国谷・岸井・古舘諸氏の「降番」に思う――マスコミ雑感2016・4月

 アベ〈ナチスに学べ〉政権が志向するマスコミ統制
   ―――そして、格差と戦争の〈種〉が蒔かれている!



   ※この季節は「晴耕雨ブログ」です。新しく借りることになった土地への植え付けと種まきは終わり、後は、連休前後のトマトやキュウリなどの植え付けに向けての準備ということになります。一昨日、近場の桜並木を見てきましたが、青空が桜色に染まっているのは本当に美しいですよね。ただ、晴天の日が続くと、忙しくて、図書館で借りた本を2週間以内に読むのが大変になります。でも、今日は、朝から雨でした。


   最近の「御用マスコミ」の報道を見ていると、これだけしか見ていない人々にとって、世の中がどう見えるのだろうと考え込んでしまうことがあります。何しろ、政府に都合の悪いことは出来るだけ報道しない、そして、政府に都合の良い「見方」は雨あられと垂れ流すのですから(「フィルター・システム」)、まさしく、「健全な批判精神」どころか、時の権力の「プロパガンダ機関」に堕しきっているとしか言いようがない有様なのです。こうしたなかで、良質な報道番組が姿を消していくことは、本当に残念でなりません。
   
   「物事を伝えることが次第に難しくなってきた」―――これは、『クローズアップ現代』国谷裕子さんの番組最後の言葉です。また、『NEWS23』の岸井成格さんは、「何よりも真実を伝え、権力を監視するジャーナリズムの姿勢を貫くことがますます重要になってきている」と言いました。また、『報道ステーション』の古舘伊知郎さんは、直接やめさせろといった圧力はなかったとしながらも、「ただ、このごろは、報道番組で、あけっぴろげに昔よりもいろんな発言ができなくなりつつあるような空気は、私も感じています」と述べています。要するに、三者三様、最近のアベ政権による報道統制(ー思想統制)の動きに警鐘を鳴らしているといって良いでしょう。

    さて、昨年、私は『ヒトラー』(ヘレンドルファー/フェスト監督)や『ニュールンベルグ裁判』(スタンリー・クレーマー監督)そして『ハンナ・アーレント』(マルガレーテ・トロッタ監督)などの映画を見ましたが、その中で強く感じたのは、当時世界で最も民主的だと言われていたワイマール憲法下でナチスが政権を獲得し、独裁体制を樹立していく上で最も大きな役割を果たしたのが「メディア戦略」だったということです。そして、彼らは、あのドイツ国民の〈こころ〉に〈差別と戦争〉の種を蒔きつけ、それを発芽させ、成長させることによって、ドイツ国民をあの〈無謀〉で〈残虐〉な侵略戦争に引きずり込んだのでした。そして、もう一つ、さらに重要だと感じたのが、そうしたイデオロギーの受容を許した〈土壌〉(「基底的(価値)意識」)とは何だったのかということです。このことについてはこれまでもエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』をはじめとする様々な研究があったのですが、今回の映画におけるハンナ・アーレントの「悪の凡庸性(陳腐さ)」や「凡庸(陳腐)な悪」(『イェルサレムのアイヒマン』参照)も非常に啓発的なものに感じられました。こうした視点は、戦前の「超国家主義」(「天皇制ファシズム」)を経験し、また、現在、「歴史修正主義」的歴史観を持つ「三代目」によって日本国憲法の諸原理(国民主権・基本的人権・平和主義)が恣意的に踏みにじられつつある日本の〈一般ピープル〉にとって、とりわけ貴重なものに感じられました。私たちは、私たち日本の〈土壌〉を、重層的に点検・反省する必要があるのだと思います。

   ところで、アベ政権の〈ナチスに学べ〉路線の中で、現在最も重要な位置を占めているのは、やはり、〈メディア戦略〉に他ならないでしょう。もともとアベ政権は、〈大日本帝國憲法〉体制―――戦前の支配層の〈権力〉と〈富〉―――に恋慕する「三代目」が、アメリカを中心とする国際金融資本が主導するグローバリズム(新自由主義)経済のなかで利益を確保せんとする国内の「イスタブリッシュメント」と結びついたもの(「権力ブロック」)であり、「実体」的な財やサービスの生産に従事する私たち〈一般ピープル〉の利害と相反する性格を強く持っているのです。ですから、彼らが私たち〈一般ピープル〉の支持を取り付けるためには、結局、彼らの政策の真の目的と本質を「隠蔽」せざるを得ないのです。こうして、アベ政権は、私たちにとって、本当に「実」(私たちの生活の実質的向上)のカケラもない、「宣伝に始まり宣伝に終わる」が如きものになる他なかったのです。「空気を吸う様に嘘をつく」という表現をどこかで見た気がしますが、集団的自衛権の容認(戦争法案)にしても、アベノミクスにしても、原発にしても、TPPにしても、労働政策にしても、福祉にしても、教育にしても、嘘でなかったものがあったでしょうか。ありゃしませんよね!そして、彼らがとりわけ〈エグい〉のは、その政策が国民大多数の利害と相反していることを知りつつ、すなわち、「お友達仲間」の〈一人勝ち〉を当然のこととしながら、自覚的にウソを垂れ流しているところにあるのです。そこが角栄たちと違うところでしょう。アベ政権の、ファシスト的シニシズムが漂う、〈見え透いた〉ウソや目くらましには心底怒りを感じざるを得ません。
  
   ところで、憲法違反の「戦争法」そして9条破壊を目論む「改憲」策動を正当化する彼らの論拠は、極めて〈通俗的〉な「抑止力」論でした。すなわち、平和を守る(戦争をしない)ためには(戦争ができる)軍隊と軍事同盟が必要だ、「あなたも、強い相手、あるいは、相手の強いバックに殴られる・殺されると思ったら手を出さないでしょう」というわけです。大体、圧倒的な「抑止力」を持った連合国に戦争を仕掛け、多くの人々に犠牲を強いたあの戦争は正しかった(「靖国史観」)などと考えているらしい「三代目」に、軍隊と同盟が平和を守るなどとは絶対に言われたくないのですが、こうした軍事的「抑止力」の効果への「信仰」や、暴力(戦争)に対する〈抑止力〉は暴力(戦争)しかないという発想自体が、とりわけ、私たち〈一般ピープル〉にとっては、非〈現実的〉なのです。

   と、こんなことを考えているうちに、外の雨は止んでしまったようです。ちょっと外に出てこなければなりません。ということで、次回は、主に〈凡庸な〉個人の水準で、「素朴」で「通俗的」な「抑止力」論を批判してみたいと思います。もちろん、理論的水準では、国家や民族は均質な統一体でも、個人の延長でもないのですが。



「原発のない未来を」3・26全国大集会(代々木公園)

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 〈一般ピープル〉と柴犬に原発はいらねえ!

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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2016年11月現在満10歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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