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IR汚職とアベ政治―――ニュース雑感2020(3)

 ”腐りきった”政治家がのさばるこの国には、
 ―――もう”終末観”すら漂ってきた。”希望”はあるのか?


   ※新聞を見たら、浅草にあるスマートボール専門店「三松館」が閉店するという記事が載っていた。確かに、スマートボールは子供の頃にやった記憶があるし、また、ビー玉を使ったコリントボールと呼ぶものを自作し、遊んだのも憶えている。ただ、それらは、今のゲーム・センターのゲームに似ていて、パチンコなどギャンブル性の高いものとはかなり違っていたように思う。そんなことを考えていると、ブログで「IR(=カジノ解禁)」について書くつもりだったことを思い出した。

   通常国会冒頭でのアベの施政方針演説やその後の答弁を聞いていると、彼等は本当にこの国を壊そうとしているのだと感じざるを得なかった。本家本元のアベやアソウはもちろんだが、菅原一秀だの秋元司だの河井克行・安里だの杉田水脈だの、よくもまあこんな政治屋とそんな彼らの尻拭いをして恥じない役人ばかりを集めたものだと思う。一々反応していたらこちらの身が保たない。「忘備録」がわりにブログで整理するのも面倒なぐらいだ。それにしても、つくづく思うのは、ああした輩が明らかな違法行為や反倫理的行為を口から出まかせに誤魔化そうとするのを、自民党や公明党の支持者たちは何故許すことができるのかということだ。自民党には村上誠一郎や石破茂の支持者もいるのだろうし、公明党には創価学会の婦人部もあるというではないか?自浄能力を発揮しなければならないのはまず彼らなのではないか?そして、もしそれができないというのであれば、自立した政党や宗教団体とは言えないだろうし、「まやかし」と言われても仕方がないではないか。それとも、結局、同じ穴のムジナなのか?

   目の前に展開しているアベの「お友達政治」とそれが推進する「縁故資本主義」が発展途上国でしばしば見られる「開発独裁」に似ていると言われることがあるが、私が見るところ、道義的にも経済効果においても、ほとんどそれ以下の存在でしかないように感じられる。元々”有用”な財やサービスを積極的に生み出すという面ではほとんど無能な世襲政治家でしかない彼らは、ただ只管、国民の税金と(勝手に増やし続ける)借金そして国民の公的資産と労働力を、仲間内で掠め取り、腹を肥やそうとするばかりなのだ。そのためには、もう、バクチでもなんでもOKだし、子供にでもわかるウソをつきまくるのだ。そして、「同じ穴の狢」である岩盤支持層は、同じ政治・経済システムを共有するがゆえに、ウソの上塗りに走る。アベの元秘書・前田晋太郎下関市長はその典型だろう。もちろん、その結果は、国民生活の疲弊であり、国民経済の停滞であり、そして、日本人の「道義心」の低下に他ならない。

   こうした「腐食」の構造の中でも最も心配されるものの一つが、「カジノ解禁」だ。日本には公営ギャンブル(競馬・競輪・競艇・オートレース)が存在し、また、街中には「ウソ」(三店方式)で塗り固めたような「パチンコ・パチスロ店」が多数存在する。そして、そこには、満たされない思いをぶつけたり、老後のささやかな娯楽を求めたり、あるいは、「依存症」によって精神的にも経済的にも家庭的にも危機に瀕しているとしか思えない人々が多数見受けられるのだ。最近も、「ギャンブル依存症」に関する記事をいくつか見たが、その悲惨さは尋常なものとは思えない(特におすすめしたいのは、民医連の特集2依存症「誰か私をとめて」だ。日本において、「少なくとも200万人はパチンコによる債務で苦しんでいる」と推定されるのだそうだ)。「依存症体質」と自覚している私も他人事ではない。この事実と真っ当に向かい合うことなしに、「カジノ解禁」など、まさしく、”モラル崩壊”そのものと言えるだろう。

   「カジノ解禁」には、まず第一に、極めてセコイ政治屋の私的事情が見えている。そもそも、この動きの背後にはアベとトランプとの関係(=米・ギャンブル業界との「売国」的関係)があると言われているのだが、秋元司の例は、政治家とギャンブル業界との癒着を白日の下に晒したと言って良いわけだ。これまでも、いわゆる「パチンコ議連」(→政治資金)や「天下り」(→警察官僚退職後の利権)など、政治家とパチンコ業界との癒着が取りざたされてきたが、秋本司はまさしくその中心人物の一人と言われていたのだ。そして、今回の問題でも、衆院内閣委員長としてIR関連法案を強行採決し、また、いわゆる「カジノ議連」の中心人物であった内閣副大臣秋元が、”民間業者”との癒着(贈収賄)で摘発されたのだ。実際、「サザエさん」や「釘師サブやん」の時代には本当にささやかなものでしかなかった(?)「パチンコ」が、ここまで「射幸性」の高い、大規模産業に変化し得たのは、規制するような素振りをしながらそれに寄生し、甘い汁を吸ってきた政治家らの「活躍」がなければ不可能ことだったろう。まさしく、ギャンブル業界は悪徳政治家の利権の温床なのだ。

   他方、アベをはじめとする推進派の政治家たちは、カジノの「経済効果(→税収増・雇用増・地域発展など)」を強調する。しかし、「原発低コスト」論と同様に、世界的に見ても、これは大いに疑わしい議論なのだ。さらに、そもそも、”民間業者”にギャンブル営業を許可することによって「経済効果」(=利益)をあげようとすること自体が問題だと言わねばなるまい。何故なら、ギャンブル業界よって国民から巻き上げられた上前をハネようというのだから、国民がギャンブルにハマってボッタクられればボッタクられるほど、国や地方公共団体が「利益」をあげる(税収増)ということなるからだ。アベ自公政権が「成長戦略の柱」として位置付けたIRについて、森田実氏は、「日本の品格や道徳、礼儀正しさには似合わない。米国のばくち団が投入され、ギャンブル的思考を国民に広げることをしてはいけない。」と『東京新聞』(1月○日)で述べている。少し古めかしくも聞こえるが、正鵠を得た議論と言えるのではないか。

   ただ、私にとってはギャンブル依存症で苦しむ人々のことが一番大きな問題と感じる。その依存にはそれぞれ異なった原因や理由があるのだと思う。しかし、総じて、その〈激増〉の背景には、まさしく、アベやタケナカなどが推進する「新自由主義」的な「競争原理主義」、「世界で最も企業が活動し易い」=金儲けがし易い「規制緩和」路線とそれと対をなす「自己責任」論があったと言って良いと思う。他者を顧みないそうした「欲望」の全面肯定の中で、多くの人々は「人間」としての充実感や幸福感を感じることが困難となり、その心の空洞を埋めるために、これまた、他者を顧みない金儲けの「仕掛け」の中に取り込まれてしまったのではないか。しかし、ギャンブルに我を忘れても「自己肯定感」が持てないという本来的な問題が解決されるわけではない。そして、必然的に待ち受けている「挫折」と根源的な矛盾の意識は、自殺願望にまで突き進んでしまうのだ。なんと悲惨なことではないか。問題は複雑で、解決も難しいのかも知れない。しかし、私たちは、私たちの心のうちにある、他者との勝ち負けに単純にこだわったり、真っ当な努力なしに一時的な「幸運」を求めたりする心の動きに警戒しなければ、決して幸せにはなれないだろう。何故ならそれらは安定的な「自己肯定感」を保証しないからだ。また、そうした意味において、私たちは、より根本的に、共同的な存在として相互に尊重し合い、助け合い、その価値を認め合うことができるような社会、あるいは、人間にとって真に有用な「価値」や「技能」の創造ないし習得を真っ当な努力によって追求していけるような社会の実現を必要としている言えるだろう。そして、そうしたことこそが、「人類」がこの歴史の中で生み出し、継承してきた最良の思想的遺産の一つ(=反「ギャンブル的思考」)だと思われるのだ。

   「カジノ解禁」を企むアベ自公政権は、口では「依存症対策」などと言っているが、ギャンブル依存症で苦しんでいる人々のことを本当に考えているとは当然思えない。そして、これから彼らがさらにやろうとするのは、「ギャンブル」の一層の規制緩和、例えば、特区だけではない「カジノ解禁」、そして、客への課税(=増収)を理由としたパチンコ「換金」の合法化(=「ギャンブル」としてのパチンコの合法化)と言えるのではないか。何しろ、アベの理想は、世界で最も(ギャンブル)企業が活動し易い国を作ることなのだから!
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SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2019年11月現在満13歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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