FC2ブログ

アベ政治とトランプ外交の行く末(1)参院選へ

”ボッタクリ・ディーラー”と”ウソつき”の末路はいかなるものか?
草の根の一般ピープルが見定めてやろうではないか!


   ※あなたは「もうお終い」でしょう!あなたも、閻魔様に舌を抜かれる前に改心した方がよろしいのでは? 私に言わせれば、ボタンの掛け違え(「一般ピープル」の錯誤)によって権力の座についてしまった誇大妄想の不動産屋の二代目と三代目の世襲政治屋が、今まさに、正念場を迎えようとしている。7月の参院選と来年の大統領選で、日米の「一般ピープル」はどのような判断を下すことになるのか。トランプやアベの「ハッタリ」や「フェイク」は、考えようによっては、実に興味深いものと言える。「性格破綻者」の思考回路や反応がよく表れているように思えるからだ。しかし、それらが温かい血の通った人々の生活や命を弄ぶ力を持つ時、それは決して許すことができないものとなる。「憎まれっ子世に憚る」と言う。しかし、それも、長い目で見れば、泡沫の「悪夢」の如きものとなる他はないのだと思う。

   さて、国内では、参院での問責決議案や衆院での内閣不信任案が否決され、昨日、通常国会が幕を閉じた。今後、7月21日の参院選に向けて、各党の動きが本格化する。それにしても、この間の(与党や半与党の)議論を見ていて感じたのは、よくまあここまで日本の政治の〈質〉が落ちたものだ、ということだ。もちろん、「馴染み客」に向けた猿回しの猿に見えてしまう御方やあの「おっぱい」ホダカの御同類は論外としても、カケ理事長を「最近、盛んに報道されているから承知している」などと平然とトボけて見せることのできた萩生田自民党幹事長代行をはじめとするアベ政治〈本流〉の議員たちの「政治」に対する”不真面目さ”こそが、そう感じさせたのだと思う。アベ友官僚にも共通する、力と富に無節操に擦り寄って恥じない、彼らの驕り高ぶった姿こそ、日本政治の劣化の象徴と言えるだろう。

   そうしたことは、極めて恣意的な反「立憲主義」的政権運営に表れているわけだが、その根本には、「人民ー国民」の生活や命、そして、それらを「直接的」に反映する「人民ー国民」の〈声〉に対する根本的な”軽視”と”蔑視”があると言えよう。それは、日本の歴史で言えば、将軍吉宗や大岡忠相そして遠山景元らと比較しても、圧倒的に悪質なものと言える。何故なら、「統治者」と「被統治者」の間に身分的・階級的あるいはテクノクラート的な分離が存在したとしても、「政治」の概念には、少なくとも、「民」を共同体成員として尊重し、「共同体的」ないしは「公共的」な役割(民生の安定・防衛・秩序維持など)を果たすことが含まれているからだ(「公(おおやけ)」・「政(まつりごと)」)。そして、それが単に「幻想的」なものでしかないのかどうかは、まさしく、その「担い手」の「質」にかかっていたと言って良いのだ。こうした観点でアベ友政権を見れば、彼らは明らかに、「お上ー下々の者」といった特権的優越意識を無反省に持った最悪の特権者集団なのであって、政治を担うのは「私」(アベ)や「私たち」(アベ友)であって、「人民ー国民」は黙って従っていれば良い(強行採決、沖縄・・・)と考えつつ、悪徳大商人(ブラック・・・)や悪徳口入屋(タケナカ・・・)らと連みながら(アマリ・・・)、「民」の生み出した富を仲間内で有利に分配し(モリ・カケ・・・)、その優越した特権を享受しているのだ。まるで、時代劇の悪役そのものではないか。それ故にこそ、「説明責任」など全く口先だけのことであり、隠蔽・改ざん・捏造を繰り返しつつ、「最後の一人まで・・・」を始めとしたウソを重ねることになる。そりゃそうだろう、「人民ー国民」に知られては困ることをやっているのだから。それにしても、恥を知らないのか、性格が破綻しているのか、私のような「小心者」には真似のできない境地と言える。閻魔様に舌を抜かれるのは間違いない。

  もちろん、「政治は結果責任」ということもありうる かも知れない。しかし、この点においても、「人民ー国民」の苦難という意味では最悪の結果をもたらした戦前の侵略戦争とその体制を正当化し、日本国憲法の改定を目論んでいるのはもちろんのこと、アベノミクスであれ外交であれ、「人民ー国民」に「結果」として誇りうるものは何一つもないと言って良いのだ。それ故に、彼らが依拠し得るのは、もう、諸外国(とりわけ、先進諸国)との「比較」には考えが及ばない「人民ー国民」の閉鎖的心性と、このままならなんとかやっていけるのではないかと信じたい、「安定」を求める「生活保守主義」だけということになる。「100年安心」の年金問題でパニクった有様(「寝た子を起こすな!」)は、そのことを端的に示しているといえるだろう。しかし、下り坂の「経済」であろうと、対米従属を深めた国際関係であろうと、アベ友政治は、「人民ー国民」の生活と命に関わる「安全」と「安心」を根底において掘り崩してきたという他ないのだ。もちろん、アベ友は、俺たちには「資産も保険」もあるし、「我亡き後に洪水は来れ」とか考えているのだろう。しかし、「人民ー国民」はそうはいかないのだ。

  また、長くなってしまった。結論は、アベ友政治は、結局、”特権”的少数者の政治なのであって、「人民ー国民」は、政治を自分たち”普通”の「人民ー国民」のものにしなければならないということだ。そして、今度の参院選がその第一歩にならねばならない。
  明日から、G20だ。次回は、トランプの”ボッタクリ・ディーラー外交”について書きたい。さあ、サロさん、散歩だぞ!
スポンサーサイト



〈謀略〉渦巻く国際政治の中で、日本国民はどう生きていくべきか?

今更、トランプの〈使いっぱ〉となってどうするというのだ?
 ―――9条の平和主義こそ、自国の安全と国際貢献への道だ!

   ※先日、NHKを見ていたら、ニュース速報が流された。前日にあった新潟を中心とする震度6強の地震を心配していたので、一瞬、またかと思った。しかし、それが、なんと!あのトランプの次期大統領選への出馬が正式に表明されたというものだった。あんなもの「速報」の価値があるわけないではないか。アベ友ジャーナリズムの「アベ=トランプ政治」へのヨイショでしかあるまい。また、その後は党首討論を見た。アベは、財政検証はうやむやにしながら都合の良い数字をちょい出しにしつつ、「マクロ経済スライド」(要は、保険料収入の減少や給付人口の増加があるので年金額を減らして「制度」を維持)の話を〈無様に〉繰り返して、時間を潰していた。しかし、若者たちは、このままでは、その維持されるはずの「制度」すら破綻すると疑っているのだ(「保険料払ったって、戻ってこないだろう!」)。枝野(医療・介護の公的保障の充実)や玉木(財政検証の隠蔽と36年後の積立金の枯渇)や志位(マクロ経済スライドの問題性と富裕層への課税強化)は頑張っていたが、アベは、〈ごまかし〉と〈でっち上げ〉で野党に「反撃」しつつ、富裕層への優遇は維持し、年金は減らし続けて行こうというわけだ。ほくそ笑んでいるのはどのような輩なのか!

   馬鹿馬鹿しいのは、国際政治も同じだ。「キープ・アメリカ・グレート」には笑わせてもらったが、”big-mouthed"とはトランプのような人物のための形容詞なのだろうw。しかし、無理は続かない、フェイクも長続きはしない。政治でも、経済でも、軍事でも、遅かれ早かれ「馬脚」を表すことになるだろう。しかし、このつまらぬ男の野心のためにアメリカと世界の一般市民は被害を受けることになるのだ。昨今のガソリン代の高騰もトランプ(とアベ)のせいではないか!

   ホルムズ海峡での軍事衝突が心配されている。イスラエルが違法に占領し続けているゴラン高原に名を残したトランプは(「トランプ高原」)、シリア空爆の時のように、「ちょっと攻撃させてね」と国際社会に甘えながらその軍事力を誇示して見せ、再び、「アメリカ(=トランプ)」の「偉大さ」をアピールしたくて仕方がないのだろう。そもそも、今回の危機を生み出したのは、イランとの「核合意」を一方的に廃棄し、経済制裁を強化したトランプだと言うことを忘れてはならない。そして、もちろん、その背後にはお友達のシオニスト・ネタニヤフがいるはずだ。今回のタンカー攻撃についても、アメリカはイランの関与を証明するという映像を公開しているが、あの不可思議な映像をそう簡単に信じることはできまい。歴史を振り返っても、ベトナム戦争時のトンキン湾事件やイラク戦争時の大量破壊兵器を始め、アメリカがその軍事介入を正当化するために用いた〈謀略〉は数知れないのだ。今回も、アメリカは攻撃は機雷(吸着機雷)によるものだと主張しているが、コクカ・カレイジャスの乗組員―――日本船籍のタンカーに日本人は一人も載っていないんだ!―――は、当初から、攻撃は飛来物によるだと言っていたではないか。そして、あの白黒の画像は、何時、何処から、誰によって撮影され、誰が何をしているのを証明したものと言えるのか。衛星画像?ドローン?さらに、あの後出しのカラー映像はなんなのだ。まあ、真実は未だ不明で、不自然、不明確なことが多すぎるのだ。ただ、イラン政府がやらせたのでないことだけは確かなのでは。

   さて、一方、アベは、『ウォール・ストリート・ジャーナル』で、中東外交の「素人」が口を出したことによってアメリカとイランの関係が不安定さを増したなどと揶揄されている。とにかく、アベは、「私とウラジミールで」とか「私とロナルドの二人で」とか盛んに個人的なレジェンドづくりに励もうとしていたわけなのだが、やっていることと言えば、国民の税金をあたかも自分のもののようにバラまくだけで、「国益」に奉仕したことなど一つもないと言って良いのだ。それどころか、ロナルドとの「私」的な関係から、トランプのお友達のアメリカ・ギャンブル資本に日本国民の財産と「精神」とを売り渡す「カジノ」構想とか、ほとんど実際的な意味など持たない高額な「イージス・アショア」の配備とか、そして、もちろん、参院選後のトランプとの「密約」(日本の農業を売り渡したり、さらに高価な買い物をすることになるだろう)など、国民や住民を騙してまでも、負担を国民に押し付けようとするばかりなのだ。

   結局、アベのやりたいことは、お友達の「軍産複合体」の利益のために、「自主防衛」どころか、アメリカの実質的な「使いっぱ」となって、自衛隊を海外に派遣し、軍事的共同行動=戦争ができる国にしようと言うことだけだ。しかし、今は詳しくは論じられないが、少なくとも「専守防衛」に徹し、そして、確実で段階的な「軍縮」と断固たる「核廃絶」への努力を積み重ねることこそが、世界の緊張緩和と戦争防止に日本が貢献する道なはずだ。実際、小賢しくも日本を利用しようとしている勢力のほかは、日本の軍事大国化を望む者はいまい。そうした中、トランプやネタニヤフとの〈蜜月関係〉を晒しつつ(!)、トランプの「メッセンジャー・ボーイ」を勤めるなど、論外なことだったのではないか。戦後の日本は、アメリカの単独占領下で出発したわけだが、日本国憲法を持ち得たが故にこそ、外交における一定の独自性と諸外国からの信頼そして直接的な戦争への参加を回避できたと言えるのだ。この戦後日本の”レガシー”を食いつぶしていくことこそが、日本の安全と世界平和への貢献を損なうものになると言って良い。国民の「平和」を願う心を、他国への嫌悪感と恐怖感を煽ることによって、まさしく、先制攻撃の肯定にまで導こうとしているアベの行状は決して見過ごせるものではない。

   ゲリラ豪雨がやってきた。さて、それでは、もう一度、(無刀流)山岡鉄舟でも読んでみるか。

[追記]:コクカ・カレイジャスは日本の会社が運行していたが、船籍はパナマだったとのことだ。訂正します。(6/26)

「不都合な真実」をなかったことにする人たち―――厚顔無恥なペテン師たち

己れの愚かさを認めたくないが故にペテン師たちを信じる人たち
  そして、「あんな人たち」の高齢者よ、貯金はいくら残っている?


   この頃、晴れ間が広がっていたので、「奥さん」に大丈夫か?と心配されるほど、外で懸命に働いていた。ただ、「古希なのに、扱き使われている」(火野正平)わけではないので、気分は悪くなかった。それにしても、私がいくら働いても2000万円なんかとても貯められないw。アソウの1年間の「飲み代」は2016万円なんだそうだが、まあ、アベやアソウが無駄遣いしている一方で、我々庶民はなんとか収入=年金の範囲内で生き残ることができるかを算段しなければならない。

   それにしても、この間報道されている、F-35Aの事故原因を〈死亡した〉操縦士の「空間識失調」の責任に帰した防衛省の態度や例の金融庁・金融審議会の「年金だけでは2000万円不足」という答申をアソウが〈受け取らない〉ことにしたこと等を目の当たりにすると、日本の政治はもう本当に「終わりだな」という感が強い。モリ・カケ、日報、勤労統計等々、要するに、「不都合な真実」の〈隠蔽・改ざん〉と「好都合なウソ」の〈捏造〉はもう完全に「アベ友」政権の体質そのものになっていると言わざるを得ないだろう。しかし、この様な見え透いたウソを小賢しい理屈で糊塗できると彼らに思わせてしまったのは、やはり、「国民」なのだろうと思う。先日、『Asia Insight 「“魔女狩り”根絶をめざす ~ネパール~」』という番組を見たが、アベ友政権のウソを信じるなど、“魔女狩り”を煽るシャーマンを信じる村人とさほど変わらないのではないかとさえ思ってしまう。まあ、そこまでは言わないとしても、今まで愚かしくも信じてきたこと(=騙されてきたこと)を認めたくないがために、信じ続ける(=騙され続ける)ことを選択しているのだろうぐらいにしか思えないのだ。いやはや、もう末期症状というべきだろう。

   ところで、アベたちは盛んに「美しい国」とか宣っているが、私に言わせれば、それとは正反対の最も醜い輩が彼らなのだ。大体、アベ政治の「私的」性格―――「アベ友」勢力とそれに手を擦るエセ公務員たちによる〈公私混同〉=〈政治の私物化〉と〈専制支配〉―――は、伝統的な日本政治の「理念型」=「公」とか「和」の政治とは対極にある代物と言わなければならないのではないか!その彼らが「日本的なるもの」を僭称するなど、片腹痛いと言わなければならない。そうした意味で、現代の「スメラミコト」(清浄なる人)=「象徴天皇」たらんとした昭仁上皇がアベを嫌っていたという話には真実味がある。もちろん、私たち国民自身が私たちの「公共性」と「民主主義」を実現しなければならないのではあるが。

   また、テレビを見ていてつくづく思ったのは、テレビに出てくるしたり顔のコメンテーターたちの多くが、結局、アベ政権擁護の太鼓持ちだということだ。一番滑稽だったのは、若者を中心にほとんど信じられていなかった「100年安心」という”まやかし”が白日の下に晒されるとなると、途端に、「100年安心」というのは「そういう」意味ではなかったと政府の”無策”を擁護しつつ、問題の焦点を国民の自助努力ー自己責任の問題へと誘導し、かつ、わけのわからない資産運用の話などに持って行こうとするわけなのだ。アソウなどは、相も変わらず、より高齢になったら金を使わなくなるだろうとか(要するに、2000万円よりもっと少なくなるだろうとか)、まるで、南京事件の死者数のような話で煙に巻こうとしている。しかし、問題の根本は、言うまでもなく、〈普通の国民〉の「老後」が安心できないという事実であり、かつ、それに対する〈政府の無策〉=「自助努力ー自己責任」論の強調が許されるのかということだ。

   我が家の退職後の生活を振り返って見ても、事態はハッキリしている。要するに、私の「通常」の生活は、月に6〜10万円の貯蓄を取り崩さなければやっていけないということであり、かつ、私の貯蓄が底をつきそうになるのを辛うじて防いでくれているのは、「第三世界型の老後保障」=子供達たちに他ならないということだ。子供達が独立し、そして、我々夫婦に病気や事故が襲ったら、私たちの生活は間違いなく窮地に陥ることになるだろう。子供達の世代はさらに深刻であり、親元で暮らすことによってかろうじて生活を維持しているような人は、この先どうなっていくのか。昨今の雇用状況の中で、若者たちの多くが、独立し、結婚し、出産・育児・教育をなし、そして、老後のための十分な貯蓄や退職金を手に入れることができる社会システムになっているのか。もしそれが十分可能であるのなら、年金+自助努力型の「老後保障」も一つの選択肢としてありうるだろう。しかし、そうではないが故に、「100年安心」の公的年金制度(基礎年金・厚生年金)が必要だったのではないか!

   しかし、現在、一般国民の非正規労働の拡大や安価な労働力としての外国人労働者の無原則的な受け入れによって企業の総人件費抑制を許している「アベ友」政権は、国民の〈家族〉や〈地域社会〉や〈国民経済〉の破壊を推し進める一方で、まさしく、その国民の税金や基金を使って肥え太り、そして、「お友達」に対する減税と一般国民のための社会保障費の削減を「自助努力ー自己責任」論によって正当化しようと目論んでいるのだ。今回は詳しく論じないが、社会保障の基本とは、国民が生み出すことのできる財やサービスを「共同体」成員の健康で文化的な最低限の生活のためにどう配分するかということだ。これに対して、アベ友政権がやろうとしていることは、「国民経済」ないし「生産有機体」の「富」を彼らだけが”不当に”懐にしようとしているだけのことではないか。恥を知るがいい!

   また長くなってしまったのでこの辺で切り上げる。運転手やタクシーも使えそうな杉良太郎(74)や尾木ママ(72)による運転免許証の返納、香港の「逃亡犯条例」改正に反対する市民の抗議デモとそれに対する弾圧、アベのイラン訪問とホルムズ海峡での日本のタンカーへの攻撃等々、〈隠者〉になりたいとも思っていた私だが、一言言わねば済まないことが次々と出てくる。悩ましいことだ。

「漠然とした不安」から「まさかこんなことになるとは」へ?

アベ友の暴利のためにではなく
 国民の本当の「安全・安心」のために国民の力と蓄積を使え!

   ※関東地方も梅雨に入り、「晴耕雨ブログ」の私としては、いくつかの記事を書き始めている。一つは『ムリキ短編集(第1話)』で、もう一つは懸案の「政治的疎外論」の一部だ。ただ、両者とも、いまいち気が乗らず、筆が進まない。そこで、今回は最近つくづく感じていることについて書いておきたい。

   先の土曜日、『大草原の小さな家』(第1話)の再放送を見た。1974年に放送されたというから、あの70年安保、沖縄返還協定締結(1972年)、ベトナム戦争終結(1975年)へといった時代背景の中で、私も見ていたことになる。ワシントンの政治家たちによる植民政策、開拓者と先住民との関係、境界線の変更による再移住等々、歴史的現実は別として、考えさせられることが多かった。また、インガルス一家の「愛」と「友好」を基盤とした「自立」・「独立」の精神は美しいものに感じられたw。

   また、先週は、イギリス国民による「国賓・トランプ」への”お出迎え”の様子が日本のマスコミでもそれなりに報道された。25万人の反トランプデモやイギリス・ジャーナリズムによる真っ当な論評だ。それは、日本国民の”おもてなし”に見られた基本的な利害関係に対する「無知」や「無関心」、あるいは、権力の操作に盲従する「過剰同調性」とは明らかに異なるものだった。繰り返しになるが、アベやトランプは、自分たちの政治的〈野心〉のために、ハッタリやフェイクをかましつつ、国民の生活や生命、国土や国民経済、さらには、地球環境や人類の生存すらをも「掛け金」としながら、見え透いた投機的「取引」(「内政」・「外交」)を演じてみせる、2流・3流の”いかさま師”に他ならないのだ。そして、その〈損失〉はいつもその国あるいは世界の”一般ピープル”に押し付けられる。確かに、こうした輩はいつの時代にも、どの国にも存在するものだ。しかし、問題なのは、ある時代・ある国において、国民の相対的多数がこうした輩を支持ないし受容してしまうことにある。

   こうしたことを考えた時、私がいつも思い出すのは、先の大戦を「支持」ないし「受容」してしまった我々の親の世代のことだ。私が聞いた限りにおいて、彼らの多くは、「漠然とした不安」を抱きつつも、まさしく深刻な事態が身に降りかかるまで、「まさかこんなことになるとは思っていなかった」のだ。「欧米列強・帝国主義」への小児病的な憧憬と模倣、おちゃらけた「神州不滅」のイデオロギー、特権的支配層の〈理念〉なき「出世主義」と「無責任体質」、それを許した一般国民の「事大主義」(「寄らば大樹」)と「渡り鳥根性」等々。無謀な侵略戦争を許してしまった原因は色々考えられるけれど、それらのどれもこれもが、現在の私たちに無縁なものとは思えないのだ。

   それにしても、アベ政権のこれまでの政策と普通のー般国民との利害関係はどうなっていたのか。そもそも、アベノミクス下の〈経常収支の黒字〉(世界第2位、アメリカは191位)など、日銀による異次元の金融緩和と国家の積極的な財政出動による〈円安〉効果に基づくものに過ぎないと言って良いのだ。それは、決して、実体経済の発展によったものではなく、これまでの国民の「蓄積」を食い物にしつつ、国債の大量発行や年金基金の投入などの〈国民の負担〉によってなされたものなのであって、しかも、それは少数の「アベ友」にだけ利益が集中するといった代物に他ならなかった。さらに、こうしたアベ政権の政策は、日本の国民経済の基盤は掘り崩し、日本国民の命と生活を危機に陥れるものでさえあったのだ。

   大体、アベ政権の税金や公的資金の使い方自体が間違っている。とりわけ、アメリカの言い値によるイージス・アショアや1兆円以上のF35の購入などは、単に日米の軍産複合体の利益に奉仕するだけのものであって、真っ当な〈合理性〉の観点からすればあり得ないような代物なのだ。また、辺野古への米軍基地の建設についても、盛んに中国の脅威を煽るが、まずは、米露関係と同様に、米中の直接的な軍事的衝突を想定することそれ自体が「難しい」と言って良いし、また、例えそうなったと想定しても、「自然災害にも攻撃にも脆弱」な沖縄海兵隊の戦略的存在意義は極めて小さいということなのだ(元米国務長官首席補佐官、L・ウィルカーソン氏)。また、盛んにJアラートを鳴らしてきた北朝鮮の脅威についても同様で、今回の短距離ミサイルの発射に対してトランプが「短距離だから問題ない」と言った途端に態度を変え、強く抗議するわけでもなく、「前提条件なしに会談を」などと言う有様なのだ。つまり、実は本気で心配していたわけではなかったということだろう。そもそも、本気で心配していたら、こんなに多数の原発を再稼働できるはずもあるまい。さらに、コンピューターの誤作動でも核戦争は起こりうるのだが、実際に最新鋭のミサイルを飛ばし合うような事態になった時、イージス・アショアやF35がどの程度国民の「安全」に役立ちうるかについては全く不確かと言って良い。そんな代物に巨費を投ずるのだ。

   その一方で、国民の命と生活の現状は実に厳しいものがある。世界に類を見ない高齢化と少子化にどう対処しようとしてきたのか!若者の労働環境や育児・教育環境などは、ヨーロッパ諸国と比較して、ほとんど無策と言って良い程だ。老齢年金についても、「100年安心」から「2000万円は自分で貯めろ」だ。また、最重要のライフ・ラインである水道管の老朽化を一体どうする気なのだ!そして、30年以内に70〜80%という南海トラフや確率急上昇の首都直下型の巨大地震にどう備えているのか。さらに、アベ政権は、「拡大自殺」に象徴される日本国民の〈孤立化〉や「共同性」の喪失に真っ当に向き合ってきたと言えるのか。逆に、彼らこそ、国民を分断ー差別し、その負担を弱者に押し付けてきたのではないのか。つくづく思う。国民の力と資金は、アベ友の懐を肥やすためにではなく、国民の本当の「安全・安心」のためにこそ使われるべきだと。

   アベ友は別かもしれないが、今、決して困窮世帯の人々とは限らない、多くの「普通」の人々が、その生活の中に「漠然とした不安」を感じているはずだ。私の周りでも、その家族を含めて「順風満帆」な人などほとんどいない。さらに私などは、円安や「トランプリスク」によるものだろう、食料品やガソリンなどの生活必需品の値上がりに怯えているくらいだ。ここに世界的な不況やハイパー・インフレーションが襲ったなら、大変な事態に陥ることになるだろう。そして、多くの人々は思うのではないか―――「まさかこんなことになるとは」と。それ故にこそ、より多くの人々がアベ政治の〈実相〉をしっかりと把握し、1日も早く有効な対策を取り、自らのはもちろん、子供たちや孫たちの生活が危ういものとならないようにする必要があるのだ。もちろん、日本の国民は、アベ友たちによる「阻害要因」さえなければ、世界の人々と友好的な関係を維持した上で、すべての人々の健康で文化的な生活を保障しうる財とサービスの生産システムを作り上げる能力と資本を持っていると私は信じている。ただ、それを実現するための具体的な構想は、早急になされなければならないということなのだ。


 DSC_4525.jpg
このごろ、ご飯の量が減ってるね
うん、値上がりが激しくてねえ



  

恥ずべき光景―――トランプとは何者だというのか!

鹿鳴館?!ウィーン会議?!
 外交がこんなものなら、我々には無用のものだ!


   ※5月が終わった。ただ、昨日、春野菜の植え付けが完了し、肩の荷が下りた感じがしている。ところで、5月はブログをあまり書けなかったが、それは、こうした農作業の他に、中・高時代からの友人や大学院時代の友人との再会、そして、下呂温泉への「おじさん旅行」、さらに、「奥さん」が昔話関係と高校時代のクラス会で旅行したため、家事が大変だったこともある。ただ、最大の理由は、平成から令和への、そして、”国賓”トランプ来日のバカ騒ぎにうんざりしたためかも知れない。「NEWS23」や「日刊ゲンダイ」のようにジャーナリズムの「矜持」を示したものもあったが、NHKなどはもう心底ウンザリするほどの体たらくで、ワールドニュースばかりを見ていたほどだ。「令和」がどのような”時代”になりそうかについてはまたの機会にするが、今日は、「外交のアベ」の”おもてなし”なるものについて一言言っておきたい。

   それにしても、アホ面自撮りの「接待ゴルフ」、特製座席や英語表彰で日本文化を貶めた「大相撲観戦」・櫻井もいた「炉端焼き」・令和初の”国賓”として天皇を政治利用した「宮中晩餐会」、選挙後の密約をバラされることになる「首脳会談」、TPPにも縛られないと言い切られた「共同記者会見」、欠陥機F35を1兆円で爆買いして乗っける予定の「護衛艦かが」への視察、等々―――こんなものを見せられて好印象を持つ真っ当な大人がいるのだろうか。マスコミ報道によれば、アベはトランプとの「蜜月」ぶりを「国民」に印象付けて夏の参院選(あるいは、ダブル選挙)を有利にしようとしたというのだから、いるんだろうねえ、痛い目を見ないとわからない、ボーッと生きている人たちが。しかし、最も罪深いのは、そうした意図を知りつつ、この見え透いた「政治ショー」を延々と垂れ流し続けた日本のマスコミ関係者ということだろう。そのことは、「外交交渉」を中心に考え、真っ当に報じていた海外メディアをチョイと覗けば、一目瞭然のことだった。日本のマスコミの多くは、結局、アベノミクスで超甘の饅頭をたらふく食っているアベのお友達なのだ。

   大体、トランプとは、そもそもどのような政治家だったというのか。トランプの来日中も「異常気象」が日本列島を襲っていたが―――北海道が39度!―――、その原因だろう「地球温暖化」を否定し、「パリ協定」から離脱したのは誰なのか。シオニストに肩入れし、イラン核合意を破棄して、中東を不安定化させているのは誰なのか。INF全廃条約から離脱し、臨界前核実験をはじめ、使える核兵器を推進しているのは誰なのか。日本国憲法が掲げる国際協調主義を否定し、自国第一主義を振りかざしているのは誰なのか。様々な民族的・宗教的な差別と偏見を助長し、フェイクを垂れ流しているの誰なのか、等々。つまり、トランプは、本来なら、ヨーロッパ諸国でのように、大きな抗議行動と批判的論評の中でこそ迎えるに値する政治家ではないのか。それを、「国民統合の象徴」が迎える「国賓」として、膨大な国民の血税を浪費しつつ、それも、前代未聞の、大げさ極まる、恥ずべき”おもてなし”で迎えたのだ。この姿を各国の政府や民衆がどのように捉えたかは容易に想像できる。つまり、日本と日本国民は、(アメリカ合衆国の、ですらない)”トランプのポチだ”ということだ。

   一方、こうした”おもてなし”を日本の「国益」を実現するための当然の「手段」と主張する太鼓持ちたちも存在する。つまり、接待攻勢で、トランプのご機嫌を取り、貿易交渉での譲歩を取り付けようというわけだ。しかし、こうした発想は、国家を私物化した、「独裁者」気取りの、愚かな世襲政治家のものでしかない。政治家同士の個人的な信頼関係はもちろん大切だろうが、われわれ一般国民の利益が、鹿鳴館や宮廷外交のような贅沢だが薄っぺらな”おもてなし”で実現できるなど、お笑い種というものだ。そんなことを信じるなど「12歳」以下の水準というべきだろう。「ウラジミール」の場合もそうだけれども、「ドナルド」の場合ですらも、国民の税金を湯水のようにばらまくアベの素っ頓狂な「外交」に、内心、一種の戸惑い(「こいつなんなんだ?」)と軽蔑の念しか浮かばなかったのではないか。そして、そうでるなら、「密約」を盾に、搾り取れるだけ絞り取って差し上げようと考えたに違いない。いやはや、とんだ「外交」というものだ。
   
   しかし、そもそも、なぜこうした馬鹿馬鹿しい発想がアベに浮かぶかと言えば、アベの国内政治そのものが、「もり・かけ」の例でも明らかなように、”アベ友”たちの”談合”による「国民経済」の”私物化”に他ならないからだ。そして、例えその”私物化”によって、日本の国民経済の基盤そのものが掘り崩されたとしても一向に意に介することもないのだ。そして、そうした趨勢の中で、日本人の「心」も次第に壊されつつある。しかし、トランプの場合、アメリカには、その権力を監視しチェックする、強力な知識人と一般国民が確かに存在すると言って良い。それ故に、トランプは、口先では好き勝手放題に言っているようでも、安易な「ボス交」的外交はできないわけだ。しかし、日本においては・・・・

   ちょっと出かける用事ができたので、このことについては、「天皇制」との関わりで、次回にでも論じてみたいと思う。

プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ワン・クリック・エリア
おもしろかったらクリックしてね!
にほんブログ村 犬ブログ 柴犬へ
にほんブログ村 にほんブログ村 格闘技ブログ 剣道へ
にほんブログ村 にほんブログ村 政治ブログ 平和へ
にほんブログ村
リンク
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる