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解釈改憲ーーー不誠実な感じの悪さ!

 
 「ぼくはね、丸子の好きなようにすればいいと思ってる。
  丸子の好きな男を選べばいいと思ってる。
  でも、ルールは守って欲しかった。
  ぼくと別れてから、家に入れるべきだよ。」

 (石坂啓、「さよなら憲ちゃん」、
   『ビッグコミックオリジナル』戦後70周年増刊号)より



  ※ 暑い!暑すぎる!今日は家の粗大ゴミを整理してクリーンセンターに持って行ったが、汗ダクになって、正直気持ちが悪るかった。熱中症かもしれない? それにしても、7月には、オマー・シャリフや鶴見俊輔が亡くなってしまった。オマー・シャリフは私が若い頃一番好きだった映画『ドクトル・ジバゴ』―――パステルナークの原作(原子林二郎訳)よりもずっと印象深い作品になっていた―――の主演男優で、私が最も好きな俳優の一人だった。そして、鶴見俊輔は、〈資質〉という点ではかなり「遠い」存在と感じられていたが、彼の思想と行動は、実に興味深いものだった。そんな彼が安倍の「解釈改憲」策動をどのような気持ちで見ていたのかを考えると、察するに余りあるところだ。しかし、彼が市民とりわけ若者たちの間に今広がるつつある自発的で民衆的な「9条守れ!」の高まりを感じることができていたとすれば、きっと、未来に大きな希望を見いだしていたに違いないと思う。まだまだ、どっこい、これからなのだ。

   ところで、参議院で「戦争法案」の審議が始まっている。私も時々国会中継を見たりするが、本当にひどいものだ。要するに、彼らは、主権者たる国民に対し、〈嘘〉をついたり、〈ごまかし〉たり、〈ハッタリ〉をかましたりすることに〈羞恥心〉すら持たない品性の持ち主ということなのだ。よほど「日本国民」のことを舐めているのでしょう。今回の政府の〈解釈変更〉による「集団的自衛権」の行使容認は、普通の頭で考えれば、憲法学者や元法制局長官諸氏等の言を待つまでもなく、「戦争放棄・戦力不保持・交戦権の否認」を定めた日本国憲法9条に違反していることなど明白で、民主国家ではあってはならない「違憲」行為に間違いないのだ。それは、戦後の政治過程の中で、少なくとも、日本が海外において「殺しー殺される」関係に入ること(=戦争)を防いできた『専守防衛』の歯止めを取り外し、海外における武力の行使を容認しようとするものに他ならない―――さらに言えば、なにしろ自衛隊を米軍との共同行動の「場」に連れて行き、一たび事が起これば「撃て」と命令することを可能にしようとするものなのであって、辻褄合わせの「武力行使新三要件」など、一発の銃声によって、お得意の恣意的解釈でどうにでもなるといった代物なのだ。

   しかし、〈口先だけ〉の偽りの「論理」など、真っ当な多くの国民に通用するものではない。そして、そんな化けの皮が次々に剥がれてきたことに焦って飛び出してきたのが、安倍政権の「本音」を曝す、磯崎陽輔首相補佐官の「法的安定性など関係ない」といった〈立憲主義〉を真正面から否定する政府による〈解釈改憲〉の正当化であったり、また、公務員としての憲法擁護義務にもかかわらず日頃から日本国憲法の三大原理を攻撃していた「安倍チルドレン」武藤貴也衆院議員の「戦争行きたくないは利己的」といった発言だったのだ。結構!結構! かって、自民党副総理の麻生太郎は「だから、静かにやろうやと。ワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。誰も気がつかない間に変わった。あの手口を学んだらどうか。」とその手の内を明らかにしていたが、彼らが日本国憲法を〈こっそり〉とどんな憲法に変えたがっているのかは、その「日本国憲法改正草案」(jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf)を見れば一目瞭然なのだ。すなわち、政府の解釈の変更によって日本国憲法を〈こっそり〉と〈実質〉的に変えてしまい、その「既成事実」をもとにしてさらに「改憲」を実現し、国民を縛り、何を押し付けたいのか、それはこれを見ればよ〜くわかるのだ。日本の一般ピープルは、今こそ、日本国憲法のよって立つ歴史認識と三大原理(国民主権・基本的人権の尊重・平和主義)の破壊を目論む「自民党憲法草案」を、現行憲法と対照させつつ、よ〜く読んであげなければならない―――意図的にその本質を隠蔽しようとする「省略」版もあるので要注意だが!

   例えば、今回の「戦争法案」の焦点たる「集団的自衛権」の行使容認に関連して言えば、ナチス・ドイツと同じ「国防軍」という名称を有する軍隊と「審判所」と呼ばれる軍法会議すら規定しているその憲法において、〈その行使が妨げられるものではない〉と明示された「自衛権」の中に安倍のいうフルスペックの「〈集団的〉自衛権」が含まれることは、「国防軍は、・・・国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。」という規定から明らかなことだろう。すなわち、国際貢献とか国際的義務とか言った言葉で飾られた米軍を中心とする多国籍軍への参加であり、また、海外展開した日本企業や邦人保護を名目とした国防軍の海外への派遣だ。こうしたことは、安倍のブレーンで、知人に言わせれば「従米・売国の太鼓持ち」たる、岡崎久彦(「自衛隊は戦争をする軍隊になりますよ」huffingtonpost.jp/tomoko-nagano/okazaki-hisahiko_b_5349355.html)や岡本行夫などの言説を見れば明らかなことだ。また、今回の法案では言ってないとか現行憲法下では明らかに違憲だとか「口先」では言ってはいるが、「徴兵制」にしても、「自民党憲法草案」では、その前文において「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り・・・」とし、また、ご丁寧にも、「国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。」と規定しており、改憲さえ実現できれば、憲法上、「国(政府)を守る義務」が「兵役の義務」(=徴兵制)を排除するものではないとすることなど、まさしく想定の範囲内ということになるのだ。

   とにかく、「ネオコン」と「ヤスクニズム」の混合体たる安倍政権の「本音」が「行け行け!どんどん!」であることは明白だ。そして、それは「核兵器」についても然りなわけで、安倍の「上から目線」の粗雑な「抑止」論からすれば、米国の核の傘に寄りかかることはもちろん、「自衛」のためには「核武装」も当然「検討」されるべきだということになるのだ。昨日(8月6日)は「広島被曝70年」で私にとっても涙を禁じ得ない一日であったが、安倍の白々しい言葉と姿には心底嫌悪感を感じずにはいられなかった。君たちは何しろ日本の若者たちに戦争で血を流してもらわなければならないと思っているようだが、それは君たち〈権力者〉の利益(しばしば「国益」と呼ばれる)のためではあっても、大多数の〈一般ピープル〉の「平和と安全と幸福」のためではないのだ。

   そもそも、米軍との共同行動が想定される中東において、「平和国家」日本の国民を危険にさらすことになった現在の混沌とした情勢はなぜもたらされたのか。アメリカの不当で不法な中東政策それ自体の結果ではないか。そうした中で生み出されたテロリズムが日本を標的にすることになった時、アメリカに助けてもらうだけで日本は何のリスクも負わなかったって?!冗談はよせ!こうした事態にアメリカが自らの責任で対処することは当然のことではないか。さらに、そうした中、アメリカと一緒に紛争地域に出かけ、たとえ「自衛」のためであろうと武力行使をすることになった場合、どのようなことが惹起されるというのか。泥沼の暴力の連鎖ではないか。
   こうした事態に岡本行夫は、「同盟国」アメリカの〈派兵要求〉に対して、集団的自衛権を認めない現行憲法に縛られず、軍医だけでも出していたら、自衛隊を出していたら、あんな大金を出さなくて済んだなどということを言うのだ(「報道ステーション」7月31日)。岡本の議論は、なんと、国民に対して、日本の若者の命を危険に晒すことによって金を節約しようという呼びかけになっていたわけだ―――もちろん、私は自衛隊の多国籍軍参加はさらに膨大な国民の金銭的負担に基づく軍需関連産業の利益増進のためだと考えているが。私は現在ある読書会のために中勘助の『銀の匙』を読んでいるが、この岡本の言を聞いて、その「後編 十」の次のような記述を思い出した。「修身」という学課は「・・・載せてある話といえばどれもこれも孝行息子が殿様から褒美をもらったの、正直者が金持ちになったのという筋の、しかも味もそっけもないものであった。おまけに先生ときたらただもう最も下等な意味での功利的な説明を加えるよりほか脳がなかったのでせっかくの修身は啻(ただ)に私を善良にしなかったのみならずかえって全く反対の結果さえひき起こした。」 戦前の戦争指導者についてもそうだが、武藤だの岡本だの議論の基底にある「最も下等な意味での功利的な」性格を一般ピープルは見抜かなければならない。
  ましてや、こうした中で、邦人企業や「居留民」保護を名目にした軍隊の派兵が簡単に受け入れられるとでも思っているのか。その場所がアメリカや韓国だったらありえないことだろう。おまけに、そうしたことを声高に叫んでいる連中は、〈治外法権〉的状況の中で被害を受け続けている眼前の日本国民については知らんぷりを決め込み、都合が悪くなると自己責任論に逃げこみ、さらには、「国」のため「公」のために犠牲を甘受せよと迫るのだ。米軍と自衛隊の夜間騒音に苦しむ厚木基地周辺の住民の存在にもかかわらず、中谷防衛相は自衛隊機の「差し止め維持」を認めた控訴審判決に対して「遺憾だ」と言ったのだ!

   何しろ、やり方が汚い。こんな汚いやり方をする政治家はそもそも信用できないのだ。私たち国民は、まず、安倍政治の本質を見抜き、その「巧言」に惑わされることなく、安倍政権から自らを守らねばならない。

     
   もう十分長くなってしまったので今日はこの辺で止めますが、次回は、「抑止力」に関連するヒゲの隊長やアベッチの〈幼稚〉な「たとえ」話について一言いっておきたいと考えています。



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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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