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晩夏に思う―――2017年8月31日

  なにを今更?!―――
     されど、1回限りの「生」について



僕は〈サロさん〉です
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   ※夏らしい夏を経験しないままに、8月が終わろうとしている。今日はかなり涼しかったので、畑の雑草を鍬で刈り取る作業をした。そんなことをしている時に、ふっと、「自分の感情や観念の絶対的な固有性」という「妄想(幻想?)」に取り憑かれてしまった。

   人はそれぞれの「生」を生きるしかない。そして、その「生」に対する感情や観念は。たとえそれが生理的・心理的・社会的・文化的な構造やシステムの拘束を受けているとしても、やはり、その人だけのものという他はないのではないか。もちろん、「固有」とは言っても、共通する「基盤」に基づく〈共感〉や〈理解〉は可能に違いない。しかし、やはり、一人一人の「個」にとっての固有性が消え去ることは決してないだろう。そして、その「固有性」は、若い頃よく聞かされた「人間の孤独」という「寂しさ」が付着したネガティヴな意味あいのものではなく、もっとポジティヴな意味合いのもののように思われる。それは、また、固定的な「個性」でも、投企の主体である「実存」でもない。おそらく、無限の対他的関係性の中でほとんど偶然的に生じる限定的な感情や観念の累積とでも言えばいいもののように思われる。

   人間は〈社会〉的存在だ。「人」は特定の地理的・歴史的・文化的社会の中に生まれ、その社会の文化を学び、それに適応しながら生きていく。ある特定の社会で生きていくうえで、その社会における社会規範や法が大切なことは言うまでもない。しかし、私たちは、縄文人にも現代日本人にもなり得た「人」だったのだ。そして、この「人」=「個」は、その「社会」と完全に一体化し得ないことはもちろん(歴史が存在する)、また、他の「個」と同一化し得ない存在であることも自明といえる。要は、そんな「人」の個別性に徹底的にこだわること、そんな「人」=「個」を大切(前提)にしながら、〈社会〉生活を送ることなのだと思う。しかし、そんな「人」=「個」の固有性を無視ないし抑圧する「観念」や「社会体制(システム)」も存在するのだ。〈サロさん〉は、単なる「犬」でも「柴犬」でもなく、〈サロさん〉だ。〈サロさん〉を単なる「犬」や「柴犬」に封じ込める概念や思想体系の暴力には、断固、批判的でなければならないと思う。どこでどのように生まれようと、この一回限りの「生」=「命」をこそ大切にすべきなのだ。

   先週、元同僚たち5人の話を聞くことができた。それぞれの人たちの生き方の「固有性」に感心させられた。また、ペシャワール会の中村哲さんの講演会も聞いてきた。「まっとうに生きてりゃ、怖いことがあるものか」―――私も、まっとうに生きて、私の「生」=「命」を大切にしていきたいと思った。


   
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最近の世情について――内閣改造・米朝チキンレース

 アベの「目くらまし」に抗して―――
   「アベ友の、アベ友による、アベ友のための政治」を許さない!



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下手な「目くらまし(フラッシュ)」は
僕には通用しない‼︎緑の片目で事態を把握!


   ※この夏の読書は意外に順調だ。ただ、夏野菜が終わり秋野菜の植え付けの準備もしなければならないので、少々身体がきつい。また、米韓の合同軍事演習が始まっている。市井の私とは別の次元で、事態が進行していく。ヤバい奴らに権力が集中している。

   このところの「異常気象」は本当に深刻さを増している。同様に、昨今の世界における〈自国中心〉的ムードの蔓延にも強い危機感を感じる。個人の視野は、狭い「共同体」(家族・地域など)から次第に拡大し、より広い範囲での相互的な理解と協働へと深まっていくと期待されるのだが、現実には、相反する「直接」的な利害の「固定化」によって、国家・民族・宗派などの〈壁〉が築かれ、分断・反目・紛争へと誘導される場合も多い。もちろん、私たちの課題は、客観的な「相互依存性」に基づく「共同性」を如何に意識化し、そうした〈壁〉を破壊し、事態を緩和・調整・解決に向かわせる事ができるかだ。しかし、「矛盾」的存在たる我が人類は、トランプやアベやジョンウンらに引きずられつつ、核戦争と環境破壊という〈愚行〉を繰り返してしまうのかもしれない。

   ところで、日本の命運を左右するのは、アベ政権が現在推進している政治・経済システムをより平和的で人と環境に優しいそれに転換できるかどうかだ。より具体的には、国民の命と生活を犠牲にして「アベ友」の利益を増大させようとしている「アベノミクス」、そして、政治の私物化を推進・保障するための「独裁政治」化と「戦争国家」化(→改憲)を阻止できるかだ。ところが、森友学園問題や加計学園問題によってそうした〈アベ政治〉の化けの皮が剥がれそうになったところで、アベは、その本質を隠蔽し通そうと、いつもの手口ではあるが、内閣改造(第3次安倍・第3次改造内閣)という「目くらまし」にでた。もちろん、アベ(ーハギウダ・セコウ)・スガ・アソウといった基本線は変わらず、「仕事人内閣」という飾り言葉も虚しく響く代物ではある。しかし、そうした中でつくづく考えさせられるのが、キシダ、オノデラ、河野、野田など、自民党「非アベ派」の果たしている役割だ。彼らは、一見アベと距離をとっているような印象を与えながら、結局、国民の命と生活に対する最大の脅威に他ならない〈アベ政治〉の〈問題性〉を隠蔽することに加担しているに過ぎないと言って良いのだ。閉会中審査で「アベ友」がみんなそう証言しているからアベは白だと宣ったオノデラや目の前に次期総裁という餌をブラ下げられて舞い上がっているキシダは論外としても、河野や野田も、結局、〈アベ政治〉の本質に関わる森友学園問題や加計学園問題には〈頬被り〉を決め込み、自らのキャリアのために、〈アベ政治〉の延命に手を貸しているだけなのだ。そんな輩に国民の命と生活を守り、向上させられるわけがない。

   さて、こうした自民党に対して、蓮舫のハシゴを外した民進党は、その代表選において、「やはり」か「まさか」の?、「野党共闘」に関する議論などをやっている。それは、今後民進党が「日本ファーストの会」か「共産党・自由党・社民党」のどちらと連携するかをめぐる話らしい。だが、前述の〈アベ政治〉との対決の中にしか日本の未来はないと考える一市民の立場からすると、これは唖然とするような話なのだ。前原が小池都政を一定程度評価するというのはわかるが、国政レベルで、小池や「日本ファーストの会(若狭)」にこれまで〈市民と野党〉が求めてきたものと共通するものがあったというのだろうか。「日本ファーストの会」と〈アベ政治〉との〈違い〉を明確にしない限り、民進党自体、枝野が言う、自民党の「補完勢力」に擦り寄ることにしかならないだろう。小池の「都民ファーストの会」が都議選で圧勝したので、その真似をしたり、それと連携したりすれば「人気」が出るとでも考えているのだろうか。彼らには、細川連立政権や民主党政権がなぜ崩壊したのか、そして、前回の都知事選で民進党がなぜ惨敗したのか、といった問題に対する根本的な認識に誤りがあるのだ。また、小池の〈本性〉が「アメリカファースト」のトランプと通底し、そのことの端的な表れが(「国民ファースト」でもなく)「日本ファースト」だったとすると、これからの事態の推移もおおよそ想像し得るところだ。つまり、小池は、「イスタブリッシュメント」の政治的諸分派間の競争において、小泉のように、政治的「シンボル」(ex.「敵」)の操作には長けていたのではあるが―――その際、これまで隠されてきた「自民党」的〈利益〉政治の〈一定〉の暴露にその評価の根拠がある―――、しかし、大切なのは、強大な「イスタブリッシュメント」と中途半端な妥協をせずに、「一般ピープル」(普通の生活者)の立場に立ち続けることができるかどうかなのだ。このことは、いわゆる右とか左とかといった「イデオロギー」の問題なのではなく、より基底的な「思想性」の問題に他ならない。そうした意味においては、小池はもうそのメッキが剥がれかけているとさえいえるかもしれない。

   これに反して、本当に胸打たれるのが、トランプに対するアメリカの「民衆」と「エリート」の動きだ。これも詳しくは述べられないが、つくづく、「アメリカ精神」とか「アメリカの政治的伝統」とか「独立宣言」の思想とかの〈力〉を思い起こさせる。アメリカ〈人民〉の矜持ということだろうか。

   また、「矜持」とはいえないだろうけれど、米朝の「突っ張り合い」も相当なものだ。〈権力政治〉のお手本のような両者の応酬は、まさしく先の大戦中のそれを思わせ、そのおぞましさは信じがたいほどだ。しかし、世界最強のアメリカと「堂々と」渡り合っているという印象から、「帝国主義」国家アメリカに「恨み」を持つ国々や人々の間では結構評価が高いという話も聞いたことがある。しかし、こうした感情は,核廃絶どころか、究極的な無差別兵器である核兵器による「抑止力(報復使用)」とその「先制使用」をすら肯定する「権力政治」、そして、それを推進する国家権力保持者を正当化することに結びついてしまう。金正恩を生み出したのはアメリカだが、また、その金正恩がトランプやアベを正当化するわけだ。こうした軍事的対立と核武装化そのものを緩和し、無くしていくような具体的な方策を構想・実現できない限り、人類の未来は限りなく暗いという他はないだろう。

   ところで、米ソ冷戦の当時を思い出した時、私を最も驚かせたのは、「ABM禁止条約」、すなわち、弾道ミサイルを迎撃できるミサイルの開発・配備を禁止しようとする発想だった。なぜ、「防衛的」と思われる兵器を禁止しなければならないのか。その答えは、ABMによって「(核)抑止力」が無効にされると、力のバランスが崩れ、(どちらからにせよ)先制攻撃の可能性が高まるからといったものだった(と記憶している)。このような観点からしても、現在のSM-3だのPAC-3だのTHAADだなどと騒いでいること、さらには、「使える核兵器」などと口走っていることに、心底、疑念を持たざるを得ない。そうした対応こそが危機を増大させ、際限ない軍拡競争を引き起こし、〈その効果とは無関係に〉、軍需産業の利益だけを増大させるということになるのだと考えられる。実際、迎撃の難しいICBMや多核弾頭ミサイルに対してSM-3やPAC-3が役に立つのかについては、大きな疑義があるところだ。そんな中で、違憲の集団的自衛権の行使を認め、ミサイル防衛などの日米の軍事的一体化を推し進めるアベ政権は、危機を煽り立てることに終始し、実質的に日本国民を「守る」手立てなどは尽くしていないのだ。もともと核保有国の非核保有国に対する「二重基準(ダブルスタンダート)」にはうんざりするのだが―――基軸的な対抗関係は米中と米露のそれであって、それ以外(イスラエル・パキスタンなど)については極めて御都合主義的に対応する―――、今回の朝鮮半島情勢についても、大国のそれは、結局、軍産複合体の利益の増進や対中国あるいは対アメリカにおける戦略的優位の形成でしかないように見えるのだ。しかし、分かっていることは、大規模な軍事的衝突は膨大な犠牲を伴う非現実的な選択肢であって―――戦争が始まってしまえば、どうすることもできない―――、本来、本気で取り組まなくてはならないのは、東アジアの「非核化」と「軍縮」を可能にする具体的な諸条件の模索、東アジアにおける集団安全保障体制の樹立に向けた働きかけだろう。そうした交渉に向けて日本はどう積極的な役割を果たすことができるのか。しかし、少なくとも、アベ政権にそれを期待することはできないだろう。彼らとって、「テロ」の脅威と朝鮮半島の緊張こそ、かれらの利益実現の源泉になってしまっているからだ。情けないことだ。

   20日(日)のNHKスペシャル『戦後ゼロ年 東京ブラックホール 1945-1946』は面白かった! 昨日の夏の甲子園、埼玉の花咲徳春高校の優勝もすごかった。卓球で右手の中指が痛い。先日入会した次回の合唱サークルが楽しみだ。今日は、午前中、梨を買いに行った。そして、もうすぐ、コープが来る。けっこう忙しい。しかし、サロさんは腹を上にして寝ている。やれやれ・・・

鳥居峠から四阿(あずまや)山―――夏山2017

 眺望に恵まれた穏やかな山容―――
   上州古道・華童子の宮跡と嬬恋清水に癒されながら

 

バラギ湖のキャンプ場で
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  ※この十数年間、「姉貴」とサーヴァントは、年に1回、夏山を楽しむことにしている。今年は、前夜に麓のバラギ湖でキャンプをした後、鳥居峠から四阿山に登ることにした。私は右足を痛めていたので不安もあったが、台風一過の好天にも恵まれ、楽しい山行となった。写真は、前夜のキャンプの様子だ。30年もののタープに、ゴアライトとツェルトを張って(もちろん、サーヴァントがツェルト=簡易テント)、夕食には焼肉、温泉入浴後には、冷えたビールと茹でたてのトウモロコシを味わいながら、ゆっくりと話すことができた。少し寂しいが、「姉貴」も大人になったものだ。



華童子の宮跡付近の四阿(あずまや)
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  ※四阿(あずまや)山は、浅間山の北西に位置し、群馬県と長野県にまたがる、いわゆる「日本百名山」(深田久弥)の一つだ。上州側では「吾妻山」と呼ばれていたらしいが、その山容が「四阿(あずまや)」(=庭園などにある屋根と柱だけの休息所)に似ていることから、信州側では、かなり古くから四阿山と呼ばれていたらしい。今回は菅平からではなく鳥居峠からアプローチしたが、その理由は「上州古道」(華童子通り)を通ってみたかったからだ。「大和朝廷」側に肩入れするつもりはないが、鳥居峠は、ヤマトタケルが東征の帰りにオトタチバナ姫を偲んで「吾妻はや」と三度嘆いた場所とされ、そこから、近隣の村を「嬬恋(つまごい)」と呼ぶことになったらしいという話もある。上の写真は、その「上州古道」・華童子の宮跡付近の四阿(あずまや)を背にしたものだ。



槍・穂高連峰 遠望
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  ※この写真は、その四阿(あずまや)から見た槍・穂高連峰だ。昨年は、常念〜蝶が岳の縦走路から真近にそれを見たが、こうした遠望も味があるものだ。ただ、10時を過ぎると雲が出てきて、遠望は効かなくなってしまった。



浅間方面と広大なキャベツ畑
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  ※早朝には見えていた浅間山も雲に隠れてしまったが、麓の田代湖やバラギ湖そして広大なキャベツ畑などが目を楽しませてくれた。バラギ湖のキャンプ場には虫がほとんどいなかったのだが、確かに、そうした条件でこそあの広大なキャベツ畑が可能なのではないかと思われた。雑草と虫たちによる食害に悩まされている我が家庭菜園とは大変な違いだ。



明るい夏山の空に向かって
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  ※こうした空の青さも夏山の大きな魅力の一つだ。また、このコースは利用者が少なく、のんびりとマイペースで登ることができた。当日は気温がさほど上がらず、クーラーよりも爽やかな冷風が気持ちよく、体力的に非常に楽だったことも大きい。毎回、何事か問題が起こる我々の山行であったが、今回は順調そのもので拍子抜けするほどだった。



四阿山(2354m)山頂にて
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  ※山頂には嬬恋村を向いた「信州祠」と菅平を向いた「上州祠」の二つがあった。写真の後方には根子岳がはっきりと眺められた。ただ、これまで二人で登った妙高や雨飾などの山々も見ることができるはずであったが、雲に邪魔されて確認することができなかった。山頂付近でいつものフルーツ缶詰とりんごで登頂を祝し、昼食をとった後、往路を下山した。



「嬬恋清水」に癒されて
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  ※下山途中10分ほど脇道に逸れ、「嬬恋清水」に立ち寄った。「嬬恋清水」は、標高2179mに位置する関東最高地点の湧水で、古くは「四阿山信仰の山の霊水」として崇められ、この地で修行した山伏や修験者を支えた命の水、別名「熊野清水」とも言われたという。私には、今まで飲んだ湧水の中で一番美味しく感じられ、このコースを選んで本当に良かったと思った。



きれいな蝶がいた
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  ※古永井分岐から県境に沿った路をとったが、この写真は途中のお花畑で出会った蝶だ。なんという蝶だろうか。



的岩の奇岩
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  ※下山路の途中に、国の天然記念物「的岩(まといわ)」があった。俵を積み重ねたような屏風状の複輝石安山岩の岩脈で、源為朝〈あるいは〉源頼朝がこの岩を的にして弓を打ったという伝説があるそうだ。かなりファジーだが、そこがまたなかなか面白いと感じた。



太古を思わせる森を行く
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  ※このコースで最もうれしかったのがこの太古を思わせる森だ。クマやシカがひょっこり顔を出してもおかしくない雰囲気を持ち、また、原始や古代の人々の「生活」を感じさせる場所でもあった。人の手も入っているのであろうが、こうした場所になぜか郷愁を感じてしまうのだ。

   今回の山行は、鳥居峠の林道終点ロータリーを8時に出発し、休憩・昼食を含めて、14時30分に下山することになった。実質的な歩程は5時間ほどだったわけだ。私にとっては、この程度の時間が最も適当なのだろう。山を長く楽しむためにも、無理はしてはいけないわけだ。この後、上田市の「真田ゆかりの湯 千古温泉」に立ち寄って汗を流し、ブルーベリーとトウモロコシをお土産にして、家路についた。この夏の旅もこれでお終いか。

NHK終戦記念番組に敬意を表する―――晴耕雨ブログ2017年8月

「民」の目線で〈事実〉を伝えることの意義
  ―――〈似非〉エリートたちの「本性」を見抜くこと

  ※今日8月15日は、「終戦記念日」だ。ポツダム宣言の受諾は14日であったが、いわゆる「玉音放送」(終戦の詔勅)が15日だったからだ。この数日間、私はNHKスペシャルの番組に感動を覚えている。とりわけ、12日の『731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~』、13日のBS1スペシャル『なぜ日本は焼き尽くされたのか~米軍幹部が語った“真相”~』、14日の『証言ドキュメント 忘れられた戦場~樺太・40万人の悲劇~』、そして、今日見た『全記録 インパール作戦』だ。これまでも「戦後史証言プロジェクト」などで注目していたが、NHKのドキュメンタリー番組は「世界のドキュメンタリー」(BS1)を超える水準に到達したのだと思う。制作者はもちろんのこと、ゴールデンタイムに放映した関係者全員に敬意を表したい。

   詳細については割愛するが、いわゆる、侵略戦争を推進した専門家(軍人・科学者)や「エリート」たちは、「国益」や「ナショナリズム」そして「科学的進歩」を〈口実〉としながら、自らの個人的利益や階層的・セクト的利益を実現するために、「一般ピープル」の命と生活を犠牲にしてきたということだ。その「本性」は、その直接的な犠牲者はもちろんのことであったが、権力に近い人々こそがはっきりと知りうるものであった。インパール作戦における牟田口廉也中将の例などもその典型で、その〈似非〉エリート意識は「悲惨」極まるものだ。とりわけ、自分は生き残りながら、多大な犠牲を生み出した無謀な作戦を、戦勝国イギリスの司令官の〈リップサービス〉によって「正当化」されたとしている姿など、もう見られたものではない。

   救いは、こうした〈事実〉を証言し、再びこうした惨禍が繰り返されないように努力している人々の存在であり、そして、様々な妨害や圧力に抗してそれを報道しようとしている人々の存在だ。今もTBSの「NEWS23」で毒ガスに関する報道を観ていたが、これらが新たな「戦前」の最後の抵抗とならないように、私たち一人一人が自分の問題として考え、行動していかねばならないのだと思う。
   

夏の家族旅行2017 上杉神社・飯豊温泉・弥彦神社

異なる〈文化〉を感じさせる土地柄
 ―――私は米沢の街の雰囲気が心地よかった



   ※夏とは思えない涼しさだ。今日は、朝から雨が降っている。世間は、内閣改造だの、野党再編だの、米朝のチキンレースだのと大変騒々しい。しかし、こうした時こそ、自らの〈内発性〉を大切にしなければならないのだと思う。ということで、例年通り、恒例の家族旅行に行ってきた。山形から新潟を回った一泊二日の小旅行だ。


山形県米沢市・上杉神社
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  ※今回の旅行の立案者は「奥さん」だ。彼女の友達が米沢で学生生活を過ごしたこともあるらしく、一度は訪れてみたい場所だったという。それにしても、米沢という街は、ケバケバしさがほとんど感じられない、極めて落ち着いた雰囲気の街だ。鳥たちも妙に自由で伸び伸びしており、この街の安全・安心を表しているようにも感じられた。これには、上杉謙信や上杉鷹山の影響もあるのだろうか?


直線的な上杉神社
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  ※慎ましく(!)、米沢牛の〈串焼き〉を食べてから、上杉神社に向かった。上杉神社は、その構造や規模からも、奇を衒うような要素がほとんど感じられない、まさしく、直線的かつ木訥たる雰囲気を持った神社だ。軽々しく使うべきではないが、「地味で目立たぬが粘り強い、勤勉、忍耐、頑張り屋等々」といった「県民性」(祖父江孝夫)すら感じさせる。そして、私はそうした性格に憧れに近い感情を抱くことも少なくないのだ。


「角度」は決まったが、中身は・・・
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  ※こうした雰囲気を醸し出している人物の一人に上杉鷹山がいると思われる。鷹山は内村鑑三の『代表的日本人』に出てくる一人だが、それを読んでいたであろう、アメリカのケネディ大統領に、「日本で最も尊敬する政治家」と言わしめた人物だ。写真の「為せば成る・・・」も有名だが、別の石碑に刻まれていた、「受けつぎて國のつかさの身となれば 忘るまじきは 民の父母」もなかなかのものだ。アベ一派には存在しそうにないタイプの政治家であったろうことは間違いない。


上杉謙信公家訓十六ケ条
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  ※武田信玄とは好対照をなす、「毘沙門天」の上杉謙信もなかなか興味深い人物だ。その人柄を忍ばせるものに写真の「上杉謙信公家訓十六ケ条」がある。書き写してみよう。
   一、心に物なき時は心広く体泰(やすらか)なり
   一、心に我儘なき時は愛敬失わず
   一、心に欲なき時は義理を行う
   一、心に私なき時は疑うことなし
   一、心に驕りなき時は人を教う
   一、心に誤りなき時は人を畏れず
   一、心に邪見なき時は人を育つる
   一、心に貪りなき時は人に諂うことなし
   一、心に怒りなき時は言葉和らかなり
   一、心に堪忍ある時は事を調う
   一、心に曇りなき時は心静かなり
   一、心に勇ある時は悔やむことなし
   一、心賎しからざる時は願好まず
   一、心に孝行ある時は忠節厚し
   一、心に自慢なき時は人の善を知り
   一、心に迷いなき時は人を咎めず
   
   よくはわからないが、なかなか「哲学」的ではないか!謙信もアベやトランプとは別次元の人物だったことに間違いはあるまい。
   
   
   
飯豊温泉・玉川の河原から飯豊連峰
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  ※米沢から、夏空の下、小国町の飯豊温泉に向かう。飯豊温泉は、美しい森と渓流そして奥深い飯豊連峰を眺めながら素晴らしい泉質を楽しむ事のできる恵まれた環境にあった。途中に「マタギの郷交流館」があったが、なるほど、この近辺はブナの原生林を舞台とする狩猟文化を感じさせる土地柄なのだ。


くまさん!ギブアップ‼️
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  ※宿泊先の玄関にいたクマさんにヘッドロックをかまされてしまった。色は黒い方がいいのではないかと思うが(ツキノワグマだろう?)、サロさんと同じ色なので親近感は持てた。宿も「一般ピープル」の私にぴったりの気軽さで、食事も最高のヘルシーさ(!)と美味しさだった。特に、ご飯とお茶の美味しさは特筆に値すると思った。こういうところに長期間逗留したり、長湯治ができた人々の〈豊かさ〉を改めて思った。私の小さい頃には、米を持参して温泉に出かけた人々がいたものだ。


樽口峠からの飯豊連峰
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  ※右手奥の雪渓が「石転び沢」、その左手の細長い雪渓の下に見える白い点が世界百名瀑の一つ「梅花皮(かいらぎ)の滝」、そして、両者の間に梅花皮岳があるらしい。山登りが好きな私にとって、飯豊山は一度は登ってみたい山ではあるが、その奥深さから、高齢者の単独登山はやめたほうが良さそうだ。ただ、一度見てしまうと、野望がムラムラと湧き上がってしまう(苦笑)。


新潟県・弥彦神社と弥彦山
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  ※飯豊温泉を出て、国道113号〜7号〜日本海東北自動車道〜北陸自動車道と経由して、新潟県の弥彦神社に向かった。運転はほとんど「姉貴」がやってくれるので本当に楽になった。なぜ、弥彦神社なのかはよくわからなかったのだが、「奥さん」によると、有名な縁結びの神社なのだそうで、私も人生で初めてお賽銭(100円)を出して、子供達の「良縁」を祈ってしまった。雲の様子が良ければ、後方の弥彦山の展望台に登って佐渡島を見てみたかったが、サロさんのことも気になるので、今回はパスすることにした。


灯篭ファン 至福の時  
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  ※弥彦神社は大きかった。どうしてこのように巨大な宗教施設を造る情熱が湧き上がってくるのだろう。また、山には小さな社(祠)が点在し、寺院や路傍には小さな仏像や灯篭がたくさん作られている。一般庶民の宗教的情熱の基底にある心情とは一体なんだったのだろうか。そして、灯篭を見て喜んでいる灯篭ファンの心情も私には不可解だ。世の中にはわからないことがたくさんある。
  弥彦神社では、名物の笹団子を買った。昔は「名物に美味いものなし」といったものだが、笹の香りが素晴らしく、感激してしまった。その後、燕三条市に立ち寄り、特産の美しいステンレス製のフォークとスプーンで、遅い昼食(単品のビーフシチュウー)をとり、そして、サロさんの待つ我が家に直行した。それにしても、私たちはボルトよりも早く移動したわけであるが、江戸時代の庶民はどう思うのだろうか。
   
プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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