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「ガイドライン」改訂に思う――勝手に決めるなよ

 主権者は我々だ!勝手に決めるんじゃない!! 
  ――大体,君たちは「国民」を代表しているのかね?!



   時事問題について色々な感想を持ったとしても,それをすぐブログに書けるというものではありません。とりわけ、衝撃度が強いもの程そうだといえます。「〈政府の解釈変更〉による集団的自衛権の容認」などもその典型でした。怒り心頭! 言葉にもなりません。しかし、先週8日の「日米防衛協力のための指針」再改訂に向けた中間報告を読み,やはり、黙っているわけにはいかないとPCに向かうことにしました。

   今回の再改訂の眼目は,自衛隊が、世界中のあらゆるところで、「切れ目のない形で」米軍と共同行動をとることです。そして、テロ対策の「後方支援」であろうとシーレーン防衛(日本の軍産複合体の目的はこれと兵器の生産と輸出だろう)であろうと、そうした共同行動の中で武力衝突が発生すれば、すぐさま、(集団的)〈自衛〉権の名の下に戦闘行動を正当化する、とまあそんなシナリオが見え見えなのです。その危険性は〈超〉現実的なものです。実際、「専守防衛」から「海外派兵」への転換は、たまたま死者を出さなかったイラクの自衛隊もそうだったのですが、日本の若者が他国の民衆と〈兵器〉を携えて「殺しー殺される」関係(=戦争)に入ることを意味せざるを得ないのです。すなわち、今回のガイドライン再改訂への動きは、まさしく、日米両〈政府〉による日本国憲法「平和主義」の根底的な破壊、すなわち、基地や戦費の提供だけではなく、日本の若者が米軍の盾となり駒となって海外で血を流すことへと日本を導くものなのです。

  それにしても,このような憲法をないがしろにする行為が、なぜこうも堂々ととまかり通ってしまうのでしょうか。勿論、それは,戦後日本の再軍備化の過程、そして、基地と金だけではなく、“show the flag"とか"boots on the ground"とか言って軍事的貢献を求めて来たアメリカのこれまでの政策を知るならば,容易に理解できるとはいえます。(『追記』参照)。そして、こうした観点からする最近の労作としては,孫崎享氏の『戦後史の正体 1945ー2012 』(創元社)があげられるでしょう。この本は、彼自身の外交官としての経験をもとに、日本の戦後史をアメリカからの圧力対する「自主路線」と「追従路線」とのせめぎ合いという観点から分析—総合したユニークなもので,同氏の『日本の国境問題――尖閣・竹島・北方領土』(ちくま新書)と共に、現在の日本の状況が必要とする、必読文献であると思われます。ただし、それは,「権力エリート」(政治家・官僚)の視点からのものであって、そのアメリカからの「自主」の意味することが、「国益」ならぬ「国民」(=「一般ピープル」)の利益の視点からみて何なのかが再検討されるべきだと考えられます。例えば、彼が評価する岸信介の「自主」路線の意味とは何か、です。なぜなら、戦前の大日本帝国も「自主」的であったろうし、現在の「北朝鮮」—朝鮮民主主義人民共和国も「自主」的であろうからです。また、この本に対するもう一つの不満は、その検察批判や学会批判はかなり鋭いのですが、やはり、アメリカの軍産複合体の「圧力」に〈共鳴〉・〈連動〉する、あるいは、そのアメリカへの「追従」から「利益」を得る日本国内の反「一般ピープル」的な勢力への批判的観点が弱いことです。そうした勢力の動きは、CIAの暗躍だけでは説明できない「重み」を持っていると考えられるのです。

   今私が感じているのは、眼前の状況が戦後の米日軍事同盟の強化を策する「既成事実」の積み重ねの一つの帰結であり、さらにいえば、それは〈政府の解釈変更〉による「なし崩し」的な〈個別的〉自衛権容認と地続きだろうということです。「権力エリート」たちは、主権者たる国民に本質的な情報を隠したまま、国民の〈正統的な代表者〉であるとの擬制の下で、本来ならば主権者たる国民が行うべき国家の運命を左右する〈選択〉を詐取し、「権力の恣意的な行使」を行って来たといってよいのです。確かに、そうした過程の中で形作られて来た日米安保体制下の「平和主義」――その鍵的概念は「専守防衛」であって、集団的自衛権を行使するための海外派兵を禁じていました――によって,日本は戦後69年間,直接的な戦死者を出さずに済んだというのは事実です。なぜなら、海外へ派兵しない限り,侵略がなければ死者は出ないからです。そして、こうした「実態」を、左右の「権力エリート」をはじめ「国民」の多数派が〈容認〉していたのだろうとは思います。しかし、1991年の湾岸戦争及び2003年のイラク戦争を契機に自衛隊の海外派遣が始まり、〈集団的自衛権〉禁止の「外堀」は埋められ、そして、なんと、今回の〈政府の解釈変更〉と「ガイドライン」再改訂によって、「内堀」どころか「本丸」をも崩壊させられる事態に陥っているのです。

   私は、戦後日本の「平和主義」=憲法9条の存続を支えて来たのは、一部の「権力エリート」たちの努力やその影響力を認めはするものの、基本的には、〈国家〉や〈戦争〉の本質を肌で知り,それを語り伝え、一部の〈軍産複合体〉の利益のために戦争へ動員されることを拒否してきた、日本の「一般ピープル」であったと思います。そして、その状況は現時点においても同じであり、種々の世論調査においても、集団的自衛権反対・憲法9条支持は過半数から6割強に及ぶのです―――直近のNHKの調査(8月)でも,9条改正賛成28%、反対41%となっています。というわけで,現時点においても、安倍政権は、欺瞞的な〈目くらまし〉と策謀を駆使しつつ,勝手に解釈を変更し、内実をごまかし続ける他ないという有様なのです。恥ずべき奴らです。

   そして,我々「一般ピープル」も、我々自身の「安全保障」のために、これまでの〈欺瞞〉を正視し、私たちを〈戦争〉の体制に包み込もうとしている米日〈軍産複合体〉の策謀に対抗していかなければなりません。このような重要な問題を、〈詐欺まがいの多数派〉政党やあんな低劣な議員どもに任せることなどは出来ないのです。ちなみに、自民党が圧倒的多数を占める現在の国会を生み出した、2012年衆議院議員選挙と2013年参議院議員選挙の結果を見ておきましょう。裁判所が「違憲状態」と判決を出した選挙であったことは勿論、以下に見るような〈選挙制度自体の問題性〉をも私たちは認識すべきなのです。大体,君たちは正しく「国民」を代表しているのかね?!勝手に決めるんじゃないよ!!


《2012年衆院選》(投票率 59%) 
 自民党の比例代表区での得票率28% 
    ―→ 57/180議席:議席獲得率 31.7
 自民党候補者(+公明党?)の小選挙区での得票率43
    ―→ 237/300議席:議席獲得率 79
  ☆政党支持率でいえば、全有権者の16.5%の得票で、294/480 
    全議席(小選挙区+比例代表区)の61.2%を獲得している。
 
《2013年参院選》(投票率 52%)
 自民党の比例代表区での得票率34.6% 
    ―→ 18/48議席:議席獲得率 37.5
 自民党の選挙区での得票率 42.7% 
    ―→47/73議席:議席獲得率 64.4
  ☆政党支持率でいえば、全有権者の18%の得票で、65/121 
    全議席(選挙区+比例代表区)の53.7%を獲得している。


  比例代表制にしましょうよ! そうすれば、自民党の政策を支持した100人のうちの17人の意思で衆議院の60%を超える議席が占められ、60%前後の、9条支持、原発再稼働反対、消費税反対の世論を無視することなど出来ないのですから!!

  そして、もう一度,歌ってやるのだ。「おまはんらが儲けるために,わしらを殺すのけ!」と
  

             【追記】

  戦後の安全保障政策の変化の過程を概観すると,ほぼ,次のようになるでしょう。すなわち、

  日本国憲法は、その前文で、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意」し、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」し、また、「全世界の国民が等しく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」しました。そして、こうした徹底した平和主義の具体的内容を示したのが第9条であり、それは、第1項において「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と定め、さらに、第2項では第1項の目的を達成するために、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」としたのです。このように、日本国憲法は、〈軍備廃止〉をも宣言する、当時では他に類を見ない画期的な憲法であったといえるのです。

  しかし、東西対立が深まり、1950年朝鮮戦争が始まると、連合軍総司令部(GHQ)は警察予備隊の創設を日本政府に指示し、その後、それは、1952年には保安隊、1954年には自衛隊へと拡大強化されてきます。また、1951年のサンフランシスコ講和条約とともに締結された日米安全保障条約によって、日本国内に米軍が引き続き存続することになったのです。こうしたなか、日本政府は、当初、第9条は自衛のための戦争も認めていないとしていました(吉田首相)が、冷戦、日米軍事協力の強化を背景に、その解釈を変更していくことになります。 こうした米軍や自衛隊の存在についてそれが合憲なのか違憲なのかが問われた裁判として有名なのが、日米安保条約と米軍についての砂川事件訴訟、そして、自衛隊についての長沼ナイキ・ミサイル基地訴訟です。両者とも第1審では違憲判決(東京地裁・伊達判決、札幌地裁・福島判決)がでましたが、上級審の最高裁判所や札幌高等裁判所では、「高度に政治的な問題は、司法審査にはなじまない」(統治行為論)として司法判断が回避され,既成事実が追認されることになりました(砂川事件における田中耕太郎最高裁長官と米政府との関係や長沼事件における「平賀書簡」等は有名)。一方、自民党政府は、最終的には、「国家である以上、自衛権をもつことは当然である。自衛隊は自衛のための必要最小限度の実力であり、憲法が保持することを禁じた戦力にはあたらない」とする見解を示します。政府によるこうした解釈の変遷は、憲法の条文の解釈や運用の変更によって既成事実を積み重ね、事実上の憲法改正を行う「解釈改憲」ともいわれ、国民主権や立憲主義の観点から批判もなされてきたのでした。しかし、政府は、日本が再び軍事大国になるのではないかという懸念に対して、日本の防衛のあり方は、自国領土内でのみ武力を行使し相手国に攻撃をしかけないこと(専守防衛)、 自国と同盟関係にある他国防衛のために軍事行動をする権利=集団的自衛権を認めないこと、また、事実上すべての国への輸出を禁ずる武器輸出三原則、「核兵器はつくらず,持たず,持ち込ませず」の非核三原則、軍隊の最高指揮権を非軍人がもつこと(文民統制)などを掲げ、そうした批判は当たらないとしてきたのでした。そして,これが,日本社会党をも含めた(!)、日米安保体制下の「平和主義」となったのです。

   しかし、冷戦が終結して国際情勢が変化すると、アメリカ政府の強い要請によって、自衛隊が海外へ派遣されるようになります。そのきっかけは、1991年の湾岸戦争で、この戦争は日本の「国際貢献」はどうあるべきかの議論(金だけではなく血もということで)をうながし、1992年には、国連平和維持活動(PKO)協力法が制定され、自衛隊の海外派遣が始まります。また、1996年には 日米安保体制の再定義が行われ(日米安全保障共同宣言)、翌年には 「日米防衛協力のための新指針」(新ガイドライン)が作成されます。そして、1999年には、それを受けていわゆる周辺事態法などが制定され、自衛隊がアメリカ軍を後方支援したり、日本政府が民間や地方自治体に協力を求めることができるようになったのです。また、2001年、同時多発テロ後には、テロ対策特別措置法が制定され、2003年のイラク戦争時には、イラク復興支援特別措置法が制定されて、インド洋やイラクに自衛隊が派遣されました。また、同年、武力攻撃事態法などの有事関連3法が制定され、さらに、2004年には、これらを補完する国民保護法(実は、国民への統制強化)など有事関連7法が制定されます。こうした一連の日米軍事同盟強化の方向性の中で、自衛隊の明文での規定や集団的自衛権の承認を中心的な論点とする「憲法改正」が論じられてきたわけです。そして、本年7月1日、安部内閣は、これまで歴代政府によって日本国憲法のもとでは認められないとされてきた集団的自衛権を容認する閣議決定を行い、戦後日本の安全保障政策の大転換を策したのです。そして、さらに、おそらく日本の軍産複合体の利益増進に繋がるであろう常任理事国入りを視野に入れつつ、国連による軍事的制裁行動への参加も意味する集団安全保障にまで議論を及ぼそうとしているのです。


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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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