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次の衆院選で決着だな!―――参院選後に考える

アベ友政治は、内政も外交も、”安定して”、ゴチャゴチャ!
 ―――れいわ新選組を含む「野党と市民の共闘」に期待する!


   ※今週は、卓球と「アルバイト」をやったが、やはり身体と頭がまだ疲れているw。そして、確かに天気がおかしい。しかし、こうした気候の中でもトマトをはじめとする野菜たちは元気に実を膨らませ、私の舌と胃袋を癒してくれている。サロさんの歩きも好調で、知り合いの人にも褒められるほどだ。また、参院選の結果も、楽観できるほどではないが、アベ友政治崩壊の予兆を確かに感じさせるものだった。

   参院選が終わり、新聞の見出しは、どれもこれも、「与党改選過半数獲得」そして「改憲勢力3分の2に届かず」だった。しかし、アベ自民党についてみると、議席は−9の57議席で単独過半数を割り、比例区の得票数も1771万票と200万票も減らし、全有権者との比率である絶対得票率でも20%を切っている。「花粉症ゼロ社会」を訴えてさえ(ウソつけ!)この有様なのだw。また、野党統一の効果は明らかに出ており、2016年に続いて、多くの重点一人区で、野党の新人が自民の現職を破っている。特に重要なのは、歴史的な低投票率=48.80%の中、投票率の高い選挙区で野党が勝っていることだ。例えば、岩手(56.56%)、宮城(51.17%)、秋田(56.29%)、山形(60.74%)、新潟(55.31%)、長野(54.29%)、滋賀(51.96%)、愛媛(52.39%)、大分(50.54%)、沖縄(49.00%)、と言った具合だ。つまり、”主権者”意識の強い人々が多い地域では、いくらアベやシンジローが出張っても誤魔化すことは困難ということだ。自公にとって、「信者」たち以外を「如何に眠らせておくか」が政権維持のポイントとなってしまっているのだ。

   低投票率の問題は若者世代にとってはさらに顕著で、10代の投票率は、18歳が34.68%、19歳が28.05%、合わせて31.33%という凄まじいものだ。「政治」はまさしく「他人事」ということか。いうまでもなく、こうした低投票率は”民主政治”の機能不全を意味するものであり、人々の”政治”への「無関心」あるいは「無力感」をどのように捉え、どのように克服していくかは、人々の人間らしい生活を実現していく上で喫緊の課題と言って良いだろう。こうした観点で今回の参院選を見たとき、最もインパクトが強かったのは「れいわ新選組」だったと言って良い。

   れいわ新選組の躍進(比例区での得票数228万票、4.55%、獲得議席2)は、山本太郎氏のこれまでの議員活動やパーソナリティに負うところが大きかったであろうが、なによりも、その主張―――「緊急八策」をはじめとする17の政策―――が極めて具体的でわかりやすく、また、多くの人々に訴えかける力を持つものだったからに間違いはあるまい。そして、その基軸は、まさしく、「日本国憲法」の諸権利(自由権、平等権、社会権、幸福追求権、平和的生存権等々)を21世紀の現実の中で捉え返し、それを護り、実現しようとするものだったと私には思われるのだ。それを「非現実的」という人もいるだろうが、消費税の廃止にしても、財政出動にしても、理論的には「常識」の範囲内のものだし、また、政策的にも、歴史的・現在的に存在しうる、「選択の範囲内」のものと言って良いのだ。それらが「現実的」か「非現実的」かは、一定の力関係を基に歴史的に形成されてきた「ヘゲモニー」的状況の産物ともいえるもので、アメリカや北欧諸国の現実がそれを示していると言って良い。現在の日本の”政治風土”をどのように捉えるかは難しい問題だが―――私は、おおよそ、戦前の「半封建的身分意識」と「明治憲法の超国家主義的変種」(の残滓)そして新自由主義的な「競争原理主義」と「新保守主義」の相互補完的な混合物だと考えているが―――、「れいわ新選組」の主張は、確かに、人々の”基底的価値意識”(人間観・人生観・社会観等々)の水準にまで届く射程をもち、普通の人々を「政治」から「疎外」するシステムの中で「無力感」と「無関心」に沈み込んでいた多くの人々の心を掴み得たのだと思う。

   参院選後の政治状況は、ますます緊迫度を増している。対米貿易「密約」、対イラン「有志連合」への参加、日韓関係悪化の影響、消費増税のもたらすだろう影響、年金・医療・介護等の質のさらなる低下、そして、労働環境をはじめとするより広範な人々の「生きにくさ」とそれに対する鬱屈した感情、等々。こうした中で、アベ友勢力の利益維持のためにその負担を一般ピープルに押し付けるだけのものでしかない、「痛みをともなう改革」とやらが再び盛んに唱導されることになるだろう。しかし、それは、同時に、普通の人々の命と生活をますます危険で困難なものにしていくアベ友政治の本質が白日の下に晒されていくことをも意味するのだ。そして、こうした流れは、眼前に迫る自然災害をすら一顧だにしない「極楽とんぼ」的な東京オリンピックのカラ騒ぎの後に、また、大統領選を前にその劣勢を跳ね返そうと必死なトランプによって仕掛けられる国際的な危機によって、頂点に達するだろう。そのことについて、アベ友政権はどれほどの危機感と緊張感をもっているのか。

   もちろん、日本の「政治」状況は、”凄まじい”の一言だ。とりわけ、汚らわしくてコメントもしたくない、丸山だの、石崎だの、立花だのを典型に、まさしく、「日本」”社会”が「溶解しつつある」とか、「底が抜けつつある」とかの表現がピッタリといえる程のものだ。こうした中で、その総本山たる「ギソウ・ネツゾウ・インペイ」のアベ友政権が「一般ピープル」を”舐めてかかる”のにはそれなりの根拠があると言えるだろう。しかし、アベ友の”悪行”に気づきながらも、腰が引けた「悪夢の民主党政権」よりは現行の自公政権の継続の中にある程度の「安定」を見出し得るかもしれないと期待している「一般ピープル」中間層の「想い」(「幻想」)がどれ程続くかの保証もないのだ。逆に、2020年秋以降の危機の顕在化を前に、アベ友政治と真正面から対峙する「選択の時」が近づきつつあると言って良いのではないか。そして、その帰結は、結局、日本の「一般ピープル」の知性と道義心と矜持にかかっていると言って良い。「野党共闘」と「野党連合政権」を支えるのは、その力による他ないからだ。

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一般わんわんも考える

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いよいよ明日か!―――参院選・投票前に考えること

なぜあのように公然と嘘がつけるのだろうか?
 ―――権力を握るためには当然と思っているのだろうな!


   ※今回の参院選、けっして盛り上がっているとは言えないだろうが、私は私なりに”事態”のなんたるかを理解し、できる限りの情報蒐集に努めようと思ってきた。そして、そうした中には大変興味深いものが数多くあり、次の衆院選にも繋がる「希望」も垣間見得たと言って良いと感じた。「野党共闘」の諸政党・諸グループもそれぞれ頑張っていたと思うし、また、とりわけ、共産党とれいわ新選組の候補者と応援者たちには迫真力を感じた。さあ、結果が楽しみだ!

   それにしても、アベというのはなんなんだ? 選挙運動最終日のニュースを見ても、本当に最後の最後まで「目くらまし」ばかりだ。論点をはぐらかし、事実とは異なることを平然と述べ、無理筋を押し通そうとする。「ぎそう・ねつぞう・あべしんぞう」とはよく言ったものだ。9条関連で言えば、問題の焦点が「集団的自衛権の行使」(自衛隊の米軍との共同行動=戦争)であることはいうまでもないが、そのことには触れず「自衛隊を憲法に書き込む」だけだと強調し、おまけに、対立点を「憲法を論じるか・論じないかだ」などという人を馬鹿にしたような目くらましに走るのだ。また、年金問題では、財政検証を闇の中に置いたまま、野党の財政的裏付けを伴った対案を完全に無視した”嘘”を声高に叫ぶ。さらに、これまで新聞をそれなりに読んできた者には明らかに”無理筋”と思われる「日韓経済戦争」を、年金問題隠しのために利用しようとさえしているようなのだ。昨日の坊ちゃん・コウノ・タロウの「無礼」発言などは最悪だろう。これで、日韓関係は終わりだ。収拾がつくはずはない。アソウ・タロウの「報復措置」発言にしても、また、とってつけたような「輸出規制強化」の理由の検証――韓国政府の報告だけなんですか?―――にしても、国際的な視野で言えば、「無礼」なのはどちらかということにならざるを得ないだろう。ああ、大変だ。この国は、本当に、どうなるのだろうか。

   今日も、農作業とサロさんの面倒で汗だくだった。でも、明日は投票日。「勧善懲悪」で一票を投じてこようw。

日本をどんな「社会」にしたいのか? 参院選で考える

 巨大企業と富裕層優遇の「新自由主義」から      
           真っ当な「福祉国家」への道を!


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サロにとって「幸福」とは何か?


   昨日、ニュースを見ていたら、ラグビーの清宮克幸元監督の息子たちの名前が「幸太郎」と「福太郎」であることを知った。二人合わせて「幸福」とは、なかなか勇気がいたのでは。もちろん、人の親として、子供達の「幸福」を願うのは至極当たり前のことではあるが。ところで、「幸福」とは何かという問とそれへの答えは人それぞれだろうけれど、今日は、この一月ほど、この点について私がぼんやりと感じ、考えたことを書いておきたい。

   先月の16日の日曜日、私は”美味しいもの”をたくさん食べることができた。とは言っても、980円のパック入りにぎり寿司とキリマンジェロ風味のチョコクランチとくるみパンだけだったけれどw。理由はなにか特別なことを言われたわけではないが「父の日」だったかららしく、三人の子供たちが食い意地の張った私にふさわしいプレゼントと思ったのだろう。その時感じたのは、人間の「幸せ」とはこんなものなのだろうなと言うことだ。感謝とか、恩とか、そんなものではなく、「共に生きていく存在」の「喜ぶ顔が見たい(悲しむ顔を見たくない)」とかいった感情を誰かと共有しているという感覚こそが「幸福」の源のように思えたのだ。もちろん、「個」として、「私(わたくし)」として、何らかの「欲求」が満たされた時には、「満足」感を得られるだろう。しかし、それらは移ろいやすく、常ならぬものともいえる。これに対して、「私(わたくし)」の「最期」の時、一番大切に思われるのは、「先のような存在との関係」なのではないだろうか。さて、どうなるのだろう。

   ところで、6年前の三内丸山遺跡への訪問以来、私は自称「縄文(時代)」ファンだ。今年の4月にも「尖石縄文考古館」に行ってきたし、この夏には、浅間縄文ミュージアムの「企画展 縄文人間―――私は誰だかわからない・・・・」へも行く予定だ。そして、こうした想いは、縄文時代を超えて、さらに、「地球」の、「生命」の、そして、「人類」の歴史へと広がる。この一ヶ月で特に面白かったのは、「地球グレートネーチャー 地球事変・大量絶滅の謎」(NHK/BS)だったろうか。要するに、それらは、私が「私(わたくし)」を超えて「自然」(生態系)と一体化する感覚を与えてくれるのだ。なぜそんなことを求めるのかはわからない。しかし、参院選との絡みで言えば、それらは、あのセコイ!アベだの、タケナカだの、トランプだのが持つイメージとは全く異なるものなのだw。

   また、縄文といえば、私は姫神の「千年の祈り」や「神々の詩」が好きなのだが、先日、同じ姫神の「浄土曼陀羅 ~平泉毛越寺法楽会浄土庭園コンサート」を視聴した。そして、その中で特に印象に残っているのが、「唐拍子(毛越寺延年)」だ。これは毛越寺延年の舞「老女」のバックグラウンドに流れたものなのだが、その曲想に、私は、老女の長寿を寿ぐというよりは、老女の清らかな浄土への眠るような旅立ちへの憧れ、願いを感じたのだ。私は、相変わらず、あの世も浄土も信じられないけれど、平等院鳳凰堂や毛越寺の浄土庭園の意味するものが、この歳になってやっと理解できたように感じられた。ついでに言えば、このイメージも、あのセコイ!アベだの、タケナカだの、トランプだののイメージとは全く異なるのだw。

   もちろん、私は、原始や古代に戻ろうなどと言っているわけではない。しかし、日本文化の中に脈々と流れているこうした人々の普遍的な「共同」的感覚は、これからも大切にされなければならないと思っている。そして、こうした感覚も、あのセコイ!アベだの、タケナカだの、トランプだのといったイメージとは全く異なっている!逆に、アベだの、タケナカだの、トランプだのは、私利私欲のために、国民の生活や尊厳や共同性を破壊し、また、それを誤魔化すために擬制的な「共同性」をでっち上げ、国民に押し付けようとしているのだ。日本社会は今まさに危機に瀕していると言って良い。日本の生活者、若者、労働者は、OECD諸国との比較においても、本当に大切にされていないと言わざるを得ない。

   グローバリズムと国民経済・国民国家との軋みが増す中で、日本社会に生きる多くの人々の生活と心が破壊されつつある。こうした現状を正すには、様々な領域とレベルで、日本国憲法の諸理念が徹底的に追求され、実現されていくことが必要であるが、産業化・都市化が進展した現状では、やはり政治ー国家を媒介とした対応が不可欠と言えるだろう。そうした意味において、巨大企業と富裕層優遇の「新自由主義」路線をひた走るアベ政権に対して、国民(「共同体」成員)の生活保障を実現する真っ当な「福祉国家」に向けて、「立憲民主、国民民主、共産、社民」そして「れいわ新選組」に期待したいと思う。こうした基盤の上にこそ、国民一人一人の「幸福」が、”真っ当に”=嘘偽りなく、語りうるのだと思う。

   つぎは、憲法だな・・・本当に汚いやつだ。

ニュース雑感 2019年7月―――れいわ新選組・イラン危機・日韓貿易戦争・ジャニー喜多川

  アベの「威圧と忖度」の政治は国際社会で通用するか?
 
   ※昨日は、小雨の中、午前と午後、3時間ずつ昼寝してしまった。起きているときは、サロさんとの散歩の他は、ワールドニュースを見たり、江戸時代について勉強したり、フランス語を聞いたりしていた。今日は、はつか大根の種を蒔く予定だ。それから、『ピタゴラスイッチ』が見たい。人間と全ての生き物には「遊び心」があると思う。そんな「遊び心」にスイッチを入れて歩くと、サロさんとの散歩も心が弾む。おっ、サロさんがきた。まずは、散歩に行ってこよう。

散歩に行ったら、カブトムシさんがついてきた
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これはフェイクではない!


   さて、政権選択の選挙とは言えないにせよ、参院選は盛り上がっていると言えるのだろうか?!私自身は、アベと三原じゅん子の政見放送を見て、心底「キモい!」と感じ、「隠蔽・改ざん・捏造された数字を都合がよく並べて・・・」と書き始めたのだが、アホらしくなって止めてしまった。もし、興味があれば、『日刊ゲンダイDIGITAL』の「ファクトチェック」でもご覧いただきたい。それにしても、あのお二人、何か追い詰められた”歪み”を感じるよな。

   参院選といえば、山本太郎の「れいわ新選組」はどうなるのだろう。私が感じる限りにおいて、日本のマスコミの彼らの取り上げ方は、日本新党や維新の会そしてアメリカのサンダースやイギリスのコービンなどと比較しても極端に少ないように思われるのだが、どうなのだろうか。日本のマスコミ主流はすっかり新自由主義やグローバリズムに取り込まれてしまったのかも知れない。「れいわ新選組」の主張は、これも私なりの受け止め方なのだが、より「古典」的な「福祉国家」路線を復興させようとするもののように思われる。「応能負担」の原則に基づく累進課税の強化や「生存権」保障のためのより積極的な財政支出などは、その鍵となるものだ。それは、21世紀版の「ケインズ革命」と言っても良いのではないか。そもそもアベ政権は極端な金融緩和政策によって生み出されたジャブジャブのマネーを巨大企業と富裕層のために使ったわけだが、マネー(管理通貨)を有効に使おうというのなら、経済システム(財やサービスの生産・分配・流通・消費)を国民の人間らしい生活を支えるのに適合的に働かせる媒介物として使えば良いのだ。もちろん、インフレなど、貯め込まれたマネーへの悪影響も考えられるが、国民経済の基底的な”生産力”(自然、技術、労働力etc)さえ打撃を受けていなければ、対応はいくらでも可能であって、これから予想される新自由主義下での「格差拡大」や「不況」よりははるかにマシなもののように思われる。なにしろ、一部の者が特権的に優遇され、しかも、「一般ピープル」から無遠慮にボッタクルことが許されるようなシステムは変えねばならないのだ。

   また、一層緊張感を増しているのが「イラン危機」だ。アメリカは対イランの「有志連合」に参加するよう日本政府に求めてきたというが、戦争法の危険性(=違憲の”集団的自衛権”の容認)がいよいよ身近に迫ってきたと言っていいだろう。それは放火魔がその火にさらに油を注ごうとする目論見のようにも見えるが、その油を自衛隊に給油させようというのだろう。大体、タンカーを守らなければならないなどといった状況を作り出したのは誰なのだ。オバマらによって締結され、IAEAの査察官によって遵守されていることが確認されていた「核合意」を”復活”させさえすれば、明日にでも危機は収束するのだ。信じられないことだ。

   日韓関係についても、動きが急になっている。WTOだけではなく国連安保理にも話が持ち込まれた。しかし、戦略物資が北朝鮮に流れ、安全保障が脅かされているというのなら、そのことをもっと大きな声で徹底的に究明し、「規制の強化(ホワイト国からの除外)」などではなく、「禁輸」にしなければならないのではないか。韓国側は今回の日本側の措置が「徴用工問題」への”制裁”だとしているが、事が起こる前の日本側の論調からみても、それは十分あり得ることだ。実際、「歴史」問題でグダグダ言っていると、日本はその〈技術〉的優位に基づいて韓国経済に壊滅的な打撃を与えることもできるんだよ、と言っていたのではなかったのか。つまり、アベ友政権は、国内政治で成功を納めていると思われ、さらに、アメリカに対しては自らそれに従っているところの、「威圧と忖度」の関係を韓国にも適用しようとしたということではないのか。しかし、韓国は日本ではなかった。そして、この措置が今後の日本の産業・貿易・安全保障に与えるだろう悪影響は計り知れないものになると思われる。このままでは、両国間に”安定”した国際的分業(ー貿易)体制が形成されることはありえないからだ。
   いうまでもなく、この問題の根っ子には、「従軍慰安婦」問題や「徴用工」問題など、韓国民衆に非人道的な犠牲を強いた岸信介ら戦争指導者たちの悪行を〈無かったこと〉にしようとするアベ友勢力に対する韓国民衆の反感があると言って良い。文在寅がそれを選挙目当てに利用しているとの話もあるが、どちらにしても、韓国民衆の「反日」感情が払拭されない限り、問題の根本的解決にはなるまい。しかし、この歴史認識問題こそアベ友勢力にとって何事にも代え難い重みがあるらしいのだ(要するに、韓国人には謝りたくないのだろう。なぜなら、彼らは、アメリカによって、対ソ戦略上、戦前の行状を〈無かったこと〉にして?許された戦争指導者たちの末裔だからだ)。そこがドイツとの決定的な違いと言って良い。
   また、(今回の韓国大法院による元徴用工への賠償を三菱重工などの日本企業に命じた判決に直接関係する)「日韓請求権協定」(請求権の放棄)の問題は、青木理がしばしば言及する2007年の最高裁判決にも見られるように、より根本的には、救済されていない「元徴用工」の問題をどう解決するかなのだ。昨日もBBCを見ていたら、墜落事故を起こしたアメリカのボーイング737MAXの被害者家族に対して、ボーイング社の弁護士が、水俣のチッソによる「見舞金契約」のように、今後の請求権を放棄させた上で「賠償」契約を結ばせていたということが批判的に報じられていた。問題は、時の権力者が「勝手」に結んだり、あるいは、「一方的に不利な」状況下で結ばされた「契約」に縛られることなのではなく、被害を受けた人々の「生活」を実質的に保障することであり、そして、そのことによって、その「名誉」を回復することなのだ。具体的手はずは両国政府の協議によって決めれば良い。アメリカ(レーガンだったか?)だって、法的な必要性がなくても、戦時強制収容所に収容された日系人に個別補償をしたではないか。まして、トランプに言われるままに巨額の税金を兵器購入に支出して軍需産業を儲けさせるくらいなら、戦争犠牲者たちにきちんと謝罪し、経済的にもしっかりと保障して、日本における「歴史修正主義」的な動きの中で再び強まってしまった「反日」感情を払拭すべく努力すべきだろう。しかし、アベ友勢力は、ヒットラーとお友達だった戦前の日本の戦争指導者たちを真っ当に批判することもできず、ナチスに学べとか言っている有様なのだ。日韓関係のねじれはここに起因すると言って良い。  

   最後は、ジャニー喜多川についてだ。私自身が「ジャニーズ系」とは似ても似つかないこともあってほとんど興味がなかったが、彼を戦後日本の「平和」を愛でる存在だったかのような最近の報道で認識を新たにしたところだ。アイドルを卒業してもそれなりの仕事をしている「YOU」たちの背景もそこにあったのかもしれない。しかし、未成年者に対する性的虐待問題はどうなったのだ。マイケル・ジャクソンもそうだったが、もしそれが本当なら、手放しの礼賛はまずいだろう。 さて、種まきに行くか。

  

ハッタリは効くものにしか効かない―――アベ政治とトランプ外交の行く末(2)

気弱な者には「降りる」のを待ってボッタクル
 ―――「強面」には、「お友達」として、「公正」なディール?w


   ※梅雨の真っ只中!線状降水も小糠雨もズボンと心に滲みる。さて、G20大阪サミットも終わったが、各国トップの自画自賛は別として、モヤモヤした印象を拭い去るものでは全くなかった。そして、それに続いたのが、トランプと金正恩のサプライズだった。しかし、私には、再選と体制保障をかけた〈権力主義者〉同士の見え透いた駆け引きにしか見えなかった。もちろん、国際的な緊張緩和や関係各国の「一般ピープル」の安全や安心に繋がるのならば結構なことだろう。しかし、私には、大統領選前後の混乱が目に見えるようなのだ。安心して見ていられるのは、MLBの大谷翔平とマツケンの『暴れん坊将軍II』ぐらいかw。

   さて、トランプ外交だが、本当にやかましく感じる。しかも、対イランや対中そして対日でもそうなのだが、要するに、次期大統領選での敗北に怯える”独裁者擬き”のトランプが”悪あがき”をしているとしか見えないのだ。おまけに、それらが実際の「相互依存」的な関係を無視した「強者」による自国第一主義的なものであることから、これから先、かえって現代が抱える矛盾と混乱を一層激しいものにしてしまう可能性が大であると感じられてならない。世界最大の経済大国・軍事大国のアメリカは、本当にとんでもない「山師」を大統領にしてしまったものだ。

   トランプの外交は「ディール外交」ともいうそうだ―――(「ある問題で譲歩するかわりに、別の問題で妥協・協力を求める外交手法。特に、人権・民主主義あるいは環境といった普遍的な価値よりも自国の経済的利益を優先する、米トランプ政権の商取引的な外交姿勢をいう。」)。ただ、トランプの「取引」は、真っ当な「商人」のそれだとも言えないだろう。それは、ポーカーでハッタリをかまし、人を欺いて、利益を得ようとする詐欺師紛いのものとさえ言えよう。もちろん、彼が主張する「アメリカの国益」に賛同し、同調する人々も存在する。しかし、彼らは、アメリカン・グローバリズムの「勝者」と「敗者」にまたがるなんとも矛盾した存在であって、それら双方を満足させるためには、まさしく、なりふり構わず他国民からボッタクルしかないということなのだろう。しかし、この一方的で投機的な「ギャンブル」は、トランプの軍事的・経済的な”ハッタリ(脅し)”が通用する相手、すなわちポーカーで言えば(こちらが「ツーペアー」でも)「降りてしまう」相手にしか効果をあらわさない。ところが、現在の国際情勢は、軍事的にも経済的にも、アメリカの”一方的な”ボッタクリを許すような環境や力関係にはないのだ(アメリカはトランプが言うような意味で「偉大」なのではない)。それ故に、相手が独立した国家・民族としての「覚悟」を見せた時、「破局」ないし「膨大な犠牲」を覚悟しない限り、決定的な「報復」もできず、こうして、「お友達(独裁的な権力者)」同士の「公正(妥協的)」なディールを”装う”しか無くなるわけだ。こうしたことは、対ロシアはもちろん、対中「貿易戦争」(先の習近平との首脳会談の後の25%追加関税の見送りや対ファーウェイ禁輸の解除)や米朝首脳会談の「実質」性(弾道ミサイルや保有核の扱い)を見ても言えるだろう。それらは、国際経済の実質的な”相互依存性”と人類にとっての核兵器の意味やその廃絶の必要性などは全く等閑視し、国内の”あの手”の支持者たちに向けて「アメリカ(=俺)は強いんだぞ!」と言ってみせているだけのことであって、世界が抱える諸問題の真の解決の方向性を指し示すものでは全くないのだ。さらに、こうした外交政策の最大の危険性は、国家間関係は「互恵平等」とか「win-win関係」ではあり得ず、ただ只管、国家間の「利益相反」ー「敵対的」関係を前提とした軍事的、経済的な恫喝と対抗でしかないというイメージを蔓延させるだ。そして、その行き着く先は、トランプがそれを求めているのかどうかは別としても、「国際協調」とは無縁な、際限のない力の誇示と力による決着(「戦争」)ということになる他ないのだ。

   ところで、私はテレビでワールドニュースをよく見る。何故なら、そこでは、日本の番組ではなかなかお目にかかることのない現状に対する”冷徹”な分析と”率直”な意見をしばしば聞くことができるからだ。最近感心したのは、ホルムズ海峡におけるタンカー攻撃とイランによる米軍無人機の撃墜について語られた元統合参謀本部議長M・マレン氏のもので(ABC)、「火遊び」をしているのはまさしくトランプ自身であることを、米軍・制服組のトップだった者として、すなわち軍事の専門家として警鐘を鳴らしていた。実際、現在の「イラン危機」を生み出したのは核合意を一方的に破棄し、経済的・軍事的な”脅し”に走ったトランプ自身に他ならないのだ。しかし、アメリカの素晴らしいところは、独裁国家とは違って、外交についても、専門家が一家言を表明することはもちろん、一般の人々もそれを積極的にチェックしコントロールしようとする意思を明確に示すことだ。アメリカはベトナム戦争をやめさせることのできた国なのだ。

   それに対して、「A(エース)」ならぬ「2」のペアの頭目は、「A」の頭目の真似をしてのことだろうが、世界の諸情勢を見回すこともせずに、国際捕鯨委員会から”脱退”して商業捕鯨を再開してみたり、半導体部品に対する対韓輸出規制の強化=”制裁”などに走っている。これらの措置が日本に与えるであろう直接的な影響はもちろんだが、今後の世界における日本の「位置」(ー信用)への影響には深刻なものがあるだろう―――日本は「ミニ・トランプ」でしかない。そして、あれだけ「言いたい放題」だった対北朝鮮への強硬姿勢をトランプの選挙目当てのパフォーマンスですっかり変えた「節操」のない三代目が、「覚悟」を決めた文在寅・韓国とどう渡り合うのだ。アベ応援団はまたまた米韓関係の悪化におすがりしているようだが、トランプと金正恩との今の関係を思い出して見るが良い。それだけではない。この三代目はトランプの「安全保障」に関する対日要求にどう対応するというのか。今後、選挙目当てで自暴自棄の「暴走」に突っ込む可能性さえあるトランプの要求に真っ当に対応できる「度量」がアベにあるといえるのか。またまた、国内産業を犠牲にし、高い武器を言い値で買わされ、自衛隊員に海外で血を流させることしかできないのではないのか。先にも述べた様に、アメリカには馬鹿馬鹿しいトランプの私的功名心のために国民の税金や血を犠牲に供することに反対する専門家や国民が多数存在している。これに対して、日本はどうなのか。甚だ心もとない。ただ、トランプを支持する「あんな人たち」の様にアベを支持する「こんな人たち」も相当数存在するだろうけれど、”世論調査”にも表れているように、日米ともに、その数は相対的に少数なのだ。問題は、それが”選挙”でどのように結果として示されるのかということだろう。

   このところ心身の疲れを感じていたが、テレビで選挙向けの討論や演説を見ていて、筆を執ることにした。それにしても、アベの”めくらまし”や”争点ずらし”は凄まじい。あんなものが通用するのか?アベ政治は確実に日本社会を掘り崩す。アベ政治に代わる「野党統一」を断固支持する!
プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2019年11月現在満13歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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