晴耕雨ブログ 2017年5月――平野美宇がんばれ! 

 スポーツの政治的利用とナショナリズム  
     ―――未来はスポーツを楽しむ老若男女の手に!


   
   ※今日は雨が降っている。そんなこともあって、朝、小雨の中、サロさんと散歩した後は久しぶりにゆっくりできた。新聞の切り抜きもしたが、フランスと韓国での大統領選挙の結果や日本の国会でのやりとり等を見て感じたことは近いうちにまとめておきたいと思っている。ただ、今日は、近頃、暇があると卓球の動画を見ていることもあって、あの平野美宇選手のこと、そして、スポーツとナショナリズムについて書いておきたいと思う。

   もう1ヶ月程前になるが、平野美宇選手のアジア卓球選手権大会(女子シングルス)における試合を見た。全日本選手権・決勝での石川佳純選手との試合も素晴らしかったが、今大会・準々決勝における丁寧選手とのフルセットに及ぶ試合は、平野選手の成長と女子卓球の世代交代を強く印象付けるものだった。そもそも、昨年、私が卓球クラブに入る決心をしたのはリオ五輪における卓球の試合を見たことによるのだが、その時観客席から試合を見つめていた平野選手の姿は今も記憶に新しいところだ。それは、世界を制した「みうみま」コンビの一人としての単なる〈悔しさ〉ではなく、実に奥ゆかしい(?)、純粋な卓球への〈誠実さ〉や静かな〈情熱〉を感じさせるものだった。実のところ、卓球の試合におけるあの大げさな絶叫やガッツポーズには少々うんざりすることもある。これに対して、彼女の無心にゲームに臨む姿は大変好ましく感じられるのだ。とりわけ、サーブの時の姿は最高で、また、ほとんどバランスを崩すことのない一球一球への〈冴えた〉打ち、さらに、その成否に対する〈嫌味のない〉素直な反応、実に素晴らしい!ファンになってしまった(笑)。頑張れ!平野美宇‼︎
   ところで、他のスポーツにおいても同様なのだが、卓球においても、卓球を純粋に楽しむというよりは、これを愛国心(ナショナリズム)と結びつけたり、政治的に利用しようとしたりする動きもしばしば見受けられる。例えば、卓球に関連してちょいと検索をかけてみると、中国や韓国を敵視したかのような妙な調子の記事や動画に出会うことがある。国際大会において、より身近な同国人を応援したいという気持ちに不思議はないが、妙な「愛国心」は、「スポーツ」の(人類にとっての)普遍的魅力を損なうものになると思うのだ。

   先日、NHK/BSで、『あの負けで私は強くなった「ボクシング・長谷川穂積」』を見た。長谷川とモンティエールの、人種や国籍を超えた「アスリート魂」には目を覚まさせるものがあった。こうした一流選手の感覚は、あらゆる〈競技〉の場でも語られてきたものだが、それは「フェアプレイ」の精神に支えられながら、その競技における「最高のパフォーマンス」を追求するというものといってよいだろう。私の馴染みの言葉で言えば、究極の「求道精神」だ。それは、「何しろ勝てばいい」といった扇情的な「勝利至上主義」やそれに連なる「順位至上主義」でもないし、また、競技者を国籍や人種で区別する偏狭な「ナショナリズム」とも無縁のものなのだ。戦場で戦っていた者たちが、同じゲームの競技者として、楽しみ、競い合う「オリンピック」の精神にも通じるものがあるだろう。

   他方、こうした「スポーツ」を政治的に利用しようとする人間もいる。ヒットラーがその代表的人物だが、そうした国家主義や勝利至上主義によって、どれほど多くの競技と競技者が犠牲となり、「スポーツ」本来の魅力や楽しみが奪われてきたことか。私の世代で、マラソンの円谷選手のことを知らない人はあるまい。また、日頃の個人的な鬱憤や劣等感を晴らしているだけだろうと疑うしかないような、〈ステレオ・タイプ〉の他国競技者に対する悪罵も見られる。これなども、同国人として、正直恥ずかしくて仕方のない代物だ。それにしても、「反中・嫌韓」を主張する人々によって好んで用いられる赤と黄色の大げさな表題文字は何なのだろうか。どう考えても、〈日本〉的な色彩感覚によるものとは思えない。それは、どちらかというと、どこかの中華街の看板といった感じではないか―――別に中華街の看板文字なら違和感はないのだけれど。

   さて、アベの「アンダーコントロール」や「スーパーマリオ」で始まった、2020年東京オリンピックの「現状」はどうだ。正直、目も当てられない有様と言う他はないだろう。「世界一金のかからないオリンピック」どころか、信じられないような額(3兆円?)にまで膨れ上がった大会費用の分担をめぐる、小池東京都知事とアベ=神奈川・千葉県知事県らの確執は、このイベントの「いい加減さ」を余すことなく表している。もともと、わざわざ東京でやらなくてもいいオリンピックを東京に誘致したのは、まさしく、国民・都民の税金を、福島の復興や社会保障の充実等にではなく、アベのお友達に分配するために仕組まれたものだと言って良いのだ。だから、国民が声を上げない限りは、費用は際限なく引き上げられてしまう。おまけに、東京五輪組織委員会の会長は、アスリート達に「国歌」を大きな声で歌うように迫った、あの「神の国」発言の森喜朗なのだ。もちろん、アベはアベで、共謀罪はオリンピックのために必要だとか、2020年東京オリンピックまでに憲法改正だとか、まあ、「スポーツ」の政治的利用、ここに極まれりといった感さえある。このままでは、有森裕子さんが危惧したように、2020年東京五輪は明らかに「負の要素」として「一般ピープル」に残されることになってしまうだろう。そして、そのことは、真の「アスリート」たちにとっても決して好ましいことではなく、また、国民が真に「スポーツ」を楽しむことにも繋がらないだろう。

   街を歩くと、本当にたくさんのご老人たちがグランドゴルフを楽しんでおられる。彼らのほとんどは、マスターズや日本オープンの観戦に行くことはないだろう。私も卓球を始めて、テレビやYouTubeでいろいろな大会を楽しむことはあるが、東京オリンピックの試合をわざわざ観に行くことはないだろう。要は、普通の国民がいかに「スポーツ」を楽しむことのできる施設や機会を得るかということであって、そうした裾野の広がりの中にこそ、「スポーツ」の本当の発展があると思うのだが、如何だろうか。





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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2016年11月現在満10歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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