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社会を実質的に担っているのは?一般ピープル論(3)

 「一般ピープル」とは何か?
     ―――それは「第三身分」(シェイエス)である



   ※昨年末の左ひざの負傷から、健康の大切さが身にしみてわかるようになってきた。体を動かすことが少なくなると、本当に柔軟性の低下が著しい。これはヤバい! 先週の月曜日にも医者から老化を指摘されたが、一昨日も別の医者に「油切れですね」と言われてしまったw。もう身の丈にあった「老人モード」で生活しなければならないということだろう。しかし、先日、テレビで〈葉酸〉の重要性を知ったので、私も自分で育てたブロッコリーなどをせっせと食べて、早く左ひざを回復させ、適度な運動によって筋力と柔軟性の維持に努めようと思っている。しかし、それにしても、本当にこのような時が来るとは(笑)。子供たちよ!よーく心得ておくがよい。人間は歳をとる。私の初めての人生訓だw。


   さて、シェイエスの『第三身分とは何か』は、1789年1月に出されたパンフレットで、当時の「大ベストセラー」となって、フランス大革命(7月4日〜)に大きな影響を与えたと言われている。筆者シェイエスは、第三身分の生まれで、イエズス会の聖職者身分(→修道院長)となったが、第三身分陣営に身を投じて、三部会や国民議会の議員として指導的な役割を演じた人物である。有名な「テニスコートの誓い」を起草し、人権宣言の公布にも大きな影響を与えたとも言われている。

   それでは、本の題名とも重なる、有名な一節を確認しておこう(訳は、拙訳w)。

Qu'est-ce que le Tiers-État ?  Tout.
 第三身分とは何か?・・・全て
Qu'a-t-il jusqu'à présent dans l'ordre politique?  Rien.
 それは政治的秩序の中で現在までいかなるものであったか?・・・無
Que demande-t-il à devenir?  Quelque chose.
 何になることを求めるのか?・・・それがそうである何か(全て)に
       
   これは、フランスの変革を目指したシェイエスが、哲学者としてその目的を明確に示し、また、政治家としてその目的を困難な状況の中で一歩一歩実現していこうとする意志を示したものと言える。当時のフランスは、『旧制度(アンシャン・レジーム)』という、王権と結びついた第一身分(聖職者)と第二身分(貴族)が、領民支配権と様々な特権(免税権や政治的代表権など)を持って、第三身分(農民と市民)を支配する体制だった。こうした中、「ノン・エリート」たる「第三身分」が、特権を享受する「エリート」たちに対して、我々こそが全てであるという力強い宣言を成し得た根拠は何処にあったのか。それが私の注目したところだ。

   シェイエスによれば、国民が存続し、栄えるためには、個人的労働と公職が必要だ。「個人的労働」には、まず、農業、工業、商業という「実利的はたらき」がある。さらに、この他にも、「多くの個人的労働と個々の人に直接役に立ち且つ喜ばれる仕事」が必要で、それは、学問的職業や自由業から「家庭内の仕事」までをも含んでいる。そして、このように、社会を維持するのに必要な労働を担うものこそが「第三身分」なのだ。また、「公職」(これ自体、第三身分の貢納・納税によって成り立っているのだが)には、剣、法服、教会、政治がある。そして、これらの職の20中19までを第三身分出身の者が占めている。しかし、名利伴う地位は特権身分に独占され、彼らによって第三身分は束縛され、抑圧されているのだ。こうした様々な特権を享受している―――物の生産に何一つ協力しないくせに最も良いものを消費できる―――特権身分は、フランス国民、フランスの生活共同体にとって、「異邦人」・「重荷」に過ぎない。それ故に、特権身分がいなくなってもなんら困ることはなく、かえって、自由で生き生きと生活できるというわけだ。つまり、特権身分は、いなくなればかえって健康になる、寄生虫のような存在と認識されたのだ。このように、「第三身分」は、寄生虫的に特権を貪る支配者に対して、国民経済を支える社会的分業の一員(個)としての自覚から、直接生産者としての「矜持」と「国民」的一体感(→「ナショナリズム」)を持つに至ったといってよいと考えられる。

   さて、前回述べたように、私の「一般ピープル」の原初的なイメージは、このシェイエスの「第三身分」によったものだ。それは、社会を実質的に支えている幅広い〈労働〉の担い手であって、現代的に表現すれば、「ノン・エリートの」という限定はつくが、社会的に有用な財やサービスの生産(「金融経済」に対比される「実体経済」)に費やされる「労働」の担い手と言っていい。そして、私の私的生活史の中においても、そうした素晴らしい「一般ピープル」を多数指摘することができるのである。また、現代における「特権身分」とは何かという問題はさておき、「一般ピープル」の「労働」とパワーは、ストライキはもちろん、閉店・休業、そして、不買運動や納税拒否などを想定すれば、明らかなことだと言えよう。

   ところで、岩波文庫版『第三階級とは何か』(1950年)の訳者である大岩誠氏は、”État”を「階級」と訳した。しかし、この「 Tiers-État(第三身分)」は、農民とその家族、そして、都市のブルジョアとプチ・ブルジョア、さらに、より広範な働く人々を含む概念である。それは、家事労働をまで包み込む射程を持っていたと考えられる。つまり、経済学的規定に結びつく「階級(classe)」概念では、このような広範な人々を捉えきれないと言えるのだ。さらに、そうした「階級」概念では、ニクソンを支え、トランプをも支えている白人〈労働者〉「階級」の政治的・イデオロギー的有様をうまく説明できないであろう―――政治的、イデオロギー的領域の(相対的)自律性?!―――。 すなわち、現在の私たちにとっても、目前にある様々な状況をより適切に理解するには、より幅広い視座から、すなわち、「一般ピープル」的な視座から再考する必要があると考えられるのだ。

   我々にとってさらに大切なことは、シェイエスの「第三身分が全てである」という主張が、儒教的徳治主義―――「民」は国の「基(もとい)」なので大切にしなければならないという(それ自体は貴重な)エリートの「善政」論―――を超える、民主主義の〈本義〉(根本)を示していることである。すなわち、社会を実体的に担う「第三身分」こそが「公職」=公共的領域においても本当の主人公になるのだという主張だ。そして、こうした感覚(センス)は、フランス大革命に先立つ、アメリカ独立革命(1776年)の中で鮮明となったものと考えられる。それを象徴的に示すのが、トマス・ペインの『コモン・センス』だ。次回は、これに触れたいと思う。

   外では大雪が降っている。もう5センチは積もっているだろう。時々、寒冷紗代わりに使っている100均の不織布に積もる雪を払いに行く。夜中の3時まで降り続くというのだから、これは、かなり大変なことになりそうだ。

  
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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2017年11月現在満11歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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