
  
  つぎに、「コバケンのチャイ5」ですが、この演奏についても、いわゆる「ロシア」的な「抒情性」の表出には失敗していたのではないでしょうか。また、その演奏は大変個性的だとは思いましたが、その個性的であることが私にはどうしても「不自然」に感じられてしかたありませんでした。同一楽章の中で不自然にテンポが変わったり、パートの音やバランスなどに妙な違和感を覚えました。なにより、ただ大きな音を鳴らせば、盛り上がったり、シビレたりするというわけではないのです。日フィルも第2楽章をはじめ流石にそのうまさを発揮していましたが、コバケンの「注文」に一生懸命応えようとするあまり、オーケストラ自体が「この曲」の演奏に燃えることができていたかは疑わしいところです。コバケン自身も、一時指揮を放棄し、横顔を観客に向けて恍惚とした表情を見せてみたり(エンターテナー!)、曲が終わった後、「非常に落ち着いた」語り口で今日の演奏はこれまでになかった素晴らしさだった的なことを言っていましたが、あれは私たち聴衆へのサーヴィスなのでしょうね。そして、私自身も、当日の体調や精神状態に問題があった可能性もありますが、今回の演奏で一度も「ほてり」や「シビレ」を体感しなかったのです。ただ、アンコールのハンガリー舞曲第1番だけは文句なしの素晴らしさでした!それが、私にとって、今回の演奏会の唯一の救いでした。

   次回は、千住真理子さんの演奏を聴く予定です。コバケン=日フィルは今度はどのような演奏を披露してくれるのでしょうか。楽しみにしています。


 

芸術祭十月大歌舞伎―中村芝翫襲名披露(昼の部)を観た

 江戸庶民の「反権力」の心意気
    ―――河竹黙阿弥の名作を芝翫が演じる



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さあ、どんな舞台が?高まる期待!


   ※10月19日(水)、歌舞伎座で「芸術祭十月大歌舞伎―中村芝翫襲名披露」(昼の部)を見てきました。いつものように、あらかじめ演目と配役とみどころを「歌舞伎美人」をもとに整理しておくと以下の通りです。
   
一、初帆上成駒宝船(ほあげていおうたからぶね)
   橋彦 国生改め橋之助
   福彦 宗生改め福之助
   歌彦 宜生改め歌之助
 ◆山口 晃・寛徳山人作の襲名を寿ぐ祝儀の新作舞踊。成駒屋ゆかりの詞章で三兄弟が舞を舞う晴れやかな一幕。
   
二、女暫(おんなしばらく)
   巴御前 七之助
   舞台番松吉 松緑、他
 ◆女方ならではの趣向でみせる荒事の様式美:源平の合戦で功を立てた蒲冠者範頼が、家臣らを引き連れ北野天満宮へ詣でると、居合わせた清水冠者義高らは、権勢を誇る範頼の暴挙をたしなめます。怒った範頼は、成田五郎らに命じ、義高らの命を奪おうとします。そのとき、「しばらく」の声をかけて現れたのは、巴御前。女ながら武勇に優れた巴御前は、義高らを救い、紛失していた名刀倶利伽羅丸を取り戻します。そして範頼の仕丁を成敗すると、急にしおらしい姿を見せ、恥じらいながら去って行くのでした。歌舞伎十八番の『暫』を女方が演じる華やかな舞台。

三、お染 久松 浮塒鷗(うきねのともどり)
   女猿曳 菊之助
   お染 児太郎
   久松 松也
 ◆身分違いの恋を描いたお染久松ものの舞踊:浅草の大店のひとり娘のお染は、親の決めた縁談が嫌で家を飛び出し、隅田川の土手までやって来ます。その後を恋仲の丁稚の久松が追いかけて来て、家に戻るようさとしますが、お染は聞き入れません。そこを通りかかった女猿曳は、二人が噂のお染と久松であろうと察すると歌祭文に事をよせ意見をします。そして二人の気を引き立てようと万歳の様子をみせ、その場を後にします。しかし、二人は別れることができず、心中の覚悟を決め去っていきます。華やかで情感豊かな清元が、お染久松の心情と女猿曳の軽妙な味わいを盛り立てる。 
 
四、極付 幡随長兵衛(きわめつきばんずいちょうべえ)
 「公平法問諍」
   幡随院長兵衛 橋之助改め芝翫
   女房お時 雀右衛門
   水野十郎左衛門 菊五郎、他
 ◆男伊達の潔さと江戸の心意気:大勢の芝居見物客で賑わう江戸村山座の舞台に、旗本水野十郎左衛門の家臣が乱入して騒ぎ出します。これを止めた幡随院長兵衛の様子を見ていた水野十郎左衛門が、長兵衛を呼び止めます。そこへ長兵衛の子分の極楽十三、雷重五郎、神田弥吉が駆け出して来て、一触即発となりますが、長兵衛がその場を収めます。後日、水野の屋敷に呼ばれた長兵衛は、この誘いが水野の企みだと悟りながら、出向くことを決意します。案じる女房子どもに別れを告げて、長兵衛は水野邸へ一人で乗り込み…。町奴の長兵衛と旗本の水野の対決を鮮やかに描いた河竹黙阿弥の名作。


 ※ さて、橋之助の八代目芝翫襲名のことは『東京新聞』のコラムで知っていましたが、3月の雀右衛門の襲名披露に続いてこの公演を見ることができ、大変幸運であったと思います。それでは、若干の感想を述べておきます。

   まず、三人の息子たちによる舞踏『初帆上成駒宝船』についてですが、私には、西洋のクラシックバレエや社交ダンスなどとは全く異なる、その庶民的な身のこなしとその若々しさが大変好ましく思われました。また、今回一緒に行った「姉貴」によれば、指先の表現力など、やはり長男〜次男〜三男と、その「うまさ」(熟練度)の度合いには違いがあるようだとのことでした。私は身体の移動やバランスに注目していたわけですが、人によって見るところが違うものです。要するに、いろいろ楽しめるということです。

   つぎに、『女暫』ですが、これは、「勝者」=頼朝の家来範頼の驕り高ぶった暴挙に対して、「敗者」=義仲の息子清水冠者義高と巴御前が〈反撃〉するという、いわゆる「判官贔屓」の如き筋立てになっています。ただ、私が歌舞伎を見ていつも感じるのは、そうした〈反撃〉が、単なる敗者・弱者の「怨恨(ルサンチマン)」からというのではなく、たとえ一見支配階層からの借り物に見えるとしても、しっかりとした「倫理」的《怒り》にもとづいていることなのです。今風に言えば、「エスタブリッシュメント」の支配に抵抗する「一般ピープル」の〈原理〉(何が奪われ、何が不公平であるのか)が明確に示されているということです。 
   それにしても、七之助はいいですねえ。セリフも動作もアドリブも。楽しいことはいいことです。

   つぎに『お染 久松 浮塒鷗』についてです。私は今年の正月に観た『小狐礼三』で菊之助のファンになりましたが、今回の女猿曳役の舞踏については少し難しく感じました。清元に合わせたその踊りの「良さ」は私には理解不能と思われました。ただし、作品としての『お染 久松』については、やはり、「人情」からする封建的身分制や性差別に対する「批判」が読み取れるといえるでしょう。日本社会の「冷たさ」の象徴とも言える「間引き」や「姥捨」の伝承に接した時も、私たちはそこに「人情」から発する「涙」を感じることができるでしょう。そして、そこに「涙」が感じられる限りにおいて、私たちはそうした状況を改善していくことができるのです。そうした意味において、『お染 久松』の(涙の)物語は、「両性の合意に基づいてのみ成立する婚姻」(「両性の本質的平等」)を準備したとも言えるではないでしょうか。

  最後は『極付 幡随長兵衛』です。ところで、夜の部の『一谷嫩軍記 熊谷陣屋』も大変評判が良かったとのことですが、私にとっては、歌舞伎の「反権力」性という面において、『幡随長兵衛』の方がプログラムの一貫性という意味でより良かったのではないかと感じています。すなわち、当時の歌舞伎のストーリーの背後には、7代目市川團十郎の江戸追放や芝居小屋の江戸郊外への移設など、当時の幕府(武士)の政策への批判があったろうと推察されますが、河竹黙阿弥によってこの作品の中で描き出されているのは、まさしく、「きたない」やり口の旗本奴(=武士)に対する町奴長兵衛の、仲間や江戸の人々のことを思う「倫理」的ー「道義」的優越性に他ならないと言えましょう。封建的身分制はその倫理的正統性をもはや失っていたのです。
  また、山場においてセリフが少し不明瞭に聞こえることを除いて、私には、YouTubeで観た萬屋錦之介と片岡仁左衛門の『幡随長兵衛』よりも、今回の芝翫と菊五郎のものの方が歌舞伎の「様式性」(ここでは、ロマンチック過ぎない)という点で勝っていたように感じられました。時代物や荒事などにおける8代目芝翫のこれからの活躍に大いに期待したいと思います。



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今日は奮発して木挽町辨松の弁当を

  ※普段はコンビニで買ったパンやおにぎりで済ますのですが、今回は、歌舞伎座前の木挽町辧松の弁当を奮発しました。確かに、美味い!量は足りないですが(苦笑)。


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芝翫襲名の祝幕

  ※歌舞伎座では、毎回、緞帳の紹介を楽しみにしていましたが、このような「祝幕」は初めてでした。立派なものです。それにしても、このように大きな幕をどのようにして作るのでしょうか。


おじさん旅行2016秋―――蓼科・横谷温泉〜清里・八ヶ岳の展望

  紅葉には少し早かったけれど
     予報に反して爽やかな秋晴れの旅を楽しめました!



   ※恒例の年二回の「おじさん旅行」(秋)に行ってきました。茅野ー御射鹿池ー横谷温泉(泊)ー女神湖往復ー麦草峠ー清里(清泉寮・川俣東沢渓谷)ー小淵沢(各駅停車)というのが大まかなルートでした。二日目にはメンバーの一人が帰らなければなりませんでしたが、両日ともに、好天に恵まれ、楽しい旅行になりました。



白い馬はいませんが・・・御射鹿池(みしゃかいけ)
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  ※茅野から蓼科山を見ながらのドライヴは快適そのものでした。まず、最初に立ち寄ったのは、東山魁夷の絵で有名な御射鹿池。10年ほど前に東京国立近代美術館で東山魁夷展を見たことがありましたが、その時の人気作品の中に「緑響く」がありました。この御射鹿池はそのモデルといわれています。他の湖についても同様なことを聞いたことがありますが、確かに、この御射鹿池には雰囲気があります。しかし、車道から近すぎるようにも思われました。



乙女滝で
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  ※横谷温泉郷に到着し、早速、横谷峡を散策してみました。写真は最初に訪れた乙女滝です。恋が叶うという伝説が残っているそうです。しかし、名前には似つかわしくない大きさと豪快さでした。この後、マイナスイオンが充満しているらしい渋川沿いの横谷渓遊歩道を1時間ほど散策しました。


今年一番の紅葉!
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  ※遊歩道の途中にあった紅葉した樹木です。今回の旅行の中では一番気に入っています。旅館は、古めかしさの残こる建物で、特筆すべきは、野趣溢れる大露天風呂でした。源泉が違うため湯の色や性質が異なる、「黄金色(?)」の巨石露天風呂や二酸化炭素泉の渓流露天風呂は、家族連れでもう一度来てもいいと思わせるものでした。部屋では毎回時事問題で盛り上がるのですが、この前は舛添の話が主だったなあなどと遠くのことのように思い起こされました。しかし、今回のおじさん旅行は、日頃のアベ政治への憂さをプロ野球日本シリーズの話題で晴らすといった感がありました。情けないことです(苦笑)。


白樺高原・夕陽ヶ丘で
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  ※Mさんを送るために女神湖方面に向かいましたが、このルートも素晴らしい秋空と山岳風景で私たちを楽しませてくれました。ビーナスラインや八ヶ岳連峰を横断する「メルヘン街道」(国道299号)も以前通った記憶があるのですが、この季節は初めてであり、夏とは違った美しさがあると感じました。


今回のお土産は松茸
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  ※街道沿いの「露店」でお土産に松茸を買いました。松茸を買うなど私にとって初めてのことだと思います。家に帰って、アルミホイルに包み、日本酒と塩を加え、フライパンで焼いて食してみました。実に美味でした。しかし、あっという間の量の少なさでした(笑)。



清泉寮からの南八ツ
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  ※清里には八ヶ岳登山や家族旅行で何度か来たことがありましたが、今回の大展望は格別でした。奥秩父から南アルプスの山々、富士山そして八ヶ岳連峰、澄み切った秋空にくっきりと望ことができました。清泉寮では、ソフトクリームを食べ、ジャージー牛乳もお土産に買いました。Iさんは初めてだったということでしたが、この清逸な清里の人気はこれからも変わることはないでしょう。


川俣東沢大橋と八ヶ岳を背に
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紅葉の盛りは・・・東沢大橋から川俣川渓谷
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  ※清泉寮の近くに川俣川渓谷がありましたが、とりわけ、その東沢大橋からの眺めは素晴らしいものでした。「こんなところがあるとは、知らなかったなあ」というのが実感でした。この近辺には軽いハイキングコースもあるということなので、もう一度是非来てみたいとも思いました。この後、小淵沢まで行き、駅前の店でおいしい蕎麦を食べ、そして、我々らしく、4時間近くかかる各駅停車で帰路に着いたのでした。


 【追記】先ほど、アメリカ大統領選でトランプに当確がでました。イギリスのEU離脱の国民投票の結果を踏まえれば、ある程度予想もできたことなのですが、新自由主義的なグローバリズムの矛盾に苦しむ「一般ピープル」がサンダースではなくトランプに期待したところに、今後のアメリカの凋落と世界的な右傾化への方向性が示されているということなのでしょう。ただ、私にとっては、トランプの当選よりも、日本におけるアベ政権の高支持率の方がはるかに衝撃が大きいのです。先日も、TPP法案が衆院特別委員会で強行採決されましたが、全く杜撰な法案を、十分な審議もせず、薄ら笑いを浮かべながらの蛮行でした。お隣の韓国ではパク大統領が退陣に追い込まれそうですが、一方、日本では甘利や石原さえも結局追及の手から逃れてしまいそうです。一体、どちらが真っ当な国なのでしょうか。アメリカの”stupid white men"も誤った判断をしたのだと思います。しかし、「エスタブリッシュメント(既得権益層)」による《偽り》の「正当化」に誑(たぶら)かされ続けている日本の国民よりはマシなのかもしれません。そして、トランプの登場は、例えば、TPPによってどの国のどのような層が利益を得、そのことによって、その国の基本的構造と利益がどのような影響を受けるのか、「内向き・外向き」などといった「エスタブリッシュメント」による空虚な議論から離れ、事実に即して考える良い機会になるかもしれません。国の安全保障についても同様でしょう。右傾化の危険性は増大していますが、グローバリズムの矛盾はそこまで深化しているのです。


栃木「蔵の街」と榛名山・天神峠―10月バイクの旅


「大江戸散歩」番外編(ラスト2)と
      アニメ『頭文字D』の舞台を訪ねて



   ※愛車クロスカブ君でこれからどれだけ走り回れるかが楽しみなのですが、片道3時間を超えると体力的にかなりきつくなったように感じます。ベンリー君(50cc)で月山へツーリング登山した時には感じなかった疲れです。しかし、今回も好天に恵まれ、爽やかな秋の旅になりました。



10月15日(土)栃木市「蔵の街」 by クロスカブ
 【経路】国道122号―(渡良瀬遊水池)ー県道9〜11号ー栃木駅
     ―巴波(うずま)川遊覧船ー(昼食)ー岡田記念館
     ーとちぎ山車会館―(武平作だんご駅前店)ー帰路


巴波(うずま)川遊覧船の船着場
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   ※計画していたバイクで行く「大江戸散歩」番外編ラスト2は栃木市「蔵の街」でした。渡良瀬遊水池まではいつもの道でしたが、県道9〜11号に入ると、関東平野の端まで来たなあという感じになります。ところで、栃木市がなぜ「蔵の街」になったのかというと、(京都の朝廷が日光東照宮に進物を送った)例幣使街道の宿場町だったこともありますが、なにより、近辺で伐採した木材などを巴波(うずま)川を起点として渡良瀬川〜利根川〜江戸川と経由し、江戸深川の木場まで運ぶ拠点として栄えたからなのだそうです。豪商が多かったわけですね。そんな町並みを船から味わえるのが「巴波川遊覧船」で、船頭さんの絶妙な語りと情緒あふれる舟歌を堪能しつつ、また、体長1mもあろうかというの「鯉太郎」君(下の写真)にも会える楽しい一時となりました。

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昼食を食べながら対岸の蔵屋敷を見る
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   ※旅行先で何を食べたのかも楽しい思い出になります。今回は、巴波川沿いのお店に入り、定食を食べてみました。定食も美味で満足しましたが、それよりも、この「蔵の街」では時間がゆっくり過ぎていくと感じました。昔、ヨーロッパ旅行の折、注文した料理がなかなかこないので(当地ではそれが当たり前なのだそうです)、せっかちな私はイライラしたことを覚えています。そして、今回、なかなかこない定食を待ちながら対岸の蔵屋敷や巴波川の流れを見ていると、こうしたゆったりとした時間の流れがやはり当たり前のことなのではないかと思われたのです。慌てることはありません。


岡田記念館の「翁島」(別邸)
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   ※栃木市では江戸時代の「代官屋敷」跡が見学できます。「畠山陣屋」だったという往時の雰囲気を偲ばせるとともに、明治・大正に至る歴史的遺物もガラス越しにではなく間近に見ることができます。また、明治時代の当主が大正時代に完成させた別荘が写真の「翁島」です。金持ちの道楽爺さんが贅と粋を尽くして作った隠居場所という趣なのですが、ガイドさんの懇切丁寧な説明を聞いていると、なるほど、そこには当時の職人たちの技術の粋が結晶しているのです。すなわち、道楽爺さんが、こうしたところに積極的に金を使って、日本の工芸技術の維持・発展にも寄与しているのです。なるほど、そういう面もあるわけですよね。


歴史を感じさせる蔵屋敷
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   ※「蔵の街大通り」を栃木駅に向かう途中にはいわゆる「蔵造り」の建物が点在します。川越もそうですが、こうした歴史的建造物を作り上げた人々のことを想像するのは、なかなか興味深いことです。また、ここには、「とちぎ山車会館」という建物があり、「とちぎ秋まつり」で使われる本物の「江戸型山車」3台が見られます。ただし、まつり自体は明治以降の「神武祭典」を機とするようで、江戸時代に作られたのは「静御前」の山車であり、(明治天皇にそっくりな)「神武天皇」や(日本帝国主義のプロパガンダで活躍した)「桃太郎」の山車は明治時代のもののようです。ただ、面白かったのは、本物は見られなかったのですが、そんな中に『三国志』の劉備や関羽や張飛の山車があることです。とちぎの豪商(町衆)たちのフレキシビリティに拍手!です。お土産は、武平作だんご20本としました。





10月21日(金)榛名山ー天神峠 by クロスカブ
 【経路】国道17号―(上武道路)ー県道33号ー榛名湖←→榛名山
     ー榛名神社→榛名湖ー県道33号―国道17号


ここでは原付なのが「誇らしい」(?)
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  ※今回、なぜ榛名山ー天神峠を選んだのかといえば、1st兄貴に何か面白いアニメはないかと聞くと『頭文字(イニシャル)D』というのがあるということなので、早速、見てみました。そして、そのアニメの舞台「秋名」が「榛名」のことだというので、それまで榛名山に登ったことがなかったこともあり、行ってみようということになったのです。今回のアプローチ=「上武道路」は、単調ではありましたが、利根川をまたぎ赤城山に向かって走る、なかなか気持ちのいい道でした。伊香保温泉を過ぎて榛名湖畔に着くと、紅葉には少し早く平日でもあるということで、人影は多くはありませんでしたが、それでも、立派な車や中型・大型のバイクが結構来ていました。でも、「君らは高速できたんだろう。私は一般道路だもんね。」などと逆に「誇らしく」(?)も思うのでした。


榛名山山頂(1449 m)の紅葉と高崎方面の眺望
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  ※榛名富士にはロープウェイもありますが、30分ほどだというので、歩いて登ることにしました。夏に痛めた足は大丈夫のようで、無事に登頂できました。頂上からの展望はまずまずでしたが、榛名湖方面の眺望がロープウェイで邪魔され、少し残念でした。



天神峠からの裏榛名(県道28号)
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  ※10月には、1st兄貴に『イニシャルD』を、2nd兄貴からは『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』という日台共同制作の人形劇を推薦され、前者は1stステージから5thステージまで、後者はエピソード1〜13までを見ました。『Thunderbolt Fantasy 』は革新的な映像と内容、そして、T.M.Revolutionの主題歌で楽しませてもらいました。続編が楽しみです。ところで、しげの秀一作の『イニシャルD』の方ですが、峠の走り屋たちを主人公にしたアニメで、私はとりわけ1stステージと3rdステージが面白く感じました。「走り屋」父子だと『巨人の星』とは違ってこうなるのかとか、オヨ!、主人公のガールフレンドは援交女子高生かとか、大変興味深く見ました。ただ、4thステージ以降は、その勝利を、「オブラートに包みながら」も、早期教育の天才と(群馬大医学部の学生らしい)頭脳明晰な理論家リーダーの活躍として礼賛するといった、マンネリ化した内容とも感じられました。まあ、時代劇主流も、その〈活躍〉は、結局、身分と血筋・家柄に基づいているわけで、同じようなものですかね(でも、時代劇には、机龍之介や、座頭市や、木枯らし紋次郎や、拝一刀もいる!)。ただ、1st兄貴によると、この作品の魅力はレースシーンの映像的進化と背後に流れる「ユーロビート」という音楽にあるのだそうで、私は全く気づかなかったこともあって、そういうものかと改めて考えさせられました。ところで、天神峠に関わる県道33号と28号は以前走ったことがある道だったようです。もちろん、私はバイクで攻めたりはしませんでした(笑)。



紅葉には少し早い榛名湖と榛名富士
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  ※でも、榛名湖と榛名富士の組み合わせはやはり美しいですよね。四季折々の美しさがあることでしょう。また、この湖が、あの「湖畔の宿」の舞台だったとは知りませんでした。その後、榛名神社まで往復した後、榛名湖を半周し、伊香保温泉で温泉饅頭を買い、高崎経由の国道17号で帰路につきました。ちょっと疲れました。

日々雑感――2016年10月――日本社会の「劣化」

     「逝きし世」の〈普遍〉的価値観が・・・



秋晴れの、落穂拾いじゃないけれど 
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   ※10月にはブログを更新できませんでした。思い起こせば(?)、10月は結構忙しい月だったのです。まず第一に、卓球クラブに入り、週1回活動することになりました。感想は、「運動は体に良くない!」と言うことです(笑)。とにかく、汗だくになり、身体中に乳酸が溜まるのです。また、ビックリしたのは、私が1st兄貴から譲り受けたラケットは「ペンホルダー」型だったのですが、なんと、それはペンのように握ってはいけなかったのです(笑)。現在、修正中ですけれど、なんともしっくりきません。でも、楽しいので、基礎からしっかり勉強してみるつもりではいます。
   また、中・高時代の友人や元の職場の友人たちと会い、いろいろな話を聞きました。旅行も、バイクで栃木市の例幣使街道と群馬の榛名山と天神峠、「おじさん旅行」で長野県の蓼科から清里へ、そして、家族旅行で千葉の成田山・新勝寺にも行ってきました。さらに、歌舞伎座で中村芝翫の襲名披露公演も見ました。これらについては、ぼちぼち、ブログに書いてみたいと思っています。

   ところで、10月の初めには『殿、利息でござる』という映画も観ました。その後、磯田道史氏の原作『無私の日本人』も読んだのですが、これが私にとっては精神衛生上大変よろしくなかったようです。映画も面白いですし、原作も力作で、まだの方には是非お勧めしたいと思います。でも、現在の自分自身と日本の状況を振り返り見ますと、「鬱」になりそうなのです(苦笑)。『無私の日本人』は、(映画の原作である)「穀田屋十三郎」・「中根東里」・「大田垣蓮月」の三編からなる「評伝」ですが、なにしろ、磯田氏によって描き出されたそれらの登場人物は、全くもって「素晴らしい」、魅力溢れる人々なのです。そこにおける「無私」とは、「個」を捨て幻想的な「公」に従うということではなく、「個」の〈解放〉のために「我欲」を捨て、一途に「共助」を実践する謂と考えられます。そして、それらは、まさしく、昨今の「我欲(金、権力、名声等々)の追求」を恥ずかしげもなく正当化する支配的風潮(新自由主義)に反省を迫るものと言えます。ただ、こうした思想や社会的意識が、もはや「逝きし世」のものでしかないのではないか(渡辺京二『逝きし世の面影』)、あるいは、現代日本の思想や文化にも生き続けているのか、そうしたことが大変気がかりに感じられたのです。

   さて、上の話とも関連しますが、10月には自動車とバイクの「リコール」を受け、その時の整備士さんや店のご主人の誠実で親切な対応に正直感動しました。日本社会の「質」はこうした人々によって支えられているのだと改めて感じました。しかし、この時の車の整備で、世の中には「誰かさん」のように詐欺師まがいの人も確実に存在するということも判明したのです。と言いますのは、以前、あるガソリンスタンドでオイル交換をした際、担当の人が泡の混じったオートマオイルを私に見せ、これも危険だから交換したほうがいいと勧めたのです。私は所持金も少なく不審にも思ったので断りましたが、あれから2年、ディラーの整備士さんによると、オートマオイルには全く問題はないということでした(笑)。

   もちろん、新潟知事選での米山隆一氏の勝利や大隅良典氏とボブ・ディランのノーベル賞受賞など明るい話題もないわけではありません。しかし、昨今の日本と世界の〈心象風景〉は、極度に〈うすら寒い〉ものがあります。トランプ現象やTPPに関する「強行採決」発言とその後の対応、大阪府警機動隊員の差別発言等々、いちいち数え上げるときりがありません。もちろん、アベ政治のアホらしさなど、コメントすらする気になれない代物です。悪い冗談ですが、これでトランプが勝ったら、「似た者同士」の、「理想的」な日米同盟が形成されるということになるのでしょうか。それにしても、新自由主義的な社会–経済システムとその価値観の下、歪んだ薄ら笑いを浮かべる「強者」の傲慢で恥知らずな醜さと「荒んだ」対他的な関係性の中で非人間的で差別的な感情に支配されてしまう「弱者」の閉塞感と歪んだ怨恨、まあ、とんでもない社会になったものです。社会の「劣化」は正に深刻です。そして、こうした社会の中に生きることの難しさは、東京に行く度に遭遇する「人身事故」にも明らかなように、日本人の4人に一人(25.4%)が自殺を考え、6.8%(推定53万人)が自殺未遂を経験しているという(日本財団による)「自殺に関する意識調査」の結果に端的に表れていると言えるでしょう。今の日本は、4人に一人が自殺したいというような社会なのです。なんということなのでしょうか!

   おまけに、卓球で疲れてもいるからなのでしょうか、最近、現役時代の人間関係に関連する「悪夢」も見るようになりました。しかし、それらは、暗い気持ちにもさせるのですが、同時に、「まあ、あのストレスの中、よく頑張ってきたなあ」と自分自身を褒めたい気持ちにもさせるのです。また、ストレスの対象だった人物についても、自分自身に対する恥ずかしさも交えながら、妙な「懐かしさ」も感じるのです。不思議なものですね。あの頃は、現在と比べれば、まだまだ「牧歌」的だったのかもしれません。

   快晴の文化の日も終わります。剣道の全日本選手権は、手首が切り落とされてしまうような見事な小手で、勝見洋介5段が初優勝しました。明日は、コンサートに行ってきます。さあ、眠るとしますか。



カエル君、いい寝場所を見つけたね!
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プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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