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「大掃除」が必要だ―――2020年が「綺麗」な年でありますように!

アベ友政治は残せない!
 ―――子供や孫たちの世代があまりにも可哀想だ! 


   ※先日、歯周病の検査(尖った針のようなもので歯と歯茎の間を刺す感じ)と歯垢取りをやったのだが、そのあと歯茎が腫れて膿が溜まってしまった。一時はロキソニンなしでは眠れない感じになった。昨日も、麻酔をして歯茎を切開してもらったが、その後の痛みは尋常ではなかった。でも、やっと薬が効いてきて、ブログを書く気になった。今年最後のブログだ。

   今年はどんな年だったろうか?もちろん、決して良い年だったとは言えないだろう。深刻な自然災害はもとより、日本社会の総体的な「劣化」と政官財・マスコミの腐敗・堕落はもう座視できないレベルに達してしまったと言える。それにもかかわらず、社会の流れは、その原因を見極め適切に対処すると言った方向にではなく、独善的なナショナリズムや軽いポジティヴ・シンキング的ノリが支配すると言った風だ。もちろん、あまりにも見え透いた「桜」問題によって、世論も動き始めているようだ。これでアベ政権が倒れなければ、日本人の”知力”と”道義”はほぼ絶望的だと言えるかもしれない。

   その一方で、最近私を惹きつけているのは、この腐れきったような世相とは正反対の生き方や生活の「ドラマ」だ。例えば、朝ドラの『スカーレット』や山田洋次の『寅さん』は、全編が「愛」に満ち溢れていると言った感がある。全く「悪人」が登場しないのだ。実際、日常生活を送る私たちの周りには、本当の「悪人」と思えるほどの人物はほとんど存在しないのではないか。そして、私たちは、しばしば”失敗する”のではあるが、基本的には、家族や友人や職場や近隣の人々と「うまくやっていける」〈可能性〉を感じる取ることができると言えるのではないか。もちろん、長い人生の中では、嘘もつかれたし、泥棒もされたし、嫌な思いをさせられたのも事実だ。また、100人に一人や二人は「これはヤバイ」と感じさせる人物もなくはなかった。しかし、そうした人々は、ほとんどが、本物の「詐欺師」や「政治家」になっていったのではないかw。そうした輩とは、人の上に「マウント」し、「自己」の「欲望」を実現するためには平気でウソをつく位の”度胸”がなければならないと本気で信じて恥じないような連中だ。もちろん、「理想」や「正義」の実現のためには「強く」なければならず、時と場所によってはある程度の「妥協」もやむを得ないと考える「真っ当」な人間がいても良い。しかし、今の日本の政官財・マスコミの「(似非!)エリート」共は、間違いなく、前者のごとき、底の抜けたモラル崩壊に間違いない。そして、こうした輩によって、日本社会は「劣化」されつつあるのだ。しかし、我々「一般ピープル」の”隣人”にはまだまだ「希望」が感じられると言えるだろう。


   また、最近テレビで観た『偉人たちの健康診断、ベートーベン』や黒澤明の『赤ひげ』も、「人間」として生きる上での勇気を与えてくれる素晴らしい作品だった。前者は、エロイカや第九の誕生にまつわるベートーベンの「苦悩」(難聴)と「理想」(「自由」の力が身分や階級の差をなくし真の「同胞」となる)を感動的に描いた番組だった。彼の「理想」が第九を生んだのだ。また、後者では、人間としての、そして、専門家としての新出去定(「赤ひげ」)に、ペシャワール会の中村哲医師にも通じるような魅力が感じられた。二人とも、 病気に苦しむ患者に寄り添い「医術」を尽くすとともに、その病気と「貧困」などの「社会的病理」との関係を見据え、人間としての「本当の幸せ」を回復する必要性を気付かせてくれるのだ。中村哲医師は、人の幸せとは「三度のご飯が食べられて、家族が一緒に穏やかに暮らせることだ」と言っていたというが(『ペシャワール会報』」号外、2019・12・25)、戦争と貧困によって命と「幸福」を奪われたアフガンの人々のために、医者である彼が「井戸」を掘り、灌漑用水を敷設したことの意味はそこにあったと言って良い。

   ところで、中村哲さんや経済学者の浜矩子さんもカトリック教徒だということだが、今年は、ローマ教皇フランシスコが来日し、核兵器について、原発について、人間の「ゾンビ化」について、普遍的な世界宗教の指導者らしい素晴らしい言葉を残してくれたと思う。私は無宗教(「神」や「霊魂」の存在を信じられない)の人間だが、宗教家の人々が、人間の「共同性」を確信し、その「疎外」に警鐘を鳴らし、人間らしさの「復権」のために努力されていることには敬意を表したい考える者だ。とりわけ、新自由主義の粗野な「弱肉強食」的イデオロギーに基づく諸個人の「孤立化」は、社会秩序の崩壊と人間の「不幸」をもたらす最も深刻な問題のように思える。そして、こうした捉え方は、決してカソリックだけではなく、広く「人類」全体をその視野に収めた宗教に共通するものと言えるだろう。先日も、従姉妹が『佼成』という雑誌と『「法華三部経」の要点』が載っている新聞を送ってくれたが、誤解を恐れず私流に解釈すれば、その主張とは、煩悩で苦しむこの娑婆世界の中で、人間の「共同性」(実相)の自覚に基づく「慈悲」(他者への思いやり)の心によって、諸個人間の平和的な共存関係を実現しようというものなのだと思う。こうした考えを持つ人々は、現在のアベ政治をどう見るのだろう。私は、本物の宗教家は人間を不幸にする日本社会の現状とアベ政治を決して肯定しないと思う。間違いだろうか。

   政治の私物化、自衛隊の海外派兵、ギャンブル国家化・・・本当に自公政権の中にまともな政治家がいるのだろうか? 先ほど、強風の中、我が家の大掃除が無事済んだ。しかし、この腐れきった日本の政治の大掃除はどうなるのか。否、子供や孫たちの世代のためにも、この状況を許した私たちこそがそれを行う必要があるというべきなのだろう。 


   みなさんが良い年を迎えられますように
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UKのEU離脱について考える―――

「国民投票」は間違っていたのか?
 ―――賢い「専門家」・「エリート」はどうだったのか?!

   
   ※寒さが強まってきたためか、膝と腰の調子があまり良くない。卓球も2回休んだが、やはり、体調の精神面に与える影響は大きいかもしれない。歯のブリッジの方は処置が月曜日に終わって、まだ、噛み合わせに若干違和感はあるが、一段落ついた感じだ。ゴッホの映画を見たので、たまたま読んでいなかった『ゴッホの手紙(中)』を図書館から借りて読んでみた。ゴッホの日本人の宗教観―――要するに、自然の中に神を見るということだろう―――についての記述が興味深かった。また、今日はCDを借りてきて、今、合唱曲を聞いている。午前中には『英雄たちの選択ー山本五十六』を見たが、磯田道史は「一般ピープル」向けに実に巧みな”表現”が出来ると改めて感心させられた。それにしても、山本が「官僚」的心性に縛られて、専門家としての「主体性」を貫けなかったのではないかという指摘は重要に思われた。さらに、もう一点、私は、どちらかというと(「義仲ー芭蕉」風に)「感情」が優位な方で、客観的な情勢判断とそれに基づく行動という点で問題がありそうだとも感じさせられた。困ったことだ。

   さて、イギリスの総選挙でジョンソン率いる保守党が圧勝し、来年1月のEU離脱が確実になったと報じられている。ブレグジットと国民投票に対する私の考えは、3年前のブログで書いたことがあるが(【追記】参照)、そこには私の「一般ピープル」的心性あるいは「ポピュリズム」的(?)心性が色濃く出ていたのかもしれない。ただ、私なりの理解で言えば―――例えば、最近見たドキュメンタリー(BS1スペシャル「よみがえる悪夢~1973年 知られざる核戦争危機~」)でも明らかなように―――エリートたちの政策決定や外交交渉のどこが真っ当と言えるのだろうか。そして、このことは、ナチズムや日本軍国主義、さらには、現在のトランプやアベの政治についても言えるだろう。「一般ピープル」を批判することはもちろん結構なことだが、眼前の政・官・財・マスコミの「エリート」たちの現状はどうなのだ。はっきり言って、アメリカにしてもイギリスにしても、そして、日本においても、現在のいわゆる「ポピュリズム」的現状の”中核”的支え手は、経済的支配層(の諸分派)であり、与党であり、国家官僚組織であり、「お友達」の大手マスコミ、すなわち、いわゆる「エリート」層に他ならないではないか。そのことを棚に上げて、あるいは、彼らと真正面から向き合って批判することなしに、それらの勢力を支持してしまっている「一般ピープル」に判断を任せたのが悪かったなどというのは、決して「エリート」のものとは思えない、アホらしさだ。今日は、詳しくは触れないが、グローバリズム下での”困難”に直面する「一般ピープル」にはそれなりの”理由”があるのであって、その困難を正しく捉え、正しく対処することこそが必要なのだ。それを主導し得ないことこそ、「専門家」として恥じなければならないことではないか。

   ところで、EU離脱後のイギリスがアメリカへの依存を深めるだろうこと(「トランプのポチ」ならぬ「トランプのプードル」!)は容易に想像できることだ。ただ、離脱後、U K(連合王国)がそれぞれ分離・独立し、さらに、スコットランドや統一されたアイルランドが通貨統合をも含めてEUに加盟するとなったら、ヨーロッパの政治的・経済的・軍事的状況はどうなるのだろうか。これはかなり興味深い仮定だ。そもそも、人間には、様々な「境」を超えて繋がり合うことが大切ではあるが、しかし、”必ずしも”一緒”でなければならないということでもないだろう。それが差別的なものであってはならないが、一定の「距離」や「フロンティア」も必要なことがあるのだ。要するに、一緒に居ようが居まいが、大切なのはそこにおける人間関係(あるいは社会関係)の”質”に他ならない。問題解決の鍵は、この点への配慮と具体的な対策ということになるだろう。もちろん、現在の流れは、グローバリズムの進展の中で生まれた矛盾や困難に対する適切な対応なのではなく、支配層(の諸分派)による、それらを利用した、「ナショナリズム」や「自国第一主義」のイデオロギーによる統合だと言って良い。これに対して求められるのは、グローバリズムの進展の中で生まれる矛盾や困難に対して明確な対抗策(対案)を提起できる勢力の結集なのだと思う。要するに、「国民経済」内における「雇用環境」等々をどうするのかだ。ただ、その際、「グローバリズムの流れはどうしようもない」などと言った無限定な前提だけは誤っていると私は思う。

   時間がきたので、参考に、3年前のブログを貼り付けておく。

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口先だけで済む問題か?!―――COP25のコイズミ

通用するのは日本の「同じ穴の狢」と「お人好し」だけ
 ―――世界にバカにされても、国内向けのパフォーマンスってか?!


   COP25(第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議)でのコイズミの演説を聞いて、本当に笑うに笑えないものを感じた。日本が現時点で何もしないこと―――石炭火力を維持するという方針―――の説明を、私が父になるだの、その気はあるのだがとかいくら言ったところで、口先だけの誤魔化しと思わない真っ当な人間はいないのだ。核兵器の廃絶や原発の廃棄にも通ずることだが、「アベ友」がよくやる「目くらまし」を世界の人々に向けてやってしまったというわけだ。全く止めてほしいものだ。バカにされるだけだから。

   「桜を見る会」に関連するアベ内閣の「閣議決定」も、まあ、ふざけているとしか思えない代物だ。自分たちの都合に合わせて、あのアキエを「私人」にしたり、「反社」の定義をなかったことにしたり、「公文書」を公にしない(復元不可能な)ものにしてしまったり、何しろ言葉や解釈を恣意的に変えて、「お人好し」(?)の人たちをたぶらかそうというわけだろう。要するに、「アベ友」の行状と言説は「イデオロギー」や「思想」といったレベルですらなく、まさしく、「人間性」とか「品位」とかいったレベルの問題なのだ。おまけに、トランプやジョンソンはそれでも自分の言葉で話すことができるが、アベは「アベ友官僚」の書いた「紙」しか読めないときている。いやはや、ヒドイものだ。

   うちの「奥さん」に言わせれば、結局、アベたちは子供たちの世代のことなど考えていないのだ。教育・研究環境はもちろん、産業構造にしても、労働環境にしても、少子高齢化対策にしても、実にその通りだと思う。そして、COP25におけるコイズミも、世界の気候変動の現状を見、そして、「子供たち」のことを本心から考えるのであれば、あんな「口先」だけの言い逃れでシャアシャアとしてはいられるはずはないのだ。科学者たちの分析はもちろんだが、私たち自身が、地球温暖化が原因と考えられる巨大台風にしばしば襲われ、また、多くの国民がその命と生活を破壊されているのだ。”台風の経路”の真っ只中に住んでいる我々こそ、より敏感であって良いはずだろう。しかるに、コイズミのあの演説はなんだ。そして、それは、アベ政権の「エネルギー政策」の問題性に起因するものであることは明らかだろう。福島原発事故以後の「原子力村」のための原発政策もそうだが、要は、化石燃料から自然(再生可能)エネルギーへの転換を(火力発電関連の)「アベ友」の利益のためにサボっているのだ。喫緊の温暖化対策とエネルギーの国内自給という観点からも最も合理的と考えられる政策を、「お友達」の目先の利益のために犠牲にしているのだ。あのトランプの「お友達」だから、とも考えているかもしれない。どちらにしても、これから生まれてくる多数の犠牲者たち、そして、未来の世代にどう説明するのか聞かせてもらいたいものだ。

   イギリス総選挙の結果とEU離脱についても考えることがあるが、これから予防接種に行くので、次回にしたい。
   

やっぱり、根っから、く、腐ってやがる(汗)   

 ”アベ友”政・官・財と御用マスコミ―――人を騙してボッタクリ、 「公」私物化、腹肥やし、真実隠して誤魔化して、出世と保身にしがみつき、「桜」を汚して国売り渡し、食い逃げ図る恥知らず!
 責任取れよな!


   ※国会が閉会するそうだ。それにしても、今の日本の有様を見て、真っ当な外国人はどう思うのだろうか。日本の文化を「恥の文化」とか言った人物がいたけれど、それはもうとても当てはまらないだろう。権力を傘にきて厚顔無恥にも無理筋を通そうとしたり、その権力の威を借りて弱い者をいじめて嬉々としていたり、妙に権威に弱く長いものには巻かれろで「お上」のことは疑問にも思わない人間が多すぎるのではないか。かって、日本人を14歳レベルとか吐かした奴もいたが、現在の政権党からその暗黙の支持者まで、どう反論できるのか。本当に「自立」しているといえるのか?!

   アベ!言い訳はいいから、『招待者名簿』を出せよ!税金使ったんだろ。当たり前のことではないか。出さないって?!要するに、名前を出されては困るような人々をたくさん招待したわけだ!来年までに見直すって?それで、これまでのことを無しにしようというわけかい。国民はそんなにアホだというのか。

   シンゾーやアキエの”政治の私物化”―――「アベ友」のために”税金”を使うこと―――は、モリ・カケの時もそうだったが、余りにも見え透いている。その次々と繰り出されるウソには呆れるが、そのポイントは、詰まるところ、証拠(「公文書」等)の「隠蔽」・「破棄」・「捏造」・「改竄」・「黒塗り」というわけだ。我々一般ピープルは、疚しいことがなければ「隠す」ことはあるまいと思う。この常識は正しい。とりわけ、権力の座にいる政治家たちの場合、きちんと「説明」できない、すなわち、疑念を自ら晴らすことができないのは、「有罪」を認めることと同じことだと言って良い。まして、子供にも見破られるような「理由」で、無理くり「証拠」を隠そうとしているのだ。こんなことを許していては、民主主義どころか、社会の存立すら危ういことだろう。

  ところで、今回とりわけ明らかになりつつあるのは、「アベ友」とは結局何なのかということだ。その象徴はジャパンライフと「反社」だ。とりわけ、多大な被害者を出したジャパンライフの山口隆祥元会長がどうして招待されたのか、もし桜を見る会が不当に利用されることが絶対許されないと言うのなら、破棄したとか復元できないとか嘘八百を並べ立てていないで、自らその経緯を明らかにする責任があるだろう!その招待状を見て信じた人は少なくあるまい。要するに、こうした流れの中に見えてくるのは、悪質な詐欺師と政治家と官僚が、金や利権や地位で結びつき、国民から金をボッタクリ、それがバレそうになると、ウソとゴマカシとイナオリで只管責任から逃れようとしているということだ。詐欺師は世の中にいるものだ。しかし、今時、こうした輩に権力を握らせておいては国が滅びるというものだ。

  それにしても、一事が万事とはよく言ったものだ。こうした「アベ友」がやっている「政治」など、まともなものはほとんど見当たらない。トランプにハッタリをかまされて腰を抜かし、「長いものには巻かれろ」とばかりに平伏した挙句、国民に向かって”ウィン・ウィン”とは冗談にもなるまい。また、国民の負担で株価の吊り上げや景気浮揚策をやろうというわけだが、儲けるのは「アベ友」ばかりだ。小中学生全員にパソコン持たせるなら、教員数を増やしたり研究費を増やせというのだ。そして、これまでまともに対応してきたとは到底言えない防災対策にしても、ゼネコンを儲けさせるだけのものになるだろう。そんな中で、国民経済と国家財政の危機はひたすら進行していくというわけだ。大学入試英語の外部テストの導入にしても、真っ当な理由ではなくお友達の金儲けのためだったからこそ、あんなにも杜撰で、また、簡単に止めることもできるのだ。ちょっと思いつくままに書いても、いくらでも出てくる。こんなもの、国民のための政治では決してあり得ない。

   もう書くのはやめよう。ただ、アメリカや香港や韓国などの民衆のようにはいかないが、私も、日本の余りにも恥ずかしいアベ政治への監視だけは続けなければならないと思う。本当に、ヒドイ!のだから。
    

中村哲さんの死を悼む

 戦争を生み出す貧困と憎悪を乗り越える道を示した
         憲法9条の平和主義を体現する人―――


   ペシャワール会の中村哲さんが、昨日、アフガニスタン東部で銃撃され、死亡した。灌漑作業の現場に向かう途上のことで、車に同乗していた他の5人も死亡したと伝えられている。以前にも犠牲者が出ていたが、今回のテレビの報道に接した時、なんともいえない「喪失感」に襲われた。しかし、中村さん自身は、彼が”彼の生”を生き抜けたことに満足していたのではないかとも感じられた。

   私は20年ほど前から『ペシャワール会報』の読者で、また、一昨年には、浦和で行われた講演会を聞くこともできた。これらのことはこのブログでも何回か触れているが、私にとっての中村さんは、日本国憲法9条の精神を体現している人物ということになるだろう。また、彼の生き方は、家族のことを第一に考えながら「日常生活」を生きてきた「一般ピープル」の私からすれば、ある意味で羨ましく思われるものでもあった。私自身は集中力も持続力もない本当にいい加減な性格だが、そんな私が、視野をあのアフガンの世界にまで広げ、また、身近なところで何かできることはないのかと考えたりできたのは、彼の存在のおかげであったと言って間違いないと思う。

   それにしても、彼の死を報じていたNHKの「ニュース7」が、アベのコメントを長々と流していたのには本当に唖然とした。それは中村さんの死を冒涜するものとすら感じられた。中村さんが求めたものの真逆を推し進めたのが、アベに他ならなかったと思われたからだ。一昨日も、休日の潜水艦を”おもちゃ”にした副総理・財務大臣のことが報道されていたが、私利私欲のために人類の敵である核兵器や様々な殺人兵器を弄ぶトランプをはじめとする世界の権力主義者と連みながら、日本国憲法の平和主義を破壊してきたアベが、まさしく、戦争被害者に文字通り寄り添い、戦争原因の根本的解決に向けて努力して来た中村さんの死を、したり顔で、欺瞞的に論評したのだ。彼らは、これからも、中村さんの死すら利用して、彼の本物の「積極的平和主義」を攻撃することだろう。「諸国民の公正と信義」は信頼できないと。

   今回の悲劇は、私の第一感では、ペシャワール会が関わって来た現地の人々への生活支援を継続するのに必要だった様々な「妥協」を理解できなかった、あるいは、その活動の根本的な意義すら理解できなかった勢力(おそらく、国外の原理主義勢力)によって引き起こされたもののように思われる。もちろん、中村さんはその危険性を十分すぎるほど知っていたに違いない。そして、本当にしっかり見据えねばならないのは、中村さんらのこれまでの行動を不可避なものにし、また、それをより困難なものにしてきた背景に他ならないはずだ。

  中村さんはもっと長くその活動を続けたかったことだろう。しかし、2年前、「あと10年も経てば、私は呆けているか、死んでいるだろう」と言っていた中村さんの「志」を受け継ぐことは、まさしく、彼が体現していた日本国憲法の平和主義の精神を心に留め続けることのように思われる。戦争を生み出す貧困と憎悪を乗り越える希望はそこにしかないだろうからだ。
プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2019年11月現在満13歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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