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ムリキブログ(dtiblog)の小さな総括          ――(3)政治経済論・追記

 一般ピープルの実生活から導出される社会観・国家観とはなにか?
        ―――イスタブリッシュメントの価値観との〈対峙〉



※ 特定秘密保護法が衆院で「強行」採決され、日本版NSC(国家安全保障会議)法案が参院を通過した。そして、まさしく、主権者たる国民をなおざりにした、〈政府〉の解釈変更による集団的自衛権の承認―――憲法9条の平和主義を根底的に堀崩す、海外において〈戦争〉のできる国家への転換―――が現実味を増してきています。来年には、日本の若者、とりわけ、自衛隊員が、海外での戦闘行為によって、人を殺したり・人に殺されたりする事態、すなわち、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こる」(日本国憲法前文)事態が予想されさえするのです。 しかし、これらに対する日本国民の反応はまだ〈鈍い〉ように思われます。こうした現状は、おそらく、戦後68年、とりわけ、この30年程の、イスタブリッシュメントによる〈教育〉と〈プロパガンダ〉の「成果」なのでしょう。勿論、それらは、一般ピープルにとっては、眼前で「生み出され」、そして、それらに「包み込まれ」ざるを得ない〈現実〉への想定しうる〈反応〉だとも言い得るのですが、問題なのは、こうしたイスタブリッシュメントによって意識的に形成・操作されてきた〈現実〉に対する批判的な視座・価値観が相対的に衰弱化してきていることなのだと私には思われるのです。


      さて、ムリキブログの政治経済論とりわけ〈経済〉領域における小さな総括で私が指摘しておきたいことも、上で述べてきたことに関連するものです。たとえば、現在、NHKや日テレ・フジなどをはじめとするマスコミ主流は盛んに景気回復を印象づけようとしていますが、少なくとも私の周りでは、そうした実感などほとんどないといってよいのです。勿論、富裕層の高額商品への需要増大とか消費税導入前の駆け込み需要の増大、あるいは、海外市場からの影響などはあるでしょう。しかし、総体としての一般ピープルの所得・収入の増大や生活の安定・安心がない以上、そんな報道は、ウソかプロパガンダであるとしか聞こえようがないのです。景気上昇? 確かに物価は上がってるよね、ぐらいでしょうか。しかし、私が、私の若い頃と決定的に違うと感じるのは、こうした「経済状況」への一般ピープルの意識的スタンスであるように思われます。つまり、現在は、そうした「経済状況」や「景気変動」がよりどうしようもない「自然現象」に近いものと感じられているのではないかということです。しかし、実際には、国際金融資本を中心とする多国籍資本の「経済活動」全般に対する「操作」の度合いは以前よりも遥かに強まっており、その利益追求ゲーム(!)によって必然的に生じる経済的混乱自体の責任は、まさしく、より彼らあるいはそうしたシステム自体に起因しているはずなのにです。これは、言ってみれば、江戸時代の一般ピープルが米を買い占めて暴利を貪る悪徳米問屋の行状が「見えず」、それを単純に〈凶作〉のせいだと諦めているようなものでしょう―――もちろん、特定秘密保護法案に反対する市民のデモをすらテロ行為と同一視するような石破のような輩にいわせれば(http://www.asahi.com/articles/TKY201311300290.html参照)、そうしたシステムに気づき一揆や打ち毀しなどの批判的な抵抗にでた農民や町人の行動はまさしくテロ行為として否定されることになるのでしょうけれど。それにしても、石破は「暴利を貪る悪徳米問屋」に雰囲気がよく似ていますね!―――。つまり、現代の私たちの経済活動それ自体への見方は非常に狭い視野に限定されているのではないか、あるいは、私たち自身が形作っている経済的関係性への意識がより「物象化」されているのではないかと思われるのです。換言すれば、一定の経済「状況」に対する「国民」の見方・感じ方が、現在の支配的なイスタブリッシュメントの〈価値観〉あるいは〈目くらまし〉の中に閉じ込めれ、経済関係の〈実体〉を見通し、〈現状〉を超える想像力を持ち得ていないのではないかということなのです。

     こうしたことについては、恐らく、マスコミの責任も大きいと思います。つまり、彼らは、〈現状〉ないし〈支配的〉勢力の価値観に拝跪ないしは遠慮して根底的な議論を避けてきた、あるいはより意識的に、批判的な価値観はフィルターにかけ、面と向かって議論されないようにしてきたと思われるからです。しかし、私の若い頃には、例えば、消費税や福祉や雇用問題などについて何らかの問題点が明確になった場合には、それらの問題を、単なる利害関係の相克や立場の違いといったいわば「直接的な」観点だけからではなく(もちろん、そのことは極めて重要なのですが)、そこで対立しあっている政策や理論の基底に横たわっている社会観や人間観にまで踏み込んだ議論がなされていなかったわけではないと記憶しているのです。確かにそれは個人の価値観や生き方にも関わるものですから非常に微妙なところもあるのですが、それを避けていては問題に対する根底的な把握や様々な選択肢の評価も不可能であると思われるのです。そうしなければ、いくら困難な状況を前にしても、結局は「古い」あるいは「支配」的な秩序のなかに〈回帰〉する他はないということになるのです。このことは経済領域だけの話ではなく、平和主義や原発問題でも同じことでしょう。私が今一般ピープルの立場から考えてみたいと思っているのは、こうしたレベルでの話なのです。

    例えば、消費税の議論においては、「累進課税」制度を支える「応能負担」の原則と「受益者負担」(応益負担)を原則とする考え方との比較検討は不可避なことなのですが、そのためには、また、それぞれがよって立つ社会観・人間観そして価値(倫理)観をどう捉えるかが問題となるのです。もちろん、それはまた、公的な「社会福祉」の体制と私的な「自助努力」の体制がよって立つ社会観・人間観そして価値(倫理)観への評価に関連します。また、失業や雇用の不安定化の問題を考える時、そもそも、憲法が規定する「勤労の権利」とはどのような社会観・人間観そして価値(倫理)観に基づくものなのかが、一般ピープルの言葉によって、明確にならなければならないはずなのです。

     意識的動物である人類は、その社会観・人間観そして価値(倫理)観によって、歴史的にも文化的にも多様な社会を形成してきたといえるでしょう。例えば、社会福祉に関連する北欧社会とアメリカ社会の相違は、やはり、その社会観・人間観そして価値(倫理)観に基づく選択の結果としてあるのだと考えてよいはずです。現在の日本社会における様々な経済的諸問題をそうした基底的な価値意識の面から再考すること、それがこれからの私の課題です。ムリキブログの再開に向けて準備していきたいと考えています。

     「戦争のできる国家化」への策謀が積極的「平和主義」の言葉の下で行われ、日本社会の全般的軍事基地化が沖縄の基地負担の軽減のためとして正統化され、あの辛坊治郎を助けた自衛隊の救難飛行艇の輸出が〈武器〉輸出の突破口として利用されようとしています。歴史は審判を下すでしょう。しかし、その前に、日本の一般ピープル自身がこうした〈トリック〉を打ち破らなければなりません。そうしなければ、日本の未来は極めて危険なものになってしまうでしょう。

      サロさん! 笑顔で散歩したいものだね!!
      ワン!!!
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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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