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N響演奏会(大宮ソニック)に行ってきました―――6月を振り返って(3)

久しぶりのコンサート・N響がうまい! 
 ――渡邊一正氏の理知的でサックリとした指揮にも感銘!



   ※ 6月27日(土)、大宮のソニックシティ大ホールで開かれた、渡邊一正指揮『NHK交響楽団演奏会』に行ってきました。 演目は、お馴染みの以下の3曲でした。

         ボロディン
     歌劇「イーゴリ公」から
      「ダッタン人の娘たちの踊り」「ダッタン人の踊り」

         リスト 
     ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調 ピアノ:横山幸雄
        チャイコフスキー 
     交響曲 第6番 ロ短調 「悲愴」


   最近、音楽を聴く時間が相対的にではありますが少なくなってきているようです。しかし、今回は、妻と「姉貴」を誘ってクラシックのコンサートに行くことにしました。私以外の二人は結構忙しく日程の調整も難しかったのですが、丁度いいプログラムにも恵まれ、お馴染みのメロディーをハミングしながら、ルンルンと帰路につくことができました。
   演奏についての印象を述べるならば、第一曲目の「ダッタン人の踊り」から、オーケストラのうまさに思わず頰がほころぶのを感じました。(どうしたらあのような音が出るのでしょう。プロですねえ!)
   第2曲目は、有名なピアノ協奏曲ですが、横山さんのピアノの音とオーケストラの音との「バランス」に何かしら「不具合」を感じました。リストのオーケストレーション自体に問題があるのかもしれませんが、妻も言っていたように、ピアノの音が弱く聞こえないといった箇所が数多くあったように思われました。ライヴでは難しい曲なのでしょうか。
   第3曲目の「悲愴」は指揮者によって非常に異なった雰囲気を醸し出す曲ですが、渡邊一正さんの指揮による演奏は、抒情性に流されない、非常に「理知」的な印象を与えるものでした。第1楽章から、一音一音が明瞭に、早めのテンポで演奏され、ゆっくりとしたテンポですすり泣くような楽器の音色によって表現されてきた、古典的な〈叙情〉的雰囲気は、意識的に極小化されているように感じられました。また、その「抑制」的性格は顕著で、とりわけ第3楽章では、指揮者がオーケストラ(とりわけ、パーカッション)を盛んに抑えこんでいるといった印象さえも感じられました―――それは、曲想こそ異なりますが、フルトベングラー=BPOの演奏を思い起こさせるものです。そして、この第4楽章こそがこの曲の〈核心〉なのだといった風に、その「抑制」と「解放」の微妙な結合によって終曲を迎えるのです。(勿論、以上は素人の純個人的な感想です。悪しからず。)

   私が前回ライヴで聴いた「悲愴」は西本智実さん指揮によるものでしたが、その時も「現代」的といってよい印象を受けました。しかし、渡邊一正さんの演奏はさらに一層「サックリ」とした印象を与えるものであり、そのことは、この曲が呼び起こす「どんな悲しいことがあったのだろう?」という問いに対する答えが、まさしく、現代に生きる私たちと「等身大」のものと感じられるところにあるように思われます。ただし、そうした「現代性」が〈人間性〉という観点からどう評価されるかは別問題といえるでしょうが。

   ――小沢征爾さんが、日本は「(今後もずっと)『戦争をしない国』としての良い例を世界に示せるはずだ」と述べたという記事が東京新聞(6月22日)に載っていたよね。とにかく、音楽を本当に楽しめる日本そして世界であって欲しいと心から願わざるを得ないよ。でも、そのためには、今、「平和のための闘い」が必要ということなのでしょう。疲れるねえ。サロさん!

   でも、散歩は・・・・

古典芸能に触れ、感じたこと―――歌舞伎・狂言・能

日本人の〈心情〉に迫る迫真の演技
        ―――個性的であることの「普遍性」



  ※5月8日(金)の夜、妻に勧められて、歌舞伎『絵本太功記 尼崎閑居の場』(NHK「日本の芸能」)を観ました。副音声で高木英樹氏の解説を聞きながらの視聴でしたが、吉右衛門の武智光秀や又五郎の佐藤清正の豪快な演技をはじめ、大変見応えのある番組でした。とりわけ興味深くを感じたのは、『絵本太功記』の中でも最も人気があったというこの場面で感じられた、武智光秀に対する浄瑠璃作者や観衆の「評価」についてでした。つまり、彼らは、決っして織田信長や羽柴秀吉の「ファン」なのではなく、母と息子を死なせ「堪えかねたる」と大泣きしつつも、「大義なき戦」にではなく(!)、あくまでも「義」に立って、散っていった剛毅な光秀に魅せられていたのではないか、ということなのです。それ故にこそ、あの場面で彼を死なせることはできなかったのではないか。芭蕉や近松があの木曽義仲のファンであったことはどこかで読んだ記憶があるが、こうした江戸時代の一般ピープルの価値意識とは、単なる「判官贔屓」ということではなく、まさしく、頼朝や信長や秀吉や綱吉など、〈支配者〉・〈権力者〉に対する批判的意識であったのではないかと改めて感じたのです。

   さて、私は、今年に入ってから、家族の勧めもあって、日本の古典芸能のいくつかを見ております。今日のブログは、それについて簡単に書き記しておきたいと思います。


 ◯狂言『咲嘩』(野村万作ほか)
    『悪太郎』(野村萬斎ほか)――1月24日、埼玉会館


  ※狂言は以前にも見たことはありましたが、今回は、映画『のぼうの城』―――この城(忍城)は「ここら辺りの」城でござる―――で好演を見せた野村萬斎の演技を観に行きました。ここでも、一般ピープルにとって「悪」とは何かが興味をそそりました。

 ◯歌舞伎『一谷嫩軍記 陣門・組打』(中村吉右衛門ほか)、
     『神田祭』(尾上菊五郎ほか)  
     『水天宮利生深川』(松本幸四郎ほか)
                 ――2月14日、歌舞伎座


  ※それにしても、歌舞伎の舞台で見る「馬」というのは実に愛らしいものです。あれ以上、どう表現すれば良いのでしょうか。また、『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』では、熊谷次郎直実が我が子小次郎を敦盛の身代わりにしたという設定になっているのですが、こうした『平家物語』のディフォルメがどのような効果と(批判的)意味を持つのかを、「熊谷陣屋」の場をも踏まえて、もう一度熟考してみたいと感じました。『神田祭』の舞踏もいいですねえ!今年は、神田明神に行きたいと思っています。最後に、『水天宮利生深川(すいてんぐうめぐみのふかがわ)』ですが、今の格差社会の一面をも抉るような幸四郎の熱演は、妻が「あそこまでやらなくてもいいんじゃないかしら。鬱になりそう!」と言った程だったのですが、私は「松たか子の親父!よくやった‼︎」と掛け声をかけたくなりました。誇張はされていますが、私には、主人公の絶望感がなにかよくわかるような気がしたのです。

 ◯文楽『花競四季寿 万才/海女/関寺小町/鷺娘』、
    『天網島時雨炬燵 紙屋内の段』
                 ――2月27日、東京国立劇場


  ※文楽(人形浄瑠璃)を実際に見るのは今回が初めてだったのですが、私はその素晴らしさに感動し、後日、わざわざ、企画展示「文楽入門」(国立劇場伝統芸能情報館)を見に行ったくらいでした。まず、義太夫節と三味線が素晴らしい!その〈個性〉的な日本音楽が与える効果は絶大で、音楽の持つ力を改めて実感させられました。もちろん、人形たちの表情や巧みな人形操作よるその表現はまさしく最高水準のものと感じられました。内容的には、『花競四季寿 万才/海女/関寺小町/鷺娘』で表出された、微妙な変化の中に美しさや意味を感じ取る〈感性の細やかさ〉に、「ああ、これが〈日本〉的な感性なのではないか」と強く感じたところです。また、『天網島時雨炬燵(てんのあみじましぐれのこたつ)』は、近松の名作『心中天網島』の改作版なのですが、ここでも「人情」に厚い妻おさんと小春との「〈義理〉」の立て合いの〈悲劇〉が話の中心であろうと思われました。そこには封建的道徳を突き抜けた〈かっこよさ〉が感じ取れるのです。文楽は、是非、もう一度見に行きたいと思います。

 ◯狂言『昆布売』(万作、裕基)、
    『宗論』(萬斎、石田幸雄)
     素囃子『黄鐘早舞』
    『祐善』(萬斎ほか)――3月29日、国立能楽堂


  ※能楽堂の舞台を間近に見ると、確かに、大ホールでの舞台とは一味違った印象が感じられます。『昆布売』は人間国宝・万作と孫の裕基との共演で、裕基は上手いとは言えないでしょうが、その初々しさと勢いは「昆布売」に適役だったのではないでしょうか。また、浄土宗と法華宗の僧侶同士の対立を面白おかしく表現し、最終的には、いかなる愚かな人間にも仏性が宿っているという人間賛歌で終わる『宗論』は、昨今の世界的な宗教的対立の状況を考えた時、その意義はなかなかなものと思われました。さらに、素囃子『黄鐘早舞(おうしきはやまい)』は、笛・小鼓・大鼓という日本楽器の素晴らしい音色と表現力を聞かせてくれ、大いに楽しませてもらいました。最後の『祐善』は、自身の傘が日本一の下手と評され、無用に扱われて狂い死にし地獄に落ちたものの、僧の回向で成仏できた傘張職人の話なのですが、これなども、何か、現在の日本人にも通じるものを感じさせられました。

 ◯狂言『物見左衛門 花見』(万作)、
    能『嵐山』(観世芳伸)、
    間狂言『猿聟(三宅右矩)――4月22日、国立能楽堂


   
   ※季節が春だったこともあって、娘と一緒に、桜に関する狂言と能そして間狂言を楽しんできました。私は、なぜか、山部赤人の「ももしきの大宮人はいとまあれや桜かざして今日も暮しつ」(『新古今和歌集』)という句を覚えているのですが、それにしても、日本人は昔から桜が好きだったようです。能『嵐山』の内容については、the能ドットコム(http://www.the-noh.com/jp/plays/data/program_068.html)などを参照願えればと思いますが、今回、特に強く印象に残っているのは、吉野の木守(こもり)の神と勝手(かつて)の神の踊りです。ゆっくりとしたテンポにもかかわらず、その姿に私はすっかり魅せられてしまいました。それは、ラベルの『ボレロ』をはるかに凌ぐものと感じました。また、囃子方の演奏は能の大きな構成要素であり、私にとって大変魅力的なものに思われました。私は、日頃、世阿弥の「秘すれば花」ならぬ、「秘するは恥ばかり」などと戯言を口にしているのですが、余裕があれば、是非、また、能を観に行きたいと思っています。


   ということで、「日本の古典芸能」に関する私の印象は極めて肯定的なものなのですが、ただ、わたしは狭隘な「日本主義者」になるつもりは全くありません。私は、個や特殊と離れたところに類や普遍は存在せず、また、多様な特殊的なるものを媒介せずしては普遍的なものには到達しえず、また、普遍的なるものは必ず個別的・特殊的なるものの中にも存在するだろうと考えているからです。それ故、私が「日本の古典芸能」を楽しむことができるのならば、きっと、「世界の古典芸能」をも楽しむことができるに違いないと思うからです。



春の能楽堂
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私の音楽のふるさと(7)―――女性アイドル歌手編

〈癒し〉の懐かしのメロディ
    ――私は南沙織のファンだった?!



DSC_0835仰向けサロ

   ※僕も癒されたよ〜ん


   ※ 衆議院選投票日の前日(12月13日)、私は友人と大宮で「忘年会」をやり、帰りがけに〈カラオケ〉に立ち寄りました。この日は、友人が北海道旅行から帰った後だったこともあって北海道ものが中心でしたが、たまたま大阪ものに変わった時、私は欧陽菲菲の『雨の御堂筋』(1971年)を歌ってみることになったのです。そして、その時、強烈に頭に浮かんできたのが、同じベンチャーズが作曲した奥村チヨの歌でした。その後私は、民主党の枝野氏が大宮駅頭で最後の演説をしている横を通り過ぎながら「もう日本は行くところまで行くしかないのかねえ」などという友人の声を聞き流しながら、家に帰ったらすぐその歌を聞いてみようと家路を急いだのでした。それから、翌日の衆院選の投開票を重たい気分で受け止めた後今日まで、私はほとんど音楽漬けの日々を過ごしているのです。衆院選については近いうちに私なりの総括を試みたいと考えていますが、今日は、この数日間聴きに聴いた、70〜80年代の女性アイドル歌手について書いてみたいと思います。

   ところで、先の奥村チヨの歌は『北国の青い空』(1967年)でした。私の中学時代にはいわゆるエレキブームが起こり、中学校の文化祭でも〈ちょいと〉「元気の良い」諸君がベンチャーズの『パイプライン』などをテケテケテケとステージ上でやっていたのですが、そのベンチャーズが日本をイメージして作曲した曲がなかなか良かったのです。先の『雨の御堂筋』もそうでしたし、渚ゆう子がカバーし、私の京都のイメージを決定づけた『京都の恋』(1970年)や『京都慕情』(1970年)もそうでした。今回も、ベンチャーズの演奏をきいてみましたが、実に実に懐かしいものでした。ところで、私もボーイッシュな欧陽菲菲が好きでしたし、奥村チヨの独特な風貌も印象に残っています。ただ、私の世代には◯大中退の◯◯さんのように熱烈な奥村チヨファンも多かったのですが、私の〈アイドル〉はちょっと違うタイプだったのです。

   さて、1971〜2年、私はよく徹夜で本を読んでいました。そして、その頃、「起き抜け歌謡曲」という番組だったと記憶していますが、毎朝5時頃、南沙織の『17歳』(1971年)がラジオから流れてきたのです。当時の私は「もう少し勉強しなければならないなあ」などと考えていたのですが、この曲は、あの頃の私を捉えていた〈どんより〉とした雰囲気を打ち消してくれる明るさを持っていたのです。私にはアイドル歌手のコンサートに行ったりレコードを買ったりする習慣はありませんでしたが、その後も、ラジオやテレビで、彼女の『潮風のメロディー』(1971年)や『純潔』(1972年)などを楽しみに聞いていたことを思い出します。今振り返りみると、そのあまりの若々しさに、ちょっと気恥ずかしい気がしないわけでもありません。ただ、今回改めて聴き直してみて、この歳でもさほど違和感なく聴くことのできる『色づく街』(1973年)が、私の一番のお気に入りの曲だったと言えると思います。この曲のリズム感は大変心地よく、かなりの名曲だと私は思っています。このように、いわゆるアイドル歌手の中で私が誰のファンだったのかというと、おそらく、南沙織だったといえるでしょう。世の「サオリスト」たちには、「半端モン」と抗議されるでしょうけれど。
   
   ただ、私が南沙織だけのファンだったかというとそうではありません。とりわけ、対話形式の歌詞で、田舎育ちの私を魅了した、『木綿のハンカチーフ』(1975年)の太田裕美は、私に鮮烈なインパクトを与えました。彼女の『赤いハイヒール』(1976年)や『しあわせ未満』(1977年)そして『九月の雨』(1977年)などもよく聞いたものです。また、岩崎宏美の歌声にも惹かれました。ほぼ永遠の名曲といえるでしょう『思秋期』(1977年)はもちろんのこと、『ロマンス』(1975年)や『シンデレラハネムーン』(1978年)なども〈なかなか!〉と思ったものです。また、久保田早紀の『異邦人』(1979年)も、実に個性的な印象を与える名曲だと思いました。

   こう考えてきますと、アイドル女性歌手という観点からすると、「Tさんは小泉今日子!」といったように人それぞれであるわけなのですが、私の場合はどうやら筒美京平系の「アイドル路線」に乗せられていたようです。それは、山口百恵・松田聖子・中森明菜といった路線とは若干性格を異にしているように思われます。また、付け加えるに、最近、『あまちゃん』の『潮騒のメモリー』で円熟した歌唱力をみせた薬師丸ひろ子の『時代』(2013年ライヴ)は、若い頃のそれと比較して、「歳をとることも悪くない!」と思わせてくれる実に素晴らしいものでした。ということで、私は、ロシア民謡の「すずらん」という曲が好きだったのですが、どうやら、〈少し屈折〉した〈清純派〉が好みだったようです。サロさんは、どうだい?

   ところで、今回は、〈お笑いもの〉もたくさん見ました。綾小路きみまろとか、コロッケとか、昨年「さようなら原発講演会」で〈生〉で見た、ザ・ニュースペーパーの「原発を東京湾に造らなかったのは万が一の事を考えて」などです。まあ、今の日本の政治状況は、笑い飛ばしてしまわなければストレスばかりがたまるといった代物ですからねえ。また、改めて、忌野清志郎の『サマータイムブルース』や『ラヴ・ミー・テンダー 』なども聴き、彼の「偉大さ」を再認識したところです。というわけで、今日は最後に、清志郎の『ラヴ・ミー・テンダー 』の一節を引用し、筆を置きたいと思います。

  巧みな言葉で一般庶民を
  ダマそうとしても
  ほんの少しバレてる
  その黒い腹

  ナニやってんだ 偉そうに
  oh, my darling, i love you
  ダマされちゃいけねえ

   

私のこの一曲―――ベートーヴェン交響曲第3番〈英雄〉

    「孤独」な魂が〈類〉と〈普遍〉に出会うとき――― 


     先日、古いノートの最後の余白に、こんなことが書き付けてあった。

   「 生きるとは 命の叫びであるべきだ   
     生きるとは 命に恋する歌であるべきだ
     生きるとは 狂おしく崇高なものを求めること
     生きることとは 心ときめき 踊ること
       あの草花と木々たちと   
       あの純真な眼を持つものたちと
       あの懐かしい人たちと  そして
       こんな命をつないでいく人々と 生きることだ
     生きるとは そんな命を燃やすこと
     生きるとは 生まれ、生き、永遠の命をつなぐ
       一つの命として存在することにほかならない 」

    こんな文を目にして、急に芭蕉の『おくのほそ道』を読みたくなった。芭蕉が旅に求めたものは何だったのだろうか。三日かかって読み直してみた。限りある人の命とこの世の「無常」を意識しながら、彼は、やはり、「千年」変わらない、自然と人の心を求めていたのではないか。そして、そんな彼の生き方こそ、行く先(死に場所)は自分が決める〈旅〉そのものだったに違いない、そんな気がした。ところで、彼の句の中で私の記憶に最も強く残っているものの一つが、 「 荒海や佐渡によこたふ天河 」である。この満天の星空のイメージは、昭和20年代、冬の北海道で見上げた夜空、そして、昭和40年代、初秋の八ヶ岳・美濃戸山荘付近から見上げた手の届きそうな星空など、〈個〉としての私が「普遍」と出会った衝撃的な印象と重なるものなのだ。

     ところで、このイメージから私が連想するものに、映画『不滅の恋・ベートーヴェン』の1シーンがある。この映画は、ベートヴェンの「不滅の恋人」は誰か(アントーニア・ブレンターノ?)といった点に関心が集まったのだが、私の記憶に残っているのは、若きベートヴェンが、草原に寝転び、一人見上げている満天の星々の情景なのである。この満天の星々と〈交感〉しあっているベートーヴェンの姿こそ、私にとって、彼の多くの作品の中に感取できる重要なイメージに他ならない。そして、交響曲第9番〈合唱〉とともに、こうした印象の最も強いものが、交響曲第3番〈英雄〉なのである。

     この曲にまつわる思い出は多い。ラジオから流れてきた 格調高く始まり、圧倒的な迫力で締め括られる、フルトベングラー=VPOの演奏に接した時の驚きは、凄まじいものだった。又、私が東京で初めて聴くことができた本格的な演奏会のプログラムは、サバリッシュ指揮・アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の〈エロイカ〉だったはずである。東京文化会館の最上階の席から、谷底を見下ろすように見た、その激しい動きを今でも思い出す。ついでに言うと、ミーハーの私は、演奏会後、サバリッシュにサインをもらいに行き、握手をして、「ダンケ・シェーン!」ぐらいは言って来たのだった。また、私がブロムシュテットのものをよく聴くようになったのも、ドレスデン国立管弦楽団との〈エロイカ〉を聴いてからのことだ。今は、古楽器によるガーディナー指揮=オルケストル・レヴォリュスョネル・エ・ロマンティク( ARCHIV,1993 )のものを聴くことが多いが、今日は、是非紹介したいもう一つの演奏がある。
     それは、リスト編曲による、シプリアン・カツァリス演奏のピアノ版(TELDEC,1985)だ。大規模なオーケストラによる演奏の雄大さや美しさとは質を異にするけれど、これは、実に「面白い」演奏なのだ。どんな感じかというと、まさしく、一人の「英雄」的なピアニスト個人が、「普遍」的なベートヴェンの最高傑作の一つを我がものにしようと、その深淵な〈何か〉と真正面から取っ組み合っている、そんな感じなのだ。それは、グレン・グールドの同じリスト編曲による交響曲第6番〈田園〉のピアノ版とは趣を大きく異にするものだ―――この曲をカツァリスも演奏しているが、グールドの曲自体を楽しむような穏やかなタッチがより心地よく感じる。確かに、ベートヴェンの〈エロイカ〉は、その〈生真面目さ〉や〈熱さ〉故に、少し剣呑だと感じるところもあるが、自分自身の人生を誰のものでもない自分自身の人生としたいと願う〈一般ピープル〉にとって、松尾芭蕉の『おくのほそ道』が与えてくれるのと同様の〈何か〉を感じさせてくれるように思われるのである。      
    今、ピアノ版の終楽章を聴いているが、「よく頑張ったね!ご苦労様!」と声をかけてやりたくなった。


    ※ こんなことを書きながら、私が昨日から一生懸命考えていることは、これからボールペンは何を買おうかということだ。私は、現在、職場で提供された、三菱 uni LaknockとJETSTREAMを使っているのだが、確かに書きにくくはないものの、やはり、「三菱」なのである。自分で購入するわけにはいかない。書き心地が最高なのは、体験上、PILOTのAcroball だ。ところが、昨日、私は、ホームセンターで、Acroballがなかったために、PILOTの HI・TEC・C COLETO・3を〈奮発して〉購入してしまったのである。HI・TECも悪くない。しかし・・・さて、どうすればいいのか。暫く悩もう。

     

ちょっと「英雄」的なサロさん

DSC_1704今年の春は





「 川瀬巴水展」に行ってきました

 特別展「 川瀬巴水―生誕130年記念―」後期展示

         確かに見たことのある懐かしく魅力的な日本の風景

       2014年2月22日  東京都大田区立郷土博物館



NMS_1420川瀬巴水展


   ※ サロさん! 巴水はいいねえ! 今夜の散歩で、公園の木々を通して冬の夜空を見上げた時のあの木々と空の色、なんとも言えなかったよね。そんな日常の「幸福」な〈場面〉を切り取ることができたら、そして、ずっと自分のものにできたら凄いと思わないかい? 

   二週間程前、妻に絶対気に入るから見に行こうと誘われ、今日、娘と三人で、東京都大田区の郷土博物館で開かれていた川瀬巴水の展覧会(無料)へ行ってきました。出がけに誰かさんが眼鏡を忘れて取りに帰ったり、都営浅草線から京急線直通電車に乗ってしまい京急蒲田まで行ってしまったりと、相変わらずドジなO型の私たちでしたが、展覧会自体はまさしく〈納得〉の素晴らしさでした。
   
日本の日常の美しさ 

稲荷山  長野県稲荷山

   巴水が描いた風景は、1949(昭和24)年生まれの私にとって、確かに、私の記憶のどこかにある、それも極めてありふれた、通りすがりにふと心に留め置かれたような、写し込まれたような風景と言って良いでしょう。たとえそれが旅の途上のものであろうと、それはまさしく旅先の日本の〈日常〉そのものの風景といってよいように思われます。


スケッチブック―――巴水が魅せられた風景

岡山のかねつき堂
岡山乃かねつき堂


   今回の展覧会で興味深かったのは、その多くに、巴水のスケッチが同時に展示されていたことでした。原画に先立つこのスケッチにこそ、通りすがりの巴水の心をとらえた風景とそれを写し取ろうとした巴水の心の集中力が示されているように思われました。まさしく、このスケッチこそ、原画の原画であり、巴水の感性の原点を表出するものなのではないでしょうか。



写真や印刷では表現できない作品の鮮やかさ

吾妻峡
吾妻峡

   版画の美しさには息を飲むものがありますが、この作品の水の色などもその一つです。そして、帰りがけに絵はがきセットも購入してみたのですが、その落差に愕然とし、一応、博物館の方に伺ってから、デジカメで作品を撮影させてもらうことにしたのです。しかし、結果は、この通りです。要するに、作品の美しさを知るには作品そのものに接する他ないというわけです。また、今回の展示では、「野火止 平林寺」の10工程ほどが展示されていましたが、作品によっては70回以上摺る場合もあるそうで、日本の版画技術の素晴らしさ、その効果や細かな違いには驚嘆せざるを得ませんでした。その繊細な美しさは、なんと表現すればよいのでしょうか。



増上寺の雪

増上寺の雪



平泉金色堂

平泉金色堂
(絶筆)


   この「平泉金色堂」は、巴水の「絶筆」とされていますが、この階段を上る僧侶に巴水は何を感じたのでしょうか。最近、産声を上げてから息を引き取るまでの人の一生を考えた時、私は、その過程における様々な苦しみや悲しみにも拘らず、やはり、それが、楽しく、美しく、喜びにあふれたものであってほしいと願わずにはいられませんでした。そして、その作品を通して、(単なる数字に還元できるものではない)一人一人の私たちに、この世の〈美しさ〉を気付かせてくれた巴水の一生は、やはり、冬の平泉金色堂を登るこの求道僧の後ろ姿のように、美しいものであったに違いないと感じるのです。貴方は幸せ者ですよ。


DSC_1444展示場


   ※ サロさん! 君も食欲と散歩の求道者だねえ! はははー
プロフィール

SARO MURIKI

Author:SARO MURIKI
おりこうさんのワンワンです。年齢は、2018年11月現在満12歳です。見てのとおりの柴ですが血統書はありません。性別はオスで、飼い主には、朝夕、45分ずつ2回の散歩を義務付けているVIP犬、正確に言うと、VIDです。文句あっか?!

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