「厭離穢土欣求浄土」―――おじさん旅行2016春

 駿府城・三保の松原・御前崎・浜岡原発・浜岡砂丘・登呂遺跡
     ―――家康が愛した美しい駿河湾に何が起こるのか?




   ※5月26〜27日に開催されたG7「伊勢志摩サミット」直前の5月24〜25日、私たち「おじさん旅行」のメンバーは静岡県を訪れました。当日は、「先進国クラブ」首脳会議開催のための警備を横目に、「ありゃ、参勤交代の大名行列みたいなもんか?全く、迷惑な話だ・・・」などとブツブツ言いながら、それでも恒例の旅行を楽しんできたのでした。


「平和を愛した」(?)家康の居城 … 駿府城
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   静岡市に到着し最初に立ち寄ったのは、静岡県庁 別館21階 展望ロビー(無料)でした。地方都市のこじんまりとした景観、そして、肉眼で本当に微かですが富士山を望むことができました。その後、写真の駿府城公園に向かい、紅葉山庭園を散策しました。城の印象は、戦闘のためというよりも、家康が晩年を過ごした「住まい」としての性格が強く感じられ、「厭離穢土欣求浄土」を旗印とした家康の求めたものが感じられたようにも思われました。近年、家康(そして江戸時代)の「平和志向」が再評価される傾向にありますが、日本一の富士と穏やかな海そして美しい砂浜を持つ駿河湾の結合は、そうした家康の好みに合っていたのかもしれません。それにしても、ノーベル平和賞を受賞した「核なき世界」のオバマもそうですが、戦国時代の覇者・家康の「厭離穢土欣求浄土(えんりえどごんぐじょうど)」(ー「平和主義」)とは一体何だったのでしょうか。
   さて、「厭離穢土欣求浄土」とは、源信の『往生要集』に出てくる有名な言葉で、不浄・苦・無常が支配する「この世」(娑婆世界)を厭い離れ、極楽浄土に生まれるのを願い求めることを意味します。現在、源信が見て来たかのように描いた「地獄」や「極楽浄土」を信じる人は少ないでしょう。しかし、「地獄」に落ちざるを得ないような「娑婆世界」の有様とそれをなんとかしたいという人々の願いについては理解できるようにも思うのです。ところで、鴨長明の『発心集』第七の一「恵心僧都、空也上人に謁する事」には、源信の「極楽を願ふ心深く侍り。往生は遂げ侍りなむや。」との質問に対して、空也が「我は無智の者なり。いかで、さやうの事をことわり侍らん。但し、智者の申し侍りし事を聞きて、これを案ずるに、などかは生ぜざらん。其の故は、人、六行観を修して上界の定を得んと思ふ時、『下地は麁なり、苦なり、障なり。上地は静なり、妙なり、離なり』と云ふ事を信じて、下地のいやしきさまを厭い、上地の妙なる事を願えば、其の観念の力にて、次第にすすみて、非想非々想まで至るべしと云へり。しかれば、西方の行人も又、同じ事なり。知恵・行徳なくとも、穢土をいとひ、浄土を願う志深くは、などか往生を遂げざらん」と答え、感激した源信が『往生要集』の一と二においてそれを主題として取り上げたとの記述があります。つまり、この世(凡夫が生死流転する「三界」)においても、「下地」(淫・食の二欲をもつ欲界)のいやしきさまを厭い、「上地」(二欲から離れた色界や無色界、その最高世界が「非想非々想」=有頂天)を喜び求めれば、その〈観念の力〉によって、遂にはそれを実現できるというのだから、極楽浄土への往生も可能だろうというわけです。私は、「あの世」(極楽や天国)を信ずる事はできませんが、人類が生み出してきた「ユートピア」(「理想郷」)の〈観念〉が、全く非・〈現実〉的なものだとも思わないのです。それには、様々な困難や障害を抱えながらも、普通の人々が願う日常的な「幸福」の継続や実現への願いが「投影」されていると思うからです。そして、「天下布武」と「「厭離穢土欣求浄土」(乱れた戦国の世を平定し、人々が安心して暮らせる太平の世を実現する)のどちらがマシかといえば後者かもしれませんし、ルーズベルトとヒトラーのどちらがマシかといえば前者だと言えると思います。もちろん、そのことをもって、家康やルーズベルトの所業を全てを受け入れたり、正当化したりする事はナイーヴ過ぎると言えるでしょう。そして、(「火の七日間戦争」によって生み出された)「腐海」を焼き払うことによって「王道楽土」を建設しようと呼びかけたクシャナに従うのではなく、あくまでも、ナウシカの為した選択(本ブログ、『風の谷のナウシカ』によせて(6)を参照ください)こそが「正解」と言って良いのではないでしょうか。それにしても、無辜の民(こども)をたくさん殺しておいて、「格調」高すぎるのではないですか!オバマさん!
      


「世界遺産でなくても」…羽衣伝説・三保の松原
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   静岡から三保の松原に向かいました。この日の駿河湾は大変穏やかで、天女が舞い降りたという伝説にふさわしい景観だと思いました。そして、この「日本の観光地」そのものといった雰囲気は、なぜか私たちの気持ちをウキウキさせるのです。また、富士山は見えませんでしたが、白い馬に乗った松平健が富士を背にこの砂浜を走れば、まさしく、絵になることでしょう。それにしても、2009年の駿河湾沖地震(震度6弱)は記憶に新しいところですが、目の前に広がっていたのは、予想される南海トラフ北端部ー「東海地震」(?)の震源地なのです。日本が地震列島であることを改めて噛みしめざるを得ない思いでした。この後、私たちは、美しい駿河湾を眺望できる断崖の上にある、焼津黒潮温泉に宿泊しました。




「喜びも悲しみも」、この高低差も津波は… 御前埼灯台
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   翌朝、御前埼灯台に向かいました。この灯台は、高峰秀子と佐田啓二が主演した『喜びも悲しみも幾年月』の撮影が行われたところで、私も若山彰が歌った主題歌をよく覚えていました。また、この灯台は、その歴史的背景も大変興味深いものでしたが、地震と津波との関連においても強い印象を与えました。というのは、この灯台の灯火標高は54mなのですが、海岸から灯台に登る急な坂道には、海抜20m、30mといった標識があり、東日本大震災時の津波の有様を「あの海面がここまで来るんだ!」と実感させるものだったからです。まさしく、その美しい景観は危険と背中合わせだったのです。




「原発のリスクは喫煙より低い」なんちゃって… 浜岡原子力館
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   今回の旅行の中心の一つは御前崎市でしたが、御前崎市には浜岡原発があります。御前埼灯台を出て浜岡原子力館に向かう途中、再稼働に向けて新たに作られた、海面から22mの高さの防潮堤が見えました。ただ、東日本大震災時の津波の高さと破壊力を考えれば―――例えば、富岡町の21.1m、遡上高は女川(笠貝島)の43.3m―――、22mあるので大丈夫だとはとても言えないだろうと思いました。福一も「想定外」(?)でしたが、浜岡自体、何度も高さを積み上げてきているからです。原子力館では、楽しみにしていた、遠州灘が一望できるというスカイラウンジ(地上62m)はなぜか閉じられていました。そこで、館内を一通り見学したのですが、この施設の巨大さには驚かされました。それは中部電力が原発の意義や安全性をアッピールするための施設なのですが、これも利用者が負担する電気料金で運営されているはずです。しかし、当日、気が付いた限りにおいて、見学者(無料)は我々だけでした。さらに、展示の説得力はほとんどなかったと言って良いと思います。まず、最初に見たのは、どこかの「学者」らしき人物が、〈福島の現実を前に〉、「原発のリスクは喫煙のリスクよりも低い」としたり顔で話している動画でした。喫煙とは、喫煙者自身にとってのもののようでしたが、この比喩の「レベル」でいうと、人間の死ぬリスクは100%なのだから、どんな死に方をしても大したことはない、文句など言うなと言われそうな雰囲気でした。また、〈福島の現実を前に〉、上の写真のような掲示がどの面下げてできるのでしょうか。例えば、原子炉はメルトダウンし、原子炉建屋は水素爆発で吹き飛び、格納容器は壊れて、冷却水は漏れ出しているのです。また、デブリを処理して廃炉する見通しも立っておらず、チェルノブイリのように廃炉できないままになる可能性もあるのです。大体、放射性廃棄物の処理を曖昧したままで再稼働しようなどとは、本当にふざけた話です。東京新聞(5月11日)によると、中部電力は浜岡原発の建設に際して〈地元の住民組織〉に30億円余りを渡していたということですが、〈周辺〉の自治体や首都圏の我々にとって、勝手に原発のリスクを背負わされ、被害を受けることなどとても容認できるものではありません。浜岡原発が停止されてから5年になりますが、当然、全機を廃炉にすべきなのです。



「おお、修学旅行以来!」… 登呂遺跡(登呂博物館)
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   私は、50年前の高校の修学旅行で、登呂遺跡を訪れています。当時は、周りにビルなどはなく、小さな竪穴式住居と水田跡の前で、笠をかぶり木製の鍬を持って記念撮影したのを記憶しています。私は原始や古代の遺跡を見ると、本当に私たちと同じ人間が、私たちと同じような「喜怒哀楽」の感情をもって暮らしていたのだなあと感じるのです。これは、高等ほ乳類であるサロさんに感じる感覚にも似ています。ところで、今回の訪問で初めて知ったのは、弥生時代のこの遺跡で、〈武器〉が発見されていないということでした。その理由は、登呂では、水田だけではなく陸稲なども栽培されており、安定した食糧事情の下、争いを必要としない生活が可能であったらしいのです。近現代まで存続してきた原始的共同体の生活には様々な様式があるわけですが、多くの近代人がそこに「パラダイス」を発見したように、人類は争う必要がなければ「平和」に生きてきたようなのです。〈平和〉を求める私たちも、登呂に学ぶ必要があるのかもしれません。



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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2016年11月現在満10歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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