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「てんぷら」首相にはもううんざりだ!

 米仏韓の「一般ピープル」は偉い!
   ―――ファシストの末路に付き合わされるのはごめんだ‼︎



   ※数日前、やっと春の植え付けに一区切りがついた。新たに「開墾」した土地にも、大根・人参・ほうれん草・小松菜・トマト・なす・きゅうり・ピーマン・シシトウ・サツマイモ・枝豆・とうもろこし・スイカ・メロン・かぼちゃ・里芋を植え付けた。一昨日の雨で、植物たちは元気いっぱいに成長している。この後は、蜂を引きつけるための花やコンパニオンプランツ等を植えていくつもりだ。

  そうした中でも、日頃気にしている日本の政治状況は本当にひどい有様だ!衆院本会議で「共謀罪」が強行採決されたが、法案の本質(要は、テロ対策を名目に、永続的支配を狙う政府・自民党への批判と怒りを封殺しようとするものに他ならないだろう)は、「プライバシーや表現の自由を不当に制約する恐れがある」とする国連人権理事会の特別報告者であるケナタッチ氏の書簡でも明らかなことだ。さらにうんざりするのは、政権への援護射撃を意図する、まさしく『共謀』の匂いしかしない NHKニュースの冒頭を飾る「テロ・テロ・テロ」の報道や、「ゴミ売り」とも揶揄される読売新聞の加計学園や前川前次官に関するどうしようもなく下品な記事などだ。まあ、「モリ」だの「カケ」だの、毎月知人と蕎麦を食べるのを楽しみにしている私としてはそれだけでも心穏やかではないのだが、本元のアベが、中身が極めて怪しい「てんぷら」みたいなものであるうえ、官房長官が、黒を白と言いくるめても恥じない、愛嬌のない「たぬき」ときているのだからどうしようもない。一刻も早くご退陣願うしか、真っ当な和食文化のイメージ復興もないだろう。

  それにしても、こうした深刻な事態に対する日本国民の反応はいまひとつ鈍いようにも感じられる。これと比較して、アメリカ・フランス・韓国といった諸外国での政権への反応を見ると、これらの国々には、真っ当な「エリート」と賢明な「一般ピープル」が多数存在しているのだなと改めて感心せざるを得ない。

   たとえば、アメリカでは、「マスメディア」によるトランプ政権の「ロシアゲート」に対する徹底的な批判と抵抗、また、政府高官への任用を鼻先にぶら下げられても志を曲げない「専門家」たちの矜持、そして、アメリカの自由と多様性を守り抜こうと粘り強く行動する「普通の人々」・・・考えさせられることが実に多い。特に、「エリート」によるそれは、先日福島原発事故をテーマとする『太陽の蓋』という映画で観た、民主党政権に対する「政・官・財+マスコミ」(日本のイスタブリッシュメント)による「サボタージュ」や「言い掛かり」とは明らかに性格を異にするもののように感じる。やはり、アメリカは、権力の恣意的な行使や暴走を許さない「デモクラシー」の国なのだろう。

   また、フランスについて言えば、問題の根本は新自由主義的なグローバリズムの〈矛盾〉と正面切って向き合い、それらに如何に対処していくのかであって、それに対する有効な道筋を示すこともなく「ポピュリズム」(「愚かな大衆」への迎合)云々などと宣わっている「エリート」諸君の方にこそ余程こうした事態への責任があると思うのだが、しかし、そうした矛盾の最中にあっても、極右への警戒を忘れなかったフランスの「一般ピープル」多数派の心意気にこそ、心底、尊敬の念を抱かざるを得ないのだ。
   
   また、韓国では、朴槿恵(パク・クネ)大統領がお友達(=崔順実)との「関係」によって国会で弾劾され、それが憲法裁判所において妥当と認められて失職し、さらに、検察によって訴追まで受けている。こうした状況を目の当たりにすると、抗議行動で示された若者たちを中心とする「一般ピープル」の力に目を見張るだけでなく、さらに、「エリート」層の中においても「権力の分立」が正常に機能していることに感銘を受けざるを得ないのだ。いやはや、北朝鮮を「金王朝」などと揶揄している何処かの国こそ、本当に恥ずかしい状況にあると言う他はない。ウラジミールの「お友達」もG7では相手にされなかったようだが、尊敬されるに値する生き方を示すことができない政治家の末路など解りきったことと言えるだろう。

   それにしても、戦後日本の「支配層」も落ちぶれてしまったものだとつくづく思う。つまり、私の印象から言うと、自信と矜持を失い、アメリカングローバリズム(新自由主義の政治経済)に追従していく中でしか自分たちの権益を維持していくことができないと「諦念」した日本の「支配層」は、心の奥底では軽蔑しつつも、今はアベ様におすがりするしかない!と卑屈にも思い定めているようなのだ。たとえ、その政治が、「政治は結果が全て」だの「決められる政治」だのと、どこかで聞きかじったような(というよりは、ナチスの思想を焼き直したような)言葉で自己を正当化しつつ、真っ当な神経ではとても出来ない、ウソと無理筋を押し通して〈恥じる〉ことのない代物であったとしてもだ。しかし、アベの末路は日本の末路だ!アベは確実に日本の〈足場〉(自然とヒト・カネ・モノ)を掘り崩し、未来を絶望的なものにしようとしている。自然を破壊する原発の再稼動、労働や教育に関わる若者たちの未来、郵貯や年金などの国民資産、農業・工業などの実体経済、そして、日本国憲法の破壊と政治の私物化。日本の「支配層」は、目先の私欲にまみれて、こうした政治に頼っても恥じない存在と化してしまったようだ。

   もちろん、日本にも、注目すべき「エリート」たちはいる。最近の前川喜平・前文科省事務次官もそのうちの一人と言えるだろう。しかし、彼らの多くには「元」が付くのだ。それだけ、権力構造内部での「私物化」・「独裁化」が進んでいるのだろう。現在、読売や産経だの、田崎史郎や松本人志だの、アベ政権の「提灯持ち」によるどうしようもない軽蔑すべき与太話が多々聞かれるが、日頃日常生活を送っている私たち「一般ピープル」も、少なくとも、真っ当な姿勢を貫こうとしている「エリート」たちを、アメリカやフランスや韓国などの「一般ピープル」多数派のように、しっかり支援していくことが必要だと思う。

   見え見えの森友学園と安倍昭恵総理夫人との関係そしてそれにまつわる「特例」の数々、また、加計学園がらみの「男たちの悪巧み」(安倍昭恵)と「総理のご意向」、アメリカやフランスや韓国でだったらどうなるのだろう?!馬鹿にされているんでしょうねえ。まあ、それはそれとして、ウソで塗り固めて「黒を白と言いくるめようとする」現政権の姿勢は、想像を超える図々しさだ。そして、こうした手法で、国民の労働の成果や資産がアベのお友達に回っていくのだ。う〜む、少々疲れるが、私も抗議に行ってこなければなるまい。
 
  6月4日(日)10:00〜北浦和公園 オール埼玉総行動 
                        にでも行くか!



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晴耕雨ブログ 2017年5月――平野美宇がんばれ! 

 スポーツの政治的利用とナショナリズム  
     ―――未来はスポーツを楽しむ老若男女の手に!


   
   ※今日は雨が降っている。そんなこともあって、朝、小雨の中、サロさんと散歩した後は久しぶりにゆっくりできた。新聞の切り抜きもしたが、フランスと韓国での大統領選挙の結果や日本の国会でのやりとり等を見て感じたことは近いうちにまとめておきたいと思っている。ただ、今日は、近頃、暇があると卓球の動画を見ていることもあって、あの平野美宇選手のこと、そして、スポーツとナショナリズムについて書いておきたいと思う。

   もう1ヶ月程前になるが、平野美宇選手のアジア卓球選手権大会(女子シングルス)における試合を見た。全日本選手権・決勝での石川佳純選手との試合も素晴らしかったが、今大会・準々決勝における丁寧選手とのフルセットに及ぶ試合は、平野選手の成長と女子卓球の世代交代を強く印象付けるものだった。そもそも、昨年、私が卓球クラブに入る決心をしたのはリオ五輪における卓球の試合を見たことによるのだが、その時観客席から試合を見つめていた平野選手の姿は今も記憶に新しいところだ。それは、世界を制した「みうみま」コンビの一人としての単なる〈悔しさ〉ではなく、実に奥ゆかしい(?)、純粋な卓球への〈誠実さ〉や静かな〈情熱〉を感じさせるものだった。実のところ、卓球の試合におけるあの大げさな絶叫やガッツポーズには少々うんざりすることもある。これに対して、彼女の無心にゲームに臨む姿は大変好ましく感じられるのだ。とりわけ、サーブの時の姿は最高で、また、ほとんどバランスを崩すことのない一球一球への〈冴えた〉打ち、さらに、その成否に対する〈嫌味のない〉素直な反応、実に素晴らしい!ファンになってしまった(笑)。頑張れ!平野美宇‼︎
   ところで、他のスポーツにおいても同様なのだが、卓球においても、卓球を純粋に楽しむというよりは、これを愛国心(ナショナリズム)と結びつけたり、政治的に利用しようとしたりする動きもしばしば見受けられる。例えば、卓球に関連してちょいと検索をかけてみると、中国や韓国を敵視したかのような妙な調子の記事や動画に出会うことがある。国際大会において、より身近な同国人を応援したいという気持ちに不思議はないが、妙な「愛国心」は、「スポーツ」の(人類にとっての)普遍的魅力を損なうものになると思うのだ。

   先日、NHK/BSで、『あの負けで私は強くなった「ボクシング・長谷川穂積」』を見た。長谷川とモンティエールの、人種や国籍を超えた「アスリート魂」には目を覚まさせるものがあった。こうした一流選手の感覚は、あらゆる〈競技〉の場でも語られてきたものだが、それは「フェアプレイ」の精神に支えられながら、その競技における「最高のパフォーマンス」を追求するというものといってよいだろう。私の馴染みの言葉で言えば、究極の「求道精神」だ。それは、「何しろ勝てばいい」といった扇情的な「勝利至上主義」やそれに連なる「順位至上主義」でもないし、また、競技者を国籍や人種で区別する偏狭な「ナショナリズム」とも無縁のものなのだ。戦場で戦っていた者たちが、同じゲームの競技者として、楽しみ、競い合う「オリンピック」の精神にも通じるものがあるだろう。

   他方、こうした「スポーツ」を政治的に利用しようとする人間もいる。ヒットラーがその代表的人物だが、そうした国家主義や勝利至上主義によって、どれほど多くの競技と競技者が犠牲となり、「スポーツ」本来の魅力や楽しみが奪われてきたことか。私の世代で、マラソンの円谷選手のことを知らない人はあるまい。また、日頃の個人的な鬱憤や劣等感を晴らしているだけだろうと疑うしかないような、〈ステレオ・タイプ〉の他国競技者に対する悪罵も見られる。これなども、同国人として、正直恥ずかしくて仕方のない代物だ。それにしても、「反中・嫌韓」を主張する人々によって好んで用いられる赤と黄色の大げさな表題文字は何なのだろうか。どう考えても、〈日本〉的な色彩感覚によるものとは思えない。それは、どちらかというと、どこかの中華街の看板といった感じではないか―――別に中華街の看板文字なら違和感はないのだけれど。

   さて、アベの「アンダーコントロール」や「スーパーマリオ」で始まった、2020年東京オリンピックの「現状」はどうだ。正直、目も当てられない有様と言う他はないだろう。「世界一金のかからないオリンピック」どころか、信じられないような額(3兆円?)にまで膨れ上がった大会費用の分担をめぐる、小池東京都知事とアベ=神奈川・千葉県知事県らの確執は、このイベントの「いい加減さ」を余すことなく表している。もともと、わざわざ東京でやらなくてもいいオリンピックを東京に誘致したのは、まさしく、国民・都民の税金を、福島の復興や社会保障の充実等にではなく、アベのお友達に分配するために仕組まれたものだと言って良いのだ。だから、国民が声を上げない限りは、費用は際限なく引き上げられてしまう。おまけに、東京五輪組織委員会の会長は、アスリート達に「国歌」を大きな声で歌うように迫った、あの「神の国」発言の森喜朗なのだ。もちろん、アベはアベで、共謀罪はオリンピックのために必要だとか、2020年東京オリンピックまでに憲法改正だとか、まあ、「スポーツ」の政治的利用、ここに極まれりといった感さえある。このままでは、有森裕子さんが危惧したように、2020年東京五輪は明らかに「負の要素」として「一般ピープル」に残されることになってしまうだろう。そして、そのことは、真の「アスリート」たちにとっても決して好ましいことではなく、また、国民が真に「スポーツ」を楽しむことにも繋がらないだろう。

   街を歩くと、本当にたくさんのご老人たちがグランドゴルフを楽しんでおられる。彼らのほとんどは、マスターズや日本オープンの観戦に行くことはないだろう。私も卓球を始めて、テレビやYouTubeでいろいろな大会を楽しむことはあるが、東京オリンピックの試合をわざわざ観に行くことはないだろう。要は、普通の国民がいかに「スポーツ」を楽しむことのできる施設や機会を得るかということであって、そうした裾野の広がりの中にこそ、「スポーツ」の本当の発展があると思うのだが、如何だろうか。





野菜の「自給」を!―農夫としての「自立」?(笑)

 みどりの日に、ちょっとやる気が‼︎
   ―――サロさん!これからは畑で一緒に仕事ができるぞ!



花とワンワン
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  ※先日、散歩をしていてツツジの生垣に突っ込んだら、花が肩にくっついてしまったんだよ。家に帰るまでの1Km、ちょいとオシャレな僕でした

   「憲法記念日」の昨日は、東京の集会に出かけるつもりで着替えも済ませ、「家を出るまであと30分か?!」などと思ってベットに横になったら、そのまま2時間寝入ってしまった。全く、最近の自分には嫌気がさす。でも、まあ、神ならぬ我が身のこと。適度に自分を許すことが必要なのだろう。

   ところが、「みどりの日」の今日、久々に、いいことがあった!なんと、近場の40坪ほどの土地を家庭菜園として使えることになったのだ。土地が農耕に適するかどうかは微妙だが、土地の改良には色々な手立てもあるだろう。早速、備中ぐわや熊手などを用意して、開拓に取り掛かることにしたい。これで、夏場の水も心配が無くなったし、サロさんと一緒に農作業もできるのだ。これだけの広さがあれば、現在の家庭菜園も続けるので、野菜の自給くらいはなんとかできるかもしれない。また、近場なので、作業の回数も増え、農業技術の向上も期待できそうだ。今年は、結構、忙しくなりそうだ。頑張ろう!

   
青い散歩用バック、ご苦労様でした
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  ※天候が良くなってきたので、散歩の時間が長くなってきている。1時間は軽く超えている。サーヴァントは右の足首を痛めているので、午前の散歩はほとんど自転車を利用している。サロさんは、ラッキーと思っているのだろう、はじめの400メートルほどのダッシュはすごい。写真は、この4年ほど散歩で使っていたバックだ。先日、フィラリアの薬をもらいに行ったら獣医さんが新しいバックをくれたので、底に穴の空いているこのバックとはお別れである。本当にご苦労様でした!

2017年憲法記念日に―――

 いやはや、何が起きていることやら
  ―――いったい誰のため、そして、何のため?!




   ※今日は憲法記念日だ。新聞の世論調査によると、「9条」改憲については反対派が賛成派を上回っているとのことだが、その差は縮ってきているとのことだ。その要因は、恐らく、中国の海洋進出や北朝鮮情勢に対するアベ政権の「ショック・ドクトリン」の結果なのであろう。もちろん、一昔前であれば、こういう情勢〈だからこそ〉「日本国憲法(平和主義)」だったはずだが、今日のある種の「現実主義」者たちにとっては、眼の前にある権力政治の〈流れ〉に順応していくことこそが「安全」を保障するもののごとくに感じられているのかもしれない。もちろん、そうした〈流れ〉の背後には、そうした状況を演出し、プロパガンダに精を出している輩が存在するのであり、そうした権力主義者どもの「突っ張り合い」に付き合わされて怪我をしてから気づいても遅いのだ。歴史は性懲りも無く繰り返されるのだろうか。

   先日、春の植え付け作業がほぼ終了した。現在はアスパラガスの収穫が続いているが、昨年から植え付けてあるキャベツと玉ねぎの他に、トウモロコシ・枝豆・大根・人参の種を蒔き、そして、トマト・ナス・キュウリの苗を植え付けた。あとは、月末にサツマイモを植え付ければ完了となる。手には豆ができ、体には乳酸が溜まり、頭の働きも悪化していたが、世の中の動きはもっともっとひどい有様だった。トランプによるシリア空爆から北朝鮮との威嚇合戦、そして、国内政治における「森友かくし」と「共謀罪」、そして、相次ぐ閣僚らの問題発言だ。もちろん、こうした動きが、愚かしい指導者たちの手前勝手な都合で生み出されていることは間違いはないことで、そうした行動によって被害を受けるのはいつもわれわれ「一般ピープル」というわけなのだ。シリアで、アフガニスタンで、朝鮮半島で、そして、日本でということになる。強欲な権力者たちの歪んだ薄ら笑いが聞こえてくる。しかし、いわば「必然性の網の目」の中で生きていかざるを得ないわれわれ「一般ピープル」ではあるが、そうした我々自身が、「日常生活」の問題点そのものを的確に捉え返し、自らの真の利害を自覚化できなければ、こうした動きは放置されたままになるのだろう。全ては「一般ピープル」の視野の拡大(ー主権者意識の獲得)にかかっているのだとは思う。

   イランと朝鮮半島の危機については、様々な解説を見ることができたが、私が一番面白いと思ったのは、『デモクラシータイムス』の「トランプ政権と世界の混乱」や「北朝鮮挑発の愚、シリア攻撃の不可解〜タカ派の平和ボケ」における田岡俊次氏の話だった。まあ、「上から目線」の話ではあるが、大まか、国内における危機的な情勢を国外での戦争挑発行動によって誤魔化そうとするトランプの悪あがきで、そもそも、空爆の理由とされたシリア政府の毒ガス兵器使用自体がかなり怪しい上(ヌスラ戦線?)、どちらにしても、自国防衛でもなく安保理決議もない先制攻撃が国際法違反の侵略であることに間違いない。何しろ「平和は力によってのみ達成される」(ペンス副大統領)というむき出しの「権力政治観」の持ち主たちにとって、口先でなんと言おうが、「国際法」など大した意味を持たないと考えているのだろう。ただ、トランプの行状によって、アメリカの「帝国主義」国家としての本性がより露わとなったことだけは意味がある。現在の中東における悲劇を引き起こした元凶もアメリカの侵略に他ならないからだ。今回の「チキンレース」も、アメリカだけは「無事」だという目論見であろうが、ファシストのビジネスマンには困ったものだ。

   ただ、日本国民として言えば、こうしたトランプのアメリカに追従するアベ政権の姿勢こそ真の危機だと言って良い。アベ政権は、発足当初から、日本国憲法をなし崩し的に破壊しつつ、アメリカとの(情報戦を含む)〈共同軍事行動〉へ突き進んでいるが、今回も、日本国憲法の「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」との規定を全く無視して、トランプによる先制的武力行使と軍事的威嚇行動を支持・評価し、さらには、空母カールビンソンの行動に自衛隊を随行(「防護」?)させているのだ。こうしたことは、日本が日本国憲法をもとに東アジアにおける平和交渉の要となりうる可能性を失わせることはもちろん、朝鮮有事の際には、在日〈米軍〉基地だけではなく、「敵国」日本への攻撃の絶好の口実を与えてしまったと言って良いだろう。まさしく、海外における戦争・紛争への自衛隊の参加=紛争当事国化という「戦争立法」の狙いが現実味を帯びてきたわけだ。そして、アメリカに金と血を貢いでおけば自分たちの〈身の回り〉は大丈夫だろうと〈実のところ〉能天気に楽観しているアベたちにとって、原爆1000個分の原発が日本に何基あろうと一向に御構い無しというわけなのだ。

   ところで、マスコミは盛んに「北朝鮮の挑発」を宣伝しているが、最近の「斬首作戦」を含む米韓合同軍事訓練やアメリカによるICBMの発射そしてアフガニスタンにおける気化爆弾の使用など、挑発は十分に双方向的なのである。それどころか、第2次大戦以後に限ってみても、アジア・中南米・中東・北アフリカへの〈侵略〉と軍事的威嚇(挑発)など、アメリカはダントツの「世界一」なのだ―――スノーデンらによれば、「情報戦」の様相も全く同じである。そうした中での〈停戦〉中の米韓対北朝鮮の力関係は明らかで、一旦全面的な軍事的衝突が起きれば、北の現政権が存続しうる可能性はほとんどないといってよいだろう。つまり、いわゆる北の「瀬戸際外交」とは「やり返せる」力と意志の尋常ならざる誇示であって、北の核武装も、全面的な軍事的衝突を自らは望まないだろうという意味で、「抑止力」的性格を持つと言っても良いのだろうと思う。しかし、だからといって、そうした北朝鮮の行動が正当化されるはわけでは全くない。そもそも、他国の「一般ピープル」を拉致してその人生を破壊するような政権を支持できるわけはないし―――しかし、なんと、謝ろうともしない政府も存在するのだ!―――、また、そうした政権の維持のために、「一般ピープル」への究極的な無差別攻撃である核兵器の開発などをどうして許容することができるだろうか。しかし、こうしたことは、そっくりそのまま、現在の核保有国やその先制使用やそれによる威嚇を支持する同盟国の権力者にも当てはまめることができるのだ。我々「一般ピープル」にとって必要なのは、こうした権力者たちが支配する状況の中にあっても、膨大な犠牲者を生み出す武力衝突を慎重に回避しつつ、さらには、そうした可能性を極小化するための大量破壊兵器の縮小や廃絶を推し進め、そして、何よりも、紛争を平和的に解決していく方法を探り出していくことことだろう。こうした方向性にこそ知恵を絞らなくてはならない。

   ところが、こうした観点からアベ政権を見ると、彼らが国際紛争を武力と武力による威嚇、すなわち、〈戦争〉によって解決しようとする方向に向かっていることは明らかだ。それも、決して「専守防衛」ではなく、「〈海外〉における米軍との共同行動」である。そして、こうした方向性は、私たち「一般ピープル」の犠牲を必ず要求するのである(→「教育勅語」)。しかし、そうした犠牲を一方では美化しつつも、一旦都合が悪くなると、それを見て見ないふりをしたり、無かったことにしようとしたりするのだ。そして、こうした姿勢は、究極的な無差別攻撃である核兵器を禁止しようとする国際条約に対するアベ政権の姿勢(=反対・不参加)に明瞭に表れている。要するに、彼らは彼らの「おじいちゃん」たちによって遂行された無謀な〈戦争〉によって生み出された広島・長崎の被爆者も、これから彼らが海外で行う〈戦争〉によって生まれて来ざるを得ない犠牲者も、彼らが必要とする上で「仕方のないことだ」と言いたいわけだ。ただ、もし彼ら自身に「火の粉」が及ぶようなことにでもなれば、彼らは「一般ピープル」に犠牲を強いてきたにもかかわらず、コロリと意見を変えることだろう。戦争を煽り、「投降(妥協)」を禁じていた者たちが、コロリと「投降(妥協)」したように。「投降(妥協)」が悪いというのではないが、それが彼らの極めて私的な都合によるだろうことを忘れてはいけない。そんな彼らが、主権者たる我々国民一人一人の思想の自由や表現の自由を監視したり、規制したり、弾圧しようとしたりするのだ(共謀罪)。

   このところ、NHKスペシャルの「憲法70年 “平和国家”はこうして生まれた」やNHK/BSアナザーストーリーズ「誕生!日本国憲法~焼け跡に秘められた3つのドラマ~」を感心しながら見ている。新たに発見された資料もあるし、これまでにも研究されてきたことを非常にわかりやすく説明もしている。こうした視点からしても、自民党の改憲草案などは問題にもならないレベルのものだ。しかし、アベは、今日も、9条の1項(戦争放棄)、2項(戦力不保持・交戦権の否認)を残したままの改正などと言い出し、また、教育の無償化と絡ませて、2020年までに改憲を目指すなどと言っている。日本の「一般ピープル」は本当になめられているのだろう。ともあれ、アベは、徹底的な「嘘つき」首相として名を残すことになるだろう。反面教師としては、日本に貢献したと。


   
プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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