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ムリキブログ(dtiblog)の小さな総括―――(2)政治経済論

 一般ピープルが自らの考えを公にすることの意味
       ―――恐らくそれは、『主権者』としての〈自覚〉を獲得することだ


     ※サーヴァントさんは、相変わらず渋い顔でニュースを見ていましたが、散歩から帰ってきたら、何やら持っているCD全曲を聞き直すのだそうで、まず、ベートーベンのピアノ・ソナタ(2番・4番)を聴いてました。「ミイラ取りがミイラはイカン」とか意味不明のことを口走っていましたが、ギレリスのピュアなピアノの音でも聴いて心を鎮めてほしいもんだね。dtiのブログは今月29日の僕の誕生日まで続けるんだそうで、もう少し、付き合ってあげてね。


     今回の「小さな総括(2)」は、〈政治・経済〉に関連する記事について振り返ってみたいと思います。それらは主に『「saro-murikiつぶやき選集』(21本)や『時々刻々』(32本)というカテゴリーの中で書かれたものでした。先ほど簡単に目を通してみたところ、おおまか、安倍首相や麻生大臣や橋下市長への批判(「安倍〈デジャアベ〉政権(1)~(3)」、「ナチスに学ぶ・麻生発言」、「『従軍慰安婦』に関連する三冊の本(1)~(3)」など)、そして、経済領域における〈アホノミクス〉や〈グローバリズム〉に対する批判(「アホノミクスに対峙する〈一般ピープル〉の経済論」、「『他の道』とはなにか――『市場原理主義』との決別」など)、また、福島の原発事故に関連した諸論稿や選挙結果の論評(「衆院選の結果について思うこと」、「servant-murikiの〈参院選2013〉総括」)そして教育問題(「昨今教育事情(1)(2)」)などに区分できるようです。さらに、安倍・極右政権の見え透いた〈うそ〉や〈トリック〉や〈目くらまし〉がどうして可能なのかを考えるところから、日本「国民」の〈政治文化〉を反省的に考察する試みも大きな柱になっています。それが、天皇制(「『昭和の日』に考えたこと―――主権者と天皇」など)やナショナリズム(「領土問題と『一般ピープル』―――国家の核心的利益?」、「私にとって『愛国心』とは何か(1)~(5)」)に関連する記事でした。そして、福島原発事故後の日本の〈有様〉自体が日本社会の「質」に深く関わっていると考えざるを得なかったわけなのですが、現在の雇用、労働、福祉などの見過ごせない〈現状〉を下支えしている、いわば〈常識〉化した基底的な価値意識―――それらは、一般的には、生産力主義や経済成長優先主義、また、新自由主義的な競争原理、あるいは、より幅広い商品経済的意識であったりすると考えられるのですが―――の〈問題性〉に対する検討に向かわんとする途上にあったいえます。
  
      ところで、私がこの一ヶ月余りツイッターから離れ、時事問題に関するブログ記事も書けなかったのは、昨今の政治情勢への私自身の感情的な反応でもありました。つまり、私は政治を「職業」とするわけではない一般ピープルですから、今の政治的・経済的シーンのあまりにもアホらしい有様を見て、つい、こんなことのために〈残り少ない〉大切な時間と労力を使うのはバカバカしいと感じてしまったわけなのです。ある意味で、まさしく、〈敵〉の思うつぼということだったのでしょう。『挫折禁止』は民主主義社会における『主権者』たる一般ピープルにも当てはまることで、私たち一般ピープルは、公的な領域を〈あのような〉政治家たちや官僚に委ねて私的生活の中に閉じこもってしまってはならず、公的な領域の現状と未来に対して一人一人が自らの見解を持ち、交流し、そして、何らかの行動を為していく必要があるはずなのです。当ブログが、この2年間、その時々の政治・経済・社会そして国際的な問題に対する私自身の〈個人〉的な見解を述べてきたのも、そうした意味合いにおいてでした。そして、それらの多くは、今考えても、そのほとんどが修正を必要としないと考えられるものばかりだったといえます。それにもかかわらず、安倍政権下のこの日本の状況は一体なんなのでしょうか! ということで、今さらですが、私が為さねばならないことは、自分をも含めて、この〈アホらしい有様〉を許しているものは何なのかを諦めずに考え続けていく他はない、との思いを新たにしているところなの  です。
     以下、遅まきながら、この一ヶ月余りの時事問題(とりわけ、政治領域)におけるそれに対する個人的な考えを「公」にしておきたいと思います。(経済領域については、後日、追加します。)この「ブログ政談」こそ、〈一般ピープル〉による公論形成に参画する、「主権者」としての自らの在り方を日々再確認していく作業だと思われます。

     

あの猪瀬都知事が5000万円を〈ポッポ〉に入れていたんだって。キャッシュでね!
  HAHAHAHA・・・笑い事じゃないけれど、そんなものなのでしょうね。


  ―――話は簡単そうで、新聞・テレビの報道をまとめていえば次のようなことになります。まず猪瀬が徳田側に1億5000万円を選挙資金として要求したが、徳田側は5000万円に値切って、毅議員が議員会館で猪瀬に直接足がつかないようにキャッシュで(!)渡した。しかし、その後の「徳洲会」グループの選挙違反事件が明るみに出たので、猪瀬側はヤバイと思い毅議員の母親にキャッシュで返した。それが検察特捜部の捜査の中で毅議員の母親の口から明るみに出てしまったわけだ。猪瀬側は、5000万円もの政治資金を個人あるいは団体から受け取ったとなれば明らかに公職選挙法・政治資金規正法違反となるので、「個人的な借り入れ」と主張し、22日には都条例に基づく資産報告書も修正、記入した。しかし、この〈短期〉(?)で〈無利子・無担保〉の『借り入れ』に借用書が存在したかどうかは、猪瀬側の主張にも関わらず、不明だ(少なくとも、現在は出てきていない)。
     この報道に接して私が感じたことは、「政治家」さんたちというのは、〈無利子・無担保〉で、返済期限もない〈出世払い〉で(どんな形で払うのかはわかりませんが!)、大金を『借り入れ』ることができるんだ!ということです。要するに、これは、一般ピープルにとっては想像を絶する、イスタブリッシュメントの秘密の〈手口〉(=法律の抜け穴)の一つで、こうした金の流れは徳洲会だけに限ってもこの事例以外にも膨大に存在しているようなのです。こうした『秘密』を抱えている輩たちに、『秘密』とは何かを公然と決定できる権限など与えたらどんなことになるか、それは自明のことでしょう。
     この問題の根は深い。それ故に、検察・マスコミの追求の〈有様〉をも是非注目して行きたいと思います。もし、猪瀬を2020年東京オリンピック招致の功労者などとして、その責任追求の手を緩めるようなことがあれば、麻生のナチス発言などに対してでもそうですが、当該のメディアは、まさしく権力中枢の一部としての〈化けの皮〉が剥がれてしまうということになるでしょう。興味津々というべきです。


特定秘密保護法―――『民は、由らしむべし、知らしむべからず』ですか?!

   ―――当ブログを覗いていただけるような方々には、今更、この法案の内容や「修正」への動きについてコメントする必要はないと思われます。全く、「『秘密』は秘密って ばかな話」というわけです。ということで、このブログでは、この法案を見た時に私の頭に浮かんだ、冒頭に掲げた言葉―――『論語』でしょうか、徳川家康でしょうか―――について若干述べておきたいと思います。
     この言葉は、一般的には、「人民を為政者に従わせることはできるが、その理由を理解させることはできない。俗に、人民はただ従わせればよく、理由や意図を説明する必要はない」(『広辞苑』)という意味で、〈封建的〉統治者の支配の原則を述べたものというわけでしょう。『民』は依存させ(「黄門様、おねげえしやすだ」)、(「お上」に)従わせ、(理解できないからというよりも、自立的に考え、権力に批判的にならないように)知らせてはいけない、ということでしょう。そして、現代日本の統治者の『心性』も、そして、それに無批判的に従う民衆の『心性』も〈封建〉時代のそれとあまり変わっていないかもしれません。しかし、民主主義体制における『民』(=一般ピープル)は、この国の〈在り方〉を最終的に決定する権限を持つ『主権者』なのであって、『主権者』がその権能を発揮するためには、まず、正しい情報をしっかり我がものとしていなければならないのであり、まさしく、『知る権利』・『情報公開』はその最も基本的なものなのです。すなわち、『主権者』の『知る権利』を制限しようとするこの法案は、〈民主〉主義体制それ自体を否定するものといってよいのです。しかも、それを性急に推進しようとしている我が政治的「エリート」たちは、有能などころか、あの悲惨な敗戦や福島原発事故を引き起こした「責任」者たちの〈お仲間たち〉なのです。「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」(アクトン)とは政治学の常識の一つですが、「沖縄密約」を始め、ウソを恥じることもないこうした〈お仲間たち〉に、「秘密」とは何かを、「その他」・「その他」のオンパレードで恣意的に決定しうる権限を与えるなど、〈民主〉主義体制を二重三重に否定することになるだろうことは明らかというべきです。
     私も寒いながら頑張ろうとは思いますが、とりわけ言論を職業としている人々は、その職業倫理からしても、身体を張っても阻止すべきだと思います。日本の言論人の「質」が試されています。最低、ハンストぐらいはやってみせてほしいものです。


山本太郎の「陛下への手紙」事件――何が一体問題なんだ?!
     悲惨!天皇陛下は自分宛の手紙も見せてもらえないんですか?


   ―――脱原発を主張して参議院議員になった山本太郎が、秋の園遊会で天皇陛下に手紙を渡したということで、自民党をはじめとする勢力から「天皇の政治利用」だとかわけも分からない理由で議員を辞めろと圧力をかけられたり、皇室行事から排除されたりと大騒ぎになった。ところが、一般ピープルたる私などは、「主権者」たる国民の代表の一人が福島原発の現状を知ってもらおう「象徴」たる天皇に手紙を渡すことが何故〈いけない〉の? 別に良いんじゃない、という感覚だったといっていい。アイドルや氷上のアスリートではないのだから、皆がファンレターやプレゼントを渡すようになると陛下が大変だからということなのでしょうか? あるいは、一般ピープルにとって、相手が天皇だと、手紙を書いて渡そうとすること自体が「非礼」ということになるのでしょうか? 大体、「政治利用」と言っても、その行為が内閣の助言と承認に基づく国事行為に限定されている天皇が、福島の現状を知ったからといって、国民の意見が分かれているこの原発問題に関して〈政治的〉発言をするわけはないでしょう。逆に、「政治利用」というのは、捨て石作戦で塗炭の苦しみを押し付けた沖縄県民をまたもや米軍の施政権下に留めた「屈辱の日」を「主権回復の日」として祝うことを正統化せんと、沖縄県民をはじめ国民の意見が大きく分かれたこの式典に、天皇・皇后両陛下を招き、天皇陛下万歳を三唱してみせたりすることを言うのではないか。
     さらに、この件で強く感じたのは、天皇は福島の現状を知ることすら許されないらしいことだ。というのは、自分宛の手紙を山本太郎からにこやかに受け取った明仁天皇は、テレビで見る限り、侍従に促されその手紙を彼に手渡したのだが、後日の新聞によると、侍従はその手紙を天皇に見せていないというのである。私の家族が私からそのような扱いを受ければ、きっと怒りますよね。つまり、天皇は自分宛の手紙を見ることもできないらしいのだ。一体なぜなのか。他の国の国王や大統領もそうなのか。危険物をチェックしたりすることなどはわかるが、国民の代表である国会議員が直接手渡した自分宛の手紙を見ることができないなどとは、本当に本当に、気の毒という他はない。これでは子供以下の扱いではないか。雅子妃の境遇や気持ちがわかるような気がする。
     「直訴」に至った山本太郎の天皇観や「ご宸襟(しんきん)を悩ませた」とかいった後日の反省の弁については首を傾げたくなるところもあるが、問題は、日本国憲法下の「象徴」天皇を「主権者」たる国民がどう捉えるかのかだと思う。勿論、天皇制は憲法上許されている唯一の「門地」(家柄)による「差別」(天皇は国民が有する基本的人権を持っていない)であるが、問題なのは、そうした「差別」待遇の中でも、天皇個人をあくまでも私たちと同じ「人間」として見るのかどうかということなのだと思う。そして、彼も私たちと同じ欲求や感情を持つ〈人間〉存在であるという自明な事実を前提として、主権者たる国民の代表が招待された園遊会の場で、象徴たる天皇に本人の承諾の上で手紙を手渡すことが「非礼」にあたるのかどうかを考えることなはずだ。それは、天皇の友人が彼に悩みを打ち明ける手紙を書いたり、あるいは、愛子さんの学友が彼女にラブレターを出すことが「非礼」にあたるのかどうかを考えることと同じことだろう。そうしたことをぬきにして、天皇を、明治憲法下の「神聖不可侵」な、「人間」存在以上のものとして国民に印象づけようとするのが今回の動きなのだと私は考える。それは、明らかに、日本国憲法が示す、「人間ー天皇」のイメージとも異なるはずだ。私たちは、あくまでも、同じ〈人間〉のはずだからである。


小泉・細川元首相らの〈原発ゼロ〉への動き:再稼働は阻止すべきだ!


     実に真っ当な見解で、日本の将来のためにも、是非頑張ってほしいものだと考えます。ただ、問題なのは、核廃棄物の〈最終処分場〉だけのことではないということです。すなわち、福島県における小児甲状腺がんの「激増」(9月までに26人)や汚染水漏洩の問題など、目の前に厳存している諸問題――福島をはじめとする自然と人間の〈救済〉―――に如何に迅速かつ効果的に対処しうるかは、これまでの原発政策全体の徹底的な検証と反省、つまり、日本社会の政治的、経済的、社会的、技術的、思想的など、あらゆる分野での再点検が不可欠だろうということなのです。原発政策で犠牲になった多くの人々の悲惨な現状を前に、オリンピック開催でうかれたり、原発輸出で飛び回ったり、再稼働を画策したりすることなどは許されるはずはないのだと思います。そんな日本社会全体を再考すべきです。

  ※ 今日はこの辺で切り上げます。次回は、経済関係、とりわけ、雇用や福祉や税金の問題について簡単に述べ、この小さな総括を終えたいと考えています。

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プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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