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「久石譲 in パリ」を観て考えたこと

朝鮮半島に戦争の足音が近づいている
  ――粗野な戦争観を拒否し、憲法9条の理念を堅持する!


   ※新年早々、アベやトランプの「アホ」らしいニュースを次から次へと聞かされていると、市井の「一般ピープル」としてどうすりゃいいのかと本当に頭を悩ませてしまう。ロシア疑惑や暴露本の出版などで窮地に追い込まれているトランプにとって、北朝鮮への先制攻撃は垂涎のシナリオであろう。また、お友達の経済的利益を実現し、また、爺さんの犯罪的行為の正当化とその夢の実現を目論むアベッチは、ナチスの手法に学びつつ、北朝鮮の脅威を最大限に煽って、軍備拡張と改憲になりふり構わず突っ走っている。合理的に考えれば絶対あってはならないことなのだが、トランプとアベのリスクが、平昌オリンピック後に現実化する可能性も無くはない情勢になっているのだ。まあ、乾パンと水ぐらいは準備しておこうか。

   そんな状況の中、昨日、「久石譲 in パリ 宮崎駿監督作品演奏会」を観た。実は、年末にも一度見たのだが、何か一層複雑な気持ちに囚われてしまった。とりわけ、パリの大人たちが歌う「君をのせて」(『天空の城ラピュタ』)は、現代世界の続く〈悲しみ〉と平和への願いが感じられ、涙なしには聞けない思いがした。さらに、『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』のテーマを聞きながら、宮崎駿のメッセージに触発されながら書いた多くのブログのことを思い出した。例えば、「『風の谷のナウシカ』によせて(6)―――戦争論と非暴力直接行動」(http://saromuriki.blog.fc2.com/blog-entry-68.html)だ。それらは、戦争と平和そして「憲法9条」、さらには、「武」の心と「平和主義」との関係を考察しようとしたものだったが、今、最悪のトランプ政権とアベ政権の下で、事態(日本の戦争国家化と眼前に迫る戦争の危機)がここまで切迫してしまったことに対して、暗澹たる思いがしたのだ。

   朝鮮半島におけるムン・ジェイン政権とキム・ジョンウン政権との関係が今後どうなるのか、さらには、朝鮮半島の「一般ピープル」が根本的にどのような方向性を選択するのか、それこそが最大のポイントなはずである。しかし、それに米中露日が複雑に絡み合う現状には、大国の権力者が、国民を幻想的な「国益」や「国難」でたぶらかしながら、他国に干渉・介入している典型的な姿を見ることができると思う。そして、現在、トランプの〈政治的〉利益と産軍複合体の経済的利益の実現のために、朝鮮半島の危機を昨年のシリア空爆の事例のように処理できる―――すなわち、プーチン政権とアサド政権との関係(=ロシアの権益)をトランプが承認し続けることを前提に、アメリカの〈限定的〉な攻撃にシリア・ロシアが反撃しない―――といった思惑の下で、まさしく「限定的な空爆」が実行される可能性が高まっているようだ。しかし、金正恩政権とアサド政権は違うし、また、金正恩政権と習近平政権との関係はアサド政権とプーチン政権との関係とも違っている。さらに、これにロシアの米中に対する地政学的な利害まで絡んでいるのだ。ただ、トランプの空爆に対する中国の黙認が、朝鮮半島北部における親中的な政権の樹立に対するトランプの容認を意味するとすれば、たとえ金正恩がトランプの「限定的」な攻撃に反撃しなかったとしても、その後の金政権の崩壊は必然といってよいことになる。(つまり、必ず反撃する。)それ故に、もし金正恩が反撃しないとすれば、それはトランプが核武装した金政権をこっそりと承認し、見かけだけでもいいから限定的に攻撃させてくれといって話をつける以外ないといった可能性すらあるかもしれない。どちらにしても、朝鮮半島におけるそうした手前勝手な思惑は、〈掛け金〉を決めないで行うギャンブルのようなもので、その不確定な掛け金を支払わされることになる日韓の「一般ピープル」にとっては、とんでもない代物だと言わざるを得ない。とりわけ、〈在韓〉米軍への反撃のリスクを極小化し、また、その他の諸々の事情を考慮すれば、〈在日〉米軍基地からの攻撃がトランプにとって最も好都合ということになるのではないか。そして、それに対してアベがNOと言えるはずはない以上、日本の「一般ピープル」にとって最悪の事態さえ想定されるのだ。

   繰り返しになるが、トランプやアベ、そして、彼らの「お友達たち」の政治的・経済的利害からすれば、戦争経済(軍備増強と戦争そのもの)は垂涎のご馳走なのだ。それでは、このような戦争策動に対して、〈主権者〉ではあるが、日常生活を送る「一般ピープル」たる私たちは、今この時点で、何ができ、何をしなければならないのだろうか。答は、アメリカとの集団的自衛権の行使を全世界で可能にしようと目論むアベたちに対抗する、「非武装」を追求する論者と軍事力の行使を個別的自衛権の行使に限定する「専守防衛」論者との〈連合〉に支持を表明することだ。両者は、強欲で粗野な権力政治観に対して、武力行使を否定ないし制限する〈理念〉=「9条」の精神を共有するものなのであり、私の問題意識からすれば、それは「無刀」を理想とする「武士道」の平和主義と思想的・宗教的な「非暴力直接行動」の「平和主義」との連合といっても良いかもしれないものだ。そして、現在、戈を止める「武」を捨てることはできないにしても、その行使を〈極小化〉する努力―――例えば、国連の集団安全保障体制の中での「常備軍」の廃止―――の中にしか、人々の安全と平和を増進する道はないのではないかと考えるのだ。しかし、最後に、「武」を捨てきれない私自身への自戒も込めて、次の言葉を再度引用しておきたい。   

 非暴力は臆病を隠すベールではない。
 それは、勇者の最高の美徳である。
 非暴力を行使するには、剣をふるう以上の勇気が必要なのだ。
 だから、武術家が非暴力の担い手になるのは、理にかなったこと。
 非暴力とは、
 暴力に対して十分に反撃できる力を持つことでもあるのだから。
             (『ガンディー魂の言葉』036)  
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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2017年11月現在満11歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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