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『風の谷のナウシカ』によせて(1)

     『風の谷のナウシカ』によせて(1)
             ―――新しい神話的世界の創造


        その者 青き衣をまといて
        金色の野に降り立つべし
        失われし大地との絆を結び
        ついに人々を青き清浄の地に導かん 
                  (風の谷の伝承より)

 我〈しもべ〉たる飼い主は、なにやら、宮崎駿さんのファンらしく、特に、『風の谷のナウシカ』と『もののけ姫』が大のお気に入りらしい。特に『風の谷のナウシカ』なんかは、もう50回以上も観ているらしいんだよ。ちょっと滑稽な感じもするね。 

 先日、テレビで『風の谷のナウシカ』が放映されたそうです。若い人たちはどんな印象を持ったのでしょう。私はといえば、東日本大震災そして福島第一原子力発電所の事故後、久しぶりに、アニメ版の『風の谷のナウシカ』が観たくなり、昨年の暮、新たにDVDを購入して、じっくりと見ることになりました。そして、その時強烈に感じた、宮崎駿氏の「時代」との格闘に思いをはせながら、さらに、アニメージュ・コミックス版『風の谷のナウシカ』全7巻も、一気に再読してしまったのでした―――アニメ版とアニメージュ・コミックス判との相違については色々議論されているようですが、私は両者に基本的な差異はないと理解しています。この点については、次回以降、稿を改めて論じたいと思います。
   
  
 ♪ らん らんらら らんらんらーん らんららら らーん ♪

 あなたも、『風の谷のナウシカ』を観た後、誰かが、ナウシカの幼い頃の回想シーンで流れるこのメロディーを口ずさんでいるのを見かけたことがあるのではないでしょうか。恥ずかしながら、私も、このメロディーを口ずさみながら、このなんとも魅力的なヒロインとの一体感に浸たったりするのです。この物語は、「腐海の秘密」を明らかにすることを通して、人間の「新しい」生き方を指し示すことが出来たナウシカの心の旅(オデッセイ)を表現したものともいえるでしょうが、このメロディーが流れる中、『(王蟲の幼虫を)殺さないで!』と叫ぶ幼い日のナウシカの心の在り様こそ、その後のナウシカに、人々が恐れ嫌う腐海の植物たちと「遊ばせ」、王蟲をはじめとする虫たちと心を通わせ、又、怒りに我を忘れ多くの人々を殺すことになりながらも、ついには『敵』をも含む人々の心を掴むことを可能にさせたものだったに違いありません。

  さて、私が本稿で強調しておきたいのは、宮崎氏が、われわれの『主体』に強く訴えかけ私たちの生き方にすら大きな影響を与える、極めて魅力的な「人間」像の創造に成功していると言うことです。人間は「理性」的な存在でありますが、それにも増して「感性」的な存在であるといってよいでしょう。このことは科学的、合理的な認識の度合いが格段に強まっているように思われる近・現代においても変わることはないはずです。そして、日常生活における行動は勿論のこと、緊急時の人間の行動に対しても、最も大きな影響を及ぼすのは、こうした「感性」的水準にまで溶け込んだ人間観、社会観、自然観に他ならないと思われるのです。それは、「人間」や「社会」とはどのようなものか、「自然」とは人間にとっていかなるものかといった問いに対する、いわば、原初的で、感覚的で、総体的な観方であって、それをここでは一応「神話的なもの」と呼んでおくことにしたいと思います。勿論、いわゆる『神話的』なるものは、「権力者」の在り方を倫理的に正当化するといった性格が強く、これに対して、「民話」や「説話」がいわゆる「常民」の生き方・在り方を伝えてきたといった傾向を認めることが出来るのですが、ここでは、一応、両者を含めて『神話的なもの』と呼んでおきたいと思います。そして、こういった意味において、ナウシカは、まさしく、人間の原初的な在り様に関わる、『神話』的な魅力を持つ人物であると言っていいと思うのです。

  ナウシカのこうした性格は、アニメージュ・コミックス版第1巻の巻末にある『ナウシカのこと』と言う宮崎氏自身の文章の中にも看取できる事です。宮崎氏によれば、ナウシカは、ギリシャの叙事詩『オデュッセイア』に登場するバイアキアの王女ナウシカ〔とりわけ、バーナード・エヴスリンの『ギリシャ神話小事典』でえがかれたところの)と『堤中納言物語』〔文中には『今昔物語』とありますが、このような誤りは「創作活動」にとってはほぼ無視していいものです)のなかに出てくる「虫愛ずる姫君」の二人の生き方に触発されつつ、生み出されたものです。ここで、その創作の過程を想像することは極めて興味深いことではありますが、最も重要なのは、それが、単なるアナロジーといった水準をはるかに越えて、現代的課題に直面している私たちの「主体」に強く訴えかける、まさしく、現代そして未来の社会における「神話」的力を持った作品となっていることです。ジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』で「現代の神話」を創り出そうとしたというのは有名な話ですが、こうした観点からいうと、『風の谷のナウシカ』は、20世紀後半のファンタジーの世界において、『スター・ウォーズ』と対極をなすところの、一つの「神話的世界」を創り出した最高傑作と言ってよいと思うのです。
   
   勿論、宮崎氏が創造した『神話』は、決して、いわゆる、復古主義的なものでも、非合理的なものでも、非歴史的なものでもありません。宮崎氏の創作の背景には、明らかに、私たちが生きた20世紀後半の時代状況との格闘があり、そして、それを対象とした最先端の理論があったといえると思います。その点については、又、稿を改めて論じて行きたいと思いますが、ここで確認しておきたいことは次のようなことです。すなわち、私たちは、一般的に、いわば「感性過多」の日本的伝統の中で「科学的認識」の重要性を強調されてきたのですが、他方、私たちが生きる現実の世界では、地球環境と人間社会の危機の進展の中で、明らかに、〔似非)「科学主義」の「神話」や粗野な「権力政治」的「神話」が幅を利かせ、私たちの日常生活の感覚・意識に大きな影響及ぼしてきたということです。そうであるからこそ、私たちは、日常生活の「生きる」レベルにおいて、目の前にあるこうした粗野な『神話』に対抗できる、現在の危機の克服と未来社会の創造に向けた新たな『神話』を必要としたのだと思うのです。それを提供してくれたものこそ『風の谷のナウシカ』に他なりません。
  
   現在、50基ある日本の原発は全て運転を停止しています。今この時、「福島」後のわれわれが、『風の谷のナウシカ』の“メタファー”の中から、これからの人間と自然との関係、そして、それを決定付けるわれわれ自身の生き方・関係性を構想し、実生活の中でそれを実現していくことが出来るならば、「福島」の、そして、「世界」の再生に向けた大きな力になると感じるのですが、いかがでしょうか。


  【追伸】ずい分長い間ブログを更新していませんでした。実は、上に書いた文章はもう一ヶ月程前に草稿が完成していました。ただ、他の読書に夢中になっていたり、また、本稿のその後の展開にも考えるところがあって、アップするのを控えていました。ただ、満足できる『風の谷のナウシカ』論など、到底短い時間内では書ききれるわけもないので、いくつかに分割して載せることにしました。まずは、私の素直な感想文として読んでいただければと思っています。
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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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