FC2ブログ

『忘れられた 戦後補償』を観て―――一般ピープルに犠牲を押し付けて恥じぬ卑怯者たちの群れ

こういうのって、“卑怯”って言うんじゃないか!
 ―――「ともあれ失政の責任をとるわけでもなく、数々の疑惑を説明するわけでもなく、再び病気を理由に首相はやめる」(『東京新聞』、8月29日、「こちら特報部」、デスクメモ)


   アベの辞任発表後の新聞で最も興味深かったのは、三木義一さんが、アベの辞任とカワイ夫妻の買収事件とを関連させ、「立花隆氏の著書によれば、安倍氏の祖父の岸信介氏は、ロッキード事件で検察との話し合いで政界を引退したと言われている。辞任の背景にこうした事情が絡んでいなければよいが」とコメントしていたことだ。検察との取引?確かに、この裁判の成り行きはアベ政治を終焉させるための一つの重要な条件となる。日本の司法が本当に憲法と国民のために(権力者のためにではなく)働きうるのかをしっかりと注視していかなければならない。また、辞任を表明したアベは、任期中の”改憲”を実現できなかったわけだが、極右・ネトウヨ向けの「レガシー」として、「敵基地攻撃能力の保有」(→先制攻撃の容認)を置き土産にしようと画策している。これまでのアベの選挙では「北風」が大きな役割を果たしたが、今回は本命の「南風」にも期待して、次の総選挙での争点の一つにしようとしている。私たちは、喫緊のコロナ対策はもちろんだが、アベ友勢力の安全保障政策が私たちと私たちの大切な人々を守るものではないことをしっかりと見定めなければならない。こうした面でも、宿題だった『忘れられた 戦後補償』(NHKスペシャル)は学ぶところが大変多いと感じる。

   先の戦争で日本人は310万人の死者を出したが、そのうちの80万は国家総動員体制のなかで様々な形で戦争に協力した民間人だった。しかし、これまでの日本国家(政治家・官僚)はこうした民間被害者への補償をできるだけサボろうとしてきた。とりわけ、空襲被害者などには未だになんらの補償もなされていない。ところが、戦前、日本と三国同盟を結んでいたドイツとイタリアでは、軍人と民間人との区別なく、市民一人ひとりに補償する政策が選択されてきていたのだ。恥ずかしいことに、私は、この歳になるまで、こうした事実を意識することはほとんどなかった。知らないということは恐ろしいことだ。

   だが、戦前の日本には、軍人恩給だけではなく、総力戦に協力した民間人被害者に対する補償制度も存在していた(「戦時災害保護法」)。しかし、敗戦後、GHQはこれらを軍国主義復活の温床になるものとして廃止し、全般的な社会保障制度によって対応するものとした。これに対して、日本国家(政治家・官僚)は、主権回復後、軍人・軍属への補償を極力復活・強化する一方、民間人への補償は、限定的な「救済措置」は別として、一貫して抑制・否認する政策を採ってきたのだった。それでは、共に国策に協力し、犠牲を負った人々に対するこうした日本国家の対応の違いは何に起因したのだろうか。この番組では、前者に関しては、戦後に復権した旧軍人勢力や板垣正・日本遺族会事務局長(あの板垣征四郎の息子)らの「組織力」に言及している。板垣正によれば、国家存立の基礎は国のために死も辞さぬ精神であり、そうした犠牲的精神・献身的精神をこそ讃えたかったというわけだ。こうした考えから、恩給額には位階によって大きな差が設けられ、また、民間人犠牲者は軽視されることになったとも考えられる。つまり、戦後の「軍人恩給」などの復活・強化は、総力戦を組織し、その挙句、無残な敗戦を招いた日本国家が全ての戦争犠牲者に対して責任を負うというのではなく、逆に、戦前の日本国家(天皇ー軍人・官僚・政治家)が引き起こした非道で無謀な戦争を擁護・正当化する手段としての意味合いが強かったと言わざるを得ない。(私に言わせれば、一般の軍人犠牲者は当時の怪しげな国策への協力の故にではなく、そのことによって受けた犠牲の故に補償されるべきなのだ。)

   これに対して、120万人の民間人死者と1200万人以上の引揚者を出したドイツでは、1950年の西ドイツ「連邦授護法」で、国は全ての戦争被害者に対して責任があるとされ、被害に応じた補償がなされることになった。また、民間人死者15万人のイタリアにあっても、1978年の「戦争年金に関する諸規則の統一法典」で、軍人と民間人との区別のない補償が法制化されている。そして、こうした政策の背後には、「個人の被害に国が向き合うことは民主主義の基礎をなすものです。国家が引き起こした戦争で被害を受けた個人に補償することは、国家と市民の間の約束です。第二次世界大戦は総力戦で、軍人だけではなく、多くの民間人が戦闘に巻き込まれ亡くなりました。軍人と民間人の間に差があるとは考えられなかったのです。」(ゴシュラー教授)という考えがあった。

   では、日本における先に見たような「軍民格差」はどのような理由で生み出されてきたのか。この番組の優れた点は、この点をその政策決定に携わった官僚や政治家の直接的な証言から明らかにしていることだ。その証言については色々な見方が可能だろう。しかし、その要点は、戦争被害は国民一人一人が受忍すべきものであり、また、法律上、国家に補償義務はない、というものだ。彼らは「テクノクラート」とか「パワーエリート」とか呼ばれる「専門家」たちであったわけだが、私に言わせれば、日本国憲法の下、このような欺瞞的な理屈がなぜ通用したのかと驚くほかはない代物だ。

   まず、国家の「法的責任」云々について言えば、日本国憲法がそうした補償を否定するはずはなく、そうでなければ、なぜ「軍人恩給」は可能だったというのか。要するに、必要ならば独伊のように法律を作れば(あるいは「復活」すれば)良いだけの話だったろう。さらに、そこで持ち出された、「一億総懺悔」にも通じる「一億総受忍」なる詐欺まがいの言説は、結局彼らが何者であったのかを教えてくれるようにすら思われる。少し長くなるが、話を聞いてみよう。

   「国を挙げて国民全体がこの戦争に取り組んだことが事実で、別にそれで国民全体に責任があるという意味ではありませんけれども、国を挙げて総力戦でやって、戦争に負けて、無条件降伏をやった、そうゆうことですから、国民等しく受忍をね、受忍という言葉をよく使いますけれど、やはり我慢して耐え忍んで、再建を、復興を個人個人でそれを基本にして頑張ってもらいたい。本当に気の毒で気の毒だけれども、自力で頑張ってくださいと言うしかなかった。」(禿河徹映)

   さらに、「パンドラの箱を開けるようなことになっちゃ困る。交付金をやるようなことになりますと、やっぱり、広島の原爆で死んだのが何万とおるわけですね。そういう人は何も受けていない。やっぱりよこせと言うような議論が出てくる。」(河野一之)

   こうした理屈は、大蔵省や厚生省などの官僚によって、敗戦後から高度経済成長期そして経済大国化した1980年代に至っても、繰り返されたものだ。ここに見られるポイントは、大きく分けて三つだ。

   その一つは、戦前の戦争指導勢力の決定的な責任を曖昧化し、その責任を国民一人一人に拡散・転嫁していることだ(「一億総懺悔」)。一体、誰が、「一君万民」の擬制の下で「天皇陛下万歳」の音頭を取りつつ私欲・権勢欲に溺れ、杜撰な情勢分析のまま非道で無謀な侵略戦争を拡大させ、全国民を総力戦に巻き込み(国家総動員体制)、そして、戦争終結への責任ある展望もないまま、「神州不滅」とか「神風が吹く」とかのフェイクをかましつつ「本土決戦・一億玉砕」を叫び、その挙句、結局、天皇の「聖断」による無条件降伏に至らしめたというのか。おまけに、そんな戦争指導者たちは、確かに俺たちは号令をかけた、でも一般国民もそれを信じ乗ってきたわけだから、君達が損害を受けたからといって俺たちだけが悪いわけではなく、俺たちだけに責任を負わせるのはおかしい、と言うわけだ。しかし、まさしく、「民族」と「国体」を危機に落としめたこのような輩の議論は、(全てを「天皇陛下のため」と喧伝された)昭和天皇の立場からも、無責任極まりないものと映ったことだろう。

   さらに悪質と思われるのが、二つ目の、「一億総受忍」の中身だ。そもそも、日本が「大和民族」の「共同体国家」あるいは「家族国家」と言うのならば、その「国家」が遂行した戦争の犠牲に対して、「国家」あるいは「国民一人一人」がその犠牲者に対してできうる限りの補償を行うのが筋というものだろう(共同的な公的補償)。ところが、戦前の戦争指導者たちとその後継者たちは、「国民一人一人」に無限の犠牲を命令・強制しながら、軍関係者には靖国合祀と軍人恩給を提供する一方で、「国民一人一人」(実際には、空襲なのでの民間人犠牲者)には、「一人一人の受忍・我慢」を強いたのだ。私たちは、「鬼畜米英の敵性言語」“one for all, all for one”という言葉を知っているが、私たちが目にしたのは、恥知らずな棄民政策に他ならない。番組にも登場するように、「自助」を強いられ、力尽きて倒れた人々、困窮の果てに呻吟した人々がどれほどいたことか。それは弱者に負担を押し付ける「緊縮財政」の一種だろうが、もしこれらの民間人の方々の犠牲の上に戦後の復興と経済成長が成されたとすれば―――私はそんなことはないと思うが(!)―――、その間に見られたこうした政策決定者たちと民間人被害者との間にあった生活の質の差は決して公平と言えないだろう。そして、我々の親の世代と我々の世代は、こうした欺瞞を許してきてしまったのだ。

   三つ目は、さらに悍ましい、補償を求める人々への「敵意」に似た感情だ。それは、イタリア国家が示した「国家が持つべき(戦争被害者に対する)感謝の念や連帯の意」とは程遠い代物だ。補償を要求する人々は「やっぱりよこせと言うような」存在でしかない。かっての戦争指導勢力とその末裔にとって、国民への補償を認めることは彼らの戦争(=敗戦)責任を認めることでもあり、あらゆる法的あるいは超法規的理由を用いて避けねばならないものであったのではないか。そして、そうした彼らの姿勢は、戦争被害者の要求を「不当」なものとし、それ故、彼らに対する暴言や攻撃―――「国家の責任にして金をせびろうとする乞食根性」だの「欲張り婆さん、今更何をいっている。そんなに金が欲しいのか」など―――を助長ないし黙認することになったのだと思われる。この手の人々が実際何を手にし、誰に煽られていたかは想像の範囲内だが、これも戦後と「国家総動員体制」との“非切断”の一つ側面だったと思われる。

    『忘れられた 戦後補償』は、日本の戦後補償のあり方、そして、国家の戦争責任とは何なのかを改めて考える機会を与えてくれた。とりわけ、同じ敗戦国だったドイツとイタリアの事例は、日本の「国家(似非)エリート」の反「人民ー国民」性を対比的に浮かび上がらせてくれた。現在、私たちは先に挙げた戦前の戦争指導者の末裔たちと対面している。私たちには、再び、私たちをその権益や権勢に奉仕させ、私たちにとって無意味な戦争に動員しようとする「国家(似非)エリート」たちの「仕掛け」に流されない理性と感性が必要となってきている。
 
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2019年11月現在満13歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ワン・クリック・エリア
おもしろかったらクリックしてね!
にほんブログ村 犬ブログ 柴犬へ
にほんブログ村 にほんブログ村 格闘技ブログ 剣道へ
にほんブログ村 にほんブログ村 政治ブログ 平和へ
にほんブログ村
リンク
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる