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今年は何かが起こりそうだ―――オリンピックも危ない?

パンデミック?大地震?巨大台風?バブル崩壊?
 ―――どちらにしても、アベ政治の下での「安心」はない!


   先ほど、参院予算委での田村智子とアベのやりとりを見たが、アベとその取り巻きたちの「道義心」の崩壊は明らかだ。とりわけ、ジャパンライフの件についての対応は、彼らの本質を見ごうことなく示していると言って良い。要するに、「一般論としては、許容できない」などとはぐらかした上で、「桜を見る会」を利用して多大な被害者を出した山口隆祥との関係を一切追求せず(できないのだ!バレるから)、ただ只管、隠蔽に走るだけなのだ。おまけに、アベは(お友達の)山口は「鳩山の時も招待されたと言っている」とか言い出す始末で、中学生レベルの浅知恵の言い逃れにはもう失笑すらできない情けなさだ。国民はよ〜く見ておかねばならぬ。今年も、これから、色々なことが起こるだろう。パンデミック?大地震?巨大台風?バブル崩壊?しかし、アベたちは、国民多数に多大な犠牲を強いるだろうそれらに対する「無為や失政や違法行為」の責任を、必ず、〈同様に言い逃れる〉だろうということだ。1月の最終日、これだけは言っておかねばならない。国民多数にその負担を負わせつつ、お友達の〈目先〉の利益実現しか念頭になかった「アベ政治」が、これから国民多数に降りかかってくるだろう様々な問題に適切に対応できるわけはないのだ。自分の責任については言い逃れ、それへの対応や対策は、国民に押し付ける。これまでの災害対策や予測されるパンデミックや大地震や巨大台風に対する対応にも、そのことは明瞭に現れている。

   ところで、アベの行状を見ていると、私はなぜか「日本国民」として恥ずかしく感じる。それは何故なのだろうか。日頃、私は「国民」という表現には慎重でなければならないと考えている方だ。理由は単純で、例えば、日本人にも韓国人にも「善人」もいれば「悪人」もいるし、また、少なくとも、日本人でも韓国人でも悪いこともすれば良いこともするのであって、「日本人」や「韓国人」という言葉で一括りにはできないだろうと考えているからだ。問題は、あくまでも、その「国家」や「個人」が「悪いこと」をしたか、あるいは、しているかどうかだ。ただ、私たちがその中で生活している「国家」が「国民主権」の民主主義的政体をとっている限り、「国民」個人がその「国家」の在り方や行為に全く「責任」がないというわけにもいかない。逆に、その「国家」やその「指導者」たちが犯罪的行為をしたり、それを認めず居直っているような場合、そのような「国家」や「指導者」を許してしまったこと、あるいは、許してしまっていることに、「主権者」としての「責任」を感じなければならず、それを許していることに「恥ずかしさ」を感じなければならないとも言えるだろう。それは近代「国民国家」の意識(「ナショナリズム」)なのだろうけれど、また、それは、単純に「国家」(やその指導者)と「国民」を同一視するものなのでもなく、より基底的には、社会的ー共同的に集団を構成する諸個人の(共に生きる)「公共」意識から生まれるものだと考えられる。さらに、こうした意識は様々なレベルの集団を超えて存在し、また、進化の過程を共に生き残ってきた「種」や「類」などの間にも、その性格を変えながら存在しているとも考えられるのだ。我々は一緒に「遊ぶ」ことも、「すまなそうに思う」ことも、「棲み分ける」こともできるのからだ。ということは、私がアベを恥ずかしく思うのは、あのアベとも「類」を共にしているという意識であって、いつの日か「恥ずかしく思わず」に共生できる可能性を信じているということなのかも知れない。ただ、現在、アベは人民=多数の国民に仇なす存在であって、本当に恥ずかしい存在という他はないのだけれど。
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野党共闘の質的飛躍が始まっている―京都市長選を見て

京都市長選・福山和人候補の勝利に期待する!
 ―――希望は「市民と野党」の共闘の中にある!


   今日、YouTubeで、1月25日に行われた福山和人候補の街宣の様子を見た。山口二郎が応援に駆けつけていた。国政レベルとはそのスタンスが異なるのかもしれないが、いよいよ「市民と野党」の共闘の”質”的変化が明確になってきたと言えるのではないか。人民=国民多数の立場に立ち切ってアベ政権のまやかしと真っ向対峙するにはどうすれば良いのか。何を共闘の柱にするのか。そのことが明らかになってきたように感じる。今回、福山候補の「基本政策」(176)や「くらし応援すぐやるパッケージ」(4)も見てみたが(「福山和人オフィシャルサイト」)、それらは、「市民」の多くが賛同でき、現在の「国民」生活の「ジリ貧」状況を打ち破っていく可能性を感じることができるものだった。国政レベルでも同じことなのだが、実は、それを実現していく力を「市民・国民」は十分に持っているといえるのだ。問題は、その力を、一部の少数者の利益のためにではなく、逆に、「市民・国民」の生活のために公平に分配することだ。

   福山候補は、政党レベルで言えば、れいわ新撰組と共産党によって推薦されている。そして、応援にかけつけた山本太郎と志位和夫の演説の視点が「市民・国民」の生活に集中していることに強く印象付けられた。そして、アベ政権の腐臭がもう極限にまで達していると思われるにもかかわらず、地方選挙とはいえ、野党とりわけ旧民主党系の対応にはつくづく情けなさを感じる。今回の市長選も自公と相乗りし、「大切な京都に共産党の市長は『NO』」などと叫んでいるそうだ。京都の事情はよく分からないが、よほど共産党アレルギーが強いらしい。しかし、今の日本共産党が中国や北朝鮮のような社会を目指しているわけでもあるまい。結局、経団連傘下大企業労組の影響が強いのではないか。ならば、彼ら自身、改憲を含めたアベ政権の日米安保体制、あるいは、経団連主導の企業体制、そして、その意向を受けた行財政体制が「今のままでいい!」と考えているということなのか?もしそうならば、細野のように旗色を鮮明にして「野党」から脱すればいいのだ。しかし、そうでないのならば、現在の「どん詰まり」の閉塞状況を打ち破る最低限の合意項目(例えば、「市民連合の要望書」や「共通政策」など)に従って選挙協力を行うべきだろう。「消費税の5%への引き下げ」がネックになるというのなら、そのことに関する忌憚のない野党間の論争をしてほしいものだ。我々主権者たる「一般ピープル」が判断してあげようではないか。それもできずに「弱小」共産・れいわの勢力に恐れをなしているようでは自立した政治勢力として生き残ることもできないだろう。

   最後に、一人の無党派「一般ピープル」として、福山和人候補の「基本政策」と「くらし応援すぐやるパッケージ」を再度支持しておきたい。そして、来たる総選挙においても、福山候補のような「市民と野党」の統一候補が実現することを切に望みたいと思う。
   まずは、福山さんの健闘を祈りたい。頑張れ!

IR汚職とアベ政治―――ニュース雑感2020(3)

 ”腐りきった”政治家がのさばるこの国には、
 ―――もう”終末観”すら漂ってきた。”希望”はあるのか?


   ※新聞を見たら、浅草にあるスマートボール専門店「三松館」が閉店するという記事が載っていた。確かに、スマートボールは子供の頃にやった記憶があるし、また、ビー玉を使ったコリントボールと呼ぶものを自作し、遊んだのも憶えている。ただ、それらは、今のゲーム・センターのゲームに似ていて、パチンコなどギャンブル性の高いものとはかなり違っていたように思う。そんなことを考えていると、ブログで「IR(=カジノ解禁)」について書くつもりだったことを思い出した。

   通常国会冒頭でのアベの施政方針演説やその後の答弁を聞いていると、彼等は本当にこの国を壊そうとしているのだと感じざるを得なかった。本家本元のアベやアソウはもちろんだが、菅原一秀だの秋元司だの河井克行・安里だの杉田水脈だの、よくもまあこんな政治屋とそんな彼らの尻拭いをして恥じない役人ばかりを集めたものだと思う。一々反応していたらこちらの身が保たない。「忘備録」がわりにブログで整理するのも面倒なぐらいだ。それにしても、つくづく思うのは、ああした輩が明らかな違法行為や反倫理的行為を口から出まかせに誤魔化そうとするのを、自民党や公明党の支持者たちは何故許すことができるのかということだ。自民党には村上誠一郎や石破茂の支持者もいるのだろうし、公明党には創価学会の婦人部もあるというではないか?自浄能力を発揮しなければならないのはまず彼らなのではないか?そして、もしそれができないというのであれば、自立した政党や宗教団体とは言えないだろうし、「まやかし」と言われても仕方がないではないか。それとも、結局、同じ穴のムジナなのか?

   目の前に展開しているアベの「お友達政治」とそれが推進する「縁故資本主義」が発展途上国でしばしば見られる「開発独裁」に似ていると言われることがあるが、私が見るところ、道義的にも経済効果においても、ほとんどそれ以下の存在でしかないように感じられる。元々”有用”な財やサービスを積極的に生み出すという面ではほとんど無能な世襲政治家でしかない彼らは、ただ只管、国民の税金と(勝手に増やし続ける)借金そして国民の公的資産と労働力を、仲間内で掠め取り、腹を肥やそうとするばかりなのだ。そのためには、もう、バクチでもなんでもOKだし、子供にでもわかるウソをつきまくるのだ。そして、「同じ穴の狢」である岩盤支持層は、同じ政治・経済システムを共有するがゆえに、ウソの上塗りに走る。アベの元秘書・前田晋太郎下関市長はその典型だろう。もちろん、その結果は、国民生活の疲弊であり、国民経済の停滞であり、そして、日本人の「道義心」の低下に他ならない。

   こうした「腐食」の構造の中でも最も心配されるものの一つが、「カジノ解禁」だ。日本には公営ギャンブル(競馬・競輪・競艇・オートレース)が存在し、また、街中には「ウソ」(三店方式)で塗り固めたような「パチンコ・パチスロ店」が多数存在する。そして、そこには、満たされない思いをぶつけたり、老後のささやかな娯楽を求めたり、あるいは、「依存症」によって精神的にも経済的にも家庭的にも危機に瀕しているとしか思えない人々が多数見受けられるのだ。最近も、「ギャンブル依存症」に関する記事をいくつか見たが、その悲惨さは尋常なものとは思えない(特におすすめしたいのは、民医連の特集2依存症「誰か私をとめて」だ。日本において、「少なくとも200万人はパチンコによる債務で苦しんでいる」と推定されるのだそうだ)。「依存症体質」と自覚している私も他人事ではない。この事実と真っ当に向かい合うことなしに、「カジノ解禁」など、まさしく、”モラル崩壊”そのものと言えるだろう。

   「カジノ解禁」には、まず第一に、極めてセコイ政治屋の私的事情が見えている。そもそも、この動きの背後にはアベとトランプとの関係(=米・ギャンブル業界との「売国」的関係)があると言われているのだが、秋元司の例は、政治家とギャンブル業界との癒着を白日の下に晒したと言って良いわけだ。これまでも、いわゆる「パチンコ議連」(→政治資金)や「天下り」(→警察官僚退職後の利権)など、政治家とパチンコ業界との癒着が取りざたされてきたが、秋本司はまさしくその中心人物の一人と言われていたのだ。そして、今回の問題でも、衆院内閣委員長としてIR関連法案を強行採決し、また、いわゆる「カジノ議連」の中心人物であった内閣副大臣秋元が、”民間業者”との癒着(贈収賄)で摘発されたのだ。実際、「サザエさん」や「釘師サブやん」の時代には本当にささやかなものでしかなかった(?)「パチンコ」が、ここまで「射幸性」の高い、大規模産業に変化し得たのは、規制するような素振りをしながらそれに寄生し、甘い汁を吸ってきた政治家らの「活躍」がなければ不可能ことだったろう。まさしく、ギャンブル業界は悪徳政治家の利権の温床なのだ。

   他方、アベをはじめとする推進派の政治家たちは、カジノの「経済効果(→税収増・雇用増・地域発展など)」を強調する。しかし、「原発低コスト」論と同様に、世界的に見ても、これは大いに疑わしい議論なのだ。さらに、そもそも、”民間業者”にギャンブル営業を許可することによって「経済効果」(=利益)をあげようとすること自体が問題だと言わねばなるまい。何故なら、ギャンブル業界よって国民から巻き上げられた上前をハネようというのだから、国民がギャンブルにハマってボッタクられればボッタクられるほど、国や地方公共団体が「利益」をあげる(税収増)ということなるからだ。アベ自公政権が「成長戦略の柱」として位置付けたIRについて、森田実氏は、「日本の品格や道徳、礼儀正しさには似合わない。米国のばくち団が投入され、ギャンブル的思考を国民に広げることをしてはいけない。」と『東京新聞』(1月○日)で述べている。少し古めかしくも聞こえるが、正鵠を得た議論と言えるのではないか。

   ただ、私にとってはギャンブル依存症で苦しむ人々のことが一番大きな問題と感じる。その依存にはそれぞれ異なった原因や理由があるのだと思う。しかし、総じて、その〈激増〉の背景には、まさしく、アベやタケナカなどが推進する「新自由主義」的な「競争原理主義」、「世界で最も企業が活動し易い」=金儲けがし易い「規制緩和」路線とそれと対をなす「自己責任」論があったと言って良いと思う。他者を顧みないそうした「欲望」の全面肯定の中で、多くの人々は「人間」としての充実感や幸福感を感じることが困難となり、その心の空洞を埋めるために、これまた、他者を顧みない金儲けの「仕掛け」の中に取り込まれてしまったのではないか。しかし、ギャンブルに我を忘れても「自己肯定感」が持てないという本来的な問題が解決されるわけではない。そして、必然的に待ち受けている「挫折」と根源的な矛盾の意識は、自殺願望にまで突き進んでしまうのだ。なんと悲惨なことではないか。問題は複雑で、解決も難しいのかも知れない。しかし、私たちは、私たちの心のうちにある、他者との勝ち負けに単純にこだわったり、真っ当な努力なしに一時的な「幸運」を求めたりする心の動きに警戒しなければ、決して幸せにはなれないだろう。何故ならそれらは安定的な「自己肯定感」を保証しないからだ。また、そうした意味において、私たちは、より根本的に、共同的な存在として相互に尊重し合い、助け合い、その価値を認め合うことができるような社会、あるいは、人間にとって真に有用な「価値」や「技能」の創造ないし習得を真っ当な努力によって追求していけるような社会の実現を必要としている言えるだろう。そして、そうしたことこそが、「人類」がこの歴史の中で生み出し、継承してきた最良の思想的遺産の一つ(=反「ギャンブル的思考」)だと思われるのだ。

   「カジノ解禁」を企むアベ自公政権は、口では「依存症対策」などと言っているが、ギャンブル依存症で苦しんでいる人々のことを本当に考えているとは当然思えない。そして、これから彼らがさらにやろうとするのは、「ギャンブル」の一層の規制緩和、例えば、特区だけではない「カジノ解禁」、そして、客への課税(=増収)を理由としたパチンコ「換金」の合法化(=「ギャンブル」としてのパチンコの合法化)と言えるのではないか。何しろ、アベの理想は、世界で最も(ギャンブル)企業が活動し易い国を作ることなのだから!

ゴーンのレバノン逃亡―――ニュース雑感2020(2)

いろいろな問題点が明らかになって、良かったんじゃないか!
 ―――そして、その中で、日産と日本の司法はどうなるのか?


   ※中東で作り出された緊張状態の中で、イランがウクライナ旅客機を地対空ミサイルで撃墜した。武力を弄ぶ世界の「権力政治」家たちの策謀の中で、またもや176名の犠牲者が生まれてしまったのだ。悲惨なことだ。それに比べると、日本の労働者を大量に解雇し莫大な報酬を手に入れていたゴーンと、権力にモノを言わせて起訴や捜査すらからも逃れているアベ友政権の「お友達」とのいざこざなど、腹を立てるほどのことでもないかも知れない。しかし、このシラけもする争いの帰趨は、日産自動車の普通の従業員の生活に大きな影響を与えるだろうし、また、我々を取り巻く日本の司法制度への影響も大きいことだろう。そのことは忘れてはいけない。

   カルロス・ゴーン元日産会長のレバノン逃亡劇は、スパイ映画を見る様な興味深さがあった。私は、すぐに、KCIAによる金大中拉致事件のことを思い出したが―――袋に入れられて日本海を渡ったのではなかったか?―――、ゴーン容疑者(被告)の場合は、民間の警備会社を雇い、レバノン政府と協力し、そして、15億円もの保釈金と“無罪請負人”弘中弁護団も捨てて、来た時と同じ豪華なプライベート・ジェットでトンズラしたのだった。庶民からボッタくった大金にモノを言わせての逃亡には正直唖然としたし、「ふざけやがって」とも思った。しかし、同時に、プライベート・ジェットを使うような富裕層に対する日本の出入国管理のいい加減さ(「手心」)もバレてしまったのだ。さらに、ゴーンが「悪法も法なり」と共同体国家アテネに殉じた市民ソクラテスでないことは言うまでもないが、同様に、「お友達」や「上級国民」に対する”特別扱い”と彼らにとって”価値がない”か”都合の悪い”人々への”不当な取り扱い”がもはや「公然の秘密」となっている現在のアベ友政権が、ゴーンを「国内法」に照らして批判できる程の潔癖性を持っているとは当然思えないのだ。

   思い起こせば、ゴーンが逮捕された直後の私の捉え方は、西川たちが経営統合によるルノーの支配権拡大への不満から、政府(通産省)と検察と協力しつつ、”刑事罰”を使ってゴーンの追い落としを図った、ということだった。ゴーンの「社内クーデター」説の主張よりも遥か以前の話なので、日産とルノーの経営統合に対する賛否は別として、当時でもそうしたことがすでに言われていたのだろう。実際、社内執行役員との「司法取引」や日産の証拠の一部削除そして西川の「報酬不正問題」の取り扱いなどを見れば、十分ありうる話なのだ。ことの真偽は裁判の中で明らかにされるはずだったが、弘中弁護団の主張を聞く限り、現時点においてもかなり説得力のある見方と言えるだろう。この政官財の「同盟」による策謀が本当だったとすれば、まさしく悪質な「陰謀」の名に値すると言わなければなるまい。

   そもそも、市井の「一般ピープル」の感覚からすれば、その「時代」の法に違反することが「即ー悪」なのではない。その法の「階級性」もあるだろうし、その執行の「公平性」の問題もあるからだ。そうでなければ、これまでの歴史の中で「犯罪者」や「悪人」がこれほど多くの人々の心をとらえることなどなかっただろう。しかし、ゴーンの場合は、「金融取引法違反」や「会社法違反(特別背任)」の立証以前の問題として、その「新自由主義」的な経営体質=”法外”な役員報酬の実態(一般労働者に犠牲を強いたボッタクリ、国境を超えたその節税と蓄財)こそが問題なのだ。そして、こうした観点からすれば、他の「新自由主義」的経営者も同じ穴の狢に他ならない。西川の「報酬不正問題」などもその典型的事例だ。こうした輩に企業が支配されている限り、”人間を幸福”にする経済活動など不可能だと言わざるを得まい。

   また、この事件をめぐる日本の検察の有り様を見ると、時の権力者と密接に結びついたその「体質」(「国策捜査」?!)やその「手法」(「人質司法」!)には、これまた唖然とせざるを得ない。最近でも、「加計学園問題」の籠池理事長夫妻の例や、あの”証拠改ざん”を含む「障害者郵便制度悪用事件」の村木厚子・厚生労働省元局長の例もあった。これでは、「日本国憲法」下の現在の日本は、封建時代や独裁国家とさほど変わらないと言わざるを得ないではないか。まるで「お上に逆らうとこういうことになるよ」と「一般ピープル」が脅かされているようにすら思われる。こうした「権力」の”恣意的な行使”が許されている限り、普通の「人民ー国民」の基本的人権が守られる保証はないというべきだろう。こうした意味において、今回のゴーンの逃亡は、現在の日本の「司法制度」の問題点を明らかにし、改善していく上での良いチャンスとしなければならないはずだ。しかし、それにしても、この「策謀」によって、日産と日本国家の国際的”信用”が失われていくとすれば、その損失の責任は誰が取るというのか。この争いが日産自動車の一般従業員の生活にどのように影響するのか、非常に心配なところだ。

   話題の映画2本(『スター・ウォーズ―――スカイウォーカーの夜明け』と『パラサイト―――半地下の家族』)を見たりしたので、アップが遅れてしまった。次回は、「IR汚職」について書きたい。

ニュース雑感・2020年(1)――イラン革命防衛隊司令官殺害とイランの報復

万国の「一般ピープル」よ、刮目せよ!
 ―――権力亡者と搾取者から「命と生活」を守る準備が必要だ!


   ※『サンデー・モーニング』と『100分deナショナリズム』を見た感想でも書こうと思っていたが、そんな呑気なことをしていられそうにもないので、眼前の危急の諸事件について、手短に感想を書いておきたいと思う。それにしても、私たち「一般ピープル」は、事態の推移に傍観者として振り回されるだけではなく、より冷静に「似非エリート」共の行動の本質を見抜き、対処しなければならないと感じる。トランプがそれなりに冷静に対処したので、「よかった!よかった!」ではあるまい。

   トランプというのは本当に”さもしい”奴だ。世の中にはああした輩がいるものだが、しかし、権力を持たせてはダメなのだ。今回の紛争が原因で、これからどれほど多くの犠牲者と社会的損失が生まれてくることか。それにしても、トランプが言いたいのは、要するに、「僕ちゃんは強くて特別な存在なんだから、僕ちゃんが何をやっても、そして、その結果がどんなものであっても、一目置いてね」(そんなに僕ちゃんは偉いのだ)ということだ。そして、日本のテレビに出てくる物知り顔の解説者たちは、トランプの国際法違反の「ちゃぶ台返し」に対するまともなコメントもなしに、事態の推移に沿って、トランプの思惑を忖度するが如く、彼の行動(恫喝と「ちゃぶ台返し」)を追認するだけなのだ。

   ところで、トランプのやっていることは、「グローバリズム」(この場合は、国連を中心とした国際協調主義)に対する「アメリカ・ファースト」(自国第一主義)を主張しつつ、”グローバル”に展開しているアメリカ資本の優位性=利害を維持しようとするなりふり構わぬ試みだと言って良いだろう。だからこそ、「アメリカン・グローバリズム」の中で圧倒的な優位を享受してきた国際金融資本や軍産複合体そして国際石油資本なども、その地位を相対的に脅かされつつある現在、トランプを支持せざるを得ないのだ。そして、相対的に安全な場所で特権的に暮らしていける1%の超富裕層の立場からすれば、トランプの「ちゃぶ台返し」も、長期的にはともかく、短期的には決して過大な「リスク」というわけではないのだろう。実際、今回の「核合意」からの一方的離脱と革命防衛隊司令官の殺害に発する中東情勢の混乱・悪化が彼らにもたらしたものは、株価変動による投機的な売買への(インサイダー的)チャンスであり、また、石油価格の上昇であり、軍需産業へのより大きな需要の創出と言えるのだ。トランプによる北朝鮮の核兵器保有への”実質”的容認とも重なるが、今回の事態は、”破局”的な事態=全面戦争を覚悟しない限り、イランの核武装にまで行き着く可能性が高い。しかし、これすらも、核兵器開発・維持に携わるアメリカ資本にとっては、かえって好都合とすら言えるのだろう。なぜなら、その存在が持続的な需要を保証するからだ。圧倒的な軍事力で、相手を追い込まない限り、アメリカへの先制攻撃も抑止できるのだし。

   周知のように、不動産だけではなく、株で儲け、カジノでボッタクリ、グローバル経済で甘い蜜を吸ってきたトランプは、脱税からウクライナ疑惑までをも抱えながら、「アメリカ・ファースト」という一見「愛国」主義的イデオロギーに身を包みつつ、世界最大の「影響力」を持つ権力の座にしがみつこうとしている。そして、その繰り返される「権力政治」的な”ディール”によって、世界の軍拡競争は際限がなくなり、地域的な武力紛争は繰り返され、そして、世界の「一般ピープル」の命と生活が破壊されていくことになるのだ。ただ、アメリカの大手テレビ局のニュースを見ると、少なくとも、司令官殺害の根拠やその結果引き起こされる中東情勢全般に関する至極まっとうな批判も見られる。しかし、「トランプのポチ」としか言い様のない指導者が居座るわが国の大手テレビ局は、無原則的な、「権力政治」的観点からの「解説」ばかりを垂れ流している。この国の現在の「似非エリート」共の頭の中には、「法」も「正義」も「仁義」も「愛」も「慈悲」も「矜持」もないのだろう。私たちはこうした現実をしっかり見据えなければならないと、つくづく思う。

   次回、カルロス・ゴーンのレバノンへの逃亡について書く予定だ。

迎春 2020年 子年――チューイを怠ってはいけない

欲深き権力亡者共に奇跡の「命の星」を蹂躙されませんように!
 サロさん!とんでもない世相だけれど、我が道を行こう!
           2020年元旦 サーヴァント・ムリキ



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みなさん、元気でね


   三箇日も終え、いよいよ、2020年の日常生活が始まる。大晦日に風呂の掃除をしていたら樹脂製の窓枠が壊れてしまった。「2nd兄貴」の手を借りて30分かけてやっと修復し、風の侵入を阻止できることになった。年末には液晶テレビが突然「ブラックアウト」し、今も小型のブラン管テレビにチューナーをつけて使っているw それにしても、最近のテレビ番組の劣化はすごい。見応えのある番組がほとんどない。「アベ友」〈政治経済〉のどん詰まりが文化にも覆い被さりつつあるのだろう。全く、罪深い奴らだ。

   さて、元旦のおせち料理は最高に美味しかった。また、天気が良かったせいもあって、サロさんとの散歩(写真)もとても心地よいものだった。初詣に行った女性陣の御神籤も、2人とも〈大吉〉だったという。羨ましい。恒例の家族麻雀は「1st兄貴」の2年連続の圧勝だった。腕を上げている(汗)。

   2日は、箱根駅伝を見ながら、今年の予想や目標などを考えてみた。年頭の解散総選挙も噂されているが、心配される巨大地震や異常気象下でのオリンピック、オリンピック後の”経済(実体経済)”不振の顕在化、アメリカ大統領選がらみの国際情勢の混乱など、不安の種は尽きない。そして、私の今年の目標は、「老いと堕落」と闘いながら、身辺整理に努めることだ。また、サロさんとの散歩から帰ってきてからの『福山雅治×香川照之の生きものすごいぜ!』はやっぱり面白かったw

   3日朝の”初夢”は素晴らしかった。昂揚した気分で、ベートベンの「喜びの歌」をドイツ語で歌っていた(つもりだった)のだw。あのウィーン体制に抗したものと考えられる「喜びの歌」が、腐敗しきった「アベ政治」の現状に対する私の気持ちと重なっていたのかもしれない。また、午前中には、あるショッピングモールの屋上駐車場に、関東平野を取り囲む冬の山々を眺めるために行ってきた。丹沢、富士、奥多摩、奥秩父、浅間、赤城、上州武尊、尾瀬、日光、そして、筑波山。一緒に行った「奥さん」や「姉貴」も大喜びだった。 夜は『そろばん侍 風の市兵衛』と『欲望の資本主義2020』を見た。前者は、なにやらどこかの時代の話でもあるかのようだったが、宇野重吉の息子で「ルビーの指環」の寺尾聡が格好よかった。後者は、「一般ピープル」の多くを不幸にしている虚飾の金融資本主義の問題点にそれなりに迫っていたと思う。要は、人々の経済的福利の実現のために、資源と人々の力をどう配置し、どう高め、どう交換し合うのかを、「実体経済」の観点から再考してみることだろう。貨幣や市場の問題性を批判的に捉えられなければ、人間を不幸にしている経済の仕組みを変えることはできないだろうからだ。そうした意味で、ケインズにしても、ガルブレイスにしても、宇沢弘文にしても、また、その他の登場人物にしても、その切り口は異なるものの、この問題に対する貴重な観点を提供してくれていたと思う。

   今年は、サロさんが14歳になる。私も「老い」と真剣に向かい合わなければならない年齢となっている。今年は、ますます気心が知れてきているサロさんと共に、これまで以上に1日1日を大切に過ごしていきたいと思う。

今年もよろしくお願いします
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プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2019年11月現在満13歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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