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ホワイトハウスで働きたい?―アメリカ人少女の答は?

アベ長期政権は日本の”凋落”の象徴に過ぎない!
 ―――人民(ピープル)の主権者意識が国の運命を左右する


   ※朝夕、少し和らぎを感じるが、相変わらずの暑さだ。日中外に出ると、本当に命の危険を感じる。おまけに、1日の半分は寝ているので、考える気力も失せるといった有様だ。しかし、先日見た『世界ふれあい街歩き アメリカ 人気の街「ワシントン」』(BSプレミアム)には勇気付けられた。忘れないよう記録しておく。

   正確に記憶しているわけではないが、ホワイトハウスを見学に来た軍人を父に持つ中学生くらいの少女が質問される。「君はホワイトハウスで働きたい?」。すると、少女は答える。「いいえ、ホワイトハウスが私たちのために働くの!」 す、素晴らしい!このような意識を持つ国民なら、無能な反「人民ー国民」的な政治屋を長期間権力の座に留まらせることなどないだろう。トランプは間違って大統領になったが、「もう4年間」というわけにはいかないはずだ。そして、もしそうなるとすれば、アメリカの命運も尽きるということだろう。

   その一方、わが国は、アベの連続在職日数が8月24日で2799日となり、歴代最長を記録した。実に、8年近くもあの顔を見て来たわけだ。このクソ暑いときにいちいち思い出すのもバカバカしいが、アベのやったことといえば、内政・外交ともに最低・最悪の結果としか言いようがあるまい。要するに、その金融・財政政策は「お友達」だけが甘い汁を吸うものであり、その結果として、日本経済と国民生活の質は、OECD諸国の中だけではなくアジア諸国の中でも、低下する一方だった。外交・安全保障の面においても、愚かしくも悲惨な戦前の侵略戦争の肯定によってアジア諸国との関係を修復できず、また、日本国憲法を盾とした独自外交も振り捨て、自主・独立どころか、アメリカの「使いっぱ」あるいはアメリカの「弾除け」的な存在に日本を貶めて来たといって良い。どちらにしても、外国に国民の税金と資産を貢ぐことによってしか相手にしてもらえない存在になりつつある。

   そうした中、アベと彼に従う政治屋の倫理観は崩壊し、隠蔽・改竄・捏造の末に、「証拠を見せろ」と居直るばかりだ。アキモト様、カワイご夫妻、君たちは”モリ・カケ・サクラ”のアベとそっくりだよな。しかし、最近のアベ友政権と御用マスコミが垂れ流す報道ときたら、「ボクちゃん病気なの、同情して」といったバカバカしい代物に他ならない。一体、どれだけの多くの国民がアベに首相を続けてもらいたいと考えているというのか?そして、どれだけ多くの国民がアベの感染症対策を信用し、期待しているというのか?内閣支持率やコロナ対応への低評価を見てもわかるように、国民多数の気持ちは早く辞めてくれということだ。病気ならなおさらのことだ。それとも、G7の宴会が行われていたら、元気に行っていたということなのか。

   最後に、「奥さん」も言っていたが、アベ友政権のコロナ対応は、本当に!、年寄り・病気持ちなど弱者は死んでもかまわないと考えているとしか思えないものだ。金と人の使い方が”感染症対策”に真剣に取り組むといった姿勢が全然感じられない。焦点が合っているのはアベ友を儲けさせることだけで、国民的な観点からすれば全てがピント外れなのだ。経済・外交と同様、アベのコロナ対応によって、これから先、さらに多くの国民が苦しむことになるのだろう。それを阻止できるのは主権者意識を持った「人民ー国民」一人一人のはずだ。
   

「黒い雨」訴訟・地裁判決への控訴について     ―――日本の似非エリートどもの責任逃れ

アベ政権は私たちの大切な人々を守らない!
 ―――普通の「人民ー国民」の命と生活を守る政府が必要だ!

   ※お盆が終わった。私も家族で墓参りに行き、墓石を洗い、花を飾り、線香を灯し、逝きし人々に手を合わせると、命の儚さと優しさが胸に迫ってきた。そして、縁ありし人々に私は「誠実」たり得たかと自問すると、大変心許ない思いがしてならなかった。しかし、「終戦」に関わるテレビ番組や新聞記事などに接すると、わが国の似非エリートどもの卑劣で狡猾な詐術とそれにたやすく乗せられ流される「国民」の「軽さ」と「重さ」にはなんとも複雑な想いがする。しかし、私は、彼らとは違うし、また、同じであってはならないと改めて感じるのだ。

   こうした意味で、この夏、最も印象的だったものの一つが、「黒い雨」訴訟・広島地裁判決への国側の控訴だった。とりわけ、下等厚労相の「(この判決は)科学的知見と異なる」という戯言には、この国の国家と官僚制の本質を見る思いがした。どの面下げて”科学的”なのだ。被爆直後の気象台による聞き取り調査の有様や、1976年以降の「大雨地域」や「特例地域」の設定(線引き)に関わる経緯、そして、2010年の広島県と広島市による住民調査に基づく要望など、厚労省やその御用学者による調査自体の”科学的・合理的根拠”こそが問われなければならないのだ。「黒い雨」による内部被曝を否定するために彼らが持ち出した「残留放射能」云々といった手口に従えば、広範な地域に及ぶ福島原発事故の影響も、また、原発事故それ自体をすらなかったことにできるだろう。大体、2012年の国の専門家検討会による「降雨地域の確定は困難」との指摘からすれば、それまでの「線引き」自体に”科学的・合理的”根拠などなかったということだ。だとすれば、1980年の厚生省の私的諮問機関による「(被爆地域の指定については)科学的・合理的根拠がある場合に限定すべき」という答申は、”科学的・合理的”根拠ではなくどのような立場から為されたものと言えるのか。私たちは、これまでも、水俣を始めとして、加害者=権力者と結びつき特権的な優遇を貪る「科学屋」―――そして、その似非「科学」を”支え”に被害者を攻撃・差別する「一般ピープル」―――の恥ずべき姿を見てきたが、それは、加害者=権力者がその責任から逃れ、被害者にその立証責任を押し付け、彼らの救済をできるだけサボろうとしてきた姿に他ならない。そして、今回の控訴も、被爆者の「補償」をさらに引きのばしつつ、地裁判決に従うという形ではなく、その「援護区域検証(=拡大)」をアベの(恩恵的)”政治的判断”によるものとしてしたいだけのことだと考えられる。それは、あくまでも、戦前の非道で無謀な侵略戦争を引き起こし、膨大な犠牲者を生み出しつつ、無条件降伏に至った「国家ー政府の責任」に基づく法的な”補償”ではない、というわけだ。アベ友政権には、普通の「人民ー国民」の命と生活を守る「責任」意識などないと言わざるを得まい。

   8月15日に、NHKスペシャル『忘れられた戦後補償』が放送された。それは、戦前の戦争指導勢力とそれに繋がる国家官僚が戦後どのような理屈(詐術)で総力戦下の国民の戦争被害に対する補償から逃れようとしたかを明らかにするものだった。この夏のテレビ番組の中で最も優れたものの一つだろう。次回は、これについてコメントしたい。
   明日は、日帰りで、世の中の様子を見てこようと思っている。寝なければならない。

世界をどう見るか――香港情勢について

このクソ暑さはなんなんだ?!
 ―――国境や国籍を超えた理解と協力が必要なのだろう!


   ※40度越え!気温が体温を超えている。大気に怒りが満ちている。テレビでよくやっているけれど、この暑さも新型コロナも、サーヴァントさんたち人間による自然破壊の結果なんだろうね。外にいるわんちゃんはもう大変なんだそうだよ。でも、これで、みんな、PCR検査OKかな? 37.5度超えてるからね?

これはたまらんワン!
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   新型コロナは大変だ。わんちゃんの仲間も感染してる。人間から感染したらしい。臭覚を失ったら大変だ。それにしても、人間の「偉いさん」たちは何を考えているのか。ロシアのプーチンはコロナ・ワクチンを認可したと言っているが、第3段階の治験抜きなのだそうだ。各国の「偉いさんたち」にとっては、ワクチン開発も国内での支持拡大(支配強化)の手段になっているのだろう。コロナにまつわるアメリカと中国の対立も、結局、「偉いさんたち」のご都合による”掩蔽”や”非難”に終始するものであって、地球的・人類的視野に立った連帯や協力にはなってない。そして、そうしたことによって辛く、大変な思いをするのは、結局、国境を超える世界の「一般ピープル」や生き物たちなのだ。

全くどうなってるんキャン?
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   戦争や国際紛争もそうだ。世界の「一般ピープル」は、相互に交通・通商・交流するけれど、一応、国境で区切られた「国民国家」・「国民経済」のなかに〈統合〉・〈包摂〉されているから、それらを仕切る「偉いさんたち」の影響を強く受けることになる。「偉いさんたち」がマウンティングを競い合い、できれば他国を支配下に置こうと画策するとき―――こうした意味では、「帝国主義」も「アメリカン・グローバリズム」も「(習近平の)覇権主義」も「(トランプの)アメリカ第一主義」も同じことだ―――、世界の「一般ピープル」は「偉いさんたち」の意向に沿って分断・対立へと導かれてしまうことが多い。海外ニュースなどを見ていると、本当に、そうした〈包摂〉・〈統合〉の様子、つまり、それぞれのお国の事情がわかってくる。しかし、それらの国々には、日本と同じように、極端な悪者や犯罪者、嘘つきや詐欺師もいるけれども、大多数は私たちと同じような「一般ピープル」なのだ。

あとは頼んだニャン・・・??
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   ところで、現在の香港問題について言えば、”香港人”の意思と人権を踏みにじった中国政府と香港政庁は人権と民主主義の観点から厳しく批判されるべきだ。ただ、こうした時に忘れてはならないのは、それを批判する国家の「偉いさんたち」のダブル・スタンダードだ。トランプは、”Black Lives Matter”の自分の国や、サウジやパレスチナ、そして、北朝鮮との交渉など、民主主義や人権を大切にしてきたといえるだろうか。今回も、これまで国際協調主義に唾を吐きかけてきたにも関わらず、これを機会に、アメリカを中心とした(軍事的)同盟関係を強化する素振りを見せて、大統領選での点数を稼ごうとしているだけなのではないか。そして、その動きは、軍事的な緊張関係を高めて、かえって香港の民主勢力を危険に晒しかねないのではないか。もちろん、今回の中国政府の一連の動きには、グローバルに展開している自国企業の経済的利益をも犠牲にする覚悟で、周辺のASEAN諸国と連携しつつ、毅然とした態度を取る必要があるだろう。ただ、「アメリカン・グローバリズム」や「アメリカ第一主義」を掲げる「主権国家」の「偉いさんたち」、つまり、国内に強力な批判勢力や分離独立運動などを抱える「偉いさんたち」が、本当に香港で闘っている人々を真剣に支援し続けるとは私には思えないのだ。そして、本当に力になるのは、国境や人種・国籍などによって閉ざされていない人々、国境を超えた「人民」によると支援とそれに支えられた「国際協調主義」(=「国家」間の平和・協調路線)の動きなのではないだろうか。先ほど、周庭氏や蘋果日報の黎智英氏らが保釈されたとの報道があったが、これもSNSなどを通した国際的な「人民」の支援ゆえのことかもしれない。

   スガ官房長官は周庭氏らの逮捕に「重大な懸念」を表明したが、頭にあるのはトランプとの「協調」だけではと疑わざるを得なかった。そして、そんな中、私は戦前の日本の治安維持法やつい最近冤罪で164日間も拘留された村木厚子さんのことを思い出した。また、周庭氏が取り調べ中に思い出したという欅坂46の 『不協和音』なる歌も聴いてみたが、なぜこの歌が今の日本で歌われるのか。私たちは、もっとしっかりと、今の日本の有様をを点検する必要があるのだと思う。(次回は、政府による「黒い雨訴訟」の判決に対する控訴を考えて見たい。)

照ノ富士 やったね!―――ニュース雑感2020年8月

梅雨明けた ところで 春はあったっけ?
 ―――どさくさ紛れに従米「右翼」が騒いでいる!


   ※本当に暑い日が始まっている。毛皮を着ているサロさんはこの時期が一番辛そうで、散歩の距離も1キロ弱、行きはヨイヨイ帰りはダッコだ。腰が痛い。私も、毎日、掃除やサログッズの洗濯や庭仕事・畑仕事などをしていると頭が「パーボ」となってパソコンの前に座るのも億劫になっている。でも、それではいけないと決意し、今日は、これまでニュースを見聞きして感じたことを書いておくことにしたい。

   まず、先週、先々週は大相撲を欠かさず見ていた。私は、嘉風が引退したので、今は御嶽海を応援している。あのこだわりを感じさせないクールなところが気に入っている。ただ、今場所は、照ノ富士に頑張って欲しいと毎日応援していた。彼の嫌味のない若者らしさを好ましく感じていたが、稀勢の里との取り組みで痛めた膝そして糖尿病やC型肝炎を「克服」しての今回の優勝は本当に良くやったと思う。とりわけ、千秋楽の御嶽海との一番は、両者正々堂々の攻防で、気持ちが良かった。次回は、御嶽海が右からの筈押しで距離をとって照ノ富士の左上手を阻止し、上体を立たせて押し切る、といった展開が見られるのでは?w 照ノ富士には、これからも怪我と病気との長い付き合いがあるわけだが、できるだけ長く活躍して欲しいと思う。

   テレビでは,相変わらず、『オクニョ』と『半沢直樹』を欠かさず見るようにしている。『オクニョ』の筋の展開は本当に奇想天外・複雑怪奇で、正直嘘っぽいが、創作劇としての面白さは十分味わえるわけだ。また、今週は、オクニョが「道流」(道教)の占い師になっている。これもアナーキーで大変好ましい展開だW。さてさて、これからどうなるのかw。また、『半沢直樹』についても、その大袈裟な”演出”が大変好ましい!要するに、今回の『半沢直樹』は,すっかり、カブイ(歌舞い)ているのだ。まるで、現代版の歌舞伎を見ているようだ。このブログには歌舞伎鑑賞のカテゴリーがあり、私もある程度歌舞伎を見ているのだが、今回のシリーズでは、猿之助、愛之助、中車らはもちろんのこと、舞台出身の性格俳優たちも、それぞれ「大見得」を切っているのだ。嘘っぽいが、実に生々しい!明日も見逃さないようにしなければならない。

   嘘っぽいといえば、「10兆円」と「平和憲法」を”詐取”してトンズラしようとしているアベ友政権の嘘っぽさには心底嫌気がさす。ただ、内閣支持率(35.4%)はもちろん、「GO TOキャンペーン」(「使いたいと思わない」77%)や「臨時国会」(「開くべき」80%)に対する世論を見ても、多くの国民がアベ友政権の反国民的性格を見抜きはじめているということなのだろう。実際、この政権に国民の命と生活を守ることを期待する方が間違いなのだ。それは、コロナでも安全保障でも同じことだ。

   まず、ピントまで外れたアベ友政権のコロナ対策は、その御都合主義的な「やります・やってます」詐欺的な手法はもちろんのこと、国民の命と健康を脅かすこの重大な局面においてすら、国民の税金をアベ友仲間で如何に分け合うかということでしかないと思わざるを得まい。例えば、予算面から見ても、PCR検査や医療体制の充実に本気で取り組んでいるとは到底言えるものではない。また、目前の市民・国民の倒産・失業の危機に対して、どうしてその生活と命を守るために迅速かつ直接的な補償をしようとしないのか。要するに、アベ友政権は、10兆円の予備費すら、コロナ対策を名目としつつも、国民のためにはできるだけ使わず、アベ友を経由して、アベ友をどう儲けさせるかだけにご執心なわけだ。「GO TOキャンペーン」はその典型だろう。「経済を回すため」には犠牲も止むを得ないというトランプ=ボルソナーロ的な発想から来るのだろうが、その結果生まれる犠牲については、是非しっかりと責任を取ってもらわなければならない!

   すでに1000人以上の人々が肺炎=”呼吸困難”等で亡くなっている。また、私には耐えられそうにもない、味覚や嗅覚を失うといった後遺症を抱える人もいる。そして、今の政府の対応では,その犠牲者は確実に増えていくことだろう。おまけに、アベの「美しい国」には、ファシストばりの「いじめ」すらあるのだ。私たちは、長期戦を覚悟しつつ、このブログでも注目してきた本物の専門家やジャーナリストたちの知見を参考に、感染のリスクをできるだけ抑えるとともに、それでも生まれてくる犠牲者に対しては手厚い支援を準備し、実行していく必要があるはずだ。それにしても、戦前の大本営発表やいかがわしい「知識人」たちの御託宣とほとんど変わらない、アベ友御用専門家や御用コメンテーターたちの詐欺師まがいの言説は、しっかりと記憶しておかねばならない。

   こうした中で、アベ友政権が画策しだしたのが、おきまりの”対外的脅威”を煽り立てながら、「専守防衛」を否定する「敵基地攻撃能力」(=攻撃型兵器の保有)を持ち出して、平和憲法の根幹を根こそぎにしようとする目論見に他ならない。消費税減税と「敵基地攻撃能力保持」を争点とした衆院解散まで考えているのではないか。なぜなら、コロナで”危機管理能力”のレベルが明らかになってしまったので国民の目を他に逸らさねばならないからだ。さらに、それは、「集団的自衛権容認」に続く、”「普通」”の軍隊を持ちたいという自民党”改憲路線”の要をなすものに他ならない。そして、歴史的経験はもとより現実的な国際関係すらもすぐ頭からぶっ飛ぶ、トリ頭の似非エリートたちの目指す先は、「抑止力」としての”核兵器”の保持ということに他なるまい。まさしく、アベのレガシーというわけだ。

   トランプの対中政策もそうだが、現在の国際関係の緊張は、それぞれの国の国内情勢を反映したものと言えるだろう。はっきり言えば、今回のそれも再選がらみのトランプリスクに他ならない。米中の利害の相克は事実だろうけれど、軍事的な衝突(熱戦)はもちろんのこと、経済的な断絶がもたらす両国へのダメージを考えれば、「新冷戦」など長期的にはあり得ないはずだ。第三国の無力な「一般ピープル」からすれば、(やけくそで)「なんだったら、やって見たら?」と言いたいくらいだ。もちろん、政権を失うくらいなら世界が壊れてもいいという「猿の惑星」擬きの指導者たちの危険性を軽視するわけではないが、1年前、否、半年前のトランプやアベが何を言っていたかを思い出せば、事態の本質は見えてくるはずだ。習近平の中華思想や国家主義・覇権主義も事実だろう。しかし、それを「マルクス・レーニン主義」の世界征服の野望云々などとするご高説はお笑い種という他はない。こうした手合いは、あのアメリカによるベトナム侵略戦争とその被害を「ドミノ理論」で正当化した連中と同じだと言って良い。こうした連中には、ソ連におけるゴルバチョフの登場も説明できないだろうし、今後の中国に対する適切な対応も構想できないだろう。要するに、選挙が終われば、また違った形での「調整」が計られる他ないのだ。冷静に注視すべきだ。もちろん、その途中経過の中で、降りかかる火の粉は払わなければならないわけだが、日本の従米「右翼」に上手く対処できるわけはあるまい。今年の秋冬は悲惨なことになりそうだ。

   それにしても、「敵基地攻撃能力」保持が全く唐突に、まことしやかに持ち出されてくる日本の政治状況の軽薄さには呆れるばかりだ。いうまでもなく。日本の平和憲法は、果てしない軍拡競争や破局的な世界大戦を引き起こした「権力政治」への反省、そして、軍縮と集団安全保障、さらには、「平和的生存権」や「人間の安全保障」といった思想や政策に結びついた”質”を持つものに他ならない。もちろん、現今の国際情勢の中、日本による長距離ミサイルや攻撃的兵器の装備が、国際社会でどのように受け止められ、どのような反応を引き起こすのか、そして、なにより実際の効果はどうなのか、また、そのことによる日本の政治経済への影響はどうなるのか等々も、慎重に検討される必要がある。しかし、歴史を経験し、そして、現実の政治を見てきた「一般ピープル」として感じるのは、こうした議論を提起している連中は、決して「国民を守る」ためにそうしているのではないということだ。詳しくは、別の機会に譲るが、彼らの価値意識は、手前勝手に紡ぎあげた幻想の「国家」や「国民」の”指導者”として、如何に格好をつけることができるか、とかいったレベルでしかない。彼らの多くが戦前の侵略戦争や植民地支配による膨大な国民の”犠牲”にどのような姿勢を示してきたかだけではなく、実際に、彼らが、先日判決があった広島の「黒い雨」の被害者たちにどう向き合ってきたのかとか、沖縄の基地被害者、福島の原発事故被害者、熊本の豪雨災害被害者、そして、新型コロナによる犠牲者等々の命と生活をどう守ろうとしてきたというのか。要するに、彼らは、自分たちの権力の危機において、国民による民主的なコントロールの難しい軍事的な緊張関係の中に逃げ込み、「専門家」として権勢を張ろうという心算でしかないのだ。しかし、その「専門家」とやらが、実は驚くべきほど無能で無謀な輩でしかないということだ。そのことは、戦前の政治と戦争に対する姿勢や、まさしく、イージス・アショアの導入の経緯やその効果自体が証明していることに過ぎない。

   先ほど、「奥さん」は少ないながら災害地に義援金を送るという。私は、こういう人々のために闘うことは厭わないが、軍産複合体の利権と結びついた、意地汚い政治屋の”詐術”のために、国民が危険にさらされることは許すことができないのだ。

『半沢直樹2』を見て,ブログを書きたくなった(w)

日本のテレビドラマも面白い!
 ―――ハラハラ,ドキドキ、こうこなくっちゃ!来週も見よう!!


   ※ご近所さんは3泊してきたらしい。私は、この連休、農作業と風呂掃除と読書に明け暮れた。農作業は毎回汗だくになるけれど、収穫した野菜を食するのは大きな喜びだ。風呂掃除は、YouTubeを参考にして“皮すき”を使ったが、長年の湯垢が見事に取れて感動した。趣味になりそうだ。読書は,このところ、ポピュリズムとMMTに関する本を読んでいる。

   さて、さっきまで、『半沢直樹2』を見ていた。実は、『麒麟』もこないし『雲霧仁左衛門4』も終わってしまって、最近は、2〜3周遅れで、韓ドラの『オクニョ』(字幕スーパー版)を見るようになっている。ちょっとアナーキーで、毎回、ハラハラ・ドキドキさせてくれる。実によくできたドラマだ。これが今の韓国の”勢い”なのかとも感じたが、今日の『半沢直樹2』は、その倍ぐらいハラハラ・ドキドキさせてくれたw。半沢は剣道部出身のようだが、彼の基底的価値意識は「武士道」―――「葉隠」武士道では決してない!―――のそれに近いのではないか。私の問題関心からすれば、こうした半沢と、北大路欣也・香川照之・古田新太・市川猿之助らの思想的位相、そして、それらの間の葛藤と共鳴が実に面白いわけだ。ただ感じるのは、日本の現状はそのトップがもう北大路欣也的ですらなくなっている、ということだ。
 
   ところで、先ほどMMTを読んでいると書いたが、そうすると藤井聡とか中野剛志らも読むことになる。まだ読み始めたばかりで不案内の点も多いが、彼らが「保守」の立場から「新自由主義」を批判しているのは興味深いところだ。もちろん、当然のことだとは思う。ただ、彼らの「新自由主義」や「似非愛国主義(右翼)」への姿勢には共感するが、また、彼らの「国民主義」や「安全保障」や「国家の役割」についての考え方には、正直、「いかがわしさ」(ちょっと待てよ)とも感じてしまう。「ナショナリズム」(彼らにとって「日本国民」)とはなんだ?辺野古の米軍基地(日米安保体制)をどうするのだ?国家の財政出動(ー国家官僚)に依存して国民は自由を得られるのか?等々。これらについては、また,時を改めて、まとめて見たいと思う。

   ついでに書いておけば、私の「一般ピープル(人民)」としての感性は、50年前からのもので、いわば反「国家主義」・反「官僚主義」・反「寡頭制支配」・反「エリーテイズム」といった,当時からあった感覚が基になっている。だから、「人民共和国」主義とも違うし、指導者崇拝とも相入れないし、まして、エリーティズム丸出しの「ポピュリズム」論のそれとも違うのだ。また、私の「反緊縮」は、反「新自由主義」・反「新保守主義」であることは間違いなく、いわゆる「ケインズ主義的福祉国家」の考え方に近いのだけれど、根底にあるのは、「自治体(コミューン)主義」・「連合主義」であって、そうした意味から、MMTの「国家主義」とも一線を画すものと考えているわけだ。こうした点についても、また、後日を期したい。

   ということで、次回は、「新自由主義」とは異質な『論語と算盤』の渋沢栄一の生家と資料館への旅(2019年10月)について書いて見たい。コロナ以前の旅の様子も思い出すことができるだろう。
プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2019年11月現在満13歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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