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私にとって「愛国心」とは何か(3)――「日本人」とは何か(1)

 「日本人」とは何か(1) 「血族的・同族的な文化的統一体」?
         ―――「日本人」はそれほど「均質」な民族なのですか?


 
 ※ わが〈しもべ〉たる飼い主が、真面目顔で言ったよ。「サロさん!福島第一原発の汚染水漏れの状況は本当に深刻だね。原発の再稼働や輸出なんて御託を並べている時じゃないよ。すぐさま全力で日本の土と海、そして、地球の自然と人間を守る対策をとらないとね。「原子力村」のご意向をくんで事故収束宣言を出した奴も許せないが、この緊急事態に、のんびりとゴルフをやり、またまた、型通りの発言でお茶を濁している輩が『愛国心』とはよく言うよ。」――― ウーム、日本は危ないよね。困ったもんだ



     私たちが「愛国心」という場合、その愛する対象としての「国」とは一体何を意味するのでしょうか。勿論、森元首相の様に、この「国」とは、神の子孫たる天皇が建て・統治してきた「神の国」なのであり、それ故に、天皇を愛することが国を愛することなのだというご老人もいるかもしれません。しかし、今日においては、昭和天皇自身が否定した「神話」に基づく(「現人神」とその「赤子」といった)明治憲法的観念を信じる人は多くはないはずです。とすると、この「国」とはどう捉えれば良いのでしょうか。おそらく、それは、「同胞」たる「日本人」の集合体をイメージしたものと言ってよいでしょう。こうして、問題は、いよいよ今回のテーマである「日本人とは何か?」ということになるのです。ところで、私は、学生時代、文化人類学(「日本人」論)の講座を受講したことがありますが、この問題は、到底原稿用紙一枚程度で答えられるような簡単なものではなく、非常に複雑かつ難解なものらしいのです。ということで、今回は、それを学問的に論じるというのではありませんが、私の意識の中に沈殿してきた「日本人」的なるものを〈掘り出してみる〉という作業を試みてみたいと思います。

     まず、日本語を母国語とし、日本国籍をもつ〈私〉がこの「日本人」という観念を考えた時に気付くのは、それが「アメリカ人」という観念とはかなり違ったものに感じられるということです。つまり、移民の国そして人種の坩堝といわれるアメリカ合衆国を構成する「アメリカ人」という観念は、アメリカ合衆国大統領が黒人のオバマであることに象徴されるように、アメリカ合衆国の「国籍」をもつ―――すなわち、同じ法的な権利・義務関係の中で生きる―――人々とか、合衆国憲法の「理念」を共有する人々とかいったイメージを与えます。これに対して、「日本人」と言った場合には、これは、たとえば、漢民族の中国とか朝鮮民族の韓国とかと同様なのですが、要するに、「日本〈民族〉」といったイメージが極めて強いのです。このように推論していくと、日本における「愛国心」とは、日本〈民族〉を愛するということになるのではないでしょうか。勿論、現実の日本国は「多〈民族〉国家」なのであって、これを森元首相のように「単一〈民族〉国家」とすることは、現実に共に生きている少数〈民族〉の存在と権利を無視ないし軽視することになりますので、非常に危険な「落とし穴」になることに注意しておかなければなりません。これは、歴史的に特殊な、近代「国民国家(ネーション・ステート)」の問題性に関わり、「日本人」=日本〈民族〉と「日本人」=日本〈国民〉という二つの観念の区別と関連を解くことにも重なるのですが―――この点についてはまた日を改めて論じたいと思います―――、しかし、とにかく、日本における圧倒的多数の〈日本民族〉の一員だろう私にとっては、逆に、こうした点をしっかり自覚しておくことは極めて重要なこと思われるのです。

     ところで、この「日本人」=〈日本民族〉なる観念は、それ自体として、何やら、とてつもなく「均質」的な意味合いを含むように感じられるのですが、如何でしょうか。勿論、私たち「日本人」は、その日常生活の中で、その「隣人」たちを、「均質」的どころか、利害の相克も含めた様々な意味合いにおいて、極めて「多様な」存在として意識しているのだと思います。しかし、日頃自らを「日本人」などと意識しているわけでもない私たちも、他人種や他民族との接触や対比においては、自らが極めて「均質」な〈日本民族〉の一員であるという印象を持ってしまっているのではないでしょうか。例えば、私の狭い個人的な経験でも、髪や目の色の違う白系ロシア人の少女、口の周りに入れ墨をしたアイヌの老婦人、皮膚と口の中の色が全く違う黒色人種の青年男性など、当時の私の生活の中では極めて稀であった『外』との接触は、私を、『内』なる「日本人」ー〈日本民族〉の一員であるという自己意識あるいは帰属意識に導いていっただろうことは確かなことのように思われます。―――勿論、そうした接触・対比が〈民族〉的な意味あいでの「日本人」という観念に直接結びつく必然性があるわけではないので、当時、すでに、私の頭の中には、様々な媒体を通じて、『日本人』という観念が注入されていたのだろうことも確かだと思われるのですが。

     それでは、このように「多人種」・「他民族」と対比されるところの「日本人」=〈日本民族〉とは、どのようなものとしてイメージされるのでしょうか。それを思いつくままあげていくならば、私にとって「日本人」とは、まず、黄色人種であるなどの身体的特徴を共有し―――映画『十戒』などを見る限り「ユダヤ人」には、白人もいれば黒人もいるのですね―――、そして、日本語で考えたり意思を疏通しあったりする人々の集団といえると思います。モンゴロイドで日本語をネイティヴと同様に話す「外国人」を、私は「日本人」と区別できないでしょう。また、地理的には〈日本列島〉に居住し、文化的には、初詣や七五三などの神社に関わる信仰や年中行事、除夜の鐘・葬式・お盆などといった仏教に関わる信仰や年中行事、そして、神話や昔話、俳句や川柳、源氏物語や平家物語、茶の湯や歌舞伎、服装や歌謡など、また、最近の季節的行事でいえば、盆踊りや花火大会を共に楽しむといった、「国民」的な文化を共有する人々ということにもなるでしょう。さらに、これは「日本人」=〈国民〉といったより近代的な観念に近いと思われますが、基本的には日本国家によって法的・軍事的に統括された一定の領域内で暮らし、また、そうした「国民」的な再生産圏の中で相互に依存しあい、そこに生まれる共通利害(「国益」)の中で生活することによって歴史的に育まれてきただろう〈一体感・親近感〉を共有する集団、といったイメージになるでしょうか。 
      
      ところで、勿論、先日訪れた三内丸山遺跡に暮らした縄文時代の人々や室町時代の農民たちは、このような「日本人」としての意識を持っていたとは到底言えないことでしょう。すなわち、「国民」の圧倒的多数が、自分が『日本人』であると意識することになったのは、やはり、歴史的には、『外圧』によって引き起こされた、幕末から明治維新にかけての近代的中央集権国家の形成過程ということになるのだろうと思います。つまり、大和朝廷以降の〈支配層〉の中にはその対「外」的な関係からうまれた何らかの「国家」的な意識の継承性はあったでしょうが、現実的には極めて多様であった被支配層としての『一般ピープル』が「日本人」=〈日本民族〉の一員としての意識をもつに至ったのは、やはり、明治政府による「国民」意識の政策的形成過程によってだろうことは確かなことのように思われます。そして、こうした歴史的形成過程の中でつくられてきた「日本人」=〈日本民族〉のイメージが、『大日本帝国憲法』や『教育勅語』で示されてきたような、天皇家の「神話」に基づく、すなわち、天照大神を皇祖とする天皇家を宗家とした「血族的・同族的な文化的統一体」というのものだったといえます(臣民=国民)。そして、それは、まさしく、「均質性」を強調し、権力に〈同調〉しないものを『非国民』として差別・迫害した戦前の政治的イデオロギーの基盤となったものでした。実は、こうした歴史的経過の中で作り出されてきた〈日本民族〉の観念の残滓が私に影響を与え、先ほどいったような「均質」性を感じさせる基盤をつくってきたのだろうと思われるのです。

     しかし、この「血族的・同族的な文化的統一体」といった観念は、決して歴史的な「事実」なのではなく、日本列島に多様に存在した血族的・文化的な実在を、暴力的そしてイデオロギー的な破壊・強制・同化を通してその画一的な〈形態〉の中に統合し、形成されていったものだということなのです。つまり、私たちには、こうした「均質」なものとして把握された〈日本民族〉という観念それ自体の虚偽性を認識していく必要があり、また、逆を言えば、「日本人」=〈日本民族〉の〈多様性〉を正しく認識し、かつ、その〈多様性の統一〉を「血族的・同族的な文化的統一体」といった天皇制的イデオロギーによってではなく、如何に科学的に把握していくのか、そのことが求められているといえるでしょう。

     そして、そうした探求は、私の短い人生の中でも、様々な形で着実に進められてきました。今回は、もうすでにかなり長くなっていますので詳述はしませんが、皆さんもすでに良くご存知だろう、「縄文人と弥生人」の問題、「日本列島と朝鮮半島の関係」の問題などは、まさしく、「日本人とは何か?」という私の疑問に答えるヒントがたくさんつめこまれているものなのです。次回は、これらの問題について触れてみたいと思います。
     

     
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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2019年11月現在満13歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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