FC2ブログ

中沢啓治『はだしのゲンはピカドンを忘れない』を読む

 「なにがいまさら終戦ねん!」               

 ―――「国家によって殺された」無数の人々の死を正当化し、
       再び『英霊』を生み出さんとする策動を前に考える



     「なにがいまさら 終戦ねん!」―――これは、広島への原爆投下によって夫と娘と息子を失ったゲンの母親が、1945年8月15日の「玉音放送」を聞き、発した言葉です。アニメ版の『はだしのゲン(1)』を観たのは、私の息子たちが生まれた1980年代の半ば頃でしたが、この作品の中で最も強く心に残っているのがこの言葉です。

     ところで、1979年の夏、当時千葉県に住んでいた私は、突然、広島の平和記念資料館に行かなければならないという強い思いにかられ、妻と一緒に、友人から1万円で譲り受けたHONDA・シビック1500CCに乗り込んで、広島に向かいました。夜の11時に千葉を出発し、時々豪雨に見舞われながらも、広島の平和公園にたどり着いたのは、翌日の午後4時頃でした。その後すぐに原爆資料館を見学したのですが、この時の経験こそ、私が「ヒロシマ」と〈個〉的に向き合う、つまり、「ヒロシマ」を他人事ではなく自分の問題として考えるきっかけとなったと感じています。

     また、こうして私が「ヒロシマ」について思いをめぐらしていく時、その重要な基軸の一つになっていったのが、中沢啓治さんの『はだしのゲン』、そして、それに関連する一連の作品群でした。そして、とりわけその中でも、コミック版やアニメ版の衝撃力にも劣らない強烈な印象を与えたものに、今日紹介したいと思う、『はだしのゲンはピカドンを忘れない』(岩波ブックレットNO.7、1982年)があります。この本は、小冊子ながら、中沢さんの経験に裏付けられた核心を突く率直かつ簡潔な表現で、私が「ヒロシマ」の悲劇をどう把握し、また、今後再びこうした悲劇を繰り返さないためにはどうすればいいのかを考える上での、貴重な視点を与えてくれたのです
     さて、(『はだしのゲン』のストーリ自体については、ここでは、割愛しますが)この本の中で、中沢さんは、焼かれた彼の母親の骨を見て、次のように思ったと書いています。

     「放射能というのは母の骨の髄まで食い尽くしたうえ、骨まで残さないのかと、私はものすごく腹が立ったのです。腹が立って、むかむかして、東京にもどる汽車の中で、じっくり戦争と原爆について考えてみたのです。考えを突きつめていくと、戦争責任の問題と原爆の問題というのは、日本人の手で何一つ解決していないのではないかということに突き当たったわけです。」

     こうして、彼は、戦後のイタリアやドイツと比較しながら、日本について次のように述べるのです。

     「ところが日本ではどうですか。敗戦の時も、イタリアとは反対に、皇居の前で土下座して、『天皇陛下様、私たちがいたらなかったから、日本は負けました』と泣いたわけでしょう。そして天皇は、戦後も憲法の上で『象徴』というかたちで堂々と生き残っている。また、一方では、戦争犯罪人が戦後も平気で総理大臣になっている。戦争を推進した連中が、政・財界にのうのうとのさばって、依然として政治を牛耳っている。彼らは、常に安全な場所に身を置いて、人に命令ばかりしている。だから、戦争のむごさ、原爆のすさまじさがわからないのです。日本人全体の中に、戦争責任の問題が、全く薄らいでしまっている。戦争で甘い汁を吸って味をしめている人々がいるから、また軍備だ、国を守るために戦争をやれといいだす。『死の商人』どもにとっては、戦争ほどもうかる商売はないのです。」

     いうまでもなく、中沢さんの主張の鍵は「戦争責任」の明確化です。私は、それまでに、この本ほど、〈戦争の直接的被害者〉がこの問題を率直・明瞭に訴えている例を知らなかったのです。そして、もちろん、冒頭に掲げた、母・君江の「なにがいまさら終戦ねん!」という言葉こそ、天皇の名の下に国民を無謀な侵略戦争に引き込み、さらに、勝利の見込みのない戦争を「国体護持」のために引き延ばし、国民に甚大な被害を与えた戦争指導者たちへの痛烈な告発の叫びであったにちがいないのです。(【追記】をご参照ください。)

     実際、このブログでも触れてきたように、東京大空襲、沖縄戦、神戸大空襲そして広島(!)など、国民の膨大な犠牲に直面しても、あの戦争指導者たちは、「国体護持」のために、さらなる国民の犠牲(本土決戦)をすら想定・準備していたのです。しかし、それを打ち砕いたのは、8月8日のソ連の対日参戦(実際の攻撃は9日から)でした。それは、9日の長崎への原爆投下よりも、日本の戦争指導者たちを震撼せしめたといわれています。なぜなら、「国体」=天皇制の存続にとって、ソ連の介入こそ最大の危険と捉えられたからです。ところで、このソ連の対日参戦は1945年2月のヤルタ会談で約束されたもの―――ドイツの降伏(実際は5月7日)から90日以内に参戦―――でしたが、この当時すでに、米ソ両国の間には、大戦終結後の両国による世界の分割支配に絡む駆け引きがはじまっていたといわれています。とりわけ、7月16日の原爆実験成功以降、アメリカは、ソ連参戦を前にして、日本の単独占領ー支配を企図し、広島(8月6日)・長崎(8月9日)への原爆投下を急いだということはもはや常識の範囲内といえるでしょう。こうして、8月8日のソ連参戦は、7月26日に出されていたにもかかわらず、日本政府によって「黙殺」されていた『ポツダム宣言』の受諾に向けた〈日米交渉〉を促進させることになったと考えられます。そして、この過程の中で、おそらく、(天皇を利用した「武装解除」と戦後の「間接統治」を考えていた)アメリカ政府と日本政府との間には、確約といった程のものではなく単なる「口頭」によるものだったとしても、日本政府がしがみつき得るような、なんらかの「国体護持」に対する「保証」が持ち出されていただろうことは十分想定できるのです。そういった中でこそ、『玉音放送』(終戦の詔勅)の中の、「朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ(朕はここに、国体を護持し、得て)」という文言も理解されるというべきでしょう。すなわち、要点は、日本政府による『ポツダム宣言』の受諾は、あくまでも、8月6日の広島への原爆の投下などの国民の犠牲に配慮することによってではなく、「国体」=天皇制護持の帰趨によって決定されていったということなのです。

     しかし、戦後の政治過程は、こうした8月14日の「ポツダム宣言」受諾=「敗戦」への経過が隠されるとともに、8月15日の「恩賜」の「終戦」が演出されていくことになった、そう理解できるだろうと思います。そして、戦後の被爆者に対する日米両政府の非人道的な対応も、結局、そうした戦後処理に発するものと言ってよいでしょう。中沢啓治さんの怒りは推して知るべしです。


     今年の8月15日、「終戦記念日」に開かれた全国戦没者追悼式において、安倍首相は、近年の歴代首相が表明していた、「アジア諸国に対する加害者としての反省」と「不戦の誓い」に触れることはありませんでした。その一方、彼は、戦前の侵略戦争で戦死した将兵を「英霊」として称え、また、侵略戦争の最高指導者たち(ーA級戦犯)が合祀されている靖国神社に玉串料を奉納(代理参拝)したのでした。安倍は、これまでも、戦前の戦争指導者たちは勝者によって断罪された(すなわち、彼らと戦前の戦争は悪くなかった)と主張してきたのですが、彼は、現在、まさしく、集団的自衛権を認め(憲法9条を改変し)、自衛隊(国防軍)を海外に派兵して戦争を実行し、再び、戦死者(「英霊」)を生み出そうと画策しているのです。
     戦前の政治と戦争の反省の上に平和憲法をもっているはずの我々が、今、こうした状況を許しているのは、やはり、中沢さんが言うように、私たち自身が、安倍首相の祖父である岸信介元首相をはじめとする戦前の戦争指導者たちの戦争責任を、自らの手で解決してこなかったからと言えるのではないでしょうか。それ故に、ゲンの父親、母親、兄弟・姉妹をはじめ、戦争で犠牲となったわが同胞の「敵(かたき)」を見定め、そして、その責任を問うこと、そのことが、日本が再び戦争の惨禍に見舞われないための条件であると思われてならないのです。

中沢さんのご冥福をお祈りします

 
    


暑い夏 さて、どっちの道に行くのかな?




【追記】  コミック版『はだしのゲン』第3巻(汐文社、1975年)の「玉音放送」に関わる部分には、アニメ版における母・君江のあの台詞はありません。そのかわりに、次のような台詞があります。少し長くなりますが、引用しておきます。

     まったくばかにしてるよ! あたしら国民にはなんのことわりもなく 日本のためだ 天皇陛下のためだと かってに戦争をはじめておいて こんどは 日本は戦争にまけたから しのびがたきをしのび たえがたきをたえて がんばれって・・・ 
     ええかげんにしてほしいよ いったいあたしらになにがのこったんだい 家はやかれ とうさんたちは殺されて! あしたのごはんさえたべられない苦しみだけがのこったんじゃないか・・・ 
     まったく日本人はおめでたいよ! 戦争でもうけるやつに すっかりおどらされて 天皇陛下をしんじて はだかにされて・・・
     天皇陛下もかってすぎるよ・・・ 戦争にまけるとわかったなら なぜもうすこしはやく戦争をやめてくれなかったのかね・・・ せめて一週間まえに戦争がおわっていれば 広島も長崎も新型爆弾をおとされず なん十万の人たち  すんだのに・・・ すでに東京や日本中の都市がB29でやきつくされて 日本がまけることはわかっていたはずなのに  なん百万人もの日本人の命を犬死にさせた 天皇陛下を あ・・・あたしゃ うらむよ・・・ 
     天皇陛下を利用して戦争をはじめて もうけて・・・ ぬくぬく生きている金持ちや自分たちのことしか考えない戦争の指導者たちを ひとりずつ 殺してやりたいよ 
     うううう ほんとうに戦争ほど ばからしいものはないよ ばかをみたよ あたしらが・・・ くやしいよ くやしいよ!

     この一人の「一般ピープル」の言葉を、あの戦争を経験していない私たちの世代がどう受け止めるのか。それが今問われています。
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2019年11月現在満13歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ワン・クリック・エリア
おもしろかったらクリックしてね!
にほんブログ村 犬ブログ 柴犬へ
にほんブログ村 にほんブログ村 格闘技ブログ 剣道へ
にほんブログ村 にほんブログ村 政治ブログ 平和へ
にほんブログ村
リンク
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる