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川越・関宿・佐野・館林――秋の関東平野2015

〈江戸の面影〉を追う小旅行
 ―――江戸時代の支配層は恥知らずだったのだろうか?

  
   ※みなさんも同じだと思いますが、アベの外国でのスピーチには身の毛もよだつような恥ずかしさを覚えます。なにしろ、シリア難民問題で「金は出す」(湾岸はどうしたい?!)が「人口問題」だなどと言ってみたり、「アメポチ」の安保法制をもって常任理事国入りを求めたり、さらには、アメリカの投資家に「日本売り」を勧めながら ”economics、economics、and economics(金・金・金?)”ですからねえ。日テレやフジといった「御用マスコミ」はアベを盛んに持ち上げようとしていますが、日本の政治家の質もここまで劣化したのかとつくづく悲嘆にくれざるをえません。佐倉惣五郎や田中正造のようになれとは言いませんが、少なくとも、世界に恥をさらすことだけはやめてほしいものです。そんな思いに心を悩ませながら、「逝きし世」の江戸の面影を求めて、クロスカブで小旅行に行ってきました。しかし、その後に合意がなったというTPPにしても(!)、アベの〈日本壊し〉は進展する一方のようなのです。




 ☆9月29日(火) 川越・「小江戸」の旅
         喜多院ー川越城本丸御前ー蔵造り資料館ー時の鐘


   
喜多院・移築された「客殿」と庭
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   ※私は、埼玉に40年以上住んでいましたが、川越に行った記憶はありませんでした。精神的に貧しい生活をしていたわけです。まず最初に訪れたのは喜多院でした。多宝塔なども大変立派でしたが、最も興味を持ったのは、三代将軍家光の生誕の間や乳母の春日局の化粧の間などがある、江戸城紅葉山別殿が移築されて在ったことです。こういうところに住んでいたのですねえ。なるほど、なるほど。



喜多院・五百羅漢
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   ※喜多院には、五百羅漢の像があります。羅漢とは仏教の修行を積んだ聖者のことですが、ここにある538体の仏像の表情は実に多様で面白いと思いました。特に気に入ったのは、なぜか顔を覆っているこの2体の聖者です。あなた達も、恥ずかしがっているのですか?!悲しんでいるのですか?!



川越城本丸御殿
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   ※喜多院から、住宅街を歩いて、川越城本丸御殿遺構を見学しました。本丸御殿は、鷹狩りなどで度々あった将軍の「御成御殿」だったと考えられているそうです。また、蔵造りの町並みに向かう途中で、中ノ門堀跡を見ることができました。こうした大規模な土木工事に動員された「一般ピープル」は大変だったでしょうねえ。



時の鐘
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   ※川越を象徴するのがこの「時の鐘」で、写真は「蔵造り資料館」(旧小山家住宅)の庭から撮ったものです。川越は何回も大火に見舞われたということで、蔵の中にあった時代物の消防用具などの展示は非常に印象的でした。耐火構造の「蔵造り」の建物もそれに対応するものだったのです。



耐火構造の蔵屋敷
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   ※これは観光客で賑わう「一番街通り」にあった蔵屋敷です。菓子屋横丁で買った団子を頬張りながら、寛政4(1792)年建築の大沢家住宅を見た後、ふらっと入った「小江戸ラーメン」で昼食をとりました。大変懐かしい醤油味の「支那そば」で、ラーメン好きの「2nd兄貴」だったらなんと言うだろうと思いました。お土産は、「姉貴」に頼まれた豆菓子で、〈試食品〉を食べまくったあげく、5種類も買ってしまいました。満足、満足!



 
   

 ☆9月30日(水) 関宿ー境・江戸川と利根川の分流点
         関宿城博物館ー道の駅さかい


利根川方面の堤防を背に 富士山とクロスカブ
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   ※関宿は関東平野のほぼ中心に位置する要衝の地で、利根川と江戸川が分かれる川の港町としても栄えたところです。利根川沿いの土手に登ると、関東平野とそれを取り巻く周辺の山々が一望できます。丹沢、富士、秩父、浅間、上州、日光、そして、筑波。関東平野の構造が、荒川ー隅田川、江戸川、利根川といった大きな川とそれを取り巻く山々との関係で、何か初めて感覚的に把握できたように感じられました。なるほど、今、私がいるのは関東平野なのだと。



千葉県立関宿城博物館
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   ※博物館で最も印象に残ったのは、周辺の洪水の歴史や治水工事に関わる展示でした。つい最近、近くの鬼怒川沿いの常総市でも大規模な水害が発生していますが、関宿近辺も近世より多くの水害に悩まされてきたのです。それは、江戸の水害防止や水上輸送の便などを目的とした「利根川東遷事業」(徳川家康の命令によって始められた利根川の流路を東京湾から銚子に変える大土木事業。1594〜1654年の60年間にわたって伊奈備前守忠次らによって行われた。)によるもののようで、そうした中で、新たに開削した江戸川の水量を調節するための、「関宿棒だし」や「関宿水閘門」などの洪水対策工事も行われてきたのです。縄文時代、東京湾は岩槻あたりまで入っていたということでもありますが、江戸時代の「新田」開発や水害にまつわる話もこの辺に起因していたというわけです。


江戸川方面を見る
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   ※流山や野田橋近辺の江戸川の堤防や河川敷にはこれまで数回行ったことがありましたが、関宿近辺は初めてでした。関宿城博物館の見学後、なぜか気分が乗らなかったので周辺(中の島公園など)の散策はやめ、境側に渡って、道の駅で地粉を使った手打ち蕎麦を食べ、高瀬舟の乗り場を見た後、国道354号から帰路につきました。次回は、この354号を東に向かい、佐原から鹿島にまで足を伸ばしてみたいと思っています。





 ☆10月3日(土) 佐野・館林
         佐野厄除け大師ー雲龍寺(田中正造の墓)
         ー館林(田中正造記念館)


佐野厄除け大師ーーーすごく「厄除け」的なお寺さん
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   ※私は「一般ピープル」を自認していますが、この「厄除け大師」様にはちょっと・・・写真に写っている「さのまる」君(2013年度ゆるキャラグランプリを受賞)は可愛いのですが、お寺全体がなぜか〈お賽銭〉という感じで、どうしても引いてしまう感じがしたのです。でも、お土産は、やはり「さのまる」君に負けて、向かいの観光物産館で「佐野らーめん」を買ってきました。



佐野の見世蔵造りの商家
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   ※佐野市街は、江戸時代、例幣使街道の宿場・天明宿として栄えた所といいます。写真のまんじゅう屋さんは明治初期の建築のようですが、さすがに歴史を感じさせる建物です。私はあまり「歴史」の重みということについては意識してきませんでした―――つまり、歴史に縛られているという感じはありませんでした―――が、こうした歴史的建物や文化の近くで育った人には何か特別な思いもあるのかもしれません。どうなんでしょうか。



田中正造の墓および求現堂
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   ※田中正造に興味を持ったのは、若い頃、林竹二『田中正造―――生と戦いの「根本義」』と言う本を読んでからでした。数年前にも、『田中正造文集(一)・(ニ)』を読み、ちょっと近寄りがたいが、立派な人だとつくづく感じていました。そんなわけで、今回の小旅行は、田中正造ゆかりの場所を選んでみることにしました。まず、最初は、(4カ所に分骨されている墓の一つである)雲龍寺です。墓の右側には、正造が死の13日前に「現在を救いたまえ」と祈ったことに由来する「求現堂」があり、さらに、その横の歌碑には、「毒流すわるさ やめずバ 我止まず 渡らせ利根ニ 血を流すとも」という正造の歌が刻まれていました。なるほど・・・


足尾鉱毒事件被告乃碑
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   ※雲龍寺は、日本における公害反対闘争の原点と言われる足尾鉱毒事件の闘争本部となった場所でもあります。鉱毒被害民は被害地のほぼ中央にあるこの寺の鐘を合図に集結し、東京への大押出しに繰り出したとのことです。写真は「足尾鉱毒事件被告乃碑」の裏側に刻まれた名簿で、闘いに立ち上がった被告たちの名前が一人一人刻まれています。



渡良瀬川とクロスカブ
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   ※雲龍寺を出て、寺の前を流れる渡良瀬川の土手にカブを停め、草原に座って一人昼食をとりました。そして、人影の全く見えない河川敷で遠くの山々を眺めていると、自分がこの世に〈個〉として存在している「絶対性」のようなものを強く感じました。しかし、またすぐに我にかえり、サロさんや家族や友人たちのことを思い出したのです。




NPO法人による「田中正造記念館」
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   ※館林は予想を超える大きな城下町で、様々な文化施設が存在していました。その中の武家屋敷の一角に「NPO法人足尾鉱毒事件田中正造記念館」があります。民家をそのまま記念館にした内部には、主催者の志が隅々に表れた手作りの展示物がならび、その思いが伝わってくるようでした。また、当日は、「田中正造 カツ夫妻 54通の手紙から」という、2015年度・企画展が行われており、夫婦にはこんな結びつきもあるのだなと感心したりもしました。

   それにしても、福島の現状、そして、原発再稼働―――「現在を救いたまえ」!



サーヴァントさんがいなかったので僕はフテ寝だよ〜ん
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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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