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剣道・達人の教え(2)――― 一刀流免許皆伝「切落」

  昨年の秋、私は師匠に、以前から気になっていた柳生新陰流の「打ち落とし」という技について質問してみた。すると、師匠自身は小野派一刀流の流れを汲むのだそうで、その「一刀流」には「切落(きりおとし)」という技があり、それを見せてくれるということになった。幸運とはこうゆう事を言うのだと思うが、いやはや、素晴らしく鮮やかな技を体験する(打たれてみる)ということは、まさしく、いわゆる「理念型」・「理想型」を我手中にすることであって、何事にもかえがたい価値を持つものなのだと実感した。
  この技を言葉で表現することは極めて難しいのだが、それは、相中段から面を打っていって、まさに「打ったなと思った瞬間に打たれている」という、なんとも不可思議で、納得がいかない(「なんだいまのは?!」という)技なのである。誤解を恐れずにもう少し詳しく分析してみると、それは、面すり上げ面でも、面返し面でもなく、おそらく、打っていった私の竹刀を<しのぎ>の幅ほどで一瞬のうちに上から跳ね飛ばして打つ(火打石を金属片でこするように(?)「切り落とす」)という感じだろうか。その時、師匠が強調したのが「石火の位」―――火打ち石が発する光に喩えたものだそうだ―――ということであったが、今年に入って、山岡鉄舟の「一刀流兵法箇条目録」(『剣禅話』所収)を読んで、師匠の言っていたのはこれかと改めてあの感覚(「これでは、いくら打とうと思っても、打てないだろうな、やれやれ、困ったものだ。」)を思い出した。その日は、私も何度か稽古させてもらったが、後日、どうして師匠のような打ちが可能になるのかと私なりに考えてみると、それは、相手の動きにスムーズに応じられる熟達したあるいは恐らく先天的な「反応速度」、そして、一瞬のうちにパワーを集中させることが出来る「手の内の柔らかさ」ということになるのではないだろうか。
  とにかく、あのような技を体験すれば、もうちっぽけな自己満足や世間知らずの独りよがりなどありえようはずもなく、ただひたすら精進あるのみという心持にならざるをえないのだ。ただ、高齢者たる私にはもう師匠が強調するような「面数(めんかず)」は望めないので、暇を見つけては素振りでもして、少しでも師匠の技に近づきたいと思う今日この頃ではあるのです。

 おや?我<しもべ>たる飼い主が、珍しく素直になってるぞ。でも、散歩忘れないでよ。最近45分切ってるよ。剣道よりも散歩だよ~ん。
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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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