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「ナチスに学ぶ」・麻生発言を一般ピープルが読む―――

 
いやはや、この人が日本の副総理・財務大臣ですからね
 
 
 ―――一応「予防線」は張っておくが、仲間内のウケを狙って、本音をひとくさり。
「だから、静かにやろうやと。ワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。誰も気がつかない間に変わった。あの手口を学んだらどうか。」 えっ! 国民が気がつかない間に改憲することは、民主主義を否定することになるんじゃないですか?!



     この発言は、7月29日、極右・櫻井よしこが理事長をしている国家基本問題研究所 ・月例講演会「日本の進むべき道」のなかでなされたものでした。その詳細については、『朝日新聞デジタル:麻生副総理の憲法改正めぐる発言の詳細 』をこのブログの最後部【資料1】に転載しておきましたので、是非、ご自身で確認していただければと思います。この発言に対し、すぐに国際的な批判の火の手が上がり(『日本リアルタイム』:麻生財務相に非難の嵐-「ワイマール憲法」発言で、7月31日、参照)、麻生副総理は8月1日にはこの発言の一部を撤回し、弁明することになりました(『日本リアルタイム』:麻生財務相、ナチス発言を撤回、8月2日、参照)。また、この間、日本維新の会の橋下徹共同代表(大阪市長)は、この麻生発言について、「かなり行き過ぎた、ちょっと度のきついブラックジョークというところもあるのではないか」としつつ、「憲法改正論議を心してやらなければいけないというのが(発言の)趣旨だったのではないか」そして、「(前後の文脈から)ナチスドイツを正当化した発言では決してない。国語力があれば、すぐ分かる」と擁護したのでした(『YAHOO JAPANニュース』時事通信社、8月1日)。

     毎日新聞の社説は、「麻生氏ナチス発言 撤回で済まない重大さ」(『毎日JP 』2013年08月02日、参照)と論じていますが、問題のポイントは、いうまでもなく、
(1)「私は憲法改正について、落ち着いて議論することが極めて重要であると考えている。この点を強調する趣旨で、けん騒に紛れて十分な国民的理解や議論のないまま進んでしまった悪しき例として、ナチス政権下のワイマール憲法の経緯を挙げた
(2)「私がナチスおよびワイマール憲法にかかる経緯について、極めて否定的に捉えていることは、私の発言全体から明らかだ」という、麻生の弁明の真偽にあります。これに対しては、共産党の志位委員長が極めて簡潔な批判を展開していますので、それについては【資料2】を参照していただくとして、一人の一般ピープルとして、私がこの麻生発言をどう読んだかを以下書き記しておきたいと思います。


     まず、麻生発言を読んで感じたことは、国語「読解力」を必要とし過ぎる悪文というか、支離滅裂というか、真っ当な日本語ではないと言うか、「未曾有の阿呆太郎」という気の毒なあだ名を実証するような文と感じざるを得なかったことです。「しっかりと考え抜いて、論理的に話をしなさい」と言っていた私の先生ならなんと評することでしょうか。また、どんなに国語の点数が良かったのかは知りませんが、橋下の「国語力」なるものも、麻生副総理と同様、まともとは思えないものです。マア、橋下の言辞をオウムのようにギャーギャー繰り返す、「国語力」ある取り巻きたちと分かりあうしかない代物といってよいでしょう。ともかく、ハシシタない話です。
     
    ただ、麻生発言【資料1】は、その中のドイツを日本、ヒトラーを安倍晋三、ワイマール憲法を日本国憲法、「ナチ憲法」(?)を自民党憲法草案に置き換えると、実に興味深い、教訓に富んだものになるように思われました。たとえば、
     10年後、独裁的性格を露にした安倍政権の下、海外派兵によって大きな犠牲を生み出した日本国民は、「日本は安倍晋三は、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、安倍晋三はでてきたんですよ。安倍晋三はいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。安倍晋三は、選挙で選ばれたんだから。日本国民は安倍晋三を選んだんですよ。間違わないでください。」と、強い自戒の念を込めて反省した。また、
    「彼は日本国憲法という、当時世界でもっとも進んだ憲法下にあって、安倍晋三が出てきた。常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ。ここはよくよく頭に入れておかないといけないところであって・・・」 全く正しい!
     また、20年後、「ナチス憲法」(?)の「手口」をまねて実現した自民党憲法について、ある国の政治家がこういった。「憲法は、ある日気づいたら、日本国憲法が変わって、自民党憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。」
    このような読み替えは、ブラックジョークというのでしょうか、ホワイトジョークというのでしょうか。一般ピープルには分かりません。しかし、ここで、文全体の構造上、ワイマール憲法ー日本国憲法、「ナチス憲法」(?)ー自民党憲法草案という対応関係になることは確認しておいて良いことです。
    さて、最も重要なのは、「あの手口」と関連する以下の文の意味です。
    「わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますが、喧噪(けんそう)のなかで決めてほしくない。」

    この文について、日本語を母国語とし、通常の日常生活を営んでいる一般ピープルの国語力からすると、次のような解釈となります。つまり、「わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね」の、〈わーわー騒がないで、みんながいい憲法と納得して変わった憲法〉とは「ナチス憲法」(=「全権委任法」)以外にあり得ないですよね。つまり、彼は、「ナチス憲法」は、喧噪の中で決められたわけではない、民主的手続きを経た憲法だ、という肯定的な評価を下しているということなのです。そして、こうした文脈の中で、
「ぜひ、そういった意味で」、すなわち、ナチスのやり方は〈わーわー騒がない〉いい手口だったのだから、「僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが」、すなわち、ナチスがいいというわけではないけれど、重ねて、〈わーわー騒がない〉ナチスの手口をみならって、「喧噪(けんそう)のなかで決めてほしくない」ということになるのです。ということで、麻生財務大臣は、まさしく、ナチの手口を「良き例」としてとり上げているということは間違いないでしょう。こうして、まず、(1)「けん騒に紛れて十分な国民的理解や議論のないまま進んでしまった悪しき例として、ナチス政権下のワイマール憲法の経緯を挙げた」などといった彼の弁明はまったく成り立つ余地はないと考えられるのです。勿論、ヒトラーの政権掌握と「全権委任法」の成立を「わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね」とする評価が、事実として正しく、また、許されるものなのかは別問題としてもです。

     さらに、それとも関連しますが、(2)「私がナチスおよびワイマール憲法にかかる経緯について、極めて否定的に捉えていることは、私の発言全体から明らかだ」という方はどうなのでしょう。勿論、それは次の部分を強調したものなのでしょう。
    「僕は今、(憲法改正案の発議要件の衆参)3分の2(議席)という話がよく出ていますが、ドイツはヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラーは出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください。
     そして、彼はワイマール憲法という、当時ヨーロッパでもっとも進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ。」

     実は、こうした見方は現代史を少し勉強すると必ずでてくるものなのですが、注意すべきは、政治的議論の中でもしばしば見られる、その「両義性」なのです。つまり、その一つは、ナチス政権の暴力性のみが強調される傾向に対して、ベルサイユ体制下のインフレ・失業という危機的状況の中とはいえ、ドイツ国民が、あの民主的なワイマール憲法体制下で、国家社会主義的政策を掲げたあの独裁的で反民主主義的なナチスの政権掌握を許してしまったこと、そのことに対する強い自戒の念を込めて語られてきたものに他なりません。そして、もう一つは、独裁・反民主主義というけれども、それは、あくまでも、ドイツ国民が民主的手続きに従って選択したものなのだとその「正統性」を強調しようとするものです。言うまでもなく、後に出てきた麻生財務大臣の「わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね」という評価はこの流れに属しているといえるでしょう。元々、このような見方は、明治憲法体制下における政治と戦争に対する評価と相同性をもち、いわゆる、「歴史修正主義」的視点を支える一つにもなっていたものです。すなわち、戦前の戦争と政治は(非国民は除いて)国民の圧倒的多数によって選択されたものであって、「良きこと」なのだ、悪かったのは戦争に負けたことなのだと。こうして、ヒトラーのお友達であった戦前の指導者を支持する人々が大勢を占めていただろうあの講演会だからこそ、あの一種のウケを狙ったがごとき麻生発言とそれに対する聴衆の民主政治を嘲笑するが如き反応(ウケ)も理解できるのです。
     こうして、(2)「私がナチスおよびワイマール憲法にかかる経緯について、極めて否定的に捉えていることは、私の発言全体から明らかだ」とする弁明も、ワイマール憲法をいい憲法と一言いってはいるものの、その後の、すなわち、ナチスの政権掌握から全権委任法成立にかけての政治過程の「正統性」を承認し、そのやり方に学ぶということなのですから―――それはまさしくヒトラーの『我が闘争』の「手口」を承認することにさえ通ずる―――、「極めて否定的に捉えている」とは到底言えないということになるのです。
     まあ、私の一般ピープル的感覚から言えば、(その譬えは、次から次へと頭に浮かぶのですが)とにかく、「民主主義を否定するわけじゃない」とか「ナチスを肯定するわけじゃない」とか一言いったからといって、その言葉を真に受けてもらえる程、世界の一般ピープルはナイーヴ(素朴でお人好し)ではないよ、ということだ。まして、その肯定的評価が誤っていると来ては!!

     最後に、湯川礼子さんのツイートを引用しておきましょう。

 「一夜明けて、麻生さんのナチスに学べ問題。それを弁護している大阪の橋本さんにしても、あまりにも島国感覚。自分の発言が即日世界に発信されるネット情報の時代である認識を、政治家としてまず持って頂きたい。どれほど国益を損ない、時間を無駄に使っているか。国家の品格を担う一員だという自覚を。」(8月2日)




【資料1】『朝日新聞デジタル:麻生副総理の憲法改正めぐる発言の詳細 』

     僕は今、(憲法改正案の発議要件の衆参)3分の2(議席)という話がよく出ていますが、ドイツはヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラーは出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください。
     そして、彼はワイマール憲法という、当時ヨーロッパでもっとも進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ。ここはよくよく頭に入れておかないといけないところであって、私どもは、憲法はきちんと改正すべきだとずっと言い続けていますが、その上で、どう運営していくかは、かかって皆さん方が投票する議員の行動であったり、その人たちがもっている見識であったり、矜持(きょうじ)であったり、そうしたものが最終的に決めていく。
     私どもは、周りに置かれている状況は、極めて厳しい状況になっていると認識していますから、それなりに予算で対応しておりますし、事実、若い人の意識は、今回の世論調査でも、20代、30代の方が、極めて前向き。一番足りないのは50代、60代。ここに一番多いけど。ここが一番問題なんです。私らから言ったら。なんとなくいい思いをした世代。バブルの時代でいい思いをした世代が、ところが、今の20代、30代は、バブルでいい思いなんて一つもしていないですから。記憶あるときから就職難。記憶のあるときから不況ですよ。

     この人たちの方が、よほどしゃべっていて現実的。50代、60代、一番頼りないと思う。しゃべっていて。おれたちの世代になると、戦前、戦後の不況を知っているから、結構しゃべる。しかし、そうじゃない。
     しつこく言いますけど、そういった意味で、憲法改正は静かに、みんなでもう一度考えてください。どこが問題なのか。きちっと、書いて、おれたちは(自民党憲法改正草案を)作ったよ。べちゃべちゃ、べちゃべちゃ、いろんな意見を何十時間もかけて、作り上げた。そういった思いが、我々にある。
     そのときに喧々諤々(けんけんがくがく)、やりあった。30人いようと、40人いようと、極めて静かに対応してきた。自民党の部会で怒鳴りあいもなく。『ちょっと待ってください、違うんじゃないですか』と言うと、『そうか』と。偉い人が『ちょっと待て』と。『しかし、君ね』と、偉かったというべきか、元大臣が、30代の若い当選2回ぐらいの若い国会議員に、『そうか、そういう考え方もあるんだな』ということを聞けるところが、自民党のすごいところだなと。何回か参加してそう思いました。
     ぜひ、そういう中で作られた。ぜひ、今回の憲法の話も、私どもは狂騒の中、わーっとなったときの中でやってほしくない。
     靖国神社の話にしても、静かに参拝すべきなんですよ。騒ぎにするのがおかしいんだって。静かに、お国のために命を投げ出してくれた人に対して、敬意と感謝の念を払わない方がおかしい。静かに、きちっとお参りすればいい。
     何も、戦争に負けた日だけ行くことはない。いろんな日がある。大祭の日だってある。8月15日だけに限っていくから、また話が込み入る。日露戦争に勝った日でも行けって。といったおかげで、えらい物議をかもしたこともありますが。

     僕は4月28日、昭和27年、その日から、今日は日本が独立した日だからと、靖国神社に連れて行かれた。それが、初めて靖国神社に参拝した記憶です。それから今日まで、毎年1回、必ず行っていますが、わーわー騒ぎになったのは、いつからですか。
     昔は静かに行っておられました。各総理も行っておられた。いつから騒ぎにした。マスコミですよ。いつのときからか、騒ぎになった。騒がれたら、中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから、静かにやろうやと。憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。
     わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますが、喧噪(けんそう)のなかで決めてほしくない。


 【資料2】 日本共産党の志位和夫委員長が2013年8月1日、国会内で記者会見し、麻生太郎副総理のナチズム肯定発言について発表した見解は以下の通りです。

 一、麻生副総理は、7月29日、都内の集会で「(ドイツでは)ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口を学んだらどうかね。ワーワー騒がないで、みんないい憲法と納得して、あの憲法変わっているからね」などと発言した。
 これは、ナチズムを肯定する許しがたい発言であり、麻生氏の閣僚としての資格はもちろん、日本の政治家としての資質がきびしく問われる問題である。

 一、そもそも、ドイツにおけるナチス独裁政権の誕生と、ワイマール憲法の機能停止は、「誰も気づかないで」おこったわけではない。
 1933年1月に首相に就任したヒトラーは、就任直後に国会議事堂放火事件をおこし、それを機に、共産党、労働組合、社民党などを次々に非合法化し、最後には政党の結成まで禁止して一党独裁体制をしいた。その過程で、ヒトラーは、いわゆる「授権法」(全権委任法)を成立させワイマール憲法を機能停止に追い込んだ。
 こうして、ナチス独裁政権の誕生と、ワイマール憲法の機能停止は、「誰も気づかないで」すすんだどころか、無法な暴力と弾圧の嵐のなかで強行されたのである。この「手口」を学んだらどうかなどというのは、むきだしのナチズム肯定と民主主義否定の暴論というほかないものである。

 一、内外の批判の高まりを前に、麻生氏は、この発言について、「喧噪にまぎれて十分な国民的理解および議論のないまま進んでしまったあしき例」としてあげたと弁明し、「ナチス政権を例示としてあげたことは撤回したい」という談話を発表した。
 しかし、麻生氏の発言は、「あの手口を学んだらどうか」とのべているのであって、「あしき例」として言及したものだなどという弁明は、到底なりたつものではない。

 一、戦後の国際秩序は、日独伊のファシズムと侵略戦争への断罪を共通の土台としてつくられているものである。その土台を否定するものに、国際政治に参加する資格も、日本の国政に参加する資格もないことを強調しておきたい。
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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2019年11月現在満13歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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