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今日はお彼岸で墓参りをした 

人は死しても、明るい春の青空と陽光は変わらない
 「命」に感謝でき、「寿命」を全うできる人生が送れるだろうか


   ※今日は春分の日。春のお彼岸だった。午前中に墓参りをして、夜にはおはぎを食べた。桜(染井吉野)には少し早いが、庭のさくらんぼや杏の花は今が盛りだ。一時は小雨もパラついたが、その後、明るい春の青空と陽光が美しい日となった。今日は少し我が身のことを振り返ってみたい。

   墓参りの帰り道、母が亡くなった12年前のことを思い出した。それは、母の死による強い喪失感とは対照的な、今日と同じような、春の明るい陽光と青空の記憶だ。人は死しても、季節は巡り、また、満開の桜の季節が訪れる。母の最後の歌は「花見する 空一面の桜色 心に残るうれしさ残る」だったが、そうした悠久の自然の中で、人は、生まれ、そして、消えていくわけだ。そして、人の「幸せ」とは、その短い生の中に、命の〈喜び〉と〈楽しさ〉をどう刻み込めたかということなのかも知れない。しかし、昨日書いた被災者の人たちのように、自らの生を肯定的に受け止められず、その命に感謝することもできない状態に陥れられることもあるのだ。そして、それが強欲な輩によってもたらされたものなら、けっして座視することはできないと言わねばならぬ。

   さて、今日は墓参りをしたわけだが、私のデスクトップ上の「遺書」には、「葬式」はするな、「戒名」はつけるな、墓石には「西暦」を使えと書いてある(W)。私は、仏教(宗教)も否定しないし、元号も強制されなければ良いだろうと思っている。ただ、神も仏も信じることのできない私には、戒名も弔いのお経も必要ないのだ。また、現憲法の国民主権下の象徴天皇制についても許容するけれど、幼い子供まで「様」付けで呼ぶ文化には承服できない。また、基本的人権すら認められていない天皇家の人々のあり方は問題だ。最近の、秋篠宮眞子さんと小室圭さんの騒ぎも異常だ。イギリス王室と比較しても、気の毒と言う他はないだろう。元号も西暦も外国文化がもとになったものだ。便利な方を使えば良いのだ―――平安遷都は何年で、前の東京オリンピックは何年だったというのだ。それにしても、次の元号に「安」の字がつくのだけは許せない。もしそんなことが起こったら、私は元号は絶対に使わないだろう。

   大リーグ中継を見ながらブログを書いてきたが、イチロー選手が引退するらしい。YouTubeで名プレー集を見るぐらいだったのだが、確かにすごい選手だったと思う。大ファンだったMさんはどんな印象を持っているのだろう。しかし、延長戦で引退会見が始まらない・・・(ブログは終了だ。)
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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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