石坂啓『安穏族3 突撃一番』―――「従軍慰安婦」に関連する三冊の本(1)

 日本国家そして「日本人」は「悪いこと」をしなかったのですか?
    そして、これから,どうしたいというのでしょうか? 


      
     前回の『つぶやき選集(17)』で、従軍慰安婦問題に対する橋下の議論を,おおまか、次のようなものだとまとめておきました。

     従軍慰安婦とは、「強制的」にではなく「合法」的にかき集められた兵士向けの「売春婦」で、こうした制度は、兵士の欲求不満を解消し秩序を維持するためには必要不可欠だとだれでも理解できる制度であり、確かに「軍」の関与もあっただろうが、「国を挙げて」やったわけでもなく、他の国の軍隊にもあったのだから、日本だけが批判されるのはおかしい、というものだ。長くなるので後日に譲るが、こんなもの、全て容易に否定しうるものだ。そして、ああだ,こうだと言い逃れをしようとしているが、結局、橋下は、従軍慰安婦制度の「強制性」(性奴隷制)を否認し、荒ぶる兵士に女性を「充てがって」鎮静化させるための制度の存在を是認しようとしたわけなのだ。「私は」それに賛成だとは言わなかったって? じゃあ、皆で,それを批判的に反省して、そうした仕組みを無くそうとしたとでも言うのかな? 在沖米軍に,(アメリカ人のでは恐らくなく)日本人の「風俗」嬢の利用を〈したり顔〉で勧めておきながら。本当になんてやつだ。戦後の日本政府の〈クレージー〉な対応についても後日、と。

     さて、こうした橋下や安倍や石原や平沼などといった輩の、いわば、児戯にも等しい言い訳や様々なレベルでの論点のすり替えそして詭弁は、本来ならば相手にする価値すらないものであるが、しかし、彼らとて「歴史的事実」に対して真摯に向き合おうとしているわけではサラサラなく、ただ只管、自らの政治的目的のために、「無知」な第三者に対する謀略・工作としてやっているつもりなのであろうから、それに対しては、きちんと反論しておいてやらねばならないだろう。ただ、私自身は、これらの問題に対する研究者でもないので、これらについては、たとえば、吉見義明氏の『橋下徹市長への公開質問状 』(http://www.ajwrc.org/doc/yoshimi-situmonjoh.pdf)やアジア女性資料センターの『日本軍「慰安婦」問題に関するアピール:政治家による「強制」否定と「河野談話」見直しの主張に対して』(http://ajwrc.org/jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=754)等を是非参照していただければと思います。現在、この吉見氏の公開質問状に対して橋下はダンマリを決め込んでいるようだが、ツイッターで自身の支持者に〈目くらまし〉的言辞を弄しているだけではなく、日本語が理解できる我々に対して、まさしく、理解できる日本語で是非回答してもらいたいものだ。(所詮、無理だろうけれど!)

     というわけで、今回のブログでは、私自身が、一人の『一般ピープル』として、この問題をどのように考えてきたのかを、三冊の著作の紹介を通して、述べておきたいと思います。 
     
     さて、思い起こせば、私の「従軍慰安婦」問題への関心は、千田夏光の『従軍慰安婦 正編』(三一新書、1978年)、日本テレビ『11PM』の「日帝 36 年」(「シリーズ・アジアと共に生きる」1982年)、石川逸子『「従軍慰安婦」にされた少女達』(岩波ジュニア新書、1993年)、吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書、1995年)などに触発されたものでした。さらに、今日、とりわけ紹介したいと考えているものが、次の一冊です。


 石坂啓「突撃一番」(『安穏族』3、集英社1984年)
    

     私の世代にとっては、手塚治虫の弟子として有名で、また、現在は『週刊金曜日』の編集委員としても活躍している石坂啓さんは、30年前のこの作品のなかで、従軍慰安婦問題に肉薄しています。作品は次のような言葉で始まり、そして、次のような言葉で締めくられています。

 冒頭部  軍人だったら 国が恩給をくれる 死ねば 遺族年金だっ
     てくれる
     でも あたしやアイちゃんのことを知っている人なんて 
     いったい どれだけいることかしらね
     毎日 毎日 二十人 三十人もの男と 戦ってた あたし達
     のこと―――

 終結部  その数 数万とも十数万とも 言われた 慰安婦たちの視
     点から男たちの戦争が語られることは ほとんどありません
     でした
     運よく 抗日軍の手に保護された 朝鮮の娘たちも
     ぼろぼろにされた 身体では
     自分の村へ 帰るに帰れなかった ということです

     この作品の主人公は、内地の娼家で働いていた日本人の慰安婦で、1944年から敗戦にかけ、中国戦線の慰安所で働いていたという設定になっています。まず、最も重要な点は、この作品が、〈日本人〉慰安婦の視点から「従軍慰安婦」制度とあの戦争を捉えるものとなっていることです。最近、YouTube上で、美輪明宏 『祖国と女達(従軍慰安婦の唄)』へのアクセスが急増しているとのことですが、実は、こうした視角こそ、我々にとって忘れてはならないはずのものなのです。そのことによって、「反日」だの、「美しい日本」だのと言っている輩が、なぜあのように「醜く」感じるのかも理解できるのです。
     さて、作品では、「従軍慰安婦」制度は、つぎのように説明されています。

     日本が 中国への侵略を深めるうちに 起こってきた 様々
     な問題―――
     中国人婦女子への強姦 虐殺・・・・・ 
     性病の広がりによる 戦力の低下・・・・

     あたしたちは その防波堤の役割を 課せられ 
     軍需物資として 戦地へ 送られてきたのです

     日本からは 娼家の女たちが
     そして 日本の植民地だった 朝鮮からは
     処女が 狩り出されて・・・・


     こうして、国家の意思によって作られていった「従軍慰安婦」制度は、この作品では、日本人と朝鮮人の慰安婦と言う、二系列の視角で把握されます。ところで、先にでてきたアイちゃんは、女子挺身隊員(本来、軍需工場などへ動員されや女性)として朝鮮から動員された15、6歳の少女でした。アイちゃんは、「ここへ つれてこられる時も 飯炊きの仕事だといわれていた」、「お父さん いやだ と言ったら 巡査にひどくなぐられた」、「わたしたち 日本の人に いつも だまされてきた」と言っています。歴史的現実の中では、本当に多様な事例が存在するのですが、当時、皇国臣民として動員された朝鮮半島の少女たちにこうした事例が多かったろうことはこれまた多くの証言で明らかのことと言わなければなりません。そして、彼女たちは、戦地における奴隷的拘束状態の中で、強姦され、暴行され続けなければならなかったのです。また、こうした、慰安所の設置と婦女子の「かり集め」の様相も国や担い手等々によって多様であり得たわけですが、とりあえず、南京については、次回で紹介予定のジョン・ラーベ『南京の真実』(平野卿子訳、講談社、1997年)、そして、インドネシアについては、鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二の対談集『戦争が遺したもの―――鶴見俊輔に戦後世代が聞く』における鶴見氏自身の「証言」を参照されたく思います。

     それでは、「大和撫子」たる日本人の慰安婦たちはどうだったのでしょうか。この作品では、次のように描かれています。自殺を図ったアイちゃんに、「がまんをおし 多かれ 少なかれ ここにいるのは 事情のあるものばかりさ・・・」と言う主人公は、また、(故郷の家族や妹たちのために)「稼ぐだけでなく こんな 自分の身体が 少しでも 国のためになるのならと 思っていたことも事実です」とも言うのです。―――「兵隊さんはお国のためにがんばってくださっているんだ あたしたちはその兵隊さんのためになろうってのよ (ありがたいと思わないのかい?)」、「今に きっと 日本が戦いに勝ってくれるんだから 亜細亜のみんなが幸せになるんだから それまでのシンボウよ がんばって稼いで 家族にみんなに 楽させてあげようよ ね」と。しかし、これらは、あまりにも有名な、戦前の愛国心教育の成果そのものであり、また、侵略戦争を正当化した大東亜共栄圏のイデオロギーでもあったのです。
     ところが、敗戦間近になると、自分たちを守ると信じていた軍隊は、あっさりと彼女たちを見捨て、置き去りにしてしまうのです。言うまでもなく、こうしたことは、敗戦前後に数多く見られた現象でした(棄民)。軍隊そして国家は、女をそして国民を守らなかったのです。

     そして、最後の場面は、戦地で(インフレ!)軍票を渡され、帰還船の中で、今まさしく空手形となったその軍票を握りしめ、「この重さはね あたしの 血の重さなんだ」と叫ぶ主人公の姿でした。今、従軍慰安婦は月収800円の高給取りだったと叫んでいる輩がいますが、この姿を見て、皆さんはどうを思うでしょうか。私は思います。「だまされた」のはアイちゃんたちだけではないのです。それは、日本人の従軍慰安婦であり、日本の「一般ピ-プル」も同様なのです。確かに、日本の加害責任を忘れることは出来ません。しかし、そのことをしっかり自覚するためにも、まず、一般ピープル自身があの戦争を指導した連中との「共同幻想」から解放される必要があるのです。

     彼らと彼らの末裔は、「従軍慰安婦」は、自ら金を稼ぐために、自由意志で、身体を売ったのだと言う。さらに、貧しい家庭の娘にとってそれは割のいい仕事であったとさえ言います。また、戦前は公娼制度が存在し、「合法」だったのだから、それを組織し、経営することにはなんら問題はなかったという認識も示します。しかし、そういいながら、彼らは、彼女らを「軽蔑」の念をこめて「売春婦」だと罵るのです。

     はっきり言おう。外国人の従軍慰安婦に関して(狭義・広義ともに)「強制」性がなかったなどという戯言は、国際社会では、一切通用するものではないことを。もし、ないと確信するのなら、国連で、中国で、韓国でそういってみるがいい。さらに、「日本人」にとって、さらに重大なことがある。それは、彼らが、戦地で働いていた、我同胞たる日本人の「従軍慰安婦」に悪罵を投げかけていることだ。このことは、あの時点で、そして、今の時点において、どういう立場から言い、何を意味するのか、はっきりさせておかねばならないことだ。

     私は売春が人類史の中で古い歴史を持っていることも知っているし、また、日本史における、中世の「遊女」たちのことも知っている。しかし、柳田国男が指摘しているように、そうした「遊女」たちのあり方と近世以降の「遊里組織」でのあり方とは根本的に異なっているのだ。それは、女を奉公人としてその自由を奪い、女衒(ぜげん)という職業が盛んに活躍を始め、娘を売るという家々の悲劇を引き起こしたからだ。柳田国男の著作から、その一部を引用しておこう。

     ・・・・ところが、普通の家に育った女たちの、泣いて親同胞と別れていく者になると、いつでもただ世の常のよすがを、考えずには居られなかったのである。芝居によくある貧ゆえの身売り、または欺かれてこの苦界に堕ちたと思う者は、もうその時から半分は世をすてていた。それがわずかに残った夢を押し潰されて、ふたたび家庭の人に戻ることができぬと決すると、すなわちいとも容易に絶望してしまったのである。実際またありふれた外の生活とくらべて、くらべようもないほどの残虐な任務でもあった。(「明治大正史 世相編」、『日本の名著・柳田国男』より)

    自由廃業の制度があろうとなかろうと、暴力によって担保された資本の足かせがどのように機能したかは、容易に想像しうるところだ。つまり、それが「合法」であろうとなかろうと、明治維新以降も、多くの女性たちが人権を蹂躙され、苦界で呻吟していただろうことは容易に想像できるのだ。それ故にこそ、そうした公娼制度は廃止されることになったのだ。しかし、そうした状況に対して、彼らは、身体は売らねばならなくなったが心は売ることはなかった女性たちと多く接し、彼女らを恨んだせいかどうかは知らないが、彼女らの苦しみに柳田のような「同情」を寄せることすらなく、まさしく、そうした制度の上に乗っかり、「従軍慰安婦」制度を推進すらしたのだ。その心性は、一言で言えば、同胞に対する醜悪なる差別心だ。それが、どのようなものだったのかは次回論じたいと思うが、ここで、確認したいのは、アジア解放の聖戦を主張していた彼らが言うところの「愛国心」や「民族共同体」などは、全くの虚偽に他ならなかったということだ。なぜなら、彼らには、目の前に存在する同胞の〈苦難〉に対する「同情の念」・「憐憫の情」すらなかったからだ。なんと「武士道」から遠いことよ!  
     
     長くなってしまいました。今日の結論をコミックの領域で表現しておくならば、私は、『ベルサイユのバラ』のオスカルのように、差別的で腐朽した既得権益層の側にではなく、フランス革命におけるバスティーユ行進の先頭に立った「一般ピープル」たる〈売春婦〉の側に立つということだ。 
 
(続く)

 
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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2016年11月現在満10歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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