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73年目の広島・原爆の日に思う

「核抑止」や「核の傘」という考え方に未来はない!
  ―――「平和」に生きることができる社会の実現とは?



   今日は、広島・原爆の日だった。そして、記念式典での松井広島市長の「平和宣言」とこども代表の「平和への誓い」は例年より重く心に響いた。

   今年、私たちが目の当たりにしたトランプとキム・ジョンウンによる「核での脅し合い」は、核兵器廃棄への一歩前進に結びついたかにも見えたが、けっして、広島・長崎の悲劇を繰り返してはならないという”人類”的視野に立ったものではなく、まさしく、自国の「安全保障」のためには、被曝犠牲者を「当然視」するものだったと言って良い。

   これに対して、松井市長は、「核抑止や核の傘という考え方は、核兵器の破壊力を誇示し、相手国に恐怖を与えることによって世界の秩序を維持しようとするものであり、長期にわたる世界の安全を保障するには、極めて不安定で危険極まりないものです。為政者は、このことを心に刻んだ上で、NPT(核不拡散条約)に義務づけられた核軍縮を誠実に履行し、さらに、核兵器禁止条約を核兵器のない世界への一里塚とするための取り組みを進めていただきたい。」と述べた。これこそが、被爆国日本の私たちが選び取るべき方向性なのだと思う。そして、このことは、あのトランプと「100%共にある」アベ政権には託し得ないものなのだ。あの欺瞞的な歪んだ表情が、また、眼に浮かぶ。

   また、「苦しみや憎しみを乗り越え、平和な未来をつくろうと懸命に生きてきた広島の人々」の平和への思いをつないで行こうとする新開美織さんと米廣優陽君は、「平和への誓い」で、次のように述べている。「平和とは、自然に笑顔になれること。平和とは、人も自分も幸せであること。平和とは、夢や希望をもてる未来があること。」と。

   昨日、私は、見知らぬ青年が、友人らしき人物に、「年寄りを見ると殺したくなる」と繰り返し言うのを耳にしている。これを聞いて私がすぐ連想したのは、相模原障害者施設殺傷事件の植松被告や杉田水脈の「生産性」云々という言葉だった。理由こそ聞き漏らしたが、このようなことを言う人間がこんな近くにもいるのかと、正直、暗澹たる気持ちになった。それにしても、この青年の心象風景とはどのようなものなのだろうか。イキがってはいるものの、決して幸せそうには感じられないその印象からすると、根本的なところでは自己肯定感を持ち得ず、そのストレスや劣等感を、不当な差別に基く社会観に依りつつ、自分より「劣位」にある(と勝手に解釈した)「弱者」を差別・排除することによって紛らわそうとしているようにも感じられた。それにしても、こうした風潮が、アベ政権下で強まっていることは間違いないことだろう。

   アベ政権が推進する日本社会は、より大きな格差を当然視する社会システムの中で、人々は苛烈な競争を煽られ、その「結果」は自己責任だとするものに他ならない。こうした社会の中で、人々は自然に笑顔になれ、人も自分も幸せだと感じ、夢や希望のもてる未来を感じることが出来るだろうか。言うまでもなく、先の青年の心象風景は、それと対照的なものだったと思われる。

   これに対して、「平和」に生きることの意味を二人の小学生が言ったように捉えるならば、私たち大人は、後続の世代がそのように生きていくことのできる社会をこそ実現していかなければならない。そして、それを実現していく先にこそ、核兵器の廃絶があるのだと思う。「核抑止」論や「核の傘」という考え方の先には、人類を絶滅の危機から救う核廃絶の道は、けっして見えてこないのだ。
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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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