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『ゴジラ』を観る(1)―――2014年・夏

 戦後日本民衆の『核と戦争』への想い
    ―――『ゴジラ』を生み出した時代を振り返る



   ※今年の夏に何をしたのかなと振り返ってみますと、「ああ、『ゴジラ』を観たな!」と思い当たりました。ただし、今年7月に封切られたアメリカ映画『GODZILLAゴジラ』ではありません。NHK・BSプレミアム『ゴジラ』特集で放映された全9作です。それまでの私にとって『ゴジラ』といえば、あのザ・ピーナッツの歌と結びついた『モスラ対ゴジラ』(1964年)だったわけですが、今回改めて1954年制作の『ゴジラ』を観て、何か戦後日本民衆の『核と戦争』への想いを再確認できたように感じ、感慨に浸ってしまいました。勿論、2000年代に制作された、旧敵国に媚び・諂い復権を果たした〈改憲〉派や彼らと結びつき甘い汁を吸った「原子力村」のプロパガンダ映画の如き、〈恥ずかしい〉作品群もあるのですが、1984年制作の『ゴジラ』や1995年制作の『ゴジラvsデストロイア』も含めて、このシリーズから実に興味深い内容を感じとることが出来ました。あと、米国製の『GODZILLAゴジラ』はまだ観ていませんが,予告編を観た限り、『ゴジラ』第1作とはかなり異なった印象を受けます。すなわち、「あの水爆実験は〈ゴジラを・・・?〉」とか、「自然〈=ゴジラ〉には勝てない」とか、なにかゴジラの性格規定のすりかえのようなものを感じます。近いうちに確かめてみたいと思っています。

   それでは、まず、NHK「BSプレミアム『ゴジラ』特集」のページから、とりわけ興味深かった2つの作品についての概略を転記しておきます。
 
■ゴジラ 60周年記念 デジタルリマスター版(1954年/日本)
  南洋の水爆実験により突如現れた体長50メートルに及ぶ怪獣“ゴジラ”。終戦からようやく復興した東京を襲い、人々はパニックに。政府は災害対策本部を設置し撃退作戦を開始するが、どんな武器も通用せずゴジラは破壊の限りを尽くす。ゴジラを倒すには封印していたオキシジェン・デストロイヤーしかないと判断した芹沢博士は、最後の決断をくだす。初公開から60年、最新デジタル技術によって映像・音声が修復された。
 【出演】志村喬、河内桃子、宝田明、平田昭彦、菅井きん ほか

■ゴジラ(1984年/日本)
  火山の噴火により再び目覚めたゴジラは、ソ連の原子力潜水艦を沈め、日本の原子力発電所を襲う。さらに東京の銀座、有楽町を壊滅状態にして新宿高層ビル群に向かう。逃げ惑う人々をしり目に都市を破壊していくゴジラ。そんな中、ソ連の宇宙衛星から核ミサイルが誤射されてしまい、東京がゴジラと核の二重の恐怖につつまれる。本作は、第1作の原点に戻りゴジラの性格がより凶暴、より強大に復活している。
 【出演】小林桂樹、田中健、沢口靖子、宅麻伸、夏木陽介、小沢栄太郎 ほか


   1954年制作の第一作について、『東京新聞』(7月28日朝刊)は、プロデューサー・田中友幸、監督・本多猪四郎、特撮監督・円谷英二,音楽・伊福部昭という「輝く才能が奇跡のように集った」作品と表現しています。ところで、この作品の脚本は村田武雄が本多と話し合いながら書いたとのことですが、そのいわゆる「反戦」・「反核」のメッセージについて、私は、ほぼ次のように考えることが出来ると思っています。

   まず、はじめに、作品が生み出された時代的背景に注目する必要があります。第一作が生み出されたのは、1945年のあの敗戦から9年後のことでした。この間、世界では、冷戦が激化し、米ソの原水爆実験が繰り返されていました。また、日本では、1950年の朝鮮戦争からアメリカの「指令」による再軍備化が進行し、「逆コース」と呼ばれる状況が生まれていました。そして、こうした流れがとりわけ顕著となったのが1954年であり、この年には,日本のマグロ漁船第五福竜丸がビキニ環礁におけるアメリカの水爆実験によって「死の灰」を浴び,広島・長崎に次いで、三度目の「被爆」犠牲者となったのでした。これに対して,東京杉並区の主婦の呼びかけによって始まった原水爆禁止署名運動が高まり(日本で2000万,全世界で6億7000万)、第1回原水爆禁止世界大会が広島で開催されるに至るのです。また、この年には,日米相互防衛援助(MSA)協定が調印され、この協定にもとづいて、戦前の常備軍兵力に匹敵する陸海空三軍からなる自衛隊が創設され、54年の映画にも登場することになるのです。

   ついで、1984年版の歴史的背景について言えば、世界的には、1979年のソ連のアフガニスタン侵攻そして1980年のレーガン政権の誕生を機に,いわゆる「デタント(緊張緩和)から新冷戦へ」という流れが生じ、ヨーロッパではパーシングⅡやSS-20による中距離核ミサイルの配備が進んで、地域的な限定核戦争の脅威が深刻化していました。こうしたなか、欧米を中心に反戦・反核運動が高まり―――1981年のローマ法王ヨハネ=パウロ二世の広島での平和アッピールも印象的です―――、1982年の日本を含む世界的規模での高揚期を迎えます。又,国内的には、いわゆるハト派の鈴木善幸からタカ派の中曽根康弘への,すなわち、日本国憲法をもってアメリカとも一線を画そうとするの自民党「護憲派」と日米軍事同盟強化(「ロン・ヤス」・「浮沈空母」)を目指す「改憲派」(「戦後政治の総決算」)への政権の移行が行われます。こうした中で、日本の「非核三原則」(核兵器はつくらず,持たず,持ち込ませず)を否定するアメリカのライシャワー駐日大使の発言があり、「核持ち込み疑惑」が一層深刻なものになっていったのです。

   このように見てくると、この2つの作品は、共に、米ソ冷戦の激化と(さまざまな矛盾を孕みながらも)それに対する世界の一般ピープルによる「反戦・反核」運動の高揚を歴史的背景として作られているといってよいでしょう。そして、物語の構成の中にも,それらと〈共鳴〉しあう様々な要素を発見できるように思われます。また、私は、これらの作品の「メッセージ」の中に、1949年にノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士らの思索との重なりを感取しえるように思うのです。

   そもそも「ゴジラ」とは何なのか?そして、あの凶暴な「ゴジラ」の行動をどのように受け止めれば良いのか? 話は長くなりそうなので、今日は,この辺で筆を置くことにします。


   ※ 新聞報道によれば,アベッチは、広島における土砂災害に際し,ゴルフ場から一時戻って、「自衛隊の派遣」を指示しましたとか自慢げに宣伝したあげく,又,ゴルフ場に戻ってしまったのだそうだ。え!戻っちゃたの!! なるほど,この人は、集団的自衛権の行使に際しても、自衛隊員を危険に曝しながら,世界の安全と平和を守るために「自衛隊の派遣」を命令したとか宣った挙げ句、自分はまたゴルフ場に行っちゃうのでしょうねえ。間違いないでしょう!!!
   

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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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