〈米国の戦争〉に巻き込まれ、〈標的〉となる日本

武力による威嚇と戦争に向かうアベ政権
 ――日本国民はいつ海外での先制攻撃や核抑止力を認めたのか?!



   ※「2nd兄貴」の入院・手術で先週は大変だった。「本当に気の毒だ!」という思いに心が塞ぐ。それと比べるとサロさんは本当に「はは、呑気だね!」という感じだ。ただ、サロさんの〈呑気さ〉は本物の呑気さで、人間どもの嘘くさくて、阿呆らしい〈喧騒〉よりもはるかに真っ当に感じられるのだ。

   世情は、「北」の〈抑止力〉としての核兵器とICBM、そして、それに対抗する〈抑止力〉としての軍備増強と核武装論で賑わっている。それに伴い、アベ政権の支持率はいつものように上昇し、改憲路線も勢い付いたうえ、膨大な国費を要する衆院解散が手前勝手な都合で計画されているとも言われている。それにしても、こんなにも利用価値の高い「北」を崩壊させようなどとはアベもトランプも考えてはいないだろうけれど―――彼らとて、「北」からの一定の「挑発」(報復力の誇示)はあるにしても、〈先制攻撃〉などは想定していないだろう―――、それでも、もしトランプやアベが、中露をも含む東アジア全体の「破局」を「掛け金」として〈先制攻撃〉を選択あるいは支持するとすれば、そんな輩に核の発射ボタンや国の安全保障を委ねた我々「一般ピープル」は、深く反省しつつも、ただただ、「🎵あきらめましょう、あきらめましょう」と成り行きを甘受する他なくなるのだ。


   15日は、早朝から、『ひよっこ』も見ることができず、北のICBMのニュースで食傷気味となった。大体、もし「北」が日本(横須賀や沖縄など)を攻撃するというのなら、あんなに飛距離の長いものは必要としない。これまでのものでも十分に「危険」なのだ。ましてや、中国やロシアに至っては言わずもがなのことで、問題はあくまでも相手を〈敵〉とするかどうかによるのだ。また、日本の「上空」を飛ばしたと盛んに叫んでいるが、そこは軍事偵察衛星が頻繁に飛び交っている「宇宙空間」の話だ。アベは事態を完全に把握しているというが、Jアラートなるものが、ただ只管子供達に〈恐怖〉を植え付けるために鳴り響く。馬鹿馬鹿しかったのは埼玉県の上尾でさえ電車が止められたことだ。ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』という本を思い出すが、要は、アベが「北」の核・ミサイル開発に〈便乗〉して、日本を「軍事国家」への道に引きずり込もうと国民を操作しているのだ。

    ところで、9月3日、「 沖縄の闘いを支援する講演と映画の集い」に行ってきた。内容は、沖縄からの報告として、①「土木専門家から見た辺野古新基地・高江ヘリパッドの問題点」(奥間政則さん)と②「不当弾圧を打ち破る辺野古・高江の闘い」(山城博治さん)、そして、三上智恵監督の『標的の島―風かたか』の上映、そして最後に、特別発言「沖縄・南西諸島における米日軍備強化の実態」(前田哲男さん)があった。当日も、沖縄における新基地建設が如何に無謀に、暴力的に推し進められているのかに愕然としたが、数日後(9日)、NHKスペシャル『スクープドキュメント 沖縄と核』を見て、一層その感が強くなった。いやはや、「平和国家」日本も、沖縄の〈犠牲〉と日米支配層の〈欺瞞〉の上に成り立っていたということだ。そして、現在も、辺野古で、高江で、石垣で、宮古で、与那国で、新しい基地建設の「風」が吹き荒れ、日米の支配層によって極東における軍事的拠点と位置付けられた沖縄の島々が、またまた、「敵国」の〈標的〉として、鉄と核の「暴風」に曝されようとしているのだ。しかし、こうした「風」から子供たちを、同胞を守ろうとする沖縄の人々の闘いは、沖縄の歴史的体験に裏打ちされた世代を繋ぐ〈道理〉そのものなのであって、彼らの「明るさ」はそれ故のことなのだろうと映画を見て考えさせられた。

   しかし、〈標的〉にされつつあるのは沖縄だけではない。これまでも日米の支配層によって様々な形で画策されてきた〈軍事〉的一体化は、今回の「北」の核・ミサイル開発を契機に、一挙に、公然と推し進められるに至っている。自衛隊が〈先制攻撃〉を選択肢の一つとするアメリカ〈核〉戦略の要たるB1爆撃機やカール・ビンソンなどの空母と行動を共にすることは、〈米朝〉開戦時には、日本列島が〈標的〉にされることを公然と認めたことを意味する。こうしたことは、「専守防衛」路線の下では、基本的にはありえないことだった。しかし、アベ自公政権は、立憲主義に反する恣意的な憲法解釈によって、「集団的自衛権」の容認を閣議決定し、〈違憲〉の安保法制を成立させて、「専守防衛」路線を掘り崩してしまったのだ。ただ、そうした過程の中にあっても、彼らが出来うる限り隠そうとしてきたのが、その「本音」たる「権力政治」観とその行き着く先としての「核武装」論だったといえる。もちろん、日本国憲法の〈平和主義〉の対極にあるこうした考え方こそ、広島・長崎をはじめとする膨大な〈一般ピープル〉の犠牲者を生み出した戦前の日米の権力主義者たち、そして、その末裔たちの思想に他ならない。ところが、日本の権力主義者たちは、彼らと同じ思想を持つ「北」の権力主義者たちによる核・ミサイルの開発に〈便乗〉し、国民の恐怖心を煽りながら、その〈無反省〉的な「権力政治」観の言いたい放題的状況を作り出し、さらに、日本国憲法を最終的に葬り去ろうと企んでいるのだ。

   それにしても、日本国憲法の下、日本がアメリカ軍の〈盾〉となり〈槍〉となりますというようなことをよくのうのうと言えるものだ。アベは、あのトランプの口汚い発言に乗っかりながら、その「全ての選択肢がテーブルの上にあることを言葉と行動で示す」姿勢を高く評価すると宣っている。つまり、憲法9条の「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という規定に真っ向から対立する、「軍事的選択肢」すなわち〈先制的な武力攻撃〉をすら評価・支持すると言っているのだ。もちろん、湾岸戦争やイラク戦争の例もあるが、そこには、戦争協力を求めるアメリカの対日圧力への戸惑いや「抵抗」も見られたと言って良い。しかし、アベ政権は違う。小野寺は、「存立危機事態」とか「重要影響事態」とか極めて恣意的な認定の可能性のある安保関連法に基づき、「北」のグァム島周辺への中距離弾道ミサイルへの迎撃可能性や、さらには、米軍の「北」に対する軍事的攻撃を支援する可能性をすら示唆したのだ。実際、米イージス艦に対する給油も含め、自衛隊と米軍との共同行動が一層あからさまになっている。すなわち、アベ政権は〈戦争〉を準備しているのだ。

   さらに気恥ずかしいのが、「虎の威を借る狐」ではないが、世界最強といわれる米軍との〈軍事〉的一体化を背景に、思わせぶりに「(言うことを聞かないと)明るい未来はない」などと、武力による〈制圧〉をさえほのめかす(「武力による威嚇」)に至っていることだ。こうしたことは、今までの日本政府の発言にはなかったことだろう。また、最近のニュースや論評を見ていて感じるのだが、唯一の被爆国であり、核兵器の禁止・廃絶を求めてきた日本の国民が、いつ、アメリカの〈核〉抑止力を認めたというのだ。つまり、我々日本国民は、核兵器の先制使用はもちろんその報復使用すら認めた覚えはないのだ。そのことは、「非核三原則」が国民にとって何を意味したのか考えれば明らかなことだ。それを認めてきたのは、国民に隠しながらアメリカと「密約」を結び、アメリカの「権力政治」に追従してきた、戦後アメリカの「権力政治」によって命を助けられた日本の戦争指導者とその末裔たちに他ならない。いよいよ、国民に対する〈ウソ〉をまで正当化しようというのだろう。さらに、これまでの言動から見て、アベたちの「本音」は、究極の無差別攻撃=「絶対悪」に他ならない核兵器の保有、核武装にある。しかも、核武装は、「核抑止力」による戦争の防止にあるというのでもなく、逆に、とりわけ米・露・中ー核大国に見られるように、核保有国を除く国々に対する「戦争の自由」をすら意味するのだ。

   長くなったので、次回、朝鮮半島の「危機」の現実性、そして、それに対する「対話」と「圧力」(経済制裁・軍事行動)が意味すること、さらに、反人民的な「権力政治」観に対する批判的見解ついて書き加えたいと思う。  

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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2016年11月現在満10歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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